真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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この後にもう一話投稿します。


54,洛陽大脱出 前編

 しばらくすると霞達も満足したのか董卓殿を腕の中から解放し、俺は俺でその間にはすっかり応急処置の終わった右手の開閉動作を繰り返す。

「手、大丈夫? 英雄さん。

 結構ざっくりいったように見えたけど・・・・ それに、あの鉈だし」

 千里殿が心配そうにこちらへと視線を向けてきたので、見れば董卓殿もこちらを気遣うようにちらちらと視線を向けてくれていた。

 俺は問題ないということを示すために、右手を軽く上下左右に振ってみせる。この動作をやっても痛みも走らないし、大丈夫だろう。

 『鉈』は刃の重さを利用して振り下ろすことが前提のものであり、『斬る』というより『折る・断つ』を目的とした武器だ。

 董卓殿は首元に沿うように刃を滑らせるようにしたため、本来力を込めて振るう鉈を振り下ろすことはなかった。実際、首元にある太い血管を守っているのは皮膚だけだし、そんなに力を込める必要もない。だからこそ俺の怪我もこの程度で済んだし、骨まで断たれることもなかった。

 が、鉈の刃の大きさと切れ味によって、おそらく傷は残るだろうという白陽の見立てである。そのため白陽にはしっかりお小言を貰ったし、他からもお小言を貰う覚悟をしておくようにと釘を刺された。

 いや、顔の傷の一件とかで怒られてるにも拘らず、新しい怪我をつくる俺も悪いんだけどね? 言い訳になるだろうけど、どの時も仕方ないんじゃないかなー? とも思うわけでして・・・

「というか兄上。

 今、ふと思ったのですが・・・」

「うん?」

 董卓殿から離れ、俺へと声をかけてきた樹枝に視線を向ければ、不思議そうに首を傾げる。

 

「董卓がほとんど素性を知られていない現状下で、月さんの首をもって『董卓の首だ』と言っても誰も信じないのでは?」

 

 樹枝の発言にその場にいた全員が一斉に口をつぐみ、沈黙が訪れる。

 いや確かに言われてみればそうなんだけど、董卓殿の容姿どころか性別も知られてないけどな?

 どうして俺の義弟は、よりにもよってこの瞬間に口にしてしまうのだろうか・・・

「はぅ・・・!」

 董卓殿も今ようやく気付いたらしく、ただ一人恥じらいから顔を真っ赤にし、俯いてしまう。

 が、それに伴い周囲の怒気は一層膨れ上がるのを、俺は肌で感じた。

「そう言うのはわかっても、雰囲気を読んでこっそり言うもんでしょうが! このお馬鹿!!」

 俺がやんわりと止めるために口を開くよりも早く、さっきまで董卓殿の胸の中で泣いていた賈詡殿の平手が樹枝の頬を打つ。

 それが始まりを告げる音となり、霞、千里殿、緑陽、白陽も樹枝へと一斉に飛びかかっていった。

「せっかく冬雲がえぇ話で治めてくれたのを、余計な茶々入れるのはこの口かーい!」

 賈詡殿の平手によって体勢の崩れた樹枝の腰目掛けて霞の蹴りが入り、樹枝の体はほんのわずかに浮く。

「攸ちゃんってば、頭いいのに」

 千里殿は樹枝が自分の目の前に来た瞬間を狙って、低い姿勢から体のばねを伸ばしきるように右足で樹枝を天井へと蹴り上げる。

「たまーに、阿呆の子だよねー!」

 俺はその流れるような連携技があまりにも見事で、止めることも忘れて視線で追いかけてしまう。

 そして、浮き上がった樹枝へと最後の締めくくりが迫っていた。

「白姉さま」

「わかっています」

 緑陽の声に二人は同時に駆け出し、白陽が一歩前に出て突然立ち止まり、両手を合わせて作った足場に緑陽が勢いを殺すこともなく乗り、樹枝が待つ天井へと飛びあがる。

「余計な一言はいつも通りですが、今回ばかりは空気を読みましょう。

 それと・・・ 何、女性に抱き着いてるんですか」

「理不尽!!」

 この流れるような連携技をされてもなお、叫ぶ元気がある樹枝も慣れてるよなぁ・・・

 空中で殴られて落ちてくる樹枝を流石に床に叩き付けるのはやりすぎだと思い、落下地点へと俺が先回りし、左手のみで頭がぶつからないように衣服を掴んだ。

「兄上・・・ ありがとうございます」

「うかつな発言もほどほどにしておけよ、樹枝」

 頭はぶつからないが尻餅をついた状態での樹枝に呆れながらも立ちあがらせ、千里殿は何事もなかったように俺へと視線を向ける。

「まぁ、実際は攸ちゃんが言うように誰もがこの子の顔を知らないってわけじゃないんだよ。英雄さん」

「千里!」

「詠、疑う気持ちはわかるけど、彼がここまで来るのにどんな危険を冒してるかわかってる?

 自分の顔を晒し、武装もほとんど無し。その上、あたしがここまで来れたのだって彼の協力があったから。

 それとも・・・ あたしまで疑う?」

 千里殿の言葉に賈詡殿は押し黙り、董卓殿と樹枝を見てしばし黙考する。だが、五分もしない内に彼女は諦めたように溜息を吐いた。

「英雄!」

 そう言って彼女は俺をびしりと指差し、鋭く睨みつける。

「僕はまだアンタを信じたわけじゃない!

 だけど、千里達がアンタを信じてる間だけ、僕も信じてやるわよ!!」

「あぁ、それで十分だ。

 突然現れた他陣営の者を・・・ ましてや連合に所属している者を、無条件に信じてくれなんて言えないさ」

 彼女の言葉に俺も頷き、千里殿の方へと視線を移せば、彼女は場を仕切り直すように手を叩いた。

「で、話の続きになるんだけど、さっき攸ちゃんが言った言葉は正しい。

 だけど、ちょっと惜しい。

 この子()が『董卓』であることを知っている者は確かに多くはないけど、皆無ってわけじゃないの。

 まぁ、わかりやすく害を及ぼしそうな者は今回の戦が起きる前に一通り処分したつもりなんだけど・・・ しきれなかったから招いちゃった今の事態だし」

 笑っているのに笑っていない笑みを貼り付けながら、彼女は言葉を続ける。

「まっ、こっちの陣営のみんながわかるのは勿論だけど、英雄さんも見当ぐらいはついてるんじゃない?

 もしくは、連合内にわかりやすい馬鹿でも居た?」

「あぁ、袁家にそれらしい人物がいた。

 証拠があるわけじゃないが、言葉の節々に関で何が起こるかをわかっていたように映った。

 特に泗水関でそれが顕著で、虎牢関でも初戦を突撃しても問題ないように判断する何かが持っているようだったな」

 千里殿の言葉に頷き、ありのままに連合での話をすれば想像はしていたらしく、彼女は肩をすくめるのみだった。

「まぁ、その辺の話もしたいけど、今はいいとして。

 で、この洛陽に残っている可能性があってなおかつ月の素性を知っている者は、今回あたし達を袁家と共に嵌めたであろう十常侍と、その腰巾着である一部の高官。そしてかつての四英雄であり、洛陽最古参の臣・『不動の王允』ってところかな」

 彼女は指折り数えながら、全員が内容を理解しているかを確認するように全体を見渡していく。

「まっ、あの王允とか言う爺様はウチらにさっさと涼州に戻ってほしかったみたいやけどな。

 顔合わせるたびに睨むか、『さっさとあるべきところに戻れ』とかそんなんばっかりやったし。

 あの時は嫌味とか思うたけど、これを想定しとったのかもなぁ」

 霞の言葉に頷きつつも、千里殿は言葉を続けていく。

「あの人は聡明で立場とか権力もあるからもう避難している可能性が高いけど、顔を知っているって意味じゃ挙げとくべき人物だからね。

 十常侍を仕切る張譲との不仲は有名だから、関わってないと思いたいけど・・・」

「そうね・・・」

 三人が話しているのを聞きながら、俺は会話の中に出てきた『十常侍』の言葉に動きを止めていた。

 十常侍、か・・・

 あの黄巾の乱において裏から動き、乱という混乱に乗じて欲をかき、三人を傷つけ、利用した者達。

「董卓殿の顔を知っているなら、殺さないとな?」

 俺がこの手で、地獄に叩き落とすと決めた者。

 富を求め、欲をかき、二つの乱を起こしたであろう愚か者共。

「兄上?!

 何、突然物騒な発言しているんですか?!」

 樹枝からツッコミが入るが俺は気にせずに千里殿へと視線を向ければ、彼女もまた俺と同じように朗らかに笑っていた。

「さっすが英雄さん、話がはやーい。

 あたしも同じことを考えてたんだ」

「ちょっ、千里?! あんたまで何言って・・・

 ちょっと霞と月も千里を止め・・・」

 樹枝と同じように止めようとする賈詡殿は、周囲に助力を求めようとしたのだろうが、その言葉も途中で終わってしまう。

 それも当然だろう。

 助力を求めようとした彼女達もまた、俺と同じようにすっかり臨戦態勢となっていたのだから。

「まぁ、それが一番やろなぁ」

 聞き慣れた霞の下駄の音が響き、口元は楽しげに弧を描く。

「そう、ですね・・・・

 避難を広く促されているこの洛陽で、今も残っている身分の高い方はよほどの理由がおありなのでしょうし、ね?」

 落ちていた二本の鉈を拾い上げ、重さなど感じさせない軽やかな動作で腰の鞘へと納められる。

「ちょっ?! 何で皆さん、臨戦態勢なんですか!?

 ここは普通無事脱出だけを考えて、この場を後にすべきでしょう!!」

 樹枝の言葉は正しい。

 実際、この数で洛陽に残っている十常侍の全てを殺して回るなんて非効率。

 それに建前があるとはいえ半分以上が私怨である俺はともかく、軍師である千里殿が賛同したのには何らかの理由がある筈だ。

「あたしもそうしたいんだけど、攸ちゃんも詠も洛陽(ここ)には一つだけ誰の手に渡っても厄介なものが安置されてること、忘れてない?」

「あっ・・・!」

「誰の手に渡っても厄介・・・ まさか!」

 俺が想像していた通り、何らかの理由があった。

 そして俺も彼女の言葉が示す物に察しがつき、あの時はどうなっていたかもわからない『あれ』の存在を思い出した。

「そっ、皇帝の印たる玉璽。

 これまでは十常侍が複製品を利用して好き勝手にしてたみたいなんだけど、原物の方を確保しちゃいたいんだよねー。

 だから、宝物庫に取りに行きたいんだけどいい? 英雄さん」

 もう半ば決定事項にしていたにもかかわらず、聞いてくる彼女に強かさを感じながら俺は頷く。

「じゃぁ、十常侍を殺すっていうのは・・・?」

「あの人達は欲望に正直だから多分宝物庫で会うことになるだろうし、付け足すなら用心のためかな?

 もう持ち出された後だったら、単なる寄り道になっちゃうんだけどねー」

 賈詡殿が安心したように溜息を吐くが、まだ笑ったままの千里殿はどこまでも軽く言ってのける。

「まぁでも・・・ あたしの気持ちの中に欠片も私怨がないって言ったら嘘だけど」

「千里さん、さっきから発言が物騒です」

 どこまでも笑顔で言い切る千里殿は清々しくもあり、楽しげに物騒なことを言う姿は傍から見ればただの恐怖だろう。

 もっともそれは千里殿に限らず、さっきから臨戦態勢の俺達も同じなんだが。

「そんなことないよ、攸ちゃん。

 あたしの力なんてたかが知れてるし、むしろ殺る気満々の英雄さんとか、霞とか月の方が百倍物騒だって」

「兄上に至っては、完全に私怨混じってますからね!」

「混じってないぞ?

 全部、私怨だ」

「建前すらないの?!

 ていうか、月さんの件はいいんですか?!」

「申し訳ないとは思うけど・・・

 始末できるなら、この手でな」

「あの時の怒りよう見ると、そうなりますようねー」

 樹枝は妙に納得したような顔をして、頷いた。

「ハッ!

 こんだけ好き勝手十常侍にやられてきたんや、私怨が混ざらんわけないやろ。

 なぁ? 月かてそうやろ?」

「私も、これまでのことを怒っていないわけじゃありませんから」

「何この人達、怖すぎる?!」

 俺達の会話に霞が割り込み、董卓殿へと言葉を振れば、帰ってきたのは簡潔なものだった。

 俺もおもわず笑ったが、その隣では深い溜息が一つ零れた。

「やめときなさい、樹枝。

 この子たちにはもう、ツッコむだけ無駄よ・・・」

「何事も諦めが肝心です。

 樹枝殿が女装している事実と同じように」

「余計なお世話ですよ! 緑陽!!」

 なんだかんだ言いつつ、全員の準備が出来、並び立つ。

「それじゃぁまずは宝物庫ってことで、行きますか」

 千里殿が音頭を取って、何も言わなくてもそれぞれの配置について俺達は走りだした。

 

 

「兄上、一つよろしいでしょうか・・・」

「何だ? 樹枝」

 走りながら問いかけてくる樹枝に俺は振り返りもせずに問い返すと、その言葉は何故か力がなく、げんなりとしたものだった。

「兄上と霞さんが前衛を務めているのも、機動力のある白陽殿と緑陽が後衛を務めるのもわかります。戦闘力が無に等しい千里さんと詠さんが中央に来るのはわかりますし、傍に居るのはこれまでの付き合いがある僕がいいのもわかります。ですが・・・」

 走りつつも一息で言い切るあたり、持久力や体力面は相当なもんだと感心しつつ、樹枝の言葉に耳を傾け続ける。

「何で月さんが、兄上と霞さんと同じ前衛なんですか?」

「樹枝の言うことはもっともだが、あえて言おう。

 俺が知るか。

 むしろそう言うのを知ってそうな適任が、お前の横にいるだろ?」

 駆け出すのと同時に俺と霞の横を走る小柄な人影に、俺が一瞬白陽かと思って驚いたなんて言えない。

 まさか董卓殿が、初速で霞の足についてくるなんて思ってもいなかった。

「詠ー、せっかくあたしが攸ちゃんに説明したのにいまいち理解してもらえてないんだけど、どうすればいいと思う?」

「あれを信じろって言う方が無理でしょ・・・

 むしろ一回で信じた千里がおかしいのよ」

「まぁ、あれは見た方が早いけどねー」

「前方に複数の気配あり。警戒を」

 俺達の会話を聞いて、千里殿達も何かを話しているが割って入った白陽の報告に会話が途切れ、全員が身構える。

「居たぞ! 女だ!!

 捕まえろ!!」

「あれは十常侍の私兵だねー」

「あんな言葉をウチの兵が言うわけないでしょ!」

「霞!」

 敵だと確認できたところで前衛である俺と霞が前へ出て先制攻撃をするよりも早く、恐ろしい速さで鈍色の何かが通り過ぎて行った。

「?!」

「うっひゃー・・・」

 俺と霞が驚いている内に、先程と同じ色をした輝きを持った刃を片手で持ち、構えることもなく無造作に一人目の首を刈り取る。襲い掛かってくる二人目、三人目へと足を止めることもなく、その小柄な体躯を活かして懐に入り二人目の首が刈られる。三人目は通り過ぎ様に背後をとり、相手の背を踏み台にして首を取る。最後に迫っていた四人目もまた、振り返った彼女の鉈の一撃によって首が飛んだ。

「皆さん、どうかしましたか?」

 言い終ると同時に首のない死体が、力無く崩れ落ちた。

 瞬きする間もないほどの早業におもわず全員が立ち止まり、俺は呆気にとられてしまった。

「へぅ?」

 一方、襲撃者全員の首を刈り取った彼女は俺達がついてこないことを不思議に思ったらしく、こちらへと首を傾げながら振り返る。

 彼女が行う現場を見たというのに、その儚げな容姿の彼女にはあまりにも不似合いな所業に一部の者を除いて驚きを隠すことが出来なかった。

「・・・いや、なんでもない。

 俺達もいるんだから、あんまり一人で先行しないようにな」

 とりあえず俺は彼女の頭を撫でて、注意だけはしておく。

「はい。ご心配ありがとうございます」

 そう言って再び駆け出す彼女の姿を見て、樹枝がその場の全員を代弁するようにポツリと呟いた。

「魔王じゃないですか? あれ。

 ていうか、連合の前線に出てたら勝てたんじゃありません?」

「ちゃうちゃう、あれは強いんやない。

 ただひたすらに、首を落とすのがうまいだけや。

 仲間連れて、全員で動いとる軍には向かへんよってなぁー」

「樹枝もこれでわかったでしょ・・・

 ていうか、もう駆け出してるあんたの兄貴と月を追いかけるわよ!」

 後ろのやり取りを聞きながらも、俺は先行してしまっている董卓殿を止めようと追いかけた。

 


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