真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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やっと書けました。
流琉並みに難産でしたね・・・・
内容は決まっていたにもかかわらず、どこまで彼女に知っていることにするかの加減が難しかったです。

そして、オリキャラが名前と容姿だけ登場しています。
キャラが多い原作ですが、オリキャラも出します。蜀にも未登場のオリキャラいっぱいいます。

まぁともかく、これからもよろしくお願いします。


 大器の目覚め 【蓮華視点】

 父様の最期を。

 家族で過ごしたあのひとときを。

 私は決して忘れない。

 

 

 戦場の最前線にいた筈の母が、本陣へと駆け込んでくる。

 背には血まみれの父が背負われ、母の後を追ってきた姉の顔は涙で歪んでいた。突然すぎる事態と、初めて見る姉の泣き顔に私は驚きと戸惑いを隠せなかった。

 母の背を守り、祭の援護をする父。

 数多くある武勇を、私は幾度となく耳にしてきた。

 その父が今、私の目の前で大量の血を流して倒れていることが信じることを出来なかった。否、認めたくなかったのだ。

 私同様に周囲の者が混乱し、騒ぐ中で、母だけは違った。

「蓮華、シャオを呼びなさい!!」

 周囲のどんな声よりも大きく、響く声で私へと叫ぶ。

「母様、何を言ってるんですか?! 今はそんなことより父様を!!」

 母の背中を濡らす血の量は多く、その血が父のものだというのは誰が見ても明らかであり早く治療しなければ・・・

「黙りなさい!

 まだ戦場に立っていないあなたでも、負傷兵は多く見てきた筈よ!

 この傷が助かるか、そうでないかぐらいは見ればわかるでしょう!!」

「母様、怒鳴らないの。私が連れてくるわよ。

 だから父様、それまで死んじゃ嫌よ?」

 静かに流れる涙などまるで存在しないかのように、姉はどこまでもいつも通りにずっと羨んでいた父の髪に触れていく。

「あぁ・・・ 約束しよう」

 母に背負われたまま、頭を下げた状態で近くにいた私たちにしか聞こえない声。だが、その言葉は姉同様にいつもと変わらぬ短い返答だった。

「喋らないでください! 父様!!」

 母の背から降ろされる父に駆け寄り、その顔に苦悶の表情はない。

 寝かされた体には右肩から左腹まで長く深く刻まれた傷があり、矢が刺さっていたらしい場所からは今も血が溢れている。

「痛みをもう、感じない。

 あと・・・・ わずかのようだ」

「そう・・・・

 あと少しだけ、せめてシャオが来るまでは待ちなさい」

 父の言葉に返答しながら、父を抱える母の手にわずかに力がこもる。

 回された手、込められた力、最前線から駆けてきたと思われる母、その一つ一つに行動の全てに母の感情があるように感じられた。

 『王』と『将』としか見えなかった二人の繋がりを、私はそこで初めて垣間見る。

 戦場の前線を担い、士気を上下させる『王』がたった一人の存在のために本陣へと戻るなどあってはならない。

 その行動は『王』としても、『武人』としても褒められたものではない。いや、軽蔑すらされることだろう。

 だが今ここに居る孫文台は『母親』であり、『妻』であり、ただの『女』だった。

 そして、そうして父を抱える母の表情には既に焦りや悲しみは見られない。このわずかな時間の中で父の死を覚悟し、受け入れようとしている。

 奔放で多弁な母と、真面目で寡黙な父。

 それはまるでわかり合うことなどないような存在で、軍議も二人でいる時すらも会話は少ない冷めた夫婦だと思っていた。

 だが、それは違う。

 信じ、愛し、真逆だったからこそ互いを必要とした。

 それこそ言葉など不要になるほどに、互いを理解し合っていたのだろう。

「あぁ・・・・ 祭はどうした?」

「私とあなたが抜けた戦場を指揮できるのなんて、祭しかいないでしょ?

 押し付けてきたわよ、あなたが倒れて()る気満々だったしね」

「・・・・これからの祭の苦労が、見えるようだ。

 だが祭になら、お前を任せて逝ける」

 右手をあげようとわずかに動き、私はその手を母の元へと届くように補助をする。父は視線だけをこちらに向け、わずかに目を細めた。

「少しでも長く、生きてください。父様。

 お願いですから、どうか一瞬でも長く・・・ ここに居てください」

 私の突然の言葉に父はわずかに目を伏せ、『それは無理だ』と言外に告げられる。

 理解していても、私はまだ母のように父の死を受け入れることは出来ない。

「あら、祭を振っておいて、身勝手に私を押し付けていくの? 酷い人ねぇ、秋桜は」

 先程の姉同様、軽口を叩く母の頬へと父の手が触れた。

「俺も・・・・ 誰にもこの位置を譲りたくは、ない。

 死など怖くはない。俺にしては悪くない人生だった。だが・・・・」

 父の口元が動くが、それは言葉にならない。

 だが、何を言いたいかを察した周囲の兵は目を逸らし、この言葉は父を『将』として見る者は聞いてはならない。

 私は父の思いの吐露に、気づけば目から涙が零れた。

 

『お前たちにもう会えぬこと、置いて逝くことは少し辛いな』

 

 それは『武人』である父らしくない言葉であり、『父親』としての言葉だった。

「連れてきたわよ。

 まだ死んでないわね? 父様」

 降ってきた姉の言葉に父の視線はそこに行き、姉の手からシャオが飛び降りて駆けてくる。

「父様? 父様! どうして、どうしてこんな怪我してるの?!」

「シャオ・・・」

「医者は?! どうしてみんな、動かないの?

 これじゃ、父様が死んじゃうよぉ!!」

 泣きじゃくり、喚き散らすシャオを誰も止めることはない。

 そこに居る者の思いの代弁をシャオがしてくれた。

 助かるのならば、実行に移したいことを幼い妹がはっきりと言葉にしてくれる。

「何で? 何で誰も医者を呼ばないの?!

 父様、待ってて! 今すぐシャオが呼んでくるから!!」

 また駈け出そうとするシャオの手を取ったのは姉だった。

「姉様! 離してよ!!」

「父様の状況を見れば、シャオでもわかるでしょう?

 父様はもう助からない、私たちは最期を見送るためにここにいるのよ。

 黙って父様の傍に行きなさい」

「それはみんなが何もしないから・・・・!!」

「小蓮!」

 その声の発生源に私と姉が振り返り、呼ばれたシャオも驚く。

 母の腕の中で荒い呼吸を繰り返す筈の父から、その声は確かに生まれていた。

「今、起こっている全てから・・・・・ 目を逸らすな。

 人はいつか、必ず死ぬ。だが、その時のために多くを残す。

 武だけの俺すら・・・・ 残せた」

 目を細める父の視線の先に居たのは、私たち。

 そのことにシャオの目から大粒の涙が溢れ、父に抱きつく。

「舞蓮、雪蓮、蓮華、小蓮」

 私たち四人を呼ぶ父の表情は、ほんのわずかだが笑んでいるように見えた。

「こんな俺だが・・・・ お前たちを、心から愛していた」

 その言葉が言い終え、父は眠るように目を閉じていく。

 私たちを置いて逝くことを拒んだというのに、父の死に顔は穏やかなものだった。

 

 その後は慌ただしいものだった。

 父の死を確認した母と姉は遺体を置いて戦場へと舞い戻り、いつも以上に激しく繰り広げられた戦場から満面の笑みの母と姉が帰還した。

 戦いが終われば祭が父の遺体を殴りつけ、怒鳴り散らしていた。

 もっともそれを聞くことは母によって禁じられ、その後遺体がどこに埋葬された場所すら私たちは知らない。

 母に問うても答えてはくれず、祭の答えも同じであった。

「いつか言うわ」

 ・・・この奔放な母が言う『いつか』はあてにならないことは、姉妹共通の認識である。

 

 

 

 冬雲殿と会ったあの日、私は母と共に行った視察の帰りであり、人数も最小限の母と私、そして思春の三人で本拠へと走っていた。

「しかし、母様。

 今回の件、どうして姉様ではなく私を?」

「あら? 嫌だったかしら?」

「そんなことはありません。

 ですが、何故私なのかがわかりません」

 月夜の中で馬を駆る母はこちらを振り向こうとはしないが、肩をすくめて溜息を吐かれた。

「適材適所、よ。

 真面目な蓮華と思春なら、私がやり方を一度教えれば次からも視察をしてきてくれるでしょうけど・・・ あの子に村の視察なんてさせてご覧なさい。仮に冥琳や(エンジュ)柘榴(ザクロ)をつけたとしても、帰って来るのは何日後かしらね?

 それになんだかんだ言いながら冥琳は雪蓮に甘いし、槐に至っては自分の時間が出来たとなるとすぐに書を取り出して何も見なくなるし、柘榴は雪蓮と一緒で愉快犯だし、困ったものだわ」

「そ、そうですね・・・」

 姉の傍に居る三人を思い出し、おもわず苦笑する。

 黒の長髪、若草の瞳の周瑜こと冥琳は姉とは幼い頃からの付き合いと『断金の契り』を交わしたということもあり、なんだかんだ文句を言いながら甘い。

 亜麻色の長髪に、葡萄色の瞳の諸葛瑾こと槐は・・・ そのなんというか、本の世界の没頭しすぎるのだ。陸遜()のように興奮するのではなく、本の世界こそ『至上の楽園だ』と平然と断言する。

 萌黄色の短髪、深緋の瞳の太史慈こと柘榴は根っからの武人であり、楽しければいいという姉に非常に近い価値観を持っている。そのため、姉と一緒に行動すると被害を必ず大きくして帰って来る。私にとっては、母と姉に次ぐ問題児だ。

 (たち)が悪いのは、この四人全員が自分のすべき仕事は(・・・)できるという点。武官は武官、文官は文官としての仕事をやれば(・・・)出来る人材が揃っている。

 が、問題点は武官二人がやる気がある時しかしてくれないことと、本来制止役になるべき文官二人が制止をしないということだ。

 冥琳が姉の行為を許し、槐は大した事態でなければ我関せずの姿勢に切り替えてしまう。

「それに、あなたにはいろいろ自信をつけてもらわないと困るのよ。蓮華。

 美羽とシャオに何かを任せるにはまだ幼いし、あなたを含めた数名は経験次第で伸びてくれるもの。

 まったく、叡羽(えいは)も、秋桜も人に押し付けてばかりで困っちゃうわよ」

 叡羽というのは美羽の母であり、力で今の地位を得た母とそれ以前から親友だった方の名。

 祭と同じで昔からの親友であったらしく、母曰く『駄目な男を支えるのが好きな奴』だったそうだ。私も数度お目にかかったことがあり、美羽と同じ色の目をした儚げな方だったことをうっすらと覚えている。

「・・・・母様はどうしてそう、強く在れるのですか?」

 残されていくばかりの母は何故、強く在れるのだろうか?

 私ならきっと、耐えられない。

「うーん? 強いからじゃない?」

「母様! 私は真剣に聞いているんです!!」

 茶化すように言う母に対して私は怒鳴り、母は月を見上げた。

「ここにいないだけで、私の中から消えたわけじゃないもの。

 私が覚えている限り、秋桜も、叡羽もここにいるわ。残した物は良いものばかりじゃないけどね」

 母は自らの胸を数度叩いて示し、笑う。

 直後突然馬を止め、私もそれに続いた。

「舞蓮様、蓮華様」

「思春? 母様・・・・ これは」

 思春の警戒した声に周囲を見渡すとぼんやりと見える人影、月光によってわずかに刃が煌めくのが見えた。

「はぁ・・・ 本当にもう、まともな仕事はしないのにこういうこととなると早いわねぇ。

 だから、中央でぬくぬく育って『仕事は無能、腹は真っ黒』な奴らは嫌いなのよ。

 私は私が知りたいことを、少し調べただけじゃない。

 ねぇ、男もどきの十常侍?」

 どこまでもいつも通りの母は愛剣『南海覇王』を抜き、私も『北海賢王』を抜いて構える。

「十常侍って・・・ 母様、何をしたんですか?!」

「・・・・そこですぐさま私を疑うあたりに、秋桜の血を感じるわね。

 それにこの件は、秋桜がしたことよ?」

「父様が? 一体何を・・・・?」

 短気で喧嘩っ早い母を差し置いて、あの父が何かをしでかすとは思えない。

「昔、私を見下した挙句、体に触れてこようとした十常侍の下っ端どもを斬り捨てちゃった。

 秋桜がせずとも私が殺しちゃう予定だったんだけど、私よりも早く動いてくれたのよね。

 もうその姿はおもわず惚れちゃうほど、かっこよかったのよ?」

「惚気ですか!? 母様!」

 というか、父様も何をしているんですか?!

「まぁ、それ以外にも十常侍が気に入らなくて、いろいろしたけれどね。

 今回調べてたのも、それ関連で聞き捨てならない情報を耳にしたからだけど・・・」

 母はそう呟きながら、腰に差していた父の愛剣の内の一本『西海優王』に触れていた。もう一本の愛剣である『東海武王』を主とした父が腰に差していながら、ほとんど使うことのなかった細剣。

 本来ならばシャオが持つはずだったが、シャオの得物は家族内で唯一剣ではない。

「それになんだか、今夜はまた別のいい男に会える予感がしてるのよね」

「母様・・・・ どこまで暢気なのですか」

 私が怒りを交えても、母はどこ吹く風といった様子で楽しげに剣先を揺らしていた。

「蹄の音だわ」

「はっ? 何を・・・・」

 弾むような母の声と、空気を裂くような音に上を見上げる。

 月に映る黒点は矢、既にここまで迫った矢を避けきれないことはわかっている。私の腕では全ての矢をを払うことなど、出来そうもない。そのため腕を交差し、来るだろう痛みに備えた。

 

 だが、その痛みは訪れることはなく、代わりに蹄の音と矢が何かに弾かれる音が降ってきた。

 

 何事かと思い目を開くと、月光に照らされ輝く白銀のような白き髪。盾と剣を掲げ、私たちを守った者の背がそこにあった。

「父・・・さ・・・ま?」

 髪の色は真逆と言ってもいい色だというのに、私はその背中に在りし日の父の姿を重ねた。

 母様とも、姉様とも違う戦いに酔う武ではなく、私が憧れた父と同じ誰かを守り、援護する者の背がそこにあった。

「あなたは・・・?」

 父ではないその誰かへと、私はあんな状況下だというのに問うていた。

「名は名乗れない。だが、敵ではないとだけ! 言っておくとしよう!!」

 私へと言葉を返しながらも剣を振るい、数人が束となっても軽くあしらっていくその姿は見事だった。

 戦いながら母とその方の会話から彼があの噂の『赤き星の天の使い』であること、母様と冥琳で恩があることがわかったが、詳細がわからずかえって私は混乱させた。

 しかも母様自身は私には理解できない『勘』で行動を共にし、全ての責任を丸投げしていった挙句、他の説明も全てを私が行うように追い込んでいった。

 

 

 そして時は、ようやく今に繋がる。

 現在私は、何故か姉に押し付けられた母の仕事に苦戦しながらも取り掛かり、中央の十常侍を誤魔化すための書類を書いている最中である。

「恨みますよ、母様」

 帰ってきてからも、祭に詳細を話すと

『舞蓮ばっかり狡い! 儂も今から陳留へと赴くぞ!!』

 などと叫ぶ祭を、武官総出で押さえつけることが最初の仕事だった。

 次に美羽や小蓮には詳細ではなく大まかな話をすれば、美羽は泣きだし、シャオには怒鳴られた。

『どうして止めなかったの!!』

 そして、本来なら上に立つべき姉に事の詳細を話し、判断を仰ごうとしたのだが・・・

『任されたのは蓮華なんだし、いろいろとお願いねー』

 と笑顔で政務を押し付けられた。

 冥琳の件は本人から聞き、以前に華佗という医者が訪れ、初期の段階で治療したことだということを語られた。

 そして、その道を示したのが赤き星の天の使い(冬雲殿)であったことを知る。

 懐の深さと武、そして万人へと向けられる彼の優しさ。

「どうしてあなたは、誰に対してでも手を伸ばせるのですか?」

 私には彼が助けた理由も、天から訪れた彼がどうしてこの世界に優しさを向けられるのかもわからない。

 だが、その行動を不快には思わず、彼のことを知りたいと思う自分がいた。

 手の中にある、彼から貰った腕章を見る。

 白抜きの円は彼の真名を思わせ、赤字で描かれた曹は彼が天の使いであることと名。そして、彼が仕える曹操を示していることがわかる。

「冬雲殿、私はあなたに近づきたい」

 抱く思いを知りたいと思い、武だけではない強さに憧れる。

 だが彼を真似ではなく、ましてやかつてのように『母や姉のようになりたい』とも思わなかった。

「私は母様のようにも、姉様のようにも、父様のようにもなれない。

 あなたには他の誰でもない『孫権』として、見てもらいたい」

 初めて抱く思いを言葉とし、その言葉は私の心に強固な基礎を築いていく。

「私は私の方法で、母に任されたことに全力を尽くします。

 だから次、会えた時は・・・・」

 どうか私にも、あなたの背を守らせてほしい。

 

 




次は本編を華琳の視点で書きます。
黄巾の乱、最終決戦の始まりとなるかと思います。
だいぶ前から決めていた黄巾の乱の最終決戦、作者自身楽しみでしょうがないです。

感想、誤字脱字お待ちしております。

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