真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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 虎牢関 第二戦 一騎打ち

「これなら、どうや!!」

「まだまだぁー!

 そんなものでは足りんぞ! 張遼!!」

 

「あーぁ、楽しそうだなぁ」

 背後から聞こえる激しい剣戟の音、怒声にも似た二人の会話。

 たったそれだけで、二人がどれだけこの一騎打ちを楽しみにしていたのかが伝わってくるようだった。

 魏武の大剣である夏候惇と鬼神の張遼。

 生粋の武人である二人の一戦は、誰にも邪魔することなど許されない。

 否、その気迫の前で邪魔などしたらどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。

 何度も、何度も、偃月刀と大剣が火花を散らし、離れ、互いに一度として目を逸らすこともない。

 そんな二人に対して、俺はつい言葉を呟いていた。

「あぁ・・・ 羨ましいなぁ」

 畏怖にも似た尊敬の眼差しと、この戦場には似合わない胸の端がちりちりと焼けるような感情を自覚する。

『馬鹿馬鹿しい』と、嗤われてもかまわない。

『烏滸がましい』と、怒られても仕方がない。

 それでも俺は・・・

「あと何合もつやろうなぁ? その強気は!」

 やっと再会を果たしたにもかかわらず、こちらを見向きもせずに夢中になっている霞。

「お前の強気が終わるまでだな!」

 見ているこちらまで鼓舞されるような武を見せながら、楽しいことを微塵も隠そうともしない春蘭。

 別に戦場の真っ只中で愛を囁いてくれだとか、真っ先に抱き着いてくれだなんて思わない。霞の行動は想像出来なかったけど、一騎打ちを挑むところはなんていうか霞らしいと思った。だけど・・・

 流石にあんな楽しそうに一騎打ちをやる姿を見せつけられたら、やきもちだって焼きたくなる。

 俺が背中を向けているのも周囲の警戒というのはあるが、二人の楽しげな一騎打ちを見たくないというのも理由の一つだった。

「ふふっ、そう妬くな。冬雲」

 そんなもやもやとした気持ちを抱く俺の背後から楽しそうに声をかけてくる秋蘭は、背中を預けてくる。麒麟・徐庶の見張りをしつつも、秋蘭もかつての時のようなことにならないように警戒をしているのか、弓と矢はその手に握られたままだった。

「何でわかるんだよ・・・ 秋蘭」

 呆れ混じりにそう返せば、咽喉を鳴らすように秋蘭は笑う。

「表情に出ているからな」

「いや、俺は仮面つけてるからな?」

「わかるさ。

 お前の事なら、大抵な」

 秋蘭ってさ、春蘭の影に隠れてるだけで、実はかなりお茶目だよな・・・

「妬くだけ無駄だな、あれ(一騎打ち)ばかりは仕方ない。

 武人同士の戦であっても、ここまで近い存在との戦いなど早々(まみ)えることは出来ないのだからな」

 背中が離れ、秋蘭は遠目で弓兵を確認したらしく、いくつかの矢を射る。

「弓兵は私に任せろ。

 麒麟も鬼神の一騎打ちを誰かに邪魔させる気はないらしいからな、ある程度は協力してくれる。

 お前も周囲の警戒をしていてくれ」

「あぁ」

 そう言い残してから離れていく秋蘭を見送り、秋蘭が弓兵を見張ってくれるなら相手が黄忠さんか黄蓋さんでもない限り、春蘭達のところに矢が届くことはないだろう。

 俺も周囲の警戒へと意識を戻していき、前のことを思い出す。

 でも俺自身、あの頃の霞と春蘭の一戦をほとんど知らなかった。

 現場に立ち会うことはなかったし、話を聞いている限りでは俺と凪達が洛陽に侵入している頃に起こったらしい。その勝負によって春蘭が流れ矢で左目を負傷したことと、霞を捕縛した事実を伝えられた。

 詳細はその場に立ち会ったらしい秋蘭の方が詳しいだろうし、洛陽に入った後は民の保護や町の整備などに駆り出され、話を聞く暇もなかった。

 まぁ、下から数えた方が早いぺーぺーだった俺にしては、いろいろ知ってた方だと思う。

「でも、届かない・・・ かな」

 すぐ後ろで行われる二人の一騎打ちをわずかに振り向けば、見たこともない蹴り技を使い、偃月刀を殴打に使用する霞。そしてそんな常人ならも耐え切れないような偃月刀による殴打を防ぎ、反撃の機を狙う春蘭にはただ驚かされる。

 強くなったつもりだった。

「あーぁ、ホントに・・・ 敵わないよな」

 それでも俺の実力は、二人に遠く及ばない。

 むしろ下手に近づこうとした今だから、あの時よりもずっと鮮明に、二人の強さが伝わってくる。

 強くなればなるほど、二人がどれほどの想いで強さを追い求め、その頂へと駆け昇ろうとしているのかがわかる。

「でもそれは・・・ 俺が強くなることを諦める理由にはならないよな」

 二人の方がずっと強いのを知っていてもなお、守りたいって思ってしまうから。

 想うだけじゃ、考えるだけじゃ、何も掴めやしない。

 なら、無様に転がってでも、一歩でも二歩でも歩き出せばいい。

 全てを『才能』と斬って捨て、努力を怠ることこそが華琳がもっとも忌み嫌うことなのだから。

「それに油断はできないし、な」

 ちらりと視線を移すのは、赤い髪のおさげをした麒麟・徐庶。彼女もまた小型の槍を構えて周囲を警戒しつつ、俺と目が合うとニコリと笑って見せた。

 前と今は違う。

 その事実を多くが実証しているし、今だからある新しい繋がりがその証明だろう。

 だが、変化したことは全てが全て良い事ばかりではなく、悪い意味でのことも存在した。

 その最たるものが黄巾の乱であり、十常侍の介入。

 もし前も存在し、なおかつ行動をしていたと仮定したら、いくつか考えられることがあった。

 もし秋蘭の話から聞いたあの流れ矢が偶然ではなく、何者かに意図されたものだとしたら?

 あの時、確かにこちらは軍という意味では無名に等しかったが、華琳は自分の祖父がかつて大長秋を務め、それを洛陽の整備を行うことに活かしていた。それに春蘭達は華琳の従姉妹であり、将を務めるという詳細を知らなくとも従姉妹をなくすことによって華琳の勢いを削ぐことは出来る。

 現に華琳は春蘭の負傷を聞いて駆け出したし、春蘭もまた自分が負傷したことによって華琳に合わせる顔がないとまで言ったらしい。華琳の説得によって問題はなかったが、右腕に等しい春蘭を華琳が失いかけたという事実に変わりはない。

 何より史実においての夏候惇が左目を失うのは呂布との戦の際であり、こんなに早く訪れるものではなかった。

 史実も、前も、あてにはならないのは大前提。それはわかりきっている。

 だが、今の段階で確実に言えるのは十常侍が黄巾の乱に関わり、今なお何らかの行動を起こしている可能性があること。そして、明らかに様子のおかしい許攸が関わりを持っている可能性が高いだろう。

 でもな?

「もうお前らに、俺の大事な者を何一つ傷つけさせない」

 小さく言葉を言い放ちながら、両手に持った二刀を軽く振るって気を放つ。

 思い出すのは黄巾の乱、三人を失いかけたこと。

 そして、華琳自ら命じた、この場において俺達三人という過剰な戦力。

 誰一人として、この連合で春蘭の左目のことを話題にすることはなくとも、華琳(主君)から凪達(末端武将)に至るまで思いは一つ。

 あの眩しい光りを放つ春蘭の目を、俺達の大剣の片目を誰にも奪わせやしない。

「この一騎打ち、誰にも邪魔などさせん!」

 両足を大地にしっかりと着け、俺は戦場で吼えていた。

 

 

 

「さぁ、最後の一撃といこかぁ! 夏候惇!!」

「おおぉぉぉぉ!!!」

 背後から聞こえたその言葉に、俺は思わず振り返る。

 どちらもボロボロで、疲れ切っているのは誰から見ても明らかだというのに、二人は嬉々として駆けていく。

 それぞれの全力の一撃、最後の一振り。

 『似た者同士の一戦』と秋蘭が称した通り、繊細な技ではなく、純粋な力同士のぶつかり合いにも似た二人の武が重なり合い、通り過ぎていく。

 

 春蘭の得物である、七星餓狼を空へと弾き飛ばしながら。

 

 一騎打ちの後だというのに負の感情が一切ない二人のやり取りを聞きながら、俺は秋蘭へと視線を向けると、秋蘭は既に七星餓狼を拾いに行き、俺と目が合うと何故か意地悪げに笑ってくる。

 が、俺の疑問は次の瞬間に解消された。

「なぁ! 英雄!!

 もう一戦と行こうや!!」

 かけられると思っていなかった言葉に驚きを隠せず、思考どころか動きも停止する。

 俺が、霞と、戦う?

 勝てるわけがない。戦ってみたい。出来る筈もない。剣を重ねてみたい。並び立つことなんて烏滸がましい。同じ位置に立ちたい。

 脳裏によぎる弱音にも等しい言葉の羅列の数々が浮かんでは消えていく中、おかしな感情が混ざっていることに気づく。

「フッ、鬼神よ。

 私の・・・ いいや、曹軍の英雄は強いぞ?」

 秋蘭が霞へと向けているだろう言葉が俺の耳を通り過ぎ、それはまるで俺すらも挑発しているようだった。

 秋蘭・・・ 俺のことをどんだけ買い被ってんだよ。

 出てきそうになる空笑いを飲み込んで、やることはもう決まっていた。

「断らんよな? 英雄」

 霞の言葉に覚悟を決め、俺は振り返る。

 短い髪を前髪ごと後ろで一つにまとめ、額を見せるように開き、胸に巻いたサラシを隠すこともなく、肩に羽織をつっかけたあの日と変わらない姿の霞があった。

 もっとも今は一騎打ちの後もあり、あちこちボロボロだが、こちらへと向けてくる目は変わらずキラキラと輝いていた。

「謹んでお受けしよう、鬼神の張遼殿」

 言葉と共に、一歩ずつ霞の元へ歩み寄る。

 再会の喜びと届かないと思っていた相手と同じ位置に立てる誇らしさ、そうした理性的な感情の反対側には抱きしめたい、言葉を交わしたいという欲が並んでいた。

 それら全てを押さえつけて、俺は今、武人として霞と向かい合う。

「なんや、えっらい有名になっとるみたいやな? 英雄はん」

「鬼神殿ほどではないさ。

 俺が成したことは一つだけ、守りたいものもずっと・・・ 一つだけだから」

 『神速』から『鬼神』へと名を変えて、何があったのかと心配にした。

 けれど霞は、何も変わらずに真っ直ぐな霞のままだった。

「まぁ、えぇわ・・・・

 かかってきいや!!」

 俺の言葉に何か言いたそうにしつつも飲み込んで、霞は笑って偃月刀を構える。

 あれほどの一戦をしてもなお堂々と立ち、向き合おうとする霞へとかつて抱くことはなかった武人としての敬意を抱く。

「曹孟徳の四季が一つ、曹子孝・・・ 参る!」

 武とは、礼に始まり礼に終わる。

 生きる『術』から生きる『道』に変わっても、礼は武の中で重んじられ、続けられてきた。

「董卓軍、鬼神の張遼!

 推していくでぇーー!!」

 そして今、この瞬間に全力で向かってくる霞に対し、全力を持って応えることが俺の礼儀だ。

「これがウチの、神速と謳われた一撃や!!」

 言葉と共に偃月刀の一撃が飛来し、咄嗟に刀を重ねて受け止める。

「っ!!」

 速いっ!

 あの激戦を繰り広げた後だというのに、一体どこに力が残っているのか不思議でしょうがない。

 つーか、どうしてこんな重い一撃を何度も受け止められるんだよ?! 春蘭!

「鬼神の一撃、受けたことは褒めたるわ!」

 余裕のない俺とは違い、霞はどこまでも楽しそうに笑っていて、目の前にあるその笑顔はやっぱり綺麗で。

「そりゃ、光栄だ・・・!」

 そんな強がりが口に出る。

「勝ちは譲らへんでぇ!!」

 俺の言葉をどう受け取ったのか、霞は足を上げた状態からよろめいてこちらへと向かって倒れてくる。

 互いに得物を持ち、どちらが受け止めても怪我を免れない。だが、霞を受け止めなかったら、自分の得物で体を突き刺してしまいかねない。

「霞っ!」

 遠くから聞こえる徐庶さんの声は、霞を気にかけていることがわかる。

 春蘭が怪我をしなかったから、代わりに霞が怪我をする?

 そんなこと、絶対にさせるか!

「っ!!」

 連理と西海優王を投げ捨てながら、霞を受け止める。偃月刀が当たった部分から血が出ているけど、それも大怪我というほどではないから問題ないだろう。

 腕の中の霞を確認しながらほっと息を吐いてから、腕の中で苦笑に似た表情をしている霞に俺は笑って見せる。

「捕まえたぞ、霞」

 腕の中で目を丸くする霞は、すぐさまいつもの表情に戻って笑う。

「あーぁ、捕まってもうたなぁ。

 ・・・・けど、ちょーっと間違っとるで」

 そう言いながら霞の手は偃月刀を離れて、俺の首へと回される。

「ウチの心はずっと、捕らえられてたんよ」

 そうしてから体全体が密着するように、ぎゅっと抱きしめられ、耳元で囁かれた。

「今度は最期まで、ずっと隣に居ってな?」

 俺はその言葉を返さずに、霞を抱きしめることを答えとした。

 

 

「いつまでそうしている? 冬雲」

 俺と霞がしばらくそうしていると、不機嫌そうな顔をした春蘭が俺と霞を引き剥がしにかかった。

「ハハッ、最高やで。ホンマ。

 惚れた男に負けて、その男の腕の中に納まれたんやからな」

 引き剥がされてなおも上機嫌な霞を春蘭が首根っこを掴んで、離そうとはしない。つーか、負けた時より不機嫌な顔ってどうなんだよ。春蘭。

「負けたって・・・ 俺は勝った気がしないけどな」

 消耗した霞の一撃防いだだけで、勝ちなんて言えるわけがない。桂花に言ったら、確実に鼻で笑われんだろ。

「どんな状態であれ、勝負しかけたのはウチや。

 ふっかけたウチが負け言うたら、負けなんよ。

 ウチに勝った冬雲にご褒美の接吻するから、離してやー。春蘭ー」

「離すわけがあるまい!」

 続いた霞の言葉に怒鳴る春蘭って・・・ なんか凄い珍しい光景を見てる気がする。

「なら、春蘭がウチに接吻でもえぇで?

 勝ったウチへのご褒美として」

「貴様、前と性格が変わっていないか・・・?」

 接吻を求めるように唇を蛸みたいにする霞を押さえながら、春蘭は顔を引き攣らせる。確かに霞が春蘭をからかうのはよくあったことだけど、ここまでは酷くなかったと思う。

「そんなことあらへんよ。

 まぁ、ウチが変わったんなら・・・ 嫁のおかげやわ。

 なー! ウチの愛妻・千里ーーー!!」

「あれ? あたしがいつの間にか嫁から昇進してる?!」

「フッ、では妻帯者となった霞に旦那は不要だな」

「はぁー? 何、言うてんねん。

 旦那と妻は別枠や、だから冬雲はウチの旦那!」

 俺を蔑ろにどんどん話が膨らんでいくだと?!

 混沌になりかけた中で徐庶さんが俺へと近づき、頭の上から下までを眺めて、最後に軽く頭を下げられた。

「初めまして、曹仁殿。

 知ってるだろうけど、あたしは『麒麟』の徐元直。

 霞からいろいろ聞いてるけど、まっ、鬼神が倒されちゃった以上あたしが抵抗する気なんてさらさらないからさ。

 あたしもどうぞ、煮るなり焼くなり好きにしちゃってくださいな」

 朗らかに笑っているその目は油断しているわけでも、まだ気を許しているわけでもないことを語っていて、俺を見定めているように感じられた。

 当然と言えば当然の反応であり、俺はそんな彼女へと握手を求めて手を伸ばした。

「徐庶殿、一つ頼みがある」

「ありゃ? 出会いがしらにいきなり告白とかはなしだよ? 英雄殿」

 冗談を口にし、手を取ろうとしはしない彼女に対し、あくまで真剣な態度を崩すことなく、俺は黒の中に白が浮かぶ彼女の瞳を見つめた。

「洛陽の真実を教えてはいただけないだろうか」

「うーん・・・」

 小さく囁かれた俺の言葉に徐庶殿は即決せずに腕を組み、指先で三つ編みの先端に触れる。わずかに霞の方を見た気もするが、霞の表情は何も変わらない。

「・・・じゃぁ代わりにさ、こっちからも一つ交換条件があるんだけどいい?」

 手で言葉の先を促せば、彼女もまた小声で俺に囁く。

「もしもの時、董卓を・・・ ううん、彼女達も受け入れてほしい」

「勿論だ」

 多くの意味を含んでいるだろう彼女の言葉に、俺は一瞬の迷いもなく頷いた。

「・・・はぁ、一瞬の躊躇も無しね。

 さっすが、霞の旦那だわ」

 呆れながらも徐庶殿は俺の手を取り、握り返してくれる。

 そうして俺と彼女がやり取りしているその瞬間、こちらへ一騎の騎馬が駆けてきた。

「徐庶様ーーーー!!!」

「あの騎馬は・・・ まさか!」

 名を呼ばれただけだというのに彼女は血相を変え、騎馬兵も頷き返す。

「~~~~~!! あんのお馬鹿!」

 声にならない不満をあげながら、彼女は口笛を吹いて自分の馬を呼び、流れるように飛び乗った。

「徐庶殿?」

「千里?」

 俺達の疑問符を他所に、彼女の表情から焦りは消えない。

「ごめん! 説明してる暇が惜しいの!」

 ただ事ではない様子の彼女をこれ以上呼び止めることは不可能でろうが、こちらは状況がわからない。

 華琳なら、どうする?

「冬雲、お前が決めろ。

 お前が麒麟と交わしたことだ」

「フッ、姉者もたまには良い事を言う」

「まったくやな」

 春蘭達が俺の決断を迫り、俺は一つだけ浮かんだ身勝手なことを口にだす。

「わかった。行ってくれ、徐庶殿。

 こちらもすぐにあなたを助力するために動く」

 俺の言葉に徐庶殿は何故か苦笑いを浮かべるが、無理もない。ついさっき会ったばかりの敵で、契約といっても口約束に過ぎない。信じろと言う方が無理だ。

 でも、これしか浮かばないのだからどうしようもない。

「緑陽」

「はっ」

「徐庶殿と共に行ってくれ」

「承知いたしました」

 短いやり取りに徐庶殿は目を開き、さっきまでの構えたような雰囲気がようやく消えた気がした。

「これが司馬家、ね・・・

 ここまでされたら、こっちも信じるしかないじゃん」

 こちらにも聞こえないぐらいの一言を呟いて、彼女は矢立を取り出してこちらに一枚の書簡を放り投げた。

「それが今、あたしから出せる誠意」

 その書簡に目を移す暇もなく、彼女は俺へと初めて本当の笑顔を見せた。

「信じてるよ、英雄さん」

 走り去る彼女を見送り、書簡へと視線を移せばそこに書かれていたのは『千里』の二字。

「ハハッ、流石ウチの嫁。

 去り際に真名預けるとか、カッコよすぎやろ?」

「まったくだよ・・・」

 真名を預けるのは、命を預けるのと同じ。

 俺が最初に知った、この世界の常識。

 なら、命には命を持って応えなきゃな。

「白陽!」

 彼女との約束を守るために、俺は次の行動をするために影の名を叫んだ。

 


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