最初はただ、なんとなくやった。
武人になったのも、将になったのも、成り行き。
生きていく術を模索した時、力しかないウチには武人っちゅう道しか浮かばんかったから。ただ、それだけやった。
だけど、生きるために進んで、気が付いたら楽しくなっとった。
それはある意味で、最初の一刀に似とったのかもしれん。
そしてウチは、どうせなるんやったら一番になってみたいっちゅう欲まで持っとった。
いろんなもの見て、いろんな奴に会うて、さらに上へ。
誰よりも強く、何よりも速く、それこそ大陸の誰もがウチを知っとるような武の頂に立ってみたかった。
強くなりたい。
修練と経験、そして勘。
それらは戦えば戦うほど、全部が自分のもんになっていくのがわかった。
速くなりたい。
手をかけて、大事にして、一緒に居ればそんだけウチに応えてくれる
今も、昔も、たまたま月達と出会って、仲間になった。
恋と出会って、一つの武の頂を見た。
生まれながらにもっとる『才能』とも違う、『本能』によって強い恋を凄いとは思うても、ウチが目指すもんやとは思わんかった。
恋の純粋さはかわえぇし、本能からくる純粋な武に憧れとるのは事実や。でも、同じ強さでも、恋とウチの強さはなんかちゃうことがわかりっきっとったからなぁ。
だからウチは、恋とは違う強さを求めた。
義賊で有名だった関羽、噂に聞いとった小覇王、西涼の錦馬超・・・ 大陸の名立たる将達と戦えるかもしれへんことにウチが歓喜するのは当然や。
まっ、結局会ったんは当時ほっとんど知らへんかった曹操軍の暴れん坊であり、片目なくす前の惇ちゃんやったんやけどな。
でも今やから、思える。
ウチがあの日惇ちゃんと会ったんは運命やったんや、ってな。
「これなら、どうや!!」
力任せに振り下ろされたウチの偃月刀を大剣で受け止めた惇ちゃんは、無意識なんやろうけど楽しそうに笑っとる。
「まだまだぁー!
そんなものでは足りんぞ! 張遼!!」
真名を呼ばずにウチを呼ぶ、心底楽しそうなその姿にゾクゾクしてくる。
頭でも、体でもない、どこにあるかもよーわからん心っちゅうもんから、想いの全部が溢れてくるのがわかる。
血が滾る。胸が躍る。全てが満たされる。
この一騎打ちを、この瞬間を、ウチはずっと待っとったんや。
「あと何合もつやろなぁ? その強気は!」
「お前の強気が終わるまでだな!!」
楽しい・・・! 楽しい!! 楽しすぎるやろ!!!
互いの得物をぶつけ、弾き、何度も何度も相手を打ち倒そうとする本気の一撃が、今の惇ちゃんの武の凄さを教えてくれる。
これこそがウチが勝ちたい『魏武の大剣』、ウチが愛した男との再会よりも優先した戦い。
ウチが生まれて初めて負けたくないって思った相手の、全力の武。
「なら、質問変えたるわ!
あんたはあと、どのくらい戦えそうや?」
ウチの言葉に惇ちゃんは一瞬だけ驚いたようやけど、すぐにまた笑ってあの時のように叫んでくれた。
「ふんっ、貴様の倍の合数を重ねてみせるわ!
そんなことは気にせず、かかって来い!!」
・・・なんや、惇ちゃんは別に阿呆とちゃうやんか。
あん時の些細な言葉一つ、ちゃーんと覚えてくれてるなんて・・・ 嬉しいやないか!
「まぁ! ウチが勝つけどなぁ!!」
「その手の言葉は!」
重なり合った得物を強引に持ち上げられて、強く弾かれる。その反動から後ろに下がるウチに、惇ちゃんは逃がさんように詰め寄ってきた。
「勝ってから言うのだな! 鬼神の張遼!!」
大剣の一撃が来る!
けど、振り上げられた腕は間に合うわけもない。なら!
「そやなぁ!」
武器が間に合わんなら、何がある?
そんなもん、決まっとる。
ウチ自身、何度か身を持って体験しとるおっかない技で
「でも、ウチには手だけやない! 足もあるんよ!!」
崩れかけた重心を前へ、左足を軸に。上がったままの腕はそのまま、崩れた体はひねりに利用してウチは惇ちゃんの腹へと右膝を叩き込んで、その勢いのまんま足で蹴り飛ばす。
「な?! があぁぁ!」
当然、ウチが蹴り技を使うなんて思ってへんかった惇ちゃんは吹き飛んでいく。
なんやちっと周りから驚いたような声もするけど、ウチには暢気に周囲を見とる暇もない。
隙なんて見せたら、惇ちゃんが何してくるかわからへんからな。
「麒麟よか弱いかもしれへんけど、結構効くやろ?」
あの日があって今があるように、今があるからあの日を想える。
どっちがなくてもウチはウチやないし、この瞬間すらなかったかもしれん。
だから今、この瞬間の全てを惇ちゃんにぶつけるんや。
「あぁ、今のは効いたな。
だが・・・ まだ勝負はついてないぞ? 張遼」
かなり強く蹴った筈やのに、口からちっと血を流しとる程度ですぐさま立ち上がるんやもんなぁ。頑丈すぎるやろ、ホンマ。
「ならこれも、受けきれるかいな!」
ウチが得物抱えて走り出せば、惇ちゃんは向かえ打つように得物を構えた。
「受けてみやぁ! 惇ちゃん!
今のウチの全てを!!」
剣が出来るんは斬ること、叩き折ること。
でも偃月刀は斬ることも、叩き折ることも。それどころか槍が出来る突くことも、殴ることも、払うっちゅうことも出来る。
ウチは今まで偃月刀を叩き折ることにしか使ってへんかったことを、
荀攸の棍は、刃先なんかなくても相手を倒せる。
華雄の斧槍は長さと威力、そして槍としての一面も持ち合わせとった。
恋の方天戟は偃月刀とほとんど同じやけど、多くの武器の元なんて言われるぐらい自由自在の攻撃が可能なんや。
「来い! 張遼!!
全て、受け止めてやる!!」
そう叫んでくれる惇ちゃんに、ウチはまず一撃目を思いっきり振り下ろす。
まずは叩き折る。
ウチが何百篇もしてきた、一番単純な振るい方。この一撃で大抵は吹き飛んで、打ち合うことすらせんかった。
「こんなものか!」
当然、惇ちゃんなら受け止める。
でも、これだけじゃ終わらへん! 終えられへん!!
「まだや!」
受け止められた偃月刀をすぐに離して、ウチは得物の持ち方を変える。親指を刃の方やなく石突へと向けて、両手ではなく片手に持ち替える。
あの頃のウチはやることなすこと全部、力任せのその場しのぎで、周りなんか何一つ見えてへんかった。
月達のことも仲間やって思ってても、ウチは自分がどっかで一人だけで出来上がっとるつもりやった。
でもそれはちゃうんやって、ウチは何も知らへんかっただけっちゅうことを、ウチを負かした修羅が、欲しがった物好きが、惚れさせた男が教えてくれた。
「うらあぁぁぁ!」
刃の方やなく、中把から下把の部分で思いっきり殴りつける。
惇ちゃんは予想してへんかったその攻撃を防ぎながらも、その目はウチの隙を見つけようと輝いとる。
殴打なんて拳と同じやと思ってたのに、ムカつくことに荀攸が振るう棍はウチを近づけさせんっちゅうことを実現させた。
「まだ続くで!!」
そして今は、背中預けられる親友が、家族みたいにあったかい仲間がウチにいろんな
ううん、それだけやあらへん。ウチが気づかんかっただけで、みんながウチにいろんな
何度目かの殴打で惇ちゃんの足元がわずかに崩れかけたのを、ウチは見逃さへん。その足目掛けて、偃月刀の向きを変えて足を払おうとした。けど・・・
「そう何度も、くらうか!!」
惇ちゃんはそれすら防いだ上に、ウチの得物を強く弾き返してきた。
人を後ろに下がらせる馬鹿力を驚けばえぇんか、あんだけ防いで腕がしびれんかったことを驚けばいいのかよくわからんわ・・・・
「さっすが、惇ちゃんや・・・・」
額の汗は止まらへんし、何度も打ち合うたからお互いボロボロや。
体力ももう、そんなに残ってへん。
「あと・・・ 一合だ・・・」
まるで拗ねた子どもみたいに言う惇ちゃんの様子がおかしくて、ウチはおもわず笑ってまう。
「ククッ・・・ さっきはウチの倍合わせる言うたやん」
「お前の実力を見誤った・・・
まさか、ここまで強くなっていたとはな」
これでちっとは悔しそうに言ってくれればえぇのに、なんで嬉しそうな顔すんねん。惇ちゃんの阿呆。
でも、それはウチも同じかもしれん。やってウチも、期待以上に強なってた惇ちゃんが心底嬉しかったんやから。
「そういう言葉は、ウチが勝った後に言うてくれると嬉しいなぁ?
んでもって、とびっきり悔しそうな顔してくれるとなおえぇわ」
「さっきも言ったが・・・ 勝ってから言え。
まぁ私も、ただで負けてやる気などないがな」
お互い軽口を言いながら呼吸を整えて、顔をあげれば鋭い視線が混じり合う。
「そらそうや、ただで貰う勝利なんて何の意味もあらへん。
勝ち取ってこその勝利、相手から奪い取る勝利に意味がある。
やからウチは、意地でも惇ちゃんから勝利を奪うんや」
「何を当たり前のことを言っている?
もっとも、奪えたらだがな!」
相変わらず空気の読めへん惇ちゃんやけど、それでえぇ。
その体から放たれとる気は、野暮な口よりよっぽど空気を読んどるからなぁ!
「さぁ、最後の一撃といこかぁ! 夏候惇!!」
「おおぉぉぉぉ!!!」
向かってくる惇ちゃんにウチも走る。
そんな最中でも抱く思いは一つしかあらへん。
ただ、勝ちたい。
あの時の心残り、そして今のウチを創りあげた全てのもんを詰め込んで、ウチは最後の一刀を振り下ろした。
すれ違って、得物は確かにぶつかり合い、互いの体に大きな音と衝撃を与えた。
何があったかって? 自分でも必死すぎてようわからんっちゅうが、正直な所や。
立ってるのだって億劫やのに、足は座ることを許さへん。もう意地やな、これは。
「張遼・・・ いや、霞」
こっちで初めて惇ちゃんがウチの真名を呼ぶ声は、あの頃よりずっと優しい響きをしとる、そんな気がした。
「なんや? 春蘭」
やからウチも、そんな惇ちゃんに対して真名を呼んで応える。
「あぁ、これだけは私から言おうと思ってな」
何かが倒れる音に振り返えれば、剣も投げ出して大の字に寝っころがる魏武の大剣が居った。
「私の負けだ」
負けた癖になんや腹立つほど良い笑顔でいう春蘭を上から見下ろしながら、ウチも自然と笑っとった。
「あぁ、ウチの勝ちや」
清々しい気持ちで勝利を掴んで、何より春蘭の目も無事なんて、最高やないか。
「けどな? これで終わりやないんよ。ウチの勝負は。
ウチはもう一人、戦いたくてどうしようもない相手が居るんや」
でもウチは欲張りやから、まだ欲しい。
この一戦だけで満足してもえぇ筈やのに、今だから戦える相手と戦いたい。そう思ってしまうんや。
「・・・・勝手にしろ」
さっきまでの笑顔はすぐに曇って不貞腐れとる春蘭から、ウチはウチらの周囲をずっと守っててくれた存在に視線を移した。
「なぁ! 英雄!!
もう一戦と行こうや!!」
青い鎧に白い仮面、大きな背中と広い肩幅。後ろ姿にはもう何一つあの日の面影はない、ウチの愛した天の遣い。
恋に話を聞いた時からずっと、ウチはあんたと戦いたくてどうしようもなかったんや。
怒られるかなと思ってちらっとだけ千里を見れば、もう諦めたような顔をして、ぷらぷら手を振っとった。
「どうせ止めてもやるんでしょ?」
「さっすが、ウチの嫁!
わかっとるなぁ」
隣の秋蘭は・・・ なんやニヤニヤ笑っとるな。
「フッ、鬼神よ。
私の・・・ いいや、曹軍の英雄は強いぞ?」
さりげなく自分のものにすんなや!!
ツッコみたいけど、今はツッコむ体力ももったいないわ。
「断らんよな? 英雄」
ウチが偃月刀を向けつつもういっぺん問えば、二つの細い剣を持った仮面の男がようやくこっちを振り向いて、静かに歩み寄ってくる。
これが、今の一刀・・・ いいや、
「謹んでお受けしよう、鬼神の張遼殿」
その声は知ってる筈やのに、まるで他人みたいに聞こえる。
真っ白な髪に鬼の面、前は短かった髪は首まで伸びとる。ただ歩いとるだけやのに、それはかつてと違って武人の足運びやった。
「なんや、えっらい有名になっとるみたいやな? 英雄はん」
『何があったんや?』って言葉にはえらい遠回しやけど、仮面越しの目はウチをまっすぐ見とった。
目の色は前と変わらんけど纏う雰囲気はそうやな、まるで・・・ 冬の朝の澄んだ空気みたいや。
「鬼神殿ほどではないさ。
俺が成したことは一つだけ、守りたいものもずっと・・・ 一つだけだから」
一つ、ねぇ?
その一つだけにどんだけ多くのもんが含まれて、そんなかにいっちゃん大事なもんが含まれてへんかったから、前はあぁなったんやろうが。
馬鹿一刀、いんや馬鹿冬雲。天の馬鹿遣いの嘘つき男で、詐欺師ー。
いろいろ言いたいことが頭ん中で踊っとるけど、しゃーない。
「まぁ、えぇわ・・・・
かかってきいや!!」
体力はほとんど残ってなかろうと、腕あげるのがしんどかろうと関係ない。
『もう戦えないから降参しますー』なんてもんはウチらしくもないし、死んでも御免や。
「曹孟徳の四季が一つ、曹子孝・・・ 参る!」
そんなウチをわかってんのか、冬雲も少しも手を抜く気がなさそうやしな。
それでえぇ、ウチはな・・・
「董卓軍、鬼神の張遼!
推していくでぇーー!!」
今のあんたの全部を知りたい!
「これがウチの、神速と謳われた一撃や!!」
話なんてまどろっこしいもんやなくて、ウチの全力にあんたの全力で応えてくれや!!
「っ!!」
一本の偃月刀と二本の剣が重なり合って、ウチらの距離はほとんど零になる。
接吻しそうなほど近い距離やのに、色気もくそもあったもんやない。
「鬼神の一撃、受けたことは褒めたるわ!」
今は英雄なんて呼ばれとるこの男が、かつて力も何もない男やったことを知ってるのはきっとウチらだけ。
「そりゃ、光栄だ・・・!」
そんな男が今はウチの一撃を避けもせずに受け止めて、疲れきっとるとはいえウチとタメ張るような力を持っとる。でも・・・
「勝ちは譲らへんでぇ!!」
さっきの惇ちゃんと同じように蹴っ飛ばそうとしたら、軸足がもつれてそのまま冬雲の体目掛けて倒れていく。
もっとも冬雲の体の前に腕があって、剣があるんやけどな! しかもウチ自身、偃月刀抱えてるしな!
武器がなければ普通に色っぽいことになるのになぁ~とか、もうウチ自身半分現実逃避してまう。
「霞っ!」
遠くから千里の声が聞こえるけど、避けることなんて出来へん。かといって、剣を放り投げたら、冬雲もただじゃすまんやろ。
「っ!!」
両手の剣放り投げながら目の前の冬雲が焦った顔して、偃月刀が当たるのもかまわずにウチを受け止めるとか・・・・ そんなとこは相変わらずなんやなぁ。
ウチを抱えてほっとしたような顔をした冬雲は何を思いついたんだか、なんやすぐに悪戯坊主みたいな笑みになりおった。
「捕まえたぞ、霞」
ウチは今、多分鳩が豆鉄砲くらったような顔をしとるんやろうなぁ。
「あーぁ、捕まってもうたなぁ。
・・・・けど、ちょーっと間違っとるで」
一度目の初恋は、ウチに日常と恋を教えてくれた優しい男に。
「ウチの心はずっと、捕らえられてたんよ」
二度目の初恋は、ウチの本気の一撃を耐え抜くような強い男に。
「今度は最期まで、ずっと隣に居ってな?」
ウチは
今、ここに居る