そして、前回より文字数が少ないです。
北の空に、一筋の赤い流星が落ちていく。
光はまっすぐ進み、月にも負けぬほど輝いていた。
それは大陸中どこであろうと見えるように大きく、誰も見逃すことのないようにゆっくり流れていく。
まるで戻ってきたことを、強く主張するように。
その喜びを、大陸中に見せびらかすかのように。
「フフ、凶兆の星に乗って帰って来るなんて・・・・あなたも随分わかってきたじゃない? 一刀」
曹孟徳は笑う。
突然、溢れ出してきた記憶、感情、それら全てを戸惑うこともなく受け止め、流れゆく赤き星へと呟いた。言いたい言葉は多くあるが、今は伝えたいのは一つしかない。
「おかえりなさい、一刀。
でも少し、待たせすぎじゃないかしら?」
「・・・・一刀?」
夏候元譲は空を仰ぎ見る。
自分の口からこぼれた名、そして記憶。それらをどうすればいいかわからないが、まず生まれたのは怒りだった。誰にも何も言わずに、天へと帰った男へと叫ぶ。
「早く来い! この馬鹿者がぁ!!」
「やっと・・・・戻ってきたか、北郷」
夏侯妙才はわずかに口元をゆるませる。
記憶の中、まず彼にしなければならないことを思い描きながら、今はただこの再会への喜びに浸っていた。それは美酒を味わうときのように、ゆったりとしたものだった。
「早く来なければ、姉者が何をするかわからんぞ? 一刀」
「流琉! 兄ちゃんだ!! 兄ちゃんが帰ってきた!!」
許仲康は喜びを全身で表していた。
難しいことなんてわからずとも、好きな人と再会できることをただ喜ぶ。そして、流琉の料理をつまみながら星へと語りかけた。その時が楽しみでしょうがないと、その笑みは語っていた。
「兄ちゃん! 会えたら、絶対に一緒に流琉のご飯食べようね!」
「にい、さま?」
典韋は目から涙を零した。
季衣の言葉に戸惑ったまま、手が止まる。だが、その手はすぐに元の調理を再開し、涙は拭われた。そして、頭では思い出されていく男の味の好みに添う料理を探していた。
「兄様、たくさん食べてもらいますからね? 私、それまでにもっと上達しますから」
「・・・・・」
荀文若はその星にしばし見惚れた。
ふと我に返り、頭を激しく振る。その頬は少し赤く、目元はわずかに濡れていた。だが、口から出たのはそれとは真逆のものだった。その思いを知るのは、再会を果たした時であろうことは明らかだった。
「アンタなんか、次会ったら罵倒してやるんだから。この下半身男!」
「隊長―――!」
楽文謙は吼えた。
今すぐにでも駆けていきたい衝動に駆られながら、前を見据える。拳と足に気を纏わせ、大木を穿つ。自分の心に刻みこむように、赤き星へ拳を掲げた。
「今度こそ、隊長を天からだって守ってみせる!」
「あぁん? 妙に外が・・・」
李曼成は目を見開く。
口元はすぐさま弧を描き、固まりきった体を伸ばした。ニヤニヤと笑いながら、その手は一枚の図面を引きだした。それを見たとき、男があの頃のように褒めてくれるように。
「隊長、隊長がびっくりするようなもん作っておきますよって。楽しみにしとき」
「隊長、登場派手なの・・・」
于文則は呆気にとられる。
すぐさま体を起こして、二人の元へと駆け出していく。三人でこの星を、光を見ていたかった。何故なら自分たちは、三人で北郷隊。男と三人が揃ってこその部隊。
「隊長にいーっぱい奢ってもらうのー。それから、それから三人で『おかえり』っていうの」
「~~~~♪」
張角は上機嫌に鼻歌を歌う。
その星の光が温かくて、思い出の中の彼の笑顔が愛しくて、また会えることに歓喜していた。再会出来たら、まず何をしてもらうかを考えながら星を見続ける。
「今度はちゃーんと、私たちが三国一になるのを傍で見守ってね? 一刀」
「遅い!!」
張宝は罵倒する。
その星に聞こえるような大声で叫びながら、いずれ出会う本人すら全く同じことを言ってやると心に決めた。そして、星を見て浮かんできた言葉を、再会までに歌にすることをひそかに誓う。
「今度同じことしたら、もう歌ってあげないんだからね! バカ一刀!!」
「・・・・・まったく、姉さんたちったら好き勝手なことばっかり」
張梁は苦笑する。
二人の姉のそれぞれの反応を見ながら、そんな自分たちを笑顔で支えてくれた彼を思い出して、そっと微笑んだ。胸に手を当て、思い出されていく記憶に浸るように目を閉じた。
「早く会いたいです。一刀さん」
「ハハ、えぇやん! えぇやん!! 一刀、かっこえぇで」
張文遠は陽気に酒を飲む。
遠い日に自分に『雰囲気』を教えてくれた彼のことを振り返る。そして、あの日と同じように盃を掲げた。星はあの日のよう美しく、耳には男の言葉がよみがえる。
「『宙天に輝く銀月の美しさに』やっけ? あれは笑うたなぁ。今は赤き星の輝きに、乾盃!」
「お兄さん、やっと帰ってきましたねぇー」
程仲徳は目を細める。
全てが天が決めるものならば、あの別れもまた天命であった。それでも彼女は今流れゆく赤き星へと願う。一度は彼を奪われた天ではなく、この天命の先が男との幸せに繋がっていることを。
「まずは、風達と出会ってくれるんですよね?」
「赤い星、ですか」
郭奉孝は考える。
自分の中に突然生じた記憶、感情。そして、靄がかかった記憶の欠片たち。だが、そんな思考よりも今だけは彼のために言葉を紡ごうとした。しばし迷って、それは苦笑とともに零れ落ちた。
「策とは違い、うまい言葉が出ませんね。会う時までには見つけておきますよ、一刀殿」
時同じくして、南の空にもまた一筋の白き流星が落ちていた。
その光は決して強くはないが白き光を確かに放ち、まっすぐと進んでいく。
今はまだ何も知らずとも輝きには一片の曇りもなく、その光は見る者を安心させる何かを持っていた。
落ちていく二つの星を見ながら、外套を被った女性は星空を撫でるように手を掲げる。
「フフ、北郷一刀。あなたほど面白い存在を私は未だかつて見たことがないわ」
それはまるで子を見守る母のように優しげでありながら、獲物で遊ぶ肉食の獣のようでもあった。
「何者にも染まらぬ白でありながら、どの色にもなりうる存在。
あなたという存在はどこに行ってもぶれることを知らず、だというのに周りの色を殺すことはない。
否、むしろその色をさらに美しいものへと昇華させている」
それはまるで全てを知っているかのような口ぶりで、星の光にわずかにうつった口元は緩やかな弧を描いていた。
「今回はどうかしらね? あなたはどうするのでしょうね?」
「うもぅ~~~、人が悪いわね。管路ちゃんは」
「まったくよな、漢女たる我々には出来ぬ所行」
突然、背後に響いた二つの野太く甘ったるい言葉に管路と呼ばれた外套の女性は決して振り返ろうとはしない。
そこに居たのは二人の筋骨隆々の生物だった。
一人は白髪に上着と現代のネクタイ、褌姿。名は卑弥呼。
もう一人は左右のこめかみあたりからおさげを垂らした、褌一枚。名は貂蝉。
現代であろうと、三国の時代であろうと、どこに出しても恥ずかしく、怪しい変態二人組だった。
「あら、そうかしら?
最初に彼を外史に連れ込んだあなたたちが言うなんて、それはとても面白いわね? 貂蝉、卑弥呼」
「「だって、好みだったんだもん」」
正常な男性が耳元で聞けば、まず気絶するだろう声音。
管路はその声を何ら反応することもなく、星を仰ぎつづける。
「まぁ、いいわ・・・・ 私は、占いを広めなければならないわね。
これまでの外史にも前例のない、新しい占いを」
「しかし、管路よ。お主は一体、この外史をどうするつもりなのだ?」
卑弥呼の問いに、管路は答える。
「どうかするのは私じゃないわ、彼自身よ」
「それはそうだけど、二人もご主人様を呼ぶなんて正気の沙汰じゃないわよぉ?
しかも、一度は役目を終えたご主人様を・・・」
「本来、在るべき時代から彼を抜き去り、ここへ連れてきて別の時代を歩ませる時の管理者たる私たちが、正気など保っているわけがないでしょう?」
貂蝉の言葉に割り込みながら、管路は楽しくてしょうがないとでもいうかのように笑う。
「この世界は、この時代は・・・いいえ、正しくは『北郷一刀』が関わることが定められ、そこから枝分かれした多くの外史は、私たちが歪ませると言っても過言ではないのだから」
「管路! 貴様、時の管理者の責を何と心得る!」
卑弥呼の非難の声などどこ吹く風、管路は笑いながら愛しげに流れゆく赤き星を眺めた。
「ウフフ、知らないわ。
それに二人は蜀と呉の彼をかっているんでしょうけど、私は魏の彼をかっているのよ。だから、独断でこの外史を作ったのだから」
「ということは、彼女たちの記憶はあなたがいじったのね?」
貂蝉の言葉に管路は否定することなく、赤き流星を背に手を広げた。
それはまるで赤き流星を背負うように、あるいはその二人から流星を守るかのようにも映った。
逆光のせいで口元しか見えていなかった彼女の表情は完全に見えなくなり、声だけが彼女の感情を表すものとなった。
「あなたたち二人と、許子将が別の外史へと彼を向かわせたように、私も彼をここへ運んだ。
あなたたちは何も知らない彼を、私は一度終わりを迎えた彼をね。彼女たちの記憶は、私から彼への贈り物」
あくまで楽しげに、その場で数度地面を蹴るように飛び跳ねた。
「 」
管路はそっと口元へ人差し指を持っていき、その場で小さく何事かを呟く。
そして次の瞬間、彼女は音もなく、その場から消え去った。
「奴め、一体何を考えておる」
「あらぁ? 卑弥呼。わからないの?
彼女もまた、あたしたちと同じ恋する漢女っていうことよ」
貂蝉のその言葉に、卑弥呼はわずかに眉を寄せたが何かを理解したのか顎に手を当てて頷いた。
「フム・・・ なるほど。ならば我らも、蜀のご主人様にしっかりご奉仕せねばな」
「あらぁ~! それは名案!!」
貂蝉は手を合わせて、右の頬にそれを合わせる。卑弥呼もまた、自分の体を見せつけるようにして両手を頭に当てて体を逸らす。
「我らの肉体美、そして漢女心でご主人様を魅了しようぞ! 貂蝉!」
二人はまるで競うように、そのままそこで様々な姿勢を繰り返す。
正常な人間がそれらを見たら、卒倒するようなおぞましい光景はそのまま一晩繰り広げられた。
次で再会させられるといいなぁ・・・・