Fate/world end ~ソラノハテとリクノハテ~ 作:神駆
一夜明け、キャスターの真名を知った凛は対策法を考えていた。既に放課後となり、屋上で協力者である士郎が来るのを待っている。目的は勿論この学園に刻まれている魔術陣を消すことではあるが、それについてはさほど心配はしていない。凛だけでは消すことは出来ないが、薄めることは出来る。そうして結界の完成を遅らせている間にライダーを討伐してしまえばいいのだ。
だが、それ以上に厄介なのは昨日知ったキャスターのことだ。
魔術師でありながら魔術を否定したキャスターにとってこの聖杯戦争自体が忌み嫌うものである可能性が高い。そして、マスターである魔術師も同様だろう。
アーチャーから聞いたキャスターの生前は過酷で残酷なものだったが、今を生きる凛たちからすれば冷たい言い方かもしれないが、関係は無い。ただ、魔術を否定したキャスターは当然のように魔術を無効化させてくるだろう。世界を相手取ったらしいので令呪ですら無効化してくる可能性は否定できない。
「ねえ、アーチャー。もうちょっと詳しくキャスターのこと知りたいんだけど、何か無い?」
「私とて全てを知っているわけではない。それに、私の知っていることは昨夜全て話した。攻略法でも考えているのだろうが、おそらく無駄に終わる。セイバーの対魔力で正面突破が賢明だろう」
姿は見えないがアーチャーは凛に昨夜とほぼ同じ内容を告げた。
アーチャーが言い終わるのとほぼ同時に屋上に通じる扉が開け放たれる。どうやら生徒会の手伝いをしていたらしい士郎が到着した。
ようやく仕事が始められると凛が立ち上がる。
士郎は結界の基点などを感知するのが得意なようで、次々に魔術陣のある場所を見つけ、凛がそれに対処していく。校内の至る所に仕掛けられていたため、全てを終わらせて帰路についたのは日が沈んだ後だった。
士郎の家には既に明かりが点っていた。と、そこで士郎が何かを思い出したかのように慌てだした。
一緒に歩いてきた凛を置いて士郎は駆け足で家に上がる。
士郎が忘れていたこと、それは、桜のことだった。
◆
キャスターの拠点と化した柳洞寺はその姿を変えていた。
荘厳であった本殿は跡形もなく消え去り、決して大きくは無い一軒の小屋になっていた。その中には琴音の姿があった。キャスターの魔術によって眠りについた琴音の周囲には彼女を守るように幾重にも巡らされた結界があり、何者の侵入も防いでいた。
「既に種は芽を出したね。もうそろそろ始めようか、ソラ」
『いいんじゃない? なるべく早めの方がいいと思うよ。凛っていう人がここに来ちゃう前にしたほうがいいと私は思うんだけど?」
「そうだね。凛ちゃんが来たら面倒なことになりそうだもんね。
キャスターが敷設した魔術陣が一斉にその役割を果たし始め、柳洞寺に魔力を集め始める。その範囲は冬木市全域に及び、全ての生物から魔力を吸い上げる。ひとつひとつから吸い上げる量は微量ではあるがその範囲の大きさで以ってカバーし、効率的に魔力を集めていく。
今は気づかれていなくとも数日後にはサーヴァントに知られてしまうだろうが、それまでには十二分に魔力は集まるだろう。マスターに限って言えば気づかれることはほぼない。吸い上げる量が微量すぎて人間の魔術師の持つ対魔力程度で十分に防ぐことが出来るからだ。もしかしたらその反応で気づく者もいるかもしれないが、キャスターが見た限りでは自分のマスターである琴音か、外来のマスターである金髪の男性くらいだろう。
一般人に与える影響もほとんどない。しいて言えば疲れやすくなる程度のものだ。そんなものは誰しも異常だとは気付かない。
だが、不安要素は先に潰しておくべきだとキャスターは考え、実力の分からない金髪の男性を今夜中に倒す決断をした。工房がどこにあるのかも自身の放った使い魔によって判明している。どのサーヴァントなのか分からないのが少々問題ではあるが、自身の天敵である三騎士のうちセイバーとアーチャーではないのは分かっている。
召喚されてからすぐに放った使い魔の情報をまとめたところ、おそらくアサシン。そもそもキャスターにとってマスターが判明していないのはアサシンとランサーだけであり、ランサーは同時刻に別の所に居て、尚且つこの金髪のマスターは虚空に向かって何かを呟いていた。それが偽装であればランサー、そうでなければアサシン、と二択にまで絞れている。
夜になるのを待って琴音の周りに改めて結界を張り、キャスターは出かけていった。
◆
キャスターから金髪の男性と呼ばれた人物は、時計塔に所属しているもののあまり恭順はしていない魔術師であった。研究を続ける中で日本を訪れた際に、自らの左腕に令呪が浮かんだだけのマスターだ。初めてこの令呪を見た男性はすぐに聖杯戦争であると理解した。彼は特に目標を定めずに“狭く深く”ではなく“広く浅く”魔術を探求している異端な魔術師であり、その過程で聖杯戦争のことも僅かながら知っていた。
結局、これも探究の一歩だと考えサーヴァントを召喚するが、召喚順で言えば最後。残っていたクラスであるアサシンを彼は召喚した。しかし、通例のハサンではなく何故か異なったサーヴァントが召喚されてしまったが、彼はアサシン=ハサンが普通であることなど知らないので別段不思議には思わなかった。
ふと、彼は昨日の一戦を思い出し、アサシンに問い掛けてみる。
「なあ、アサシン。聖杯で叶えたい願いってあるのか? 昨日の戦いを見る限り相当強い願いを持ってるんだろ? サーヴァントってやつは」
「私に特に望みは無い。まあ、剣の英霊であるセイバーとは一戦交えてみたいがな」
「へー。俺と同じか。俺は普通の魔術師じゃないからさ、根源だとかあんまし興味ないんだよね。たださ、折角参加できるチャンスなんだし、あのキャスターの魔術ってのをもっと見てみたいかな」
『じゃあ、見てみる?』
ホテルの一室に居た彼とアサシンに声がかかる。妙にエコーが掛かっているのか出所がはっきりしない。それでも二人はこれがサーヴァントの仕業であると分かった。
「マスター、ここから出るぞ。ここでは私の剣が振るえぬ」
「ああ。分かってる」
二人は窓ガラスを破り空中へと身を躍らせる。地上30mはサーヴァントからすれば大したことは無いが人間である彼は違う。身体が自由落下を始める前に魔術を起動する。
「
二つの魔術を行使し、彼はモモンガのように滑空し広い公園へとゆるやかに着地した。彼にとっては久しぶりの緊迫した事態に少しの恐怖心とそれを上回る好奇心が疼く。自分がこうしている間にも敵サーヴァントは着実に距離を詰めてきているのが分かる。人間では到底及ばない魔力の塊が一直線に向かって来ているのだから。既にアサシンも剣を抜き臨戦態勢に入っている。
身体をすっぽり覆い隠すローブを纏い、それは現れた。
濡れ羽色の髪に黒い目、長髪で欧米人に見える顔だち。手には何も持っていないが、それでも威圧感はとてつもない。自らのサーヴァントであるアサシンと対面した時よりも遥かに大きいプレッシャーに彼は思わず息を呑む。
「その居出立ち、キャスターで相違ないか」
「そういうお前はアサシンだな。セイバーは既に知っている。
「然り。アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」
「架空の英霊、か。まあいいさ。相手が剣士ならオレも剣を使おう」
そう言ってキャスターは虚空から一本の剣を取り出す。柄に近い部分が二又になっているその剣は、キャスターが魔力を込めると一瞬蒼く輝いた。そして、準備は完了とばかりに剣を構える。
アサシンのマスターである彼は自身のサーヴァントよりもキャスターを注視している。先刻アサシンに言ったように己の目的を果たすためだ。彼にはもはや自身のサーヴァントを気に掛けるつもりはなかった。それを承知とばかりにアサシンもマスターの存在を意識から外しキャスターに意識を向ける。
「っと、ここじゃ巻き込まれちまう。もうちっと離れねえと……」
アサシンのマスターが十分以上に離れたところで、戦いは始まった。
初めに仕掛けたのはキャスターだ。身体の遠心力を利用した横凪の一撃を放つ。アサシンはその一撃を巧みにいなすと、滑らかな円の軌道で反撃をする。それを受けるためにキャスターはアサシンの長刀の斬線に自らの剣を合わせて防ぐが、そこから先の反撃には出られなかった。
アサシンの剣は絶え間なくキャスターに襲い掛かり反撃の隙を与えない。何度か反撃を試みるも簡単にいなされすぐに反撃されてしまっていた。アサシンを中心とした竜巻のような剣筋にキャスターは何とか防御しているだけであり、このままでは敗北は免れないだろう。そう悟ったキャスターは防ぐのと同時に足元で爆発を起こしその反動で大きく距離を取る。
「……ッ、さすがにキツイな」
「中々どうして、キャスターという割には剣の扱いが達者ではないか」
「言ってくれる……まあいい。次からは魔術込みで行く!」
そう言ってキャスターは先ほどと同じように足元の爆発を利用し一気にアサシンの懐に入り、初めと同じように剣を横凪に振るう。当然、アサシンはいなそうとするが、そこからは先ほどまでとは違った。
いなそうとしたアサシンの長刀を避けるように接触部分が水となりすり抜けてしまったのだ。しかし、ギリギリでそれを察知したアサシンは辛うじてその一撃を喰らわずに回避した。
アサシンがキャスターの剣を見ると、先ほどの水となった部分は既に元の剣の形に戻っていた。だが、剣全体が先ほどまでとは違って薄蒼く光っている。
「今のを避けるか」
「ギリギリだったがな。それにしても水、か。まさか刀で斬りきれないものとは。ならば、避けられない技を出すまでのこと」
アサシンはここに至って初めて刀を構えた。肩の高さまで持ち上げられた刀身が月の光を反射している。
「行くぞ。―――燕返し!」
アサシンが振りぬいたのは一度のみ。しかし、防ぐべき剣筋は3つ。
辛うじて首への一撃は避けたものの放っておけばいずれ致命傷になるだろう。しかし、アサシンはそこへ更なる追撃をかける。その攻撃に対しキャスターはフラフラになりながらも致命傷だけは避けるように防いでいくが徐々に防ぎきれなくなっていく。
「ハア……ハア…………」
「よくやった。だが、これで終いだ」
アサシンが最後の一撃を繰り出そうとしたところで、妙な声が聞こえた。
『情けないわねー。折角アンタに出番上げたんだけど? まあいいわ。私が出る』
嫌な予感のしたアサシンは全速力で後退する。そのほんの僅かの後、先ほどまでアサシンが立っていた場所に次々と剣が突き刺さっていく。その数合計22。その衝撃による土煙が晴れたとき、キャスターが居た場所には全く違う人物が立っていた。
背も低くなり、微妙な変化ではあるが髪の色も変わった。そして、最も異なるのは性別。成長した男性の姿から、少女と呼べる姿に変わっていた。
「あーあー、こんなに傷付けちゃって。
「ふ、面白い。―――行くぞ」
目の前で敵の傷が回復したにも関わらずアサシンは気落ちすることなく再び攻めはじめる。しかし、姿の変わったキャスターは消えるように姿を消した。ここから離脱したわけではないのはアサシンに知覚できた。だが、居場所が判然としない。
「
声が聞こえ振り向くと同時にアサシンは剣を振るう。既にキャスターの剣は放たれておりアサシンの身を貫こうとしていたのだ。その全てを弾き、再びアサシンはキャスターを視界に入れる。キャスターは先ほどまでは持っていなかった2mはあろうかという杖を持っていた。その先端につけられた二つのリングが光を放っている。
「
キャスターの杖から次々に光が迸り魔弾がアサシンに迫る。時折見当はずれな場所に飛んでいくが、自らに迫ってくるそれを躱し、時には防ぎながらアサシンはキャスターに迫る。しかし絶え間なく襲い掛かってくる魔弾にアサシンも無傷とはいかず所々掠り傷を負ってはいるが、最終的にアサシンは魔弾を耐えきった。
次の魔術が放たれるまでの僅かな時間でアサシンは再び自らの技を放とうとする。
「秘剣―――燕返――――――ッ」
しかし、剣は振るえなかった。それどころか、アサシンは自分の意思で身体を動かすことが出来なかった。正対するキャスターを見れば笑みを浮かべている。
「何をした」
「さっきの魔弾、おかしいと思わなかった?」
「あの見当はずれな弾のこと、か。アレを使ったのか?」
「ええ。わざと外した魔弾で地に穴を開け、それを結ぶ形で魔力で線を引いて魔術陣を作り上げたの。コジロウも強かったわ。まさかほんの掠り傷で私の目の前まで来るなんて思わなかったわよ。セイバーでさえここまでの剣技はないでしょうね」
「セイバーの剣筋を見る限りあ奴でもこれくらいのことは出来そうだがな」
「見てたのね。でもコジロウとセイバーの剣技は比べるものではないわ。セイバーの剣は軍を相手にしたときに最も力が発揮されるけど、コジロウの剣は一対一でしょ? 悪く言えば大雑把なセイバーの剣じゃコジロウには勝てないわよ」
自分の感じたことそのままに話すキャスターはアサシンを褒め称える。その評価を素直に受け入れられないのかアサシンは苦笑いだ。
「本当ならばセイバーと戦ってみたかったものだが……まあ、敗北したのは私が至らなかっただけのこと。さあ、一思いにやってくれ」
「分かった。この街に響くほど盛大に送ってあげる。
―――
キャスターの魔力によって編まれた緻密な魔術陣がアサシンを中心として敷設され、輝きを放つ。一つ一つの文字が生きているかのように動き、発動される魔術にとって正しい配置へと変わっていく。
そして、キャスターは別れを告げた。
「さようなら、コジロウ。―――『
最後の一節を唱えるのと同時に世界は色と音を無くした。だが、それも一瞬のこと。すぐに世界は元通りになりアサシンが居た場所には大きなクレーターが残るだけだった。あまりの熱量に大地が蒸発してしまったかのように蒸気が立ち込めている。
その魔術による一般人への被害こそ無かったものの、莫大な光量は遠く離れた士郎の家にまで届いていた。
そして、アサシンのマスターである彼――イヴァン――はその魔術に使われた技術に感動し、キャスターの接近に気付くことは無かった。
だから彼は気付かなかった。自身の周りに影が蠢いていることに。
「いただきまーす」
そんな少年のような無邪気な声を最期に、彼はその一生を終えた。