真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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56,大樹と雲

 あの後、董卓殿の先導によって城を脱出し、あたかも火から逃れた民が曹軍に保護されるように取り繕って華琳達と無事合流を果たした。途中、霞と千里殿とは別れ、意図を理解していた秋蘭と春蘭と共に、一芝居打ってもらうこととなった。

 俺は合流後すぐにでも牛金と替わろうと思ったが、既に民の保護などで中央へと走る『英雄』(牛金)と替わることは出来ず、とりあえずは洛陽の火災が落ち着くまでの間は董卓殿達共々幕で待機するように黒陽に言い渡された。

 同行していた白陽でも、洛陽に行くまでの経緯を知っている秋蘭でもなく、黒陽という辺りが既に事の全貌を華琳が知っているということを無言のままに告げられていた。

 

 

 

 男女で別々に分けられた幕で着替えを済ませ、董卓殿と賈詡殿には念のために白陽と緑陽が監視兼護衛に付き、俺と樹枝は数か月ぶりに二人きりとなった。

「兄上、一つよろしいですか」

 互いに陳留での衣服に戻り、軽い食事などを済ませ終わった樹枝はその場で軽く居ずまいを正す。

「あぁ」

 その只ならぬ雰囲気に俺も居ずまいを正し、真っ直ぐ樹枝の目を見つめる。

「単刀直入に聞きます。

 兄上達はこの乱を、どこまで知っていたんですか?」

 樹枝は場を読むことをせず、自分が思ったことを正直に言葉にしてしまう。

 しかしそれは、樹枝が『愚か』という意味ではない。

 だが・・・ 今この場においてその問いかけをされることは、予想外のものだった。

「この乱は、おかしなところがいくつか見受けられました。

 まず一つ目。陳留へと降り立ち、ある例外を除いて他の交流が無に等しかった兄上が僕に手紙を託したこと。

 しかも相手は董卓軍の中でも名が知れ渡っていた『鬼神の張遼』。そして霞さん自身も手紙を受け取った際、兄上どころか華琳様の真名まで口にしています。これはあまりにも奇妙です。

 二つ目に、あまりにもこちらの策が読まれていたこと。

 これは千里殿が答えを口にしていましたが、そちらとこちらを繋ぐ間者がいたとのことです。ですが、それにしてはあまりにも用意周到で、こちらの配置や彼女達の性格などすら考慮された出来過ぎた策でした。

 三つ目は兄上。あなたがあまりにも良い頃合いで洛陽に現れたことです。

 あなたの立場は英雄。動きたくとも、本来戦場からこちらにまで来るのは不可能なのではないのですか?」

 文官としての知識も、武官としての才すら持ち合わせ、現状を見ての判断も出来、将としても有能。

 女尊男卑の強いこの世界で男でありながら有能という異端を抱え、なおかつ荀家という名家に生まれながら、樹枝はどこか純粋で真っ直ぐだった。

 何があっても上へ伸び続け、その途中に障害があっても自らの根を広げていこうとする姿を見ていると、桂花だけではない周囲の人間がどれだけ手をかけて育ててきたのかがわかる。

「華琳様達がいつか話してくださることを疑っているわけでも、ましてや兄上が自ら危険を冒してでも月さん達を救いに来てくださったことも偽りだとは思っていません。

 袁家から諸侯に出されたという檄文の詳細まではわかりませんが、相手が袁家である以上連合に参加せざる得なかったこともわかります!

 ですが!!」

 段々と語気は強まり、胸に抱えた憤りの全てを吐き出すように、俺の服を掴んだ。

「兄上ならば、華琳様達ならば! もっと早く手を打てたのではないのですか?!

 彼女達が、月さん達が傷つく前に! 洛陽が火の海となる前に! 助けることが出来たのではないのですか!?」

 樟夏のように諦めることもなく、『理不尽』と口にしていながらも物事へと立ち向かう力を持っている。

 それはまるでどんな状況下であっても伸びようとする逞しい枝であり、ただそこにあるだけで人に勇気を与える大樹のようだった。

「・・・確かに俺達は、黄巾の乱も、この反董卓連合という乱のことも知っていた」

「ならば、どうして!」

「けどな」

 激昂する義弟を見ながら、俺はゆっくりと首を振る。

「知っているからと言って全てが守れるわけでもないことも、思い通りに行くわけでもないってことを・・・ 俺は一度の過ちで気づかされたんだよ。樹枝」

 俺はあの時、天和達なら大丈夫だと思い、油断して、わかっていた筈なのに、まるでわかっていなかった。

「同じ時なんて、二度と存在しない。

 俺や北郷が知っていることなんて、何もあてになんかならない。

 俺がこの大陸に来た時から・・・ いいや、もっと言えばこの世界で華琳が華琳として生まれた時から、この大陸はどこにも存在しない歴史を残し続けてる」

 『歴史は繰り返す』という故事があるが、それは結局遠目から見た戦という物事に対して言われた言葉だ。

 人間が繰り返す愚行を指す言葉に詳細を追及する力はなく、多くの者は誰かが言ったその言葉に頷いて、あたかも同じようなことがあったというだけを語り継いでいく。

 かつても、そして今も。そして恐らく、史実(天の歴史)も。

 全てが全て、『黄巾の乱があった』『反董卓連合が立ち上がった』と語り継がれているにもかかわらず、その内容はまったく違っていた。

「それは・・・! まさか?」

 何らかの答えへと行きついたのだろう樹枝に俺は頷くこともせず、ただゆっくりと樹枝が自分の考えを整理することを待つ。

 遅かれ早かれ明かすと決めたことであり、察しのいい皆ならいずれは答えに行き着くことはわかっていたことだった。

 だが、もし仮に答えに行き着いたとしても、あまりにも非現実すぎるその事実を信じることが困難であることもまた事実。

 そして俺達が真実を語った時、誰もが黒陽達のように受け入れてくれるわけでも、納得してくれるわけでもないことも、俺達は覚悟の上だった。

「兄上、今から口にする言葉は全て、僕が勝手に作り上げた想像でしかありません。

 そして僕自身、その仮説を信じることが出来ないでいます。

 ですが・・・・ 予測であっても、妄想であっても、自分の考えには自信を持って、僕は僕の行きついた答えを口にします。

 聞いてくださいますか?」

 俺が頷いて先を促せば、樹枝は口を開いた。

「『一つは白き星。いまだ何も知らず、大器と深き情持ちし天の遣い。

  一つは赤き星。多くを知り、武と智をもってこの世に再び帰還せし天の遣い』

 この言葉の意味を、僕は兄上と白の遣いの優秀さだけを比べたものだと思っていました」

 懐かしい管輅の占いを聞き、俺はただ静かに樹枝の言葉を聞く。

 俺自身、星が落ちた時のことは知らず、その噂すら華琳達から聞いて初めて知ったことだった。

「樟夏から聞いた、兄上と白の遣いの間で交わされた『天の知識』という不可思議な言葉。

 そこから僕は兄上と白の遣いが同じ世界から訪れ、ある知識を共有しているのではないかと推測していました。

 けれど兄上だけは、『この地へ再び帰還せし』と謳われている。これは何故なのか。

 その答えを、兄上は先程答えてくれました」

 順序良く、こちらにも伝わるように話す言葉はある種の心地よさを覚え、俺は耳を傾ける。

「兄上は・・・ いいえ、兄上を含め華琳様を始めとした一部の将の方々は、何らかの形で似たような出来事を共有しているのではないですか?」

 断言にも似た問いかけに、俺は樹枝の鋭さに内心舌をまいていた。

 いくつかの言葉と状況から仮定の域まで辿り着ける者は多くとも、それを突き付けることが出来る者はあまりいない。

 けれど樹枝は俺から目を逸らすことなく自分の考えを告げ、さらに真実を求めてきた。

 なら俺は、その聡明さと勇気に敬意を持って応えよう。

「樹枝、俺が知っているもう一つの黄巾の乱はな。

 ある歌姫たちの何気ない一言から生まれたんだ」

「!?

 それは・・・」

「彼女達のたった一言『大陸を欲しい』は人々を誤解させ、大陸を巻き込みながら、大きな争乱となった」

 昔を思い出しながら、たったそれだけで争いが起きたことに驚かされて、捕らえた時のたった三人の少女だった時は唖然としたものだった。

「歌姫たちは、どうなったんです?」

「大罪人としての張宝達は死に、名を捨てた彼女達はある陣営へと引き取られ、今度こそ本当にやりたかった目標へと進んでいったよ。

 もっとも華琳の狙いはそれだけではなかったし、三人を生かした理由が純粋な思いのみから生まれたというわけでもないけどな」

 だが、あれが全て打算だけだったかと問われれば、俺は否定する。

 華琳は三人の人の集める才能のみならず、歌の才も同じように愛していた。そのどちらも無駄にすることのない方法があれだったのではないかと俺は思ってる。

 他人事のように口を出ていく過去の話。

 まるで古びた冊子を捲るような気持ちになりながら、俺は今の冊子へと触れていく。

「けれど、今は違った」

 自分の声音が変わるのを自覚しながら、俺はさらに言葉を続ける。

「樹枝も知っているように、黄巾の乱の真実は十常侍が自分の息のかかった賊を裏から操り、協力した高官達共々が欲を貪っていた」

 言葉に怒気が混ざり、もはやぶつける場所のない感情を抑えつづける。

「三人の歌を利用し、民を扇動して起こった黄巾の乱。

 欲を抱えた十常侍と高官。

 俺達は想定していなかった存在が、ここには居た」

 あれさえいなければ、別の形が存在していたかもしれなかった。

 かつての在り方すら否定して、華琳も俺も別の未来を思い描くことも出来た。

 けれどそれは、あの日に全てが夢想に終わった。

「ならば兄上達は・・・ もし十常侍が裏で糸を引いていなかった場合、どうするおつもりだったんです?」

 察しのいい樹枝の言葉に俺は苦笑し、俺はもうなくなった仮定の話を口にする。

「俺と華琳は、漢を守るつもりだった」

「・・・!」

 目を開いて驚く樹枝に、俺は無理もないと思う。

 華琳中心に物事を考え、おそらくは大陸制覇を目指して策を練っていた桂花の傍にいた者の当然の反応だろう。

「忠臣として漢に尽くし、内側から漢を盛り立てる。

 十常侍と高官達のことは知っていても、まだ修復可能な範囲なら救いようがあると思っていた」

 幸せに生きる方法は、何も華琳が王になるだけが手段じゃない。

 華琳が王になることを選んだのだって、漢のままでは出来ないことがあったからに過ぎない。

 なら、漢を立て直すという方法であっても、才ある者が評価され、それぞれが相応しい仕事に就くことは可能だと思っていた。

「でも、結局は実現されなかった夢だけどな」

 その言葉に樹枝は何かを察したように頷き、言葉にすることをためらいながらも口を開く。

「だから兄上は・・・ 華琳様はあの乱を機に、漢を見限った。

 そして、決意していた。

 十常侍を一掃することも、漢という国を壊すことも・・・」

「あぁ、そうだ」

 誤算だったのは十常侍達の洛陽への情報管理が徹底されていたこと、洛陽への出入りすら困難だったこと。そして、董卓殿を救おうと伸ばした樹枝が本当に内部へと侵入できたこと。

 霞の動きもわからず、董卓陣営の強さも不明。諸侯の動きもまた想像を越え、俺達自身が準備をさほど出来ずに土壇場での対応を迫られたのが今回の結果だった。

「だから俺達は、あの日に誓ったんだ」

 俺は日輪と生き、日輪が照らす世界を守る。

 そして華琳は雲と生き、多くの花々と共に雲があり続ける世界を愛し、守る。

 これは、俺達の誓い。

「どれだけの罪を被ろうと、命を奪おうと、この大陸を変えると」

 十常侍という毒が大陸を蝕み、皇帝が機能していないことが明らかとなった黄巾の乱。

 掌で多くの命を弄び、掛け金のように武器を与え、さらなる利益を自分達の元へと戻しながら、あたかも自分が被害者かのように装っていく。そんな者達が洛陽に蔓延る事実が漢という国の衰退を示していた。

 そして、この反董卓連合という乱は激動の時代を迎えた者達へと贈られた第一の関門だった。

「もうこの大陸は、皇帝の名の下では国を治めることは出来ない。

 十常侍と一部の高官達によって作り上げられた制度によって、民の不満は限界にまで達している。それと同時に、諸侯もまた諸侯でいることに満足できないほどの欲を抱えている。

 だから俺達は、漢の上に新しい国を創る」

 言い訳はしない。

 十常侍からこの大陸を救いたいとか、俺達が守るんだなんて綺麗事を並べる気はない。

 俺達はただ現状に我慢できなくなったから、俺達が正しいと思う考えの下で国を築く。

 身勝手な欲望のままに、ある意味独善的な思想を抱えて、大義も建前も必要とせず、自らが生み出そうとしていく事実のみで作られた言葉を並べる。

 これは断じて、正道ではない。

 武力と権謀によって大陸を治め、大陸を己の在り方へと変える覇道。

「もう、決めたんだ」

 この激動の時代の中に、魏国という永く続く国を創ることを。

 

 

「兄上の話はわかりました。

 ですが、まだ疑問点はいくつか残ります」

 まだどこか厳しい表情でこちらを見る樹枝を、俺は静かに待った。

 まぁ、この件に関してはいくつか想像出来てるんだけどな。

「兄上は何故、月さん達まで救おうと手を伸ばしたのですか?

 むしろ兄上の状況から言って、どうやって抜け出すことが出来たんです?」

 何で救おうとした、か。

 なんか俺、この質問されることが結構多いんだよなぁ。

「俺が抜けだしたことについてはあとで藍陽か、牛金にでも聞いてくれ」

 俺が説明するよりも、実際に行った藍陽と俺の代わりをしていた牛金の方が詳しいだろう。

 しかし、董卓殿を救った理由、か。

「霞が出した条件がそれだったから・・・ かな。

 それに賈詡殿や千里殿の才能を失うのも、他の陣営に流れるのも惜しかったからってところだな」

 俺は少しだけ考えてもっともらしいことを並べると、樹枝は疑うように俺を睨みつけてくる。

「兄上、本当のことを言ってください」

「いや、これも本当・・・」

「僕が、兄上が即興で考えた建前を見破れないとでも?」

 ・・・今まで樹枝が桂花に似てると思ったことはないが、こういうしつこい所っていうか、妙に鋭い所はそっくりだよな。

「実を言うとな、樹枝。

 俺は董卓殿たちの顔を、今回初めて知ったんだよ」

「え?

 ですが、以前・・・」

「かつての俺と彼女達は名前を名乗りあうことすらなく、互いの存在をよく知らないまま通り過ぎて行っただけの存在だった。

 それ以上でも以下でもないし、俺はあの後二人がどうなっていたかも知らない」

 降参するように手を挙げながら、あの時の俺がした愉快な勘違いを思い出す。

 黄巾の乱の時の張宝のようにその容姿すらも作り上げられていった結果、董卓は存在すら怪しい架空の人物へと変わっていった。

 それがあんな華奢な女の子だと、誰が想像できる。

「霞の仲間だったから、樹枝が世話になったから、助けたいから・・・ 理由なんて一つに縛れないほどある。

 でも、どれも嘘じゃない」

「これだから兄上は・・・」

 俺が真っ直ぐ樹枝を見返せば、樹枝は何故か心底呆れたように溜息を零して、眉間へと手を当てていた。

「まぁ今回に至っては、僕も兄上のことを言えないんでしょうがね・・・」

 呆れ混じりにさっきまで正していた姿勢を崩し、樹枝は俺の分も水を渡しながら、水を呷った。

「僕は華琳様に仕える者として、本来ならば優秀な人材を引き抜いてきたと喜ぶべきなのに・・・ それよりもまず華琳様や兄上が司馬家を使ってこの乱の裏を全て操っていたのではないかと疑い、挙句の果てに兄上がいつか話してくれると言っていた部分にすら触れてしまった。

 僕は曹軍の将として失格ですね」

「いいや、そんなことはないぞ?」

 自嘲気味に零した樹枝に対し、俺はすぐさま否定する。

「華琳は樹枝に学ぶ機会を与えただけだ。

 『曹軍の将としてお前を派遣した』なんて事実は、どこにもない」

 俺自身は樹枝が洛陽にいることは連合の幕について知ったことからであり、その後の詳細についても女装していたということぐらいしか聞いていない。

 それどころか、曹軍に所属する誰も樹枝の洛陽での働きについてまったく知らないのが実情だ。

「樹枝、華琳はお前に間者をしろなんて言ったか?

 あの誇り高く、卑怯なことを嫌い、相手の身分が何であろうと・・・ それこそ街の料理人にすら容赦なく言葉を向ける華琳が、そんなことをさせると思うのか?」

 俺は樹枝が洛陽へと行くように指示を出された現場に立ち会ったわけでも、この件に関して華琳と話し合うこともなかった。

 でも、華琳が言いそうなことはなんとなくわかるんだよなぁ。

「華琳は悩んだり、迷ったり、彼女達の代わりに俺に怒ったりする変化を含めて、楽しみにしてたんじゃないのか?」

「・・・!!」

「だから、お前はお前でいいんだ」

 樹枝の頭を撫で、最後に強めに肩を叩く。

「たとえその中に賈詡殿への恋情が含まれてても、それはそれで男として間違ってないんだからな」

「あ、兄上?!

 僕と詠さんは別にそんな・・・」

 最後に冗談交じりに言えば、予想外の反応が返ってきて、俺はさらに笑う。

 『兄上じゃあるまいし』とか返ってくると思ったんだが、これはこれでいい知らせが増えたな。

「照れることじゃないぞ? 樹枝。

 むしろ胸を張れ。

 守りたい者があると、人はいくらでも強くなれるんだ」

「いえ、ですから・・・!!」

 

 そうして俺達は黒陽に呼ばれるまでの間、途中で戻ってきた樟夏も交えて、義兄弟三人の時間を過ごした。

 


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