Fate/Φ's Order   作:うろまる

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ジオウにたっくんと草加が本人役で出演するので初投稿です。
話そんなに進んでないけどユルシテ…




第九節「泥に染まるは」

 

 極大の魔力を宿した偽・螺旋剣は、分厚い雲をかき消して、柳洞寺の上空に妖しく煌めく月を曝け出した。

 大半を根こそぎ消し飛ばされたフライングアタッカーを見たサイガが、無機質な単眼に計り知れない驚愕を映しつつ、徐々に高度を下げていく。直撃はどうにか避けられたとしても、その余波は充分と堪能したのか。その装甲には、大量の傷を刻み込まれていた。飛行手段を失った騎士は、羽を失った羽虫のように空から転げ落ちて行く。

 いくら頑丈な装甲を着込んでいたとしても、人間には到底耐えきれない衝撃が待つ高さ。だが、それはまともな人間ならの話だった。相手は、人で無しの異形。例え人の皮を被っていたとしても、その身から溢れ出る凄惨なまでの血臭が、アーチャーに躊躇を捨てさせた。急激な魔力上昇により、かすかにノイズが奔る魔力回路を強引に呼び覚まして、再び矢をつがえた。決して外さない。ここで殺す。無機質な機械のように淀みのない、男の一射が頭蓋を捉えようとしていた時。 

 指を離そうとしたアーチャーの耳に、

 突如、

 

 ――『Complete』

 

 無視できない、電子音が響いた。

 

「――!?」

 

 迫る、閃光。

 身体を横殴りに穿った光弾の色は、サイガと同色の蒼白。しかし込められたエネルギーの量は一桁違っている。瞬時に反応していた右手が防御壁を作り出していたが、かろうじて編み上げられた程度では、止められない威力をそれは持っていた。アーチャーは減速した光弾を脇腹に喰らい、砂利を巻き上げながら吹き飛ぶ。

 みしり、と身体が軋む。脇が掻き消えた気さえしたが、大した負傷ではない。砕けたあばらから発せられる鋭い痛みの信号を無視して起き上がり、

 そして男は、見た。

 闇に浮かぶ、眼窩のような漆黒の銃口を。

 

「――貴様は」

 

 その先に浮かぶのは、橙の灯火を宿した冷徹な眼光。

 金属質な体駆を三又に走るブライトストリームは、サイガより一段階上の、高出力のフォトンブラッドが流れている証。

 ドライバーに装着されているのは、Δの印が刻まれたミッションメモリー。

 その印を持つ者は、この世でただ一人だけ。

 人知を超えた力を揮う、超金属の仮面騎士が一人。

 またの名を――デルタと云う。

 

「……」

 

 小首を傾げながら狙いを定めているその視線に、アーチャーは空中で砕かれた短剣の残骸を想念し、不意に笑みを浮かべた。

 

「そうか……空中で私の獲物を砕いてくれたのも、君の仕業か。なるほど、良い眼をしている。それとも――その腰に付けたみっともない玩具を褒めた方が良いのか?」

 

 皮肉めいた問い掛けにも、デルタは答えなかった。

 

「――もう少し、余裕を持ってみてはどうだ?」

 

 身の内に湧いた疲労を吐き捨てると、アーチャーは双剣を構え直した。敵の狙いは、恐らく眉間。額を焼きつける殺気は、いっそ笑い出したくなる程に分かりやすい。撃たせる前に殺すと、本能と思考が合致する。近距離。どちらが先に動くか。それだけに神経を集中させる。

 

「――」

 

 摺り足で間合いを計りながら、アーチャーはゆっくりと動き始めた。敵はあくまで不動を貫き、その銃口は一欠片とも揺らぐ事は無い。仮面で隠されている以上、感覚のみで相手の射を見抜くしかなかった。上等。乾いた唇を湿らせ、アーチャーは深く息を吐き、腰を落として、いつでも飛びかかれる態勢を整えた。

 ざり、と靴底が砂利を踏みしめて、小さく音を立てる。耳障りこの上なかったが、今気にしている暇は無い。

 目測、あと3メートルも無い。無意識の内に、激突の気配を察知した。

 握り締める短剣。魔力を通した眼を限界まで見開き、デルタの掌を注視する。やがて、

 ゆっくりと、

 引き金に

 指が、

 か

 

「ッ――――――!」

 

 かる直前には既に、アーチャーは動いていた。砂利の爆発と指の動きはほぼ同時。赤影を宙に残した瞬間、引き金が引かれ、暗渠をくり抜いて、破壊の砲弾が眼前に迫った。予測と同じ射線。だが速過ぎる。出力が違う。強引に身体を傾けて回避。轟音を引き連れて掠めた光弾は、顔の側面を焼きつつ、右耳を削ぎ落とした。

 掻き毟りたくなるような激痛を無視して、体勢を立て直し、標的までの最短距離を砲弾のように駆け抜ける。距離、もはや半歩も無い。間近に迫る鉄の臭い。その瞬間、男の背が大きく隆起し、人知を超えた膂力がその両の腕に宿った。渾身の咆哮。力を込めて、夫婦剣を大きく上段に振り被った。煌めきを放つ白刃が、唸りを上げて闇を斬り裂く。回避不能。装甲を両袈裟に斬り裂く太刀筋を予想し、事実その通りの運命を辿ろうとする刃を、

 

 鈍い轟音と共に、巨岩を叩いたような感触が弾き飛ばした。

 

 その一撃を弾かれた衝撃に、思わず動きが硬直する。そして視界の端に灰色の影が過ぎったと同時に、背後を襲い来る悪寒。直感に従って膝をかがめたその直後、驟雨を思わせる剣閃が、頭皮を掠めていった。散らされた白髪が宙を舞う。隙だらけの射撃は罠。湧き出す後悔と自己嫌悪に蓋をして、飛び退ったアーチャーの懐を逃さず、その異形は決死の間合いに踏み込んだ。

 

 月光に照らし出された硬質の皮膚が、胡乱な光沢を宿して輝く。

 その全身に施されているのは海老の意匠――すなわち異形の正体は、影山冴子が変異する、ロブスターオルフェノクに他ならなかった。

 

 微かな呼吸と音無しの踏み込みと共に放たれた、眼球を狙う刺突を受け流し、逆手に持ち替えた莫耶を頭蓋目がけ振り下ろした。しかし、異形は両手に装着した手甲を交差して防ぐ。ぶつかり合った鋼が、闇に包まれた境内に点々と火花を散らした。弾かれた右腕を右の横薙ぎへと繋げ、コンマ遅れて、左腕が蛇のようにしなる斬撃を下段から繰り出す。顎の如き双刃が異形の胴を両断せんと迫る。

 

 その直前に、回復したサイガの右拳が、男の頭蓋を砕かんとばかりに振り抜かれた。

 

 反応は出来る。だが、間に合うか。咄嗟に下げた頭部の表面を、決死の破壊力を秘めたルナメタル製の拳が通り過ぎていく。頭髪が数本引き千切られる感覚。しかしサイガも避けられることを予期していたのか、伸ばした右腕を肘打ちへと変化させると、アーチャーの無防備な背骨に一撃を加えた。ぐむ、と低い呻き。束の間襲う硬直を見逃さずに、サイガは先ほどの鬱憤を晴らすように、右、左、右と嵐めいた連打を加えていく。

 間合いに踏み込んだ瞬間放たれた左掌は、いっそ分かりやすいほどの囮。足取りと眼球の揺らめきから判断する本命は――水月を狙った一撃必殺の盤肘。腰を沈めたサイガは、アーチャーの予想をなぞるかのように複雑な足取りを描くと、分厚い水月目がけて鋭い肘撃を送った。予期していたアーチャーはわざと足を崩し、身体を右に傾けて回避。上体を泳がせしかし軸足だけは地を強固に噛んだまま、ガラ空きの首筋を狙って剣撃を放った。殺った。確信。だがその直前で、意識の隙間を縫ったサイガの右の二指が、アーチャーの人中を躊躇なく貫いた。

 かッ――と無様な呼吸を洩らすアーチャーの視界の隅に、迫りくる拳。避けられない、と思った瞬間にはすでに、勝機を見極めたサイガの渾身のアッパーが男の脇腹に突き刺さっていた。粉々に砕けたアバラが肺に突き刺さる嫌な触感。粘ついた血液を吐き出したアーチャーの姿に、仮面の下に隠された男の顔が冷徹な笑みを浮かべる。腰の回転を蹴り足の動きへと繋いで、サイガは鋭いローをアーチャーの腿に叩き込む。崩れおちながらも放たれた豪速の反撃をバックステップで躱すと、バックルから抜き放ったサイガフォンをブラスターモードへと移行させて、アーチャーの頭蓋目がけて数発の光弾を放った。次いで、後方に回っていたデルタが逃走経路を防ぐ射撃、わざと残された逃げ道から、ロブスターオルフェノクが決死の斬撃を放つ。

 回避不能。確実な死が約束された攻撃。

 それを、男は打ち砕く。

 ――ひと息、吐いて、

 

 そして、アーチャーの両手に握られた双刃が人知を超えた軌道を描いて、破壊の光を搔き消した。

 

「なっ―――――!」

 

 場に満ちる驚愕とある種の恐怖。 

 それでも、無傷とはいられなかった。干将・莫耶は根元から粉け散り、不意に走った鈍痛と肉と血が焦げる得も言えぬ悪臭。見れば、砕き損ねていたフォトンブラッドの破片が、両腕を隅々まで黒く焼き焦がしていた。笑って、無視。元より負傷は覚悟の上である。例え四肢を失ったとしても、構いはしない。立ち塞がる障害は全て取り除く。それが、サーヴァント・アーチャーに課せられた使命なのだから。

 間も空かせず、鱗粉のように宙に撒き散らされたフォトンブラッドを振り払いながら、突撃。渾身の踏み込みが僅かな間合いすら吹き飛ばし、お互いの吐息さえ感じられる距離に到達する。徐々に蓄積されていくダメージ。最早形振り構ってはいられない。アーチャーは大きく首を退けぞると、真っ先に反応を取り戻したサイガの放つ、額に迫る拳撃目掛けて、被せるような頭突きを放った。

 爆発。

 一瞬の空白の後、頭蓋を透かして、皮膚全体を引き摺るような痛みが脳を襲った。例えサーヴァントといえども、ダイヤモンドを遥かに超える硬度を持つルナメタルの前では、血を流さざるを得なかった。割れた肉の裂け目から漏れた大量の血液が、アーチャーの視界を赤黒く染め上げた。だが――混じるノイズの中に見えた、四方八方に捩れた指――必要な代価は受け取らせたと判断。痛みに呻く声を察知した瞬間、アーチャーは身体を半回転させながら、高速で薙いだ莫耶でサイガのベルトを横薙ぎに切り裂き、コンマの差で投影した干将で、白銀の装甲を左袈裟掛けに斬り下ろした。

 修復不可能なまでに陥ったベルトが限界を迎えた瞬間、ルナメタル製の装甲が夢のように溶けていき、その中から零れ出た血塗れの青年が、芋虫のように蠢く内臓を抑えながらゆっくりと地に伏した。

 

「――レオっ!」

 

 女の痛烈な悲鳴が響く。転んだ我が子を助けるように、倒れた男目がけて飛び出したその無防備な姿目がけて、アーチャーは容赦なく剣を振り被った。無論、それを黙って見ていられるほど、デルタは無能ではない。デルタムーバーの銃口を男の紅い背中に向けた瞬間、振り被られていた剣が鈍い光を放ち、爆発した。至近距離で破片を伴った爆風をまともに喰らい、デルタのアルティメットファインダーに大きなノイズが奔る。その一瞬を男は決して見逃さず、そして、

 立ち込める黒煙を掻き分けた、血だらけの男。

 その手に握られた一刀が、狼狽するデルタの胴を意識ごと断ち割った次の瞬間、

 

 ――『SIDE BASSHER Come Closer』

 

 脅威は、空から現れた。

 

 害意その物を表した異形の四肢。架かる満点の月を覆い隠すほどの、戦車の如き威容を宿す巨躯。紫電の眼光に宿る無機質な殺意が、膨大な瀑布となって弓兵へと突き刺さった。カイザ専用の可変型バリアブルビークル――サイドバッシャーは、空中でその身を戦闘形態に変化させると、俊敏に構えた豪腕から、六発のミサイルを撃ち放った。六発。避けるまでもない。

 そう考えたアーチャーの上空で、六発のミサイルは、数知れぬ無数の散弾へと変貌した。

 

 避けない訳が、無かった。 

 

「ッ――――――!!」

 

 すぐさま飛びのいて、豪雨のように降り注ぐ散弾の群れを回避した。直後、掠る程の距離で轟音が炸裂。毒々しいまでの眩光が世界を包み込み、次いで猛烈な爆風が空間ごと全てを穿った。断続的な衝撃で世界が白く揺れる。華々しく上がった高い火柱が、柳洞寺を取り巻く夜闇を深く切り裂いた。

 焼けた外套を破り捨てたアーチャーが、爆音の狭間を縫うように、膨れ上がる噴煙を裂いて飛び出す。――危ない所だった、と正直に思う。神秘の集合体であるサーヴァントに、通常兵器は通用しない――それは当然至極の理――だがしかし、今や受肉に近い状態となったこの身の痛覚では、あの程度の砲撃すら致命的である。当たればまず無事では済まず、最悪の場合は致命傷ですらあり得る。心の中で軽く舌打ちしつつ、体勢を立て直す。心の漣を鎮めるために、立ち込める硝煙、深く息を吸った。それが唯一の失敗だった。

 紅蓮の咆哮が煌々と鳴り響く中、かすかに響いたバイクの駆動音。

 それを掻き消すかの如く、全てを平等に薙ぎ払う絶望の気配。

 馬鹿な、と思う。アレは、決してあの城からは動かない筈だ。いかに泥で腐り果てようとも、その身が屈指の大英雄であることに変わりは無いのだから。

 ならば――何故――

 

「ま、さか―――!」

 

 視線で殺す勢いで女がいた場所を睨みつけるが、そこには最早、塵一つすら残っていなかった。

 同時に膨れ上がる、脳髄にへばりついた泥。人が産み出した最大の禁忌である聖杯の泥を自由自在に操れる者など、心当たりはひとりしかいなかった。

 響く、男の高笑い。嘲笑と憎悪と空虚に彩られた、ひどく虚しい物。

 ――■■■■。

 泥に塗れゆく意識の中、懐かしいその一節を、男は呟いて、笑った。

 そして、アーチャー・エミヤの意識はそこで途絶え、彼は完全な泥人形と化した。

 

 ○

 

 断続して響いた爆発音。

 次いでうねる炎の渦が、舐め尽くすようにして押し寄せてきた。

 

「ちょっと藤丸藤丸ふじまるっ! あんたバイクもっとスピード出しなさいよ出してはやくっ! じゃなきゃ追いつかれ――危ない危ない危ないっ! バカバカバカバカっちゃんと前前前前っ!!」

 

「――クソが!」

 

 立ち上る火炎を、避けている暇など無い。

 無論、変身している時間など欠片も無い。つまりは生身で炎を受けなければならないという事だ。猛烈なフラッシュバックに襲われながらも、それでもやるしかないと、巧は瞬時に覚悟を決めた。全身の毛が逆立ち、漣のように次々と立つ鳥肌。舌を噛み切る思いで、巧はスロットルを開いた。

 オルガマリーは当然、そんな真似など出来はしない。いくら優秀な家系に産まれた魔術師と言えども、ごうごうと大口を開けている炎の海と漆黒の殺意を纏って襲い来る巨躯を前に、即座に覚悟を決められるほど修羅場を巡っている訳ではない。今この瞬間第三者からどちらがマシかと問われれば、どちらもマシな訳がないバカじゃないの何考えてんの死ね、と彼女は答えた筈である。

 それでもどうにか防衛魔術を働かせたのは、ひとえにこれまで積み重ねて来た魔術師としての矜持のおかげだ。元来優秀な魔術師である彼女が描いたルーン文字は淀みなくその効力を発揮し、所詮は異能も何も無いただの火の粉。奇跡の御業に等しい魔術の前では、ただの塵芥に過ぎない――即座に刻んだ防御のルーンが火の粉を振り払っていくのを見て、オルガマリーは密かな満悦に包まれる。その視界を、

 全身を切り裂かれ、壊れかけた異形の影――サイドバッシャーが覆い尽くした。

 ぱり、と電流が奔る音。

 悪寒が、巧とオルガマリーを包み込む。

 

「―――――――――――うそでしょ」

 

 直後、爆発。炎と黒煙が急激に産声を上げた。聴覚と視覚を粉微塵に切り裂く爆音が耳をつんざき、土砂のように押し寄せた爆風がルーンに包まれたバジンの車体を大きく揺らした。巨体から解き放たれた紅蓮は柳洞寺に敷き詰められた無数の砂利を空高く吹き飛ばし、その下の地面を抉って粉塵を吹き上げる。サイドバッシャーが引き起こした爆発は、柳洞寺に残っていたわずかな景観すらも片っ端から破壊し、ほぼ更地に近い状態へと帰した。

 増大しつづける黒煙を切り裂いて、舌がひりひりと痛んで仏頂面な巧と、目の前の男の無茶に怒り心頭なオルガマリーを乗せたオートバジンが飛び出す。傷だらけの前輪が大地を何とか噛む。煤けた銀色の車体には、炎の臭いが染みついていそうだった。巧は片方だけ残った左のミラーで後方を確認し、なおも這い出るバーサーカーに舌打ちを繰り出す。そのままスロットルを開け、加速。朽ち果てた門を突っ切り、そのまま境内へと突入する。

 その瞬間、絶え間なく繰り返される振動に脳味噌のネジまで弛んでしまったのか、平常なら有り得ないテンションでオルガマリーは叫んだ。

 

「このっ、あんたって奴は――っ!! 何をどうして、どうやって生きてきたらっ、こんな無茶ばっかする頭なんかに――っ! 付き合わされる私の身もちょっとは考えた!? いいえっ、ぜっっっっったい考えてないでしょうねっ! 何故ならあんたはバカだからっ!」

 

「――じっとしてろっ! 大体、遅くなってんのはおまえが重いからなんじゃないのか? ちょっとは痩せたらどうなんだっ」

 

「はああああああああああああ!? ――あっ、ああああああっ!! まえまえまえ――――っ!!」

 

「――――ッ!」

 

 迫る、陰陽の二刀。

 守れなければ、生きている価値などない。

 巧は、奥歯を噛み締めるとオルガマリーを脇に抱えて、高速で流れ行く地面に背中から飛び込んだ。

 激痛。背筋をずるずる這い上がるそれに、巧は苦悶の叫びを上げかけた。それでも、堪えた。肉が抉れる感触。巻き上がる砂礫に点々と血飛沫が混じり込む。それでも、抱き寄せたぬくもりだけは、必死で守り抜いた。操縦者を失ったオートバジンは一挙にバランスを失うと、前輪と後輪を横滑らせ、側面を削りながら止まった。前方から迫るは、血だらけの弓兵。後方から押し寄せるは、泥色の狂戦士。やがて、巧の鼻に、嗅ぎ慣れた死が立ち込め始めた。

 

「い―――っつう……。藤丸、あんたね……」

 

 思わず抗議の声を上げようとした少女の声が、尻すぼみに消えていく。

 闇に紛れて見えなかった、目の前の男の背中の惨劇に、ようやくオルガマリーは気づいた。かっぱらってきたコートはずたぼろに引き裂かれ、その下にあるカルデア制服の白い生地を染め上げるのは、粘度の高い真紅色の液体。裂けた繊維の隙間からは、引き千切られたかのように荒々しく破れた皮膚が覗いている。勢いよく叩きつけられた後頭部には無数の砂利が付着しており、湧き出る脂汗が混じった血色の雫が、顎を伝い落ちて地面に赤黒い染みを作った。だが、少年は、それでも苦痛の声を上げなかった。ただ無言で、少女を背に庇いながら、後ろ手を寄越すのみ。

 その動作が意味する物は、たった一つしかない。つまり、

 ――あのベルトを付けて、サーヴァントと戦う事。

 

「どう、して……」

 

「何が」

 

 息も絶え絶えになりながら、巧は呟いた。

 何でもないように振る舞う男の姿に、オルガマリーはとうとう抑え切れなくなった悲痛な叫びを上げた。

 

「どうして、そんなになるまで、戦うのって聞いてるのよっ! ――貴方は、ただ」

 

 巻き込まれただけなのに。

 四十八番目のマスターという資格を背負っているとはいえ、所詮目の前の少年は、ただの一般人に過ぎない。本当ならば、魔術師などという血生臭い物とは関わらず、陽の当たる場所を歩いていかなければならないのに。こんな、何処とも知れぬ世界の果ての廃墟で、常識外れの殺し合いに巻き込まれて、塵芥のように死んでいくなど許される筈が無いのに――

 

「どうしてっ!」

 

「――俺は、決めたんだ。戦うって」

 

 血の気を失い、小刻みに震える掌を無理矢理こじ開けて、確かめるように、ベルトを握り締めた。

 そのままファイズドライバーを腰に巻きつけ、立ち上がろうとして、膝を付いた。内臓ごと飛び出しそうな吐き気。ちかちかと点滅する視界。眩暈が刻々と酷さを増していく。いますぐ目を瞑って意識を闇に沈めれば、まだ間に合うかもしれないと、どこか冷静な思考がそう叫んでいる。

 だから、立った。

 血まみれの指先のまま、ファイズコードをプッシュする。

 555と。

「乾巧」を覚えている人間など、誰一人存在しないこの世界で、それだけが自分でいる為の、唯一の導だった。

 

「人間を、守るために――!」

 

 ――『Standing By!』

 

 右手を突き上げて、巧はあらん限りの力を込めて、鼓舞するように吼え立てた。

 

「――変身っ!!」

 

 バックルに叩きこまれる、ファイズフォン。

 

 その次の瞬間、巧の身体を紅い光――フォトンブラッドが駆け巡り、輝きを放つ超金属ソルメタルが次第にあるべき形へと整えられていく。

『Complete!』の音と同時に、電子音。一瞬の強い閃光の後。そこには、超金属の仮面の騎士が一人――ファイズが、歴戦の勇士を思わせる振る舞いのまま佇んでいた

 金色の瞳が、己を挟んで向かい合う敵を睥睨する。やがて、ファイズはベルトからメモリーを抜き取り、転がっていたバジンのハンドルに装着して、ファイズエッジを抜き放った。残光が、夜闇を切り裂いて震えた。敵意を敏感に察知した泥人形が、呪詛の如きうめき声を上げる。

 それを見ながらファイズは、腕に取りつけられたリストウォッチ型コントロールデバイス――ファイズアクセルから、アクセルメモリーを抜き取ると、がら空きになったバックルに換装した。

 

 ――『Complete!』

 

 宣言と同時に、胸のフルメタルラングが開き、露出したブラッディ・コアが鈍い光を放った。金から真紅へと瞳が変わり、超高密度のフォトンブラッドを内包するシルバーストリームが、ファイズの身体を包み込んでいく。

 超加速形態――アクセルフォームに変身したファイズは、低く呟いた。

 

「――十秒あれば、充分だ」

 

 そして、十秒を司る神が、裁きを告げる鐘を高々と鳴らした。

 

 ――『Start Up!』

 

 

 

 

 

 

 


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