今日中に番外でもう一本書けるといいなぁと思っています。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
桃香たちが幽州を出立して早数日、私は今日も客将として留まっていてくれる稟、風、星と共に書類仕事に追われていた。
何故か机の上を隙間なく埋め尽くしている書簡。
そしてそれは、『済』と『未』と書かれた板が置かれた場所にはそれぞれ山のような書簡が、山脈のように連なっている。
・・・・気絶してもいいかな?
「何でこんなに書類があるんだー!!」
「
白蓮ちゃんはお馬鹿さんですかー?」
おもわず叫ぶ私に、風が書簡から目を逸らさずに答えてくれた。
が、その答えはけして温かく、優しいものではない。
「国が豊かになれば、文官の仕事が増えるのは当然のことであり、それを行うのは為政者の義務です。
叫ぶ暇があるのなら、一つでも多くの書簡を片付けてください」
稟もそう返してくるので、私は最後に星へと視線を向ける。
そこには非常に珍しいことにメンマを食べながらではあるが、机に向かって書簡を片づける星の姿があった。
「左様。
白蓮殿の最終確認しなければならない書簡も多いのですから、しっかり頼みましたぞ?」
「何故か飴代やメンマ代、酒代の領収書も混ざってるけどな!!」
出会ったばかりの頃は『気を抜くな』っていう激励とか思ってたけど、絶対違うよね?!
おかげで給与から引かなきゃいけないから、どんなに疲れていても気が抜けないっていうね!
十分割して、その一割くらいは負担してるけどもね?!
「それだけじゃないですよー」
「まだ増えるの?! 飴代!?」
「以前立ち寄った陳留にお気に入りのお店があるので、そちらから取り寄せていいのなら、そうしますよ?
まぁ、それもなのですが、華蝶仮面による住宅等の破損費と鼻血による清掃代が回ってきていましてー」
「それくらい、自費でなんとかしようよ?!
っていうか、片づける側の人間が率先して書簡の数を増やすようなことをするのやめないか?!」
私のその叫びに当の本人たちはどこ吹く風で、涼しげな顔で書簡を片づけていた。
「冗談はこの辺りしておきましょうかぁ。
ですが、この書簡の多さの要因は白蓮ちゃんにもありますよぉ?」
「まだ、言われるのか・・・ その件」
痛い所を突かれて、私は机に突っ伏す。
というか、桃香たちが提案してきたときも、その場で二人には言われたんだよなぁ。
「完全に、白蓮殿の自業自得です。
彼女たちの協力によって助けられた面があるとはいえ、あれは気前が良すぎです。
事実、前回の劉備たちの引き抜きによって生じた人手不足が、一部の農村から出始めています」
稟も眼鏡を押し上げつつ、現状報告と共に苦言と呈される。
「次の収穫の遅れと収穫量の減少は、想定しておかなければなりません。
そこを賊に狙われる可能性も高まるので、やはり警戒は必須ですね」
桃香たちに兵の招集を許可してしまった時点で、覚悟していた事態ではあった。かつてなら手が回らずに困り果てていたところだろうが、今は客将である三人が居てくれるからこそ補えている。
「それに関しては星、頼んでもいいか?」
「任された。
しっかりと務めると致しましょう」
心強い言葉だと思った。
このまま三人が幽州の将となってくれればどんなに良いかとも考えてしまうが、力を借りている側の私がそこまで望むのは図々しいし、『王』と『将』としてではない今の『友人』としての距離感が気に入っている。
「それと白蓮ちゃん、それに関することでもう一つ、報告があるのですよ」
さっきまで浮かべていた笑みを消し、真剣な顔をして私に向き直った風に何事かと思い、私も書きかけた書簡を一度置いて向き直った。
「劉備軍となった兵の内、五百余名が先日の黄巾賊との戦いで亡くなったそうなのですよ」
「!?」
その情報に対して一瞬腰を浮かしかけたが、冷静であることを心がける。
ここを治める者として、取り乱してはいけない。いかなる理由があっても、感情で動いてはいけない。
犠牲のない戦などない。
それがどんな形であったとしても、互いに剣を持った時点で無傷であることなんてありえない。
命の重さだけは為政者としての在り方や勉学をいくら学んでも、経験と自覚がなければわからないものだ。
「そっか・・・・
ところで風、その情報はどこから得たんだ?」
「そうですねぇ・・・ 優しき雲が、陽の光りに乗せて風に教えてくれたのですよ」
明確に名を言わないが、風はどこか嬉しそうに目を細めて窓から空を眺めた。
「また戦没者は丁寧に埋葬し、故人の所有物も少しではありますが届けられています。
こちらがその書簡です。」
稟も懐から出した一本の書簡を私へと投げつつ、風の視線を追いかけるようにして空を見ていた。
私は二人にはあえて触れず、書簡を開く。
『まず、正式に名乗ることもなく、使者を出すわけでもない、こうした形で文を送る非礼をお詫びする。
俺は、「赤き星の天の遣い」と呼ばれている者だ。
彼女たちから聞いただろうが、戦没者である五百余名の亡骸はこちらの「火葬」というやり方で身勝手にも葬ったことを報告する。
(「火葬」のやり方に関しては最後に記してあるのでここでは割愛させていただく)
本来ならばあなたでなく、劉備殿に言うべきなのだろうが、彼らはあなたの民だった。
あなたにはこの件の詳細を知る権利があると判断した結果であり、この件に関して一切の礼は不要。
こちらが勝手にしたことであり、名も名乗らぬ者の言葉を信用することは不可能だろう。
今回の戦没者は共に戦うことはなく、劉備殿の戦を遠目で眺めただけだが、あなたの民は黄巾賊相手に恐れもなく戦っていた。
そしてそんな民であったのは、噂に聞く善政を敷くあなたの影響があったのではないかと感じた。
この件はあなたの民と、あなたに敬意を表しての行動だと思ってもらいたい。
最後に、あなたの民の冥福を祈らせていただく』
気がつけば、目からは涙が零れていた。
丁寧な文、そこからは書いた当人からのこちらへの気遣いを感じ、埋葬だけでなく遺品までわざわざ送られたことに心が震えた。
「赤の御使い殿は・・・・ 随分、優しい方なんだな」
「赤の御使い殿ですと?!
もしや、風! 稟! あの方なのか?!」
私が涙を拭っていると、星がその言葉に反応して勢いよく立ちあがった。
「星まで会ったことがあるのか?」
私の言葉に星はまるで恋する乙女のように目を輝かせ、熱く語りだす。
「左様。もっとも短い時間ではありましたが、あの御仁とはぜひ会いたいと思っておるのですよ。
あの方とならこの乱世、舞ってみるのも悪くないでしょうな」
今、仕えてもらっている私としてはひどく微妙な気持ちになるが、星がここまでいう赤の御使い殿に興味を惹かれた。
こうした心遣いをでき、星にここまで言わせる者がどんな方なのかが気にかかる。
「それで、白蓮ちゃん。
この件に関して、劉備軍を責めないのですかぁ?」
風の言葉に私は、釘を刺されたような気がした。
おそらく赤の御使い殿も言外に、『あなたには彼女たちを責める権利がある』と告げてくれているのだろう。
だが、それでも、桃香たちに兵を集めることを許したのは私だ。
「確かにその権利はあるんだろうけど、それでも民が選んだのは私よりも桃香だったんだよ」
私に何か足りないところがあったから、あれだけの民が北郷と桃香たちについていった。
それは誰に言われても変わらない事実であり、私自身がよくわかっている。
たとえ現実味がなかったとしても、あの二人の言葉は民の希望となった。
「それに桃香は友達なんだ。
私よりもずっと賢いし、広い器を持ってる。
きっとこれから、多くのことに気づいていってくれるさ」
世は乱れつつあるし、大陸に争いは絶えない。現実という残酷なものを見ずに済む筈がないし、身近な存在を失うかもしれないという恐怖に向き合って行かなければならない。
ましてや、為政者としてやっていくつもりなら尚更だ。
「はぁ・・・・ 白蓮殿は本当に人が良い」
稟は呆れを隠すこともなく、溜息を吐いた。
その言葉に私は返す言葉もなく、赤の御使い殿の書簡を丁寧にしまっておく。
「そして、恋愛の面においても『良い人』どまりですよねぇ、白蓮ちゃんって」
「好意が好意のまま気づかれず、恋愛に発展しないで終わる奴だな」
その後、続いた風の溜息に宝譿が同意して、私の方をビシリッと指(?)で指してきた。私はそれが悔しくなって、おもわず反論の体勢に入る。
「ふ、ふんっ!
私は知っているんだ、文官や武官なんて我の強い女性よりも、男はみんな私みたいな普通の女がいいってことを!」
結局男は、我や武、智が自分よりも凄い存在や、個性の強い相手は苦手なんだ。だから、普通の私の方が・・・
自分で考えておいて、なんだか悲しくなってきた。
「フフフフ、風と稟ちゃんにはもう心に決めた方がいますからぁ」
「心に決めたあの方とあんなことや・・・・ こんなことを・・・・ ブフー!」
風は勝者の笑みを浮かべ、稟は何を想像したのやら鼻血を吹き出していた。
「遥か高みから見下された?!
ていうか、書簡が!?」
風と星は慣れてるのか、さりげなく自分の書簡を汚れないようにしてるし?!
「風! その話、詳しく聞かせてもらおうか!」
星は星で風に詰め寄ってるし?! お願いだから、書類を片づけてからにして!
ていうか、ツッコミが追いつかないよ!
「白蓮ちゃんが如何に『良い人』で止まるか、という件についてですね?」
風は風でずれたことをいってるし、今の絶対わざとだよね?
「そんなわかりきっていることはどうでもいい!」
「わかりきってるの?!」
流石にそれは酷くないか?!
「当然でしょう?
私塾で同じだったというだけの友人が応援のために来てくれたかと思い、中に入れて見れば予想していた以上に酷い裏切りに近いことで返されている。
滞在中も主君と仰がれていた北郷殿、劉備殿は書類仕事もせずに、民と遊びほうける始末。まったく、酒を飲んで、メンマを食していた私すらも驚かせるほどでしたな。
挙句民の一部まで兵として持っていかれても、白蓮殿は未だに劉備殿を『友』と呼ぶとは。
これまで多くの者に会ってきたつもりではありますが、今の世に白蓮殿ほど人の良い方など会った事がありませぬ」
えっ・・・・ なんか私、これまでにないくらい褒められてる?
おもわず言葉が理解できずに固まる私に、風の頭から宝譿が飛び降りてどこかへと去っていく。
そうすると四半刻も経たないうちに、風きり音と共に四人分のお茶を小さな手で掲げ持ってきた。
「まぁ、お茶でも飲めよ。白蓮嬢ちゃん」
私も返事もせずに頭だけ下げて、お茶を啜る。
「はぁー」
「白蓮殿・・・・ もしや、褒められることに慣れていないのですか?」
稟が気まずそうにそう問うてくるが、私にとっては大したことではないからむしろ問い返していた。
「えっ?
だって、努力するのは当たり前のことだし、勉学に学べる立場にあるのなら国に仕えるのは普通なことじゃないのか?
それに私、桃香と違って出来もよくなかったしなぁ。自慢の友達に少しでも近づきたかったし、傍に居るなら近づける努力ぐらいはしたいだろ?」
「「「何この子、健気で不憫・・・・!」」」
三人が一斉に目頭を押さえ、目を逸らすのは何でだろう?
「それに不満があるわけじゃないけど、麗羽ほどの名家でもないしさ。
財があればもっと民に出来ることがあるだろうけど、ないからって何もしない理由にはならないよ」
桃香にも、麗羽にも心のどこかで嫉妬しているのはわかっているし、劣等感も抱いている。
だけど、それは私が壮大な夢を抱かなくなる理由にはなっても、努力しない理由にはならなかった。
「普通な私は、自分が出来る範囲をわかっているつもりさ。
この幽州だって、三人の力があって保っていることもわかってる」
自分が無力なことは、自分が一番よく知ってる。
私塾の中でも成績が中の下だった私が、どうして桃香の友人なのかを疑うような声もあったほどだ。
私自身、それを知っていながら、桃香に問うことも、そう言った言葉に言い返すことも出来なかった。
「・・・・白蓮ちゃんを見ていると、昔の誰かさんを思い出すのですよ」
頭に置かれた手の感触に私はおもわず顔をあげると、そこには目を細めた風が立っていた。そして、そのまま手が左右に動かされ、私はこの年齢になってあまりされることのない感触に身を任せる。
「白蓮ちゃんは無力じゃないですよぉ。
それはここ数か月、仕事の様を見ていた風達が保証します」
風の包むような言葉にがストンッと音を立てて、どこかに収まっていく。
「幽州の豊かさも、白馬義従を作り上げたのも全てはあなたの手腕。
あなたがしたことは、この地に明確に形となって現れているのです」
稟のその言葉はただ事実を言っているだけなのに、いつになく優しさを感じた。
「他の領地をいくつか見てきましたが、この土地ほど旅人や異民族に対して親切な民は見たことがありませぬよ。
あなたの為政が作りあげたものをご覧あれ、白蓮殿」
そう言って星が大窓を開けると、そこには町が広がっていた。
昼が近いこともあって人が賑わい、こちらに気づいた何人かが手を振ってきた。私もそれに応えるように軽く手を振ると、満面の笑みを返してくれた。
「素晴らしいではありませんか。
劉備殿たちが作り上げると言ったものを、白蓮殿はこの地ですでに成しておられる。
あなたのどこが、現状言葉だけの劉備殿と家柄にしがみつく袁紹などに劣りましょう?」
星は大袈裟に身振り手振りをつけて、笑ってそう言ってくれた。
「・・・・ありがとう、風、稟、星」
三人の心遣いが心にしみて、私はまだ熱いお茶を呷った。
まだ熱くても口内を火傷するほどじゃないし、気分を変えることは出来た。
「それで?
赤の御使い殿に感謝の文だけでも送りたいんだけど、書いたら風たちに渡せばいいのか?」
「はいー、勿論風達による確認が入りますけどね?」
一瞬だけ、風の背後に暗い影があった気がするけど気のせいだよね?
「・・・いつも以上に丁寧に書くように気をつける」
「そちらも、ですよ?
白蓮ちゃんも、女の子ならばわかりますよねー?」
怖い怖い怖い?!
この殺気にも似た空気を出せるって、風って本当に文官なの?!
「あぁ・・・・ またぜひともお目にかかりたいものだ、赤の御使い殿」
しかも星は星で上の空になってるし?! 作業の効率が!?
「風、ここ。計算間違えてるわよ」
稟だけが真面目に書簡を片づける手を止めていない。その姿が鼻に栓をしていなければ、どんなに格好よく映っていたことだろうか。
「稟ちゃんはいいのですかー?」
「強い者に惹かれるのは女の性。
そして強さとは武だけではないことを、私たちが一番よく知っているでしょう? 風」
風の言葉にすぐさま切り返してくる辺り、話をしっかり聞いていたことを窺える。
・・・・あえて言うならどれだけ凄い人なんだよ。赤の御使い殿。
そして私は気を取り直して、三人に聞こえるように言った。
「さてっと! 冗談もこの辺で切り上げて、仕事をしないと! 三人もよろしく頼む」
「わかりましたよー」
「はい」
「承知した」
三人の合わない返事を聞きつつ、私も自分の仕事へと戻った。
次は番外、書いてきます。
もう過ぎ去ってしまった、お菓子の日ネタです。
感想、誤字脱字お待ちしております。