Fate/Φ's Order   作:うろまる

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第四節「夜空の月に誓うこと」

 

 

 

 ぱちぱち、とどこかで火が燃えている。

 そして、ジャンヌは意識を取り戻した。起き抜けのお陰であちこちがおぼろげに歪む視界は、どこを見てもムラ一つない黒で染まり切っている。身体を起こして周りを見回そうとして、節々がひどく痛むことに気づいた。さらに、魔力が身体の中からほとんど抜け落ちてしまっていることにも。

 一体何が──と困惑の中にいるジャンヌの耳に、

 

「起きたか」

 

 と、成熟し切っていない、少年が大人に成長する途上にあるような声が響いた。ジャンヌが声がした方向に顔を向けると、そこには長い木の棒で目の前の焚き火を突っつき回している、見覚えのない少年の姿があった。

 

「あ、なたは……?」

 

「怪我してんだから、じっとしてろ」

 

 お互いに初対面で、面識などあるはずもないのに、少年の口調は常よりも幾分か柔らかいものになっているとすぐに分かった。彼は誰なのか、とジャンヌはぼんやり考えて、その次の瞬間には全てを思い出していた。

 異常に支配されたオルレアン、異質な光を纏った騎士、世界と自分への憎しみで燃える、異なる自分──起き上がろうとした時には、自分がいま起き上がれないほどの怪我を負っていることなどすっかり頭から抜け落ちていた。その結果は、語るまでもないだろう。

 

「い゛……っ!」

 

 奔った痛みに思わず苦痛の声をあげながら、ジャンヌは身体を丸めた。だから言わんこっちゃない──と言外にほのめかす視線がちくちくと突き刺さる。みっともないところを見せてしまった気恥ずかしさからジャンヌは身体を小さく縮こめたが、しかし少年は特に気にした様子もなく、つまらなそうに木の棒をふたたび動かし始めた。

 ぱちり、と焚き火が揺れ動く。

 ジャンヌは痛む関節をさすりつつ、辺りを眺め始めた。焚き火の光はあるものの、夜の闇の方が多い視界はあまり良好とは言えなかったが、全身を包んでくる湿った土と草の匂いから、ここが森の中であることが分かった。ふと鼻先を掠めた生臭さはきっと近くに流れている川のそれだろう。耳を澄ませば、静かな水流の音を聞き入れることができた。

 

「……ここは、一体」

 

「さあな。俺も知りたい」

 

 ジャンヌの当たり前の疑問に、少年は──巧はそう言って、焚き火の近くで手を擦り合わせ始めた。ぼんやりと照らされた少年の姿は、よく見ると天辺から爪先まで濡れている。そして濡れ鼠と化しているのは、自分も同様だったらしい。水をたっぷり吸い込んだ布が素肌にぴっとりへばりつく感触に今さら気づき、眉をしかめる。

 

「……あの、そちらに行ってもよろしいですか?」

 

「好きにしろよ」

 

 おそるおそる問い掛けてみて、返ってきたのはそんな返事だった。少々面食らいつつも、ジャンヌは手を擦っている巧の少し離れたところに座り込む。そして巧を真似るかのように、籠手を外した生身の手を、焚き火の前にそっとかざした。

 二人の間に沈黙が降り注ぐ。

 何を話せばいいのだろうか──とジャンヌは思う。というより、話すこと自体は山程あるのに、どの話題をどういう風に切り出せばいいのかが分からないと言った方が良い。相手はどう思っているのだろうか、と横目で巧を見てみると、少年は大きな欠伸をかましていた。

 

「……ふふ」

 

 そんな呑気な姿に、張り詰めていた緊張が一気に解けてしまって、ジャンヌは思わず小さく笑った。くすくすと肩を揺らす少女に気づき、巧は気まずそうに顔を背ける。その姿が拗ねている子供のように見えて、ジャンヌはさらに笑う。

 

「笑うな」

 

「す、すみません。すぐ止めますから……ふ、ふく、ふふふ」

 

「だから笑うなっ」

 

 とうとう耐え切れなくなった巧が声を張り上げたところで、ようやくジャンヌは笑みを収めた。しかしその顔には余韻が残っており、少しでも切っ掛けがあればまた笑い出しそうな危うさがあった。

 それに気づいてか、巧は不機嫌そうに鼻を鳴らす。ジャンヌは完全に笑いの衝動が自分の中から去ったことを確認すると、胸元にそっと手を添えて、

 

「──では、自己紹介を。私はサーヴァント・ルーラー──真名をジャンヌ・ダルクと言います。まずは、貴方に感謝を……窮地を救っていただき、ありがとうございました」

 

 と、感謝と共に頭を下げる。そして、

 

「良ければ、貴方の名前を教えていただけますか?」

 

 まるで幼子に語りかけるかのような優しい口調と表情で、巧に向かって尋ねた。

 巧はしばらくそっぽを向いて無視していたが、それでは目の前の少女は梃子でも動かないと理解したのか。やがて観念したかのような溜め息を吐いてジャンヌに向き直ると、この世界における自分の名である『藤丸立香』を名乗った。

 

 

 

「──そう、なのですか。世界その物が焼却されてしまったと」

 

「らしい」

 

 呆然と呟くジャンヌに、巧は淡々とした調子で答えた。

 互いの自己紹介が終わった後、巧達は初対面では叶わなかった情報交換をしていた。巧は、自分達は人理とかいうよく分からない物が焼き尽くされてしまったことで、確実に滅びつつある世界を救うために特異点と化したこの時代へ送り込まれたことを。ジャンヌは、数時間前に召喚されたばかりで詳しい状況はまだ把握し切れていないが、どうやら異常にはオルレアンともう一人の自分が関連しているらしいことを。

 

「要はそのオル何たらって場所が怪しいんだな」

 

 これまでの話を極めて大雑把に纏めた巧に、ジャンヌは呆れつつも頷いた。

 

「オル何たらではなく、オルレアンです。それに、怪しいかどうかはまだ確定していません……ですが、取りあえずはそう考えた方が妥当かと」

 

「……何がおかしかったんだ?」

 

 巧が尋ねると、ジャンヌは言い淀むように声を落としてから話し始めた。

 

「貴方が持っているあの道具を、見せていただけますか」

 

 ジャンヌの提案に、巧は思いのほか素直に従った。

 ポケットの中の水滴がついたファイズフォンを取り出して差し出す。目の前の少女との追いかけっこで充電を使い果たしてしまったのか、それとも先ほどの死闘の中で悪い当たりどころでも打ってしまったのか。生憎と電源は切れてしまっているが、外装はほとんど無傷のままだった。思い返せば、これが傷を負ったところなど一度も見たことがないような気がする。巧がこれまで駆け抜けた戦いの中で、ベルトを吹っ飛ばされてしまう──という状況は幾度となくあったが、とうとう最後までこれが壊れることはなかった。おそらくは、自分がいなくなってからもそうだったのだろうと思う。

 密かに感慨にふける巧を他所に、ジャンヌは手の上に乗せられたファイズフォンをしばらく眺めていたが、やがて胸に沈殿していた鉛を吐き出すように深く嘆息した。

 

「どうした」

 

「いえ……非常に似てはいますが、やはり違います。貴方のこれと、私が見た物とは」

 

「……違う?」

 

 はい、と頷くジャンヌに、巧は眉を顰めた。

 ファイズとは異なる、ファイズと同質の物……そう言われて巧の脳裏に浮かび上がったのは、かつてスマートブレインと繰り広げた戦いの中で、人と異形の際限なき血みどろの欲望を一身に受け止め続けたカイザとデルタの二つだった。

 幾度となく共闘と敵対を繰り返し続けたその果てに、オルフェノクの王を打ち倒すというひとつも目的の元にようやく集ったのだが、そのうちの一つ──カイザは王に破壊されてしまったはずだった。

 そして、その呪われたベルトの、最期の装着者となった男もまた。

 

「……」

 

「……リツカ? どうかしましたか?」

 

 突然押し黙ってしまったためか。心配そうに顔を覗き込んできたジャンヌを見て、巧はふと我に返った。何でもねぇよ、と呟き返してもジャンヌはまだ案じている様子だったが、首を振って話の続きを促すと、ぽつぽつとではあるが話を再開した。

 

「とにかくオルレアン……いえ、この世界にアレを持ち込んだ者が、この異常の原因になっていると思われます」

 

「お前と同じツラしたアイツは、一体何なんだ?」

 

「──同じ時代に、同じサーヴァントが二体召喚された……今は、そうとしか。聖杯戦争は何が起こってもおかしくありませんから」

 

 そういうものか、と納得する巧にジャンヌは相槌を返しながら、心の中でだが、と続けた。確かに、聖杯戦争にイレギュラーは付き物である。魔術師という人でありながらも人ならざる精神を持った者が、己の欲望を叶えるただそれだけのために、生命を含めた全てを賭けて戦いに望むのだ。何も起こらないという方が、むしろおかしい。そして、その逸脱が世界を歪める物へ成長しかねないのを防ぐことこそ、ジャンヌに冠されたクラス──ルーラーの使命なのである。故に、もう一人の自分と敵対しなければならないという複雑な状況下に置かれても、ジャンヌの精神は微塵とも揺らぐことなく裁定を執行できる──その筈だった。

 

 目の前の焚き火をじっと見つめる。酸素を吸い込んで絶え間なく揺れ動く火は、もう一人の自分の瞳に宿っていた光によく似ている気がした。

 

 誰に認められずとも、何と蔑まれようとも、その道が過ちでできていた物だったとしても、それを自分が信じると一度心に決めたのなら、何があっても最期まで歩き続けようと心に誓った。その旅路の果てに待ち構えていた自身の破滅が、決して逃れられない物であったとしても、自分が選んだ道を最期まで歩むことができたなら、心に悔いなどひとつも無いと──ずっとそう思っていた。その思いは今でも変わっていないつもりだった。仮にやり直しが叶ったとしても、自分は何度でもフランスを救うために自らの破滅が確定している道を走る筈だった。

 

 だが、と思う。

 

 ──自分は本当に、最期まで何者をも恨むことなく、炎に焼かれたのだろうか?

 

 火刑に処された時の記憶は、英霊となった今でも鮮明に思い出すことができる。足元でぼうぼうと音を立てながら縛られた自分を弄ぶように炙る炎。燃える枯れ草や薪から立ち上る黒煙に犯されていく喉や肺。絶え間なく襲い来る炎の熱で次第に霞んでいく視界。それに反して息ができない苦しみと火に焼かれる痛みから、ますます覚醒していく意識──

 主への祈りは、決して絶やさなかった。しかし自分は本当に炎の海の中で、誰一人恨まずに死んだのかが、よくわからなくなってきた。もう一人の自分が吐き出していた言葉が頭に過ぎる。救う価値のない人間と、救う価値のない国──嘘偽りのないあの憎悪はもしかして、他の誰でもない自分が心の奥底で無意識のうちに考えていた本音なのではないだろうか? 有り余るあの悪意こそ、『ジャンヌ・ダルク』が抱いて然るべき真実なのではないだろうか? 

 

 己を裏切った愚かな全てを恨み、憎み、復讐せんと旗を振る──もしそれが、世界がジャンヌ・ダルクに望んでいる役割なのだとしたら。それこそが、ジャンヌ・ダルクのあるべき姿なのだとしたら。

 

「……私、は」

 

 水に濡れた寒さ以外の何かで震え出す手をぎゅっと握り締める。そのまま、内に秘めた重苦しい苦悩を吐露しかけたジャンヌを、

 

「──やめろ」

 

 という、巧の素っ気ない声が押し留めた。

 

「え──」

 

 途中で遮られたジャンヌが俯けていた顔をあげると、いつの間にか少年は立ち上がり、その場から去ろうとしていた。

 

「初対面の奴に話す内容じゃない。そういうの、無理だから。聞かせるなら別の誰かにしてくれ」

 

「……何処へ」

 

「木。集めてくる」

 

 背中越しにそれだけ言って、巧は茂みの中へと消えていった。焚き火を見てみると、確かに火勢が弱まっていた。ジャンヌは喉の奥まで出かけていた苦悩をそっと飲み込み、確かにそうだ、と少年の言葉に苦笑した。

 人を傷つける自分がいるかもしれないことが怖いなどと、いきなり目の前で悩み出されても、どうしようもない。しかもそれが初対面だというなら尚更。

 周囲を取り巻く闇の濃度は飽和点を迎えつつあった。ジャンヌがそんな中でも濁ることなく煌々とした光を放ち続けている月を見上げていると、すぐ近くで気怠そうな足音が響き、その直後に生き返ったように火が燃え上がった。

 集め終えた枯れ木を焚き火の中に放り込んだ巧は再び座り込んだあと、黙って火を見つめていたジャンヌに、

 

「……で、聞くか?」

 

 と尋ねた。

 何を、とは聞かなかった。話すことなど、一つしか無い。目の前の少年が変身した、何らかの生命の意匠を全身に刻んだ灰色の異形……確か、オルフェノクと呼ばれていたか。ジャンヌは生前から魔術にはあまり詳しくなかったが、この少年が変身していたあの姿──オルフェノクは、サーヴァントや魔術師とはまた違う場所に位置する異常なのだという直感だけはあった。

 頭の中に疑問の泡が次々と浮かび上がる。どのような経緯を経てその力を手に入れたのか。オルフェノクとは一体何なのか。どうして人類最後のマスターに選ばれたのか。

 

 だが、問い質したいことは、たった一つだけだった。

 

「──貴方は、何故戦っているのですか」

 

「……」

 

 他を差し置いてそんな質問をされるとは、思ってもいなかったのだろう。少年は青い目をぱっと見開いて呆気に取られていた。そうしていると本当に、何処にでもいる平凡な人間にしか見えない。だが共に肩を並べて戦って、ジャンヌは少年が、数え切れないほどの戦場を潜り抜けてきたことが分かっていた。

 そして恐らく力さえ無ければ、本当に平凡で──どうしようもなく幸せな日々を送れていた人間であることも。

 

 だからこそ、聞いてみたくなった。ある意味で自分と似ているこの少年が、どのようにして運命に向き合っているのかが、とても気になった。

 ジャンヌから顔を背けた巧は、しばらく視線を彷徨わせていたが、やがてぽつりと零した。

 

「夢だ」

 

「は?」

 

「夢を守るために、俺は戦ってる」

 

 怪訝に顔を歪めるジャンヌを気にすることなく、巧はここでは無いどこかを見つめながら話を続けた。

 

「俺は夢ってやつが何なのか、ずっと分からなかった──多分、今でも、これからもそうだ。けど、悪くないって思った……守りたいって思えたんだ」

 

「……だから、貴方は戦うのですか?」

 

「かもな。どうだ、満足したか?」

 

 巧の疑問に、ジャンヌは躊躇ってから、

 

「どうして……私に打ち明けてくれたんですか?」

 

 と質問した。巧はじとついた目をジャンヌに送りつけ、不機嫌そうに呟いた。

 

「……そっちから聞いてきたんだろ」

 

「いえっ、それは、そうなんですが。貴方はその……あまり、自分のことを話さない性格に見えますから」

 

 慌てたように手を振りながら捻り出されたジャンヌの答えに、巧はしばらく考え込んでいたが、

 

「……お前だからかもな」

 

「私、だからですか?」

 

 巧はこくりと頷いて、

 

「――俺にはお前が、誰かのこういう話を、笑い飛ばしたりするような奴には見えなかった……だから話した。ただ、それだけだ」

 

 火に照らされた少年の横顔はいつも通りのぶすくれた顔だというのに、端々に照れ臭さを見て取ることができた。ジャンヌはそんな横顔を見て、巧が先ほど自分が吐き出しかけた、何もかもを憎んで滅ぼそうとするジャンヌ・ダルクこそが本当のジャンヌ・ダルクなのではないか――という弱音に、不器用ながらも返事をしてくれたことにようやく気が付いた。

 

「……まあ、今更そんなもん隠して何になるって話だけどな」

 

 巧は、訪れてしまった沈黙に気まずそうにしながら、そんな誤魔化しを吐き出した。その不格好さにジャンヌは暖かな気持ちになったが、笑うなと言われたことを思い出して、緩みかけた口元を抑えた。

 

「……答えてくれて、ありがとうございました。もう充分です」

 

「……もう良いのか?」

 

 驚く巧に、ジャンヌは穏やかに返事した。

 

「ええ――きっと、これだけで充分なんです」

 

 まだ訊ねたいことはたくさんある。しかし今のジャンヌは、この素直じゃない少年が吐露した本音の一部を聴くことができただけで、本当に満足だった。

 今の自分は、聖杯戦争の知識も、ルーラーとしての権能も無い、他の英霊に比べればあまりにも未熟極まりない存在だ。そんな未熟者の前に立ちはだかっているのは、存在しない筈だった憎悪を持つもう一人の己。正直に言えば不安で堪らない。

 だが、何のために戦うのかと問いかけて、夢を守るために戦っていると答えてみせた男が、信じてくれたのだ。だから、その信頼に応えたいと思った。未だに自分で自分が信用できなくても、代わりに信じてくれる誰かのために旗を振ろうと思った。

 

 だから――

 

 ジャンヌは立ち上がり、旗を頭上に掲げた。月明かりに晒された布が、暗い森の中でひと際強い輝きを放つ。そんな清らかな光を聖女は受けつつ、こちらを見上げている巧に向けて、謳うように宣言した。

 

「主の啓示はもはや届かず、道は暗雲に包まれていますが……貴方達の旅路の力になることを、貴方が信じてくれた『ジャンヌ・ダルク』の名に懸けて、必ず約束いたします」

 

 差し込む眩い月光に照らされた聖女は、どこまでも美しい。

 そんな絵画のような佇まいを見せるジャンヌに、巧はただひと言だけ、真顔で言った。

 

「恥ずかしくないのか、お前」

 

 台無しだった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 見渡す限りの焼け野原であった。

 地面の肌は無残に抉れ、辛うじて倒壊だけは防いだ木々も、長々と伸ばしていた枝はぽっきりと折れて、年月を掛けて生い茂らせた葉をひとつ残らず散らし、積み重ねていた時間の層を見ることができた樹皮をただの黒一色で染め上げてしまっていた。立ち込める空気は思わずむせ返ってしまいそうな硝煙の匂いを漂わせており、点在する大小様々な炎が、忍び寄る夜を追い返そうと身体を忙しなく揺らしていた。

 穏やかな夜気と、静かに辺りを照らす月の光に包まれていてもなお、見るものに荒廃した印象を与えてくるその場所は、かつてはそれなりの規模を保っていた森だった──しかしある理由によって、今は草一つ無い荒野と化してしまったのである。

 魔術師と呼ばれる者ならば、その理由を一瞬で推察することができただろう。その場に満ちる不可視の物質──魔力を視認することによって。

 大気に充満している魔力は、寒気がするほど濃密だった。物理的な圧力さえ感じさせる濃度と量の魔力が、一体どこから生み出されたのか……その答えは、倒れ伏した木の隙間からいきなり突き出た腕の持ち主が、一番よく知っているはずだった。

 

「……」

 

 ジャンヌ・ダルク・オルタは、自らに覆い被さっていた木々を一気に燃やし尽くすと、大量の灰をその身に纏わりつかせながら立ち上がった。

 宝具の衝突によって起きた莫大な衝撃波を至近距離で受けたことと、自身の霊核が崩壊する寸前まで魔力を消費したことによって、少女の身体は戦うどころかまともに動くことすら敵わないほどの傷を負っていた。

 しかしそんな負傷など欠片も気にせず、オルタはひたすら視線を彷徨わせていた。得物を握る手は小刻みに震えており、小さくとも動きさえあればすぐさま戦闘に移行しようと考えていることがわかる。今の状態のまま戦い続ければ、間違いなく消滅は免れないというのに──少女の戦おうとする意思はかえって強固に固められていた。まるで、すぐそばにある自身の破滅の到来を、強く待ち望んでいるかのように。

 だが、探し求めている相手がこの場からいなくなっていることがわかると、少女は張り詰めた糸が途切れてしまったように膝をついた。そしてこみ上げる何かを堪えるかのように、籠手を身に付けたままの掌を握り締める。ざりざり、と鉄と鉄が擦れ合う音が響く。

 聖杯戦争において裁定者の役割を担っているルーラーの固有技能──10キロ四方に及ぶサーヴァントに対する知覚能力にも、サーヴァントの反応はひとつも感じられない。それどころか、この近辺からは生命の影が一切合切絶えていた。

 しかしオルタには、あの女が──ジャンヌ・ダルクは必ず生き残っているという強い確信があった。それは直感としか言い表しようが無い、ひどくあやふやな物だ。だが、こうして目を瞑っていると微かにではあるが、疎ましいあの気配をどこかに感じることができるのだ。

 今も『ジャンヌ・ダルク』は、何も知らずのうのうと生きている。そう考えただけでオルタの臓腑はたちまちねじくれるような怒りで燃え上がる。

 

「──お前さえ、この世に生まれていなければ、私が生まれる必要も無かった……」

 

 焼ける荒野にひとり佇む魔女の口から零れ落ちた呪詛は、どろりとした粘度を帯びながら、夜の静謐とした空気をゆっくりと蹂躙していく。

 

「絶対に、逃がさない。たとえ地獄の果てまで逃げたとしても、必ず追いついて、お前を殺してやる、殺してやる……!」

 

 月と夜空を見上げる魔女の瞳は、目に映る全てを焼き滅ぼさんと宣言するかのように、周りの炎を吸い込んで、冴え冴えと輝き続けている。

 

 

 

 

 

 

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