真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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活動報告通り、今日中に挙げることが出来ました。
司馬懿の視点でございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

作者が寝不足気味なので、文章等でおかしな点がありましたら感想へとお願いします。
また不明な点、誤字等もありましたらお願いします。


 真名 授与 【白陽視点】

『妙な目をしやがって!』

 あぁ、またこの夢。また私は、同じ夢を見てる。

『ひっ?!』

 誰もがそう。私のこの目を見ては恐れて、遠ざける。

『やーい、妖怪女!』

 黄と青、左右で色が違うこの瞳。人から石を投げられたこともあった。

『・・・可哀想に』

 憐みも、同情も、欲しくなかった。

『ごめんね・・・・・ 白陽(はくよう)

 母の涙声を聞きたいわけじゃない。

 むしろそれを聞くたびに、尚更この目が嫌いになった。

 

 母さん、あなたにとっても、この瞳は泣くほどあってはならないものなのですか?

 あなたすら、この瞳を受け入れてはくれないのですか?

 私は、生まれてはならなかったのですか?

 この瞳を宿し、私が私として存在することは、それほどあってはならなかったのですか?

 父さん、答えてください。

 行動ではなく、言葉で。あなたの思いを知りたかった。

 あなたの顔が、私を見るたびに辛そうに歪むのを私は気づいていたのです。

 ですが、そんな視線を向けられても私は・・・・

 

 お二人の色を宿したこの瞳が、好きでした(・・・)

 大切な自慢でした(・・・)

 

 

 

「白陽、華琳様がお呼びよ」

 その声に私は閉じていた目を開き、すぐさま意識を覚醒させる。そして、左目で声の主を確認する。

黒陽(こくよう)姉さん」

 そこに居たのは私と同じ青みがかった白髪を腰の長さまであり、目は金に近い黄の瞳。よく見れば若干だが左の方がその色が濃い。

 声の主である姉を軽く見つつ、私はすぐさま腰をあげた。

「寝てたの? 白陽」

「えぇ。

 最近、紅陽(こうよう)青陽(せいよう)の訓練に一日中付き合わされてまして」

「大変ねー」

「姉さんがうまく逃げているからでしょう。そのしわ寄せが私に来ているだけです」

 他人事のように笑う姉を軽く睨み、どうせ聞いてはくれないだろうが苦情を言っておく。

「あなたは優しいのよ、白陽。

 放っておけば、下六人で取っ組み合いでも何でも始めるでしょ。一人ずつ相手して、わざわざ指導なんて、面倒なことしなくていいでしょうに」

 姉は笑いながら私の髪を撫で、その手が右目に触れようとした瞬間、私は身を引いた。その様子に姉は困ったように苦笑し、中途半端に宙をさまよった手を誤魔化すように私の肩に触れた。

「休むなら今度からちゃんと寝台で横になりなさい。椅子だと腰を悪くするわよ?」

「はい・・・・・ それでは、行ってまいります」

 私は姉から目線を逸らし、その横を通り過ぎる。

 姉は悪くない、いつだって気にしすぎているのは私自身だ。

「白陽・・・・」

 後ろから声をかけられたが、私はそれに対して振り返ることはない。

 この声の時の姉妹たちの目はいつも同じで、憐みでも、同情でもなく、家族である私を思ってくれるものだと知っていた。

 だからこそ、振り返りたくない。

 あの目で見られると、私はいつも自分がどうすればいいのかわからなくなる。

 逃げる以外の選択肢が見つからずに、私は今日も目を背けた。

 

 

 

「司馬仲達、参りました」

 私は執務室の戸を軽く叩き、その戸を開けた。

 一つの大きな机の上に書類をいくつか広げ、椅子へと座るは陳留の刺史である曹孟徳その人である。

「来たわね、白陽」

 筆を置き、書類から目を外して私を見てくるのは眩しい青の瞳。

「あなたは数日前に来た天の遣いを知っているかしら?」

「はっ、話は聞いております」

 知らない筈がない。

 国中に流されたわけではないが、華琳様が重鎮である春蘭様、秋蘭様両名を連れ、見たこともない衣服をまとった男を連れていればその考えに行き着くのはごく自然のことだろう。

 それに真偽は定かではないが、兵士の間では素手で剣を持った男三名を捕縛したという噂も流れている。

「あなたには本日付けで、彼の、曹子孝の補佐になってもらいたいのよ」

「ですが・・・・・私のような者をお傍に置いては、不快になられるだけかと」

 華琳様の言葉に逆らうわけではないが、こんな私を傍に置いて不愉快にならない人間は少ない。もっと言えば、私が知っている範囲ではこの国で姉妹たちと華琳様、春蘭様、秋蘭様だけだ。

「・・・そう言うと思っていたわ」

 溜息と共に零れたその言葉に嘲りは混じることはない。この方はその者の身分関係なく、相手のことを知らずして物を語ることがない。

 相手を観察し、真価を見出し、向上させ、どんな相手であっても成長を促す。

 その方法を受け入れた者だけが高みへと昇り、現状維持を選んだ者はある一定の段階で止まる。この方の人の見る目の正確さは、ある種の恐ろしさすら抱いてしまう。

「白陽」

「はっ」

 私の目前まで迫った華琳様は不意に私の右目に触れようとする。私は先程の姉同様に身を引くが、華琳様は私の右目に触れてきた。

「彼はきっと、あなたを変えるわ」

 そう言う華琳様の顔は、私がこれまで見たこともない笑みを浮かべていた。

 しいて何が近いかと問われれば、春蘭様、秋蘭様、姉の前で浮かべる談笑の笑み。だが、それも近いというだけでしかない。

「強制はしないわ。

 補佐になるかどうかは会ってから、あなた自身でお決めなさい」

 そう言って、私を置いて扉の方へと消えてゆく華琳様を追いかけた。

 

 

 

「仁、入るわよ」

「ちょっと待ってくれ。今、汗を拭いて上着を着るから」

 華琳様が扉越しに声をかけると、少し荒い呼吸でそう返って来る。言葉とその声から何らかの運動をしていたことがわかるが、華琳様の話では本日は休みだった筈。

「そんなことを気にする仲かしら?」

 華琳様の顔は見えないが、聞くだけで面白がっていることがわかり、その顔はおそらく先程と同じ笑みが浮かんでいることだろう。

「『親しき仲にも礼儀あり』だろ?

 それに好きな女の前で汗だくなんて、恰好がつかないだろ」

「       」

 そんなやり取りだけを聞いていると、まるで恋人同士のように聞こえる。華琳様が何事かを呟いているがそれは私には聞こえなかったが、どこか心地よい沈黙が流れた。

「どうぞ」

「えぇ、入るわ。あなたも入ってらっしゃい。白陽」

「・・・・はい」

 華琳様に促され、私も入室する。

 そこには話に聞いていた彼が立っていた。

 身長、体格ともに標準的、髪はまるで色が抜けてしまったかのような白さがあり、窓からの日でわずかに透ける。顔の上半分は木彫りの仮面で隠し、そこから見える瞳はどこにでもある茶の瞳。

 だがその眼差しは、私が見てきたどんな人間よりも優しげだった。

「綺麗な目だな・・・・」

 その言葉を一瞬、理解できなかった。

 だが私は、幼い頃からの習慣から反射的に前髪をおろし、右目を隠した。

「えっ・・・・・?

 この目が綺麗、でしょうか?」

 『思ったことを反射的に口にしてしまった』様子の彼に、おもわず問い返す。

 私の目を初対面でそんなことを言ってくる者など存在せず、恐れもせず、厭わない者でもまず私に『あなた、その目は?』と問うてきた。

 だというのに彼は、『綺麗だ』などと口にする。

「あぁ、右目はまるで湖面を映したみたいな青、それなのに左目は金の稲穂みたいに輝いてる。

 隠すなんてもったいないと思うな」

 問い返した上で彼は、何ということもないように繰り返す。

 むしろ『どこかおかしなところでもあったか?』と不思議そうに首をかしげて、私の目をまっすぐに見つめていた。

 私のこの瞳をここまでまっすぐに見つめる他人を、私は彼以外あと三名しか知らない。

「仁・・・ 話をしたいのだけど、いいかしら?」

 陳留の刺史であり、司馬の血が仕える曹孟徳。そして、夏候元譲、夏侯妙才。

 彼女も初めて出会った時私の瞳を見て、何を言うわけではなかった。姉の才を見出し、司馬の能力を高くかっていることから私もまたこうして仕えることになった。姉を経由して私の話を聞いていたこともあり、彼女が瞳の件で触れてくることはなかった。

 春蘭様、秋蘭様も私の瞳にあまりにも何も言ってこなかったので、『私の瞳について聞かないのですか』とお二人に聞いたことがあった。

『瞳の色が違うから、どうかしたのか? 貴様は黒陽と同じで優秀なのだろう?

 それに華琳様の瞳に近しい、とても綺麗な色を片目に持っているだけで私は羨ましいぞ?』

『二つの異なる色を持つなど、そうあるものではない。ましてや、両親の目を片方ずつ持っていることなど素晴らしいことではないか。

 誰がなんと言おうと、お前のその瞳に宿るのは家族の証だろう?』

 言われたことのない言葉ばかりで、その時は素直に受け入れることは出来なかった。

 それを何故、今となって思い返すのだろうか?

 視線は自然と華琳様と楽しげに話している彼へと向け、仮面に隠れた目を見つめた。

「――― そう言うことにしておきましょう」

 華琳様がそう言って、私に名乗るよう手で促した。

「姓は司馬、名は懿、字は仲達。真名は白陽と申します。

 白陽とお呼びください」

「俺は赤き星の天の使い、姓は曹、名は仁、字は子孝。真名は・・・・・まだないんだよなぁ」

『真名がない』

 それはこの大陸で生きる者はあり得ないことだった。改めて彼が、天の遣いであることを感じる。

 公には天での記憶はなく、華琳様が直々に名を考えたというのは本当なのだろう。

「私は仕事に戻るわ、決まることが決まったら報告しに来なさい」

 私が考えているうちに華琳様は部屋を出ていき、扉が閉まった。

 そして、それを見送る私の前に立って、彼は手を伸ばしてきた。

「なぁ、白陽。

 さっき会ったばっかりで、何も知らない俺に真名をつけてくれないか?」

 私に真名を?

 何故この方はさっき出会ったばかりの私に、真名まで委ねようとしてくださる?

 もっとふさわしい方がいる筈だ、それこそ華琳様や春蘭様、秋蘭様だっているというのに、何故こんな私をここまで信頼してくださる?

「その前に、一つだけお聞かせください。曹仁様」

 私は感情の一片も見逃すまいと、彼の目を見つめた。

「あなたは何故、私の目を厭わないのですか?

 そして、何故あのような言葉を言ってくださったのですか?」

 何故、恐れない? 怖がらない? 異物を見た時の反応を示さない?

 どうして、そんな言葉をくださる?

 私にはわからない。

 嫌われてきたこの瞳、疎まれてきたこの目を好意的に見られることが理解できない。

「白陽は、自分の目が嫌いか?」

「はい、嫌いです」

 彼の問いに私はすぐさま答えた。

「我が司馬の血筋の者は皆、左右の色が異なります。

 ですが、私以外の誰もが近しい色で人に気づかれないのです。その中で私は、こんな色を持ってしまった!

 同情、憐み、畏怖、多くの感情が私を襲ってくる!

 聞こえてくるんです!! 周りの人間が私を厭う言葉が!

 耳を塞いでも、目をつぶってもあの視線が見えてしまうんです!!

 この目がなければ! こんな色でさえなければ!!」

 抉ろうと何度もした。そのたびに姉妹たちが止めに入り、実行に移せたことがない。

 どれほど目をつぶろうと、耳を塞ごうと、夢となってまで襲ってくる多くの感情、視線が私を苦しめる。

 強く、強く右目を握りつぶすように顔を覆う私を、不意に包まれた。手がさらに大きな手によって掴まれ、逆の手が私の腰へと伸ばされる。

「体の一部が異端であること、それによって伴った痛みは俺にはわからない」

 まず降ってきたのは正直な言葉。

「だけどな」

 そう言って彼は私の顔をあげさせ、まっすぐと見つめてきた。

「俺は何度見ても、白陽の瞳が綺麗だと思う。ずっと見ていたいって思うくらいに」

 そう言って、優しく微笑んで私の涙を拭ってくれた。

 

『彼はきっと、あなたを変えるわ』

 

 先程、華琳様が私に言った言葉が蘇る。

 あぁ、これは・・・・ 変わってしまう。

 こんなまっすぐに心に響く言葉を言われてしまったら、石とて華に変わるだろう。

 私はこの方のために、華となりたい。

 この方の傍らで咲くだろう多くの華の、一輪でありたい。

 

「大丈夫か? 顔が赤いけど、目元擦ったからかな?」

 私が抱く思いにも気づかずに彼は、そんな的外れなことを言ってくださる。

「そうじゃありませんよ・・・・クスクスッ」

 私がそんな鈍い所を笑っていると、彼は私以上に嬉しそうに笑っていた。そして、私を抱き上げて、その場で回りだした。

「そ、曹仁様?! ちょっ、これは恥ずかしいです!?」

「ハハハハ、俺を止めたきゃ気絶させてみろー」

「えぇ?! そんなこと、立場もありますから出来ませんよ!」

 本当に楽しげに笑いながら、狭い部屋の中で私を落としたりしないようにしっかりと抱きしめてくれていることがわかる。

 本当に、なんて優しい方なのだろうか。

 ずっと見ていたいと、思ってしまう。この方はまるで・・・・

「立場なんてまだないようなもんだし、遠慮なんてしなくていいぞ?

 じゃないと俺、ずっと回ってるぞ」

 嬉しくても恥ずかしいので、その言葉に甘えることにしよう。

「その言葉、忘れないでくださいね? 失礼します!」

 そして私は、容赦なく彼の首元へと手刀を叩き込んだ。

 倒れていく彼の体と私自身の体を支えるほどの力はないが、頭だけをしっかりと抱えて床へと倒れる。私が下手に体重をかけなければ腰への負担もなく、頭をぶつけなければ変な後遺症も残りはしないだろう。

 部屋を見渡し、汗を拭うのに使っていただろう水桶と数枚用意されていた布の一枚を濡らしてから手刀を振り下ろした場所へと当てる。

 本当ならば床よりも寝台の方よいのだろうが、私の力では彼の体は持ちあがらない。

「床よりは良い程度でしかありませんが、私の膝でお許しを」

 聞こえていないのはわかっていても、何故か声に出していた。

 仮面の中、わずかに見える目は閉じられ、私は意味もなく彼の髪を梳いてはぬるくなってしまった布を何度か取り替えることを繰り返し、彼は目覚めるのを待っていた。

 

 

 しばらく経ってから、彼はふと目を開けた。まだ眠そうに、数度瞬きを繰り返す。

「曹仁様、お気づきになられましたか。その、大丈夫ですか?」

 状況を理解しているのか、いないのかわからないような意識がはっきりと覚醒していない様子で・・・・・ 少し手刀が強すぎてしまったかもしれない。

「あぁ、膝枕が気持ちいい、かな」

 返ってきた言葉はそんな暢気なもの、その言葉と同時に私の右顔へと手が伸ばされた。

「もぅ、曹仁様ったら!」

 この手は怖くない、むしろもっと触れてほしいと思う。自然と私はその手へと頬を摺り寄せていた。

「白陽は隠密だったか、あの見事な手刀は」

「はい、司馬は主に軍師ではなくその斥候を行う隠密の家系です。

 情報収集に長け、あらゆるところに飛び回っています。

 ですから・・・・ あなた様の秘密も知っております」

「そっか」

「口止め、なさらないのですか?」

 自分の秘密を知られているというのにその返答はあまりにも呆気なく、むしろ公になっても問題ないかのような様子だった。

「華琳が補佐に選んだ時点で、俺から話すことは決まってたようなもんさ。

 これは別に隠すことじゃない。ただ、同じ顔、同じ名前が居たら多少めんどうなことが増える。

 それを避けるためだけのものだよ。

 だから、本当はここじゃまだ必要ないのかもしれない」

「情報はどこから漏れるかわかりません。国内でも徹底するのは当然です」

 仮面をとろうとする手をとり、私は彼の顔へと触れていた。

「曹仁様・・・・あなたは雲、冬の雲です」

 冬の凍える寒さの中で、人々が見上げる青い空。大地が力を失い、日輪すらも衰えるような季節()

「あなたの真名は冬雲(とううん)

 冬の空に優しげに浮かんでは、空を覆って日を隠す。

 大地を見下ろしては楽しげに風に舞う、そんな方」

 だがそれは、芽吹きの春のために必要な休息の時。

 そしてその中で、大地と日輪が寂しくないように浮かび、全てをその優しさで包み込む。

 この方の心の在り方にふさわしい、(まこと)の名。

 

 どこまでが華琳様の策だったかはわからない。あるいは私を呼んだ時点で、こうなることは予想がついていたのかもしれない。

 だが、それでもかまわないと思った。

「私、司馬仲達は、冬雲様(あなた)に生涯お仕えすることをここに誓います。

 皇帝でも、王でも、国でも、家でもなく、ただあなた様のために私はこの身を捧げましょう」

 私はこの方に全てを捧げよう。

 この方が何に仕えようと、何のために生きようと、どこを見ていようと、私はこの方だけを見ていよう。

 冬の雲に運ばれし、白き陽となろう。

「私はあなたと共に生きてゆきます。冬雲様」

 

 




(名) (字) (真名)
司馬孚 叔達   紅陽(こうよう)
司馬馗 季達   青陽(せいよう)
司馬恂 顕達   灰陽(かいよう)
司馬進 恵達   橙陽(とうよう)
司馬通 雅達   藍陽(らんよう)
司馬敏 幼達   緑陽(ろくよう)

今のところ出す予定はありませんが、司馬八達の名前を。
一番上である司馬朗伯達は本編に出ている通り、真名は黒陽です。

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