Fate/world end ~ソラノハテとリクノハテ~ 作:神駆
街であっただろうその場所は瓦礫の山となっている。
そんな地獄のような光景の中、黒いローブを羽織り、何の感情も浮かんでいない顔をしている人物の前に、鮮やかな赤色が現れた。
「あなたが正義の味方でいいのかな?」
「…………」
自意識が奪われているのか、赤色はその問い掛けに答える様子を見せない。
「『星』からの刺客、掃除屋ってとこかな。さあ、ボクを殺して見せてよ!!」
手を振り上げるという動作に連動して様々な色の魔弾が放たれる。そのどれもが過剰に魔力が込められており着弾した場所は深く抉れている。そんな必殺ともいえる魔弾を赤色は手に持つ剣で弾き、いなし、斬る。絨毯爆撃のような魔弾を前にしても赤色は眉一つ動かさない。ただただ機械的に前に進んでいる。
「へえ。この程度じゃ太刀打ちできないのね。じゃあ次はこれでどう?」
口調の変わった黒いローブの人物は杖を取り出す。身長よりも遥かに大きいその杖を振るうと、先ほどよりも大きく、数も多い魔弾が射出される。それでも赤色は動じない。何かを呟くと、大きな花弁が出現しその全てを防いだ。
黒いローブの人物は手を大地に着けた。その手を中心として魔術陣が構築され、巨大な腕が創られる。その腕は大きさからは考えられないほどの速度で赤色に迫ったが、赤色が新たに手にした剣で切り裂かれてしまう。
「
再び容姿の変わった黒いローブの人物は一本の剣を握る。そこに魔術を使い特性を付加させると一気に加速し赤色の懐に迫る。
上下左右、魔術を駆使した背後からの一撃でさえ赤色は余裕を持って対処している。その剣筋に天才としてのモノは無いが、それ故に徹底的に合理化された取り回しがそこにはあった。剣の特性を利用した一撃ですら赤色にとっては隙としかならず決定的な攻め手を欠いている。
「オレでも無理なのか!? あー、頼んだ」
『任せて。ボクたちが仕留めてみせるさ』
単一のものではない声が聞こえたときまたも黒いローブの人物は姿を変えていた。今まで見てきた中のどれでもない、白銀の髪色に深紅の眼。その身体から感じられるのは『悪』という不確かで不明瞭な概念。
『Αποκλεισμός-ενεργοποιημένα, Δελτίο τύπου ελέγχου.
επίκληση, Γέννηση του το Άγιο Δισκοπότηρο』
黒いローブの人物の内側から黒い光が溢れだす。明るさとは対極にある黒という色でありながら、明るいと認識できるその光は辺り一帯を包み込んでゆく。
その光が消えると、周囲は不毛の大地と化していた。瓦礫となっていた教会も、炭と化した街路樹も、人が暮らしていたという痕跡も跡形も無かった。
そんな中、赤色は掠り傷一つ負っておらず。
そして、天上には黒い太陽が
◆
飛び起きる、とは正にこの事だろう。
昨夜遅くに発生した謎の光についての調査をし、凛が衛宮邸に戻ってきたのは約4時間前。帰るなり泥のように眠りに就いた凛は夢を見て飛び起きたのだった。
「あー、もしかしてあれってアーチャーの過去? で、相手はあのキャスターってとこ?」
先ほどまで見ていた夢を思い返す。どの街かは分からないが、あれがアーチャーの話していたキャスターの過去とも関係があることは分かる。夢であるが故にその場の匂いや温度などは感じなかったが、あれは人間が感じていい類のものではない。それははっきりと分かる。
時計を見ると、夢の所為でいつもよりも早めに起きてしまったと分かったが、何もやることが思い付かない。通常状態の凛であればキャスターへの対策を考えるなり、夢について考えるなりするのだろうが、凛は朝に弱い。おまけに疲れて眠ってみれば地獄のような風景を見せられる夢。思考回路停止である。
「うん。もう一回寝よう」
「何言ってるんだよ、遠坂。もう着替えないと間に合わないぞ?」
「あれ? もうそんな時間? だってまだ5時じゃ……」
目を擦って時計を見る。どう見ても時計の針は5時を指している。
「ほら、5時じゃない。士郎こそ何言ってるのよ……」
「その時計、ずれてるぞ。ほら」
そう言って士郎は自分の腕時計を見せる。その時計では8時。遅刻ギリギリの時間である。
そして、微妙に回転の遅い凛の頭はそれを理解し。
「…………今日は学校休むわ」
◆
夜になって元々閑静な地である柳洞寺は更に静けさを増していた。
キャスターが創り上げた陣地は冬木中から集められた魔力を貯蔵し、その違和感によって動物すら寄り付かなくなっている。虫一匹見当たらないその陣地の中は冬とは思えないほど暖かく、活動に適度な気温になっていた。
キャスターはその陣地の中で魔術陣の調整をしていた。
「えーと、これがこっちで、それがそっち?」
『違う違う。あれがあっち』
現在展開されている魔術陣の構成を弄っているのか、文字が動いている。その文字も一定の言語で書かれているのではなく、頻繁に使用しているラテン語から、この土地の日本語、更にはルーンなども含まれている。
「あーもう、面倒くさい! そもそもボクは術式を弄るのは得意じゃないんだよ……」
『そんなこと言ってもどうにもならないわよ。ほら、続けた続けた』
「ぐ…………幻想種を縛る構成式は複雑すぎるんだよ」
愚痴をこぼしながらも手は止めない。これから先の戦いにとって重要な魔術となるであろうそれを作り上げることは容易なものではないが、それが無ければ目的は達成できない。
この陣地に貯蔵されている魔力を使えば聖杯戦争を終結させることはキャスターにとって容易いことだ。全魔力を使い、冬木市一帯を焼き尽くしてしまえばいいのだから。対魔力持ちには通用しなくてもマスターを殺してしまえばサーヴァントは現界できなくなり敗退するのだ。しかし、それではキャスターの目的は達成できない。そのため回りくどい方法を取るしかないのだ。
今こうしているのもその『回りくどい方法』の一つだ。ライダーの駆る幻想種を縛り、自らの勝利を確実にするための布石を打つ。キャスターという最弱のクラスに当てはめられた以上、出来ることは全てやらねばならない。
「だからって、もうやだ…………」
『泣き言言わないの。というかそれ、嘘でしょ?』
「何だ、分かってたの? 確かにやだっていうのは嘘だけどさ。でもさ、面倒なのは本当だよ。こんなことしなくてもあれぐらいだったら正面から潰せると思うんだけど?」
『令呪使われたらどうすんのよ。リクが知ってる情報は過去のものでしょ? 今とは差異があるかもしれないじゃない。だったら準備は十全にするべき』
何処か不貞腐れたような雰囲気でキャスターは作業を再開する。延々と文字を動かし続けるその作業は明け方まで続いた。
◆
翌日。二日連続で学校を休んだ凛は琴音の部屋を訪れていた。傍らにはセイバーの姿もある。
「リン、なぜここを調べようと思ったのですか」
「昨日一日ずっと考えてたのよ。琴音はあのキャスターを知っていたみたいなの。それに、あの子が魔術師だなんて私は気付かなかった。それは有り得ないのよ」
「何故ですか」
「士郎みたいな魔術師見習いみたいなのとは違って琴音はきちんと魔術を使っていたし、時計塔に行っても通用するくらい操作に長けている。そこまでの魔術師だったら無意識に魔力を発しているから私にも分かるはず。でも聖杯戦争が始まるまで気づかなかった。それに、セイバーはあのキャスターに十年前の聖杯戦争でも会っているんでしょう?」
「ええ。私がとどめを刺しました」
「琴音はね、引っ込み思案であんまり自分というものを前面に出さない子だったの。でも10年前、あの火災があって、声を失ってからは逆になった。言い方は悪いけど、普通だったら一層引っ込み思案になってもおかしくないのよ。でもそうじゃなかった。むしろ自分に自信がついたみたいだった。それが魔術のおかげだとしたら?」
「10年前にキャスターと関わりがあったと?」
「ええ。琴音の家は何代遡っても魔術師の家系ではないわ。たまたま魔術回路を持って生まれる人もいるけど、そういう人は大抵魔術には関われない。一般人に魔術を明かすことは禁じられているようなものだから。でも、キャスターという存在は違う。おそらくキャスターは魔術回路を持っていた琴音に接触し、何かを渡しているはず……」
セイバーと会話しながら部屋を調べる凛。魔術師の私室なので何かトラップがあるかもしれないと警戒しているのだが、一向にその気配はしない。洋服箪笥で
残るは本棚。一番可能性が高いゆえに最後まで残していた場所だ。魔術的なトラップがある可能性も一番高い。凛は一通り魔術の探査をして安全を確かめる。
そして何もないのを確認して一冊の本を抜き出した。
黒く焦げているような装丁をしているその本に凛は見覚えがあった。10年前、あの火災の後初めて会った琴音がずっと胸に抱いていた本だ。当時は家族のアルバムか何かだろうと思っていたのだが、今となってはその本が最も怪しい。今朝士郎に聞いたところ、たまにその本をどこかに持ち出しているらしいのだ。
慎重に表紙を捲る。
中身は
琴音が使っていたラテン語で、「開け」や「現れろ」などを言ってみたが変化はない。そのほかにも、日本語、英語、ドイツ語と試してみたのだがどれも失敗。
「既に使われていない言語ではないでしょうか」
「それなら私にはどうしようもないわ。ラテン語かルーンくらいしかしらないもの。セイバーは他に何かアイデアは無い?」
「そうですね……逆に『消えろ』とかはどうでしょうか」
「押してダメなら引いてみろってことね。やってみるわ」
先ほどと同じように様々な言語で試す凛。「閉じろ」「消えろ」など真逆の言葉を言うも反応は無い。諦めかけたその時、手に持った本に文字が現れ始めた。何が正しかったのかは分からないが、起動されたのが久しぶりだったようで言葉の認識に時間がかかったようだ。
「えーと、『この魔導書は魔法を習得するためのものである。なお、初めに読める箇所は2頁であり、それ以降は個人の力量・習得度合によって文章が浮かび上がる』『手の甲に描かれた模様は魔法使いであることを表し、隠しておかねばいけない』…………決まりね。10年前、琴音はキャスターから魔術を教わり、魔術師になった。偶然召喚したのか、キャスターが前の召喚者を殺して琴音に乗り換えたのかは分からないけど、少なくともキャスターと繋がりがあったのは分かったわ」
「10年前…………どうりでキャスターのマスターが最後まで分からなかったわけだ。恐らくコトネは聖杯戦争自体を知らなかったのでしょう」
「そうでしょうね。この本、本当に基礎の基礎から書いてあるし、これを教本として魔術師になったみたいね。セイバー今日はありがとうね。私はもう少しこの本を調べてみるわ」
本を持って凛は自室に向かう。本の内容はチラッと目を通しただけだが、ここに書いてある情報量は遠坂の所蔵する魔術書に匹敵するか、それを超えているだろう。どこまで読み進められるかは分からないが、これから先の魔術師としての生涯に良い影響を与えるだろう。
「なになに? 『世界は2つの属性に分けられる。存在と非存在である。魔術ではこれを五大元素・架空元素としている。存在の証明は非存在によるものであり、逆もまた同様である。しかし魔術にはそれは当て嵌まらない。何故なら五大元素の証明は架空元素によらず、魔術ではない技術によるものだからである。また架空元素の証明及び判別は魔術師による』…………えーと、つまり、魔術というものを証明しているのは科学とか自然の現象ってことよね、多分」
少し頭がこんがらがっているものの何とか理解し読み進める。
「『魔法の定義は既存の技術で再現できないものであるが、必ずしも再現できないものではない。例として挙げるなら、一人の人間の生活を全て記録し、その人物の記憶を保存する技術を用いれば、そのデータは個人の魂そのものであるという言い方もできる。即ち第三魔法・魂の物質化である。しかし、この事実を魔術師側は認めない。何故なら、それは“魂”ではないというのだ。であるとするならば、彼らの言う“魂”とは何であるのか』…………理解出来ないわ。一体どういう考えをすればこんな結論になるのかしら」
完全に理解できないところまで読んでしまったので一旦本を閉じ、目と頭を休めようとする。しかし、本がそれを許してくれなかった。
『あれー? 私を呼び出したのはコトネちゃんじゃないの?』
突如聞こえてきた声に凛は驚く。周囲を見回しても声を発するようなものはどこにもない。そして、唯一可能性のある本を見ると、薄く光っていた。
「本が喋った!?」
『誰? あ、私はSORA。この本に宿る(?)精霊みたいなものよ』
「えーと、なんとなーくどんな存在かは分かったわ。私は凛」
『リン? あー、コトネちゃんの友達のリンね。で? 何が聞きたいのかな?』
自己紹介をしたことで落ち着きを取り戻した凛は琴音のことを尋ねる。
「琴音のこと、教えてちょうだい」
『コトネちゃんは、第四次聖杯戦争のキャスターのマスター。まあ、この本を読んだのなら分かると思うけど。彼女の属性は風と水。起源は操作ってとこかな。あと、好きなものは士郎の作った料理全般で―――』
「そこまではいいわ。で、キャスターって何者よ。真名は知ってるけど、絶対それだけじゃないわ」
『リクは、リクよ。それ以外の何モノでもない。まあしいていうとすれ―――』
言葉は途中で途切れてしまった。本がひとりでに閉じはじめたのだ。恐らく、キャスターか琴音に気付かれたのだろうと考え、凛はアーチャーを呼ぶ。いつ襲われてもおかしくないからだ。
「どうした、凛」
「あー、やっちゃったかも。暫く私の側に居てくれる?」
「了解した」
特に追求するでもなくアーチャーは凛に従う。言葉の端々から滲み出る危機感を感じ取ったのだろう。一応今日はキャスターのマスターの私室を調べると知らされていたので、来る可能性が高いのはキャスターであるとし、警戒を高める。
士郎が帰ってくるまで警戒は続いた。