銀と鉄(しろがねとくろがね)   作:落葉 剛

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人ならざるものと相対するのはいつだって人間だ。

そう信じていた我々は阿修羅だった。


阿修羅

 その日、とある草原で黒田清彦なる某侍と白鳳楓なる女侍が対峙していた。天は暗く大風吹き荒れる不穏な一日の幕開けであった。

 閃光一閃雷か落ちる。天は今にも泣きそうだ。そんな中、黒田は禍々しい黒を放つ妖刀「(くろがね)」を抜き、楓は破邪の光を放つ「(しろがね)」を抜いた。

 黒き輝きと白き輝きの衝突。合図は不要。

 「甲斐甲斐しくもねぇ、男伊達(おとこだて)らな女だとは思ってたが愛嬌の一つもないとは思ってなかったな」

 「ふん、甲斐性の欠片もない貴様に言われたくはないな、この疫病神」

 「あん?楓、おめえ養ってもらいたい願望でもあったのか?そいつぁ初耳だなぁ」

 「はん、いずれお前に貰われる嫁に同じ女として同情を禁じえないというそれだけだ、自惚れるな戯け」

 「埒明かねえな。一遍死ぬか?」

 「貴様がな…」

 一際大きな風が舞ったとき、両者の刀がぶつかり合い火花を散らした。

 

 事は一刻ほど前にさかのぼる。

 

 

 それは、加賀藩藩主前田越中守利貞(まえだえっちゅううのかみとしさだ)の城下の茶室にて黒田の主君南部藩藩主上杉常陸介勝憲(うえすぎひたちのすけかつのり)莱落院蓬山(らいらくいんほうざん)からの手紙により仲人である従三位下(じゅうさんいげ)陰陽寮大従(おんみょうりょうのおとど)白鳳椿智季(しらとりのつばきともとき)を迎え、十津川郷士(とつがわごうし)黒田清彦と白鳳山城守楓季貞(しらとりやましろのかみかえでときさだ)の縁談をまとめるべく茶飲みがてら懇談していたところから始まる。

 「なかなか似合いの二人だと思うのだがのう」

 前田がそう言って仲人の椿を呼び寄せ、場の空気が凍った時、最初に口を開いたのは楓であった。

 「お膳立ては有り難く存じますがやはり先ほど申し上げたように、私も夫を取るつもりはございませぬ。まして、黒田とはただの剣友、縁談とは程遠いかと」

 続いて黒田が口を開いた。

 「あぁ、そーだよ。俺も普通の嫁さんが欲しいね、いつたたっ切られるかわからない嫁など御免被りたい。

 が、前田様とうちのほっさんのお膳立てと言う、主君お二方の面子の問題もある。楓と違って俺はみんなの面子も取りたいのだが、椿殿、いかが思われます?」

 黒田は仲人の椿に話を振る。

 きょとんとしていた椿であったが、しばらく思案して微笑むとこう告げた。

 「何もむつかしいことを考えることはありませぬ。貴方達の御心のままにしていただければ、不肖仲人の椿が筋を通します」

 黒田はそれを聞くとニヤッとすると、楓に向かって話しかける。

 「なぁ楓、こうなりゃ結論は一つだよな?」

 「あぁ、貴様の言うことも一理ある。やむを得ん」

 「じゃ、せーので結論をだすかね」

 「そうだな。非常に癪だが」

 その様子を見ていた前田はにやにやしながら返事を促した。

 「では、お二人の見解を聞こう」

 せーのと言う掛け声とともに二人は結論を述べた。

 「この話はなかったことに」

 「この話を進めてください」

 きょとんとする二人。

 「楓、お前この縁談嫌だったんじゃなかったのか?」

 「清彦お前こそ、面子立てるんじゃなかったのか?」

 「そらお前、椿殿がなんとかしてくれるって」

 「お前なんでそういつもいつも人任せなんだ!」

 「お前は他人を頼らなさすぎるんだ!」

 この様子を見かねた前田が仲裁に入った。

 「やれやれ、気の合う二人と思いきやこうも真っ二つに分かれるとはのう…椿殿、ここはどうしたらよいかのう」

 「あら、そんなことは決まっておりますでしょう?試合って負けた方が勝った方の意見に従うということで」

 「なるほどなるほど、それは面白い!やはり侍たるもの、剣で語り合わねばのう!」

 本人不在で仲人二人がさっさと話しを進めてる様子を、当人たちは唖然として見ていた。

 そして、椿が、一色夜叉が、その妖気を増して、威圧して言うのであった。

 「さ、貴方達、支度なさい。もちろん、貴方達が持つその神刀で試合いましょう」

 「「あっ、はい」」

 二人はそう言うしかなかった。

 

 

 そして、先ほどの果し合いと相成った。

 試合う二人から五十間離れた位置から観戦する、前田と上杉。上杉は試合の支度が整った二人と前田と椿が城内を出たところで、ばったり鉢合わせていた。

 なんでも、縁談の相談の手紙を出した後に幕府からの内密の呼出があったという。ついでなので黒田の様子も見たいと思って早馬で旅程を幕府の申告とずらして加賀に寄ったとか。

 そして、将軍への謁見は明後日の夕刻であるから、試合は是非見たいと申し出てついてくることになったのだった。

 なお、この五十間離れた観戦場所については上杉の進言で、なんでも上杉の家人の森下が何度か黒田の妖怪退治を見に行った際に、四十間先の妖怪相手に遠当てした話があって、安全のためには五十間は離れておかないと巻き込まれるのではないかと言う話であった。

 試合は初撃からの鍔迫り合いとなり、黒田が押し込んでから一歩引いてから車の構えに取り直し下段から切り上げる。一方の楓はそのまま振り下ろすことなく同じく車に構え直しそのまま二間ほど飛び上がって得意技の上段からの兜割を黒田に見舞おうとする。

 黒田の切り上げの動作が終わる頃にはそこには楓はおらず、空を切るその剣線を切っ先を返して逆さの受け流しの構えに移行しつつ体の軸を左前にずらすと、黒田が切り上げたときにいたその場所に銀のものうちが落下した。勢いそのまま地面をたたき割り三間四方の大地が抉られる。

 黒田はその切っ先を楓に向けて返す刀で横に薙ぎ払うが、楓はそれを屈んで回避し、体を入れ替えて黒田へ向きなおし腰に据えての突きの体制に移行する。黒田の放った空振りの剣撃はそのまま、十二間先の下り立とうとしていた鳥を真っ二つにした。

 この試合の場となっている場所は鷹狩りの場所ともなっており草原の少し先には森もあって、野鳥をはじめ動物も豊富にいる場所ではあるが、観戦している大名二人だけでなくこういった野生動物にとってもこの試合は命がけのものとなっていた。

 ふと前田が口を開く。

 「やはり、五十間離れて正解でしたな。今頃我々の首があの鳥のようになっておったわ…」

 呆れ果てたように言う前田に上杉は逆になんだか楽しそうであった。

 「そうであろう?あのぐらいでないと妖怪を相手にできぬのであろうが、一騎当千とはまさにこのこと、前田殿の紹介でこのような武士(もののふ)を召し抱えられて武家としては誉ですな」

 これに対し前田は少し面白くなかったようだ。

 「確かに紹介した手前黒田殿が武士として一騎当千の兵(つわもの)であることは認めるがね、うちの白鳳も女伊達らに兵(つわもの)をしておるわけではないぞ、ほれ見てみ」

 先ほどの突きの体制から楓は黒田の胸にめがけて突きを全力で放つと、黒田は右に流れた刀を手前に引きつつ、突いてくる剣撃を右前に踏み込みつつ撃ち落とした。楓の突きの剣撃は逸らされて黒田の後方の森の木のいくつかを薙ぎ払った。なお、黒田と森との間は七十間ほどあった。

 「この場所もダメそうだな」

 上杉がそそくさと陣椅子を持って移動しようとするのを二人の大名の背後に控えていた椿が止めた。

 「御心配には及びません。『この距離』であれば、不肖この椿の結界でお二人を守れます。どうぞ、ごゆるりとこの特等席であの二人の死合を見届けてくださいまし」

 ころころと笑う椿にじとっと何か含みを持たせた表情で上杉が返した。

 「あの黒田が血相を変えた強力な物の怪…もとい、付喪神である貴女がそう仰るならまぁ、心配しなくともよいと思うのだが…、ひとつ聞いてよいかね?」

 「はいなんでしょう?」

 「あれ、どちらか死ぬんじゃないのかね?」

 なるほど、草原の大地とその縁の森は既に黒田と楓の戦いで試合前と同じ土地とは思えない様相となっていた。

 「ああ、そういうことですか。そらまぁ、放っておけばどちらかが死ぬまで続けるでしょうね。そういう二人ですし」

 椿のこの返答に、不機嫌そうに上杉が釘を刺した。

 「主君としては、その『放って』おくことは看過できないのだが?」

 「ええ、私としても看過できません故…、少し小細工はしようかと」

 京仕込みのはんなりとした笑顔で答える椿に上杉は天を仰いだ。

 「ほう、では椿殿の策に期待してもよいと?」

 「少なくともあとに控えている江戸での『ご用件』に役立つ程度には」

 「なんとまぁ、道すがら貴女のことをお伺いしたとはいえ…食えぬお方だ…」

 上杉は呆れ果てて愚痴をこぼすと、椿は扇子を天に向けてくるくると描きとぼけた表情で答えた。

 「はて、何のことでしょう?私は唯の陰陽寮大従故少し星を見ただけですよ?」

 「それは『ただの』とはいわん。まぁ、あっちの用事に支障がなければそれでよい」

 長話を手じまいにして試合に集中しようとする上杉に椿はさらに一言付け加えた。

 「左様で。ところで、天神(あめがみ)様はもう飽きたようですよ、この試合」

 この言葉に上杉と前田はきょとんとした。が、その刹那、落雷が落ちた、よりにもよって黒田と楓に。

 「大丈夫なのか…?あれは…」

 絶句の中でなんとか声を絞り出したのは前田だった。それに飄々と答えるは、もちろん椿である。

 「手加減しているから大丈夫ですよ、元より死ぬようなものでもありませんし」

 疑問符が飛び交う前田と上杉に椿が講釈を始めた。

 「今の落雷、私の式神です。京ではそこそこ有名な別雷大神(わけいかづちのおおかみ)こと六合(りくごう)です。まぁ、六合は本来貴婦人の姿してるんですけどね、あの状況であれば、別雷大神として顕現していただいた方が都合がよろしくてね」

 もはやツッコミを入れる気が失せた前田と上杉はとりあえず二人が起き上がるのを待つことにした。

 

 「おい、楓…生きてるか…?」

 草原にうつ伏せで突っ伏しながら黒田は楓に声をかけた。

 「なんとかな…もう少し休まないと立てそうにないがな…」

 対する楓も同じように突っ伏したまま答えた。

 「全く…せっかくお前の面子を立てて無かったことにしてやろうと思ったのに…。お前さんにゃ、化け物になってまで守ってくれるご先祖もいるし、ほっさん達も大いなる先祖には盾突けまいて…」

 そう言って黒田がため息つくと楓も少し膨れ面をして答えた。

 「私もお前が面子を気にするなら…私でよければ嫁になってやってもやらんでもないと思っただけだ…ったく、人の好意を無碍にしおってからに…」

 「まぁ、それはお互い様だ…久しぶりに全力で暴れられてすっきりした。俺はまだ、『お前以外に』嫁を貰うつもりはないから安心しろ」

 その言葉に楓は一瞬顔を赤らめるも、すぐに黒田を睨み返して憎まれ口をたたいた。

 「ふん…なにも安心する要素は無いではないか、この痴れ者め!寝言は寝て言えこの戯け者!」

 「はいはい、そういうことにしておくよ、『楓ちゃん』」

 「っっ!!この馬鹿!」

 楓がそう叫ぶと巨大な妖気が二人を包んだ。『ご先祖様』の登場である。

 「はいはい、二人ともお疲れ様。この辺を焼け野原にするのはもうおしまいにしましょうね~」

 「お前が唆したんだろうが…」と二人は心の中で呟いたが、それを本人に言う勇気は当然持ち合わせていなかった。

 「うちの楓はともかく…他家である、黒田氏についてはこの道の…妖怪と相対するという修羅道としてやっていけるか私自身が見ておきたかったのもあるのですが…まぁ、問題はないですね。

 一つ黒田氏にお聞きしたいですが…楓と対峙して…この阿修羅と対峙してどう思われました?率直なご意見を賜りたいのですが?」

 椿がそう言うと、黒田は仰向けに寝返りをうってこう答えた。

 「楽しかった。正直最近の妖怪退治はつまらなかった。百鬼夜行の時のような血潮滾る感覚がなくて…。。。

 俺が妖怪退治するのも、元はと言えば里のため、家族のため…そして無念に鬼物となり果てた親父のため…、元より俺の手の届くみんなが安心して平和に暮らせるようにしたかっただけだ…。

 なのに…それを『楽しんで欲してしまっている』自分がいて…でも、それは認めたくなくて…楓みたいに最初から先祖からの宿命だと割り切れればよかったのだろうけど…、俺が『これ』を扱うにはまだ人の心が残りすぎていたようだな…」

 いつになく饒舌な黒田に楓はその場で姿勢を正す。いつの間にか上杉と前田も近くに来ていた。

 「いつも辛い役目を負わせて申し訳ないと思っておったが…そういう風に考えておったのか…」

 「ほっさんすまねえ…俺はどうやら城務めは似合いそうにもねえわ…昼は寝坊助の昼行燈で…、森下も俺なんかに弟子入りなんかさせちゃいけねえ…平和な時は平和な時の役目があるんだ…だから…」

 上杉はため息をついて黒田に話しかけた。

 「椿殿の話と重なるやもしれぬが、元より私はおぬしが堅気だとは思っとらんよ。妖怪を相手することが『阿修羅』だと言うなればそれはそれでその通りなのだろうと思う。

 黒田君よ、私はな…主君は清濁併せ持たねば領民を守れないと思っておる。領民を守ることが主君の役目ならば、己が右腕としてどうして阿修羅を飼うことにためらうか。

 黒田君よ、私を見くびるな。前田さんからの紹介の段階ならいざ知らず、今は君の『仕事ぶり』もよく知っている。だから、そのような寂しいことは言うな…」

 諭すような上杉の言葉にいつしか黒田は腕で目を隠し、男泣きしていた。

 

 「と言うわけでして、実は男泣きした黒田氏にちょうどいい試練がございます」

 ぱん!と手を叩いて話題を変える椿、一瞬黒田は何のことが分からなくなる。

 「上杉様、『例のお話』ここで話した方がよろしいのでは?」

 椿はそう言って上杉に話題を振った。

 「あぁ、そうだな。黒田君、私がここに来たのは江戸から文が来たからだが、江戸からの極秘の用件はこれだ。

 『江戸に鬼が出た』と」

 「は?」

 「と言うわけで、白鳳氏と共に私と江戸に上って欲しい。詳しい話は将軍から私が取り次ぐから、とりあえずお目見えについては心配しなくていい」

 いきなり降って沸いた大きな仕事に黒田も楓も、目の前の一色夜叉のごとく真っ白になった。

 


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