Fate/world end ~ソラノハテとリクノハテ~ 作:神駆
理解できなかった。
気付けば倒れていた。
何が原因でどうしてこんな結果になったのか誰にも理解できているはずもない。
ただひたすら黒。
囁きのように聞こえてくる声は怨嗟に満ちている。これを呪いと呼んでもいいのだろうか。
違う。これはそんな生易しいものじゃない。
そう。まさに世界にあるすべての悪と名のつくものの集合体のような――――
◆
ふと頭の中に送り込まれてきたイメージを払うように凛は頭を振った。
まぎれもなく今のは現実だ。それが彼女には理解できてしまう。周囲を見れば、自分以外誰もそんなそぶりは見せていない。あのイメージを見せられていないのだろう。
「凛、私の宝具を使う。詠唱の時間を稼いでくれ」
「……ええ、分かってる。桜! 頼んだわよ」
「はい。ライダー、キャスターとセイバーを。私と姉さんはあの見慣れない少女を、先輩は琴音さんをお願いします」
凛は直ぐに頭を切り替え、両手に宝石を握った。この程度では気休めにしかならないだろうことは分かっている。もしあの少女が想像している通りだとすれば、現代の魔術師では相手にすらならない。
そして、士郎も投影で作り出した剣を手に琴音に向かった。
一方のキャスターたちはそれをただ見ていた。
自分たちが優位であるゆえの余裕を見せているのか、何か思惑があってのことかは分からない。
「リク、あと何秒?」
「122秒。アーチャーの固有結界が展開されたら、一気に終わらせるよ」
『ねえ、ちょっと士郎のところ行ってくるね。言いたいこともあるし』
「いってらっしゃい。ボクたちのことは心配しなくていいから思いの丈をぶつけてくるといいよ」
士郎の方に向かう琴音をキャスターは笑顔で見送った。それが何よりの後押しとなり、琴音はこの10年間、どうしても言いたかったことを士郎に告げることになる。
琴音が行ってからすぐに攻撃は始まった。ライダーの鎖に、凛の宝石魔術、桜の虚数を使った魔術。しかしそのどれもが完璧に防がれる。そこには詠唱も動作も無かった。
「
「ううん。きちんと工程はふんでるよ。…………私の身体に刻むっていう方式でね」
そう言ってソラは袖を捲り上げる。
そこには数々の魔術陣が彼女の肌に直に刻み込まれていた。
そのあまりの光景に凛は吐き気を催した。
目で見える範囲だけでも裕に100は超えているだろう。彼女の言葉から察するに、それは身体中余すところなく刻まれているのだと考えられる。想像したくもなかった。
そんな心情を読み取ったのか、ソラは言葉を続ける。
「私の身体の表面に刻まれた魔術陣の数は2500。当然眼球にもあるし、手足の爪の内側にもある。身体の内側にもいくつか刻まれてるよ。そして、その組み合わせによって発動する魔術の数は100万を超えてる。でも、それだけじゃないの」
そう言ったソラの眼に魔術陣が浮かび上がった。
「この魔術陣は本来不可視のエーテルを見えるようにするもの。だから、こんなこともできる」
ソラは空中を軽くたたく。
それと同時に凛の後ろで人が倒れる音がする。
振り向いて見ると、桜が倒れ伏していた。身体中から汗を吹き出し、息も荒くなっている。
「一体何をしたの!」
「エーテルを辿ってダメージを与えたのよ。ほかの属性と違って虚数はその場にエーテルを残すの。今は魔術が使われて時間が経っていないから本人とまだ繋がってたのよ。だから、そこをちょっと刺激してあげただけ」
驚きで声が出なかった。その発言が本当なら桜は魔術を使えない。そして、発言が嘘ならなお悪い。いつその矛先が凛に向かうとも知れないからだ。
「ほらほら、時間を稼ぐんでしょ? だったら頑張りなよ」
そう挑発的に言うソラは、どこまでも余裕そうに立っていた。
◆
キャスターたちが戦い始めた傍らで士郎と琴音は対峙していた。琴音は礼装を起動させ、士郎も剣を握っている。
「琴音、絶対にキャスターは間違ってる。今からでも遅くはないからキャスターを止めてくれないか?」
開口一番、士郎は琴音を説得しようとする。
『なんで絶対って言いきれるの?』
「世界を滅ぼそうとしたんだ。間違ってるに決まってる」
『それだけ? 士郎はいつから人伝の話だけで当人を理解できるようになったの?』
「それだけじゃない! 魂喰いを容認するような奴を信じられるわけないだろ!」
『容認したから、何? 実際にキャスターがしてるところでも見たの?』
「見てはいないさ! でもその思想があるだけで危険だろ!」
二人の会話はヒートアップしていき声も大きくなっていく。
『一体何様のつもり? まさか正義の味方とか言うんじゃないよね』
「な、何が言いたいんだよ!」
士郎は言葉に詰まった。まさにそう言い返そうとしていたからだ。
『切嗣さんの真似がしたいのか何なのか知らないけど、士郎がやってるのは正義の味方どころか、そのごっこ遊び以下じゃない! ただの自己満足、自殺志願者じゃない! 折角士郎を巻き込まないように頼んでセイバーから引き離してもらったのに!』
それは琴音の本心だった。士郎では聖杯戦争は絶対に生き残れない。その確信があったから琴音はキャスターに頼んでセイバーを遠ざけてもらった。しかし、当の士郎はそれが余計なことだと言わんばかりだ。
「聖杯戦争のこと聞いて黙っていられるわけないだろ! 10年前みたいなことが起こったらどうするんだよ!」
『10年前? そのことを士郎が言うの? 何も覚えてないくせに。その時の様子も! 迫ってくる炎の恐怖も! 家族の顔も!』
図星だった。確かに士郎は家族のことは覚えていないし、実際の火災現場を覚えていない。士郎の記憶で最も古いのは切嗣が自分を抱き上げたところなのだ。
それでもその時の悪夢は見る。恐らく身体に染みついた恐怖が見せているのだろう。だから、無意識のうちに夢が事実であったと思い込んでいた。そして、自分のことをあまり話さない琴音もそうであると思っていた。
だが、それは違う。目をつむればあの地獄が今も鮮明に思い出せる。原型を留めていない家々、あちこちから聞こえる呻き声や泣き声。隣家の夫婦は既に事切れていた。自身の両親もまた同じだった。
入院してからも、琴音の苦悩は続いた。目をつむれば、あの日の悪夢が見え、眠ることすら出来ない。声も出なくなっている。近くに住んでいた祖父母も亡くなっており頼れる親族もいない。切嗣に引き取られ、藤村大河という底抜けに明るい女性に出会わなければ、恐らく今も入院しているか、自殺していただろう。
だから彼女は誰よりも親しい人を守るという気持ちが強い。士郎もまたその例外ではない。親しい一人のためなら迷わず無関係の他人を見捨てるだろう。しかし、士郎は自身の犠牲を厭わない。それが琴音にストレスを与える。今まではギリギリのところで我慢していたがもう限界だった。
周囲の景色が変わり始めているのを気にもせずに、琴音は叫ぶように心のうちを言い放つ。
『士郎自身は一体何がしたいの!? 誰かを助けたいならそんな他人を傷つける
いつの間にか琴音は魔術の声ではなく自分の声で叫んでいた。
そして、士郎は答えを返すことが出来ずにいた。
◆
世界が変わった。夜の世界は書き換えられ、どこまでも続く荒野になった。墓標のように地面に刺さる剣はそのすべてが複製品。
自身の理想ではなく他人の理想で生き、その行動すべてが誰かの模倣に過ぎなかった。手に持つ武器も、自身の内面も、すべてが模倣であった男の世界はやはり偽物でしかなかった。
「ソラ、準備完了だ。始めるよ」
キャスターの言葉に、ソラがアーチャーに向かって駆け出す。アーチャーも剣を使い接近させまいとするが、ソラは気にも留めない。
ソラの身体に刻まれた魔術陣が全てを弾く。そして、あっという間にアーチャーの眼前に到着した。魔術によって強化されたソラの一撃でアーチャーは起き上がることすらままならない。
「その力、私の好きにさせてもらうよ」
ソラは一際大きな魔術陣を展開すると、アーチャーの頭を掴んだ。
変化はまずマスターである凜にあらわれた。焼けつくような痛みを感じ、その部位を見てみると、令呪が薄れていた。残り一画であった令呪は外からの干渉によって着実に奪われている。そうはさせまいと抵抗しても、全く意味がない。ほどなくして凜はマスターとしての権利を失った。
もちろんそれを行ったのはソラだ。彼女は自身の左手に現れた令呪を確認すると、強い意志を込めて令呪を使う。
「令呪を以って命じるわ。アーチャー、魔力の続く限り固有結界を展開し続けなさい」
令呪の効果はたちまち現れる。一瞬とはいえマスターを失ったことによる魔力不足で綻びの生じていた固有結界は元の姿を取り戻した。
「リク、こっちも完了だよ!」
「ん、じゃあ、始めようか。聖杯降誕の儀式を!」