Fate/world end ~ソラノハテとリクノハテ~ 作:神駆
間桐慎二は天才だ。
学業をやらせれば常にトップ、外国語も僅か数週間でマスターしてみせた。スポーツにしても数時間練習すれば一定以上のレベルに達し、周囲を驚かせる。
しかし、彼には魔術師にとって最も重要なものが欠けていた。魔術回路がなかったのだ。
IFの話を好まない間桐の翁ですら嘆くほどの才を持ちながら、魔術師としては落第者であった。
それでも彼は諦めなかった。間桐に所蔵されている書を読み漁り知識を蓄えていく。既存の理論から机上の空論まで分け隔てなく吸収し、自らの物としていった。
やがて彼は自宅の書を読破した。それでも彼の欲は絶えなかった。書がないのなら聞けばいい。彼は“少し怖いお爺様”に勇気を振り絞って知識を聞きに行く。
そこで彼は知った。義理の妹の才能を。
嫉妬しなかったといえば嘘になるだろう。養子として連れてこられた義妹には十分以上の魔術回路があり、自身には一つたりともないのだから。
しかし、彼はその嫉妬を抑えこんだ。そもそも初めて会った時から理解していたのだ。自分ではなく義妹が後の当主になるということを。幼いながらも聡い彼にとってそんな結論を導き出すことは容易だった。
彼は兄として接し続けた。義妹の愚痴を聞き、料理の味見をし、虐められたと聞けば殴りに行く。
だから彼は義妹に魔術理論を教えることにした。自身の持つ知識を最大限に利用し少し要領の悪い義妹に時々苦笑しながら。
それは正しく兄妹だった。教える兄に教わる妹。
いつからか二人は本当の兄妹になっていた。
希少属性である架空元素と間桐の属性である水を使いこなす妹を彼は誇りにしている。
そして、聖杯戦争が始まった。
自身の彼女である琴音よりも家族である妹の助けをすると決め、勝つためにはその情ですら利用し、親友である衛宮ですら利用する。彼が計画を立て、足りない経験は祖父に補ってもらい、妹が実行する。
そして、ここまでは計画通りだ。
◆
間桐桜は養子だ。
彼女を出迎えたのは温かい歓迎などではなかった。自身の属性を変えるための拷問にも勝るとも劣らない苛烈な教育は彼女の心を閉ざしていくはずだった。
実際、彼女の心はほんの少しの時間閉ざされていた。第四次聖杯戦争時に自身を助けに来た雁夜が来た時には確かに心を閉ざしていた。
それから一年間、雁夜が魔術の教育を受けている間、彼女への教育は中断された。それでも彼女は魔術の鍛錬を怠ることはなかった。何故なのかは本人にも分からなかったが、毎日の習慣のようになっていた。
そして転機が訪れたのはサーヴァントが召喚された時だった。
雁夜が召喚したサーヴァント、バーサーカーの放つ魔力にあてられ彼女は気を失った。
目が覚めた時、彼女は自身の変化を感じた。一年以上教育をされていなくても重かった身体が軽く感じたのだ。それが何を要因とするのかは分からなかった。気分が高揚し世界が明るく見えた。
教育が再開したとき、自身の変化による恩恵を感じることができた。いつもはただその場にいるだけだが、ふとした思い付きで魔術回路を起動した時、自身の周囲の蟲の動きが変化したのに気がついた。
そうなってから、蟲を自在に操ることができるようになるまでそう時間は掛からなかった。その成長には間桐臓硯も予想外のようで翁自身の核を彼女の心臓に埋め込むことができず、また日に日に蟲の所有権を奪われていくため余裕がなくなっていった。
彼女はそんな自分自身に酔っていた。聖杯戦争に無様にも敗退した雁夜を蟲に襲わせるくらいには。
我に返ったのは聖杯戦争が終結してからだった。雁夜を殺してしまったという自責の念から彼女の心は閉じこもる寸前だった。
それを救ったのは海外から帰ってきた義兄の存在だった。
初めて見た時は怒りがわいた。何故そんなにのうのうと生きているのだ、と。そして臓硯の話を聞いて哀れにも思った。魔術を使えないのに書を読み漁る義兄の姿は滑稽でもあった。
初めて言葉を交わしたのはそれから一年も経ってからだった。初めてかけられた言葉はどこにでもある陳腐なものだったが、今でも彼女は覚えている。
『今まで放っておいて悪かったな。僕は慎二だ。これからよろしく、桜』
義兄ではなく兄であろうと振る舞っているのは何となく理解できていた。少々上から目線の物言いだったが、それはひどく心地よかった。彼女の再び凍り付こうとしていた心を溶かすのには十分だった。
それからは彼女も義妹ではなく妹であろうとした。普通の兄妹のように喧嘩もしたし遊んだりもした。そして魔術も教わるようになった。
兄に教わるようになってからは彼女の魔術の腕は著しく成長した。魔術の腕ならば既に臓硯に並ぼうかというところまで来ている。当然経験の差から直接戦うことになれば敵うはずもないが。
令呪が現れたのはそんな時だった。
初めに感じたのは恐怖だった。前回の生存者は3人。過半数が死亡する聖杯戦争に参加しなくてはいけないということに恐怖を感じ、部屋に籠った。兄の呼びかけにも応じず布団を被って丸くなった。
そんな彼女を立ち直らせたのもやはり兄であった。部屋の扉を強引に開け、不安と恐怖で震える彼女を抱きしめた。
彼女は覚悟を決めた。聖杯戦争に勝ち残り生き残ると。
そうして、彼女の戦いは始まった。
◆
居間で告げられた言葉は士郎に衝撃をもたらした。聖杯戦争に関係していないと思っていた桜がサーヴァントのことを知っていたからだ。
「あのー、先輩? 本当に大丈夫ですか?」
こうして今も士郎の心配をしている桜はいつもと何一つ変わらない。魔術と関わっているとは言われるまで全く気付かなかった。
しかし、同席していた凛は知っていたようで一切動揺はしていなかった。
「やっぱりね。桜、ずっと私を避けてたでしょ」
「避けてなんかいませんよ。たまたま会わなかっただけです。それに、今の遠坂先輩なら怖くありません。アーチャーも重傷ですし」
「言ってくれるじゃない。それよりも、士郎! しっかりしなさいよ。何でそんなに衝撃受けてるのよ」
「いや、何か桜が魔術を知っているってのが……」
士郎はブツブツと呟いているが凛と桜の耳には入ってこない。埒が明かないので、二人は士郎を放って朝食を摂り始めた。
「それで? このタイミングで明かしたってことは何か目的でもあるのかしら?」
「ええ。先輩のことですからサーヴァントを失ったくらいじゃ聖杯戦争から手を引いてくれそうにありませんから。だから、私たちと同盟でもどうかなと」
「あー、確かに士郎は聖杯戦争から手は引かないでしょうけど、同盟? 間桐家が?」
「はい。バーサーカーとキャスターを倒すまでの間ですけど、休戦でも構いませんよ?」
二人での会話を優位に進めているのは桜だ。サーヴァントが健在であるということが凛に対して大きなアドバンテージとなり会話の主導権を握っている。
凛も出来るだけ情報を引き出そうとするが、中々桜は手ごわいのか目的の情報が手に入らない。
「なあ、桜。桜もサーヴァントを連れているのか?」
「はい。先輩にはお見せできませんし、今は連れてきていないですけど。あ、でも証拠なら」
証拠といって桜は士郎に自分の右手を差し出した。そこには、一画足りないものの、確かに令呪があった。
「本当、確かに令呪があるわね。それで、貴女のサーヴァントのクラスは何かしら?」
「言えませんよ、そんなこと。正式に休戦なり同盟を結ぶのでしたら教えますけど、今私が話したら教え損じゃないですか」
「そりゃそうよね。じゃあ、同盟しましょう。どちらにしろあのキャスターとバーサーカーには一対一で挑んだら勝ち目はないわ。何だったらギアスでも掛ける?」
「いいえ。私は遠坂先輩を信じてますから」
屈託のない笑顔でそう言う桜。その笑顔を見て何も言えなくなったのか凛が口を噤む。
ややあって、再び凛が口を開いた。
「それで、桜。貴女のサーヴァントのクラスは何かしら。それによって作戦も変わってくるのだけど?」
「私のサーヴァントはライダーです。一度先輩とは交戦してるのでステータスは分かりますよね? あ、先輩、そんな怒った顔しないで下さい! あの結界を使う気なんて有りませんから!」
ライダーと言った途端、士郎の顔が怒りで歪み慌てて取り繕う桜。それでも士郎はしつこく問い詰める。
「じゃあ、何で魂喰いなんかの結界を張ったんだ? 使わないなら張る必要はないだろ!」
ついつい大声になってしまう士郎の声に桜は委縮してしまった。それをフォローするように凛が考えを述べる。
「おそらくほかのサーヴァントを呼び寄せるための罠でしょう? ねえ、桜」
「は、はい。普通に捜すよりは効率がいいですから。それに私だって魂喰いなんてサーヴァントにさせる気はありません。だからそんなに怒らないで下さい」
桜の少し怯えた声で頭に血が上っていたことに気付いた士郎は深呼吸をして自身を落ち着かせる。
「ああ、怒って悪かったな、桜。……信じるよ」
「あ、いえ。私も誤解されるようなことをしたんですし……その、先輩が謝る必要なんてないですよ」
二人とも謝り合うというコントのような展開の中、凛は時計を見る。
「あ、士郎、桜! 早くしないと遅刻するわよ!」
凛の声で我に返った二人は大急ぎで朝食を片付け用意をし始めるのだった。
◆
夕方、夕食の買い物で賑わう商店街にキャスターと琴音は買い物に来ていた。
流石に往来の中で魔術は使えないので琴音は手話でキャスターと会話している。
「んー、今日の夕飯は何がいい?」
『―焼肉が食べたい―』
「中々思い切ったね。年頃の女の子が肉を所望するなんて思わなかったよ」
『―それは偏見だよ。女の子だってお腹いっぱいお肉を食べたい時もある―』
「んー、じゃあ、そうしようか」
琴音が先導する形で肉屋に向かう二人。その途中途中にある店で野菜やタレを買い、目的の肉屋で肉を手に入れる。少々お高い肉だったが、琴音が士郎の財布を持っていたため遠慮なく買い、それまでのものと合わせ両手がいっぱいになるほどの買い物をした。
流石にこの量を円蔵山の頂上まで運ぶのは労力がいるので二人は人通りのほとんどない路地裏から転移魔術で荷物を送る。
それから再び表通りで琴音おすすめのたい焼きを買って近くの公園で食べる。
「あ、バーサーカーのマスター」
キャスターが指差した先には、いかにも高そうなコートを羽織ったイリヤスフィールの姿があった。気配からバーサーカーを連れていなさそうだったので声を掛けてみる。
「イリヤちゃーん、こっちおいでーー」
馴れ馴れしい呼びかけにイリヤスフィールが振り返ると、そこには昨日自分を蒸し焼きにしようとしたキャスターとそのマスター。
「ひっっ…………」
当然、イリヤスフィールは小さく悲鳴を上げると涙交じりで逃げていった。
「ありゃ、嫌われちゃったかな?」
『一体なにしたのよ。尋常じゃない怖がり方だったよね? リク君? 女の子には優しくしないといけないんだよ?』
少し怒っているのか語気がいつもより強い琴音。
「あー、燃え盛る森の中に放置しちゃったからかな」
『それは……可哀想に…………本当に辛いのよ、炎の中って。私はトラウマ克服できたからいいけど、あの子、トラウマになってるみたいよ』
非常に実感のこもった琴音の言葉。彼女は10年前に似たような状況に陥ったのだから当然だ。
『とにかく、聖杯戦争だからって女の子にトラウマ植えつけちゃうようなことしちゃダメ。分かった?』
いつの間にか説教されていたキャスターだったが、琴音の言葉に得も言われぬ迫力があったので思わず頷いてしまう。
『うん。分かったならそれでいい。じゃ、帰ろっか』
二人は座っていたベンチから立ち上がり帰路に着く。その後ろ姿は“きょうだい”のようだった。