「さっすが千里やわ。
人を怖がらせる天才やあらへんか」
さっきの千里の槍投げから猪二匹と公孫賛かついで去ってく趙雲たちを放っておいて、ウチの部下やらを先に関へと入れていく。
ウチと恋は連合の奴らがおかしな行動せんように、関の前で睨みきかせて仁王立ちや。
「霞・・・」
「ん?」
恋が服の裾掴んで上を示すもんやから何やと思うて上を見上げたら、千里も関の上でさっきのまんまで、まーだ槍構えて睨んどった。
「まったく、千里も無茶すんなぁ」
内通者を見せしめに叩っ斬った時も、さっき小覇王目掛けて槍投げた時も、武器振るって強いように見せ取るけど・・・
「武どころか、腕の力もからっきしの癖にようやるわ」
足にあーんな装具つけてても、千里に武なんか欠片もあらへん。
足が速いんも、ちーっと体術が出来るんは確かやけど、あれは戦うためのもんやない。生き延びるための逃げ足で、旅路の最中での最低限の護身術でしかないんや。
それでも千里がどんな時でもあれを付け取るんは常に
自分が魔王軍の弱点にならんように、そう見えんように、精一杯そうでないフリをしとる。
「なんちゅうか・・・ ホンマ、千里らしいわ」
嘘に嘘を塗り固めて、それがあたかも本物のように見せつける。
相手に本物やって思わせた時からばれる瞬間まで、嘘は嘘やなくなる。
あの号令もウチらに任せんかったんは、その嘘をより強いもんにするためやったんやろうなぁ。
「千里・・・ 弱い。
けど恋より・・・ ずっと、強い」
恋から出た予想外の言葉にウチは驚きながら、けどその言葉に自然と頷いとった。
「そやなぁ。
千里はきっと、ウチらの中で一番強いわ」
いろんなこと考えて、ウチら武将も、月たちも目を配っとる。
武将にはわからんもんとも戦って、けろっとしとる。
どうにかこの間ウチの前で悩み吐かせても、まーだ感情のまんま怒る千里は見たことあらへんもんなぁ。
「・・・・霞、銅鑼」
「おぉー、そやな。
さっ、恋! 帰るでー!」
そう言ってウチは恋の首を掴んで、関へと駆けこんでいく。
「霞・・・ 痛い」
恋からなんや文句が聞こえるけど、ウチは気にせーへんもーん。
「くぉら! そこの馬鹿鬼神!!
恋殿の首根っこを掴んで引っ張ってくるとはどういう要件でござるか!!!」
「恋殿を連れて帰ってくるなら馬の後ろに乗せるなり、もっと丁重に扱うのです!!」
とか考えながら関に入ったら、出迎えの言葉も無しに二人に怒鳴られてもうた。てへっ。
「血塗れで凶暴なお前が、舌を出して笑っても少しも可愛くないのです!!」
「右に同じく!
恋殿をこちらへと渡し、さっさと黒捷殿の汚れと血の汚れを落としに向かうでござる!!」
「「そして大人しく、恋殿をこちらに渡すの
おーおー、普段は口喧嘩しとる癖にこういう時だけ息が合うなぁ。この二人は。
「そんなこと言われんでも、中に入ったんやから普通に放すて。
ほれ、恋」
「ん」
ちゅーか恋も、痛いとかいう割には抵抗せぇへんかったな。
「「恋殿おぉぉーーー!」」
「二人とも・・・ 駄目」
ひっさびさに餌貰う池の鯉みたいに恋に群がる二人に、恋が珍しく制止をかけとった。当然二人はさっきまで怒ってた顔を一変させて、なっさけない顔になる。
「どうしてでござるか?!
もしやお怪我を・・・・!?」
「縁起でもないこと且つ恋殿にはありえないことを言うなです! 芽々芽!!」
百面相までとはいかんけど、なんちゅうか二人とも大忙しやなぁ。
「・・・・・違う」
「「ならば、何故?!」」
二人の同時の声に恋は引きもせんで、ただ気まずそうに自分の体を見た後、目を逸らしとる。
「血で・・・ 汚れてる。
二人に血、つく・・・ だから、駄目」
そこでまた恋は深く息を吸ってから、ウチの部下たちを見た。
「二人も・・・ やること、ある」
「恋・・・」
恋もちゃーんといろいろわかってるんことがわかって、なんだか嬉しくなってくるやないか。
「・・・むぅ、わかったのです。
では、ねねは千里のところへ向かうのです」
「では、霞に代わり某が兵たちの指示をしてくるでござる。
恋殿は戦場での汚れをしっかり流し、休まれてくだされ」
「ん・・・
二人も、頑張る」
ハハハハ、二人に懐かれとるだけやなくて、二人の手綱もちゃんと握れとるやん。
恋、やるやないか!
言ったら二人が喧しくなることはわかりきっとるから言葉にはせずに、ウチは黙って恋の頭をかき撫でておく。
「さっさと汚れ落としてから武器の手入れもちゃちゃっと済ませて、千里が朝いうとった夜の会議までは休んどこか。恋」
「・・・(コクッ)」
ウチは厩舎、恋は水場でそれぞれ分かれて、いろいろ終えたらウチはさっさと部屋に戻って一眠りすることにした。
一眠りした筈のウチが見たのは、妙な夢やった。
なんやくらーい中で一人立たされて、目の前に突然惇ちゃんとやりあうウチの姿があった。
ウチが見てる筈やのに、ウチの視点やない。
まるで他人事みたいに、あの日を見とった。
「いらん水さされんかったら、もっと楽しかったんやろな」
華雄とも、恋ともはぐれて逃げようとしてたところに勝負ふっかけられて、何度も何度も打ちおうた。
楽しかった。
誰かとの斬り合いを、決着つけたい気持ちといつまでも続いたらなんて気持ちに挟まれたんは、あれが最初で最後やった。
でも結局、あの時のウチは右目なくした惇ちゃんにも敵わんかった。
「まぁ、不思議と悔しくはなかったんやけどな・・・」
勝負の最中で右目なくしても変わらんかった惇ちゃんを、ウチは『修羅』と呼んだ。
一切の躊躇いもなく目を喰うたことも、呆けるウチに突っ込んでくることも、後に『魏武の大剣』って呼ばれる惇ちゃんの武をウチは確かに受け止めた。
負けても全力出したから、なーんも後悔なんてない。だけど、それでも・・・
「敵わんかったからこそ、ずっと考えてたんや」
仲間になった後も、ウチは何度も惇ちゃんと仕合した。
やけど、どうしたってそれは片目の惇ちゃんの強さでしかなくて、どんだけ願っても両目の惇ちゃんとは二度と仕合うことは出来んくて・・・ そんなどうしようもない事が嫌やった。
どの勝負も心から楽しかったことに間違いはあらへん。でも、それでもウチがもう一回したかった仕合は、もう二度と出来へん。
叶うならもう一度、両目揃った惇ちゃんとやりあいたかった。そして・・・
「今度は、ウチが勝ちたいなぁ」
全身全霊でぶつかったあの日、それをやり通すことが出来んかった後悔だけがいつまでも残っとった。
「だからな、惇ちゃん。
ウチは心底嬉しかったんや」
一刀にまた会えることが嬉しかったのも、嘘やない。
「でもな。
ウチはそれと同じくらい、両目の惇ちゃんとやりあうことが出来るっちゅうことが嬉しいんやで?」
あの時はどうあがいても実現できへんことやけど、今は違う。
もう誰にも邪魔なんてさせてへん。
「なぁ、華琳。
ウチは今も、あの時あんたが欲しがったウチかいな?」
あの日の再現をする気なんてないし、繰り返しなんてありえへん。
何もせんでただの慣れあいでウチが降るなんて、あるわけないやろ?
「まっ、あんな書簡寄越すぐらいなんやから、華琳にはばればれなんやろけどな」
んでもって、惇ちゃんの次は・・・ なぁ?
「恋に鬼と呼ばれたかず・・・ 冬雲に、ウチに
鬼ばかりが揃うその時が、楽しみでしょうがないわ。
「霞、会議あるからそろそろ起き・・・ ありゃ、珍しい。起きてたんだ」
「まぁなー」
ウチを起こしに来た千里に返事をしながら、サラシの上からいつもの上着を羽織る。
「霞、行くよー」
「ほいほい。
三人は?」
千里に共に、何気ない会話をしながら関の中を歩いていく。
「もう会議の場所で待ってるよ。
恋もなんだか眠りが浅いみたいで、結局会議室にいた私の膝で寝てたからね。あたしも少し休憩できたからちょうどよかったけど」
あんだけいろいろ考えられる恋を見てると、その休憩も千里を休ませるようにもとれるけどな。
まぁ、それは言わぬが華やろ。
「千里の膝はえぇもんやからなぁ~。
気持ちえぇし、硬さがちょうどえぇんよ。上を向いたら絶景やし」
「おっさんか!
霞は胸あるからわかってるだろうけど、こんなの勝手についてて、勝手に大きくなった物でしかないんだからさぁ。何か言われても反応に困るし、欲しがるもんじゃないと思うんだけどねー」
「ウチもその意見には同意やけど、それはない奴には言わん方がえぇと思うで~?
荀攸とか、千里がいつだか話しとったちまっこい親友共とかな」
「そんなヘマしませんー。
女の子は小っちゃい方が可愛いのに、どうしてあんな目で見るんだかねー・・・」
「そりゃ、自分にないもんは羨ましいもんやろ」
馬鹿話しとったら、あっという間に会議の部屋に着いて、部屋に入ってく。
恋の右に音々音が、左には芽々芽がいつも通り座ってて、一番遅かったウチを二人が睨んどる。
「さてっと、さっさと会議始めちゃおうか」
二人が口を開こうとした瞬間に会議の開始を促すとか流石千里、ウチの嫁。
円になってる机に集まり、千里は椅子に腰かけることなく、軽く机を叩いて注目を集める。
「まずは恋、霞。初戦はお疲れ様。
前線を務めてたのが内通者達と関係してたかどうかはともかく向こうの出鼻を挫くことは出来たし、洛陽の方にも牽制にはなったと思う。
恋もありがと。
恋が関をしっかりと守ってくれたから、霞が前衛でも中の方にいた諸侯達を仕留めることが出来た。
音々音、芽々芽もついていくのを我慢してくれてあたしの補佐になってくれたから、今回はいろいろと助かったしね」
「洛陽に牽制になるのはよいでござるが・・・ それはあちらの月殿たちの身を危険にさせるのでは?」
千里がさっきの戦いの労いを言えば、珍しい事に芽々芽が指摘しとる。
言われてみれば確かにそうやけど、問われた千里は動揺することもなく答える。
「その辺りは大丈夫。
泗水関が落ちた今、月達はある場所に避難してる筈だから」
「それはどういうことでござるか?
ある場所とは一体・・・・?」
黙って話を聞くだけのウチと恋と、訳がわからない様子を隠そうともしない芽々芽。音々音は何か知っとるのか、口を挟むこともなく黙っとる。
「これはもしもの時のためにあたしと詠で決めてたことなんだけど、泗水関が落ちたら月と詠には安全な場所に先に行っててもらう約束をしたの。
攸ちゃんに話すかどうかの判断は詠に任せて、もし信頼に足るって詠が判断したんなら今頃三人の踊り子が水鏡女学院に向かって、愉快な珍道中をしてるんじゃないかな?」
真面目な話にもかかわらず、ことのほか楽しげに話す千里に芽々芽が音々音を見れば、音々音も口を開いた。
「詠達のことまでは知らなかったですが、恋殿の家族を避難させた時に千里から八重様、千重様も水鏡女学院に避難していることを聞いたのです。
今でもある契約以外で外との干渉をせず、契約以上の過干渉をしようとすればすぐさま契約を打ち切るという創設者の考えから、あれ以上安全な場所はこの大陸にはないとのことです」
八重と千重のことはそうなってたんかい。
姿を見なくなったから、てっきり誰かに殺されたんとばかり思うてたけど、とっくに詠と千里で対応済みかい。
つーかどこまで考えとんねん、千里。
「それでも水鏡女学院とは文官を育てる場所でござろう?
武で攻め入られてしまえば・・・・・」
「それも大丈夫。
詠が徹底したおかげで月の顔は誰も知らないし、水鏡女学院っていう有名な学院を言いがかりで焼打ちにしたら契約してる荀家の怒りを買うだけ。
それに水鏡女学院の創設者である水鏡先生って人はある意味人間じゃないし、あの人を殺せる人は多分この大陸には居ないよ」
まだ追求しようとする芽々芽を安心させるように千里は笑うけど、小さく何かを呟いとったのを隣に居たウチには聞こえた。
『まぁ、月がしたがってくれてれば、なんだけどね・・・・』
? どういうこっちゃ?
「洛陽の話はこれぐらいにして、次の作戦についてなんだけど」
そう言って千里は、机の上に置いてあった一つの書簡を開いた。
広げられたのは地図、しかも虎牢関の周りをざっくり書いてあるもん。
「初戦の目的は、相手の出鼻を挫くこと。
内通者に通じてる者だけじゃなく、連合全体にあたし達が畏怖する相手だってことを示すことだった。
そして第二戦の目的は、勝つこと」
「ちょっと待つのです!
第二戦の目的が曖昧すぎて、訳がわからんのです! 千里!!」
「わかんなくて当然だよ。
だって次の戦い、あたし達は全軍で連合に突撃するから」
「「はぁっ??!!」」
千里のとんでもない発言に、二人は素っ頓狂な声を出す。
相変わらず黙ったまんまのウチと恋の代わりに、二人はよう叫ぶなー。
「後ろには十常侍と清流派、内からの敵。
前には連合、外からの敵。
後方支援が望めない今、あたし達に籠城戦は出来ない。
なら、前進あるのみ」
難しい言葉は何一つ使わんで、千里は地図を指差しながら言い切ってく。
文官としての千里ばっかりやった中で、これが軍師としての千里。
ウチが知っとる桂花とも、稟とも、風とも違うおっそろしい存在がここに居る。
「無謀すぎるのです!
如何に恋殿と霞の力があったとしても、多勢に無勢であることは絶対に変わらないのです!!」
「正気とは思えませんぞ!
この数で連合を相手にするなど・・・」
「うん。これがどれだけおかしな行動なのかは、自分でもよくわかってる。
向こうはさっきの戦いで絶対に配置を変えてくるし、いまだに一度も前に出てきてない英雄さんとか、泗水関で華雄を破った関羽とかを前衛にしてくる可能性が高い。
だけどそれは、逆に好機でもある」
怒鳴るわ、詰め寄るわの二人に対して声を荒げることもなく、千里は口元に笑み貼り付けて、静かな口調のままやった。
「それが危険だと言っているのでござる!
大体、兵たちはどうするのです?!」
「兵達には話して、希望者のみにするよ。
洛陽から出所のわからない兵もいくらか来てるし、他が内通してないとは限らない今、直属の隊ぐらいしか信用におけないのが実情だしね」
「選別するのですか」
音々音が問えば、千里は頷いた。
「別に内通者が混じっててもいいけど、生死は保証しないよってカンジ。
万が一こっちが武で名高い存在の誰かを破るなり、生け捕りにすれば、状況は逆転するけどね。
あるいは、連合の長たる者を斬れば、それだけで連合は総崩れ」
「勝機が少なすぎると言っているのです!!」
「うん。わかってる。
だからみんな、約束して」
会議に似合わない明るい口調で、千里はさっきまでの軍師の笑みとは違う日常的にウチらに向ける笑顔を向けた。
「絶対に命を粗末にしないこと。
ヤバいと思ったら、戦場から離脱して水鏡女学院に向かうこと。
音々音と芽々芽は恋の傍を絶対に離れないこと。いい?」
さっき全軍突撃させるとか言うた癖に、矛盾するようなこという千里にまた二人が叫ぼうとしたけど、それより早く恋が口を開いた。
「千里・・・ どうする?」
「あたしも今回は、霞のお供として戦場に出るよ。
後ろに下がっても危ないし、あたし一人戦場離脱~なんて出来っこないしね」
「ちょっ?!
千里、それは無理やろ!」
「危険すぎるでござる!!」
「千里、馬鹿なのですか?!」
千里の突然すぎる宣言に、ウチも思わず立ち上がって怒鳴っとった。
ほっとんど武がないだけやなく、あの口上やらで変に目を付けられ取る可能性もあるんやで?!
「うっわ・・・ 揃いもそろって言いたい放題。ひっどいなー。
でも、考えてみてよ。
後ろも敵、前も敵。なら、一番安全な鬼神の傍に居たほうが安心じゃない?
それに・・・ 霞は負ける気なんてないんでしょ?」
その言葉にまた音々音達がぎゃーすか言い出したけど、ウチはもう笑うしかなかった。
ホンマ、千里はウチの扱い方がうまい。
ウチの気持ちを察することが、この大陸で誰よりも出来てまう。
あぁ、これが風にとっての稟で、凪にとっての真桜や沙和。
前には居らんかったウチの理解者で、親友。
「ホンマ、軍師にしておくが惜しいわ」
もし千里が武将なら、ウチの背を守ってくれる最高の戦友になってくれた。
でも、千里の軍師で文官なところにウチらみんな助けられて、守られて、一緒に手を組んで、立っとる。
「えぇで、千里。
一緒にウチらが鬼って呼んだ相手に、喧嘩ふっかけに行こうや」
『あなたはあなたらしく、そこにありなさい。
私もそんなあなたを奪いに行ってあげるわ。
追伸
冬雲が欲しいのなら、私から実力で奪ってみなさい。
ねぇ、鬼神の張遼』
さぁ、華琳。
約束通り、ウチは欲しいもんを全部取りに行くで?