Fate/Φ's Order   作:うろまる

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第六節「Dead or Alive」

 

 

「――何、あれ」

 

 何らかの生物を想像させる、灰色の異形――それだけならまだ、珍しくはない。魔術師の総本山とも言える時計塔には、神経の繋がりを疑ってしまうような姿形をした使い魔を、何十匹と飼育しているような変人も多くいる。だからこそオルガマリーは突然の襲撃にも、一瞬自分を見失っただけで――決して気絶などしてはいない――済んだのだ。

 だが。

 あれは、何だ?

 コンピューターグラフィックスのような、現実から乖離したエフェクトが怪物の粗雑な姿を包み込んだ瞬間、そこには洗練された戦士の姿があった。金に輝く二つの眼が辺りを睥睨し、鋭く尖る銀の指先が、義手の馴染みを確かめているかのようにゆっくりと開閉される。全身を規則的に走る真紅のラインは、血脈のように脈動し続けていた。

 いったい、なにが、どうなって。

 押し寄せる事態に茫然自失としたオルガマリー目掛けて、銃口が構えられる。閃光。数度のマズルフラッシュが焚かれた瞬間には既に、巧の身体は動いていた。立ち尽くしたままの細身の身体の腰を横抱き、押し倒す。三度、光が視界の端で瞬き、同時に黄金色の光弾が突っ立っていた場所を鋭く穿った。

 連射。再び照準を合わせられた二人の前に、瞬時にマシュが立ちはだかった。想定される衝撃に歯を食いしばる暇も無く、構えた盾に超高密度のフォトンブラッドが衝突する。轟音が唸る。凄まじい圧力が、円卓の隙間から溢れ出ようとしていた。抑え込めるか。否、抑え込む。鉛が纏わりついたような感覚に襲われながら、腕を上げる。砕けるような音と共に、澱んだ空に行き場を失くした光が散った。

 

「――ッ!」

 

 一息の間髪すら入れさせず、第三射が襲い掛かる。光と鉄が弾ける甲高い音が、断続的に響き渡った。その合間に火球を放とうとしたキャスターに、ビルの隙間から急速に近づく影が一つ。――アサシン。気配遮断によって反応が遅れたキャスターの肩に、懐から飛び出したダガーが、深く突き立てられた。抉られた肉片と血飛沫が舞う。呻きつつ振るわれた杖を嘲笑うように躱して、アサシンは再び闇の中へと消えていった。

 

「――あの、ヤロウ」

 

 正確に筋を切られたキャスターの左腕が、力を失ったように垂れ下がった。血まみれのそれを見た巧は、へたりこんだオルガマリーの腕を掴んで、全速力で駆けた。急激な変化に、心臓が金槌で叩かれているように、強い拍動を繰り返す。たちまち湧き出す汗。荒い息遣いも、今だけは気にならない。

 もぐようにして腕を引っ掴まれ、訳もわからず走りだしたオルガマリーが爆発したように叫んだ。

 

「いきなりっ、なにっ!!」

 

「喋んな、舌噛むぞっ!」

 

 叫び返しつつ、後ろを振り返る。殿を守るようにしてついてくるマシュと血を垂れ流すキャスターの向こう側に、手持ち無沙汰にファイズフォンを弄っている敵の姿があった。

 

「――くそっ」

 

 ここに来て、何も出来ない自分と逃げるしかない状況に、どうしようもなくムカっ腹が立った。しかし、オルフェノクが絡んでいたとはいえ、まさかベルトまで揃えていたとは。舌打ちした巧の表情に何かを感じ取ったのか、オルガマリーは細身の足に魔力を通して加速、全速力で走る巧の隣を容易に並走し始める。

 

「――いったい何なのよ、あいつはっ! ヘンなベルト巻いてあんなのになるしっアサシンも出てくるしで、もうわけわかんない―――っ!」

 

 頭を掻き毟りながら悲痛な叫びをあげたオルガマリーのすぐ横を、光弾が高速で掠めた。穿たれたコンクリートがあげる噴煙を切り裂き、飛び出した少女の顔は涙と鼻水でぐしょぐしょに濡れていた。もはや恥も外聞も無くなったらしいその顔を見て、巧は少しだけ鬱憤を晴らせた。

 

「所長、一度落ち着きましょう」

 

「落ち着けるわけ、ないでしょうがっ!! 大体、藤丸っ。あなた何でいきなり逃げたってのよっ。こっちにはキャスターにキリエライトがいるんだから、あんなの一発で――まさか、あいつがこの二人より強いっていうの?」

 

「――さあな」

 

「はあっ?」

 

 その短い返事に対して、オルガマリーは淑女が決してしてはならない顔を見せた。

 そんなものが分かれば苦労しないと、巧は思う。

 分からないが、侮ってはいけないという事だけは確かな事実だった。それはファイズギアと共に、永劫とも思える血みどろの戦場を戦い抜いた巧だからこそ、抱ける確信だった。

 

「ちょっと、それどういう――」

 

 オルガマリーの怒声を切り裂くようにして、光弾が放たれる。キャスターは振り返らず、六角形の防御陣を張り巡らせるが、超高密度のフォトンブラッドは止まる気配を見せない。硝子が割れるような音と共に、周囲の大地が深々と穿たれる。

 キャスターは舌打ちを鳴らしつつ、再び指を振るって防壁の構築を続けた。相手が使用するエネルギー体は、どうやらこちらと滅法相性が悪いらしい。尤も食らったところで、せいぜいが掠り傷程度だろうが、連続して食らえば数秒程度の足止めにはなるだろう。

 そして、その数秒さえあれば、サーヴァントは容易に事を成せる。

 ビルの隙間に澱む闇から、黒い影が一つ。突如として噴き出した魔力に引き寄せられたのか、八つの短刀を先行させて、アサシンが肉薄する。髑髏に映し出された陰影が、嗤うような形を作った。だが遅い。マシュの振り回した盾が、接近する烈矢をまとめて薙ぎ払った。飛び散る火花。しかし、逃れた一刀が軌道を曲げつつ、少女のこめかみを削り取る。遅れて出血。裂けた肉の割れ目から、生暖かい血液が噴き出した。

 血を流しながらの一振りが、風切り音を伴いつつ、迫る漆黒の外套を絡め取った。しかし、無意識に怯んでしまったためか、踏み込みが甘い。アサシンは身体を高速回転させて伸びた外套を引き千切り、跳び退って追撃を回避。着地したビルの外壁を、獣のような動きで走り始めた。

 盾を構え直したマシュと、壁を走るアサシンの視線が交錯。泥化したせいで宝具は使えないが、唯一の脅威であるキャスターは負傷で左腕が使えない。残るは未熟極まりない半端者と、格好の獲物が二匹。片腕でも間に合う。一撃離脱。それが暗殺における最低限の鉄則であったが、脳髄で疼き続ける得体の知れない汚泥が、アサシンの思考を黒く濁らせていた。

 間合いも測らず加速。奇声を上げ、弾丸のような速度で、アサシンが近づく。マシュの首筋を、ちりちりと薄汚れた殺気が焼き焦がす。

 片方の視界が鮮やかな鮮血に彩られる中、ほんの少しだけ躊躇ってから、必死の形相で駆ける少年をマシュは見た。跳ねる前髪の隙間から映る、深海を思わせる青色の瞳。風雨にさらされた巌のようにかさついた掌。

 何度も、守ってもらった。

 何度も、助けてもらった。

 あの時、手を握ってもらった。

 ――それだけで、少女は覚悟を決めた。

 急激な制動をかけられた靴底が、火花を散らしつつ悲鳴を上げる。刹那の反転。決意の眼差し。真正面から、アサシンに向き合う。すぐ後ろで、ぽっかりと死が口を開けたのが、はっきりと分かった。そこから絶えず吐き出される、恐怖というにおい。後ずさろうとする本能を、理性で叩き潰す。死んでも食い止めるつもりだった。

 そして、前に踏み出すための蹴り足が地を噛んだ瞬間。

 ――その盾を、白い触手が絡め取った。

 

「――!」

 

 突如地面に縛りつけられた己が得物を呆然と見るマシュの全身に、不意の激痛が迸った。ハエトリグモの特質を持つ、ジャンピングスパイダーオルフェノクが放った糸が、瞬時に硬質化し、少女の肩を深く、貫いていた。怪物の唾液を引いた口元が大きくにやつく。皮膚に入り込んだ糸が、神経を乱暴に掻き混ぜていく。沈黙の後に訪れた激痛を前にして、少女の身体は耐えることが出来なかった。

 倒れ込んだマシュの身体に、ジャンピングスパイダーは糸を振りかけていく。一瞬の間も無く、少女の四肢は白い枷に封じ込められた。

 

「――おいっ!」

 

 思わず叫んだ巧の背後に、悲鳴。振り向けば、透明化していた異形――カメレオンの特質を持つ、カメレオンオルフェノクの気泡だらけの腕が、オルガマリーの細い首を掴んでいた。かはっ、と細い呻きがオルガマリーの口から零れる。咄嗟に伸ばした手は、繋がれる事なく、やがて巧とキャスターは四方を囲まれる形へと陥った。

 荒い呼吸が、背後から聞こえる。背中を濡らす汗に、キャスターの肩から溢れ出る血液が混じっているような気がする。

 

「――大丈夫かよ」

 

「――ちっとばかし、面倒だな。こりゃ」

 

 荒い呼吸の中でぼそり、と呟かれたキャスターの言葉。多分、本当にまずい状況に陥っているのだろうと、巧はキャスターの語意から判断した。

 

 ――やらなければ、ならないのかもしれない。

 

 心の奥底で、いまだに揺蕩っている決断。オルフェノクに、なる。

 だがそれは、オルガマリーやマシュとの間に出来つつあった大切な何かを、この手で壊してしまう事を意味していた。

 

 ――それでも、ここで死なせるよりは、何億倍もマシだ。

 

 止めろ、と言わんばかりに四指が蠢く。制止にも似たそれを、握り潰すようにして、巧は拳を握り締めた。

 

 

 

 〇

 

 

 

 白い残影を暗中に引きつつ、サイガは逸れる事無くアーチャーに迫る。どうやら見えているらしい。ならば、隠れる必要も無くなった。しかし番えた長剣を放つ前に引鉄が引かれ、サイガ専用に開発された飛行バックパック――フライングアタッカーのマズルから光弾が発射された。濃縮されたフォトンブラッドが、唸りを上げて闇を裂く。凄まじい圧力。想定以上に速い。あれはまずい。瞬時にそう判断し、アーチャーは後方の枝に飛び移った。標的を見失ったフォトンブラッド弾は、アーチャーの狙撃拠点であった太い枝を粉々に打ち砕き、その勢いを微塵とも緩めず、虚空へと飛び去っていった。

 その破壊の爪痕を見つめるアーチャーに、奇妙な影が覆い被さった。殆ど、無意識の動きだった。飛びつくようにして跳躍した瞬間、先程までいた着地点を蒼白い光が埋め尽くした。上空からの狙撃。視界の端に映る、白い煙。どうやらあれだけの威力を連射可能らしい。多少は手古摺らせてくれそうだ。皮肉な笑みを浮かべつつ、敵の戦力を修正する。再び跳躍。梢を根こそぎ切り払わんばかりに、所構わず撃ち放たれる光弾を避ける。木の間を滑るように動くアーチャーに対して、サイガは焦る表情を見せず、冷徹に光弾をばら撒いていく。

 生い茂る葉の隙間から、かすかに見える敵の姿。枝々の間を飛び移りながら、アーチャーは更に考察を深めていく。マズルが唸った回数から顧みて、弾数はおおよそ120発、滞空時間はあれだけの制動をしておきながら、今もなお速度を緩ませない事から、恐らく無限に近いだろう。自立供給。厄介だが、つけこむ手は無くもない。

 アーチャーの眼が、サイガのフライングアタッカーを見る。ロングレンジで不利ならば、ミドルレンジに持ち込むべし。

 サイガの単眼が、木々の狭間から抜け出そうとする影を映した。すかさず撃鉄を下ろす。秒間120発で放たれるエネルギー弾が、風船のように無防備に浮かんだ敵影を、文字通り塵一つ残さず消し飛ばした。仕事は終わった。仮面の下の男の顔が、物足りなさを感じさせるような表情を作る。

 その、背後。 

 

「――投影(トレース)開始(オン)

 

 冷酷な男の声。サイガが己が不覚を悟るが、気づいた瞬間には、もう遅い。迅速な投影。アーチャーの両手に携えられた二刀が、殺気を含む鈍い光を放った。ここで、死ね。サイガの首を断つようにして、干将莫邪が空を走る。視界の端に映る、防御の為の動作。間に合う訳が無い。

 そして二刀はサイガの首を、

 砕かれた。

 

「――何?」

 

 刀身が無くなったニ刀を、呆然と見やるアーチャーの脇腹に、躊躇なくサイガの横蹴りが入った。骨が折れる音。脇腹の感覚が根こそぎ掻き消えた気がする。

 呻いたアーチャーの顔面に、右。咄嗟に避ける。頬を掠めた金属質の拳が、柄を握り締める手を叩く軌道に乗った。激痛。鉄を叩き折る様な音と共に、アーチャーの右腕の人差し指と小指が、ありえない方向に押し曲げられる。苦し紛れに振るった腕は止められ、腹部に蹴りが叩き込まれた。そのまま、踏み台にするような形で、サイガは空へと昇っていく。

 無様な形で着地する。周囲を見回せば、年季の入った寺社の風景があった。いつの間にか、柳洞寺まで押し込まれていたらしい。

 暴れる痛覚を抑え込み、上空を見る。およそ高度百メートルの位置に、敵は陣取っている。背筋を走る悪寒。駆け出すと同時に、再び砲弾がばら撒かれ始めた。身を隠す遮蔽物も無くなった今では、凶弾を避ける術はこの身ひとつしかない。投影する暇も、この状況下では皆無に等しい。

 降り注ぐ光の雨が、アーチャーの逃走経路を潰していく。しかしアーチャーは人知を超えた感覚で、地上を埋め尽くす光を捌きつづける。矢避けの加護でもあれば、この程度の弾幕はもっと楽に済んだのだろうが、生憎と持ち合わせていない。脳裡に過った蒼い男を吹き消し、アーチャーは柳洞寺のだだっ広い境内を駆け抜け、逆転の手段を模索する。

 直撃さえしなければ、大した傷はつけられないだろう。幸いにも装着者は無類の狙撃手というわけでもないらしい。しかし、それは同時に千日手の到来を意味していた。それだけはまずい、とアーチャーは思う。

 空に過った青い光。あれが恐らく、レフと名乗る男が言った、漂流者とやらなのだろう。

 あれはいずれ、大空洞に辿り着く。そういう確信があった。だが、それだけは何としてでも、阻止しなければならない。こんな場所で、雑兵と戯れている暇など無い。

 柳洞寺の壁を打ち壊し、異形の群れが押し寄せる。

 先頭を走る異形――バイソンの特質を持つ、バイソンオルフェノクが、巨大な大鎚を振り降ろす。疾走。大柄な身体を砲弾に対する盾に仕立て上げ、滑るようにして懐に飛び込む。

 投影。生み出された夫婦剣が、神速の勢いで振るわれ、バイソンの両脇腹に潜り込み、極彩色の弧を空に描いた。

 断末魔すら響かない。たちまち零れ出す大量の内臓と体液が、アーチャーの白髪を暗褐色に染め上げる。しかしアーチャーは止まらず、切り裂き分かたれた上半身を蹴り飛ばす。即席の砲弾と化したそれは、後方から迫ろうとした異形を巻き込み、その脳髄を擂鉢状に潰した。

 そして、起き上がったアーチャーの手には既に、弓が握られていた。

 引き絞られた剣が、螺旋状に歪んだ。アーチャーの全身から溢れ出す膨大な魔力が、雷撃のように空間をうねり、伝わる。遠目にもそれとなく分かるほどの圧力が、徐々に矢先に収束していく。それを見たサイガは焦りを帯びた光弾を放つが、赤い騎士の姿勢は微塵も揺らぐ事は無い。

 ただ、静かな暗闇が辺りを満たしていくのを、アーチャーは感じていた。

 狙うは、虚空の支配者。油断はしない。警戒もしない。撃つ。ただそれだけを、脳に思考させる。

 狙うは必中。穿つは心臓。

 今度こそ、逃しはしない。

 

「―――I am the bone of my sword(我が骨子 は 捻れ 狂う)

 

 呪文の詠唱。自己の変革。想像するは、最強の己。

 それ以外には、何もいらない。

 機は熟した。開かれた双眸。

 真紅の騎士は、白銀の流星を完全に捉えた。

 ―――撃ち落とす。

 

「――――偽・螺旋剣(カラド ボルグⅡ)

 

 アーチャーの指が、柄から離され、

 瞬間、世界が消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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