魔法少女育成計画 -Fratricide SideⅡ- 作:天都ダム∈(・ω・)∋
☆ライムマイン
好夢が飛び出していって、当然のごとく、連絡もつかない。単身赴任で家を空けている両親に、家族を任されている身としては、その行為を怒るべきであり、意真として、あるいは衣美として、好夢にどんな事情があろうとも、きちんと叱らねばならない。
そもそも、何をそんなに怒っているんだろう、とライムマインは――――今となっては、もはやどちらでもなくなった――――
「昔から、そうだったもんねえ、私達と一緒になりたがって」
すぐ後ろをついてきて、同じことをしたがって、同じように振る舞いたがった。そんな様子があまりにも愛おしく、あまりにも大好きで、あまりにもいじらしい。
「んー、好夢ちゃんの誤解を解かなきゃ、か。わかってもらわないと。どっちもいなくなんてなってないってことに」
好夢の大好きな二人の姉は――――今も変わらず、ここにいるということに。
☆シュガースポット
吐き気がする。頭痛もする。目眩で視界がぐらついて、呼吸も落ち着かず、心臓は勝手に鼓動を掻き鳴らし、意味もなく涙が流れてくる。
それでも、シュガースポット――里美郷美里は、学校に行かなくてはならなかった。自分の身分が奨学金狙いの貧乏学生である以上、推薦を受けるための無遅刻無欠席は口に出すまでもない前提条件だ。
弔事ならば記録には残らないだろうが、生憎と美里は亡くなった友人の本名も住所も知らない。
鏡で見たあまりの自分の顔の酷さを見せるわけにも行かず、愛しい先輩と一緒に登校もできなかった。
「――――スターカッター」
昨晩の事を思い出す。スターカッター、白騎士か、あるいは姫騎士か。
そんな魔法少女に――――“魔法少女狩り”に剣を向けられて、よくも生きていたものだ。
シュガースポットを救ったのは無数の鳩だった。斬りかかってきたスターカッターに応戦しようとした瞬間、鳩が空から大量に降ってきたのだ――――当然、誰かの魔法であろう――シュガースポットに与えられた選択肢は、その場からすべてを投げ捨てて逃走することだけだった。
プライドも、矜持もなげうって。
だって仕方ない、里美郷美里には生活がある。魔法少女はあくまで日常の付属品で、人生の中心に据えるべき軸ではないのだから、命と引き換えにしてまで貫き通す意地ではない。
たとえ、自分の作ったお菓子を美味しい美味しいと頬張って、笑顔になってくれた友達を失ったとしても。
たとえ、無垢で優しい、自分のことを信じてくれた友達を失ったとしても。
それを考えたら、自分はどこまで人非人だというのだろう。内申点に響くから、こうして学校に来て、平気な顔で授業を受けて。
「――ひどい顔してるわよ」
そう声をかけられて、はっとなって、初めて四限目が終わり、昼休みに入っていることに気づいた。
既に教室内に人はまばらで、廊下から騒がしい声が聞こえてくる。
「――聖、ちゃん?」
意識を飛ばしていた美里に声をかけてきたのは、
「はい、あなたの友人、御剣聖よ」
「友人でしたっけ……」
「結構辛いこと言うわね……」
半目になりながら、聖は美里の前の席に座った。誰も居ないのだから別に良いだろう、と言わんばかりだ。
「で、何のご用件です? アドバイスは役に立ちました?」
「あんまり。大前提として、私が彼の欲を満たしてあげるのは相当難しいみたい。昨日も身勝手に好き放題されたわ」
「……それはえっちな話ですか?」
「ち・が・う・わ・よ! 健全な話!」
怒鳴る聖に、僅かに残っていた教室の生徒の視線が集中する。芸能人が何を話しているのか、という邪推も多少はあるようだが。
「お礼のチケット、持ってきてあげたんじゃない。ほら、優待券」
机の上に置かれたのは、謎のマスコットが描かれた、短冊状の遊園地のチケットだった。
「別にいらないならいいけど」
「ああん、欲しいです欲しいです、ありがとうございます、えへへ、先輩と一夏の思い出……」
「………………」
「どうしました、『あの冴えない男のどこがいいんだろう……でも口に出したら間違いなく殺されそうだから黙ってよう』みたいな顔をして」
「美里ちゃん、エスパーだったのね、知らなかった」
「辞世の句はそれでいいですか?」
「否定も肯定もしてないんだからやめてよ!」
「言っておきますけど、人は見かけじゃないですよ、中身です、中身」
「……じゃあ聞くけど、どこが好きなの? 先輩の」
尋ねられて、美里は頬を抑えた。ふふ、と笑みがこぼれ。
「優しいとこです」
「浅っ!」
「は? 今なんていいました?」
「い、いや、ごめん、反射的に……もうちょっとなにかあるのかと思ってたわ」
「じゃあどんな理由なら深いんです? 命を救われてればいいですか? 死んだ兄に面影が似てるとか? 小さい頃の約束をずっと覚えてたりすればヘビー級の恋なんですか? どうなんですか現役アイドルさん」
「わかったわかった私が悪かったからぐいぐいこないでよもう……!」
文字通り机から身を乗り出してグイグイ来る美里を抑えながら、聖はため息を吐いた。
「……まあ、厳密には独占欲ですかね」
「独占欲」
「先輩は優しいんですよ、
「まあ、人はいいわよね」
「優しくされて嬉しくなっちゃった私もちょろいんですけどね。でもですよ、付き合う前の先輩にとっては、私に対する優しさと他の人に向ける優しさって、
椅子に座り直し、だらりと力を抜いて、美里は笑った。
「誰に対しても優しいのは構いません、でも、私に向ける好意は、特別であってほしいんです。私に対してだけは、オンリーワンの感情を向けてほしいんです、それが独占欲であり、恋愛感情と言うものではないでしょうか?」
明確にそれを自覚したのは、まさしく、彼が、他の女子にも、自分がしてもらったように手を貸していたところを見たからだが。
その時初めて、胸に炎がくすぶったのだ。恋という名の炎が。
「成る程―……うん、それは凄く、わかりやすいかもしれない」
「参考に?」
「なった、なったわよ、ありがと。要件はそれだけだったんだけど……ただ今にも死にそうなぐらい辛そう顔してたから、気を使ってあげたんじゃない」
「…………」
ぺたぺたと、自分の頬に触れて、、わざとらしく笑顔を作ってみてから、素に戻り。
「……そんな顔、してました?」
「私が心配になって、声をかけるぐらいにはね。酷い隈ができてるけど、鏡見た?」
「……昨晩から、記憶にはないです」
「女子力が足りてない」
くすりと笑う聖。美里も苦笑を返す。
「……ありがとうございます、少しは、楽になりました」
少なくとも、この会話で少しは気が晴れた。全く心が軽くならなかったと言えば、嘘になる。
コミュニケーションを取る事は、いつだって精神の均衡を保つ上で重要なことなのだと、改めて思い知った。
「ならよかったけど……何かあったの?」
その問いに、どう答えたものか。本当のことを話す訳にはいかない。さりとて、何も言わないのもまた不誠実に思う。
「……大事なものが、壊れちゃった……って感じ、でしょうかね」
「……そう」
それ以上、聖は追求してこなかった。そして、止まった会話をそのままに一緒にいるほど、二人は仲が良いわけではない。三十秒ほど、お互い無言の間が出来て、それから聖が立ち上がった。
「それじゃ、今日は早めに寝たほうが良いと思うわ。また何かあったら相談――しにきてもいいのかしら?」
「それはご自由に。ご忠告もどうも。そしてお幸せに――――聖ちゃん」
「ん?」
「聖ちゃんは、自分の大事なものが誰かに壊されたら――どうします?」
聖は、少し考えて、そして一つ頷いた。
「私だったら、多分殺しちゃうわね、絶対に許さない」
美里は、その答えを聞いて――今度こそ心から、小さく少しだけ笑った。
「――私もです」
☆烈風のリカ
寝ずの晩――ではなかった。明日の昼に再度集合、ということになって、ユミコエルは調べ物も兼ねて何処かに行ってしまった。そうなれば、理香子と光も、まさか二人でそのまま敵を探しに行くわけにも行かない。ユミコエルの了承を得られた以上は、彼女の指示に従うべきだ。
シェアハウスに戻ってきて、とりあえず寝た。光の手当をしてから、三時間程度眠った。お陰でもう不快な気分も吹っ飛んで、前向きに考えることができる。
「よっし、完全回復! いつでもいける!」
「私はあなたほど頑丈じゃないんだけど……」
寝起きの理香子が真っ先に行ったのは光を叩き起こすことであり、叩き起こされた光は理香子の顔面に一撃くれてやってから、遅い朝食――もう昼食と呼んでも差し支えないだろう――代わりの食パンを焼いた。
「ふぁふぁひふぉふぁふぁふぃふぉへふぁふぁふへーひはふふふあひほ!」
「飲み込んでから喋りなさいよ」
「ごくんっ!」
目一杯口に詰め込んでいたパンを飲み込んで、理香子は改めて叫んだ。
「私の中の正義が、あいつらを放置することを許さないの!」
「はー、そうねー、ご立派だこと」
その滾る情熱を込めた熱弁も、光のお気には召さなかったらしい、中身のない空返事が返ってきて、理香子はむっと眉をしかめた。
「むむ、じゃあ、光はどうでもいいと思ってるわけ? あいつらを放置してて、心が燃え上がらないわけ?」
「焼け死にたくないもの」
「はーっ! つっまんない女になったわねーっ! 私にいきなり殴りかかってきた根性はどこ行ったのよ」
「あれはアンタが喧嘩売ってきたんでしょ……いい? 私はね、先生には感謝してるの」
コーヒーを一口すすって――よくあんな苦いもの飲めるな、と理香子は常々思っている――光は真剣な表情を作って言った。
「私達に生きる指標をくれた。戦い方も、世間の渡り方も、いろんなことを教えてくれた。魔法少女の力だって、あるに越したことはない。本当に――ありがたい限りよ。だから先生が連中を倒すって言うなら手伝う。どうせアンタは言っても止まらないからフォローしないといけないし」
「うん、止まらない」
「はぁ……けどね、別に積極的に命をかけたい訳じゃないの。むしろ大事にしておきたいわよ。勿論、許せないわよ、義憤の気持ちもある。野放しにしておいちゃ行けないと思う……けど、理香子」
光は目を細めて、理香子を睨んだ。思わずたじろぐ。こういうときの光は間違いのない正論をぶつけてくる。そして正論をぶつけ合ったら理香子に勝ち目はない。勢いで押しきれなかったら百%勝ちを拾えないのが袋辺理香子という少女なのだ。
「あいつらは私達を殺す気で来るわ。はっきり言うけど、私は怖い。殺されるかも知れない、っていうのも勿論だし、
ことん、とティーカップの底が机を叩く。微かに、光の指が震えていた。
「
それが、嘘偽らざる本音であるということは、理香子にも理解できた。
光は強い少女だ、悲痛な過去を持つ子供の多い施設においても、一際辛く、絶望的で、狂いそうなほど痛々しい経験をしているはずなのに、物事に道理を通し、ちゃんと誰かのことを考えて動くことができる。
境遇を誰かのせいにしない。受け止めて、真摯に向き合える、そんな女の子なのだ。
「理香子は怖くないの? 魔法少女だから何してもいいわけじゃない、むしろ魔法少女だから、自分が何をしでかすかをちゃんと考えなきゃ行けない。ねえ、どう考えてるの?」
理香子は何も考えてないだろう、とは決めつけてこない。付き合いも長いのだから、理香子は理香子なりの考えがあるのだと、ちゃんと
それが感じ取れて、面映ゆくなり、理香子は頬をぽりぽり掻いた。
「ぶっちゃけ思うところがないって言ったら嘘になるけどさ」
理香子は自分のマグカップを手に取った。砂糖がたっぷり解けた、温めのミルクが入っている。光が淹れてくれたものだ。
「私は、光や木の実や先生が死ぬほうが嫌だから、殺されそうになったらそりゃ何するかわかんないよ」
「――それが、許されると思ってる?」
「逆に、誰に許しを請えばいいの?」
「……自分自身の良心には?」
「私の中の私はいつだって私を全肯定だけど」
「そうねそう言えばそういう奴だったわ私がバカだったわはいはいはいはい!」
「ヤケになんないでよもー……別にいいよ、光が怖いなら私がやったげる、どうせ役割的にもそうじゃん?」
「私が言ってるのは、そういうことじゃなくて――――」
光が怒鳴ろうとして、理香子はそれより早く言葉を挟んだ。
「だから、私が間違ったことしたらさ、いつもみたいに光が怒ってよ」
「――――――」
「法律が許してくれなくても、先生が許してくれなくても、光と木の実が許してくれたら、私はそれでいいよ。他に何も怖くない。相手が誰でも戦って見せる、勝ってみせる。殺しちゃうかも、なんて思って、足がすくんだりしないよ」
にへ、と理香子は笑った。
「私は私を信じてる。そんで、光と木の実を信じてる。二人に背負わせられないものは私が背負う。だから、私が背負えないものは光達が背負ってよ。それが私達の、いつも通りでしょ?」
絶妙な加減で、甘い味が口に広がる。理香子が作ると、どうしてもただ甘ったるいだけになってしまう。理香子が好きなこの味を作れるのは、光だけだ。
「――馬鹿」
「知ってる」
「……なんも考えてないでしょ、本当は」
「考えるのは光の仕事じゃない」
「……私の仕事、多すぎない?」
「じゃあ、私に考えさせてみる?」
「……酷いことになるから、やめて」
袋辺理香子は、
何があってもそれだけは、絶対に変わらない唯一無二の事実なのだと、胸を張って、言うことができる。
何が相手だろうと、負けるつもりも、退くつもりも、失うつもりも、理香子には無かった。
☆
「ふんふふーん、ふふーん」
「……ご機嫌ね、隆二」
聖が授業を終えて――帰ったのは自分の家ではなく御剣隆二のマンションだった。両親にはしばらくこっちから通うと伝えてあるし、了承も得ている。
マスコミには気を使うべきだろうが……元々、親戚同士だからという事で話題になった二人なのだから、すぐさま問題がどうこう、ということにもなるまい。
「ああ、おかえり」
遅めの昼食を用意していたらしく、キッチンで何やら炒め物を作っているようだった。
「私のカレーは?」
「辛くて食えねえよまだ残ってるよお前が全部食えよ」
「折角作ってあげたのに……」
鞄を放り投げて、テレビをつけると、地方のローカルニュースが映し出された。双葉市の駅前のマンションの一室で、一家皆殺し、一部の死体はバラバラになった状態で発見され――――
「……昨日の連中の、誰かかしら?」
少なくとも自分たちでは覚えのない死体の話だ。昨夜の戦いでも何人か魔法少女が死んだはずだが、聖騎士メア達が仕留めた連中は、結果的に死体を残していない――――死体すら残らなかったと言うべきか。
「全員片付けるさ」
テーブルに肉野菜炒めの乗った皿を置きながら、隆二は言う。
「そういや、夏休みはいつからだっけ?」
「明日が終業式よ。魔法少女活動に専念するのは出来ればそれからがいいんだけど」
「そうも行かないだろ、まだ敵は残ってる」
「……そうね、あのパティシエも逃したままだし」
「あいつがブライダルーンの仲間なのは間違いない。鳩の妨害があったってことは、4989が絡んでる――――ようやく尻尾を見せてくれたな」
そう言う隆二の顔にあるのは、笑みだ。悪を裁き、正義を果たす事に対する歓喜が浮かんでいるのがわかる。
「…………」
忙しい撮影の合間を縫って、『悪』を裁いた時の事を思い出す。
◆ ◆
スターカッターの星の聖剣の能力の一つ、『
いつも通り『スターカッターが裁くべき悪』を探った所、ブライダルーンという魔法少女に行き着いた。
軽く調べた結果、すぐにボロがでた。自らの魔法によって作り出したアクセサリを売りさばき、不当に金銭を得ているのだという。
スターカッターの定義からすれば、到底許されることではない。魔法少女の力は誰かを守る為、邪悪を討ち滅ぼすためのものであり、決して己のために使うべきものではない。
よって「裁き」を与えるのは即座に決定したし、実行に移すのも早かった。
ブライダルーンはその日、自分が作り出した宝石や貴金属類を、裏のルートに流そうとしていた。お手本のような黒服達相手に、スターカッターは容赦なく星の獣を放ち蹂躙した。
「君がブライダルーンだね。魔法で金品を不当に得る、悪の魔法少女」
スターカッターが剣を突きつけた先には、花嫁衣装をより動きやすくデフォルメした様相の魔法少女が居た。彼女は慌てふためき、こう言った。
「お願い、見逃して、もう少し、もう少しでお金が貯まるの……それが終わったら、どんな罰でも受けるから!」
その場で説明された彼女の言い分によると、恋人の病気は治療が難しいらしく、海外でべらぼうな金額を出さないと治すことが出来ないそうだ。魔法の国に協力を求めるだけのコネや伝手もなく、彼女自身も自分の魔法が悪い魔法少女の資金源になっているのは重々承知なので、治療費さえ稼げればもう二度とこんなことはしない、魔法少女も辞めるつもりなのだと。
聖騎士メアには、自身の魔法によってその言葉の全てが
スターカッターがちらりと、聖騎士メアを見た。頷き返すと、ブライダルーンに突きつけられていた星の聖剣を鞘に収める。
「……事情はわかった。君も、大きなものを背負っているらしい」
「ごめんなさい、でも、これだけは……お願い……見逃して……」
ブライダルーンが、潤んだ瞳で、かすれた声で言う。それは哀願であり、懇願であり、悲願なのだろう。
彼女にとって、その恋人こそが、人生の全てなのだ。ありとあらゆる万物を捧げても、どれほど罪にまみれても救いたい相手なのだ。
それを考えれば、ブライダルーンのやり方は平和的とも言える。武器を作っていたわけでも薬を作っていたわけでもない。生まれた金属や宝石も、経由するルートは裏の方にせよ、それで人死にがでるわけではないだろう……回り回って、誰かが経済的な被害を食らうかもしれないが。
「あなたのアニメ、見てたわ。スターカッター、そっちのあなたは、聖騎士メアね。本当に、素敵だった。あなた達みたいに生きられたら、どれだけ良いかって思う――魔法少女として、あれだけ誇らしい生き方は、無いでしょうね……」
「悪いけど、結構脚色入ってるわよ、あれ」
「……そう、なの?」
「大筋は間違ってないけどね、それで?」
「……私は、好きな人を助けたいの、手段が間違ってるのは、分かってる、だけど、これしか方法がない……」
アニメでのスターカッターは、人情に厚く、高潔で誇り高く、弱者の味方で、悪の敵だ。
ブライダルーンは、その正義の味方に、慈悲と救済を乞うている。これがアニメだったら、と聖騎士メアは思わずにはいられない。
自分としては『バレないように頑張ってね』ぐらいのものだ。欲を言うのならば、口止め料として、大きなダイヤの指輪でも作って欲しい、程度の感想しかでてこない。
だが、スターカッターが何をするつもりなのか、何を考えているのか。
聖騎士メアは、知っている。
現実とアニメは違うものだ。脚本には手が入っている――作り物なのだと。
そしてブライダルーンの行動は、そもそも最初からズレている――――何せ、もう全ては、とっくに終わっているのだから。
「――星の聖剣、『
「え?」
ブライダルーンは認識すらできなかっただろう、スターカッターが剣を鞘に収めた時の、その動きが既に星座を一つ作っていた事に。
まして、それは明確にブライダルーンを殺傷するための攻撃動作であることなど、知るよしもない。
華奢な肩から尾てい骨にかけて、バッサリと刃がすり抜けるように走る。出血よりも早く、その斬撃の軌跡が膨れ上がって、内側から熱量を持った、パチンコ玉ぐらいのサイズの無数の光の玉が、内臓や脳髄等を焼き尽くしながら飛び出した。
「だが、悪は悪だ。死んで償え。君は魔法少女にふさわしくない」
下半身を残したのは、メッセージを刻む必要があるから――それともう一つ。
「星の聖剣、
再度剣を引き抜き、ふたご座の軌跡を作る。すると
「君の知っていることを教えてもらおう、悪には悪のつながりというやつがあるだろう?」
『対となるふたご座』は「対象の複製体」を作り出し、その知識や情報を得る剣技だ――――恐ろしいことに、スターカッターはこのように多種多様な「星の聖剣」の力を星座の数だけ、つまり八十八個、使うことができる。
ブライダルーンの『対となるふたご座』から得られた情報はいくつかあったが、スターカッターにとって有益な情報は、彼女が資金を供給していたのは魔法少女『メモリアキッス』であること。そして後輩として育成した魔法少女『
「成る程、次はこの二人か」
「じゃあ、しばらくは双葉市にいるの?」
地元で殺人事件が起こるのは気分が良いものではないから、ぐらいの心つもりで尋ねてみたが、スターカッターの返答は予想通りだった。
「ああ、この街にはまだ汚れた奴がいる」
その断言のし具合に、聖騎士メアは嘆息するしか無い。とは言え、方針に逆らえば聖騎士メアだって『悪』と判じられない保証はないのだ。
「じゃあ、ご自由に。私はどうすれば?」
「君は私の隣に居てくれればいい」
スターカッターは、一点の曇りもない、爽やかな笑顔で言う。
「それだけで、私は勇気づけられるのだからね」
◆ ◆
ブライダルーンが殺されるほどの悪であったかどうか、聖騎士メアが自分に問いかければ、返ってくるのはノーだ。
だが、スターカッターが悪であり、殺すのだというのならば、それを止めることなどしない。
自分にそんな権利はない――スターカッターを止めたければ、七年前、あの時に止めるしか無かったのだから。
それができなかった聖騎士メアは、ただスターカッターの側に居る事しか出来ない。
その正義を肯定し続け、繰り返される断罪を支持し続けなければならない。
「星の光も、まだ十二分にチャージ出来てないから、ちょっときつい戦いになるかもな――でも、俺とお前ならやれるさ、そうだろ? 聖」
愛しい、恋しい、御剣聖の、好きな人。
だから、聖は隆二を肯定する。
「ええ、勿論よ。私は
たとえ、それが間違っていると理解していても。
☆
「っづ……っ!」
自室のコンロの上で燃える炎からおろした、無骨な鉄の固まりは、想像以上に赤々と熱を蓄えていた。これからすることを思えば、汗の噴き出る温度を前になお、背筋が凍らずにいられない。
しかし、事態は一刻を争う。4989は一息吸い込んで、その鉄片を自らの右腕の断面に押し当てた。
「っぃっぎ――ぎゃああぁぁぐあうっ、ぎぃっあっ、ぎゃ、ああああああああっ!?」
肉と骨が同時に焦がされ、嫌な臭いのする煙が上がる。破れた血管も、筋肉も脂肪も皮膚も一緒くたに溶かして混ぜる。程なくして、流血は止まった。代価として背負った痛みは、この世の地獄そのものだった。
「ぐ、うううう、うううううううー……」
しばらく、うずくまって涙を流す以外のことができなかった。それでも、放置しておけば出血多量だ。肘から先が吹き飛んでしまった右腕の処置を早急にするには、これ以外思いつかなかった。
痛みと、悔しさで涙が止まらない。
ブライダルーンを殺した『魔法少女殺し』を、この手で殺さなければならないのに。この体たらくはなんだ。挙句、悪党どもに利用されてこのザマだ。
仮に。仮にあの日、あの夜であったプリマステラという魔法少女が言っていたことが本当で、ブライダルーンが魔法を私腹を肥やすために使っていたとして。
それは
動揺してしまったことが、悔しい。焦ってしまったことが、悲しい。
たとえ何があろうと、どのようなことをしていようと、4989にとってのブライダルーンは、師であり、友であり、姉だった。それを忘れるべきではなかったのだ。
「仇を、うつんだ……ううん、『魔法少女殺し』もメモリアキッスもローレリアも……全員、私が殺してやる……」
4989は、まだ痛みで震える身体を無理やり動かして、頭にのっていたシルクハットを床にころがした。
中から、ポッポー、と鳴き声がして、真っ白な数羽の鳩が飛び出してくる。
4989と感覚を同期し、自由に操り命じることのできる、魔法の産物だ。
「行って……」
激痛でまともに動かない手で、それでも文字を綴って、鳩の足に結びつけ、解き放つ。
4989の指示通り、それぞれ、魔法少女たちの元に向かうだろう。
昨晩、起こった出来事を鑑みれば――4989が考えている以上に、多くの魔法少女たちがこの戦いに関わっていた、ということだ。
プリマステラ、アイムマイム、他にも何人も。
右腕がもう使えないこの状況だ。一人でも多く、仲間と情報がほしい。
「お願い、先輩、私に、力を貸して……」
無念を晴らさねばならない。
「『魔法少女殺し』……絶対、私が……」
決意とは裏腹に、痛みと、失った血液と、疲労に蝕まれた心は、少しの間、4989の意識を現実から切り離した。
☆メモリアキッス
イフレインが帰ってこない。帰ってこないということは、死んだのだろう。
あの娘の魔法は強力だが無敵ではない。例えば視覚で認識できる間は可視光や熱を透過していないわけで、ビームやレーザーといった攻撃はよく通る。
「だとしたら、ねえ?」
「ご不満そうですねぇ、キッスぅ」
腕の中で甘えるように身体をすり寄せてくる人魚ローレリアの頬をなでながら、メモリアキッスはため息をつく。
「イフレインにしか出来ないことは、たぁーっくさんあったのにぃ……何より、もうあの子を『味わえない』のが残念だわぁ! もっともっと、奥底まで、見たかったわぁ……」
「むうぅー、キッスにはぁー、私がいますよぉ?」
「しゃぶしゃぶとすき焼きみたいなものなの、どっちも好きなの! 愛情に代替なんてないんだから」
「むーうぅ~」
「ほらほら、むくれないの。……とは言え、この街ってば『魔法少女殺し』以外にも沢山魔法少女がいるのねえ。特にあの娘達は面倒くさそうだわあ」
昨夜遭遇した魔法少女――『リカ』と呼ばれていた少女と、その上役――を思い出して、メモリアキッスは歯噛みする。
「なかなか手強そうだったけど、手駒は二つも減っちゃって。ローレリア、貴女にはたーっくさんがんばってもらわないと行けないわねぇ」
「そりゃあもう、たーくさんがんばりますよぅ」
人魚ローレリアは、とろけきった瞳で。潤んだ瞳で。何も映していない瞳で、言う。
「私はぁこんなにぃ不幸なのにぃ――――他の奴らが不幸じゃないなんて不公平ですからぁ!」
呻くように、鳴くように叫ぶローレリアの口を、唐突に塞ぐ。ムグ、と呼吸がこぼれたが、すぐに慣れたように無抵抗になった。
メモリアキッスの魔法が発動して、ローレリアの記憶が流れ込んでくる。
虐待されていた日々。何度も殴られ、蹴られ、食事を抜かれ、水も与えられず。自分より可愛がられていた妹。お風呂に沈めた。胸がせいせいした。親にバレた。殺されかけた。同じようにお風呂に沈めかけられた。『こんにちはぽん! あなたは魔法少女に選ばれましたぽん!』。殺し返した。だって殺されかけたから。味方。溺れて。ばらばらに。砕け散って。ぐちゃぐちゃ。まぜこぜ。ばぁん。信用してたのに。助け合うって。怖いから? 誰が? 皆嫌い。皆私をいじめる。殺し合い。勝った。自由。犯罪者。記憶。無い。殺した。親も。だっていじめる。にくい。殺す。『だったら、いじめ返してやりましょうよ?』 一人だけ全部知っている。私の怒りを知っている。共有してくれている。好き。私の理解者。なんでもする。悔しい。イフレイン。友達だったかも。
混ざりあった感情が一瞬で脳を埋め尽くし――感じるのはこの上ない恍惚だった。
「んふふふふふふ――ローレリア、私、やっぱり駄目みたい」
「ふぁ……?」
唇を離して、滾る情熱を抑えきれぬように体を抱きしめ、吼える。
「愛おしいの、愛おしいの愛おしいの愛おしいの! あなたも、魔法少女たちも! ああ、味わいたい味わいたい! あの子達の記憶、どんな味がするの? 知りたいわ知りたいわ知りたいわ……ああああああっ! ねえローレリア、沢山殺しましょうね! 沢山ぶち殺して、あの子達を呼び寄せて、そしてぇー……うふふふふ」
『魔法少女殺し』を殺す。そして、他の魔法少女たちも逃がさない。全員手に入れて、貪りに貪り尽くす。
「ブライダルーン……ふふふ、可哀想な子、でも、仇はちゃあんと取るからぁ」
メモリアキッスは、ベッドの脇に投げ出されていた、開かれたページを横目で見た。自分で丸く囲んだ印を、その意味を改めて確認して、抑えきれぬ感情を、それでもなんとか飲み込んだ。
それは双葉市の駅前のおすすめスポット特集、地方のローカル誌だ。市内で唯一、昼夜問わず人が多く行き交う場所、駅前の繁華街。
メモリアキッスたちの方針は、最初から変化はない。
『魔法少女殺し』を呼び出すために、魔法少女にふさわしくないことをしよう。
例えば――――一般人の虐殺なんて、最もやってはいけない行為ではないか。