真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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書けました。
いろいろ苦戦しましたし、苦悩もしましたが、私は好きなように書いていきます。
その結果、読者の方が楽しんでいただけたら幸いです。

これからもどうぞ、よろしくお願いします。


21,共同戦線

 俺は崖の上から砦を見下ろしながら、傍らにいる右目代わりの夕雲をそっと撫でる。

 軍議後、策は日が暮れぬうちに実行されることが決定し、他のみんなは準備に移った。俺は視界不良のため危険であることと、本来の目的からずれた戦意向上を防ぐためにうろつくことを禁じられた。

 戦闘開始寸前の今も、黒陽たちと共に本陣にて待機をするように命じられた。

 過保護な白陽には杖を用意され、影の中に控えられている状態だ。

「劉備、か・・・・」

 かつての俺にとって、彼女は理解できない者だった。いや、それは今も同じかもしれない。

 俺が見てきた王が華琳だったということもあるが、警邏隊の隊長でしかなかった俺が彼女と接する機会などなかった。今回のように顔を会わせて名乗り合うのも初めてのことであり、あの時の彼女にとって俺は『天の御使い』という『理解できない何か』であったことだろう。

 

 だがそれは、俺にとっても同じことだった。

 

 黄巾の乱の頃にいつの間にか現れ、董卓軍連合にて活躍し、袁紹から逃げ延びた先で大きな勢力となって、俺たちと対峙した厄介な存在。

 優しき理想を掲げ、有能な将を持ちながら、何故か土地を持たずに転々としていた。だが不思議なことに、将も、民も劉備(彼女)へとついていく。

 争いを嫌い、人の死を拒んでいながら、彼女はあまりにも現実を見ていない。

 正直、どうして華琳と対立していたのかも、俺にはよくわからなかった。

「・・・・厄介なのは、関羽だよなぁ」

「殺ってしまいましょうか?」

「うん、それはないからな? 白陽」

 俺の独り言に、すぐさま返してきた白陽へと答える。

 影の中から溢れてくる静かな殺気を感じながら、俺はただいつもと変わらない声で何ともないように返せていた。

「殺させてください、冬雲様。

 劉備軍をこの先に残しておいたとしても、厄介な存在にしかなりません。特に関羽の独善的な正義感は危険であり、白の天の遣いの知識も良い方向へと向かうとは思えません」

 鋭い、というのが率直な感想だった。

 今後のことを考えるのなら、確かに劉備たちの矛である関羽を奪った方が楽ではあるだろう。

 だがそれは、俺たちが目指す未来(さき)ではない。劉備たちとの間に治すことのできない亀裂を作ることは避けるべきだ。

「却下だ。

 華琳と俺が目指しているものを、白陽たちならわかっているだろう?」

「ですが! 関羽は冬雲様を傷つけました!!

 華琳様たちに刃を向け、あなた様の命すら危うい状態に追いやったのです!」

 出会って日以来聞くことのなかった白陽自身の感情を露わにした声は、彼女がそれほど怒っていることを示していた。

 そして恐らく、この思いは白陽に限らず、将の、兵たちの思いでもあるだろう。

「あと一歩! あと一歩でも前にいたら、あなた様の命はなくなっていました!!

 いいえ、仮に命は奪われずとも! あと少しでもずれていたら、あなた様の目が斬られていたのです! もし、そうなっていたら私は!

 誰の制止があろうとも、関羽を殺しにかかっていました」

 最後の言葉だけがそれまでの熱を帯びた声とは違い、温度が急激に下げられた。

 そして俺はその言葉に、返す言葉もなかった。

 かつてのままだったなら、俺は確実に死んでいた。かろうじて華琳たちを庇うことは出来ても、自分のことまで頭が回らず、避けることは行動に移すことも出来なかっただろう。

 死ぬことはなくとも、剣で防ぐことも、ずらすことも出来ないまま、これ以上の怪我を負っていたことが簡単に想像できてしまう。

「かもな」

 だというのに、俺は笑っていた。

「冬雲様! 笑いごとではありません!!」

「だけどな? 白陽。

 俺はこの怪我をしたとき、ほっとしたんだ」

 俺はあの瞬間、死ぬわけにはいかないと思っていた。

 だが、同時に考えていたのは過ぎ去ったあの日に抱いた思いと同じで、俺はそれが少しだけ誇らしかった。

 『あぁ、俺は変われているのだ』と、無力のままでないことを誇らしく思えた。

「あぁ、華琳たちが怪我をしなくて、傷つかなくてよかった。

 この程度で済んで、俺でよかったってさ」

「冬雲様・・・・ あなた様はご自分の立場を低く見過ぎです!

 あなた様が死んでしまわれたら、どれほどの事態が起こるかをいい加減正確に理解なさってください!!」

 その言葉は軍議を終え、天幕を離れる間際に華琳に言われたことと重なった。

 

『冬雲、あなたはいつまで警邏隊の隊長のつもりでいるのかしら?

 いい加減、責務以外の自分の立場を正確に理解しなさい』

 

「・・・・あぁ、わかったよ」

 わかっていてもきっと、俺の行動基準はあの時から変わらない。

 だからこそ、変えることのできる未来(さき)を、少しでも成長できた今を使ってやりきってみせる。

 今よりも、もう少しだけ胸を張って、堂々としなければ、後ろの部下を不安にさせてしまうことを、今やっと気づかされた。

「もう少し堂々と、胸を張って歩いてみるよ」

「そうなさってください。冬雲様」

 その言葉を最後に俺たちの間には沈黙が流れたが、その沈黙はけして重苦しいものではなく、穏やかなものだった。

 

 

「・・・・そろそろだな」

 華琳と劉備の口上の元に鬨の声があがり、俺は兵たちの雄叫びを聞く。それと同時に背後から三つの気配を感じ、俺は呼ばれる前にそちらを向いた。

「冬雲、待たせたわね」

「待ってないぞ? それよりも華琳の口上を間近に聞けなかったのは残念だ」

 鎧姿の美しい華琳の背後に、どこか緊張した面持ちの劉備と北郷が立っていた。

 二人は俺が視線を向けると、さらに体を強張らせ、どこか申し訳なさそうに眉間にしわを寄せた。

「今回は、その・・・・」

 劉備が口を開くが、俺はそれを手で制し、首を振った。

「謝罪の言葉は不要だ、劉備殿。

 そちらの言い分もわかるし、関羽殿に関してはやり方は間違っていたとしても仲間を思いやっての行動だとわかっている。

 死者の弔いに関してはそちらに声をかけ、説明の場を設けてから行うべきだった」

 こちらにも不足があったのは事実だ。

 儒教の考えの元、理解されにくいことを一度経験しておきながら、相手への配慮が欠けていた。

 しかも、ついさっきまで敵として憎んだ相手を、共に戦った同朋と弔われれば怒りもするだろう。

「・・・・やっぱりあれは、火葬だったのか」

「あぁ、その通りだ。

 土葬ではあまりにも時間がかかりすぎるし、土地にもよくない。かといって野晒しは、次の賊を生んでしまう。儒教に反するが、これよりも良い方法が浮かばなかった」

 北郷の言葉に俺は頷き、さらなる説明を付け加える。

「ご主人様、火葬って?」

「あとで説明するよ、桃香。

 ありがとう、曹仁さん。俺たちじゃ手の回らないところをやってもらったこと、本当に感謝してる」

 俺たちを静聴し、戦場から目を逸らしていなかった華琳が、一瞬だけ俺にしかわからないように厳しく睨んできた。

 わかっているよ、華琳。『それはそれ、これはこれ』だろう?

「関羽殿に対する罰の件だが・・・」

「「っ!!」」

 俺がそう言った瞬間、緩みかけた二人の表情はあからさまに硬くなる。

「正直、俺としては罰がなくても良いだが、それはどちらの軍に対しても示しがつかない。

 それに、この傷に関して俺以上に怒りが収まらない者が多くてな」

 ちらりと見るのは護衛として立っていた兵の一人、今回本陣の守りを俺の部隊が行っているから当然だが俺の顔見知りの一人で在り、一班の隊長を務めている猛者だ。周囲に気を配ってはいるが、二人へと向ける怒りを隠そうともしていない。

下の者()の失敗は、上の者()が責任を持つべきだ。

 それがどんな独断の行動であっても、だ」

 たとえそれをどれほど将自身が否定したとしても、己がしたことは何らかの形で王に返って来ることを学ばなければならない。また王も、彼らが何を成しても受け止める義務がある。

 王は無知であってはならない。

 それは知識の面においても、責任の面においても、だ。

「今から始まることを劉備殿、北郷殿が目を逸らさずに見ることが、俺が劉備軍に下す罰だ」

 そう言って華琳を見るとわずかに頷き、俺もそんな彼女の隣に立つ。

 華琳が背負う多くの命の一端を背負うと、俺は決めたのだから。

「黒陽! 弓隊に火矢を放つように伝えなさい!!」

「はっ!」

 華琳の影から黒陽が飛び出していき、最初の一矢が紅陽と青陽が砦内に積み重ね、油をかけておいた食糧に刺さり、炎が生じた。

 そこから少しずつ混乱が生み、その混乱を飲み込むように黄巾の兵たちの頭上に火矢が降り注ぐ。

 混乱が混乱を呼び、人が人を押しのけ必死に生きようと出口へと向かって行く。

 火達磨になる者、矢が体に刺さり泣き叫ぶ者、水をかけ消火しようとする者もいるがそうした者は次々と降り注ぐ矢によって死んでいく。

 門から出ても待ち構えていた将、兵たちが彼らを次々と殺していく。首を斬り、腕を離れさせ、地面に倒れた者にもとどめを刺す。

「う・・ぁ・・」

「・・・ひどい」

「・・・・酷い、ね」

 二人の言葉におもわず零れてしまったらしい華琳の言葉は、どこか怒りと悲しみを帯びていた。

「その命を奪っている関羽殿を、二人は恐れるのか?

 この策を立てた孔明殿を、二人は『人でなし』と罵るのか?」

 俺はそう言って砦の外を、おそらく劉備軍が交戦しているだろう場所を指差した。

 死を恐れてなおも、大切な者のために立ち向かおうとする勇者たちがそこにはいる。

 いや、彼女たちだけではない。この場にいる者たちは誰もがそうなのだ。

 明日のため、家族のため、大切な何かのために、ただ必死になって生きている。

「多くの命を奪い、己の命をかけてまで大切な者を守ろうとする『将』を。

 人の命を奪うことを前提に策を立て、その未来(さき)を描こうとする『軍師』を。

 『王』の理想のために、あそこで多くの責任を背負って立っている者たちがしていることから、お前たちは目を逸らすのか?」

「「?!」」

 俺の言葉に二人が驚くような気配がし、わずかな間背後から二人が会話するような言葉が聞こえた。

「あなたは甘すぎるわ、冬雲」

 華琳が苦笑気味に俺へと囁くのを聞き、俺は首をかしげる。

「そうか? かなり残酷だと思うけどな。

 こんな光景を、死を日常的に感じることのなかった者に見せるんだからな」

 これを乗り越えなければ、劉備にも、北郷一刀にも華琳に並び立つほどのものがなかったというだけ。俺たちが何かしなくとも、大陸の塵となるだろう。

「これを超えたら、彼女たちは厄介になるわよ」

 その言葉とは裏腹に、華琳は心底楽しそうに笑んでいた。

「どうだかな。

 だけど華琳だって、こうするつもりだったんだろう?」

 俺はそれに対して、肩をすくめて苦笑するに留めた。

「どうかしらね?」

 互いにわずかに笑いあいながらも、俺たちは眼下に広がる光景を見続けた。

 黄巾の乱(これ)はまだ、始まりにしか過ぎない。

 これらも多くの血が、この大陸に流れてしまう。

 そしてこの乱の上に立つ俺たちは、この光景から目を逸らしてはいけないんだ。

 一つの命を軽んじることをしてはならない。

 だが、多くの命を見渡すことも忘れてはならない。

 王とは、なんと苦難の道を歩むのだろうか。

「王は、大変だよな」

 そっと華琳の左手と自分の右手を重ね、指を交差させるように握る。いわゆる恋人つなぎと言われるものなのだが、ただ重ねるのではなく今はこうしていたかった。

「そうね・・・・ 『王は孤独』だと、かつてはそう思っていたこともあったわ。けれど・・・」

 そう言ってから、華琳が俺の手を握り返してきて、少しだけ視線をこちらに向けてきた。

「私は、けして独りではなかったわ。

 この責務を共に背負ってくれるあなたが、多くの愛しい者たちがいる。

 それらは全て、私が望んで得たもの。『当然だ』と胸を張ることも出来る。

 けど一つだけ、私の予定に全くなかったものが、幸運なことに手に入った」

 そう言いながら華琳は手を伸ばして、俺の傷を包帯越しに指で撫でていく。

「それは・・・・ あなたよ」

 蒼き瞳が俺だけを見ている。俺はそこに吸い込まれるように、ずっと見つめ続けていた。

「あなたがいたから私は私を捨てずに、王となれる。

 愛しているわ、私の雲。

 どうかいつまでも、そうして浮かんでいて頂戴」

 その目は戦場を前にしているだけあって城ほど余裕はないが、それでも誇り高く美しい花が咲いていた。

「あぁ、勿論だ。

 俺の日輪、誇り高く美しい華。

 ふわふわ浮かんでた俺すら捕まえて、変えさせてくれた誰よりも愛しい人」

 俺を変えてくれたのは華琳、それをさらに高めてくれたのはみんなだった。

 なぁ? 北郷一刀。

 お前にとっての彼女たちも、きっとそんな存在だろう?

 天ではどこにでもいるような俺たちを出会い、必要とし、支え、変えてくれる。

 だけど、そこからは俺たちの努力次第。彼女たちと共に居たい俺たちがどうするかにかかってる。

 今、お前が立っているのは、歴史のどこにだって存在しない場所。

 天とは環境も、時代も違ってはいるが、人の本質は何も変わってなんかいない。

 何かを選んで、誰もが必死になって生きていることだけはまったく変わらないところなんだよ。

 

 しばらくすると、一歩また一歩と恐れながらも二人は俺たちの横に並んだ。

 その足は震えているが、二人で手をとり合って、まるで互いに互いを支えるようにして立っていた。

 まるで新兵の初陣を見ているようなその姿は弱々しく、だが必死に恐怖と立ち向かおうとする覚悟をその目に宿っているように見えたのは、見間違いではないだろう。

 (げん)に彼らは、そこからもう二度と目を逸らそうとも、後ろに下がろうともしなかった。

 『厄介な存在になったぞ?』と俺が視線を向けると、華琳はどこか満足そうに目を細めていた。

「なぁ・・・ 曹操さん、曹仁さん。

 この戦いの後の死体を片づけるのを、俺たちにやらせてもらえないか?」

 その申し出に俺は少しだけ驚いたが、いつも通りを心がけて答えた。

「かまわないが、王であるお前たちが現場に立つことは出来ないと思うが?」

「いいえ! 私たちも現場に立って行います!!

 私たちは・・・・ 朱里ちゃんや愛紗ちゃんたちが背負っている物を、恥ずかしいことに、何も知らなかったことが今やっとわかったんです・・・」

 劉備殿の言葉に華琳は本当にわずかだけ嬉しそうに目を細め、楽しげに笑っていた。

「こちらとしては一向に構わないわ。

 けれど、そちらの将たちが何というかまでは知らないわよ」

「「それは()たちが何とかします。どうかやらせてほしいんです!」」

 二人のその言葉に俺たちはゆっくりと頷き、二人はもうじき終わる戦いのために俺たちに背を向けたが、北郷は一度だけ振り返った。

「あの・・・ 申し訳ないんだけど、死体の処理の方法を教えてもらってもいいかな?」

 その申し出に俺は頭を掻きながら、まだあれが残っていたかどうかを思い出そうとしていた。

「あー・・・ 白陽。まだあの書簡、残ってたか?」

「ここに」

「あぁ、助かる」

 火葬を説明する際、多くの村で話し合いの場を設け、そのやり方に賛同してくれたところにはやり方等を説明する書簡を渡した。その余りが今、白陽が出してくれたこれだ。

 土葬はどうしても、農作業並の労力がかかってしまう。それをなくすための手段でもあったし、疫病を流行らせないための手段としても有効なため、官よりも民には受け入れられるのは比較的楽だった。

「ありがとう。

 それじゃぁ、また」

 そう言って駆け出す北郷を見ながら、俺は彼に多くの可能性を感じていた。

「これから大変だな、こりゃ」

 責任と命を見つめた彼らは今後、王と将、兵と共に強力な結びつきをもって俺たちの前に立ちはだかってくることだろう。厄介な敵になることは、間違いない。

「だからこそ、そのときが待ち遠しいわね」

 そう言って笑う華琳は楽しげで、俺はそれにつられて笑う。

 

 

 譲れぬ信念と信念のぶつかり合い、華琳が望む戦いの種がここに播かれた。

 いつか訪れるだろう彼女たちとの戦いは、きっと憎しみなど抱くことのないかもしれない可能性がここに生まれた。

 




次は前線での雛里・朱里、関羽・関平の会話を予定しています。

あともしかしたら、番外を消してこちらにまとめるように設置するかもしれません。
それは黄巾の乱を終えてから、のんびり考えたいと思います。

感想、誤字脱字等々お待ちしております。

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