銀と鉄(しろがねとくろがね)   作:落葉 剛

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ただ一つだけの存在


一色夜叉

雪がせつせつと降る中、深夜の帰り道に楓は背後に何かの気配を感じ取った。

足音は一体分。

この手の足音の妖怪は送り狼の仲間と言うのが定石だが送り狼にしては足音は少ない上に威圧感が全く違う。

放たれる妖気のすべてが送り狼であることを否定していた。

楓は少し焦っていた。

よりによって刀を家に置いてきたときに限って強い妖怪に出くわすとは。

手元にあるのは護身用の鉄扇のみ。

これも使えないことはないがあまり得意ではない。

できることなら使いたくないのが本音だった。

そんなことを考えているとふっと肩に触れるものが居る。

「大丈夫、また今度会いましょう。」

声の主は楓の耳元でそう囁いてきえた。

声の主が消えたと同時に辺りに充満していた妖気も消えた。

どうやら妖気の主である先程の声の主は自分を見逃してくれたらしい。

楓は全身嫌な汗にまみれていた。

相手の姿を確認できなかったのも、あれほど完璧に背後をとられたのも、先をとることもままならなかったのも初めてだった。

 

紛れもなく、楓が今まで対峙した最強の妖怪である。

これほどまでにあからさまな実力差に楓自身戸惑うしかなかった。

 

 

楓は不思議に思っていた。

なぜあの声の主は自分にあんなことを言ったのだろう。

まるで旧知の友人に久しぶりにあったかの如く、また、怯えている相手を説得するが如く声をかけられた。

そういう意味では非常に紳士的であり、そんな妖怪は楓は知らなかった。

楓自身も夜が開けて務めが始まっても戸惑っており、弟子たちが心配の声をかけるほどであった。

気になって仕方がないので藩主前田越中守利貞のもとを訪れた。

本来前田とは藩主と臣下の関係ではあるがよく前田の話し相手を務めることから他の臣下達よりもむしろ楓にとっては話しやすい存在であった。

大抵の場合、前田の方から話を切り出すのだが今回のように楓の方から話を持ちかけるのはなかなかに珍しいことである。

従って前田もその楓の様子に少々驚いていた。

「貴女が戸惑うような妖怪がいたことが私には信じられぬな。

でも、強いからといって狂暴とは限らぬのではないか?」

「私が対峙してきた妖怪は狂暴なものばかりでしたから私の常識では計りかねているのだと思います。」

前田はなるほどと頷いて茶をすすった。

「また会おうと向こうが言ってきたならまた会えばよい。

敵を知らずして戦もあるまい。

人間でも、妖怪でも相手を知ることが肝要ぞ。

戦うにせよ戦わないにせよ…な。」

「知る…か…。」

楓は前田の言葉を胸に刻み込んだ。

 

 

前田との話を終えたあと楓は一通の手紙をしたためる。

いつもはあいつが変な妖怪を連れてくるのに今回は私があいつに厄介な妖怪を紹介するとは…。

いよいよ私も疫病神の仲間入りか…。

ふつふつと考えを巡らし手紙を書き終える。

城内の物書きに渡し、かつての戦友へ届けるように指示をする。

そしてそのまま帰宅し珍しく昼寝をむさぼった。

 

釣瓶落としがからからと井戸に落ちていく。

それを追いかけて日が沈む。

楓が昼寝から目覚めたときにはすでに夜半になっていた。

ふらつく頭を抱え表に出て井戸で顔を洗う。

 

「よく眠れましたか?」

 

楓は突然現れた巨大な妖気の主に驚いた。

急いで振り返り姿を確認する。

公家の着る狩衣と烏帽子を纏い、腰には楓の持つ「銀」によく似た大太刀がぶら下がっていた。

よく似ているが「銀」よりも一尺も長い。

これではさすがに楓も抜けない。

この持ち主は抜けるのだろうが楓の「銀」とこの大太刀では間合いがあまりにも違いすぎる。

その上、ビリビリと感じる実力差。

楓は如何に逃げるか模索していた。

 

 

「そう、怯えなさるな。

私は貴女に危害を加える気は無いゆえ。」

妖気の主はしっとりとした口調で楓に語りかけた。

楓は臨戦態勢を崩さずに妖気の主に問いかけた。

「今まで見たこともない巨大な妖気…、お主何者ぞ。」

妖気の主は少し空に視線をそらし思考してから答えた。

「一色夜叉…とでも名乗っておきましょうかの。

私を見たことのある人間は少ないので名前を与えられておらぬのでね。」

夜叉と言えば人を襲う強力で知恵の回る妖怪の総称である。

夜叉の名を聞いて楓は顔を歪めた。

「お主の狙いは何ぞ。」

ばか正直に答えるとも思えなかったが楓は問わずにはいられなかった。

「ふふふ、私は他の夜叉と違って人をとって喰ろうたりはせぬ。

なあに、貴女の運命に興味があるだけぞ。

件の奴が面白いことを吹聴しよったでの。」

『件(くだん)』とは人面牛躯の予言する妖怪である。

通例はその予言で人を惑わすのだが今回は妖怪が惑わされているようだ。

皮肉な話に楓の顔はひきつっていた。

 

 

「で?私のどんな運命に興味があるというのだ?」

顔をひきつらせたまま楓は問いを重ねる。

「『馬頭柳』という妖怪を知っておられるか?

馬頭柳に貴女がとって喰われると言う予言ですな。」

今さらもはや驚くべき事ではないのだが馬頭柳は修行中の頃遭遇し、始末に大変苦労した楓の思い出の妖怪だったので少し表情が曇ってしまった。

元々この妖怪は非常に凶悪で柳の樹にぶら下がって待ち伏せし柳の下を通るものを頭から喰らう食人鬼の一種だ。

垂れた柳の枝に紛れて馬の首がある様子はなかなかに気味の悪いものだがただぶら下がっているだけのはずなのにやたら動きは素早い。

楓も動きを捉えるのに難儀した覚えがあるが、当時と今では経験量も技量も違う。

今ならさほど苦戦すると思えなかった。

「ああ、予言を伝えた縁で一言忠言を。

あまり自身の力を過信なさいますな。

特に今度の馬頭柳は油断できぬゆえ。」

楓は妖怪風情で忠言をする夜叉に腹がたった。そして言い返そうと襟首をつかもうとした瞬間夜叉は妖気もろとも消え去った。

「…!いったいあいつはなんなんだ…。」

その場に座り込んでただただ首をかしげていた。

 

 

あれから十日ほど経過したが一色夜叉はあらわれなかった。

それがまた不気味で仕方がなかったが夜叉だけでなく他の妖怪もとんと音沙汰なくなっていた。

これもまたさらに不気味な話だった。

夜叉の言う馬頭柳にも出くわさない。

こちらは柳のない道を選んでいるからだが…。

平和でいいことのはずなのに、楓はどうにも落ち着かなかった。

 

そんなある日、勤めが長引いて、夜半になっての帰りの道中、一人の坊主が立っていた。

こんな時間に托鉢か?と思ったが手には錫杖しか持っていない。

ただの通りすがりの坊主かと安心して通りすぎようとした。

すれ違った次の刹那、襟首を掴まれた。

首が絞まっていくなか、ふと見上げると柳の枝が揺れていた。

体を返し、掴まれていた襟首から敵の手を外した。

振り返って敵をみると、さっきの坊主の袈裟を着た、馬の顔をした何かがいた。

「ま、まさか…っ、馬頭柳っ!!」

「坊主じゃ油断してくれなんだか…。」

人間に変化した上に言葉まで話す…想像以上に桁外れに強い個体だった。

今になって、夜叉の言ってた言葉がよぎる。

…ちくしょう、油断とかなんとかと言う段階じゃないな…楓は夜叉に腹立てながらも必死で馬頭柳の攻撃をかわした。

攻撃の回転が恐ろしく速いので楓も防戦一方だった。

 

偶然、小石が足に当たり、体を崩した。

そこを逃さずに攻撃する馬頭柳。

 

…死んだな…

 

楓は目をつむった。

 

 

 

 

「おいおい、俺を呼び出しといて勝手に死ぬなよ。」

漆黒の刀、鉄で馬頭柳の攻撃を止める黒田がそこにいた。

「う…うるさいっ!私の獲物をとるなっ!」

楓は黒田が来たことに安堵していたが素直になれず、つい憎まれ口を叩いた。

それは黒田もわかっていたので楓に向かって微笑んでこう言った。

「そうだな。

それじゃ、仕切り直しと言うことで…、そろそろ持たねえからあとよろしく。」

「全く…人に仕事残すなよ。」

会話が区切りついた瞬間、黒田は横に飛び退く。支えるものを失った馬頭柳はそのままの勢いをもって楓に襲いかかる。

だが、楓はすでに臨戦態勢に入っており、天高く舞って攻撃をかわし、そのまま上空から鎚をうち下ろすように馬頭柳の馬頭に銀の一撃を浴びせる。

 

ガキイイイイイイインンン

 

暗闇に強烈な打撃音が鳴り響いた。

馬頭柳はよろけて尻餅をついた。

「いたたた…きつい一発もらっちゃったねぇ。」

銀の一撃を喰らった頭頂部をさすり馬頭柳は不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。

「なっ!銀の一撃を喰らって逝かねえのかよ…。」

呆れたように黒田が呟いた。

無理もない話で黒田は楓が仕損じたところを見るのは初めてであった。

同様に楓も焦りを隠せなかった。

銀で倒せなかった相手は今までいなかったからだ。

同時に夜叉の話も気にかかった。

黒田の応援があるとはいえこのような難敵に勝てる気がしなかった。

 

 

「霊力の強い楓殿は入念に下調べさせてもらったからねぇ。

妙な妖気の持ち主さえいなけりゃもっと早く頂けたが…都合よくもう一人、力の強い者も現れたし、幸運と言わざるを得ないねぇ。」

馬頭柳は舌嘗めずりして二人を一瞥した。

「まずは、そこの黒いのから頂こうかねぇ。」

そう言って馬頭柳は黒田に攻撃を仕掛けようとした。

楓とは距離が三間。

とても間に合うはずがなく逃げろと叫ぶのが関の山だった。

黒田に馬頭柳の攻撃が当たる刹那、光が満ちた。

と同時に現れたこの馬頭柳の妖気を遥かに凌駕する妖気に二人は背筋に稲妻が走った感覚に陥った。

「やあ、お嬢さん。

やはり苦戦してますね。」

指一本で馬頭柳の攻撃を止める、狩衣に烏帽子の彼奴がそこにいた。

「一色夜叉!」

「なにぃぃぃっ!!??

夜叉ぁぁあ!!!???」

楓が叫んだ名前に黒田は思わず驚いた。

夜叉が人間を助けることなど前代未聞だからだ。

「この程度の妖怪に手こずるようじゃ、お二人とも…まだまだよの。」

「「妖怪のあんたが言うなっ!!!」」

思わず二人の声が重なった。

「おどれぇぇ、貴様一体どこまで俺の邪魔する気じゃ。」

怒りに震える馬頭柳。

「あらいやだ。

そなた、怒っておられるのか?」

馬頭柳をからかうように話す一色夜叉。

「そなたなど…、我が神刀『銀』を使わずとも、散らせるゆえ、興がもたぬ。」

「言わせておけばこのガキぃぃぃ…。」

馬頭柳は体勢を立て直して一色夜叉に襲いかかった。

 

 

一色夜叉は懐から忌札を出し式神を呼び出した。

炎を纏い、背から一対の羽を持つ大蛇の姿をしていた。

「なっ!謄蛇(とうだ)!」

驚く楓。

訳の解らぬ黒田。

そんな二人をよそに馬頭柳は一色夜叉の呼び出した謄蛇に焼き尽くされていった。

「なあ…楓…今のって…。」

黒田が楓に質問した。

「十二天将の一つ、謄蛇だ。

式神の中でも最高に近い力を持つ強力な奴だ…。

今時の陰陽師であんなの呼べる奴、おらんぞ。」

「…なんで、あの夜叉、そんなの呼べるの?」

「私が知るかっ!」

二人が喧々騒々としていると一色夜叉は二人の方を向いて静かに語りかけた。

「ご苦労であった、お二方。

命があって何よりぞ。」

「そもそも、馬頭柳はお主が言い出したことだろ?

なぜでしゃばった?」

楓が不機嫌に夜叉につっかかった。

「それはの、私の子孫がこんな陳腐な妖怪に食い殺されたくはないからの。」

「!!!!」

あ然として夜叉を凝視する二人。

「…子孫て…まさか…。」

「私は、生前は

従三位下(じゅうさんいげ)陰陽寮大従(おんみょうりょうのおとど)白鳳椿智季(しらとりのつばきともとき)

と称しておった。

白鳳家の初代当主ぞ。」

「「えええええええっっっ!!!????」」

二人の声が再び重なった。

 

 

 

「夜叉と洒落で言うたが、実際は楓の持つ『銀』に染み付いた私の霊気が、妖怪を斬り伏せるうちに妖怪の妖気と混じって妖怪化したものぞ。

九十九神の変わり種と言えようぞ。」

「そんな巨大な妖気の九十九神がいるかっ!!」

「目の前にいるではないか。

楓の持つ銀は700年以上の間、強すぎる霊力を押さえるために寸を短くされておる。

元々はこの長さだが、これは実態のない飾りだがの。」

色々言い出すとキリがないので楓も反論をやめた。

「楓よ。

そうして銀の霊力を弱めたのは、強すぎる霊力はかえって魑魅魍魎どもを強力にしてしまう背景があるからだ。

限られた霊力を武器に敵に対峙するにはもっと己の力を高めねばならぬ。

それと同時に自分が如何に周りに支えられて生きているか。

そのようなことも心得ておくことも肝要ぞ。

ほら、そなたには頼もしい友がいるではないか。

私もそなたの銀と共にいる。

ま、具現化すればそなたの近くなら現れることもできるがの。

まあ、年寄りの老婆心とでも思って、頼りにしていただこうぞ。」

そう言い終えると一色夜叉は楓が声をかける前に消え去った。

あとには炭屑となった柳だけが残っていた。

 

 

「なあ、楓が文で言っていた強力な妖怪って馬頭柳か?

それとも一色夜叉か?」

脱力の帰宅の途、黒田が尋ねた。

「一色夜叉の方だ。

まさか、先祖とは思わなんだがな。」

「いいじゃねえか。

妖怪になってまで700年を生きて、守ってくれるんだから。」

「…そうだな。

私が元服する頃に両親に先立たれたから、一族でただ一人残された当主として、変に気負いすぎていたのかもしれん。」

「家の事情は知らねぇが、俺はたった一人残った身内がこんな姿になってちゃあ、張り合い無いわな。」

そう言って黒田は鉄を脱刀した。

「親父も化けて出りゃいいのに。

妖怪どもの感覚でいえば、鬼物(きぶつ)になってまだ十年足らずの赤ん坊だから、無理だろうがな…。」

妙に饒舌な黒田に対し、楓は何も言葉をかけられなかった。

考えようによって、誰かよりかは恵まれていると言う世の理が嫌に感じていた。

 

 

明け方、二人で城に入ると城門で前田がニコニコして二人を出迎えた。

 

 

「お帰り、二人とも。

どんな強力な妖怪を調伏してきたか知らぬがいい話がある。

ついて参れ。」

二人は顔を合わせて首をかしげた。

 

 

城内の茶室に案内され前田から茶を振る舞われる二人。

不気味な事態に二人はろくな話じゃないと感じていた。

「実は、黒田君の主君、上杉殿から文をいただいてな、『黒田が血相を変えて白鳳殿の応援に向かう』と言ってきたと書かれておった。」

「清彦…そんな取り乱しておったのか?」

前田の話に引きながら楓は黒田にヒソヒソと尋ねる。

「そんなに取り乱しとらんわ!」

焦る黒田。

その様子に楓は冷たい視線を投げ掛けた。

「加えてこんなことも書かれておった。

『いい機会だからこの際二人の縁談をまとめたく候。

つきましては黒田がそちらに挨拶にでも伺ったとき、話していただきたく候。』

とあった。

私も大いに賛成するところだが…。」

前田がどうかと言い終わる前に二人はすすっていた茶を吹き出してしまった。

「わ…私は失礼ながら私は旦那を作る気はありませぬ。

特にこんな疫病神とは真っ平ごめんです。」

「そうですよ。

俺とて、こんな男同然の妻なんか欲しくないですよ。

ほっさんも意地の悪い…。」

口々に反論する二人。

それでも前田のニヤニヤは止まらない。

「なかなか似合いの二人だと思うのだがのう。

まあ、すでに仲人も決まっとるし。」

「「はあ?」」

二人の声が重なる。

「椿殿、挨拶してやってくれんか?」

空に向かって声かける前田。

と同時に、嫌な妖気が室内に充満した。

「はい、仲人の椿です。」

白拍子の姿ではあるが紛れもなく現れたそいつは一色夜叉。

こいつも満面の笑みで二人を背後から見ていた。

 

楓はしばらく夜叉が姿を見せなかった理由を今、理解した。

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