真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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リアルと戦い、だいぶ苦戦していましたが本編書けました。

さぁ、どうぞ。


 月詠と覇王 【詠視点】

『兄上ならば、華琳様達ならば! もっと早く手を打てたのではないのですか?!

 彼女達が、月さん達が傷つく前に! 洛陽が火の海となる前に! 助けることが出来たのではないのですか!?』

 

『俺と華琳は、漢を守るつもりだった』

 

『どれだけの罪を被ろうと、命を奪おうと、この大陸を変えると』

 

 幕越しにもはっきりと伝わってくる樹枝の怒りと驚愕の事実に僕はただ驚くばかりで、そんな僕の隣で平然としている曹操とほんの少しだけ驚いている樹枝の叔母である荀彧。話に出てきた霞と何故か溜息を吐いてる千里、そして平然としている月がいた。

「・・・曹操、あんた」

「話はあなた達が居た幕に戻ってからにしましょう。

 全てではないかもしれないけれど、樹枝があなたの抱いていた問いのいくつかを彼にぶつけ、それは答えられた」

 確認するように僕へと視線を向けてから、曹操は特に驚きもせずに英雄達が居る幕から背を向ける。

「これ以降の問いは、あなたに限らず誰もが二人の話を聞いた上でのこと。

 それならもう私達がここで立ちつくしている意味も、この幕に入る理由もないわね」

 落ち着き払った曹操の対応に僕だけでなくその場にいる全員が呆気にとられ、いち早く我に返った荀彧がその背を追いかけていく。

 けれど、僕らは曹操の後をすぐに追いかけることは出来ず、その場から動くことも出来ずにいた。

「霞・・・ さっきの話は本当なの?」

「あぁ、全部本当や」

 僕の問いに霞は即答し、少しだけ後ろめたそうにしながら頭を掻き毟る。

「そして、千里は知ってたのね?」

 千里が黙って頷く姿に、僕は頭痛を堪えるようにして頭を押さえる。

「そう・・・」

 『いつから』とか、『どうして言ってくれなかった』とか、いろいろな言葉が喉までこみあげてくる。

 でももし仮に、あの状況下でこのことを説明されて、僕が信じていた可能性は低い。

 かといって共に行動することが確定していた霞と千里のどちらかが隠し事をして、その連携が崩れていた時の危険性もわかる。

 何よりも最早多くのことが起こってしまった今、そんなことを言い合っても意味なんてない。

「千里、この事を恋達は?」

「言ってないよ。

 恋はともかく音々達はいろんな誤解しちゃいそうだったから、今頃は詠達が行くはずだった場所に行ってるんじゃないかな」

 なんとなく、それもわかっていた。

 霞が自分から全員に言わなかったのには理由があるんだろうし、千里が不確定な情報をあの二人(音々音と芽々芽)に伝えるとは思えない。

 霞と千里の行動はその場で取れる最善の手段であり、英雄の行動もまた僕らを殺す気なんてなかったことはこれまでの話と行動からはっきりと伝わってくる。

 だけど、頭で納得できても、感情は収まらない。

 頭の中で子どもみたいに『どうして!』と叫び続ける自分がいて、行き場のない想いが溢れていた。

「詠ちゃん、行こう?」

 未だに頭を抱え続けている僕の手を引いた月に、僕は自分の顔が歪んで、押さえようとしていた感情が表に出ていくのを自覚する。

「月・・・ 月はいいの? 納得できるの?!

 もしかしたら、曹操も英雄もこの事を知っていてやったのかもしれないのよ? それどころか僕らに恩を売って・・・」

 頭ではわかってるのに、口から飛び出ていく疑いの言葉。

 みんなを信じているのに、頭の中を駆け廻る猜疑心ばかりが口に出る。

 積み重なったこの不幸が僕の所為じゃないと思いたいのに、どこかでそうなんじゃないかって不安に思ってる弱い自分を守りたいだけの癖に・・・ その上で猜疑心を軍師として正しい考え方だとでも言うかのように飾り、月に八つ当たりしかけている自分自身に吐き気がする。

 それなのに君主として月に死んでほしくないなんて身勝手を願った自分を、命を拾ってくれた曹操や英雄を疑う自分が気持ち悪い。

「詠ちゃん」

 それなのに・・・

「大丈夫だから、ね」

 僕に向けられた月の声は優しくて、温もりが心地よい。

 僕よりも辛いのは月の筈なのに、牡丹様に預けられた都を誰よりも守りたかったのは月なのに。

「詠ちゃん、いつもありがとう。

 いつも私が行き届かない考えを持ってくれて、ありがとう。

 詠ちゃんと千里さんが私達の代わりに疑ってくれてること、わかってるから。

 私達を守るために考えてくれるんだって、知ってるから」

 月の優しい言葉に僕は何も返すことが出来ず、ただ涙ながらに首を振る。

 感謝なんてしないでほしかった。

 霊帝様も守りきれなかった、洛陽を守れなかった文官()を。

 十常侍の行動を読み切れなかった不甲斐なくて、公としてあるべき軍師が私として君主の死を拒んだ軍師()の事なんて。

 挙句、命を救った相手だけでなく、真名を預けた友であり苦楽を共にした同僚を、仲間すら疑おうとしているこんな人間()の事なんて。

「それにね、詠ちゃん。

 もし、仮に英雄さんが私達を欲しくて救ってくれたんだとしても、樹枝さんが私達をこの軍に引き込むために潜り込んできたんだとしても・・・・」

 

『霞の仲間だったから、樹枝が世話になったから、助けたいから・・・ 理由なんて一つに縛れないほどある。

 でも、どれも嘘じゃない』

 

『僕は華琳様に仕える者として、本来ならば優秀な人材を引き抜いてきたと喜ぶべきなのに・・・ それよりもまず華琳様や兄上が司馬家を使ってこの乱の裏を全て操っていたのではないかと疑い、挙句の果てに兄上がいつか話してくれると言っていた部分にすら触れてしまった。

 僕は曹軍の将として失格ですね』

 

 幕越しに聞こえた英雄と樹枝の言葉に、僕は目を見開く。

「樹枝さんの思いも、英雄さんの行動も、全部が嘘だったなんてこと、きっとないから」

 本当は気づいてた。

 英雄が自分を示す全てを脱ぎ捨て、洛陽へと潜入するほどの価値が僕らにはなくて、それでも手を伸ばしてくれたのは利益なんてものじゃ測れない何かだって。

 わかってた。

 最初の言葉から、樹枝は僕らのために怒ってくれてたんだって。間者があんな馬鹿みたいに全てを晒して、千里に元の所属を知られて普通に過ごせるわけがないってことぐらい。

「・・・女装してる変態の癖に」

 そんな悪態が口をついて出て、千里と霞がにやにやと笑ってる気がするけど、なんだかもう怒る気にもなれなかった。

 

『たとえその中に賈詡殿への恋情が含まれてても、それはそれで男として間違ってないんだからな』

 

 英雄が言ったであろうその言葉に、僕の頬は何故か熱くなる。

「ばっ・・・ バッカじゃない?!

 何、見当違いの的外れなこと言ってんのよ。あの英雄は!

 だ、大体僕があんな女装癖の変態なんかを好きになるわけないじゃない!!」

 やや早口で捲し立てて、僕はきっと怒りで熱くなってる頬を慌てて月から離す。

 そうよ、僕があいつの直接的な言葉で安心したなんて事実はどこにもなくて、あいつがもしかしたら僕らに嘘をついていたかもしれないことで傷ついたなんて、ありえないことなんだ。

「詠、なんやえっらい顔が真っ赤やで?」

「うっさい! 霞!!

 大体、霞がもっと早く僕らに説明してたら、こんなことにはならなかったんだからね!」

 八つ当たり気味に冗談のように怒鳴れば、霞もいつもの調子で舌を出す。

「あーんな泣き顔晒して、顔真っ赤にしとる詠なんてちーっとも怖ないわぁ~。

 なぁ? 千里」

「だよねー。

 まったく、詠も攸ちゃんも素直じゃないんだから」

 霞から言葉を投げられれば、僕を弄ろうと言葉を畳み掛けてくる千里に僕も負けじと怒鳴り返した。

「休憩のたびに樹枝を弄る算段考える千里ほどじゃないわよ!!」

「わかってないなぁ、詠。あれは直属の上司になったあたしの権利だよ?

 おはようからおやすみまで、攸ちゃんを弄る権利はあたしのもの。

 正しくは、女装癖を熱く語ってくれた子があたしに権利を一度託してくれたってところかな?」

 何故か自分の影を見つつ笑う千里のとんでもない発言に僕は開いた口がふさがらず、さっきまで悲しんだり、悩んだしていたことがひどく馬鹿馬鹿しくなる。

「もう、僕はもう先に戻るからね!

 曹操にはこれからのことを聞かなきゃいけないし、この連合はまだ終わってないんだから!!」

「あっ、逃げよった」

「置いていかれたらかなわないから、追いかけないとね。

 ほらっ、月もこんな時ぐらいは詠をからかってあげないと」

 僕に続くような足音と、捕まったらまずそうな二人の言葉に僕はさらに足を速める。

 ていうか、千里! 何、月まで巻き込んでんのよ?!

「え?

 だって、詠ちゃんが樹枝さんのことが好きなんて結構前か・・・」

「月も何言っちゃてるの?!

 僕があいつをす、すすすす・・・・ 好きなんてあるわけないじゃない!

 (すき)でぶん殴りたいとは思ってるけど!!」

 月からの想定外の言葉に僕が怒鳴れば、二人の視線が生温いものへと変わっていて、僕はその場から離脱しようと必死に足を動かした。

 

 なくなってしまったものは確かにあって、後悔は尽きないし、全てを吹っ切ることなんて出来ない。

 だけど、僕らはまだ生きているから。

「最後まで足掻いてやろうじゃない。

 どんな不幸だって、僕は月の傍で詠いつづけるって決めたんだから」

 

 

 

 僕らが元いた幕へと戻れば、曹操は本陣で待っているらしく、僕達を助けてくれた隠密とよく似た女性が案内してくれた。

「来たわね」

 座ったまま僕らを出迎え、曹操はわずかに驚いたような表情をしてから微笑んだ。

「先程とは見間違えるほど、すっきりとした顔をしているじゃない。賈詡」

「フンッ、なんか文句でもある?」

「いいえ、良い表情だわ。

 恋の始まりに触れた、初々しい女の顔だわ」

「なっ!?

 そんなんじゃないわよ!」

 曹操のおもわぬ切り返しに僕が否定しても、曹操のみにならず、その場に集まっていたほぼすべての将が頷いていた。

 だから、違うんだってば!

「最初は皆、そう言うのよね」

 荀彧は何かを懐かしむように言いながら、何故か僕からあからさまに視線を逸らし続けている。

 わけがわからず試しにその視線の先へと移動してみれば、すぐさま視線を逸らされた。何だっていうのよ?

「想いを素直に告げることが出来ず、毒を吐き、拳を振り上げ、足を出し、得物をもって追いかける。

 あるいは初めて抱いた感情に戸惑い、想いを持て余してしまう。

 だが、賈詡よ。何も恥じることはあるまい。

 恋する乙女が誰もが一度は通る、可愛らしくも初々しい道だ。

 なぁ? 姉者」

 噂に聞く夏侯淵が自分の隣に座っている夏候惇に話を振れば、そちらは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 あぁ、よかった。

 恥ずかしいとか思えるまともな神経を持ってるのが僕だけじゃなくて。

「どういう道よ?!

 ていうか、僕は違うんだってば!!」

「まぁ、始めは誰もがそう思うもんやから。

 詠もその内、素直になるわ」

「霞!

 あんた、本当にいい加減にしなさいよ!!」

 まるで自分もそうだったとでも言うかのように語る霞を怒鳴れば、そこにいる全員が笑い、軍にはあまりにも似合わない楽しげな雰囲気が流れる。

 本当に何なのよ、この軍。いろいろとおかしいわよ。

「それで曹操さん。

 あたし達を呼びだしたってことは今後の話をする気なんだろうけど、あなたはあたし達をどうする気なの?

 まさか、あーんな秘密を知ったあたし達をそのまま放逐なんてしないよね?」

 その雰囲気へと一切の容赦なく斬り込んでいった千里は挑発するように曹操を見ていて、曹操も楽しげに千里と視線を交える。

「あなたが『麒麟』・徐元直ね、雛里から女学院でのあなたの話は聞いているわ。

 日々努力を怠ることなく、学問以外の自己研鑽をつみ、個が伸びることに重きをおく女学院の中で他に学を教えることをいとわず、多くの門徒から支持を得ていた。

 あなたを姉や師と仰ぐ子は多かったとまで言っていたわよ?」

「ふわははは、少し育てば凄くなるかもしれない芽が腐るのを見るなんて嫌じゃん?

 あたしが一教えただけで十覚えたなら、それだってもう立派な才能。

 先生が連れてきた時点で、種はあったんだからさ。あとは芽を出すだけなら、少しぐらい土と水で面倒見てあげてもいいじゃない」

 僕達も知らない女学院の頃の千里がしてきたことを聞きながら、千里はどうってことのないように笑って見せる。

「で、曹操さん。

 あたしらをどうすんの? 殺す?」

「あなたが曹仁と交わした約束について、既に夏候惇たちから聞いているわ。

 あなたが洛陽の真実を曹仁に教え、曹仁があなた達を受け入れる。

 そして、将が交わした約束は君主たる私のもの。約束を違えることはない」

 僕と月の知らない約束に僕が千里を見れば、千里は僕らに弁解する気はないらしくむしろ笑っていた。

 だから! あんたは僕らの何のつもりなのよ・・・!

 仲間というよりもこれじゃぁまるで、歳の離れた姉みたいじゃない。

「私達はあなた達に危害を加えるつもりはないし、出来る限りのことはしましょう。

 涼州に戻るもよし、あなた達が避難するつもりだった場所にいくもよし。

 あなた達ほどの才があるなら、どこかへ仕官することも出来るでしょう。ただ一つだけ不可能なのは・・・・ 董卓、あなたがその名で生きることよ」

 一瞬だけ曹操が言いよどんだ事実に僕だけじゃなく、千里と霞も表情を曇らせるけど、その中で月だけが曹操へと目をあわせていた。

「はい、心得ています」

 きっぱりと答える月に曹操は一度眉間に手を当てただけで、一瞬だけ垣間見えた辛そうな表情すらも消してみせる。

「董卓」

 曹操はたった今、公には死んだ者の名を呼び、月もまた返事をすることはなく、ただ静かに曹操を見つめ続ける。

「歴史があなたをどう語ろうとも、私・曹孟徳はあなたが王であったことを。

 あなたが霊帝によって洛陽を任され、尽力したことを忘れない。

 大陸があなたを否定し、多くの者が極悪非道の魔王と残そうとも、董卓の名も、董卓軍の元で力を振るい、忠を尽くした者達が居たことを刻み続けましょう」

 その言葉に、僕の目からは再び涙が零れていた。

 ううん、それは僕だけじゃない。

 千里は笑って誤魔化そうとしてるけど、目尻に光るものがあるし、空を仰いでる霞だって同じだった。

 月はただ静かに手を合わせて頭を下げるのみだったけれど、曹操もまた月に向かって頭を下げた。

 それは二人の王が互いに認め合い、敬意を払った美しい礼だった。

 そして二人の王は同時に頭をあげ、しばしの間見つめ合う。

「迷いのない、いい目ね。

 あなたはもう、自分が進む道を決めているんじゃないかしら?」

 だから僕は、曹操から出た言葉に目を丸くしてしまった。

「流石曹操さんですね、そこまでわかりますか?」

「目は口よりも雄弁に人を語るものよ。

 さぁ、あなたの出した答えを聞かせて頂戴。

 今ここで終わったあなたが、再び始まる姿を責任もって私が見届けましょう」

 その場にいる誰も二人の会話に口を挟むことが出来ず、ただ聞いていることしか出来ない。

「王としての董卓が死んだ今、私は涼州で過ごした頃の・・・ 『断頭姫』と呼ばれた頃の私に戻ろうと思います」

 それほど二人の会話は突然で

「曹操さん、私を将として雇っていただけませんか?」

 衝撃的なものだった。

 


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