連合の拠点に到着し、幕の設営や食料・武具などの確認をみんなに任せ、華琳と俺、樟夏の三人でこの連合の中心実物たる袁紹たちの元へと軽く挨拶を済ませてきた。
袁紹は相変わらずだったが、その隣には
その間白陽は隠密としてではなく表の顔である文官として、牛金の補佐を務めてくれていた。
「あー・・・ 疲れた・・・」
俺がそう言いながら蒼い上着を脱げば、白陽がそれを受け取り丁寧に埃を払いながら干していく。その間に俺は二人分の席を用意し、先に椅子へと腰かける。それとほぼ同時に白陽が振り向き、水筒を手渡してくれた。
「お疲れ様でした。冬雲様」
「白陽も疲れただろ。
連合の会議までは少し時間があるから、白陽も座って休んでくれよ。どうせここには俺しかいないからな」
「・・・・では、失礼いたします」
今の間は少し断ろうかどうか考えたんだろうが、まぁ断っても俺は強制的に座らせることはわかりきっているため、諦めて自分から座ってくれたんだろう。
白陽が席につき、珍しく纏っている文官服へと目がいってしまう。
文官服の纏う際は人の目があるため、右目を前髪で隠してしまっているが、髪のすきまからわずかに垣間見える瞳は俺の前では穏やかで、優しげな雰囲気を感じさせ、そんな彼女を見て俺も目を細めてしまう。
「冬雲様、会議までのわずかな間ではありますが、横になられてはいかがでしょうか?」
「いや、流石にそれはまずいだろ」
白陽らしからぬ発言におもわず苦笑するが、白陽は自分の膝を数度叩き、手で招いてくる。
「
それに眠らずとも体を横にするだけでも、良い休養になりますので」
舞蓮のせいで白陽が凄く積極的になった気がするのは俺だけかな?
夜這いやら、俺が仕事で行く先々に現れて触れ合おうとするもんだから、最近白陽が常にぴりぴりしている。
今回は流石に立場的に居たらまずいだろうってことで陳留に残っている筈だけど・・・・ 出発する時に顔を見せなかったところが少し気にかかるんだよなぁ。
「冬雲様・・・」
でもまぁ、滅多にない白陽のささやかな我儘を断る理由が俺にはなかった。
「じゃぁ、膝借りるぞ。白陽」
「はい、喜んで」
白陽の膝に頭を乗せ邪魔な仮面の紐だけを解き、顔に乗せるだけの状態にしておく。白陽は俺の髪や頬をそっと撫で、手の温もりの心地よさ俺は目を閉じる。
「他の陣営はいかがでしたか?」
「直接全員と会ったわけじゃないから、何とも言えないかな。
今回の主要となる二つの袁家と孫家、公孫賛殿と西涼の馬家、平原の劉備殿たちは揃っているようだが、会議の時にどう動くかまではわからない。
ただ袁紹の話によると、馬騰殿と袁術殿の付き人として孫権殿、公孫賛殿と劉備殿と白の遣いも挨拶には来ていたらしい」
陣営の上に立つ者たちが順に集まり、その責務を果たしていることがわかる。
袁家が呼び、その建前ともいえる檄文に集って彼女に挨拶をしている以上、会議では彼女がまた連合を取り仕切ることとなるだろう。
「どうなるかは、これからの話し合い次第だろうな」
霞と樹枝が向こうに居る以上、この戦がどうなるかは俺たちすら掴めない。十常侍の残党がどう動くかにもよるが、俺があまり自由に動けないことには変わりはない。
まぁ、もしもの時は牛金に身代わりを頼むことになるだろうが、それはあくまで最後の手段だろう。
「どうなろうと、私はあなた様についていきます。
たとえあなたの行うことを誰が悪と断じても、誰かが偽善と罵ろうと、冬雲様の後悔なき道をお進みください」
「精々そうしてついて来てくれる白陽に、愛想尽かされないようにするさ」
「私があなた様に愛想を尽かすことなど、この世界が終わったとしてもあり得ません。
生がもし繰り返されるというのなら、何度生まれ変わろうと私はあなた様のお傍に在り続けることでしょう」
互いの頬や髪に触れながら過ごす、わずかな休息の時。
そのわずかな時を俺は楽しんでいた。
「冬雲様、黄蓋と名乗る将の方が訪ねてきておられますが、どうなさいますか?」
俺たちがそうしてしばらくのんびりしていると、幕の外から聞こえた兵の言葉に立ちあがる。
「あぁ、来てもらってくれ」
流石に幕の外では目立つし、おそらく舞蓮の事だろうしなぁ。
白陽も察したらしく短く頷き、文官服を正し、幕内の準備へと動き出す。俺も白陽と同様に身なりを整え、仮面の紐を固く結び直して蒼の上着を羽織る。
「お連れしました」
兵の声を聞き、俺は幕を開くと、そこにはかつて目にした時と変わらない姿の黄蓋殿が立っていた。
「お初にお目にかかる赤き星の天の遣い殿よ・・・ いや、黄巾の乱の英雄・曹仁殿よ」
「初めまして、黄蓋殿。
干果程度しか出せませんが、どうぞお入りください」
「では、失礼する」
幕内へと招き入れ、彼女も一礼して俺に促されるがまま用意されていた椅子へと腰を下ろす。
ほんのわずかな時間ではあったが、白陽によって用意された今できる範囲のもてなしを眺め、隅へと控える白陽を視線で労う。
「しかし、貴殿は自身が『英雄』と呼ばれることを否定せぬのじゃな?」
「やはり、少々図々しいでしょうか?」
言葉の割に彼女は楽しそうに笑い、俺はその笑みの意味が分からずに問い返す。
まぁ、人によっては図々しく、なおかつ自信過剰に映ってしまうかもしれないだろうな。
「いや・・・ なに。
少々話を聞いていた貴殿の姿と重ならず、意外に感じたというだけじゃ。儂個人としては、むしろ好ましくすら思うがの」
蓮華殿? 俺のこと、周りになんて言ってるんですか?
それとも舞蓮か? 蓮華殿より可能性高そうだし、舞蓮が情報源だとするならかなり内容が不安になってくるんですけど?!
「私には過ぎた功績と名だとは思いますが、
でも俺はもう、
一切恥じることもなく、胸を張って堂々と立っていること。
誰になんと言われようと、この答えは絶対に変わることはない。
「ふむ・・・ 聞きしに勝る良き男ぶり。
聞けば仮面で隠した顔の傷も、賊から曹操殿を庇って出来たものとのこと。
何とも素晴らしき忠誠、曹操殿は果報者じゃのぅ」
・・・・・ちょっと待とうか。
俺、その話知らない。いつの間にそんな話になった?
あの時は仕方ないっていうか、そもそも華琳じゃなくて最初から彼女は俺を狙ってたわけで、庇えたわけじゃないし。そりゃ傷は残ってるけど、今も仮面被ってるのはこの傷を見るとみんな悲しんだり、関羽殿に殺意を抱いたりするのを防ぐためであって、俺自身はあの時は痛かったけどあってもしょうがない黒子みたいにしか思ってないのが実情なんだが。
そんな思いは当然叫ぶわけにもいかず白陽を見ると、気まずそうに目を逸らすこともなく、『我々にとってはそのような認識ですが、何か?』とむしろ見つめ返してきた。
司馬八達とは詳しい話を聞くとともに、話し合いの必要性を感じる。まぁ、傷つけた当人の名前を出すよりかはいくらかマシな状況ではあるが。
「そして今回、儂がこの場を訪れたのは貴殿に感謝を告げたかったからじゃ」
黄蓋殿は隅に居る白陽へと軽く視線を向け、口を開こうとしたが俺はそれを手で制した。
「彼女は、私が最も信頼を寄せる優秀な補佐官です。
他言にすることはありませんので、ご安心を」
「ほう?
英雄殿にここまで言わせるとは、何とも羨ましいかぎりじゃな」
「えぇ、彼女にはどんな仕事も安心して任せられる。
私のもう一つの右腕のような存在です」
これは俺の、偽りなき本音だった。
白陽だからこそ俺は安心して多くを任せられるし、俺だけでは届かない筈だったところも届くようになった。勿論、それは他のみんなにも言えることだが、補佐官という距離の近さは白陽だからこその特権だろう。
「ふふ、それはそれは。何とも羨ましい」
そう言って微笑んだ後、黄蓋殿は姿勢を正してから俺へと深く頭を下げた。
顔は完全に見えなくなるほど深く、されている俺の方が恐れ多くなってしまうような、土下座にも近い礼。すぐに止めに入ろうと彼女の傍に寄った時、俺はようやく彼女の体が震え、地面へと雫が落ちているのに気づいた。
「我が君主を、友である孫文台の命を救ってくれたこと。
そして我が弟子、周公瑾を病から守ってくださったこと」
涙で声は歪み、彼女はなおも頭を下げたまま言葉を続ける。
「儂は貴殿に、この恩をどう返せばいいのかわからぬ。
儂が知る何をもってしても、あの二人の命の対価には釣り合わぬ」
その一言一言が彼女がどれだけ二人を想っているのかが、痛いほど伝わってくるようだった。
「頭をあげてください。黄蓋殿」
彼女の泣き顔を見ないようにしながら、俺は懐から布を取り出し、彼女へと差し出す。
「曹仁殿、貴殿にとって些細なことであっても、儂はお主に二度救われた。
奴の亡き夫と交わした約束、そして呉の将来を担う我が弟子の命。
心も、未来も救われてしまっては、儂はこの想いをどうすればよいのかわからん。ゆえに・・・」
黄蓋殿は左手で受け取り、右手で強く俺の手を握って、自分の方へと体ごと引き寄せた。俺も油断しきっていたためにそれに逆らうことも出来ず、彼女にされるがまま、押し倒される。距離は自然と縮まり、彼女の表情は泣き顔から一変。妖艶な笑みを浮かべた獣へと変化していた。
「儂を、貰ってはくれぬか?」
耳元で囁かれたその声は、まるで脳を麻痺させる媚薬のようだった。
これは危機だと本能が告げているし、拒まなければならないことは重々承知。
だが、客である以上空いている足で蹴り飛ばすわけにもいかず、腕も塞がれ、流石は将というだけもあって、俺の体は完全に固定されていた。
この状況下では、俺は硬直することしかできない。
「うむ・・・ 間近で見れば尚よし。
また、鍛えられた肉体がなんとも・・・」
密着した状態で彼女の手が体に触れていき、自分の心臓が喧しい。
そのせいか周りの音もよく聞こえず、全ての音が遠すぎて、周りを確認したくても出来ない。彼女からそれ以上何もされないように、目を逸らさないでいることが精一杯だった。
「「祭!!」」
「私を差し置いて、羨ましいことやってるじゃなーい? 私も混ぜなさいよー!」
「勝手に何を・・・・!
冬雲殿?! 祭、あなた・・・ というより、何故母様がここに居らっしゃられるのですか?!」
聞き慣れた本来ここに居ない筈の舞蓮の声と、状況を見て驚く以外の選択肢がないだろう蓮華殿の声がとても遠い。
それはきっと、声よりもはるかに存在感を漂わせる部屋の片隅から溢れる殺気の性だろう。
「むっ! これは最大の危機にして、絶好の好機じゃな!!」
オ願イデス。目ヲ輝カセナイデクダサイ。死ンデシマイマス。
「では、曹仁殿。
いただきます」
「はっ? ちょっ、まっ・・・・」
彼女は俺の体をしっかりと押さえつけ、頭と顎を固定しながら唇を近づけ、その距離は完全に零となった。
柔らかな唇とどこか得意げな黄蓋殿の顔が瞬きの間に近づき、遠ざかった時、俺は口づけをされたことに気づいた。
「「あっーーー!」」
「こっの、色惚け老将が!」
驚く二人の声と、それよりも早く罵倒とともに動いた鈴の音が俺と黄蓋殿を引き剥がしていく。
「は、白陽?」
まずは状況を確認したいが、その前に部屋の隅で俯き、殺意のみをまき散らす白陽へと声をかける。
すると白陽はいつものように顔をあげ、満面の笑みで口を開いた。
「ご安心を。冬雲様」
どこか寒気を覚えるその笑顔は、白陽が黒陽に一番近い姉妹なのだと実感させられる。そして白陽は流れるような動作で懐から短剣を取り出し、構えた。
「虎二頭の皮を剥ぐなど、造作もございませんので」
「いやいやいや?! 白陽、止まれえぇぇーーーー!!」
俺が白陽を羽交い絞めにして押さえている間、俺と同じように黄蓋殿を押さえ縛りつけている甘寧殿と不意に目があった。俺は軽く会釈し、お互い苦労すると笑みを向けるとすぐさま顔を背けられてしまう。
何故だ?
「祭! 母様!
二人とも、もっと自分の立場というものを考えて行動してください!!
特に祭、あなたは一体冬雲殿に何を・・・」
「良き男を我が物にしたいと望むことは、何もおかしなことではありますまい。
蓮華様とて曹仁殿に真名を許し、互いに呼び合うほどの仲。ならば、恋慕の情を持っていないわけでもなかろうて。
なにせ蓮華様は、真名を他者に許すのに相当な時間がかかりますからのぅ」
「い、今はそんな話していないでしょう!」
・・・・なんか俺が首を突っ込んだらまずそうだし、蓮華殿そっちは任せた。頑張ってくれ。
「白陽、落ち着けって!」
「今日という今日は許しません。大虎のみならず、その部下である白い虎も加わり、冬雲様を組み伏せ、挙句唇を奪うなど見過ごすことが出来る筈がありません。大体、呉に居る虎は何です? 揃いもそろって盛りを過ぎたにもかかわらず発情を迎え、夜這いや接吻・・・ やはり、一度徹底的に懲らしめ、こちらが危険なものであることをその身に理解させなければなりません」
早すぎて全部は聞き取れなかったけど、白陽が怒ってることだけはよーくわかった。
「だから、落ちつ・・・」
「たーいちょー!!」
声と同時に幕が開き、俺の腰辺りに何かが抱きついてくる。
白陽に回した手を緩めないようにしながら振り返ると、何故か涙目になった沙和がくっついていた。
「どうした?
何か異常事態でもあったのか?!」
「白の遣いが変態だったのー!」
「はぁ?!」
白の遣いって・・・・ あっちの北郷だよな?
俺が会った時はまともだったし、別に変態なんて思うようなところはない筈なんだが?
「女の人を縄でぐるぐる縛って、筋肉ムキムキな化け物に連れて行かれちゃったのー!!」
「ごめん、言っている意味がよくわからない・・・」
筋肉ムキムキな化け物には心当たりがなくもないが、女の人を縄でぐるぐる巻きってどういうことだ?
「隊長は・・・ ぐすっ、違うよね?
男色家でも、変態性癖でも、ないよね?」
そして何故、そこで俺が出る?!
「沙和、俺がどれだけみんなが好きなのかはよくわかってるだろ?
それに万が一、やむ得ない理由もあるかもしれないんだし、そんな男色家とか変態扱いなんてしてやるな」
樹枝と樟夏の例もあるわけだし、根も葉もない噂や誤解から生じた可能性もあるだろう。
それに俺はむしろ女好きだ。
好意をもってくれたらそれを返すのは礼儀だし、俺には誰か一人を選ぶなんて不可能。
優柔不断の節操なし? その通りだが何か?
責任もって全員を幸せにする覚悟はとっくの昔に決めて、腹くくってんだよ俺は。
「隊長、大好きなのー! 超愛してるのーーー!!」
「俺もだけど、そろそろ周りの状況を見ような! 沙和」
「だって隊長の周りに女の子がいるなんて、いつものことだもん。
それに隊長だから仕方ないの」
話し合いの必要があるのが増えた気がする・・・・ いや、どっちも俺の自業自得だけど。
「で、白陽ちゃん。何かあったのー?」
「そこの白い虎がどさくさ紛れに冬雲様を組み伏せ、唇を奪いました。
現在、孫権殿・甘寧殿が説教をしていますが、馬の耳に念仏。ならばやはり、ここは冬雲様の補佐官である私がその息の根を・・・・」
「死刑なの!」
「そこまではやりすぎだからな?!」
というか、男の唇にそんな価値はないから!
むしろ形として奪われたものであっても、黄蓋殿の唇を俺が貰ってしまってよかったのかを問い返したい。
「あー・・・・ いろいろ納得なの・・・
それでどうして陳留の檻の中に入れてきた筈の孫堅様がここに居るの?」
あぁ、だから舞蓮は見送りに来なかったのか。そっか、檻・・・・
「檻?! 何で檻?!」
沙和の言葉に混じった信じられない内容に理解が追い付かずおもわずそのまま流しかけたが、すんでのところで気づき驚きの声を上げた。
「だって孫堅様、そうでもしないと一将としてついてきちゃいそうだったんだもん。しまいには隊長の夕雲に相乗りするなんて言い出すし。
結局暴れられても困るからお酒で釣って、華琳様公認で檻の中に入れてきたの!」
あぁ・・・ もうどこからツッコめばいいのやら。
「その檻を夜のうちに破って、冬雲の衣服関連の荷物の中に紛れ込んできたのよ!」
「母様!
本当にうちの母がご迷惑をおかけしているようで、申し訳ありません・・・」
沙和の言葉に正座をしていた舞蓮が得意気な顔をして答え、すぐさま蓮華殿の怒号が飛ぶ。そして、申し訳なさそうにこちらへと頭を下げてきた。
「それはいいのー。悪いのは孫権様じゃなくて、そっちの孫堅様なのー。
それで孫堅様―、隊長の服に埋もれて運ばれた感想はー?」
「もう、最高だったわ・・・・」
「うっとりした顔で何言っちゃってんの?!
沙和も何聞いてんだよ!?」
「万死に値します」
「白陽も止まれーーー!!」
片や、母と宿将を正座させ、説教をする孫家の跡取り。
片や、補佐官を羽交い絞めにし、部下に泣きつかれる乱の英雄。
ついさっきまでの平穏が嘘だったかのように俺の幕は混乱を極め、まさに混沌という言葉を体現するにふさわしい場となってしまった。
あぁ、もう誰でもいいから助けてくれ。
内心で抱いた思いを溜息に変化させたその時、再び幕の入り口が開かれた。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ!!
そんなのはどうでもよくなるくらい素敵な年上男性が私を呼んでいる!!
水鏡女学院、第六期生! 『年上狂いの王平』、推・参!!」
なんとかならない気がしてきた・・・
突然その場に響いた声に誰もが視線を向けるが、口上を聞いた後に向けられたその大半は残念な者、あるいは奇怪な者を見る目であったのは仕方のないことだろう。流石の俺も言葉をなくし、ここに彼女の言う『素敵な年上男性』など存在しない。というか、男が俺しかいないしな。
だが、一つだけ言わせてほしい。
この世界の神が大概鬼畜で、狂っていることは百も承知だが、混沌に混沌を突っ込むとはどういう了見だろうか。
鮮やかな色に鮮やかな色を混ぜ合わせすぎると、その色はむしろ黒などに近くなる現象と言えばいいのだろうか。
あぁまどろっこしい。わかりやすく言えば、俺いつか神の野郎殺すんだ。
「すみません!
こちらに年上狂いとか馬鹿なこと言ってる人知りませんか・・・って、やっぱりいた!!
というか、何でこの部屋女の人ばっかり?! ここは曹仁さんの幕の筈じゃ・・・・」
王平と名乗った女性の後から入ってきたのは、緑を基調とし、袖のあちこちに桃色や黄色などの色とりどりの花片(花びら)が舞った華やかな上着を羽織った北郷の疑問は当然であり、そんな北郷へと俺は挨拶代わりに軽く手をあげた。
「よぉ、北郷」
「いきなり、押しかけてしまってすみません! そして、こちらの客将が言っただろう奇怪な言葉も本当にすみません。連合の会議が終わってからにでも、正式に挨拶には来ようと思ってたんですけど、この人の暴走を止めきることが出来ませんでした。重ね重ね、ご迷惑をおかけしてしまって本当にすみません。
でも、失礼を承知で一言だけ言わせてください。
リア充、爆発しろ!!!」
「この混沌を見ての感想が、まずそれか?!」
丁寧に会釈をし、こちらへの謝罪やら何やらをしている辺り、あの後も成長は続いたのだろう。
だが、今はそんなことをしみじみ思っている場合ではない。
「俺の現実は確かに充実しているが、この状況のどこをどう見たらそんな感想になる?!」
「困っているのは見ればわかりますけど、自分の幕の中に女性がいる時点で俺からすれば羨ましいんですよ!
俺の幕なんて華佗と貂蝉と一緒で、『おはよう』も『おやすみ』もいの一番に言う相手が華佗ですよ?!
しかも、貂蝉に警戒してほとんど誰も近寄ってこないし、来たかと思ったら愛紗は貂蝉と試合をしだすか、仕事の呼び出しだし・・・・」
後半になるにつれて俺でも聞き取れないくらい小さな声になり、走って疲れたのもあって土下座のような状態で普段の愚痴を言い始めてしまった。
・・・・機会があったら酒にでも誘って、愚痴を聞いてやろう。
人が増えるにつれ混沌を増していく幕の中、変わらずに白陽を押さえつけながら、俺は天井を仰ぎ、小さく呟いた。
「本当に・・・ 誰か助けてくれよ・・・」
「冬雲、入るわよ」
声と共に現れたのは、俺の最愛の女性。そして同時に、この場を治められる唯一の存在。
通常ならば驚き、大声をあげても仕方のない状況でありながら、彼女はいつものようにゆっくりと幕の中を一通り眺めてから、最後に俺へと視線を向ける。
そこに怒りも、嫉妬も感じられることはなく、むしろ状況を察したかのように温かな労いの視線を向けてすらくれていた。
「華琳・・・」
「これはどういう状況なのか、説明してくれるわよね?」
その言葉は俺だけでなく、この場にいる全員へと向けられたものだということは誰の目から見ても明らかだった。