共に生き交わることのない二人。
男女の情交は彼等には無縁である。
なぜなら彼等は銀と鉄。
刀に宿る宿命を背負う侍だから。
「久しぶりだな!楓!約束通り参ったぞ!」
加賀の剣術指南所の稽古場の窓から真っ黒な服を来た浪人が手を降りながら声をかける。
「豆!豆を撒けい!」
楓と呼ばれた指南所の師範は門下生に浪人に向かって豆を投げさせた。
「いたっ!いてててっ!!なにしやがんだっ!」
「五月蝿い!清彦!貴様またなんか変な奴連れてきてないだろうな!」
清彦と呼ばれた浪人は楓の言いがかりにギョッとする。
「いや、何も連れてきやしないよ。変な奴に遭遇はしたけど…。」
楓は門下生に目で指示を送り引き続き豆を投げさせる。
「いてっいててててててっっっ!!!!
なんでぇ!こんちきしょー!!」
清彦はたまらんとそそくさとその場を退散した。
畦道で服に引っ掛かった豆をかじりながら清彦は歩いていた。
「ったく、楓の奴も変わらんな。」
文句を垂れながら豆をポリポリかじっていると
「お主もな、清彦。
大方辻斬りと遊んできたか?」
と楓が後ろから話しかける。
「ん?辻斬りの話知っていたのか?」
「江戸で噂になっていると聞いてな。疫病神のお主のことだから撫でてきたんじゃないかと思ったのだ。」
「いやいや、倶俐伽羅峠でな、向こうからやってきたのだ。
どうやらあいつ加賀の者のようだぞ。帰りに俺を見つけたとか言っておったから。」
「何?誠か?」
「ああ、あいつは『赤鉄』を名乗っておったがの。」
「なんだそれ、聞いたことないわ。」
「いずれにしても始末はしてあるから悪さすることはない。
それより、一杯やらないか?」
「言うと思って銭は用意してある。さ、行くか。」
「かたじけない。」
こうして二人は飲み屋に向かった。
「漆黒に溶ける黒い剣と聞いていたから俺の刀と同じかと思ったらただ単に赤黒いだけだったんだ。しょうもないだろ?」
居酒屋で土産話を披露する清彦。
「くだらないな。私の方もくだらない奴を昨日斬ったところだ。
なんでも私の刀を欲しかったらしくて木刀でねじ伏せたら陰陽師まで連れてきてな。
馬鹿な奴だ。」
「退魔の名門、
勝負になるわけがない。」
「なあ、こういうつまらん奴を相手にしているとあの頃が懐かしくないか?
二人で吉野の山奥で百鬼夜行を相手にしていた頃を。」
彼等が柳生の里で剣術を修めていた頃、南の吉野の山奥で百鬼夜行が暴れまわり山の民が大層難儀していた。
二人は里には内緒でこの百鬼夜行を退治しに行っていた。
そもそも百鬼夜行は幾百に及ぶ妖怪の行軍である。
二人で数百に及ぶ妖怪どもを斬り伏せていったのだからそれはそれは修羅場であった。
「俺も楓も生きて帰れるとは思わなかったしな。」
「ああ、銀と鉄。二つの神刀がなければ戦い抜くことはできなかったからな。」
「あの時は平和が一番と思っていたが…つくづく俺たちって…。」
「ああ…身勝手なものだ。」
そういってふたりで杯の酒を飲み干す。
「お客さん、あまり他人も自分も卑下なさらん方がよろしいですぜ。
卑下した分自分にも他人にも降りかかってきて何一ついいことありゃしねぇ。」
居酒屋の大将がお節介にも二人に忠言をする。
「ははっ、それもそうだ。俺も気を付けねば仕官先が見つからんな。オヤジ、もう一杯くれ。」
「あいよ。」
煮物の煮える心地よい音が響くなか、友との酒を楽しんだ。
翌日、楓の殿様である
「某、黒田清彦と申す。先の仕官先である
願わくば、某に見合った仕官先をご紹介いただければ光栄の至りと存じます。」
「加賀剣術指南役師範長、
前田利貞は楓にも何度か剣術を教わっており藩の中枢には据えないものの剣術家として大変親しく、重宝していた。
彼からしても藩の忠臣の友を救う願いを聞き入れたい気持ちがあった。
「お主、黒田と申したか。
江戸からはるばる加賀までおいでになってご苦労であった。
江戸からは倶俐伽羅峠を越えてきたと白鳳殿から聞いておるがそれも修行の一環なのか?」
「はい、仰せの通りにございます。
某、剣の腕には覚えがありまして道中、不貞の輩に襲われましたが難なくこれを成敗して参りました。」
「ふむ、さすが白鳳殿の剣友であるな。
白鳳殿がお主と同じ藩で働きたくないと申しておるので他藩に紹介することになるがよろしいか?」
「はい。構いませぬ。」
「では、上越の
あの藩は蓬山殿が藩主になられてから財政が再建した良藩だ。
蓬山殿とは私も顔馴染みでねきっとよくしてくれるはずだ。
紹介状はこちらで書いておくから準備ができるまで我が藩でゆっくりしていかれるがよい。」
「はい。ありがたき幸せに存じます!」
こうして清彦の新たな仕官先が内定した。
「あーなんとか見つかってよかったよかった。」
「私が身元保証人なんだからちゃんと仕官しろよな。
上杉氏ならそう簡単に取り潰しにもなるまいから、せいぜいその軽い性格を少しは直してやるんだな。」
楓は城下からの帰り道に浮かれる清彦をたしなめていた。
たしなめつつも楓には分かっていた。
清彦なら立派に仕官することを。
彼の持つ刀、「鉄」は彼の父親の鉄の意思が成ってできたいわば彼専用の刀。
民を理不尽な力から救うために振るわれるその刀は江戸の世の太平を支える槍である。
「さーて、今日は飲むか!」
友と飲む酒はうまい。
それが太平である醍醐味だと楓は悟った。
願わくば銀も鉄も出番のない日々が続きますように。