Fate/world end ~ソラノハテとリクノハテ~   作:神駆

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どうも、お久しぶりです。

今回から外伝に入りますが、いきなり魔法少女と魔女の物語は始まりません。

というのも、資料を整理していた時に出てきたいわゆるプロトタイプが……うん。少し書きたくなってしまったんです。という訳で、今回は完全に『if』のストーリーです。

あ、今回の話に限ってですが、グロ注意。というか龍之介ルートだと避けられないっていう。

あと、場面も飛び飛びですけど。まあ、プロトタイプだから大目に見てもらいたいなぁ。


外伝
prototype


 

 

 人が歴史を学ぶ上でどうしても避け得ぬ考えがある。

 

 それが『if』である。

 

 『もし』、本能寺の変で信長が死んでいなければ。或いは今日の日本はまた違った形であったかもしれない。

 

 『もし』、第二次世界大戦が起こらなかったら。

 

 そして、これもまた本来は存在しないはずの歴史。

 

 いくつもの『if』が積み重なり合った故の世界。

 

 観測するにはあまりにおぞましく。しかし、ある世界(EXTRA)へと繋がる物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 世間を騒がす殺人鬼、雨竜龍之介が血染めの魔法陣から召喚したのは、彼が想像していた悪魔とは姿が違いすぎていた。

 

 雪原を思わせるほどに透き通るような、腰まで届く白銀の髪に、鮮血を思わせる紅の瞳。背は丁度彼の下で蠢いている少年と同程度。頭に角は生えてはおらず、背中に蝙蝠の様な翼もない。それでも、その存在は善くない感覚を見る人に与える。

 

 しかし、龍之介は違った。

 

 外見だけで言えば神の造形といっても差支えない程の美を誇り、その溢れ出る雰囲気は紛れもなく彼が欲した悪魔そのもの。そんな存在を目の前にして彼は言葉を失っていた。恐怖ではない。それは、歓喜であり、畏敬でもあった。

 

「ほ、本当に悪魔……?」

 

 無意識に発せられた龍之介の言葉に悪魔は甘美な音楽のような声で答える。

 

「ボクは悪魔じゃないよ。悪魔何てボクの足元にも及ばないんだから」

 

「じゃあ、何て呼べばいいんだ?」

 

「そうだね。魔術師(キャスター)とでも呼んでくれればいいよ」

 

 そう言った悪魔改めキャスターは部屋を見渡し、テーブルの上に並んでいる三つの生首を見つけた。

 

「マスター、これは君がやったの?」

 

 生首を指差しキャスターは龍之介に問い掛けた。

 

「そうそう。息子だけはーなんて言いながら必死になっちゃって……」

 

 龍之介は嬉々とした声で身振り手振りを使いながらその時の状況を語り始めた。

 

「ふーん。こーんな子供想いの親を持てて幸せだったね、名も知らない少年君」

 

 キャスターは生首を目に見えない力で御手玉をしながら少年に話しかける。

 

 縛られているということもあり、一歩も動けない少年ではあるが、その目には僅かながらにも肉親を思ってか怒りの感情が見て取れる。その顔を見たキャスターは綺麗な笑みを浮かべた。

 

「あはは。怒ってるの? ねえ、親をこんな風にされてどんな気持ち?」

 

 キャスターは御手玉を止め、生首を宙に浮かせたまま静止させる。

 

「すっげえ! なあ、キャスター、俺もそれしてみたい!」

 

「うーん、こればっかりは才能の問題もあるんだよねぇ。まあ、後で教えてあげるよ」

 

 興奮を抑えきれない龍之介が声を掛けてくる。それも仕方のないことだろう。目の前で未知の現象が起これば誰しも興奮はする。少年もこんな状況でなければ目を輝かせているだろう。

 

 キャスターは指を所謂鉄砲の形にしてその指先を少年の父親だったモノに向ける。

 

「ばーん」

 

 銃声を模したあまりにも軽い一言は、それに反して恐ろしい事態を引き起こしていた。

 

 その言葉の直後、父親(モノ)の頭は破裂し、辺りに残骸を撒き散らした。龍之介によって真紅に染められ、所々黒くなり始めている壁には、何故か白いままの頭蓋骨の破片が刺さり、少年の目の前には、歯と思わしきものが転がっている。

 

「――――ッ!!」

 

 少年が声にならない悲鳴を上げる。それは同時にあまりの惨状に麻痺していた少年の心が再び元に戻ったことの証明でもあった。

 

「あはははは。その悲鳴、最高だよ。ぞくぞくしちゃう。これだよこれ。ボクはこれが聴きたかったんだよ」

 

 キャスターは満面の笑みを浮かべている。その頬は興奮の為か紅潮し、眼は狂気の光を湛えている。龍之介もその光景を焼き付けるかのようにその目を見開いている。

 

「さあ、次は君のママだよ。それ、ばーん」

 

 母親(モノ)の頭も同様に破裂する。しかし、今度は悲鳴は上げなかった。目は虚ろで、何も映していないようだった。

 

「なーんだ、もう壊れちゃったのかな。つまんなーい」

 

 何の反応も示さなくなった少年を見たキャスターは落胆した目で残っていた姉の頭もどこか事務的に処理した。

 

 興奮が落ち着いてきたのか龍之介がキャスターに話しかける。

 

「なあ、キャスター。次は何を見せてくれるんだ?」

 

 それはまるで餌を前におあずけをされているペットの様だった。それを見て、キャスターも笑みを浮かべた。それは、自身と同じ精神を持つ人を見つけたが故のものだった。

 

「次は、こうだよ」

 

 キャスターは一度手を叩き少年を吊り上げた。その少年の姿は十字架に括り付けられているように両腕を広げ、全身に力はなくだらりとしている。

 

「さっきも後で教えてくれるって言ってたけどさ、それって一体何なの?」

 

「これは魔術だよ。別に呼び方はそうじゃなくてもいいけどね。ほら、魔法とか、呪術とかファンタジー的なアレだよ」

 

「すげー面白そう!」

 

「愉しいよ。これが使えれば色々と出来るし。さ、時間もないことだし、仕上げようか」

 

 キャスターは先程と同じように指先を少年に向ける。これから一体何が起こるのか、龍之介には想像すらできなかった。

 

「ばきゅーん」

 

 言葉と同時に、指先からファンシーな光が放たれ、少年に当たる。そして、当たると同時に何かが弾ける音がした。

 

「すげえ……COOLなんてもんじゃない……」

 

「ふふふ。そうさ。これがボクが創り上げた最高傑作。名付けて! 人間プラネタリウムさ!」

 

 龍之介が恍惚とし、キャスターが自慢するそれは、一見、よく実験室にある人体標本に見える。しかし、よく見れば血管が収縮し血液が循環しているのが観察でき、筋肉も僅かながら動いている。眼球も動き、肺も収縮している。つまり、この人体標本は生きているのだ。

 

 弾け飛んだのは少年の皮だ。その破片ともいうべきものは見当たらない。おそらくそこら中にある血の池に沈んでいるのだろう。

 

 そんな中キャスターは引き出しを漁り何かを探していた。

 

「あれ? 何を探してんの?」

 

 それに気づいたキャスターが問いかける。その答えはキャスターが手に持っていたもので明らかになった。

 

 それはカメラだった。キャスターはカメラを使い部屋の惨状を余すところなく映していく。そして、最後に少年だったものの写真を撮り、そのカメラを懐に仕舞った。

 

「さ、行こうか」

 

「あれ? このままでいいの? まだ生きてるじゃん」

 

「いいのいいの。もう何も出来ないんだし、それに、見つけた人が発狂しそうで。もうそれを想像しただけで笑いが止まらないよ」

 

「そういうことかー」

 

 そうして二人はこの家を去って行った。

 

 その二人の姿は、まるでテーマパークから帰ってきたかのようだった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「――というのが、聖杯戦争ってやつ。何か質問でもある?」

 

 街中の地下を走る下水道の一角に陣を構えたキャスターは龍之介に聖杯戦争のことを教えていた。偶発的な召喚とはいえ、召喚してしまった以上聖杯戦争の参加者である。そして、例え聖杯を獲る気持ちがなくても参加者である以上、敵から狙われるのも必定。

 

 知っているのと知らないのでは気の持ち様は当然違う。だからキャスターは自身の知り得る情報を龍之介に話した。その上で質問はあるかと尋ねたのだ。

 

「んー、じゃあ一つだけ。聖杯ってどんなものなんだ? 願いを叶えてくれるんだよな? えーと、確か今回で四回目って言ってたよな。そしたら聖杯がどんな形してるのかとか分かってるのかな?」

 

「形は黄金の杯。ただ、願いの叶え方がボクたち好みかな。どんな高潔な願いでも、捻じ曲げて悪意ある方向性でしか叶えられないんだよ」

 

「じゃあさ、世界平和を願ったら世界中から争いをする生き物がみんな死んじゃうとか?」

 

「そんな感じ。実際には人間だけだろうけどね」

 

「へー。……うん、決めたよ、キャスター」

 

「何を?」

 

「俺は聖杯が欲しい。で、手に入れたら何か途轍もないことを願ってみたい。まあ、内容は決まってないけどさ、なんか楽しそうじゃん」

 

 龍之介は笑顔だった。聖杯戦争で戦うともなれば、自身すら危うくなることもあるだろう。しかし、殺人という狂気に彩られながら、それでも引き際を見極めることのできる彼は、ある種の天才だった。誰もその才を認めずとも、自分が一番よく分かっている。そして、彼は自身の才能を疑っていない。

 

 そして、心すらまるで呼吸するように読むことのできるキャスターにもその思念は伝わってきていた。

 

 その才能は、キャスターから見ても十分他の魔術師相手に通用するほどだった。魔術の才は本職の魔術師には劣るかもしれない。しかし、それは龍之介が自身の力のみで魔術を学んだ場合の話だ。魔術師の英霊足るキャスターにかかれば、家系でいう3代程度ならあっという間に抜かせるだろう。

 

 そうなれば、キャスター自身が聖杯に近づく可能性も格段に上がる。とはいえ、まずは基礎からだ。

 

「おっけー。マスター、まずは属性を見極めないとね。さあ、目を閉じて」

 

 龍之介は素直に指示に従った。キャスターはそれを確認すると一回手を叩き、彼の背中に手を当てた。

 

「今からマスターの魔術回路を目覚めさせる。その時にどんな感じか教えてね」

 

 キャスターは掌から魔力を放出し、龍之介の中に眠っていた魔術回路を少しづつ励起させていく。

 

「うお! なんだこれ! 何だか分かんないけどすげえ!」

 

「いや、それじゃ分かんないから。で、具体的にはどんな感じ?」

 

「何か浮いてる感じがする。水かな」

 

「水……ね。ま、いいんじゃないかな」

 

 キャスターが手を放すと、龍之介の身体を巡っていた不思議な感覚は消えた。

 

「で、どうだったんだ?」

 

「マスターの属性は水だね。起源までは調べられないけど。で、水ってことは回復系なんだけど、どう思う?」

 

「最高にCOOLだよ! だって失敗しちゃっても治せるし。……ああ、今までそれで何回失敗したことか……」

 

「喜んでくれてうれしいよ。さ、早速今日から始めようか。まずは被検体を攫ってこないと」

 

「じゃあ、俺が行ってくる。キャスターも何かやることあるんでしょ?」

 

「うん。じゃあ任せたよ」

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

『――次のニュースです。冬木市で発生している連続殺人事件ですが、つい先程、危篤状態の続いていた少年が亡くなりました。これで犠牲者の数は12人となってしまいました。現地では5000人体制で捜索が続けられていますが、容疑者の足取りは依然として不明です。また、同市では三日前から失踪事件も発生しており警察ではその二つの事件の関連を調べています。それでは、現地より』

 

 そこまで見たところでウェイバー・ベルベットはテレビを消した。

 

 恐らく警察では犯人を見つけることは出来ないだろう。何故ならその犯人は魔術師であるからだ。それも、聖杯戦争に参加できるほどの、である。いくら日本の警察が優秀であろうとも一般人にどうこうできるものではない。それに、魔術秘匿の面からいっても、表の警察に犯人を捕らえさせるわけにはいかないというのもあるのだ。

 

「それで、坊主は此度の作戦に参加するのか?」

 

 ウェイバーに話しかけるのはライダー。それは先程行われた教会での一件についての問いだった。その一件を思い出しウェイバーは暫しの間考えに耽った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆の者此度はよくぞ集まってくれた。本来であれば聖杯戦争期間中に教会側からこうした呼び出しは行わぬものであるが、緊急事態が発生した故、声を掛けさせて頂いた」

 

 この教会の神父である璃正が口を開く。その正面には人はいない。そこにいるのは鼠であったり鳥であったり、つまり魔術師の使い魔である。

 

「皆も知っているだろうが、現在この街で発生している連続殺人及び失踪事件は魔術師の仕業であると判明した。また、その下手人の傍らにはサーヴァントがいることも確認されている。確認されているうちの最後の殺人の現場では、生きたまま皮を剥がされた犠牲者が出ている。それも、発見時にはまだ息があった。そして、その場には魔術の痕跡が残っていた」

 

 そこで一度璃正は言葉を切った。その光景を思い出したのか、顔は犠牲者への悼みと下手人への怒りで複雑に歪んでいる。

 

「そこで、教会側では魔術の漏洩防止という観念から、警察に対してこの件に関する禁じた。しかし、それも限界に近付いている。また、このままでは聖杯戦争自体が中止となることも有り得る。その為、皆には共同でこの下手人及びサーヴァントを討伐してもらいたい」

 

 小さく咳払いをし、璃正は続ける。

 

「しかし、共同ということは手の内を見せるということにも繋がるため、こちらから報酬を出し不公平の無いようにする。私が預かる予備令呪。その一画を参加者に与えよう。だが、今すぐにという訳にもいくまい。故に、明日の午後11時。今日と同様にこの教会に集まることで参加の意を示していただきたい」

 

 璃正はそれだけ言うと使い魔に背を向けた。そして使い魔が去るのを確認もせずに祭壇に向かって祈りを捧げはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ライダー。僕が参加しないと言ったらどうする?」

 

「余は勝手に参加させてもらう」

 

「だよな。まあ、僕も参加しないっていうのはあり得ない選択肢だと思う。マスターだからとかそんなのじゃなくて、人として許しちゃいけないことなんだ」

 

「当然であろう。して、何か策でもあるのか?」

 

「ない。サーヴァントの方はキャスターだろうし、今の僕の力じゃ到底及ばないんだから」

 

 ウェイバーは悔しさの欠片も見せずに口にした。自分は優れていると疑わないウェイバーではあったが、流石に英霊にもなった魔術師相手にそんな虚勢を張れるわけもない。

 

「だから、今できるのは真名を探ることぐらいなんだけど、手がかりが何もないからそれも出来ない」

 

「つまり?」

 

「明日にならなきゃ何も出来ないってことだ」

 

 ウェイバーは溜息を吐く。何かをしたくとも何もできないのはもどかしいことこの上ない。そんな様子を見たライダーは一言。

 

「休むのも戦の内。恐らく明日以降は忙しくなるだろうよ。ならば余や坊主は休養を取るべきだ」

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 そして午後11時。既に脱落しているアサシン陣営とバーサーカー陣営以外が揃っていた。

 

 敵サーヴァントの居場所は、その魔力の残留から時臣が探り大凡の居場所を掴んでいた。それによれば、居場所は住宅街に近い場所にある下水道の中であるらしい。しかし、居場所が分かったからといって突撃するような愚人はいない。現在出揃っているサーヴァントで唯一確認されていないのがキャスターであることからして、十中八九その場所は工房化しており厳重に守られているだろう。

 

 従って、サーヴァントとマスターがそこから出てくるのを待たなければならない。そして、その監視役には敏捷に優れたランサーが行うことになっていた。加えて、ランサーの持つ槍には魔術を無効化する力があるため、最適であった。

 

 そして、監視すること二日。ついにサーヴァントとマスターが姿を現わした。

 

 夜の闇でも目立つ白銀の髪の人物こそキャスター。その隣にいる青年がマスターだろう。その姿を確認したランサーは自らのマスターであるケイネスにそのことを伝達し、キャスターの前に躍り出る。だが、いきなり戦うことはしない。キャスターの放つ魔術をあしらいながら、少しづつ住宅街から離していく。

 

 そして、遂に既にサーヴァント同士の一戦で破壊されていた倉庫街へ誘導することに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャスターは突然のランサーの襲撃にも焦りはなかった。相手が徐々に住宅街から離れて行っているのにも気が付いている。

 

「さーて、この先には何が待ってるんだろうね」

 

「あれが英霊ってやつかー。すげーな」

 

「あ、そうそう。マスターがやられちゃったらボクもここに居られなくなっちゃうから気を付けてね」

 

「分かってるって。それよりもさ、さっきから何してんの?」

 

 キャスターは先程からランサーに魔術を放つと同時に何かをしていたのだ。それを疑問に思った龍之介が問いかけた。

 

「魂喰いだよ。今頃この辺りの憐れな一般市民の皆さんは死んじゃってるんだよ」

 

「そんなのもあったんだ。ま、いっか」

 

 そうして自身の力を補給しながらランサーを追いかけ、遂には倉庫街に到着した。

 

「君はランサーだよね。その槍、ボクの魔術を消してたから宝具かな?」

 

「外道に話すことなど何もない。覚悟!」

 

 ランサーは赤と黄の槍を使いキャスターに襲い掛かる。しかし、それが一向に当たることはない。

 

「そんなものなの? それじゃつまらないよ」

 

 キャスターが煽るがランサーは気にも留めない。元より時間稼ぎのための戦いであるからだ。そして、待ちに待った援軍がやってきた。

 

「ふーん。これを狙ってたんだ。えーと、セイバー、ライダーかな。アーチャーとバーサーカーとアサシンがいないけどどっかで狙ってるのかな」

 

 キャスターが軽口をたたくが、誰もそれには乗ってこない。キャスターは一つ溜息を吐くと、目を瞑った。

 

 その姿に警戒を露わにする三騎。

 

 そして、キャスターが再び目を開いたとき、全てが終わっていた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 何が起きたのかは分からなかった。ただ、理解できたのは自分が負けたことだけだった。

 

 ランサーの身体は半分以上が喪失しており、霊核の損傷はもはや修復不能なほどだった。そして、そのマスターであるケイネスとソラウは血の海に沈んでいた。倉庫街から少し離れた場所に身を隠していた二人はランサーとのパスを通じて、攻撃を受けていたのだ。

 

 そして、その攻撃は彼らの魔術回路共々血管を内側から破裂させていた。最早助かることは無い。しかし、そんな状態でも二人には意識があった。本来なら死んでいるはずの二人に青年が近づいていく。

 

「ふーん。これが人間を内側から破裂させた結果かー。あんまりCOOLじゃないなー」

 

 その青年は右手に持ったメスに魔力を纏わせた。

 

「ま、いっか。魔術師も解体してみたかったし。それに最近は子供ばっかりだったからなー」

 

 青年はそのメスをソラウに近付けていく。これから何が起こるのか想像できてしまったケイネスはそれを止めようとするも体は動かず声も出ない。そもそも何故まだ目が見えているかすら分からない。

 

「さーて、まずは心臓でも見てみるかな」

 

 そう言って青年は、大量の血に塗れ、辛うじて原型を留めていた彼女の豊満だった胸を躊躇いもなく切り裂いた。

 

「へえ、魔術師っていっても心臓の形は変わらないのかー。……んー、それにしてもつまらないなー。やっぱり新鮮な反応のあるのじゃないとイメージも湧かないなー」

 

 青年は手に持っていた心臓を適当にソラウに戻した。

 

「どうせだから芸術的な死体にでもすればいっか」

 

 そう言うと、青年はソラウの身体を解体し始めた。両腕を落とし、足も付け根から切り落とす。

 

 そして、彼女の腹を裂き次々と臓器を取り出していく。先程戻した心臓や、肺、胃に腸を取り出し、空っぽになった体に青年は切り取った手足を詰めた。

 

 それをただただ見ていることしか出来なかったケイネスの心中は怒りに満ちていた。しかし何もできない。そして、遂に青年がケイネスのほうにやってきた。

 

「んー、なんか反応ないのにも飽きちゃったし、首落として終わりでいいや」

 

 そうしてあっさりと首を落とされ、ケイネスは死を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランサーが崩れ落ちるのと同時に、その攻撃を辛うじて躱したセイバーが斬りかかってくるが、キャスターには届かない。ライダーも追い打ちを掛けようとするが、敏捷のステータスでセイバーに劣るため、簡単に避けられてしまった。

 

「二人掛かりでもその程度? ほら、折角人気のないところに来たんだから宝具でも使ったら?」

 

 そう挑発するキャスターの手には、漆黒の杖が握られていた。細長い8の字を描いているその杖は宝具だろう。そして、それが先程の惨状を引き起こしたとセイバーは予測を立てる。

 

 一旦キャスターから離れたことでようやく周囲を見ることが出来るようになったライダーは、その光景に驚いた。

 

 先程まで規則正しく並んでいたコンテナはキャスターを中心として円状に削られていた。自身の立っていた位置が少し離れていたからよかったものの、あの円の中であればライダーの誇る戦車(チャリオット)でも逃げきれなかっただろう。

 

 その幸運に感謝しながらキャスターの方を見ると、手に持った杖をクルクル回して遊んでいた。特に魔術を使う訳でもなく、本当にただ杖を回しているだけだ。

 

「あ、考え事は終わった? じゃあ、今度はこっちからいくね」

 

 そう言ったキャスターは杖の先端を思い切り地面に叩き付けた。その一点を中心として、いくつもの魔法陣が地を走る。

 

 身構えるセイバーとライダー。そして、その魔法陣からは予想もしていなかったものが現れた。

 

 一人は、既に確認されているキャスターのマスター。

 

 しかし、それ以外は何の変哲もないように見える幼子だった。その数12。現在冬木で行方不明になっている人数より一人多いが、その誰もが虚ろな目をしている。

 

「さあ、君たち。悪い騎士様を一緒に倒そう!」

 

 キャスターが指揮官のように手を振ると、その子供たちが一斉にセイバーとライダー目がけて飛び掛かっていく。

 

 セイバーとライダーも流石に操られているだけの子供たちを斬ることが出来ないのかただ避けることだけに専念している。

 

「くっ、卑怯な! このような手を使って!」

 

「卑怯? 一体何のことやら。その子たちは自分たちから手伝ってくれるって言ったんだからね」

 

 キャスターはそう言ってにやける。その顔が憎たらしいが、キャスターに近寄ろうとすると、子供たちがその進路を阻む。結果として、セイバーとライダーは攻めあぐねていた。

 

 そして、一人の少女がセイバーに向かって魔術を使った。当然セイバーの対魔力の前では何の意味も齎さないが、その戦いを離れたところから観察していた時臣は狼狽えていた。

 

 ――そう。その少女こそ時臣の娘である凜であったからだ。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 時臣は決断を迫られていた。

 

 そもそも彼とそのサーヴァントであるアーチャーが戦いに参加していないのは、キャスターの真名を探り当てアーチャーが確実に葬るための理由だった。それが作戦でもあった。

 

 しかし、味方とはいえあの魔術師殺しが参加している以上、キャスター討伐のためにあの子供たちが始末される可能性は高い。そしてその中には次期党首であり、娘である凜の姿。

 

 作戦を遵守し、キャスターの討伐のためにはこのまま探るのが最善である。とはいえ、現時点で戦場に出て自身のサーヴァントが負ける姿など想像すらできない。

 

 そして、時臣は決断を下した。

 

「王よ、出撃で御座います」

 

「まあよい。この様な雑事、雑種共で問題は無かろうと思っていたが、そうでもなかったらしい。アレは(オレ)が斃そう」

 

 アーチャーは自身の宝物庫から後世ヴィマーナと呼ばれた舟を取り出し、それに乗って戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

 そして、件の魔術師殺しは助手の舞弥と共に子供たちに銃口を向けていた。とはいえ、今すぐ撃つつもりもない。確かに攻めあぐねてはいるものの、何故かキャスターが攻撃してこないため不利な状況ではないのだ。

 

 魔術師殺しとして現役であった頃ならば、恐らく既に引鉄を引いていただろう。しかし、そのスコープで子供たちを捉えるたびに自分の娘の顔が頭を過る。技術こそ衰えてはいないものの、精神的な面では確実に衰えていた。

 

 気を紛らわせるようにスコープを別の場所に向ける。そこにいるのは妻のアイリスフィールだ。偽装とはいえセイバーのマスターとして振る舞っているアイリスフィールを城に置いてくることは出来なかったため、厳重に結界を敷き、全て遠き理想郷(アヴァロン)すら用いた陣地を造っていた。

 

 再び戦場に視線を戻す。先程から状況は変わっていないが、幸いというべきかアーチャーが動き出した。

 

 そうであれば、と魔術師殺しはスコープをキャスターのマスターに向けた。

 

 

 

 

 

 子供たちを使い()()()()()キャスターだったが、新たなサーヴァントが向かってきているのを感じると、表情を入れ替えた。

 

「あれ、どうしたんだ、キャスター? なんか怖い顔してるけど」

 

「ちょっと強敵が来そうだよ。警戒はしておいて」

 

 龍之介に注意をし、キャスターは魔術回路を励起させる。それに呼応するように、子供たちの動きが超人染みてくる。だが、それこそがキャスターが子供たちを操っている証拠に他ならない。

 

 しかし、突然電池の切れたように子供たちが動かなくなる。

 

 その僅か数秒後、眩いほどの黄金が姿を現わした。

 

「アーチャーかな?」

 

「ふん。雑種如きが(オレ)に話し掛けるか。余程死にたいと見える」

 

「耳障りな声だね。ボクの美声とは大違いだ」

 

「遺言はそれだけか? では、疾く去ね」

 

 アーチャーの背後から何本もの剣や槍が射出されキャスターを襲うが、その悉くをキャスターは魔術で撃ち落としていく。

 

「この程度、何とも無いね。口だけのオレサマ野郎なんて、全く最悪だね」

 

「ハッ。この程度だと? ああ確かにこの程度では問題ないのであろうな。では、次だ」

 

 アーチャーの背後が揺らめく。そこから顔をのぞかせた刀剣類は優に300を超えていた。

 

「あははは。流石にきつい……かな?」

 

 キャスターは魔術を使い、自身を戦場から一気に移動させる。しかし、自動追尾の機能でもあるのか、射出された刀剣の内何割かはキャスターを追ってくる。

 

「呑み込め! 円環示す大蛇(ウロボロス)!」

 

 キャスターは杖を自身の前に突き出し、真名を叫ぶ。それは、ランサーが喰らった一撃だった。その黒い蛇に呑み込まれた刀剣は分解されていく。そして、新たな杖となってキャスターの前に再構成された。

 

 二本の杖を持ち、キャスターはアーチャーから遠ざかっていく。

 

 そして、キャスターの向かった先は今回の聖杯戦争の器であるアイリスフィールの隠れている場所だった。

 

 杖を振るだけで何層もの結界を破り、最後の砦である全て遠き理想郷(アヴァロン)の守りもセイバー不在の今は弱体化しているため簡単に破壊し、最奥に居たアイリスフィールに襲い掛かる。それに対し反撃しようとするアイリスフィールだが、針金で作った鷹はキャスターの一睨みで消し飛ばされ、遂には眼の前にまで迫られた。

 

「貴方がキャスターね。私をどうするつもり?」

 

 精一杯、気丈な声で問うアイリスフィール。

 

 そして、それにキャスターは蠱惑的な笑みを浮かべて答えた。

 

「聖杯、貰っていくね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイリスフィールが攫われた。

 

 それを確認した魔術師殺しは即座に令呪を使いセイバーを奪還に向かわせる。そして、教会にキャスターの居場所を連絡し、キャスターのマスターを舞弥と二人で狙撃した。

 

 しかし、その狙撃は阻まれた。キャスターのマスターの周囲には不可視の防御結界が張られており、ただの銃弾では意味がなかった。少なくともあのキャスターの魔術を突破するにはサーヴァント並の一撃が必要だろう。

 

 早々に狙撃を諦め、魔術師殺しはアイリスフィールの方に注力する。こうなってしまった以上、セイバーと協力してでも何とか奪還しなければならない。ライダーやアーチャーも既に現場に向かっている。3対1ともなればキャスターもただでは済まないだろうが、それにアイリスフィールが巻き込まれてしまっては聖杯戦争自体が成り立たなくなってしまう。

 

 そこまで考え、魔術師殺しはセイバーにアイリスフィールの秘密を打ち明けた。

 

 

 

 

 

 小聖杯であるアイリスフィールを手中に収めたキャスターは直接転移されないように即興の陣地を作り、即座に作業に取り掛かった。

 

 ハッキリと意識のあるアイリスフィールの身体に右手を埋めていく。それは実体を伴うものではなく霊的なものであったが、自身の身体に異物が入ってくる感覚はアイリスフィールにとって耐え難い苦痛であった。

 

「……うっ…………あ、……なに…………を……」

 

「何って、小聖杯に魔力を注いでいるんだよ。このボクの魔力をね」

 

 ウインクしながらも作業を止めないキャスター。その内、アイリスフィールは徐々に自身という存在がナニカに染められていく感覚を覚えていた。

 

「……ゃ、…………やめ、……これ以上は………」

 

「あはは。いい貌してるよ。気持ちいいの?」

 

「違うわ!」

 

「あらら……まだそんなに気力あったんだ。じゃあ、他のサーヴァントも来ちゃうし、少し強めにいくよ?」

 

「ひぃっ…………むり……こんなに………はいらなぃ…………」

 

 召喚された時のように、キャスターの頬は紅潮している。息遣いも少々荒い。

 

「さ、とどめだよっ!」

 

 左手に持った杖で魔法陣を作り、そこに集まってきた魔力を一気に小聖杯に注いでいく。

 

「…………っ……いやーーーーーーーーー!!」

 

 最期に大きな悲鳴を上げ、アイリスフィールは崩れ落ちた。

 

 そして、キャスターがその手を身体から引きずり出すと、そこには黄金の杯が握られていた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 キャスターの陣地の効果により見当違いの場所に飛ばされたセイバーがようやく辿り着いたころには、全てが手遅れだった。

 

 キャスターの足元には崩れ落ちたアイリスフィール。そして、キャスターの手には杯。

 

「あははははハハはは!」

 

 後から到着したライダーたちも、ただその動向を見ていることしか出来ない。狂ったように笑うキャスターの手にあるのが聖杯であると、理解しているからだ。

 

 そして、その聖杯から黒い泥が溢れ始め、キャスターを覆い尽くし、更に広がっていく。

 

 それだけではない。その泥は意思を持っているかのように住宅街に向かって侵攻を始めた。

 

「ライダー、何とかして止めないと!」

 

「分かっておるわ! 余の宝具を使う! 坊主、下がっておれ!」

 

 言われたとおりにウェイバーは戦車から降り、アーチャーのマスターである時臣の近くに向かう。それを見届けたライダーは剣を抜き、自身の宝具の名を叫んだ。

 

「いざ、我が同胞よ! 王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)

 

 黒い泥の溢れている現実が、浸食されていく。魔術の極致ともいえる固有結界は、正体のわからぬ黒い泥を冬木の地から完全に消し去った。

 

 しかし、その代わりに固有結界の中は黒い泥で覆われていく。一緒に固有結界に取り込まれたセイバーはライダーと共にその泥をどうにかしようとしているが、消し去るよりも新たに出現する方が多いため、徐々に追い詰められていく。

 

「ライダー、少し、下がってくれ。私の宝具で一掃する」

 

「相分かった。しかし、何とか出来るのか?」

 

「ああ。行くぞ!」

 

 セイバーは不可視の剣を上段に構える。

 

 そして、その真名と共に振り下ろした。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」

 

 光の奔流は泥を跡形もなく消し去った。それでも、その泥を生み出したと思われる聖杯やキャスターに傷はない。

 

「……なんだよもう。折角いい気分だったのに」

 

 不満げな顔でセイバーを睨むキャスター。それは大好物を目の前で取り上げられたような顔だった。

 

「ああもう。ボクの行動に水を差さないでよ。もうムカついた。死んじゃえ!」

 

 そう言って指を鳴らすキャスター。その行為はセイバーたちには何の効果も及ぼさなかった。しかし、外に居た面々は違った。

 

 まずは先程までキャスターが操っていた子供たち。その全員が内側から破裂した。倉庫街には12の血の花が咲いた。

 

 そして、その花を基点とした魔法陣が組まれ、魔法陣が拡がっていく。それは倉庫街だけに留まらず、住宅街にも広がっていく。そして、その魔法陣に触れた者を無差別に血の花に変えていく。隣に居た恋人が破裂した人もいれば、そうでない人もいる。全く規則性の見られないそれはただの暴虐であった。

 

 そしてその血の花の中には当然、サーヴァントのマスターたちも含まれる。とはいえ、効果自体は一流と呼べる魔術師なら抵抗(レジスト)できるものではあるが、舞弥やウェイバーはそれすら満足に行えず、死んではいないが致命傷を負った。

 

 完全無差別であるが故か、時臣や切嗣にその死の呪いが降りかかることは無かった。それでも、ライダーのマスターであるウェイバーが倒れたことにより固有結界も徐々に解除されていく。

 

「ク……クソッ…………なんだよ! 動けよ!」

 

 ウェイバーが必死に自身の身体に喝を入れるが、それに反して身体は全く動かない。まるで地面に固定されてしまったかのようだ。

 

 そうしている間にも固有結界は解け、再び黒い泥が世界にあふれだした。

 

 しかし、先ほどとは違い広がっていく様子は見られない。まるで、王の命令を待つ兵士のように微動だにしていない。

 

「王よ、私の不知を承知の上でお尋ねしたい。あれは一体何なのでしょうか」

 

「あれは、『悪』だ。それも雑種どもが思い付くようなものではない。あれは世界そのものと同一であろうよ」

 

「では、倒すことは不可能なのでは?」

 

「常時であればこの(オレ)に対する幾度もの問いは極刑ものではあるが、そうも言っていられまい。あれを倒すのは不可能ではない。(オレ)の宝具は世界を切り裂く故、問題は無かろう」

 

 時臣とアーチャーが会話している間にも、泥の総量は増えていく。そして、遂に固有結界が限界を迎え、中に居たセイバーとライダーが戻ってきた。

 

「坊主! 気をしっかり持つのだ!」

 

 ライダーはウェイバーに駆け寄り声を掛ける。一方のセイバーは油断なくキャスターを見据えていた。

 

「さ、準備は整ったね。マスター、始めようか」

 

「お。遂にやっちゃいますか?」

 

 魔法陣によって転移してきた龍之介と言葉を交わしたキャスターは上空へと飛び上がる。そして、二本になった杖を構え、淫靡な声で終わりを告げる。

 

Age ergo accede prior, et initium diei(さあ、パーティーの始まりだよ)!」

 

 そして、黒い泥が弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火災。と言えるようなものではなかった。

 

 黒い泥は雨となって降り注ぎ、それに触れたものを燃やし尽くしていく。動物も、建物も。ただ一つの例外は、人。

 

 血の花を咲かせた死体は燃えることは無かった。何故なら、それらに与えられた役割は違うからだ。

 

 生者はその火の熱さに苦しむことはあっても死ぬことは無かった。何故なら、彼らに与えられた役割は違うからだ。

 

 そうして冬木という都市が燃え尽きた後、生者の犠牲を以ってキャスターの魔術は起動した。

 

 

 

 

 

 時臣は身体から力が抜けていくのを感じていた。立って居られないというほどではないが、自分の中の大切な何かが無くなっていく感覚。

 

 そして、その正体に気付く。

 

 魔力だ。

 

 どれほど魔術回路を開いても、魔術が使えるという感覚がない。

 

 そして、それを証明するかのようにサーヴァントが自身の容を保てなくなったかのように消えていく。ライダーもセイバーも、単独行動のスキルを持つアーチャーまでもそれに抗えていない。

 

「まさか、世界から大源(マナ)を!」

 

 時臣が気づいたが既に遅かった。異変は冬木だけでなく世界中で始まっていたのだから。

 

 それでも時臣は諦めなかった。たとえ自分が死しても、あのキャスターだけは止めなければならない、と聖杯戦争の提唱者である御三家の一人である故の責任感なのか、それともただの意地だったのか。どちらかは今となっては分からないが、それでも時臣は諦めることはしなかった。

 

「令呪2画を以って王に願い奉る。最大威力の宝具で以ってキャスターを殺せ!」

 

 最期には優雅のかけらもなかった。それでも、その気力は誰よりも強かった。

 

 そして、時臣が令呪で命ずるのとほぼ時を同じくして、切嗣も令呪を使っていた。

 

「令呪2画を以って我が下僕に命ずる。冬木市ごと、キャスターを消し飛ばせ」

 

 切嗣は最期まで冷静だった。自身の身体が半分ほど泥に呑まれかけていても。

 

 そして、彼が最後に思い出したのは、妻と娘の顔だった。

 

 そうした二人の犠牲で以って奇跡は成った。

 

「ふん。まあ、アレをそのままにしておくのも虫唾が走る。よかろう。我が宝具で以って滅しよう。セイバー、合わせろよ?」

 

「いいでしょう。タイミングは貴方に任せます」

 

 そして、二人は自身の象徴を掲げる。

 

天地乖離す(エヌマ)――――」

 

約束された(エクス)――――」

 

 

 その目標は地上に降り立ったキャスター。そして犇めく泥。その全てを滅するために残された力を全て一撃に乗せる。

 

開闢の星(エリシュ)――!」

 

勝利の剣(カリバー)――!」

 

 二つの閃光は狙いを外すことなくキャスターを襲う。直撃を待たずしてマスターであった龍之介は蒸発していってしまった。そして、残されたキャスターに抗う姿勢は無かった。

 

「まあ、こうなった所で、ボクの勝――――」

 

 最後まで笑顔で、キャスターは散っていった。後悔やそれに類する感情は一切見受けられなかった。

 

 そして、そのキャスターの散り様を見ることなく、魔力を使い切ったセイバーとアーチャーも姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に大崩壊(ポールシフト)と呼ばれた世界規模での災害の発端が、この冬木という地で行われた聖杯戦争によるものであったという記録は一切残されていない。それでも、世界に極僅かに残る旧世代の魔術師たちは聖杯戦争が原因であったと確信している。

 

 そして彼らは記録について、この災害によって引き起こされた魔術師たちの混乱の中で資料が失われたということが要因であると推定しているものの、それが真実かどうかなど分からない。

 

 しかし、一つだけ確かなことがある。

 

 それは、この大崩壊(ポールシフト)以後、魔術が一切使えなくなったということだ。それによって、魔術師はその道を諦めざるをえず、その中の一部の人間だけが近代科学との融合を目指した。

 

 彼らは魔術師(ウィザード)と呼ばれ、魔術理論を基にした霊子変換、演算処理を身に着け、電脳世界に自身の意識を移し行動することが出来るようになった。そして、彼らはこぞって『月』を目指した。

 

 ――――それが何を意味するのかも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『Heavens Feel』

 

 嘗て存在した魔法に肖って魔術師(ウィザード)達からそう称される場所にある人物の姿があった。

 

 雪原を思わせるほどに透き通るような、腰まで届く白銀の髪に、鮮血を思わせる紅の瞳。

 

 背丈は10歳程で、声は天上の音楽の様。存在自体が妖しいその人物は、大きな岩に腰かけ、歌う様に口遊む。

 

「早くー誰かー来ないかなー。まだまだ、ボクの願いは終わってないんだから」

 

 その周囲には無数の人形(ヒトガタ)

 

「誰か来たみたいだね。今度こそボクに耐えられるといいんだけど」

 

 そして人類は、再び災厄の扉を――――

 

 

 

 

 

 

 

 




一応解説。

EXTRA世界では、魔力の枯渇が1970年代から、発生はイギリスです。この話ではZeroと同時代の日本となっています。まあ、所詮は『if』ですから。

人間プラネタリウムの元ネタはとある魔術の禁書目録2巻です。相当グロイと思いますよ?アレは。

龍之介の魔術については、まあ、治癒系がいいかなーと。ほら、本文でも書いてますけど失敗した時に治せるし。

バーサーカーにいたっては登場無しという。だって共同作業とか出来ないですし。

最後に、キャスター。
性別は敢えて伏せてあります。みなさんの自由です。

あ、続きは書きません。というか書けません。

次回がいつになるのかは分かりませんが、次こそは『魔法少女と魔女の物語』です。(予定)


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