何で僕はこんなことになってるんでしょうね。
世間はとても冷たく、現実はあまりにも無情であり、日々が如何に理不尽だと実感する。
仕事中に声に出すわけにもいかず、息を吐きだすことに留め、僕は改めて今いる場所を見渡した。
洛陽の一室、ある選ばれた者たちしか入ることを許されない政の中枢と言ってもいい文官たちの部屋で僕は今、真面目に筆を執っています。
「あっ、攸ちゃん。そろそろお昼休憩取ってきていいよー」
「何度も言ってますけど、その呼び名勘弁してもらえませんか! 徐庶さん!!」
反論する僕に対して、声の主である徐庶さんは笑みを変えることもなく、口を開く。
「攸ちゃんは攸ちゃんだしねぇ。もう定着してるから、変えるのめんどくさいし。まぁ、とにかくお昼に行っておいでよ。
あたしのおすすめは、中央通りから右に一本ずれたところにあるおばあちゃんがやってる肉まんかな。味は他よりさっぱりとしてるから、味濃い方が好きなら物足りないかな?」
「あ、ありがとうございます」
徐庶さんの言葉に甘え、僕は仕事着から普段着へと着替えてから外へと足を向ける。
蒼天の空を見ながら、僕は洛陽に着くまでの過程を思いかえしていた。
「樹枝、あなたには陳留から出てもらうわ」
突然呼び出された僕は華琳様のその一言に、汗がとまらなかった。
室内には僕以外に居るのは黒陽、姉上だけであり、その二人を覗き見ればうっすら笑みを浮かべている。
まさか先日の樟夏と話した姉上たちの愚痴がばれたのか? いや、それなら僕だけじゃなく樟夏も呼ばれる筈・・・ それに如何に華琳様や姉上と言えども、罰で職を奪うなどする筈がない。だが・・・
僕の視点は黒陽殿でとまり、彼女もそんなに僕の心境を察するように笑みを浮かべる。
「私個人にはそこまでの権力はありませんよ? 樹枝殿」
「心を読まれた?!」
ていうかこの人、『個人
「あぁ、安心して頂戴。
あなたと樟夏が定期的に行っている、ある酒家で私たちの愚痴を肴にしている程度で、私が優秀な人材であるあなたたち二人を放逐することはないわ」
やっぱりばれてるんですね! 黒陽殿がわかってる時点で察しはついていましたとも、えぇ!
「流石、華琳様! なんて懐が深く、お心が広い!!」
姉上ぇぇーーー! あなたはどこに居てもぶれませんよねぇ!!
「そ、それでは、僕はどうしてこの場に?
放逐ではないのなら、何故陳留から出なければならないのですか?」
思ってることを叫ばないように心に留め、僕は華琳様へと問う。
「ハッ、愚問ね。樹枝。
アンタ、今の陳留を見たら答えは出るでしょう」
何故かその問いを華琳様ではなく姉上が答え、僕を鼻で笑い、『自分で考えろ』と突き放されました・・・ いつものことですけどね。
「今の陳留、ですか・・・・?
黄巾との戦いが終わり、民は落ち着きを取り戻し、それに伴い少しずつだが活発となっていく物流によって町は賑わう。そして、それをまとめようとする僕らは毎日が忙しい・・・ といったところですかね?」
僕の答えに華琳様が満足そうに笑い、姉上は『これくらいは当然よね』と言った様子で腕を組む。
「いい答えだわ。
付け足すのならば、仕事に慣れてきていた凪たちの働きもあってむしろ人材は余裕があると言っていい状態よ。
そこで樹枝、あなたには他の場所を見ることで学ぶ機会にはちょうどいいとは思わないかしら?」
「いいんですか?! 華琳様!!」
「えぇ、あなたは前回の戦いでそれほどのことをしてくれたわ。
これはその褒美として、あなたには陳留以外の場所を見てきなさい」
華琳様・・・・!!
樟夏の愚痴もあって、好んだ相手は男だろうと女だろうと見境なしに食べてしまう存在だと思っていましたし、正直姉上に崇拝の対象として見られている時点でおかしな人だと思っていましたが、やはりこの方は人を見ていてくださっているんですね。
「樹枝、アンタ全部表情に出てるわよ?」
こめかみを動かしながら、鞭を鳴らしだす姉上を見ないようにしつつ、僕は隠しきれない冷や汗を流して華琳様へと視線を向けた。
「それで、僕はどこへ行けばいいのでしょうか?」
「けれど、ただ学ぶだけではつまらないでしょう。
学ぶ傍らであなたには情報収集を行ってもらいたいの。そう・・・ 洛陽で」
『洛陽』
その言葉に僕は止まり、冷静に思い返す。
黄巾賊に関する推測が文官による軍議の中で何度か出た名称であり、張三姉妹の文によって十常侍が何らかの行動をとっていることが明らかになっている場所。
だが、司馬八達ですらその詳細は掴みきれず、乱が終わった今は洛陽へと入ることすらも徐々に厳しくなっているのが現状だった。
情報が入らず、現在洛陽を治めていると聞いている董卓もまた、その姿を見たことがないという。身分が高くなればなるほど謎に包まれていることの多い地。
「司馬八達ですら情報を集めることが出来ずにいる場所に、僕が潜入し情報を集めろということですか?」
「司馬家で集められない情報を、ただのちょっと武が優秀な文官に調べられるわけないじゃない。アンタ、馬鹿じゃない?」
はい、その通りですね・・・・
「では、何故僕を?」
だとするなら、なおさら洛陽に行く意味がわからない。潜入しやすい場所はいくらでもあり、勉強という環境的な面を考えるならそれこそ女学院でもいい筈だ。
いや、駄目だ! そんなことしたら女装させられることが目に見えている。
「言った筈よ。今回、それはおまけであり、成果はあまり期待していない。
けれど、今回の乱から察するに、洛陽を中心に何かが起こることは誰の目からも明らかだわ。それに仮に潜入できたとしても、連絡をとれない中であなたと情報を共有することは出来ない。
私達に出来るのは洛陽までの共として誰かをつけ、どこでどうしているかが決まった後は・・・ 樹枝、全てあなた次第よ」
「僕次第、ですか?」
華琳様はその言葉に頷き、まっすぐ僕を指差す。
「あなたが洛陽を見て何を想い、行動し、選ぶか。
あなたが私の元に戻ってきたとき、どんな変化しているかを私は楽しみにしているのよ」
僕が選び、行動し、想うこと。僕が自由にしていいということ。それはなんて、責任重大なのだろうか。
そしてその上で、何をしてもこの方は僕を受け入れてくれると言ってくれているのだ。
なんて、器の広い御方だろう。
「はっ! この荀公達、洛陽にて学び、必ずや華琳様の元へ帰還いたします!!」
「それでいいわ。
準備が出来たら出発なさい、職が決まるまでは共として緑陽を連れていきなさい」
「はっ!」
そうして僕は陳留を出て、洛陽へと向かうことが決まったのだ。
僕の背後で黒い笑みを浮かべていただろう姉上たちに、一切気づくこともなく・・・
陳留から愛馬を駆って、どうにか辿り着いた洛陽で僕は黒陽殿に渡された書簡を見て、立ち尽くしていた。
「もうここまで来てしまいました。
諦めてください。樹枝殿」
司馬家の中で特に感情の抑揚が希薄な緑陽が僕を急かし、進むように促す。
けど、一つだけ聞かせてください。
「だから! 何でよりによって城仕えの女官の採用試験を僕が受けなければならないんですか?!」
「
僕、黒陽に恨まれるようなことしましたっけ?! してないですよねぇ!
確かに多くを学ぶことでき、なおかつ情報を得ることが出来るでしょうけど、何で女官の採用試験なんですか?!
「だからと言って、書類を出した時で落とされるでしょう!」
「そのための布石が私、です」
「はっ? 何を言って・・・」
「次の方、どうぞ」
そうこう言ってるうちに呼ばれ、目の前には年老いてなおも凛々しい老女が席に座っていた。片眼鏡を軽くあげ、僕を確認し、書簡へと目を落とす。
「・・・・ここは女官を募集しているところだと、わかっているでしょうか?
あなたの顔の造形はとても女性に近しいですが、男性ですよね? 荀家のご子息様」
老女は厳しい目を向け、僕を見る。その目は僕が名門であるからこそ通したことを語り、本来ならば門前払いされてもおかしくないことなのだ。そう、たとえ待っていた場所で僕に誰一人として違和感を抱かなかったのもそれが理由であるに違いない。
はい、その通りです。失礼しました。と僕が言おうとした瞬間、隣に控えていた緑陽が音をたてて、立ち上がる。
「待ってください。面接官殿。
あなたの言葉は正しい・・・・ ですが、どうか聞いてほしいのです」
緑陽はそう言ってカッと目を開き、突然机を強く叩いた。
「この方は心が女性なのです!」
あ な た は 何 を 言 っ て る ん で す か ?
脳が理解することを拒否し、僕は面接用に向けていた緊張した顔のままで表情を凍りつかせる。
「彼は正真正銘男性です・・・
そのため彼は、幼い頃から女性となることを心に秘め、隠れて生きてきたのです」
いや、秘めてねぇよ。
むしろ昔から女装も、化粧も拒否し続けましたよ! 無意味でしたけど!!
つーか、素であるあの表情の希薄さどこ行ったんですか?
何、間違ったことをこれまで見たこともない真剣さで熱弁してんですか?!
「ですが、彼は諦めることが出来なかったのです。
そう、自分がどうして女性となることを『そう生まれなかった』というだけで諦めなければならないのか、と。
自分の文官としての才を生かし、なおかつ自分の夢であり、望みであった女性としての暮らしを手に入れたい・・・! そう思い、彼は面接を受けに来たのです」
だから! 何で涙すら浮かべて、熱弁してんですか!!
「そう、ですか・・・・ 苦労、なさったでしょう」
そう言って、老女は懐から布を取り出して溢れ出た涙を拭い、僕の肩へと手を置く。
「あの子も・・・ そう思っていたんでしょうね・・・・
もう、何も我慢することはありません・・・!
どうかこの地であなたの才を生かし、人生を好きなよう謳歌してください。
あなたはあなたらしく、女性らしく生きていいのです」
あ な た も な に を 言 っ て い る ん で す か ?
驚きによって、言いたいことが口から出てこない僕と、涙を零して真剣な目で僕を見てくる老女。
「徐庶殿には私から言っておきましょう。
直に会っての面接は避けられないでしょうが、私からの言(げん)とわかればあの方も悪くは取り扱わないでしょう」
「それでは、この方は・・・・?」
「採用です」
何、絶妙に合いの手いれてんですか。緑陽。
しかも老女から見えない位置から、いつもの表情で親指立てて得意げにするな。
「ア、アリガトウゴザイマス・・・」
それだけを言葉にするのが、その時の僕の精神状態的ではやっとだった。
これは後日明らかになったことだが、あの老女には一人の息子さんがいたらしい。真面目で、しっかりと仕事に励む絵に描いたような孝行の息子だったらしいが、ある日母親である老女と意見が合わず、家を出てしまったそうだ。
何でもある夜、逞しい筋肉を持つ二人の男・・・・ いや、漢女(おとめ)の踊りを見て、その堂々とした姿と自分の道を何に恥じることもなく堂々と歩む姿に自分が本当になしたいことに気づいた。
そう、それが『自分は昔から、女性になりたい』と望んでいたことだった。
今は自分の夢を気づかせてくれた二人のように、堂々と大陸を踊り歩いているそうだ。
老女は息子が去り、失意を仕事にぶつけるように厳しくなっていったそうだ。そして、だからこそ息子さんの思いを受け入れることが出来なかったことを反省し、こうした結果に至ったのだろう。
ですが、正直いい迷惑です。この野郎!
ていうか、夜に逞しい筋肉で踊るっていう時点で、そいつら変態ですよね!
洛陽にはそんな変な生き物がいるかと思うと、怖いんですが・・・・ そういえば、そんな者をどこかの医者が連れて歩いていると聞いたことがあったような?
そんなことはいいとしてその面接後すぐに緑陽殿と別れ、僕は数日後に徐庶殿と面接を行うことになりました。
「「変態さん、いらっしゃーい」」
「変態じゃないですよ!?」
僕を迎え入れたのはそんな重なり合った第一声で、扉を開けると同時に失礼を承知で怒鳴り返す。
「えー? だって、書簡に書かれたとおり、女になりたい男なんでしょ?」
「完全に変態やな、否定することなんてあらへん。しかも、連れがそれ熱弁したんやろ?」
「いや、そう・・・ ですけど・・・!」
どれだけ否定したくともそれは事実であり、僕は力無く下を向く。
「「じゃぁ、やっぱり変態
そんな僕に容赦ない言葉を同時に言い放ち、笑う存在を見るために僕は顔を上げた。
片や赤い髪を三つ編みにして、雛里が着ていた制服とは色が異なる臙脂色に黄の線が入った服装の方。
もう一人は羽織に胸にさらしを巻くなどという大胆な格好をした、気の強そうな方が並んでいる。
けど今は冷静に服装を分析している場合ではない。
「僕は変態じゃありません!
そもそもこんなことになったのは僕だって想定外で、女官として採用されるなんて思っていませんでしたよ!」
それでも僕は、理不尽に立ち向かう。認めてたら、大切な何かを失ってしまう。諦めてはいけない。
「まっ、おふざけはここまででいいとしてさ。
あたしは徐元直、こっちはあの有名な『鬼神の張遼』ね。
それで何しに来たのかな? 曹操さんのところに居ることで有名な、あの荀彧の甥っ子ちゃん?」
そう言って僕を覗き込む彼女の目は冷たく、この眼と同じものを僕は何度も目にしていた。けれど、今の僕は恐れることはない。何故なら今の僕は、華琳様の配下の荀攸ではなく、『荀家の子息』という、生まれながらにしてつけられていた名称しかない。だから僕は焦る必要も、偽る必要もどこにもない。
「洛陽で学んで来いと言われ、おそらくは同僚のせいで女官の採用試験を受けるように仕向けられました・・・」
あれ、何でだろう。本当のことを言ってるだけなのに、目から伝う熱いものは何だろう。でも、あえて言わせてください。華琳様も姉上も、絶対知ってましたよね?
「えー? ってことは君も何も知らないのかな?
霞、その辺どう?」
「こんな奴、知らへんて。
こんな変態居ったら、一発で覚えるに決まってるやろ」
『何も知らない』? 『こんな奴、知らない』?
まさか、彼女たちもそうなのか? 兄上たちのように何かを知っているのか?
「張遼殿宛てに二つほど、文を預かっているのですが・・・ 赤の遣いと、曹操様からなのですが・・・」
「それをはよ言わんかい!
むしろ、洛陽に着いたらすぐに渡しにこんかい!!」
そんな理不尽な?!
言葉を発したと思ったら僕は真横に吹っ飛ばされ、手から離れた書簡をすぐさま奪われる。そして、その書簡に目を落とした彼女は片方を手で砕かんばかりに握りしめ、片方を懐へとおさめた。
「ハハッ、えぇやん。華琳も、かず・・・ 冬雲も変わらへんなぁ。
なら、ウチもそうぶつかったる。ウチが今もっとる全部で、本気で冬雲を奪いにいったるわ」
好戦的に笑い、僕らなど目にくれない鬼神に恐ろしさを感じつつ、僕は徐庶さんを見た。張遼殿の様子に肩をすくめて、この方が雛里やあの孔明に並び称される『麒麟』の徐庶であることが信じられなかった。いや、雛里もとても『鳳雛』とは思えないんですが、主にあの
「霞は決めたねー。
まっ、あたしは月たちから離れる気なんてさらさらないんだけど。みんな好きだし、あたしはここがあってるんだろうしね。
さて、君はどうする? もういろいろばれちゃってるし、今ならぎりぎり帰ることが出来るよ?」
張遼殿に倒された僕の近くには居ても、彼女は決して手を伸ばそうとはしてこない。それがきっと、彼女の線引きの仕方なのだろう。
誰であっても手を伸ばす兄上、伸びる気力のある者に手を伸ばす華琳様、相手を選んで手を伸ばす姉上、僕に手を伸ばしてくれた人とはまた違う在り方がここに在る。
経験する全てを学びとし、僕自身が選んで行動し、何を想うか。なら僕は・・・
「僕がここに残る、と言ったらどうなりますか?」
「不思議なこと聞くねぇ、女官としてこき使うに決まってんじゃん。
そのための面接だし、人手不足だから優秀な人材は一人でも欲しいんだよねー」
指先で髪を弄りながら、彼女は楽しげに笑いながら、僕を見ていた。
「しかも、こっちでもちょーっと厄介なことになっててさぁ。
かなりこき使うし、結構中枢って言ってもいい場所に入れるつもりなんだけど、君にその覚悟はある?
たとえ、曹操さんたちと戦うことになっても、君はちゃんと君として選んで戦える?」
笑っているのに、その目は真剣で、相手の感情を乱れさせることなく本音を見出そうとする。
これがあの女学院の三軍師の一角たる『麒麟』、なんて底知れない方だろう。
「ここに居るのは、ただの荀家の子息であり、ここに仕官にしに来たただの男です。
僕は僕として選び、行動し、学びに来たんです。やってやりますよ」
きっと華琳様はこれすらも想定して、僕をここに送り込んだのだろう。いいや、わからなくてもいい。
これは僕が選んだ、僕の道なんだ。
「『ただの男』の前に、でっかく変態ってつくけどなぁ」
「つきませんから!!」
そうして僕は、今も洛陽に居る。
しばらく徐庶殿のもとで働いた後、董卓殿たちにもお会いし、関わり、十常侍や霊帝様たちの実情を知った。
袁紹によって諸侯に檄文が送られたことも十常侍から情報がもたらされ、軍が慌ただしく動いていく。同様に徐庶殿、賈詡殿も動き出している。
「僕は下っ端であり、何が出来るかわかりません。それでも」
目を閉じて浮かんだのは、初めて目にした董卓殿と彼女を支えるようにして立つ賈詡殿。多くがあってなおもそこから逃げることもなく、立ち向かおうとする強い女性たちの姿だった。
「僕は彼女たちの力になりたいんです」
それが今ここに居る僕が想ったことであり、行動し、選んだことだった。
短いので、お供の緑陽の視点での後日談はこちらに。
×
「―――― 以上が、洛陽にて樹枝殿の採用までの報告です」
樹枝殿と別れ、私は陳留の城にて報告を行っています。
場所は華琳様の執務室、その場にいるのは華琳様、黒姉さま、桂花様の三人であり、私が顔を上げると、華琳様が桂花様へと視線を向けました。
「まさか・・・ ね」
「こうなるとは、流石の私も想定外でした」
「本当、採用されるなんて・・・・」
三者三様、わずかに口元を動かし、ついには堪えきれなくなったように一斉に笑い出しました。
しかし、黒姉さまに指示されていたとはいえ、我ながら名演技だったと自負しております。あの時の樹枝殿の表情を私では表現しきれないことが惜しいほどに。
「しかし、華琳様はこれを見越して樹枝殿をあの場に送り出したのではなかったのでしょうか?」
「いいえ、
私が問えば、華琳様は何とか笑いをおさめながら、答えてくださります。
「あの愚弟の女顔がまさか、ここまで・・・ ぷぷ、それとも洛陽まで樹枝を題材にした本でも出回っているんでしょうか?」
最後に黒姉さまへと視線を向ければ、初めて見る黒姉さまの声をあげて笑う姿に少し見惚れてしまいます。この姿を、姉妹全員の時にもう一度見たいものです。やはり、姉さまたちの笑顔が私は一番好きなのです。
「私もまさかこうなるとは思っていませんでした。
笑いのタネになればそれでいい、程度の物でしたからね」
黒姉さまの言葉に、お二人も表情を元に戻し、一斉にある言葉をおっしゃいました。
「「「まさか、採用されるなんて思っていなかった」」」
・・・・さすがにここまで言われると、少々不憫になってきます。樹枝殿、強く生きてください。
そして私は、そんな樹枝殿がより強く生きていけるようにしっかり踏みつけたいと思います。麦は踏むと強く育つそうなので、それに倣いましょう。
「それでは私は、このことを冬雲様以外の武官、文官の皆様に広めてまいりますので。失礼いたします」
その日、陳留のあちこちで笑みが溢れることとなる。
同日、ある都にてくしゃみがとまらない女顔の男がいたという。