蜀への意見、厳しめな回です。これまでも割と厳しいですが・・・・
ですが、欠点を知らないで人は成長できないと思うので、一度容赦なくやっておきます。
蜀の一刀にとってある意味次話からが、本格的な始まりになるかと思います。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
劉備たちの陣へと近づいた俺たちを出迎えたのは、怒りで顔を真っ赤に染め上げた関羽の青龍偃月刀の一閃だった。
俺はとっさに華琳と雛里を春蘭たちの方へと押し、四人を庇うように一歩前へと歩み出る。右斜め下から迫りくる偃月刀へと気休め程度に両手で持った剣を盾代わりとしながら、わずかに見えた背後から俺をどうにか守ろうと走り出す樟夏が映った。
そこから先は妙に世界がゆっくり流れていくような、錯覚に陥る。
自分自身の行動は早くはならないのに妙に全てが遅く、思考が長く感じられた。
「死ねえぇぇぇぇーーーーーー!!」
どうやら本気で俺を殺しにかかってきている彼女に叫びに対して、俺はおもわずポツリと呟いていた。
「それは困るなぁ・・・・」
やっと再会を果たせた、愛する者たちがいる。
未だ再会を果たせていない、愛しい者たちがきっと再会を待っていてくれる。
新しく出会った将来有望な弟たちが、大切な者たちが出来てしまった。
これからも守りたいと願いたい多くのものが、この世界にはある。
たとえどんな怪我を負ったとしても、俺は死にたくはない。
華琳に、あの日と同じ涙を流させたくはない。
いや、華琳だけじゃない。誰にだって、あの日と同じ苦しみをさせたくない。
「俺は死ぬわけにはいかないんだよ」
偃月刀と剣がぶつかり合い、俺の剣はあっさり砕け散っていく ――― もしこの剣を真桜が作ってくれていたなら耐え切ってくれたのかもしれないと思うが、もうどうすることも出来ない ――― 体勢的にわずかに前へと出ていた顔面を刃が通過していく。刃は右頬から眉間を通過し、仮面を両断しながらその刃は俺の顔に決して浅くはない傷を残していった。
「「「「「
五人の悲鳴にも似た声にどうにかして応えたかったが、俺にその余裕はない。
役には立たないだろうがなけなしの武器である折れた剣を右手に持ち、左手で顔面の傷を隠すようにして俺は立っていた。左の視界は流れる血で見えず、右の武器は無いも同然。
どうする? どうする? どうすれば、生きられる?
どうすれば、
「関羽・・・・ 貴様ぁーーー!!」
背後から駆け出そうとする春蘭の道を俺が前に立つことで塞ぎ、わずかに振り返る。不満げな顔が一変し、俺の傷を見て泣きそうなる春蘭の頭を撫でる。
「華琳の傍を離れるなよ、春蘭」
春蘭はまるで、曲がることも、刃こぼれをすることを知らぬ大剣のようだ。
振るう者のない剣など、ただの凶器。正しく使ってこそ凶器は振るわれる意味を知り、大切な者を守る剣となる。
おかしなことに春蘭が熱くなってくれたから、俺はかえって冷静になっていた。
「さて、これは何の真似だろうか? 関羽殿」
傷を隠しながら、俺は平静を装って問う。
彼女は荒い呼吸を繰り返しながら、偃月刀を下ろそうとはしない。それを警戒してか、樟夏が俺の隣に守るように並んだ。
だが、並んでいる樟夏から漏れる気は穏やかなものではない。春蘭のような溢れ出る殺気でも、秋蘭の潜める殺気でもなく、その場に居る者をその空気で殺してしまいそうな冷たいものだった。
「貴様は! 私たちと共に戦った同朋たちを賊などと共に弔い、彼らの魂を汚した!!
それだけはなく! その遺体を燃やし、彼らの死すらも冒涜したのだ!!
その罪が、この程度で
その言葉に俺は少しだけ状況を理解することができ、どう言葉を返すかと少しだけ迷う。
賊たちと共に弔う点に関しては潔癖な関羽が気づけば考えそうなことだと思っていたし、そのために俺個人で動いたのだが予想外なことに一部隊とはいえ、軍が動いてしまった。将の全員とは言わずとも、誰かしらは気づいてしまうだろうことは予測できていた。
遺体を燃やす点については、かつてこちらでも問題視された。桂花に関しては、もしかしたら前の記憶がなかったら説得は不可能だったのではないかと思う。桂花に限らず誰もが儒教の教えにそれほど執着しているわけではないが、大陸を広く覆ったこの考えを理解してもらうには華琳の協力がなければ難しかっただろう。
「返す言葉もないだろうな!
貴様がご主人様に言った言葉は所詮口先だけのもの、貴様は人の死を冒涜したのだ!!」
「ふざけるのも大概にしてもらいましょうか?」
彼女の言葉に苦笑交じりに何かを返そうとした俺によりも早く、樟夏が口を開いていた。
「樟夏?」
「兄者はしばらく黙っていてください」
俺の言葉に樟夏はすぐさまそう返し、俺よりも前へと歩み出た。
「自分が知っている範囲でしか物を考えず、それ以上考えようとした形跡が全く見られない。
昨日の一件もそうですが・・・・ 主君も主君ならば、将も将ですね」
そう言って失笑しながら、樟夏は劉備たちの陣を見る。
「どこで集めたかもわからない兵士たちに私たちから受け取った糧食と装備、あなたたちが守るべきものなど、それこそ己の身と真名を預けし者たちだけなのでしょう」
「なっ?! 貴様ぁ!!」
「樟夏! 言いすぎだぞ!!」
「聞こえませんね、兄者。
守るべきものが何一つなく、挙句、物事の一面を見ただけで全てを理解したつもりでいる愚か者にはこれくらいがちょうどいいでしょう?
本来感謝してしかるべきである死者を弔った兄者を、己で考えることもせずにあり余る武を振り上げ、負傷させた。
そもそも軍議にわざわざ赴いたこちらに出会いがしらに刃を向けた時点で、私たちを敵に回す理由には十分すぎるのですが?」
俺の注意も聞かず、関羽の怒りの声も聞こえぬふりをして、樟夏は語り続ける。
そこには消えることのない怒りが宿り、それはとても冷静で、冷酷でありながら、口元には笑みすら浮かべていた。
「大方、この情報すら自分で仕入れたものではなく、他の者か、兵の誰かから聞いたことを中途半端に聞いて飛び出してきたというところでは?
だとすれば、とんだ猪ですね」
「それ以上の侮辱許しがたい、斬る!」
「やはり、あなたが武を振るう理由は自分を守るためではないですか?
『誰もが笑っていられる』? 『弱い者が虐げられない』? 兄者に対して貴女は『口先だけ』と言いましたが、あなたの主である二人こそ
現実を見ようとせず、理想だけを掲げて多くにすがって、己の無力を知ろうとしない。そしてあなたも孔明も、そうあることを許しているように見える。
主君も、将も救いようがないほどの愚か者ですよ。あなたたちは」
再び激しい怒りで偃月刀を掲げる関羽に、樟夏も双刃剣を構えて、臨戦態勢になる。
「やめろ! 樟夏!!
俺たちの目的は乱を治めることであって、こんな争いをするためじゃないだろう!」
「その火種を生んだ貴様が、何を語るか!!」
偃月刀が振るわれるがそれを樟夏の双刃剣が弾き、俺は無傷だった。
「一度ならず二度までも・・・・ そして、今ので三度。貴女は、私の義兄に刃を向けましたね?」
「愛紗姉上! これは・・・・・」
「「愛紗ちゃん!!」」
ようやく駆けつけてきたのだろう関平と劉備たちが俺たちの間に割って入り、俺は座りかけるのを何とか我慢する。そんな俺を察してくれたのか、秋蘭が背後からこっそりと支えてくれた。
「秋蘭、あなたは冬雲を連れて陣に戻りなさい。
こちらの話し合いは私たちがするわ」
「だが、華琳・・・・」
今の状況じゃ、最悪の事態しか浮かばないんだが・・・
俺の考えをわかったのだろう華琳は俺の元に近づき、そっと顔の傷に触れた。
「大丈夫よ、あなたが心配しているようなことにはならない。
それに今回は、知っている私たち以上に怒っている樟夏に任せようと思っているもの」
「・・・・それが不安なんだが?」
今の樟夏だったら、猪状態の関羽に膝をつけることは出来なくても、軽くいなすことで、相手の勢いだけを利用することを簡単にやりそうだしな。
「そうさせたのは向こうよ?
ちゃんと治療を受けて待っていなさい、冬雲」
「わかったよ、華琳」
華琳の言葉に頷いて、今以上に悪いことにならないことを、心中で祈りながらその場を後にした。
顔を押さえながら、陣へと戻っていると兵の一人が俺に気づいてしまった。
「あっ、曹仁様おかえりなさ・・・・・」
兵はしばらく硬直し、口を大きく開いて息を吸い込む。
どうしよう・・・・ とてつもなく嫌な予感がする。
何とかして、その口を押さえたかったが左手は傷を押さえているから無理だし、右手は秋蘭によってがっちり押さえられている。
「曹仁様、負傷! 繰り返す! 曹仁様負傷!!
医療部隊にすぐさま伝達せよ!」
「やめろ?!」
おもわず秋蘭の手を振り払って、陣の前で番をしていた兵の口をふさぐ。そんなことを言ったら、誰よりも先に白陽が来るに決まっているだろうが?!
「誰が、あなた様を傷つけたのでしょうか?
この傷は剣ではありませんね、ましてや顔を傷つけたのです。長柄の武器・・・・・・ ならば該当者は一人、関羽で間違いないでしょうね。正面からやり合うには面倒な相手ですが、私は隠密。相手の武に対して礼儀正しく戦う必要は欠片もありません。では、少し行ってまいります。冬雲様」
白い影が俺の前に降り立ち、俺の傷口にそっと触れてからその顔は悪鬼羅刹へと変わっていた。ほぼ息継ぎもしないで俺にそう言ってから、関羽の元へと駆け出そうとする彼女の手を俺はしっかりと握る。
今、手を離したら、白陽は確実に関羽を殺してくるに違いない。だが、それは劉備たちと俺たちの間に二度と修復されない亀裂を作ってしまう。それだけは避けなければならない。
「白陽? それも大事だけれど、まずは冬雲様の怪我の治療よ。
でしょう? 秋蘭」
白陽に続いて俺たちの前に来た黒陽が冷静にそう言い、指摘した。
「あぁ。
それに向こうにお前たち隠密が公に見られるのはよくない、私が選ばれたのはお前たちの行動を押さえるためでもある。
何より華琳様や姉者たちが残って話し合いをしている。それを壊しに行くのか? 白陽」
「っ! ですが!!」
「非常に言いにくいのですが、姉さま、秋蘭様」
二人の会話に割って入ったのは青陽、その隣で紅陽が集まってきている兵たちに説明してこの場所を納めようと動いていた。
「まず優先すべきは冬雲様の治療。そして、場所を移すことだと思われます」
青陽のその言葉に全員が頷き、俺は集まっていた兵たちに担がれるようにして天幕へと連れて行かれることになった。
「足とかは全然何ともないんだからやめてくれーーーー?!」
過剰な優しさは、受けている側は非常に恥ずかしいものだと俺は身を持って実感した。
白陽によって丁寧に傷口を洗われ、青陽が傷薬を塗り、秋蘭が俺の顔に包帯を巻いていく。黒陽と紅陽は俺のことを心配して集まった兵たちを散らし、指示をしてから戻ってきていた。
「・・・しかし、どうするかな」
右目ごと覆い隠すように巻かれた包帯に触れ、両断されてしまった仮面を見る。もともと変えるつもりではあったからいいんだが、こんな形で壊されるのは予想外だった。
「冬雲様? 今は
黒陽の心底呆れたような顔を見ながら、俺は笑う。
「どうせ、今回の策をあちらは何があっても譲る気はないだろうさ。
あの場所に俺が居ても関羽に油を注ぐだけだしな、俺たちは華琳たちが状況を収めて帰って来るのを待てばいい」
不安といえば不安だが、俺が樟夏の立場なら同じことをしていただろうから強く責めることも出来ない。
関羽に対しても、怒りに我を忘れての行動でやり過ぎた面もあるが、俺の行動を理解しろというのは無理な話だった。
「俺がやり過ぎた面もあるさ、本来なら放っておいてもよかったようなことをしたんだからな」
弔ってやりたいという部分が大きかったが、装備がもったいないと思ったのも事実だ。
あの状況下で劉備軍が装備を回収することも、遺体を葬る時間がないこともこちらにはわかりきっていたのだから。
「だが、お前がした行動で防げる面もある。
樟夏の怒りは、私たちの思いの代弁だったさ」
「そう言ってくれると、救われるよ」
秋蘭がそう言って背後から、俺の頭を抱えるようにして抱きしめてくれる。
「白陽ではありませんが、私たちも本当ならば関羽を殺してしまいたいんですよ?」
そう言って黒陽が秋蘭に競うようにして、俺の右肩にもたれかかり血が滲む包帯へと触れた。
「黒陽姉さま、ずるーい! 私も冬雲様にくっつく!!」
「それなら、私も」
そう言って紅陽と青陽は座っている俺の、左太腿と右太腿へと乗ってくる。白陽は一瞬迷うようにしてから、正面から俺の胴へと手を回して抱きついてきた。
「・・・嬉しいけど、動けないんだが?」
「「「「「
五人の声が重なり合い、それはとても耳に心地いいのは響きだけでその内容に俺はおもわず苦笑いしてしまう。
「顔なんだから大したことないし、鍛錬したいんだけどなぁ」
事実、その通りだから反論することは出来ないが、それでも俺は動いていたかった。
「「「「「「「「「却下
戻ってきた四人も合わせて、九人から一斉に怒られました・・・・
「・・・・意外と早かったな?」
四人が戻ってきたことにより、五人はさっと離れ、俺たちはいつもの定位置である場所に座り直す。
俺は空気を換えるように話題を変えて、華琳たちへと視線を向ける。
「樟夏が関羽の阿呆に、一撃当ててきたからな!」
春蘭が誇らしそうに背を逸らして、樟夏の背を叩く。
「何やってきたんだよ、樟夏」
俺は呆れながら樟夏を見るが、樟夏は双刃剣に軽く触れてにこやかに笑った。
「猪の頭を軽く叩いてきただけです。
少しは冷静になったんじゃないですか?」
俺はその説明に俺は頭痛がし、顔に触れていた。
何だろう、今日の樟夏は凄く華琳の弟っぽい。
「どういう意味かしら? 冬雲」
そう考えた瞬間、ついさっき見た樟夏と同じ笑みをした華琳が俺を見ていた。
「・・・・俺は何も言ってない」
俺は冷や汗をかきながら、華琳から目を逸らす。
こういうところが似ていると思ったなんて言ったら、何をされるやら。
「幸いなことに、あちらに兄者のしたことの意味を理解していた者が少なからずいましたので、本当に一撃入れただけで済みましたよ。
どれほど強くとも、怒りで単調になった攻撃は読みやすかったのでごく短時間で済みました」
「そっか・・・・ ありがとな、樟夏。俺のことで怒ってくれて」
「礼を言われるようなことは、何もしていません。
私が我慢ならなかっただけですよ、兄者」
俺の言葉に対して、少しだけ照れくさそうにして笑う樟夏に俺は目を細める。俺は本当に良い弟を持ったと、つくづく思う。
「そろそろ軍議の話をしたいのだけれど、いいかしら?」
華琳のその言葉に俺たちは華琳へと注目し、華琳は視線で雛里を促した。雛里も頷きながら、地図を広げた。
「あちらが提示してきた策は、やはり火計でした。
布陣も、あちらが主導となって動くところもこちらの推測どおり。
ただ、冬雲さんが負傷することはこちらにとって予想外のことだったので、冬雲さんを含め曹仁隊は今回本陣の守りに集中した方が良いことと、なるべくあちらと共に行動させることは避けるべきかと」
「そうなるだろうな・・・・」
雛里の言葉に秋蘭が応え、皆も頷く。俺が負傷したことは既に兵内で広まってしまっているため、そのことで兵同士の争いになりかねない。
「籠城している彼らに火矢を放ち、三門それぞれに待ち構える形で兵を配備します。
弓矢兵もあちらは不足していますので、私たちが脅かした相手をあちらが討つ形になります」
「完全に劉備軍が良い所をとる形だな!」
不貞腐れるように言った春蘭の言葉は、皆の本音の代弁だったのか全員から苦笑が漏れる。
「雛里、一つ確認していいか?」
「何でしゅか? 冬雲さん」
俺は手をあげ、一つだけ雛里に確認したいことがあった。
「その間、武のない劉備と北郷はどこに居るんだ?」
「本陣になるかと思いましゅ。
状況を見渡せる場所にこそ本陣を置くべきでしゅから、弓矢隊と同じ崖の上になるかと思います」
雛里のその言葉に頷きながら、俺は顎に手を当てる。
「兄者、おそらく孔明は機を見計らうために前線にいることになるかと思います」
「付け足すなら、あちらの関羽・張飛・関平も前線に立つことになるため、本陣の守りは実質私たちだけとなるでしょう」
そんな俺に樟夏と黒陽が俺の考えていることを理解しているかのように、必要なことを言ってくる。
そして、許可をとるために華琳の方を見ると、華琳は俺を見て微笑んでいた。
いや、華琳だけじゃない。そこに居る全員が、俺へと優しく微笑んでいた。
「俺の考えることなんて、お見通しか・・・・」
そうつぶやくと、華琳が俺へとあの眩しい瞳を向けて言い放つ。
「思いっきりやりなさい、冬雲」
その笑みはこの大陸を自分の持てる力の全てを持って挑む、覇王のものだった。
あー・・・
樟夏の視点を書きたいのですが、この本編の最中に樟夏の視点を入れるのは何となく嫌なので樟夏の視点は黄巾の乱がひと段落してから、番外に置く予定です。
本編はどうしても冬雲視点ですので、わからないところはわかりませんからねー。
感想、誤字脱字等々お待ちしております。