真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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45,孔明の策 種明かし

 幕を出た後に凪と合流し、珍しく俺たち二人を雛里に引っ張られる形で劉備殿たちの陣営へと向かっていた。

「雛里、そんなに慌てなくても大丈夫だと思うぞ?」

「で、でも!

 私が朱里ちゃんを一人にしちゃったから、一人でまた背負い込もうとしてるんだったら・・・・」

 『また』ってことは、最初に会った時もそんなやり取りしたのか・・・

 俺も怪我してたりして、目の前の状況以外を見ることが出来てなかったからなぁ。

「通達でしかわかってない現状なんだから、考えすぎだって」

 口ではそう言いつつも、俺は黄巾の乱で三人のことを思って怒りを露わにしていた真桜の姿を思い出して、仕方ないと感じていた。

 真名を重んじるこの国は身分なんかよりもずっと信頼のおける友や部下を大切にするし、長く付き合った分だけ思い出が増し、繋がりは強くなる。だからこそ、雛里が孔明殿に対して抱く思いがどれほど強く、大切なものなのかは俺にも想像出来た。

「友達って、いいもんだな」

 雛里を見ていて思ったことを口にすれば、凪は俺の隣で静かに頷いてくれた。

「はい、隊長。友とは、とても良いものです。

 真桜も、沙和も、白陽も、私にはもったいないほど素敵な友人ですから」

「っ?! な、凪?!」

 凪のそんな言葉に俺が顔を緩めてると、どこからか狼狽えたような声が上がり、俺たち三人は揃って噴き出してしまった。

 ほらな? 白陽。

 お前はこんなにも、ちゃんと凪と友達になれてる。何も心配することなんてないんだよ。

 きっと顔を真っ赤にしているだろう白陽を想像して、気持ち和やかになった状態で俺たちは劉備殿たちの陣へと向かった。

 

 

 

「えっと・・・ 鳳雛が来たとお伝えくだ・・・・」

「えっ、英雄様?! 何故こちらに?!」

 雛里の言葉の最中にそんなことを言う兵士に内心苦笑いだが、それをどうにか抑え込む。

「こちらの軍師の付き添いと、泗水関での一戦においての劉備殿たちの英断に敬意を表し、劉備殿と白の遣い殿に話を伺おうと思いまして。

 孔明殿を呼んでもらえるでしょうか?」

「は、はい!

 すぐに呼んできますので、少々お待ちください!」

 英雄という名によって、他陣営に行くにしても応対するほとんどの一般兵はこんな感じなんだよなぁ。街を視察に行くときなんてたまに俺を拝む人もいるし、英雄という立場には慣れてきたつもりだけど、あの対応にはいつまでも慣れない。

「雛里ちゃん、いらっしゃ・・・・」

「そう! じん! どのーーーー!」

 孔明殿がこちら・・・ というか、雛里に手を振って駆けてくるよりも早く、俺の方へと一つの影が突進してくる。

「白陽が言っていたのは、これか・・・」

 が、その瞬間に凪がぼそりと何かを言い、常に装備している閻王(えんおう)を構えた。

「だが、隊長には指一本触れさせん!」

 瞬間、火花が散り、何が起こったかもわからないうちに凪と王平殿が両手を合わせて、がっつりと組みあっていた。

「やぁ、お久しぶり! 曹仁殿! あなたのお妾希望の『年上狂いの王平』、ここに登場!!

 あなたの匂いがする方向に飛んできてみれば、あら不思議。今回は前回の白い子とは別の、灰色の子がついているとは!

 いやー、あなたに警戒されてるのか、正妻らしさを無言で醸し出す曹操殿に警戒されてるのか非常に迷う所なんだけど、その答えや如何に?」

 そんなことをやや早口で言いながらも凪とすさまじい勢いで拳の応酬をし、凪も容赦なく拳を叩き込んでいるのがわかる。

「王平しゃん! 戻るか、仕事するかのどっちかをしてください!!」

 孔明殿が言葉と同時に王平殿を引っ張り、俺も同じように凪を後ろに下げる。

 連合内で殴り合いとか、勘弁してくれ・・・

「えー? だって今、正ちゃんいないから暇だし。

 やることはほとんど片付いちゃった所に彼が来るなんて、これはもう運命だとしか思えない!

 関係を作るためには、襲うしかないでしょ!」

 俺はこれまで、何度か破天荒な人に会ったことがある筈だった。

 華琳の発想なんてまさに破天荒だし、春蘭や霞の雄々しい武、秋蘭の正確無比な弓の腕、軍師であるみんなの発想は、まさに前人が成しえなかったことを行うという意味に沿っていた。

 けど、個人の性格でここまで破天荒という言葉が似合う人は果たしていただろうか?

「王平さん!

 話は聞いていましたけど、本当にそちらに居らしたんですね」

「やぁやぁ、士元ちゃん。

 相変わらず小っちゃい上に、趣味も相変わらずみたいで安心してるよー。正ちゃんはその趣味で凄い困ったような顔をしてたけど、正ちゃんには会った?」

「いえ、まだ・・・」

「まっ、そのうち会えると思うけどねー。正ちゃん、結構気分屋だし、いつになるかはわかんないけど」

 その言葉の後に、王平殿は何かに気づいたのか雛里の全体をきょろきょろと見渡して、最後に首を傾げた。

「ん? んー・・・・ 小っちゃいっていうのは軽く前言撤回かな?」

「え? それってどういう・・・」

「うーん! 言わない!

 というわけで、私は特に仕事がないので、あちこち物色してくるねー!

 それでは運命の人・曹仁様。また必ずお会いしましょー!」

 王平殿も女学院出身どうこう言ってたから、先輩と後輩なのかなぁとか俺が考えている内に王平殿は嵐のように去っていた。

 でも、次に会う時まで彼女の対処法が浮かぶとは到底思えないんだけど。

「その・・・ 王平さんがすみません。曹仁さん」

「いや、俺は特に何もされていないから・・・

 むしろ友人である雛里はともかく俺まで突然訪問してしまって、本当に申し訳ない」

 自然と互いに頭の下げあいとなり、俺たちの間にはどこか親近感というか何とも言えない空気が流れる。

「いえ、かまいません。

 本日はどのようなご用件で?」

 その言葉に俺は雛里の後ろへと下がり、雛里へと軽く視線を向けた。

 今回のこの陣営に来たのは俺のためじゃないし、むしろ俺はおまけだ。だから、本当に聞きたい雛里こそがそれを聞くべきだと思った。

 実際俺は『らしくない』ぐらいしか感想を抱かなかったわけだし、何かしようにも袁紹殿が既に動いて、捕虜の取り扱いを定めていた。

 本当にただ居るだけしか出来ていない自分に嫌気がさそうとも、俺は・・・・

「朱里ちゃん・・・ その、捕虜を拷問してるって・・・ 本当なの?」

「あぁ、その一件で雛里ちゃんは来たんだ。

 そっか、連合内全部に行き渡るんだったら、雛里ちゃんが心配することは考えてなかった・・・・」

 孔明殿はぶつぶつと言いつつ、腕を組んで何かを考えているようだった。

 しばらくそうした後、何かの結論が出たようで俺たちへと手を伸ばして、促した。

「詳しい説明は現場を見た方が早いから、案内するよ。雛里ちゃん。

 よろしければ曹仁さんもご一緒にどうぞ」

 その笑顔に俺たちは首を傾げつつ、大人しく彼女の背へと続く。

「実は先日、袁紹軍に報告書などの提出と共に文醜将軍が視察に参られて、ある現場へとお連れしたんです。

 もっとも幕内には入らずに、私と王平さんが軽く説明をしただけで何故か途中で逃げ帰ってしまわれたんですけど」

 先日のことを説明されつつも進んでいくのは、本陣からやや離れた場所にある大きな幕。そこからは何故か煙が上がり、肉が焼ける音と共に香ばしい香りも漂ってくる。幕のあちこちには何故か血痕らしきものも見られ、骨も転がっていた。

「説明しようにも『自分にはわからないからいい』と断られてしまったので、詳細を説明することも出来ず、それで拷問などという勘違いをされてしまったようなんです」

 

「頼むから! 俺はもう治ったから! それ以上近づくなぁーーー!」

 

 孔明殿の言葉とは裏腹に、幕に近づけば近づくほど聞こえてくる悲鳴。

 ん? これって悲鳴か?

「それがこちらです」

 俺たちが促されるままに幕へと入ると、視界に飛び込んできたのは

 

 

「ご主人様、気が足りないわん♪

 私に気力充電のための、愛のあ~んをちょ・お・だ・い!」

 ナース服を着込んだ貂蝉が

「ハイ、ア~ン」

 灰のように煤けた北郷によって、焼肉らしきものを口に運び

「うふふふふ♪ 気力満タンよ~♪

 さぁ、この白衣のなぁ~すが、毒に侵されたあなたの心と体を癒す愛の口づけをあ・げ・る♪」

「い、嫌だ! 来るな寄るな近づく・・・・ あぁーーーー!」

 体をがっちりと両腕で固定した男性兵士へと、唇に口づけをするという地獄絵図だった。

 

 

 なんだ、こりゃ・・・

「私は文醜将軍に拷問なんて一言も言っていませんよ?」

 頬が引き攣り、最早言葉すら口に出ない俺たちに孔明殿はにっこりと笑って、言い放った。

「諸事情により毒に侵されていた皆さんを保護しているのですが、何せこちらの陣営は資源などが不足していまして、華佗さんと貂蝉さんの協力によって気での解毒を行ってもらっているんです」

 あぁ・・・ それで貂蝉があんなことを・・・

 まだ頭が目の前の事態を受け入れることが出来ない中、傍らの雛里はぷるぷると震えていた。

 親友がこんな奇妙なことをして、挙句こんな風に開き直ってたら、そりゃ怒るよなぁ。

「朱里ちゃんは天才なの?!」

 ・・・はい?

「解毒だけじゃなくて、貂蝉さんと男性兵士さんの絡みを直接作ることで新しい物語の始まりを創りだそうとするなんて・・・

 うん! 確かにこれは有効な情報を捕虜さんたちの協力の元に生み出して、物語へと発展させる。公になってる情報は少しも嘘になってない。

 こんなことを思いつくなんて・・・ 朱里ちゃん、凄いよ!」

「そこまでわかってくれるなんて・・・ 流石は雛里ちゃん!」

 やおい本書いてる人たちが、百合っぽい空気醸し出してまーす。誰か助けてくださーい。

 もう、いろいろありすぎて俺の思考回路がうまく動いてくれないぞー?

 凪は凪で貂蝉に何かを熱心に聞きに行っちゃうし、俺はもうどうすればいいのかなー?

 ていうか、悲鳴の理由と煙の理由はなんとなくわかったけど、血痕の理由が・・・ あぁ、捌いた肉か・・・

「あっ、曹仁さん。お久しぶりです・・・って言っても、私は会議でお会いしたからそうでもないですよね。

 それじゃはい、どーぞ」

「あ・・・ あぁ、劉備殿。お邪魔している。

 けれど、この焼肉は・・・・ というか、それ・・・ うぐっ?!」

 劉備殿の言葉に我にかえり振り返ると、タレの入った小皿と肉を持った状態でこちらへと駆け寄り、振り向きざまに口へと肉を放り入れられた。

「この焼肉は捕虜の皆さんとの親睦会も兼ねて、北郷から言い出してくれたんです。

 だからもうお肉とか全然足りなくて、王平さんとかウチの妹ちゃんたちには狩りに行って貰ったり、捌いてもらったりって凄い忙しくって・・・

 北郷と私だけ何もしないわけにもいかないからその間の書簡仕事とかを任されたり、北郷は貂蝉さんの気力回復がかりをずっとやっててもらったんです。

 それにこのタレとか、麦飯にかけるフリカケも北郷には作ってもらっちゃいました」

 そんなにべらべら俺にいろいろと話していいのかとか、いつ北郷呼びになったんだとか、貂蝉のあれを容認するってまずどうなんだよ・・・ 等々、いろいろツッコみたいところはあるが、俺はどうにか口の中にある肉を飲み込んだ。

「それで曹仁さん? 何か御用ですか?」

「いや、孔明殿を気にかけた彼女の付き添いとして来ただけなので、その目的もほとんど果たしました」

 俺がそう言ってちらりと雛里へと視線を向ければ、さっき本陣で見せていた不安げな表情は欠片も見られない。

 友人と笑い合う雛里の姿はやっぱりいいもので、俺の口元は自然と緩む。

「そうですかー。

 うーん、やっぱり曹仁さんはウチの北郷と違って落ち着いてて、大人な方ですね。

 流石、英雄ですね」

「いや・・・ そんなことはないよ。

 いつも、目の前にあることに精一杯だ」

 多くを学んできたつもりでも、目の前のことにぶつかっていくということに変わりはなくて、英雄になれば何かが出来るかと思えば、そうでもなかった。

 むしろ英雄(この名)によって俺には多くの制限がかかり、身動きが取れなかったというのが現状。

 だが、彼は・・・ 北郷は今回、関羽殿の武と孔明殿の策、そして華佗や貂蝉の協力によってこれだけの命を救ってみせた。

 同じ俺。だけどもう、違う自分。

 あの頃の俺には出来なかったことを成し遂げる彼が、とても羨ましく感じた。

「劉備殿、北郷殿」

「はい?」

 きっと彼に聞いている余裕はないだろうが、俺は彼の名も呼んだ。

「この泗水関での一戦・・・ そして、その後の今にいたるまで犠牲を減らし、命を守ろうとするあなた達に敬意を表します。

 あなた達の言葉はもう、あの時のように理想だけではなくなった。

 どうかこれからも、あなた達の選んだ道を突き進んでください」

 彼女たちの中に籠っていただけの種は芽をだし、大きく成長を始めている。

 いずれ枝を広げ、太陽へと近づき、いずれはこの大地を包もうとするだろう。芽を摘み取るならば今。いいや、あの時に摘んでしまえばよかったのかもしれない。

 だが華琳は、それをけして望まない。

「曹仁さんって、本当に女ったらしさんなんですね」

「さぁ? 自分ではよくわからないよ。

 ただ素直に、思ったことを言ってるだけさ。俺は先に失礼するよ。

 それではまた、劉備殿」

「はい、また」

 軽く挨拶を交わして劉備殿と別れ、まだ孔明殿と熱心に語り合っている雛里を白陽に任せて、俺は自分の幕へと戻っていく。

 じきに虎牢関への移動が行われ、次の先鋒をどの陣が務めるかが話し合われることだろう。

「何も出来ないなら、俺はその中で出来ることをやってみせる」

 立場は違っても変わらない答えに、俺はあの日と変わらない綺麗な蒼空へと笑いかけた。

 


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