真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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前回より、千字ほど多くなりました。
そして、この後活動報告にてアンケートを取りたいと思います。
興味もある方は是非、そちらもご覧くださいませ。


3,二度目の始まり

 頬にあたるのはどこか乾いた風、あの日と同じ砂の匂い。

 だが俺はあの日と違い、安心して目を開けられる。

 右も左もわからないでいたあの日、持ち物なんて本当に身一つだけだった。携帯も、最低限にしか持っていなかった筆記具も、使えないものばかり持っていた。

「まぁ、それは今も似たようなもんか」

 鞄に詰められているのは本ばかり、しかも帝王学や治世に必要なものではなく、水道、衣服や食、生活に関するものばかり。

「桂花辺りにはど突かれそうだな・・・・

 『アンタ、こんな使えないものばっかり持ってきて!』とか言って、でも、治世とかは華琳がする方法で間違ってないと思うんだよなぁ」

 人が多いこの大陸の、人が毎日死ぬのが当たり前の現状で、まず優先されるのは壊れない地盤を作ることだ。

 

 一つの国を守り、衛生を管理し、治安を維持する。地道で決して楽ではないが、確実に人は増え、国は豊かになる。

 多くの才あるものを見出し、育て上げ、文化としていく。

 

 そのどちらも聞くだけならば容易だが、上に立つ者は才を見出す眼力と、確かな判断力がなければ実現は不可能だ。

「はぁー・・・・ やっぱり、凄いなぁ」

 武も、智も、いくら学んでも、みんなに届いた気がしない。

「それでも、俺なりに頑張りますかねっと」

 砂だらけの地面から立ち上がって、ジーパンに着いた砂を払う。

「あぁ、来た来た」

 あの日と同じ荒野、そこに来る黄色の布を纏った三人組。

「ハハッ、あんたたちにもある意味、会いたかったよ」

 この出会いも前は全然嬉しくなんてなかった。

 状況すら呑み込めずに、突然刃物を突きつけられて、俺は何も出来なかった。

 だが、もうあの日ほど俺は今、無力じゃない。

「あぁん? おかしなこと言う、兄ちゃんだな」

「まったくだな、兄貴」

「んだんだ」

「俺自身、あんまし考えて言ってないからね」

 そう言いつつも、口から笑みが消えることはない。

 地面に立つ、人と出会う、呼吸する、風を感じる、空を仰ぐ、この世界に戻ってきたんだと実感できる一つ一つ、それら全てが嬉しくてたまらない。

 この空の下に会いたい人が生きている。たったそれだけが、何て幸福なことだろうか。

 

 会いたくて、会えてなくて、時代も世界も違う場所へと追いやられ、砂粒ほどの可能性に縋り付いて、努力を続けた。

 この努力が無になるんじゃないかと、思わぬ日がなかった。

 あの世界で得た幸せに甘えることは、いつだって出来た。

 不安と恐怖に挟まれてもなお諦めることは出来ず、何もせずとも得られる幸せをかなぐり捨ててでも会いたかった。

 この世界に戻りたい。誰よりも彼女たちの傍に居たい。

 狂おしいほどの思いからか、気がつけば髪は白くなっていた。

 

「まぁ、そんなことはどうだっていいんだよ。頭おかしくても、金さえ持ってりゃぁな。

 さっ、兄ちゃん。死にたくなけりゃ、金出せや」

 俺を囲むようにしてから、三人の内の頭であろうヒゲが剣を突き付けながらそんなことを言ってくる。

「俺、こっちの金持ってないんだよなぁ・・・・」

 あの日のような恐怖なんて、少しも抱かない。

 それはそれ以上に恐ろしいものをたくさん感じてきたからなのか、それとも

「これすらも、嬉しいとか思ってんのかな?」

「はっ?」

 その言葉に理解できてないヒゲが呆けた顔をするのを、俺は見逃さなかった。

「刃物を人に向けちゃいけませんよっと」

 ヒゲの手首を手の内側へと回すようにしてひねりあげ、体勢が崩れたところで足を払う。剣は空いた左手でしっかりと保持し、倒れたヒゲが逃げないように背中から一度怪我をしない程度に踏んでおく。

「えっ?」

「うおぉぉ!」

 何が起きたかわからずにとまるチビとは違い、デブの方はそれにかまわずに突進してくる。剣をどうしようか迷ったが、足元で震えているヒゲが戦力になるとは思えなかったので地面へと突き刺した。

 俺は突進してくるデブの勢いを利用して襟と手首を掴み、膝を曲げて押し上げる。もちろん、デブの頭が地面へと激突しないように掬い上げることも忘れない。だが、受け身も取れずに地面へと当ったことと、何が起きたかわからずに放心したこの状態じゃ襲ってくることはまずないだろう。

「う! うわあぁぁぁ!!」

 錯乱して突っ込んでくるチビへと、シンプルに首を刈るようにして横から手刀をくらわせる。

「はいっ、終わりと」

 吹っ飛ばないようギリギリで服を掴んでそっと地面に降ろしたところで、拍手の音が聞こえた。

「いやぁ、お見事」

 艶やかな蝶をあしらった着物のような服と、忘れたくても忘れられない真名の意味を教えられた物騒極まりない、形状が独特なあの槍。

「見ていたなら、手伝ってくれてもいいんじゃない?」

 俺が呆れて肩をすくめていると、彼女は楽しげに笑う。

「いやいや、あまりにも手際が良かったので思わず見惚れてしまったのですよ。ずいぶん、お強くいらっしゃる。おっと、申し遅れた。

 私の名は趙子龍、ここで会ったのも何かの縁、覚えていて損はさせませぬ」

「お世辞でも嬉しいよ。俺の名は・・・」

「お兄さん、ですよね?」

 割って入ってきたその声に振り返ると、柔らかそうな淡い黄の髪、その頭にはあの人形、いつも眠そうな深い緑の瞳、それは三十年間ずっと会いたいと願い続けた一人。

「・・・・・久しぶり、風」

「えぇ、風は風ですよ。

 お兄さんはずいぶん姿が変わってしまいましたねぇ、もう白髪が生えていますよ?」

 風はそう言いながら、俺の傍まで来て俺の体に真正面からもたれかかってきた。

 チェック柄の上着と下に来ていた白のシャツのところに、風の小さな体がすっぽりと収まる。

「おいおい、風?」

「・・・・ぐー」

「寝るな」

 酷く懐かしいやり取り、あの日々のようにデコピンを額に当てる。

「いいじゃねぇか、許してやれよ。この色男」

「宝譿、あのなぁ・・・」

「風は寂しかったですよ、お兄さん」

 風の口からこんな声など一度として聞いたことがないほど小さく、か細く、弱々しい言葉だった。

「・・・・俺もだよ、風」

 頭のいい彼女のことだ、本当はもっと聞きたいこともあるだろう。確認したいこともあるだろう。

 だが、それらを差し置いていってくれた短い一言が、心に染み入る。

 そっと彼女の体を抱きしめ、その頭を撫でる。体にあたる彼女の温もりが、自分自身がここに居ることに実感する。

『お兄さんはここに居ますよ』と、無言で示してくれる。

「私もいますよ」

 その言葉に顔をあげれば、茶の髪、夜明けごろの空色の瞳。お世辞にも優しくは聞こえないその声が、嬉しかった。

「お久しぶりですね・・・・・ 今は何とお呼びすれば?」

「久しぶり、稟・・・・ そうだなぁ、『(じん)』とでも呼んでくれよ」

 本当にこの二人は敏い。俺が説明しなくても、八割はわかっているんじゃないか?

 風も体を反転させ、俺の右側によって左側に空間を作る。そして、俺の右腕に栗鼠(りす)か何かのように両手を乗せて、稟を見た。

「稟ちゃんも、ここ来ます? まだ、空いてますよぉー」

 って、そんなこと言って稟が来るわけ・・・・

「フフ、ではお言葉に甘えて」

 そう言うと稟はすぐに風と同じように、俺の左側へとすっぽりと収まる。あっという間に、腕の中の栗鼠が二匹に増えた。

 

 あー! もう、可愛いな! この腕の中の二人をどうしてくれようか!!

 

 悶えそうになるのを必死にこらえ、優しく抱きしめる。

「会いたかったですよ、刃殿」

「俺もだよ・・・・ 稟」

 耳元で囁かれたその言葉がくすぐったくて、その嬉しさに少しだけ強めに二人を抱きしめる。

「だけど、ずっとこうしても居られないだろう? そろそろ行かないとな」

「残念ながら」

「まぁ、またすぐに会えますよー。お兄さんがこちらに居てくれるんですから」

 『そうでしょう』とこちらに笑顔を向けてくる風へと、同じように微笑みかけながら頭を撫でる。

「あぁ、それは絶対だ。

 もう二度と、俺はここから離れるつもりはないよ」

 二人と話しながら、すっかり置いてきぼりになった趙雲さんを見る。

「二人が真名まで許しているとは、説明してもらいたいものだな。稟、風」

 腕組みをして、どこまでも面白そうに笑いながら、こちらを見守っていた。

 理解できない状況下を楽しむ、この人の神経の太さに驚嘆する。

「まぁまぁ、星ちゃん。それは後ほど。

 今は少し面倒なので、我々はおさらばしましょうか~」

「そうですね、陳留の刺史殿がこちらに向かってきていますからね」

 風がなだめるようにそう言い、凛が指差した方向の地平線の向こう側から砂煙が上がっていた。

「むっ、確かに。

 面倒ごとは面白いが、官が絡むと途端に面白みがなくなる。それでは、ごめん」

「ではでは、お兄さん。またお会いしましょう」

「それでは」

 三人はそう言いながら、あっという間に姿を消していく。

 一人は武将だけど、二人は軍師だろうにあの身の軽さ。以前はおかしいと思う隙がなかったが、妙だよな。

「まぁ、会えたからいいか」

 とりあえず、転がったままの三人組をそれぞれの上着を裂かせてもらって、簡易の捕縛紐にする。

 がたがた文句も言いそうなので、口にも紐を噛ませておくとしよう。

 

 

 俺がそんなことをしていると、騎馬が周辺を囲っていく。

 二度目であっても慣れない、威圧感ある光景。

 全員兵装だし、敵かもしれない相手を囲っているのだから当然だが。

「華琳様、殴ってよいですか?!」

「第一声から物騒だな?! オイッ!」

 顔を見た瞬間にそう言った黒の長髪に、青紫の瞳が眩しい春蘭へと俺は怒鳴り返した。

「うるさいうるさい! 貴様は一発どころか、百発殴っても飽き足らん!!」

「会って次の瞬間、ボロボロにされてまるかー!」

 怒鳴ってくる春蘭へと俺も全力で怒鳴り返す。って、七星餓狼は掲げやがった!?

「姉者、嬉しいのはわかるが落ち着け」

 苦笑気味に現れたのは陽だまりのような橙の瞳、涼しげな氷のような色の髪。苦笑と呆れが入り混じった表情で、いつものように春蘭を止めてくれた。

「だがな、秋蘭。こいつは、こいつはぁ・・・」

「言いたいことはあとで言えばいいさ、今は再会を喜ぼうじゃない。なぁ? 一刀」

 こちらをちらりと見ながら浮かべた笑みは、一瞬見惚れてしまうほど綺麗で、俺は強く頷いた。

「今は『刃』で頼む・・・ あとで説明するけど、俺の名は『刃』だ」

「フフ、了解した。刃。

 騎馬隊、そこの三名を引っ立てろ!」

 七星餓狼を掲げた春蘭を押さえながら下がり、俺が捕縛しておいた三人へと連行するために部下たちへ指示を出した。

 そして、騎馬が作業をしていく中で、彼女が俺の前へと歩み出てきた。

 一歩一歩確実に歩むさまは、彼女の生き様によく似ていた。その生き様に惹かれて、多くの者が彼女の元に集う。

 彼女はそれを背負うことを苦だとは思わない。義務だと言って、誇らしげに背負ってみせる。

 だからこそ、俺はそんな彼女を支えたい。その隣で、共に生きていたい。

 力不足で、役者不足であっても、俺は見ることが叶わなかったあの日々の続きが、彼女が作る未来(さき)が見たい。

「・・・・あの三人はあなたが捕らえたのかしら? 刃」

 日の光を浴びてよりいっそうに輝く金の髪、そして俺をまっすぐに見つめてくるのは青空の瞳。

 魏の日輪、誇り高き覇王。

 大陸を、民を守ろうとする優しき鬼。

 そして、どこにでもいる寂しがり屋な女の子。俺がどの世界の誰よりも愛している女性(ひと)

「あぁ・・・・ あぁ!」

 涙を堪えて前を向く。彼女の瞳をまっすぐ受け止めて、俺は一歩前へと出る。

「ずいぶん、姿が変わったわね。髪なんて真っ白じゃない」

「ひでぇなぁ・・・・ でも」

 地面を足先で数度蹴って、華琳の瞳と同じ色をした空へと両手を広げた。

「こんな姿になるほど、俺はここに帰ってきたかったんだよ。華琳」

 そう言って俺は笑う。

 本当は嬉しくて泣きそうで、華琳を見るたびに抱きしめたくてしょうがない。

 それでもせっかくの華琳との再会を涙で始めることは、俺のなけなしの誇りが許さない。

 そんな俺の気持ちを察してくれたのか、華琳もまた俺をまっすぐ見てくれた。

「刃、屈みなさい」

 俺は言われるがまま、その場に膝を折った。そうするとすぐにやわらかな香りが包み、それが華琳だとわかるのにほんの少しだけ時間がかかった。

「おかえりなさい、一刀」

 華琳の手が俺の頭に触れ、そっと撫でられる。

 世界を、家庭を、人が幸せだという環境を捨ててでも、俺が一番会いたかった女性(ひと)

 俺は無意識に華琳の腰へと手を伸ばし、抱きしめていた。

「ただいま、華琳」

 もう絶対に、あの日々を繰り返しはしない。

 もう二度と、この世界から離れてなんかやらない。

 あの日見ることの叶わなかった未来(さき)を、彼女たちと共に見てみせる。

 

 華琳の温もりを感じながら、俺は心でも、天でもなく、愛する彼女たちへと誓った。

 




いつも、キャラたちが本家からぶれていないかが心配・・・

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