真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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原作を知らない方には説明不足な点があるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
試験的な物なので、場合によっては消すかもしれません。


始まり
1,始まり


 俺はあの日、現実へと戻ってきた。

 大切な者の全てを、もう戻ることができないだろう魏に残したまま。

 

 最初の一年を抜け殻のように無為に過ごした。

 心をあの場所に置いてきてしまったように、ただ生きていた。

 そして、一年たったある日、俺は魏に戻るためにがむしゃらになって勉強を始めた。

 

 

『そんな醜態で私に会うつもりなの? 貴方は』

 華琳の一喝が夢の中の俺に衝撃を与えた。

 

『華琳様の臣たる自覚が足りんぞ! 北郷!!』

 春蘭に殴られる。いつもなら剣を持って追いかけてくるのに、俺を殴り飛ばした。

 

『北郷・・・・・いつまでそうしているつもりだ?』

 秋蘭がため息をつきながら、俺を期待するように見た。

 

『兄ちゃん、たまにならいいけどサボりすぎだよー』

 季衣が肉まん片手に、俺の左肩に飛びついてきた。

 

『兄様、兄様は魏の柱石だったんですよ? なんだってできます』

 流琉が俺の右肩に抱きつきながら、勇気づけるように笑っていた。

 

『アンタ、何やってんのよ! 戦場でだってもっとマシな顔してたわよ?!』

 桂花がいつものように俺に酷いながらも、激励をくれた。

 

『隊長・・・・会いたいのは私たちも同じです』

 凪が手を胸に当てながら、何かを堪えるように笑った。

 

『そやで、隊長がそんな姿じゃまた会うたときにがっかりしてまう』

 凪を支えるように右に真桜が立ち、俺の頭を叩いていく。

 

『そうなのー。絶対会えるから、それまでもっと前を見るのー!』

 凪の左側には沙和、拳を前に突き出しながら俺をまっすぐ見つめてきた。

 

『一刀、いつもみたいにそこで見守っててよ。いつもの一刀でね?』

 天和がふわりと笑いながら、俺を見てくれた。

 

『バーカ! ちいたちと過ごした日々を無駄にする気?』

 地和が怒りながら、いつものように俺を指差していた。

 

『私たちが好きになったあなたは・・・そんなあなたじゃないですよ?』

 人和がそっと他に聞こえないように、俺に耳打ちをしていく。

 

『約束破ったんや、ちっとはマシになって会うくらいしてな』

 偃月刀を担いで、絶対にこっちを振り向こうとしない霞は泣いてるように感じた。

 

『お兄さんー。こんな多くの女性を泣かして、さすが魏の種馬』

 風はいつものように俺をまっすぐ見つめて、そんなことを言ってくる。

 

『一刀殿、私たちに会いたいならそれなりの努力してください』

 稟も鼻血を出さない以外はいつも通り、真摯なその言葉は俺に突き刺さった。

 

 

 夢の中にまで俺に説教をしに来た彼女たちを見て、今の自分が恥ずかしくなった。一年間の下を向くだけの生活をやめて、俺はいつか帰るための準備をした。

 戻るために知識を、魏で見続けた武術を、耳で聞き戦場で学んだ兵法を、拙かった馬術をありとあらゆるものに対して貪欲にかぶりついた。

 武は魏でずっと見ていた。弓は秋蘭、大剣は春蘭、薙刀は霞、拳は凪、小刀二刀は沙和、鎌は華琳、鎖に繋がった錘系は季衣と流琉、脳裏に焼き付いている全てを何度も繰り返しては今の時代にある限りの流派を極めようとした。

 兵法は魏で散々読まされた。この世界では原本に等しい物が字も読めなかった俺の教本だった。稟も風も、桂花からも聞いていた兵法を思いだしながら、さらに様々な兵法を脳に叩き込んでいった。

 馬術も皆を、特に神速の張遼を間近で見ることができた。高校にあった馬術部に入り、高校を卒業してもクラブや農場を探して馬に乗る機会を作った。乗ることに上達したら、一頭の馬に慣れすぎないように乗る馬は毎回変えてもらった。

 端から見れば異常なその光景だと自覚していても、俺の中には魏に戻ることしか頭にはなかった。

 

 

 大学三年の夏、恋人ができた。

 その二年後、俺はその恋人と結婚し、一男二女に恵まれる。

 俺がいつか、『現世から居なくなる』と言っても、他人が嘲り笑った魏の話も笑わずに真剣に聞いたうえで、彼女は俺と『結婚したい』と言ってきた。

 他にも俺の容姿と、物事に対する貪欲さに惹かれて求婚する者はいたが、その誰もがあの日々の話をすると鼻で笑った。

『ありもしない夢の日々にあなたは、いつまで囚われてるの?』

『一刀さんでも冗談言うんですね』

 そんな言葉を言った相手にはその場で断った。そして、二度と近寄ることなどないように意図的に工作した。(別の男と引き合わせたり、仕事や別の物に執着するように仕向けたり)

 だから、俺は彼女を受け入れた。

 誰もが否定したあの日々を否定せずに受け入れてくれた彼女を、俺は愛した。

 

 だが、俺は彼女をその手に抱きながら、彼女たちを考えていた。

 デートしても、食事をしても、夜を共にしても、子を抱いても、その成長を見ても、全てがガラスを挟んだ向こう側の光景に見えた。

 人並みに幸福なはずの日々に、どうしても愛着を見出すことが出来なかった。

 人として恵まれた環境、幸せな家庭、魏に戻るために身につけた学は収入を安定させた。

 だが、それでも俺の心は満たされなかった。

 俺が生まれた世界(故郷)

 一度は追い出されたこの世界、その上で身勝手な神によって引き戻された世界。

 俺の愛した世界ではない場所、俺が居場所を見つけられない世界の、人としているべき場所。

 

「あなた、行くのですね?」

 背中から投げかけられた妻の問いに、俺は振り返ることはしない。

「あぁ、ずっと決めていたからな」

 あれから三十年が経過した今ですら、俺の心には魏しかなかった。生まれることが叶わなかった世界の、華琳に拾われることで得られた居場所であり、今の俺を作った様々な出会いと別れ、そして多くの経験をした愛しい世界。

「私では・・・・あなたをこの世界に繋ぎ止める鎖にはなれませんでしたか?」

 悲しみで声を荒げるわけでもなく、ただ残念そうに悔しそうに、それなのに悟っているようなそんな声。

「・・・・なってたさ」

「嘘つき」

 言いよどんだ俺の答に彼女はすぐに切り返した。背中から手が回され、俺は少しだけ驚いていた。

 彼女は自分から俺に触れ合うことなど、今まで数える程度しかなかった。

「あなたはどこに誰と居ても、遠いあの国を思っていたんでしょう?

 私を通して、あなたは一体だれを見ていたの?」

 責めるような言葉だというのに、怒りはない。

「みんな、かな・・・・・・この世界には居ない。俺が大切だと思って、あそこから消えてしまっても誰一人として欠けてほしくないと願った十五人を、どんなときだって思い出してた。

 君がそこにいるのに、『ここに居るのが彼女たちだったら』と・・・・・どんなにやめようとしても考えてしまっていた」

 彼女の傍に居ながら俺は、ずっとここに居るのが彼女たちだったらと考え続けていた。どんなに嬉しかったか、どんな反応するかを、どんなに幸せだったかを。

 

 彼女の一定の線引きの中に入るまでの人の接し方を無意識に華琳と比べていた。

 それはどこか才ある者を見つけたときの彼女に似ていると感じてしまっていたから。

 

 彼女の部屋に招かれた日に食べた手作りの杏仁豆腐は、無意識に春蘭の物と味を比べていた。

 あの性格そのものの料理は、料理としては駄目だろうけど彼女そのものだと感じた。

 

 子どもたちの成長を見守る様子は、まるで秋蘭がそこにいるようだった。

 冷たく見えるその様子は愛情を向ける者に対して、決して突き放すことはないあの眼が好きだった。

 

 成長期の子どもたちの旺盛な食欲は、季衣を見ているようで懐かしさを覚えた。

 楽しそうに、嬉しそうに誰かと食事をする姿は見ている側も笑顔にしてくれた。

 

 

 そんな子どもたちを見守りながら手料理を嬉しそうに振る舞う彼女の姿は、流琉と同じだった。

 小さな体で料理を作る彼女の作業を見ていることが、幸せだった。

 

 年上だろうと男だろうと、間違ったことを正すときの彼女の言葉の辛辣さは、桂花だったらどういうかを考えていた。

 あの多くの言葉の中に隠された気遣いが、癒しをくれた。

 

 息子が剣道に対して向けるあの熱心さは凪を見ているように心地よかった。

 だから、俺は俺の知る様々な剣技を息子に教えた。楽しい親子の時間、それすらも魏に通じていた。

 

 年頃になった娘たちが熱心に服を選ぶ様子は、沙和が二人いるようだった。

 現代の服装を見ても、彼女がどう夢中になるかを考えて自然と笑みがこぼれた。

 

 現代のどんな機器を見ても、あの時代で真桜ならどう作ってくれるかを考えた。

 そして、俺自身がどう口頭でそれを説明すればいいかを考え続けてはメモに取った。

 

 初めてのデートのときに遠くから花火は、霞との最初の雰囲気づくりをした時を思い出した。

 あの時の思いと似て非なる感情を抱きながら、涙を必死に隠していた。

 

 この世界でどんな音楽を聞いても、少しも心に響くことがなかった。

 天和、地和、人和、機材も機器も劣る筈の三人の歌を聞きたいと思ってしまう自分がいた。

 

 道端で会う気まぐれな猫や気まぐれな季節風を見るたび、感じるたびに風のことを考えた。

 あの捕らえ所のない不思議な心地よさは類を見ないものだった。

 

 豊富な知識を持ちながらどこか不器用な人間に関わるたびに稟を思いだし、そういう人間に対して心を広く持つことができた。

 不器用で一途だった彼女と似た人物をどこかで探していた。

 

 

 三十年も過去のことは今も俺の中に刻まれていて、声も、姿も、性格も、思い出すらも忘れたことなんてない。

「・・・・ずるいわね、その人たちは。ここに居ないのにあなたにずっと想われて、私は傍に居ながら見もされなかった」

「一度も君を思わなかったわけじゃないさ。でなければ、俺は今でも独身のままだった」

 そう、俺は独りでもよかった筈だ。いや、むしろあの世界に戻るというのなら、独りであるべきだった。戻ると思いながらも、どこかで諦めていたのかもしれない。

「育っていく子どもと孫たちを見守りながら、君と一緒に老後を過ごすことも悪くないと考えたさ」

 そう、そうすることもできた。

 そうなることも悪くないと、考えていた。でも

「そうすると、あいつは泣いたままなんだ。

 あの寂しがり屋で、弱いところを見せようとしない強がりな女の子が・・・・・・別れた月の下で泣いたままなんだよ」

 最後に見てしまった華淋の泣き顔が脳裏を離れない。泣き顔など一度しか見せなかった華琳が、消えていく俺に涙を流した。

 あの優しき鬼を、誰よりも民を思う魏王を俺は泣かしてしまった。

「そう・・・・・・・・あーあ、結局ずっと私の片思いのままなのね」

 腕は離され、遠ざかる。俺は振り向こうとして

「振り向かないで!」

 拒否された。

「あなたは私たちを置いていくのだから、泣き顔なんて見る権利ないわ」

 もっともだと思った。だから、俺は振り向かないと決めた。もう二度と、ここに戻ってくることはないだろう。

 ここでの記憶をみんなに話すことはあったとしても、俺の思いは動かない。『戻りたい』などと、思うことはきっと一度もない。

「あぁ、ないな・・・・・ある筈がない。俺はお前たちを捨てて行くんだ。

 恋をしてたわけでもないのに結婚して、父親として、夫としての義務を果たすことを途中で放棄する」

 俺は今ここで何を言っても、それは罪悪感から生まれた言い訳でしかない。

 どんな言葉も自分の心を軽くするためだけで、彼女に対する思いじゃない。

「こんな最低の男ことなんて早く忘れて、幸せになってくれよ」

 顔を見ないようにして、彼女に笑う。

「俺は、ここには帰らない。もう二度と、何故なら俺はもう一人の俺がいるだろう時代に行くから。

 ここでの関わりの全てを捨てることで、俺はあの世界の一部になりに行くんだ。俺という存在をあの世界に捻じ込むことで、俺はようやくあの世界に留まることが出来る。だから、本当にお別れだ」

 華琳、今だけは魏を思わないことを許してくれ。

 三十年間、片時も思わぬ日がなかったけれど・・・・・どうか、今だけは見逃してくれ)

 今でも誰よりも愛する人へと心の中で頭を下げながら、俺は少しだけ上を向いた。

『そうね・・・・・・ただし、今だけよ?』

 脳裏に聞こえたそんな声に礼を告げながら、俺はこの世界に生まれた北郷一刀として、目を閉じる。

「・・・・・こんな最低な俺だけど、君を大切に思っていたのも嘘じゃない。愛していたよ、優希(ゆき)

 この言葉と一瞬だけ、俺の心は彼女にのみ捧げよう。

 俺は目を閉じながら、これまで付き添ってくれた妻の唇をそっと奪う。目を閉じていてもこれまでの思い出と経験が正確に唇を奪い、そっと離れた。

「酷い人・・・・・私はずっとあなたを思っていたのに、あなたが私を見てくれるのが別れの時なんて、本当に勝手ね」

 閉じたままの視界、でも俺の胸にしみいる涙と声だけがはっきりと届く。

「でも、許してあげる。最初で最後でも、あなたはちゃんと私を見てくれたもの・・・・さよなら、愛しい人。どの世界の誰よりも、私はずっとあなただけが好きだったわ」

「ありがとう、優希。

 ごめん、俺がどの世界の誰よりも愛したのは君ではなかった。

 だけど、間違いなく俺は、この世界のどの女性よりも君を愛していた」

「知ってるわ。でも、この世界であなたの一番だもの。

 人生が終わる最後まで誰になんて言われようと誇ってあげるから、もう二度と会えない人に私は一生分の恋をしたってね」

「お前だけは笑っていいんだぞ?

 『頭のおかしな男に引っかかって人生を無駄にした』って・・・・・お前だから、言っていいことだ」

「バカ、あなただから私は全部信じたんじゃない。

 あんな本気の目で努力してるあなたのこと、他の見る目のない人たちが何て言おうと私が誇ってあげる。だから、あなたは胸を張って、帰ってあげなさい。あなたの好きな人たちが待つ場所にね」

 不覚にも涙が出そうになった。

 俺には過ぎた良き伴侶、素晴らしい女性に出会えていた。だが、魏がなければ彼女に会うこともなかっただろう。これは絶対にあるべき出会いであり、別れ。

 華琳、俺はこんな女性を置いてでもお前に会いたいんだ。

 彼女から唇が重ねられる。俺はそれを受け入れる。

 これが最後だと、互いにわかっていた。だから、同時に背を向けた。

「じゃぁな、この世界。さよなら、この世界で俺が誰よりも愛した人・・・・・・元気でな、俺の家族」

 後悔もここに置いていこう。

 この三十年という時間の中で育んだ愛と、俺には惜しいほどの妻と子を捨てて、その時間で得た多くの智と武を持って、あの愛しい魏へ帰ろう。

 光に包まれながら、俺は必要なものだけを入れて少し膨れた鞄をしっかり抱いた。

 今度こそ、全てを失わずにみんなと生きるために。

 


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