魔法少女育成計画 -Fratricide SideⅡ-   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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*** 第九章 「戸惑う理由が愛ならば」 ***

☆ピスタール

 

「――先生?」

 

 ふいに、ユミコエルの声が頭を過ぎった。

 何かあったのかも、と一瞬思うものの、まさかユミコエルに限って、という自分の中の声がそれをかき消した。

 人魚ローレリアは郊外にむかった。ピスタールも追いかけたかったが――

 

「くうっ、こいつら――っ!」

 

 人々を襲う水人形を、どうしても放置できなかった。被害が広がれば広がるほど、体積と力が増している。川や水道といった、大きな水源にはなぜか近寄らず、ひたすら生命体を攻撃することに執着しているようだが――

 片っ端から、ぶん殴って、蹴り飛ばして、人を逃して、それでも、何十人もの死体を見る羽目になった。

 

「何で、何でこんなこと、何で――――っ!」

 

 人の命は重いから。

 どんな奴でさえ、重すぎるから。

 だから、魔法少女になったのではなかったか。ちっぽけなこの手で、汚れたこの手で、それでも、家族を、守りたいと思うものを守るために、ピスタールはあの日、ユミコエルの与えた選択肢にイエスと答えたのだ。

 

 なのに――――!

 

「やだ。いや、いやっ!」

「やめろぉおおおおおっ!」

 

 また一体、逃げる、小学校低学年ぐらいの少女に覆いかぶさる水人形を始末する。

 

「大丈夫っすか!」

「ひっ、た、助け、助けて……」

「大丈夫っす、もう大丈夫っす! あっちに逃げるっす! 向こうは安全っす!」

 

自分が水人形を蹴散らしてき方角を指差すと、少女はブンブンと首を振って。

 

「お、お姉ちゃん、が、あっち、私、逃して……」

「!」

「お願、助けて、やだ、私、こんなの、やだ……」

 

 その懇願に、ピスタールは応じた。フードをめくって、前髪を書き上げて、大きな瞳を、少女に向けた。

 

「大丈夫っす、助けるっす。だから、先に安全な所に逃げるっすよ。お名前、教えてくれっるっすか?」

「ゆ、ゆかり………お、お姉ちゃん、だ、誰、なの?」

 

 この問いに答えるのは、魔法の国のルール違反だろうか。

 一瞬だけ頭を過ぎったが、そんなもの、知ったことではない。

 

「ピスタール」

 

 勇気づけるように、にっかりと笑って、言った。

 

「ピスタール、誰にも負けない、無敵の魔法少女っす!」

 

            ◆      ◆

 

 殆ど真横に跳ぶようにして走る。ピスタールの魔法少女としてのスペックは、とにかく素早く小刻みに動ける小動物、と烈風のリカに揶揄されるほどに、速度に特化している。

 

「ゆかりちゃんのお姉さーんっ! どこっすかーっ!」

 

 叫びながら、飛び跳ね、壁を蹴り、高いところへ登る。

 

「はーい、こっちよぉー」

「!」

 

 正直な所、期待はしていなかった。ゆかりを逃してきた時点で、もう、そのお姉さんに関しては半ば諦めていた所があったので、反応があった事自体に驚いて、急ぎそちらへと向かう。

 

「大丈夫っすか! 助けに――――」

「うふふ、いらっしゃぁい」

 

 聞いていた特徴と合致する、少女の姉が、たしかにそこに居た。

 ただし、褐色肌をバニースーツで包んだ、扇状的な格好の女に抱かれ、ぐったりとしている、という状況でだが。

 

「――お前、メモリアキッスっすね」

 

 魔法の端末でやり取りした、プリマステラ達からもらった情報と、その外見はぴったり一致した。隠すつもりもないのか、肯定で返ってくる。

 

「ええ、あなたがローレリアの言ってた、魔法の効かない魔法少女?」

 

 抱きしめた少女の唇に、ちろちろと舌を這わせながら、メモリアキッスは不敵に笑った。

 

「その娘を離せ」

「そんな怖い顔しないでよぉ。やだやだ、あたし、駄目なの、こういうの」

 

 にやにやと笑いながら唇と唇がさらに触れ合う。そのおぞましい光景に、ピスタールは攻撃を選んだ。メモリアキッスに向かって、全速力で突進する。

 

「ああんっ、まだ途中だったのに!」

 

流石にそれを直撃させるわけにも行かず、メモリアキッスは渋々少女を放り投げた。抱きしめるように受け止めて、その体を横たえてやる、呼吸はまだあるし、外傷も、見た限りでは見当たらない。

 

「何してたんすか、お前――っ!」

「あら、別に酷いことじゃないわよぉ? ちょっと記憶を見せてもらってた、ダ・ケ」

「記憶……?」

 

 眉をひそめたピスタールに、メモリアキッスは微笑んだ。

「私の魔法は口づけした相手の記憶を読み取る事……『水難災害(ローレリアハザード)』に襲われた子たちは、皆、新鮮な恐怖の記憶を持ってるもの。もう美味しくて美味しくて」

「……じゃあ、これはやっぱりお前たちの仕業、なんすか」

「クライアントの意向なのよぉ、とにかく大騒ぎしろ、ってね? まあ、あたしも意趣返しができるから、それはそれでって感じよねぇ」

 

 ケラケラと笑う、メモリアキッス。

 笑っている。どうして笑っていられるんだ。こんなに沢山人が死んで、こんなに沢山傷ついて。それを喜んでいる。楽しんでいる。

 

「……ふざけんな」

「ん?」

「ふざけんじゃ、ねえええええええええっ!」

 

 交わす言葉など、もう何一つない。目の前のメモリアキッスは、明確な敵だ。

 もとより、ピスタール……木下木の実は『キレ』たら何をするかわからない少女だった。勢い余って、人を階段から突き落とす程度には。

 それが、明確な敵意と殺意を掛け合わて、爆発した。

 

「あら、嫌、ねっ!」

 

 飛び退くメモリアキッスは、ぱちん、と指を鳴らす。入れ替わりに、その背後から、ぼごぉ、っと、大きな何かが盛り上がった。

 

「っ!」

 

 六メートル以上の高さまで膨らんだそれは、どす黒いヘドロの塊に見えたが、すぐに違うと気づいた。生臭い、淀んだそのボディは、全部濁った、血の色だ。

 

「『水難災害(ローレリアハザード)』はコントロールがきかないけれど、このあたしがそばにいれば別よ?」

 

 目を凝らせばわかる、中に何人もいる(、、、、、)。ぐちゃぐちゃに潰されたり、貫かれたり、切り取られたりした死体が、いくつも。

 どういった理由かは分からないが、あの水人形は、メモリアキッスの魔法によって自由自在に動いているらしい。

 悪寒が走る、まずい、と感じた。

 メモリアキッスと、水人形――人魚ローレリアの魔法によって生み出された化物。

 一対一ではなくなった(、、、、、、、、、、)

 

「うふふ、行くわよぉー」

 

 同時に襲い掛かってくる。

 一対一でなければ、ピスタールは魔法の使えない魔法少女だ。

 それでも、退く訳にはいかない。

 

 

☆プリマステラ

 

 空を飛ぶ人魚ローレリアに追いすがる、などという真似は、烈風のリカぐらいにしか出来ないだろう。烈風のリカの魔法は、彼女が『一つ』と認識した物体をそのまま前方に向けて(あるいはある程度任意の方向に)複製する。そして今烈風のリカがやっているのは、ただの馬鹿の無茶だった。

 

「あああああああああああああああああああああああああああ!」

「きゃああああああああああああああああああああ!」

 

 プリマステラも、リカにしがみついて、悲鳴を上げるしか出来ない……二人は上空に居た。正確に言うと、ぶっ飛んでいた。

 方法は単純で、リカは飛びたい方向と逆方向に空気の塊を複製し続けること(、、、、、、、、、、、、、)で、自分を強引に空中に押し出しているのだ、ところてんと一緒である。

 

 ただし、当然のごとく制御など出来ないし、自由落下が始まる前に真下に向けて空気の複製を……それも軽いとは言え、少女二人をぶち上げるほどの勢いで行わなくてはならないのだから、傍から見たら今のリカの動きは制御を失ったペットボトルロケットの様な物だ。

 

 それでも射程圏内に入らない位置で、人魚ローレリアを雑に追跡できている。一瞬目があった彼女の表情は、とんでもない化け物を見る目だった。

 

「あ、あいつ降りたああああああああ!」

「えええええじゃあ着地しませんとってえええええどうやっておりますのおおおおお」

「きーーーーーあーーーーいーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 重力と慣性に従って、落下を始めるリカとプリマステラ、目がぐるぐる回って、そもそも何を見ているのかわかららない、どこが地面なのか、どの方向に落下しているのかもわからないのだ。

 

「さーん、にー、いーち! エアバッグっ!」

 

 最も、リカには、そんなプリマステラにはわからない周囲の状況が理解できていたらしい、地面にぶつかる直前で、空気を複製し、風圧でぶわっと身体が浮いて、それから落下し、二人でゴロゴロ転がった。

 

「よーし、着地完了!」

「あなたがいい考えがあるっていうから乗った私が間違いでしたわ……!」

 

 廃ビル群に囲まれ、埃まみれになった二人の前に、人魚ローレリアはちゃぷちゃぷと、大きな水の玉に揺られながら相対した。地面から三メートル程度の位置に浮いている。

 

「あ、あれすげえ面白そう……」

「リカ、真面目に」

「へいへい、アンタがローレリアね、そんじゃぶっ倒すけどオッケー?」

「……あはは、生意気ですねえ、最近の魔法少女ってえ」

 

 ローレリアが、空中を水玉とともに漂いながら、近寄ってくる。それと同じ分だけ、プリマステラとリカが、後ろに下がる。

 

「私の魔法の事は、ご存知でしたかぁ。だったらあ、到底勝てっこなくてぇ、絶対に抗うなんて無理でぇ、あなた達は惨めに爆散して死ぬしか無いっていうのもぉ、わかってますぅ?」

「は? 普通に勝てるし余裕で抗うし惨めに死ぬのはアンタで爆散するのもアンタじゃん?」

「わざわざ煽ってどうするんですの……!」

 

 それでもリカのドヤ顔は崩れない、きっと恐怖を感じるネジとか、そういう大事なものが百本ぐらい抜けているのだ。それを少しでも頼もしいと感じた自分も、少し嫌になる。

 

「言っとくけど、あんたここに逃げ込んだ時点で敗北確定だから。この烈風のリカが、引導を渡してあげる!」

 

 リカが両手をぱちんと合わせて、眼前のローレリアに向かって叩きつけた。

 

「!」

 

 人魚の身体を覆っていた水玉が、暴風によって散ってゆく。リカが眼前の空間にある『空気』を、桁違いの規模で複製させたのだ。

 

「ぐ、このっ!」

 

 多少の余裕が、完全に吹き飛んだ。水どころではなく、自身まで吹き飛びそうになるローレリアを尻目に、リカは単身、背を翻した。

 

「はは、鬼さんこーちらぁーっ!」

「もう! だから煽らないでくださいまし!」

 

 

☆人魚ローレリア

 

 ローレリアが水をかき集め、態勢を整えた頃には、リカも、プリマステラも、逃げている途中だ。

 

「この、ガキ……っ!」

 

 人魚ローレリアの目に怒りが滲み、己をコケにしたメイド服の魔法少女、烈風のリカに襲いかかろうとした。三メートル以内に近づけば、人魚ローレリアの勝ちなのだ――全身をめぐる血液を凝固させてもいい、ぶちまけてもいい、ただ、生きている事を後悔するぐらいの苦痛を与えてやる、そう思ったのに、その姿が見えないことに気がついた。

 

 厳密に言うなら、リカが見えないのではなく、他のものに目を奪われている。

 

「つれないじゃありませんの、私を前によそ見など」

 

 前方五メートル、もうひとりの魔法少女から、目が離せない、釘付けだ。他のことを考えようとしても、まずその存在が気になって、思考がまとまらない。

 

「あえて解説して差し上げますわ。私の魔法は誰よりも目立つ事、さながら空に光る一番星(プリマステラ)のように。ええ、そんなにしっかり注目してくれるのは、とても嬉しいんですけれども」

 

 にや、とプリマステラが笑った。

 

「よそ見していて、いいんですの?」

 

 次の瞬間、ローレリアのこめかみを、鋭い蹴りがぶち抜いた。

 

 

 

☆プリマステラ

 

 リカが横合いから跳躍して、無造作に人魚ローレリアの顔面を蹴り飛ばした。本人としてはそれでぶち殺してやる、ぐらいのつもりだったのだろうが、思いの外頑丈だったようで、それで決着とは行かなかった。

 

「が、ああああああああああ!?」

 

 ローレリアの魔法の射程範囲は三メートル、ただ、それは何も『射程内にはいったら自動的に殺す』というわけではない。知覚して、意識して、トリガーを引かねばならない。

 

 だから、誰よりも何よりも目立つプリマステラが、その存在を意識させる限り、人魚ローレリアは烈風のリカを知覚できない(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

「さあ、追いかけっこと行こうじゃありませんの。私を殺さない限り、あなたはリカから身を守るすべはありませんわ」

 

 頭を抑えながら、安易に攻撃できない中空に浮かぶローレリア、眼下のプリマステラを、悪鬼の形相で睨みつけた。

 

「だったら――今すぐぶち殺してやるわ!」

 

(それでいいんですのよ――来なさいな!)

 プリマステラは即座に、近くのビルへと逃げ込んだ。

 

 

 

☆烈風のリカ

 

 一度意識してしまえば、視界から消え失せても、プリマステラの存在は、なお焼き付いて離れない。周りのものが見えなくなる、リカが考えても空恐ろしい魔法だ。

(けど――――)

 それ故に全ての攻撃はプリマステラに集中する、そのリスクは冒せない。次でけりをつけなければならない。

 だが、人魚ローレリアは、高笑いしながら、手をかざし、叫んだ。

 

「あはははははは! 『水難災害(ローレリアハザード)』ぉ!」

 

 直後、周囲の背の低いビル群の天辺、放置された貯水槽の水が、一斉にはじけ飛んだ。何千リットルもの巨大な水の塊が、一塊になって、大きな『何か』を形成し始める。

 

「んなっ!」

 

 リカもプリマステラも知るよしもない。人魚ローレリアは、別に理由なくここまで逃げてきたわけではない。いざという時、使える武器(みず)が大量に放棄されている場所だから、わざわざ来たのだということを。

そして、この水人形を、ローレリアは制御しない。制御しないのだから、知覚する必要もない。勝手に動いて、勝手に殺す。

 

 ローレリアが、街中で使った『水難災害』は、あくまで惨事を作り出す為の物で、被害を拡大させるために、ちんたらと小さな人形を作っていた。

市街地で暴れていたそれとは、根本から違う。

 

「何、こ――――」

 

 何千リットルもの質量の塊は、人魚ローレリアの手を離れ、身勝手に、無差別に暴れだす。魔法そのものが解除されるまで、誰にもとめる事はできない。

 リカは両手を合わせて、地面に合わせようとした。だが、その直後、莫大な質量と水流に飲み込まれた。

 

☆人魚ローレリア

 

(広い場所で戦うのは、危険だと判断して――――中に逃げ込んだのは、失敗ですよねえ!)

 

 プリマステラから意識をそらせないということは、プリマステラに関する事であれば、思考も知覚も正常に働く――どころか、より、その精度が増していく感覚がある。

 

 狭いビル内部ならば、烈風のリカの不意打ちも警戒しやすい。何より、攻撃される瞬間は知覚できなくとも、された瞬間は相手を認識できる(、、、、、、、、、、、、、、)。烈風のリカが調子に乗って、後一回攻撃してきたら、その時点で確殺できる自信が、人魚ローレリアにはあった。

 

 プリマステラはローレリアと距離を保ちながら、ビルの上へ上へと登っていく。中空を泳ぎながら、それを追う。

 

「あはははははははははは!」

 

 水玉から数滴の水を取り出すと、弾丸のように撃ち放つ。プリマステラの肩に当たると、ぱんっ、と音がして、つんのめった。

 

「ぐっ!?」

「物理攻撃の手段がないわけじゃあ、ないですよぉ? そらそらぁっ!」

 

 人魚ローレリアの魔法のコントロールは、徹底的に研ぎ澄まされている。森の音楽家クラムベリーに、次に出会った時に、二度と怯えぬように研ぎ澄ましている。

 水人形が三メートルの外にでても、制御を離れただけで魔法の影響下にあり続けるように、精密にコントロールしないのであれば、人体の中の血液はともかく、自分がまとっている水を打ち出すなど造作もない。

 

 足を狙う。肩を狙う。首を狙う。そのたびにプリマステラは避けるか、受けるかの選択を求められ、身体から血を流して行く。なまじ魔法の影響で、プリマステラの次の動きを予測するのは、容易かった。

 

「あぐっ!」

 

 二階と三階の中間、踊り場までかけあがった所で、水の弾丸がプリマステラの膝を撃ち抜いた。転び、倒れ、それでも、割れた窓際まで這いずっていくプリマステラを、人魚ローレリアは捕捉した。

 

決して距離を詰めてはならず、逃げ続けなければならないプリマステラは、建物の中に入るべきではなかった。上へ昇れば、どちらにしたっていずれ行き止まりになるのだから。

 もし何らかの策があったとしても、もうこの段階までくれば、先にプリマステラを殺せる。

 

「残念でしたねえ、お友達、来ませんねえ」

 

 呼吸を荒くするプリマステラに近寄る。階段を昇る。あと四メートル。

 

「今頃はあ、外でグッチャグチャになってるかも、ですねぇー。舐めてましたよねえ、私のことを――私のことを!」

 

 三メートル、魔法が発動する、一息には殺さない、プリマステラの出血部位の血液が、棘のように硬化して、傷口ごと肉を突き刺して、えぐった。

 

「き――――あっ!」

「まだまだぁ、簡単には行きませんよぉ? あっちの子のぶんまでぇ、あなたで気晴らしさせてもらいますからぁ!」

「――あっちの子、ですか」

 

 プリマステラは、この状況下でも、小さく笑った。

 

「あの子は、リカは……馬鹿で、単純で、直球で、どうしようもないほど愚直で、ほんっとうに手間のかかる子ですけれど」

 

 その顔は、笑っていた。圧倒的に優位に立っているはずの、人魚ローレリアに対して、余裕の笑みを浮かべていた。

 不愉快が勝り、もういい、と思った。全身を破裂させて、それを水死体《どざえもん》になった烈風のリカの横に並べてやる。

 

「――――あなたごときでは、推し量れませんのよ」

 

 それより早く、プリマステラが動いた。全身をバネのように使って、飛び上がり、窓の外へと身を投げた(、、、、、、、、、、)

 

「は――――――?」

 

 自殺か? これから無残に殺されるなら、自分で死のう、ということだろうか?

 そう思った矢先、背後から壁が迫って来た(、、、、、、、、、、、)

 

「え」

 

 プリマステラに目を奪われていた人魚ローレリアには、それを正確に認識することは難しかった。

 ただ、純粋な事実だけを見るならば、迫ってきた壁と、眼前の階段。両者の質量に押し潰された。あらゆるモノを身体からぶちまけて、そのまま死んだ。

 

 

☆烈風のリカ

 

 水流に飲み込まれた烈風のリカは、即座に次の行動に移った。

 両手を叩いて、何かに触れる前に捕らわれたので――それをそのまま、自分を飲み込んだ水に対して叩きつけた。

 

 莫大な水の質量が、単純に膨れ上がって、より暴れまわる、巨大水人形からしてみれば、自分の中から、同等の質量がそのまま飛び出してきたのだ、堪ったものではない。その水の中でもみくちゃにされて、全身がぐるぐるとかき混ぜられながらも、烈風のリカはしっかりと自分の位置と方向を把握していた。

 

 空中で、ペットボトルロケットみたいに踊るのと、大して差はない。呼吸が出来ないぐらいのものだ。

 作戦は予定通りに進んでいる。だから、後は実行するだけでいい。烈風のリカは、プリマステラを信じている。だから、躊躇は一切しなかった。

 

 膨れ上がった水流は、二人が逃げ込んだビルに向かっていた。烈風のリカはなんとか両手を合わせて、その勢いのまま、ビルの外壁に叩きつけられる。

 接触した瞬間、容赦なく両腕がへし折れた。そのまま全身も叩きつけられて、体中の骨が粉々になった。それでも触れた。だから勝ちだ(、、、、、、)

 リカが触れたその一瞬で、ビルがまるまる一つ複製された(、、、、、、、、、、、、、、)

 烈風のリカの魔法によって増えるものは、前方に押し出されるようにして増殖する。

 複製されるモノは、ところてんの様に押し出される。

 

 リカが一つのモノとして認識している限り、複製は完全に行われる。複製後に、地盤や角度の影響で倒壊するだろうが、少なくとも複製されている最中は、内部構造までまるまるコピーする。

 

 ただし、生命は複製できない。中にある生き物だけは、魔法の影響を受けない。

 人魚ローレリアは最後まで気づかなかっただろう。自分が『増殖したビルの壁』と『元々あったビルの階段』に挟まれて、数百トン、数千トンの超質量にすり潰されたなどと。

 自分を包んでいた水も含めて、人魚ローレリアの魔法が消失し、重力に従って落下していく。

 

 空中に放り出されても、身動き一つ取れないし、痛いし、どこにも力が入らないし。

 どうやって着地しようかなあ……。

 そんなことを考えながら、烈風のリカの意識は闇に飲み込まれた。

 

 

☆メモリアキッス

 

 いい眺めだった。両手足を汚水人形(ブラックヘドロ)に飲み込まれ、身動きの取れないピスタールの記憶を、メモリアキッスは存分に味わった。

 

「うふふ、あはははは! そう、そうなの! 殺しちゃったんだ、あははは!」

 

 本当は唇同士が一番いいのだが、流石に舌を噛み切られてもたまらないので、頬や臍といった部位を、優しく口づけしながら、その記憶をじっくりと貪っていた。

 

「ぐ、うううう……」

「劣等感、抱えてるのねえ、自分ひとりだけ、違っちゃってるって! あははは! 素敵、素敵だわあなた! 最高! 私、そういうの大好きよぉ!」

 

 戦って、蹴りの一発で吹き飛んだピスタールを見て、メモリアキッスは拍子抜けしたものだ、何故ローレリアが勝てなかったのか、その魔法を警戒していたが、その謎も記憶を読み取ることであっさり解けた。

 

「いいじゃない、殺したことなんて、割り切ってぇ、素敵にはしゃいじゃえばいいのよぉ! あなたの大事な家族だってぇ、許してくれるわよぉ、あはははっ! あーっはっはっは!」

「……うな」

「んん?」

「知ったようなこと、いうな……お前に、理香子と、光の事、言われたく、ない……」

「うふふ、そうそう、理香子ちゃんと光ちゃんね、その二人は、どんな記憶を持ってるのかしらねえ……ああ、ああ、味わいたい、味わいたいわ」

「二人に、手は、ださせな……」

「んふ」

 

 コスチュームを破いて、露出させていた腹に、メモリアキッスは貫手をぶち込んだ。

 

「ぎゃ、ふっ!」

「ああ、その顔もかわいい……、あなたねえ、楽になっちゃいなさいよ」

 

 その痛みの後すら、愛おしそうに、メモリアキッスは撫で回す。

 

「罪の意識なんて背負うものじゃないわよ、んふふ、そうだ、素敵なことをしてあげましょうか」

「何、を……」

 

 顔を近づけてきたメモリアキッスに、ピスタールは身を捩る。それでも、束縛された手足は一切動かない。

 

「私の魔法はね、読み取った記憶を、キスを通じて相手に与えることもできるの。その汚水人形もそうよ。本当は暴走してるのを、私の魔法で誤魔化してあげてるわけだけど」

 

 くい、とその顎を指で持ち上げて、ちろり、と唇を舐めてやる。

 

「あなたに……世界一歪んだ女の子の記憶を、わけてあげるわ。あんまりに酷すぎて、もしかしたらあなたがあなたじゃなくなっちゃう(、、、、、、、、、、、、、、、、)かもしれないケド」

「っ!」

 

「私の経験だとね、三人分ぐらいの記憶を叩き込まれると、混ざり合って溶け合って、誰が誰(、、、)だかわからなくなっちゃうのよねぇ、でも、これは特濃よぉ、なにせ一人で三人分の人生を積み重ねてきた、歪みそのものだもの」

「やめ、ろ……」

「やめてあげない! これを叩き込まれて、自分が塗りつぶされていくあなたの記憶を! リアルタイムで味わうの、それって素敵だと思わない? 無敵だと思わない? 最高に最上で特別で感動的だと思わない? あああああっ! あなたがあなたじゃなくなった姿を、理香子ちゃんと光ちゃんに見せてあげる! きっと二人も絶望するわ! その記憶も、ほしい!」

 

 怒りがこみ上げる。まだそんなことを言うのか。

 ピスタールの、木の実の家族に手を出そうというのか。

 

「駄目駄目駄目、我慢できそうにないわ、それじゃあ、召し上がれ」

 

 息を荒げながら、メモリアキッスの舌が、ピスタールの唇を割り込んできた。

 

「ん、んんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!」

 

 身悶えするピスタール、おぞましい何かが、心を蝕んでいく。誰もそれを救えない。メモリアキッスは、唇の感触を味わいながら、さらに、さらに奥へと流し込んでいく。

 

 

 不意に、ばしゃり、と汚水人形が、ただの水たまりへと変貌した。

 

 

「――――?」

 

 その意味を、この場で一瞬で理解できたのは、ピスタールだけだった。

 朦朧とする意識が明確に覚醒し、自由になった両手で、メモリアキッスの頭を、鷲掴みにする。

 

「痛――――な、離し、何、この力――!」

 

 人魚ローレリアの魔法で動き、メモリアキッスによって制御されていた汚水人形がこうなったということは、烈風のリカとプリマステラが人魚ローレリアを仕留めたことにほかならない。

 二対一だったから、抵抗できなかった。

 一人減ったら、一対一だ。一対一なら――ピスタールは、どんなものにだって、負けない。

 

「……そんなもん、いらねーっす」

「や、やめ」

 

 明確に、自分の意志で、今度こそ、間違いではなく殺すつもりで。

ごきっ、と、躊躇なく頚椎を叩き折った。

 バニースーツの魔法少女は、どこにでも居るただの女になった。

 

「……私は私だけよ、この変態女」

 

 

 

☆スターカッター

 

 襲い来る無数の鳩は、どうもこちらを仕留めるつもりはないらしい、と気づいたのは、その数を半分ほど減らしてからだった。彼らは、どこかに自分を誘導しようとしている。少し考えて、乗ってやることにした。スターカッターを決して逃さぬようにしながら、鳩が招いたのは、メルヘンの世界(、、、、、、、)だった。

 

 甘い匂いがそこら中に立ち込めている。場所が場所なら心が踊り、この香りの元を咀嚼し飲み込む事に喜びを覚えられただろう。

 生クリーム、バター、チョコレート、フルーツ、ココア、それにラム酒のような何かまで、ありとあらゆる甘さが周囲の空間に充満している。

 

 かつて獅子神破沙羅が暴走し、スターカッターが打倒したそこには、今、無数のウェディングケーキが乱立(、、)していた。高さは低いものでも四メートル、大きなものなら十メートル以上。柱の様に太いスポンジの円柱には豪奢な生クリームの化粧が施されていた。

 

「ようこそ、いらっしゃいました」

 

 どこからか、声が聞こえる。このケーキの森の何処かに居るであろう――昨日対峙した、悪の声。

 

「至極のスイーツビュッフェへようこそ、残念ながら、食べ残しは不可。――死ぬまでお楽しみ下さい、お客様」

 

 シュガースポットがこれらの仕込みをしたということは、この状況自体が一つの罠であり、またこれらのスイーツ全てが、恐らくシュガースポットの武器なのだろう。視界を塞ぎ、どこかに隠れているに違いない。だが。

 

「正義が屈する理由にはならない、受けて立とう、シュガースポット」

 

 星座の形に剣を振るう。生まれるのは光で出来た羅針盤だ。スターカッターの周囲を滞空し、望むものの場所を指し示す。いわんや、特定個人を指定することなど容易い。方向だけで距離がわからないのが難点だが。

 

「……っと」

 

 針の動きが激しい。ちょろちょろとケーキの塔の隙間を縫うようにして動いている。だが、無駄なあがきだ。スターカッターの出力全力ならば、柔らかいケーキなど消し飛ばすことは造作もない。

 

「全部蒸発させてやろう――」

 

 そう告げて、剣を構えた瞬間、背後から気配がした。反射的に、星座を作ろうとしていたそれを振り抜いて、斬り裂く。パリンと小気味よい音がして、真っ白な何かが宙に散った。

 

「これは……皿?」

 

 同時に、四方八方から、回転する皿がスターカッター向けて殺到した。

 

 

 

☆シュガースポット

 

 ウェディングケーキの塔を壁にして、素早く動きながらシュガースポットが投げているのは、コスチュームからいくらでも補充される、スイーツを乗せるための陶器のお皿だ。真っ白で円形のそれは、投げ方を工夫すればフリスビーのように曲がってゆく。魔法少女の腕力だ、ぶつかればただでは済まない。

 

 そしてシュガースポットはこのお皿の投げ方を熟知している。どう力を入れれば曲がり、どこにあたればダメージになるのか理解している。

 

 指と指の間に三枚挟んで、勢いよく回転を加えながら投擲し、すぐさま移動して位置を変える。相手からすれば間断なく無数の凶器が襲いかかってくるのと変わらない。

 

「とはいえこの程度で倒せる相手でも……」

 

 カッ、と強く何かが光り、熱量の帯と呼ぶ以外に形容できない光線が、シュガースポットが数秒前にいた場所を貫いた。射線上にあったケーキの塔は、無残に穴を開けられて、溶けて崩れ、二秒後に燃えて散ってこの世から消えた。

 

「ないですよね……」

 

 こちらの位置を、スターカッターは大まかに察知していることを、シュガースポットは理解していた。距離を取るよりも射線上に如何にとどまらないか、だ。

 直接対峙したら間違いなくやられる。以前と違い、聖剣と泡立て器では鍔迫り合いにもならないだろう。

 

 加えて、一瞬でも手を止める事はできない。スターカッターの剣技は『星座を剣でかたどる』事で発動する。複雑であればあるほど、その火力は増していくのだから――皿を的確に投げ続けて、防御に専念させねばならない。決して、この場全てを蹂躙できる大技を使わせてはならない。

 

(頼みますよ、4989さん……!)

 

 片手に、光るキャラマスコットのストラップを持って、シュガースポットの眼前を、ぱたぱたと舞う鳩を見つめた。

 

 

☆4989

 

 とにかく忙しかった。一度に操っていた鳩の数は、軽く万を越えた気がする、だが、それも、今この瞬間の時のためだ。すべてのタスクを終えた今、4989はこの戦いに集中することができる。

 

 スターカッターとシュガースポットの戦いを、4989は見下ろしていた。廃ビルの屋上から、望遠鏡で二人を観測している。スターカッターの位置を、鳩を通じてシュガースポットに伝える、ケーキの向こうのスターカッターを皿の射程圏内に収めた時は白い鳩が眼前に飛び、スターカッターが攻撃動作をした時は斑の鳩がそれを伝える。

 夜の闇でも、4989の仕込んだ鳩達は十全の仕事をした。

 

(スターカッター……スターカッター……!)

 

 正義の仮面を被った、ブライダルーンを殺した魔法少女。 

 確かにブライダルーンは、魔法少女として相応しくないことをしたのかもしれない。悪意を持って4989に近づいて、利用していたのかもしれない。

 それでも、ブライダルーンが殺されていい理由にはならない。4989達が踏みにじられる理由にはならない。

 

 スターカッターの身勝手な正義で、ブライダルーンが、他の魔法少女たちが、傷つけられる謂れはない。

 シュガースポットの手元で、ほんの小さな光が、チカチカと点滅する、上から見ているときだけわかる、鳩を攻撃させろ、という合図だ。

 

 作戦は順調だ、仕込みはとっくに終わっている。あまりに突飛な作戦だと思ったが、こうしてスターカッターを戦場に連れ込めたのなら、行ける。

悔しいことがあるとするならば、この手で直接戦えず、支援に徹するしか無いということだが――――もう少し。もう少しだけこの状況を耐えしのげれば、4989達の勝ちだ。

 

 そう思った次の瞬間、ずぶ、と腹から何かが生えてきた。背中が熱い、力が抜ける。

 

「鳩が居たのよね」

 

 ずばっ。音にしてみれば、そんなものだった。皮膚と筋肉と内蔵と背骨を両断されて、命が奪われることを示す擬音。

 首を動かすのが精一杯だった。背後から自分を刺し貫いた魔法少女は、ため息を隠さない。

 

「4989が他の魔法少女と手を組むことも、十分ありえる、ってね。ブライダルーンの敵討ちなんてバカなこと、考えなければよかったのに」

「聖騎士……メア……」

 

 やっと、やっと顔を見ることの出来た、怨敵の一人は、事も無げに剣の血を拭って、鞘に収める、それで終わりだった。もう4989の命は終わったものとして扱っていた。

 

「あ、なた……」

「ん?」

「何で、スター、カッター、に……あいつ、は、人殺し……」

「好きだから」

 

 きっぱりと、聖騎士メアは言った。

 

「悪逆も非道も百も承知よ、あの日から私達はもう引き返せない。でも、好きなの。一生支えて、一緒に生きるって決めたのよ。だから、私はあなたの敵、納得いった?」

「……死ね」

 

 憎悪と嫌悪と殺意と敵意。個人へと向けられる、ありとあらゆる悪感情が、死の間際の4989を飲み込んだ。

 

「死ね……お前達……なんて、死んで、しまえ……!」

 

 魔法が、発動した。

 鳩達が一斉に、聖騎士メアに向かって突っ込んできた。

 

             ◆    ◆

 

 その瞬間、双葉市だけではなく、世界全域の鳩という鳩が、一斉に、とある一箇所めがけて飛び立った。

 明確な意図を持って空を駆けた鳩は、その数秒後には皆『何をしてたんだっけ』と言わんばかりに目的を見失い、宙を彷徨い、少しの混乱の後、元の場所に戻っていった。

 何に命じられて何をしようとしたのかすら、鳩たちはわからなかった。

 

 

 

☆シュガースポット

 

「っ」

 

 鳩のナビゲートが途絶えた。スターカッターの居場所を示すはずの白い鳩は、ぴくりと痙攣したあと、その場にうずくまって動かなくなり、直後に放たれた光の帯に飲まれて消滅した。

 

「4989さん……」

 

 臨時の相方になにかあったのだ、と察する。そして、『何か』の内容など決まっている。

 程なくして聖騎士メアもこちらに来るだろう、二対一になればもう勝ち目はない。

 

「手を休めたね」

 

 ケーキの塔の影から、スターカッターが躍り出てきた。眼があった。直接対峙してしまった(、、、、、、)

 

「なかなか面白かった、こんな魔法でも使いようがあるんだな……覚えておくよ!」

 

 斬りかかってくる、斬撃は防げない、避けるしかない。

 

「こんな魔法だと侮るのは……」

 

 シュガースポットは、それでも諦めない。

 

「まだ早いですよ!」

 

 既に皿は投擲し終えている。そして、それはスターカッターを狙ったものではない。

 

「む……!」

 

 直立するケーキの土台、その底部は、細い円柱のようなプレッツェルを並べて構成している。皿は、狙い通りその基部に突き刺さった。ぺきぺきと乾いた音を立てて、菓子がへし折れ、重心の崩れたケーキが、星の剣士めがけて、倒れ込んだ。

 

 

 ひゅんっ

 

 

 一秒にも満たない。ケーキは振るわれた剣で横一文字に断たれた。スターカッターに触れることなく、その頭上を飛び越えて、別のケーキの塔をなぎ倒して崩れた。断面からは丁寧にいちごと生クリームの層が見えた。

 

「……いまのが奥の手だって?」

 

 いくら大きいとはいえ、所詮はケーキだ。直撃した所で、体勢ぐらいは崩れるかもしれないが、打撃とは到底呼べやしない。そして、たとえ隙が出来たとして、シュガースポットにスターカッターを一撃で仕留める攻撃手段もない。

 お皿の刃は、脆すぎる。

 ぱきんぱきんぱきん。

 乾いた音が連続して響き、更にケーキが倒れ込む、合計四つの、甘い質量攻撃。

 

(それは、特別製ですよ――!)

 

 お菓子の中でも比重の大きい、硬質なチョコレートや大型の果実を軸にしたものだ、その重量は百キロ近い。

 だが、それすらもひゅんひゅんひゅんひゅん、と空を切る音が連続して響いて、先ほどと同じ結末を辿った。

 

「……っ!」

 

 その隙を狙って、皿を投げる。首筋、頸動脈を狙って。

 

「……本当に、本当にそれで終わりか?」

 

 乾いた音、スターカッターは剣を振るわなかった。コスチュームの手甲で弾くだけで、お皿は簡単に割れてしまった。

 

 武器を振るうまでもない。そもそもシュガースポットの力では、鎧の一つも砕けない。

 圧倒的な戦力差、圧倒的な能力差。

 

 聖剣を有する『戦うための』魔法少女であるスターカッターと、お菓子を作る『夢と希望を振りまく』魔法少女、シュガースポットの最初から存在する致命的な壁。

 

 シュガースポットは、逃げた。背中を向けて、一直線に。自分を守るための、ウェディングケーキの城壁から遠ざかっていく。

 

「……そうか、残念だ、少しはハラハラしたんだけど」

 

 スターカッターは剣を向けた。追いかけるまでもない。こなれた手付きで星座の点を刻み、告げる。

 

「『必的のいて座(モード:サジタリウス)』」

 

 その声に反応して、細く伸びる光の矢が背後からシュガースポットを貫く。そのはずだった。

 

「……?」

 

 スターカッターが怪訝そうな顔で自らの聖剣を見る。

 出ない。聖剣が、スターカッターの呼び声に応えない。

 

「……バターたっぷりのクリーム、ですよ」

 

 五十メートルの距離を開けて、シュガースポットとスターカッターは対峙した。もう背は向けていない、向き合い、お皿を構え、不敵に笑った。

 

「あなたの聖剣は、星の光の力を蓄える――――刃に星の光を映す事で(、、、、、、、、、、)、昨晩から随分と大盤振る舞いしてましたよね、今は夜ですけれど――――」

 

 スターカッターの瞳が、刃の腹を凝視していた。白く曇っている。べったりと、ヌルヌルしたものがまとわりついて。

 

「スポンジにもソースにもクリームにも、たぁーっぷりとバターや油脂を使った、特別製ですよ。何回斬りました? 材質はご存知ないですけど、どれだけ速く剣を振るえようとも、べったりびったり、くっつきますとも」

 

 こびりついた甘い油が、星の光を映す鏡の輝きを、奪い去った。

 星の光を蓄えられない、出力が足りない。

 

「……なるほど、確かに、私の武器は聖剣だ。包丁には向かないね」

「大変なんですよ、道具のお手入れ」

 

 パティシエ舐めるんじゃありません、と言って、シュガースポットは同時に六枚、お皿を投擲した。

 

「覚えておくよ」

 

 スターカッターの選択肢はひとつ、ただ斬り込んで、斬り伏せる。それだけだ。

 一つ目、手甲が無慈悲に弾いた。二つ目、肩当てで受けた、破片が散って、頬を傷つけた。

 

三つ目、中空で叩き割った。四つ目、返す刃で斬り裂いた。五つ目、後頭部めがけて後ろから迫るそれを伏せて避けた。六つ目、シュガースポットごと貫くべく、剣を突き出した。

 

 力強く踏み出したその瞬間、パリパリパリパリ、という小気味よい感触と共に、スターカッターの体が地面に深く沈み込んだ。

 

 

☆スターカッター

 

「!?」

 

 視界が一瞬で低くなり、腰までずっぷりとはまり込んだ。身体をよじっても、手を振り回しても、体は浮かない、それどころか、身体はどんどんと、飲みこまれるように、あっという間に胸元まで沈み込んでゆく。どれだけ足を動かしても、応力のある何かをかき混ぜるだけで、前にも後にも、上にも向かわない。

 沈むだけだ。

 

「な、あ、なんだ……!? 落とし穴……!?」

 

 数歩離れた位置にいたシュガースポットは、ぴょいと跳躍して、十メートル先に着地した。

 

「材料はクリームチーズとカスタードクリームを混ぜたティラミス用のザバイオーネです、ただし水分多めでゆるーくしているのでご注意を。薄く焼いたカラメルで蓋をして、ココアパウダーをまぶして完成です、層を重ねるのとスポンジは作業時間の都合で省略。スイーツとしては二流の駄作ですが……」

 

 顎までクリームに埋まったスターカッターを見下しながら、シュガースポットは嘲笑った。

 

底なしの落とし穴(、、、、、、、、)としては、まあ上出来ですかね」

 

 獅子神破(ししかみば)沙羅(さら)が最後に大地に穿った、直径十メートル以上、深さ六メートルの大穴に、粘度と柔らかさを調整した特別性のクリームを詰め込んで、カラメルで蓋をしてココアパウダーで地面に偽装した――なんてことを、馬鹿馬鹿しすぎて説明した所で理解できるか。

 

甘い匂いを隠すため、無数のウェディングケーキを乱立させて。

 シュガースポットはかんじき代わりに仕込んだ、靴底に貼り付けていた茶色の陶器のお皿をはがすと、お役目ごめんとばかりに放り捨てた。

 

「がば、ぐっ……」

 

 スターカッターにどれだけ力があっても意味がない。星の聖剣がどれほど強く、どれほど多彩であろうとも、スターカッター本人は、ただ経験豊富で実力があるだけ(、、、、、、、、、、、、)の魔法少女だ。

 

 掴むものがなければ、身体を引っ張り上げられない。どれだけ足を動かしても、粘度によって反動が生まれない。下に下に、体が引きずられるだけ。

 

「ふざ、ふざけ、こんな。がばっ、ごぼっ」

 

 聖剣もまたクリームの沼に沈んだ。曇るどころではない、その刀身には、もう何も映せない。

 

「なんで私が乗っても平気だったんだ、って顔しないでくださいよ、もう。そんな重い鎧をつけてたら、当然でしょう?」

 

 魔法少女の力で投げたお皿が直撃して、微動だにしないスターカッターのコスチューム、戦士の鎧。

 魔法少女の力で投擲される、陶器のお皿を、何の苦もなく弾く、硬く、強いコスチューム。

 だから、当然重い(、、、、)し、当然沈む(、、、、)

 

「ぐ、ぶ……」

 

 顔がすべて埋まる、もがく、あがく。ぼごごごご、と空気のぬける音がする。

 この状況を脱するには、変身を解除するしか無い。ただし。

 

「嬉しいでしょう? スターカッター」

 

 かちゃかちゃと、泡立て器でボウルをかき混ぜて、魔法が発動する。ボウルをひっくり返すと、開け放した水道のように、風味付け用のブランデーが落とし穴の上にぶちまけられた。スターカッターが沈んだことで、僅かにすり鉢状になった穴の中央に、溜まってゆく。

 

「スイーツの沼で溺れ死ぬなんて、魔法少女でもないと、出来ませんよ」

 

 現実と絶望の魔法少女、シュガースポット。

 その名乗り上げは、別に、伊達でも酔狂でもお遊戯でも、なんでもない。

 単純に、事実に即している(、、、、、、、、)だけだ。

 

 これだけの障害物が並んでいれば、スターカッターは聖剣の技を使わざるを得ない。切り札を抱える可能性を削ぎ落とし、遠隔攻撃で誘い出し、聖剣の力を徹底的に奪い、あらゆる手段を破らせて、トドメを刺せる瞬間まで、淡々と引き寄せる。

 

 クリームの表面がかすかにモゴモゴと動いているが、沈んでいくに連れて、ゼリーの層に柔らかな水飴の層、植物油脂に溶き卵、身体を絡め取り、鎧に入り込む、お菓子の罠が、全身を深く絡め取ってゆく。

 

 それでも、仕上げは怠らない。最後の最後で手を抜いては、スイーツは完成しないのだ。

 ポケットから取り出したマッチをこすり、ぽいっと放り投げると、溜まったブランデーが一気呵成に燃え盛り、香ばしい匂いを漂わせた。

 

炎が燃え広がって――万が一顔を出せたとしても、吸う酸素も、視界も与えない事を確認し、シュガースポットはそそくさと走り去った。

 

 もうすぐ聖騎士メアがくる。

何せ、シュガースポットは非力でか弱い、非戦闘用の魔法少女なのだ。

戦士の相手など、とてもじゃないがしていられない。 

 

 

 

☆聖騎士メア

 

 聖騎士メアの知る限り、スターカッターは誰より強い魔法少女だ。

 無数に積み上げに積み上げた戦いの経験と、八十八の星座の力を操る星の聖剣の前には、どんな敵だって適いやしない。

 

 

 

 ――――ヒーローに憧れ、ヒーローになるために生きてきた彼が。

 本当は邪悪なマスコットの片棒を担がされていた(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)と知った時。

 言われるがままに、導かれるままに殺してきた魔法少女たちこそが、正義であると知った時。

 心を折らない為に、理性を失ったスターカッターは――――最強だ。

 

 

 だから敗北という可能性など、想定していない。たとえどれだけ侵されようと、たとえどれだけ汚されようと、それでもスターカッターは勝利し、敵を殺し、悪を罰したと信じ、正義を成したと信じ、聖騎士メアはそれを褒めて、受け入れてあげる。

 

 過程は違えど、結果は同じ。それ以外の結末は知らない。

 

「スターカッター!」

 

 だから、戦場にたどり着いて、名前を呼んで、返事がなかったとしても、最初は心配などしていなかった。

 戦闘音がしない。戦いは終わっているはずだ。だが、シュガースポットの死体はどこにもなかった、崩れ倒れた無数のケーキと、甘い匂いと焦げ臭い匂いを同時に発しながら燃え上がる炎の海があるだけだった。

 

「スターカッター……?」

 

 聖騎士メアは、己の剣に問いかけた。聖騎士メアの『闇の聖剣』は、スターカッターの星の聖剣の姉妹剣だ。『専用の武器を生み出せる』魔法少女が星の聖剣を参考に、聖騎士メア用に誂えてくれた特別性で、頑丈で切れ味鋭く、そして星の聖剣の位置を把握する能力を持っている。

 

「何処……何処に、い……」

 

 すぐそばにいる。燃える炎の下にいる。聖剣は嘘をつかない。万が一何らかの認識阻害の魔法があったとしても、聖騎士メアにはすぐわかる。

 

「りゅう、じ、隆二――嘘、嘘、嘘ぉっ!」

 

 駆け寄ろうとして、なにか硬いものを踏んだ。

 

「何、こ――――」

 

 拾い上げたそれは、見覚えのある、可愛くないマスコットの――――

 

 

 

☆アイムマイム

 

 ライムマインの手を引いて、ひたすら走った。気づけば、もう夜の帳が降りて、二人は、水人形が暴れたせいもあるのだろう、誰もいない、公園に、並んで座っていた。

 

「好夢ちゃん、戻ってきてくれたんだね」

 

 ライムマインは、嬉しそうだった。

 純粋に、幸せそうに、楽しそうに。

 

「よかった、これでいつも通りだね」

 

 そう言った。

 

「――無理だよ」

 

 アイムマイムには、それを否定することしかできなかった。

 

「私には、無理だよ、ライム。元になんて、戻れない。私にとって……二人の姉は、二人で、二人なんだよ」

「でも、私はどっちにでもなれるよ? 好夢ちゃんにとって、変わらない、意真と衣美に、なれるんだよ? それじゃ駄目なの? 何が足りないの?」

「殺したからだよ」

 

 それは、拒絶の言葉だった。

 

「私の知ってる意真と衣美が、ここにいるとしても、結局何も、変わらないとしても……ライムは家族を殺したんだ。だから、駄目なんだよ」

 

 アイムマイムは、顔を上げて、ライムマインを見据えた。

どうして? なんで? そんなこと言うの? その目が語る。その表情が言う。

 

「私は、一緒になりたかった。三つ子なのに、一人だけ違う自分が、嫌だった、だから、魔法少女になれて、嬉しかった。初めて三人一緒になれた、って、そうおもったから。私は、意真と衣美(ふたり)と一緒に、なりたかった――――ねえ」

 

 考えよう。そのためには、知らなくちゃ。

 

「ライムマインは、何になりたかったの?」

 

 

☆ライムマイン

 

 入れ替わることが日常だった。あまりに当たり前すぎて、すぐに自分が相間意真だか、相間衣美だかわからなくなった。どっちが本当の自分なのかわからないまま、そのうち、二人で二人でいることに、慣れていった。

 

『意真ちゃんはえらいね』と褒められる。それは、どっちの自分だっただろうか。

『衣美ちゃんはすごいね』と褒められる。それは、どっちの時だっただろうか。

 

 ライムマインが自我を保てたのは、もう一人の自分がいたからだ。鏡写し、複製体、全てが同じで、全てが通じる、二人だけの秘密を共有する姉妹が。

 

 たった一人違う相間好夢と、たった二人同じ意真と衣美、それはバランスが取れていたのだと思う。

 けれど、魔法少女になってしまった。それ自体は問題ではない。問題だったのは、その先だ。

 

(じゃあ、そろそろどっちかに決めちゃう?)

 

 その言葉は、ライムマインだったら、絶対に出てこないものだったから。

理解できていると思っていたもの(、、、、、、、、、、、、、、、)が、理解出来ていなかった(、、、、、、、、、、)

 

 ライムマインは、タイムラインを理解できていなかった。

 アイムマイムが、ライムマインを理解できていなかったように。

 

 同じ二人と、違う一人の三つ子は、お互い、誰のことも、理解できていないまま、人生の基準として、拠り所として、生きてきてしまった。

人生で積み重ねてきた、ありとあらゆるものが、存在していなかった(、、、、、、、、、)という事実。

 

 受け入れられないから、終わらせるしか無かった。

 アイムマイムがライムマインを拒絶したのと同じ理由で、ライムマインは、タイムラインを拒絶したのだ。

 

           ◆    ◆

 

「なりたくない」

 

 ライムマインの喉から、かすれるような声がこぼれた。

 

「私は、何にもなりたくない。私は、私になりたくない(、、、、、、、、)

 

 頭を抑えて、震えながら、怯えるように、自分を抱きしめた。

 

「嫌だ、たった一人なんて、なりたくないよ、怖いよ(、、、)、どうして皆平気なの? なんで自分が一人きり(、、、、、、、)で耐えられるの? 私には無理、私には出来ない」

「……ライム」

 

 アイムマイムは、ライムマインを抱きしめた。

 

「ごめんね」

 

 アイムマイムは、言った。

 

「私が、もっと……もっと早く、十四年前に、気づいてればよかったんだよね、そうすれば、意真も衣美が、混ざりあうことも、無かったよね」

「好夢、ちゃん、好夢ちゃん、戻ってきてよ、私のそばにいてよ、変わらない、ずっと変わらない好夢ちゃんでいてよ、どっちの私も、見てよ」

「ごめんね、ライム、ごめんね、意真、ごめんね、衣美」

私を一人にしないで(、、、、、、、、、)よ、好夢ちゃ――――」

 アイムマイムは、そっと体を離すと、胸元の鏡を、ライムマインに見せた――見て、しまった。

 

「あ――――」

「駄目なんだよ、ライム。沢山、死んじゃったんだよ」 

 

 水人形が、殺して回って、出来た地獄。誰も責任を取ることが出来ない。誰も、救うことが出来ない。失ったものは、取り戻せない。

 

「終わりにしよう、私も、一緒だから」

 

 アイムマイムは、ライムマインの首に、そっと手をあてがった。

 ライムマインの身体も、同じように動きを真似して、アイムマイムの首に手をあてがった。

 ゆっくりと、手に勝手に力がこもっていく。二人の、瓜二つの魔法少女は、お互いに、首を絞めあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかってあげられなくて、ごめんね」

 

                    「やだよ、好夢ちゃん、嫌だよ」

 

「気づいてあげられなくて、ごめんね」

 

                    「やめてよ、こんなこと、したくないよ」

 

「一人にしちゃって、ごめんね」

 

                    「好夢ちゃん、まって、お願い」

 

「助けてあげられなくて、ごめんね」

 

                    「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

 

「もう、大丈夫だから」

                    「やめてやめてやめてやめてやめてやめて」

 

 

 

「――――一緒に、いるから」

 

 

 

 

 

 

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