真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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 戦終結 洛陽にて 【冥琳視点】

「これが洛陽の都、か・・・」

 かつて舞蓮様や秋桜様から聞いていた華々しく美しい都は既になく、今はただ炎によって焼かれ、舞った煤が街のあちこちを黒く染め、火の勢いを止めるために破壊された建物がただの木材となって転がるのみ。

 中でも激しく燃えたであろう宮廷は跡形もなく、焼け跡からいくつか発見された真っ黒な消し炭のようになった遺体のどれかが董卓であろうという真偽のわからぬ噂が流れていた。

「もはや誰にもわからず、確かめようもないがな・・・

 いや、少し違うか・・・・」

 それぞれ別の意図をもって集った諸侯達(我々)にとって、『魔王董卓』の実在の有無など初めからどうでもいいことだった。

 仮に実在しなくとも、生死が不明だろうと、自らが漢に対し忠誠があった(・・・)ことを示し、作られた建前の元で自らの実力を示すことが最重要事項。その上でさらに欲をかくならば目立った何らかの功績をあげ、他の陣営から一目置かれることが出来れば上々といったところだった。

「フッ・・・」

 だが、『漢の逆賊・魔王董卓の討伐』という名目で集まったこの連合が、『董卓の生死不明』という曖昧な終わり方を許されるわけがない。

 ましてや、盟主を務めるのが大陸一の勢力を誇り、名家という看板を背負う袁家ならば尚更だ。

 だがこの混乱の最中、情報が明らかになっていない一人の人間を探すなど不可能。おそらくは焼け跡から発見された遺体のどれかが董卓の名をつけられ、達成されたこととなるだろう。

「まったく、とんだ茶番だな」

 その茶番の中で踊った一人として、この連合の全てを代表するように溜息を零す。

 諸侯(我々)は袁家に踊らされ、自らの利と重なったからこそ一見は望むとおりに踊り、袁家には見えぬ足元でそれぞれの思惑を描いた。

 各陣営の成功の可否はともかく、現段階で洛陽の復興作業へと移った陣営はこの乱を生き残り、英雄がおわす曹操軍はあの鬼神・麒麟の両名を捕らえたという実績すらあげている。

 同様に天の遣いがおわす劉備陣営は、泗水関にて『魔王の盾』と呼ばれた華雄を破り、虎牢関では目立った功績はなかったが火災への対応をいち早く行い、今も率先して民の生活への援助を行っている。こちらは無名に等しい状況から一転し、我々へと武を見せつけ、あの陣営が掲げる民を第一とする考えが偽りでないことを示している。

 幽州と西涼、袁紹と我々はその二陣営へとやや遅れを取り、復興の協力を行っているのが現状だった。

 そしてなかでも私達呉は何も功績を得ていないどころか、功績の盛り立て役すら自ら買って出てしまった。

「だが・・・ それだけで終わるわけにもいかない」

 何も出来なかったという事実だけを持ち帰ることだけは、絶対にさせはしない。

 そのために、普段はあれほど出不精な奴も動いているのだから。

「冥琳、槐が帰ってきたから集まれってよ」

「あぁ、わかった。

 お前も出席だが・・・ 寝るなよ」

「戦が終わったかと思ったら、次は復興作業でこっちはねみぃんだよ! 仕方ねーだろうが!!

 つーか、お前らの話なんて俺が聞いてもどうせわかんねーんだから、寝るか現場で仕事任せるかしてくれっての・・・」

「却下だ。

 さっさと行くぞ、柘榴」

 欠伸混じりに伝えてくる柘榴の頭を叩き、文句を言って動こうとしない体を引きずって私は急ぎ本陣へと向かった。

 

 

 

「周公瑾、参りました」

「同じく太史慈、引き摺られてきた」

 幕へ入ってなおもふざける幼馴染且つ同門の恥の頭を叩き、いつもの定位置へと座り中央へと視線を向ければ、そこには槐と槐が『必要な人員は貰っていくわ』と言って連れていった思春、明命、亜莎の三名が並んでいる。

 が、三名は何故かひどく疲れ切った様子で、虚ろな目をして小さな声でぶつぶつと何事かを呟いていた。共に並ぶ槐はいつも通り書簡へと目を落とし、皆が揃うまで・・・ あるいは声をかけられるまで顔をあげることはないだろう。

「槐、全員揃っておるぞ!」

「あらそう、遅かったわね」

 祭殿の一喝に対し悪びれることもなく顔をあげ、渋々と書簡を懐へとしまう。

「それで槐、あなたは一体何をしてきたの?」

「まさか、『この乱に乗じて、洛陽に保管されてる貴重な書物を取りに行ってきた~』とかはなしよ?」

 皆を代表するような蓮華様の問いに冗談交じりの雪蓮の言葉が続き、祭殿と柘榴、七乃がわずかに笑う。

「あら、あなたにしてはよくわかってるじゃない。雪蓮」

 私と蓮華様が注意するよりも早く、槐が答えた言葉に私と蓮華様が耳を疑い、驚愕の視線を向けてしまう。

「「「「「()?」」」」」

「あなたが言う通り、洛陽に保管されている貴重な書物を厳選して盗ってきたわよ。軽く馬車三台分ほどね」

 静かに頭を抱える私と蓮華様、そしておそらく手伝わされたであろう思春達以外の五名が間抜けな声をだし、その事実に呆気にとられる。

「槐・・・

 お主、それを何というか知っておるか?」

「歴史的に貴重な文献の保護、ね」

「それもそうだけど、そうじゃねぇよ! もっと単純に火事場泥棒ってんだよ!!

 つーか、洛陽の都で貴重な書物がある場所なんざ一か所しかねぇじゃねぇか!?

 お前、マジで何しでかしてやがんだ?!」

 誰よりも速く衝撃から復活した祭殿が恐る恐る槐に尋ねれば、当の本人は涼しい顔で答え、柘榴が珍しく正しいことを叫ぶ。

 明日は雨か、霰でも降るのだろうか・・・ 槍は勘弁願いたいが・・・

「火事場泥棒? いいえ、違うわね。

 何故なら私は、別段不正な利益など上げてなどいないのだから」

「個人的な益となることも、不正な利益だと思いますよー? 槐さん」

「火事場の騒ぎに紛れて、盗みを働いてることに変わりはないしな。

 もっとも、共犯者の私が言うのもおかしいが・・・・」

 一見はもっともそうなことを並べる槐に対し、七乃、思春が次々と論破しても、槐は一切悪びれない。

 それどころか自分が成したことを誇るように胸を張り、先程懐へとしまった書簡を再び取りだし、これまで一度として我々に向けたことのない慈しみの瞳で文章を追っていく。

「歴史の喪失は国の損失であり、書物の紛失は知識の喪失。

 それまであった全てを否定し、創り上げた先達へと後足で砂をかける行為。それと同時に、『失くす』ことでしか過去に勝てないという敗北宣言でもある。

 過去にすら勝てない今が未来など創れるわけがないというのに、全てを灰にして一から創ることしか選べないなんて現実はあまりにも滑稽でお粗末だわ。

 積み重ねた歴史の上に自らの歴史を創るというのなら、先達を超えるぐらいの気概がなくてどうするのかしら?

 もっともそれは、どんな些細なことであっても言えるけれど」

 流石は『夢現の諸葛瑾』()、呉に訪れた理由が海から訪れるかもしれない異国の書物に興味があると言ってのけたのは伊達ではない。

「それで本当にそれだけのために、あなたは思春達を連れ出したのかしら?」

「いいえ。

 亜莎、あなたに途中でぼろ布袋を渡していたでしょう。出しなさい」

「えっ・・・ あぁ、はい! これ、ですよね?

 でもこれって一体何なんですか?」

 今も頭を抱える蓮華様の言葉に、槐は左隣りにいる亜莎にぼろ布で作られた袋を渡すように促し、中身を一度確認してから頷く。

 がその瞬間、何故か亜莎とは逆隣りにいる明命が跳ね上がり、視線を慌ただしく泳がせる。もっともその様子に気づいたのは私だけらしく、他の全員の視線は槐が抱えるぼろ布袋へと集中していた。

「美羽、受け取りなさい」

「え? わ、妾?!」

 そして槐は何の前触れもなくそのぼろ布袋を美羽へと放り投げ、美羽は戸惑いつつも手渡された袋を落とさないようにしっかりと受け止める。

「それで槐よ。

 あの袋の中身は一体なんじゃ?」

「何って・・・」

「これは印章、かのぅ?」

 槐が中身を口にするよりも早く美羽が袋を開き中身を取りだせば、私を含めた皆が傍へと駆け寄っていく。

「随分と大きく派手な印章ですねー。

 かっこつけて龍なんて掘って、見栄っ張りな一族のものでしょうか?」

 七乃の言葉に私も確認すれば、縦横共に四寸ほどの大きさとつまみには五頭の龍が絡みつき、そのうち一頭の龍の角は欠けている。

 素材が玉であること、またその細工があまりにも見事である点からして高価なことは一目瞭然であり、宮廷に置かれていても何ら不思議でもない芸術品と言っても差し支えないだろう。

「宮廷から盗ってきたなら、相当力のある一族の物でしょうけど・・・」

「ねぇ、槐。

 結局これってなんなわけ?」

「ただの玉璽だけれど?」

『はっ?』

 その場にいる誰もが一度、己の耳を疑い、先程まで自分達が印象だと思っていた物と槐を交互に見やる。

「え、槐姉様?

 ぎょくじってまさか・・・・ あの・・・」

「皇帝のみが使うことの許された印章ね」

 槐の言葉にぼろ布袋の確認していた蓮華様の手から印章が転がり、今度こそ幕内の音という音が消失する。

 手に持っている物の重大さに怯え、泣き出す美羽。

 顔を青くし、その場に膝をついてしまう蓮華様。

 目の前に確かに存在する玉璽へと視線を落とし、絶句する七乃。

 祭殿は口を開いて呆然とし、その視線が玉璽から離れることはない。

 どれほどのことがあっても平然と楽しむあの雪蓮ですら顔を引き攣らせ、乾いた笑いを零している。

「んで? それがどうかしたのかよ?」

 が、ただ一人首を傾げた柘榴が空気の読めない一言を言い放った。

 未だに目の前の事態を受け入れることのできない私達は、阿呆な柘榴へとツッコミを入れることも出来ず、感情の整理へと追われていた。

「他の者達はそれどころではないようだし、復活するまでの間に脳筋のあなたにはよくわかるように説明しましょうか」

 とんでもないことをしでかした当事者であるにもかかわらず、周りを見る余裕や人をさりげなく小馬鹿にしていくことを忘れない。

 いいや正しく言うならば、槐は自分が周りに対しどう思われようと気にかけることはなく、誰かに自分をよく見せようすると思いがなく、それ故に歯に絹を着せることも、言葉を偽りで彩る必要が一切ない。

 他に関わるのは自分のためと徹底し、自分が愛した書簡や物語に全てを向ける。今回の一件もまた自分の利害と一致したからこそ行った、ただそれだけに過ぎない。

 あまりにも徹底されすぎた姿勢は傍から見れば酷く歪んでいるにもかかわらず、どこまでも真っ直ぐだった。

「この玉璽が始皇帝から始まり、皇帝に代々受け継がれている物というのは知っているわね?」

「あー・・・ まぁ、うすぼんやりと?」

 何故この大陸の常識に等しいことをお前が薄ぼんやりなのかは、あとでじっくり聞くとしようか。柘榴。

 というか、わからなかった場合はそこから説明する気だったのか。槐。

「皇帝の名を継ぐとともにこの玉璽は受け継がれ、使用する権利を得る。

 けれど、いつからか周囲がそれを曲解し、この玉璽を持つ者が皇帝と名乗る資格があると自分達の都合のいいように解釈するようになったわ。

 『本来は皇帝が使用する印璽を使用するほどの権力を持っている自分こそが皇帝だ』、とね」

「へー。

 アホだな、そいつら」

 槐から語られる事実に対し、柘榴は子どもが抱くような感想を口にする。

 そう、この玉璽は位を示すためでも、権力を示すためのものでもなく、ただ皇帝が持っていた印璽でしかなかった。だが、これを使えば誰であろうと『皇帝の勅令』という名の下で力を振るえるという事実が曲解を広めていった。

「将という立場にいて、玉璽のことをほとんど知らないでいたあなたも大概だと思うけど?」

「俺はいーんだよ、陣営に頭いい奴がそんな居ても仕方ねーだろ? 適材適所って奴だ。

 つーか、槐の説明でようやく思春達が顔を真っ青にしてる理由がわかったぜ。

 宮廷の書庫から貴重な書物盗むだけでも相当な罪だっつうのに、玉璽を盗むなんつう逆賊並の罪の片棒担がされれば、そりゃ青くもなるか」

「「笑いごとじゃありませんから(ない)!!」」

 笑う柘榴に思春と亜莎が怒鳴って返すが、明命だけはもはや叫ぶ元気すらないと言った様子で、どこか遠くへ視線を向けている。

「それで槐・・・ お前はこれをどうするつもりだ?」

「冥琳、あなたならわかると思ったのだけど?

 武功をあげようと意気込んでいた割には何も出来なかったどこかの虎の所為で描いていた筋書きが予定通り進んでない今、美羽を守る術は多くない筈よ」

「まさか・・・!」

 脳裏をよぎった玉璽を使い、なおかつ美羽を袁家から解放する策。

 だがそれはあまりにも力技であり、洛陽が崩壊し、混乱する今だからこそ出来るものだった。

「あらあら~・・・

 つまり槐さんは、美羽様に一芝居打って大陸一の大馬鹿者になれと言うのですね?」

 七乃がようやくわかったように手を叩き、怯える美羽を大事そうに頬ずりし、しっかりと抱き寄せる。

「玉璽を手にしてはしゃぎ、暴虐を振るう美羽を皇帝に忠を尽くす者として私達が討伐し・・・」

「そして袁術を公に殺し、袁家からも、この荒れるであろう乱世からも美羽を解放する・・・ という所かのぅ」

 蓮華様が美羽の髪を愛しげに撫で、そうした三人姿を見守るように祭殿が席へと座り直す。

「荒っぽい策ね~。

 私は嫌いじゃないけど♪」

 ようやく雪蓮も余裕が出来たのか、美羽が持っていた玉璽の入ったぼろ布袋を放っている。

 頼むから破壊しないでくれよ、雪蓮。

「それで?

 そこまで考えているのなら、我々が玉璽を拾った言い訳も考えているんだろう?」

 私の問いかけに槐は、当然だとでも言うように頷く。

「洛陽で歴代皇帝の墓を掃除したが、一つの井戸から五色の気が立ち上がったため井戸を調べた所、漢の伝国の玉璽が出てきた」

「あー・・・ だから俺の一部隊を使って、街のはずれにある井戸を浚えって指示出してたのかよ・・・」

 いつそんな指示を出したとか、建前が滑らかに過ぎる点がわずかに気にかかったが、槐の言葉はまだ終わっておらず、右隣に控える明命を指差した。

「という噂を既に流したわ。明命が」

「槐様が流せって言ったんじゃないですかぁ!

 私の所為みたいに言わないで下さいよぉ!」

 槐の言葉に明命は半泣きになって怒鳴り、耐え切れなくなったように槐の体を揺らす。

 あまり見ることのない明命の泣き顔に皆が同情の視線を向け、もはや集まってから何度目かわからないが、再び皆の視線が槐へと注がれた。

「槐、あなた・・・ なんて言って明命を脅したの?」

「人聞きが悪いわね。

 私はただ香りの少なく、なおかつ虫除けにもなる薄荷の香を薦めただけよ?

 ただその香りを、『猫が嫌う』という点を説明しなかっただけで」

 勝手なことをしたと叱るわけでも、罰するわけでもなく、脅した内容を聞く辺りが槐の普段の行いを窺わせる。

 本当にこいつは・・・ 知識の豊富さだけで言うのなら呉で一・二を争うというのに、どうしてこうも陣営や国に貢献する気がないのだろうか。その一点さえなければ、呉が誇る軍師になりえるというのにな・・・

「そろそろ退室してもかまわないかしら?

 私はやるべきことはやったし、読みたい書物が多いのよ」

 訂正、この書物狂いを含めた二点だ。

「あぁもう、好きにして頂戴・・・

 ただし、この件に関してはあなたが責任者なのだから最後までやるべきことはやってもらうわよ」

 立ち上がって幕を後にしようとする槐に対して蓮華様が釘を刺し、槐は幕の入り口にさしかかってようやく振り返った。

「言われずともわかっているわ。

 あなたも精々、美羽にそれらしく振り舞うようにしてもらって頂戴。そうした芝居は私よりも、あなた達の方が得意でしょう?

 仮に美羽が出来ないと言っても、本当にその子を守りたいと思っているのならやらせなさい」

 言葉に棘どころか、言葉そのものが刃物のような奴だと思うが仕方ない。

「えぇ、得意分野ですよ。

 何せそうでもしないと生き残れないのが袁家ですから。

 素直に思ったことを口にする槐さんには、演じるなんて高度なことは到底出来っこないですもんね。

 ・・・まぁ、私達よりもずっと上手にしておられる方もいるんですけど」

「そうでなければ生き残れない世界があるのはわかっているけれど、私は無縁でありたいものね。

 それでは今度こそ、失礼するわ」

 七乃の嫌味を歯牙にもかけないで幕を出ていく槐を、今度は誰も止めることはなかった。

 

 

「しかし、槐め。

 とんでもないことをしでかしてくれるのぅ・・・」

 槐が去った後、溜息交じりに祭殿がそう零せば、蓮華様も頷かれる。

「えぇ・・・ まさか玉璽まで奪ってくるなんて、想像出来るわけないものね・・・」

「まぁ、それもこれも武功あげることの出来なかった二匹の若虎が悪いんですけどね。

 誰とは言いませんけど!」

「さぁ、美羽を守るために頑張りましょうか!」

 七乃の発言を掻き消すように雪蓮が声を張り上げ、玉璽ごと腕を伸ばし、蓮華様も力強い言葉と共に拳を振り上げた。

「この策を必ず成功させる!」

『おう!!』

 その蓮華様の言葉に、その場にいる全員が応えた。

 さぁ、大陸という舞台で、大掛かりな小道具(玉璽)を使い、一芝居打つとしようか。

 


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