そして、今回は話の辻褄は合わせてあるつもりですが、正直自信がありません。
ですが、これでいいと判断した結果でもあります。
楽しんでいただけるとよいのですが・・・・
いつもありがとうございます。
あの赤い流星が落ちた日から、姉者と春蘭、秋蘭がどこか変わったことは気づいていました。
明確に『何か』が変わったわけではありません。
だが、ただ欲するがまま全てを吸い込んでいた姉者は、一本の芯が通ったように感じられました。
盲目的に姉者に仕えることを目的としていた二人は基本変わりませんでしたが、これまで以上に自己の研鑽に割く時間が増えていました。
これを『違和感』と呼べるほどこの三人の傍に居る者など私しかおらず、周囲の誰もが気づかないまま過ごしていました。
そしてあの日、兄者と出会ったのです。
兄者は私に、何かをしたわけではありません。
普通に接し、話し、わかり合う。
当たり前のように誰にも彼にも手を伸ばし、話しかけ、笑いあう兄者。
そして、私が見てきた誰よりも、それこそ私の『自分は努力家だ』という自負すら霞んで見えてしまうほど全てに対して努力を惜しまぬ方でした。
日が昇りきらぬ早朝の素振りの音、深夜まで消えぬ部屋の明かり、休憩の時間すらも町を歩いては民に話しかけ、困っていることがあれば手を、知恵を貸して笑顔を作る。
人にも、勉学にも、鍛錬にも、全てに対して貪欲に吸収するその意欲は、私の中で並ぶ者などいないだろうと思っていた姉者に匹敵するほど。
だが、兄者はその全てに対して笑みを浮かべて行っていたのです。
目元に仮面をつけていてもわかるその笑みは、まるで
だからこそ、私には疑問と違和感が尽きることがありませんでした。
姉者だけでなく春蘭たちまでその日に真名を許し、何も言わずとも互いにわかり合えているような言動と行動。
それはいくら兄者が人に好かれやすいと言っても、説明がつかない。
桂花殿、季衣殿との出会いでもそれは見られ、樹枝が姉者に問うたことはまさに私が知りたいことの代弁でした。
そんな多くの違和感を抱きながらも兄者の傍に居た理由、それは
『何て凄いんだ! こんな圧倒されるような絵は初めてだ』
『頼りにしてるぞ、二人とも』
『樟夏が持っていた
それは俺じゃなくて、樟夏。お前が最初から凄かったんだよ』
兄者がくれた多くの言葉が、嬉しかったから。
他人は些細なことであり、笑われてしまうようなことだとわかっています。
が、この女尊男卑の世界で、なおかつ己よりも優れた三人に囲まれて生きてきた私にとって、兄者がくれた多くの言葉は自分の全てを肯定されたように感じられてしまうほど大きなものだったのです。
姉者たちの見えぬ繋がりを羨み、だからこそ『義兄弟』という明確な形で繋がりを持てることには樹枝と共に歓喜しました。
そして何よりも、あの姉者自身から『いずれ伝えることになる』と口にしたのです。
ならば、私たちは姉者たちを信じてその時を待つだけのこと。
そして、時は今に舞い戻ります。
偃月刀が兄者へと迫る中、周囲の音が妙にはっきりと聞こえます。
雛里の悲鳴や春蘭の怒声、秋蘭の弓をつがえようとした音。そして、兄者の声。
「それは困るなぁ・・・・」
苦笑交じりのその声は、こんな状況下であってもいつも通りで、そんな中で私はただ兄者が負傷しないようにと走りました。
だというのに、その背には届かないのです。
自分の体と足が鈍くなり、流れる時すら遅く感じられました。
兄者の背が大きく、そして手の届かぬこの距離がひどく遠い。そんな錯覚すら抱いてしまう。
「俺は死ぬわけにはいかないんだよ」
その言葉が発せられると同時に剣が砕ける音が響き、血が舞いました。
「「「「「
私たちの重なり合った声に振り向きもせず、兄者は立っています。
その右手には砕けた剣を持ち、左手を傷に当て、目は関羽から逸らすことはありません。
怪我を負ってもなお兄者は、私たちを守ろうとしていることがその背からはっきりと伝わってきてしまう。
そして、そんな兄者の隣へと並ぶ瞬間、視界の端に移った姉者がわずかに顔をしかめ、何かに耐えるように拳を握るのを映りました。
「関羽・・・・ 貴様ぁーーー!!」
私たちの怒りをそのまま表すように春蘭が飛び掛かろうとするが、兄者はその前に立つことで行動を遮る。そして、春蘭へと優しい声音で語りかけました。
「華琳の傍を離れるなよ、春蘭」
その一言と傷を見て、沈静化した春蘭はどこか落ち込みながら姉者の傍に戻りますが、その目は関羽への怒りはけして冷めてはいませんでした。
かつての春蘭なら誰が止めたとしても、溢れる感情に逆らうこともなく先程の関羽のように剣を振るっていたことでしょう。兄者の存在の大きさを、こんな些細なことからも実感します。
「さて、これは何の真似だろうか? 関羽殿」
平静を装っているとわかっていても、冷静すぎるその対処に尊敬と同時にある種の恐怖すら感じました。
自分へと刃を向けた者がまだそこに居る状況下、しかも相手はまだその凶器を持って襲い掛かってくる恐れすらある中でどうしてそこまで冷静で在れるというのでしょうか?
だがその疑問以上に、私自身春蘭と同様に関羽へと冷たい怒りを抱いていました。
こいつは一体、何をした?
姉者たちの愛する者であり、陳留の民に愛されし赤き星の天の使い。
曹の元に集う四季の一角であり、私の義兄に怪我?
大陸のどことも知らぬところから出た雑軍の、将ということすらもおこがましい存在が兄者に怪我をさせた。だと?
「貴様がご主人様に言った言葉は所詮口先だけのもの、貴様は人の死を冒涜したのだ!!」
関羽が何か言っているが耳に入ってこず、最後の言葉だけで大体の怒りの理由は簡単に想像することが出来ますね。
「ふざけるのも大概にしてもらいましょうか?」
兄者ならば笑って誤魔化すでしょうが、私はもう我慢の限界が来ているんですよ。
この『軍』ということすらおこがましい集団に対して、ね。
「樟夏?」
「兄者はしばらく黙っていてください」
兄者の止めの言葉すら一言で斬り捨て、私は一歩前に歩み出る。
「自分が知っている範囲でしか物を考えず、それ以上考えようとした形跡が全く見られない。
昨日の一件もそうですが・・・・ 主君も主君ならば、将も将ですね」
『火葬』という未知なることに対して考えようともせず、ましてや聞こうとする耳も持たずに武器を掲げた。
いえ『争いをしたくない』と言いながら、武器を持った彼女たちならばおかしくはないことなのでしょうが。
言葉で解決すると言いながら、『賊を殺す』という手段をとった彼女たちならば今のような猪じみた行動もむしろ納得がいくというものでしょうね。
そして私は、わざとらしく失笑する。
「どこで集めたかもわからない兵士たちに私たちから受け取った糧食と装備、あなたたちが守るべきものなど、それこそ己の身と真名を預けし者たちだけなのでしょう」
『お前が言う『それくらい』が、あらゆる苦労の元に生まれていることをお前はもっと知るべきだな!』
あの時の兄者の怒りは、正当だった。
今、あちらの軍を成り立たせている糧食も、纏っている装備も陳留の民の税。
私たちが民と交わした『軍が民を守る』という、無言の契約の元に託されたもの。
彼女たちに守るべきものなどなく、先日の戦いを見ても民を見ているとは思えない。
守るべき土地も民もなく、ただ旗を掲げて兵を集め、黄巾賊と争うことは彼女たちの自己満足以外の何物でもない。
「なっ?! 貴様ぁ!!」
「樟夏! 言いすぎだぞ!!」
怒りだす関羽、強い口調で兄者が注意してくるが私は言葉を撤回する気も、やめる気もさらさらありません。
「聞こえませんね、兄者。
守るべきものが何一つなく、挙句、物事の一面を見ただけで全てを理解したつもりでいる愚か者にはこれくらいがちょうどいいでしょう?
本来感謝してしかるべきである死者を弔った兄者を、己で考えることもせずにあり余る武を振り上げ、負傷させた。
そもそも軍議にわざわざ赴いたこちらに出会いがしらに刃を向けた時点で、私たちを敵に回す理由には十分すぎるのですが?」
そして、兄者を負傷させた今回の一件。姉者はまだ黙っていますが、一体どう対処成されるのでしょうね?
陳留に残っている将と兵、そして民が聞いたらどうなることやら?
正直今から、その混乱が目に見えるようですよ。
「大方、この情報すら自分で仕入れたものではなく、他の者か、兵の誰かから聞いたことを中途半端に聞いて飛び出してきたというところでは?
だとすれば、とんだ猪ですね」
「それ以上の侮辱許しがたい、斬る!」
「やはり、あなたが武を振るう理由は自分を守るためではないですか?
『誰もが笑っていられる』? 『弱い者が虐げられない』? 兄者に対して貴女は『口先だけ』と言いましたが、あなたの主である二人こそ
現実を見ようとせず、理想だけを掲げて多くにすがって、己の無力を知ろうとしない。そしてあなたも孔明も、そうあることを許しているように見える。
主君も、将も救いようがないほどの愚か者ですよ。あなたたちは」
掲げられ自分が無知であることを改善しようともしない白の遣いと劉備も、それを指摘せずむしろ包み込もうとする関羽と孔明も、それを見ようともせずに放置している関平も、年齢を言い訳にして理解しないことを許されている張飛も、全員が愚かだ。
その言葉に関羽が再び偃月刀を構えるのを見て、私も愛剣である『
「やめろ! 樟夏!!
俺たちの目的は乱を治めることであって、こんな争いをするためじゃないだろう!」
「その火種を生んだ貴様が、何を語るか!!」
関羽が振るった偃月刀を軽く弾き返し、私は鋭く睨みつけました。
「一度ならず二度までも・・・・ そして、今ので三度。貴女は、私の義兄に刃を向けましたね?」
私の怒りの声にあちらの軍から複数の足音が聞こえ、私はそちらにわずかに意識を向け内心で舌打ちをしてしまいました。
数が増えるのは面倒ですね。
「愛紗姉上! これは・・・・・」
「「愛紗ちゃん!!」」
関平と無能主君達ですか。
私はいまだに武器を構えたまま、そちらも関羽同様に睨みつけました。
「秋蘭、あなたは冬雲を連れて陣に戻りなさい。
こちらの話し合いは私たちがするわ」
「だが、華琳・・・・」
「――――― ちゃんと治療を受けて待っていなさい、冬雲」
「わかったよ、華琳」
姉者の言葉に兄者が渋るという珍しいやり取りを聞きつつ、兄者は秋蘭と共に陣へと戻って行きました。
そうして兄者が去った後、硬直して動かないその場を変えるように手を叩く。
「まず樟夏、剣を引きなさい」
「ですが! 姉者!!」
想定外の姉者の言葉に、思わず振り向いて怒鳴り返すと姉者の冷たい目がこちらを見ていました。
そこには言葉と行動にこそ出していないが、確かな怒りがあることを示しいます。
「私たちはこちらに軍議をしに来たのよ? 本来の目的を忘れないことね、樟夏」
「・・・はい」
怒りを抱いているのは私だけではない。
今回それを露わにしているのが、私と春蘭というだけで雛里も、秋蘭も同様でしょう。
「軍議を行う天幕に案内なさい」
「軍議だと?!
貴様らと話すようなことは・・・!」
「黙りなさい。関羽」
怒鳴ることもない姉者のその言葉に、その場にいた誰もが威圧されたかのように押し黙る。
「自分がした行動の重みもわからない人間とは、会話をしたくないのよ」
「何だとぉ!!」
姉者へと振るわれかけた偃月刀、これで四度目だ。
ただし、姉者に言われたとおり、私たちはここに軍議をしに来たとわかっています。
ならばと思い、私は姉者の前へとさりげなく歩みより、愛剣で関羽の足を払う。
「なぁ?!」
無様に転ぶ関羽はそのまま体勢の崩れ、顎が来るだろう場所へと回した勢いをそのまま生かす形で拳を振り上げる。
「がっ?!」
何をされたかもよくわからないといった表情で、そのまま崩れ落ち静かになりました。どうやらうまく当たりすぎて、気絶してしまったようですね。
「「愛紗(ちゃん)?!」」
現に、そのまま倒れたまま起き上がらない関羽へと主君二人は大慌てを始めました。
どうやら目で追えていたらしい関平は、私へと何やら複雑そうな視線を向けてきますが、結局は何も言わずに関羽を担いで別の天幕へ連れて行きましたね。
それと入れ違いに孔明が走ってきて、その手には何やら書簡を持っていました。
「こんな状態じゃ、とても軍議は始められないので・・・・ はぁ、はぁ・・・・
今回の・・・ この一件は、後日再び話をするという形で、先日の一件もありますし、こちらの顔を立ててくだしゃいませんか?」
書簡を受け取りながら、姉者の顔は変わらない。
それはつまり、こちらの予想していた通りの策だったことの証明。
「いいでしょう。
本陣は手が空いているこちらの兵が守りを固めるけれど、大丈夫かしら?」
さりげなく劉備たちがいることになるだろう本陣の守りをとる辺り、流石は姉者だと思います。
おそらくはその際に、何かしらの行動を起こすのでしょうね。
兄者も何もしないという筈がないでしょうし、人材の少ないあちらが前に出るというのならその全てを投入しなければ功績を得るほど動けないことは明白ですし。
「はひ! お願いしましゅ!!
それでは、私たちはこれで失礼します」
孔明は考えている余裕もないのか、その場で軽く賛同を示した後、その場を走り去っていった。
そして、孔明が完全に見えなくなってから突然背中に衝撃が走りました。
「樟夏!! よくやった!」
春蘭からのお褒めの言葉とともに、何度も背中を叩かれ、満面の笑みを向けられるなんて初めてのことで戸惑いますが、嬉しいものですね。
おもわず口元に笑みがこぼれますが、姉者はそんな私たちに聞こえるように溜息をこぼしていました。
「・・・・まぁ、今回は不問としておいてあげましょう。
関羽も何をされたかわかっていないでしょうし、あれ以上の最善の行動はなかったわ。
何よりもこちらの想定通り且つ、劉備たちが本陣にいるこの策で私たちが本陣で彼らの安全を守るという建前を使えるようになったんだもの」
「樟夏さんは一体何をしたんでしゅか???」
頭痛を堪えるように眉間へと書簡を当てる姉者と、私が一体何をしたのかわかっていない雛里に姉者が『あとで説明するわ』とだけ言って、その身を翻しました。
「さぁ、戻るわよ。三人とも。
一度、軍議をしてから、戦闘準備よ!」
「「「はいっ!!」」」
姉者のその言葉とともに、私たちは兄者たちが待っているだろう天幕へと向かいました。
そして、予告通り書けなくて申し訳ありません。
お菓子のネタは書いているのですが、まだうまくまとまってません。
本編も以下同文です。
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