真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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いつもより早いですが書けたので。

さぁ、驚いてください。


57,彼女の新しき名

「曹操さん、私を将として雇っていただけませんか?」

 黒陽に呼ばれて会議の幕へと向かえば、幕に入る前に聞こえた董卓殿の想定外の言葉に俺は捲ろうとしていた手が止まる。

 当然俺の後ろについていた義弟達に俺の聞き間違いかどうかを確認すれば、俺同様に驚いた様子の二人が立っている。

 だが、俺達が会議に出席しないわけにもいかず、試すように微笑む黒陽へと頷いて、幕が捲られた。

「冬雲様達をお連れしました」

 重い沈黙が流れている会議の場へと俺達は入ってき、樟夏はいつも通り春蘭と秋蘭の隣へ、俺と樹枝は今回の洛陽の経緯を知っていることを考え董卓殿の隣へと並ぶ。

「はぁ?

 文官ならまだわかるけど、統治をやってたあんたが将って・・・ 正気なの?」

 俺達が話を聞いたことを前提に会議は進み、その場の全員を代表したような桂花の問いに対して、彼女の強さを目の当たりにした俺や樹枝は何とも言えない表情になる。

「その心配はあらへんよ。

 月の強さっちゅうか、殺しの上手さはウチ以上や」

 彼女の強さを的確に表現した霞の言葉に俺は頷き、納得する。

 武というには型も、構えもなく、あくまで自然体に、その存在を殺すためだけの力。

「はぁ? 殺しの上手さって何よ?

 あんた以上ってことはあんたより強いって事でしょ?」

 よくわかってない様子で桂花が問い返せば、霞は大きく溜息を吐いてから言葉を吐き出した。

「わっからんかなー・・・

 月は強い。けど、それはウチや他の将みたいな強さやあらへん。月はただひたすらに鉈で首を刈り取るんが上手い、ただそれだけや。

 でもな、どんな奴やろうと・・・ いんや、どんな生き(もん)でも首刎ねられて山ほど血を流したら、それで終いや」

 霞は手で自分の首を叩いて、斬るような動作を示しつつ、説明を続けていく。

「んでもって月は、相手の首を確実にとりに行く。

 どんな相手やろうと関係ない。

 熊やろうと、狼やろうと、人やろうと、相手が敵で、自分の手に鉈を持った状態なら真っ直ぐに相手の首を狙って、断ち切るんや」

「はぁ? 何よ、それ?

 相手を倒すとか、殺すって、そういうことでしょ?」

 が、根っからの文官である桂花にはその説明ではわからなかったようだ。

 もっともそれは桂花に限らず、言葉の意味を正しく理解している武官の皆も信じられないと言った様子で董卓殿へと視線を向けるか、あるいは真偽を確かめるような目を俺達へと向けてくる。

 当然の反応だと思うし、俺もあの現場を見ていなければ疑っていたことだろう。

「桂花、こればかりは武に精通している者でしかわからない分野よ。無理に理解しなくていいわ」

「で、ですが・・・」

「それでもあなたが知りたいと思うなら、私があとでじっくり教えてあげるわ。

 勿論、武に精通した者が必要だというのなら・・・ 冬雲も共にね」

「ぜ、ぜひ!!」

 華琳が隣に並ぶ桂花に手を伸ばして最後のあたりは耳元で囁くと、桂花は顔を真っ赤にしてるんだけど、何を言ったんだ?

「兄上、あとで喰われますね。誰にとは言いませんが」

「ハッハッハ、お前の言葉で華琳が何を言ったか八割がた想像出来たけど、喰われる心配も、喰う度胸もない奴に言われても、痛くもかゆくもないな」

 隣にいる董卓殿達にも届かない程度の小声でやり取りしつつ、互いの脇腹を小突きあう俺達を華琳の背後に控えた黒陽に咳払いで注意され、渋々とやめる。

「『涼州で過ごした頃』と言ったわね。その辺りのことを説明してもらってもかまわないかしら?

 今の霞の言葉で意味はわかったけれど、あなたの情報はあまりにもわかっていないことが多すぎる。『断頭姫』というのも、その頃の二つ名でいいのかしら?」

「はい」

 華琳の問いかけに微笑みすら浮かべて肯定する董卓殿に対し、賈詡殿の表情は暗く、どこか遠くへと視線を彷徨わせていた。

 なんかこういう表情ってよく見たことがあるんだよなぁと思って隣を見れば、ほぼ毎日のようにそんな表情をしてる義弟と目が合い、何故かほぼ同時に手を叩いて(同じ仕草をして)納得される。

「月・・・ この子が元々涼州を任されていたことは知ってると思うけど、五胡との争いは漢の防壁として有名な西涼だけじゃなくて、今も涼州全土で小競り合いは続いてるよ。

 その影響なのかなんなのか、どうにも荒っぽい気質の人間が集まりやすくてね。その結果がこれというか・・・」

 説明しつつ、段々と何かを思い出しているらしく、視線を遠くに向けようとする賈詡殿を励ますように千里殿が背中を叩いて、代わりに説明するかのように一歩前に出る。

「涼州の人の気質はさ、わかりやすく言うとこの三つ。

 一つ、『強い奴が偉い』」

「二つ、『敵になったもんは殺せ』」

「そして三つ、『いい男は物にしろ』なんですよ」

 千里殿がそう言えば、二つ目を霞が続き、最後に董卓殿がそっと微笑んで告げる。

「「うわ、野蛮人」」

「へう?」

 桂花と樹枝が声をあわせてすぐさま感想を告げ、『どこかおかしなところでもありましたか?』と言わんばかりに董卓殿が首を傾げる。

 でも、何故だろう。

 華奢で儚げ、水のような髪と濃い紫を宿した瞳。低い背丈とその仕草は本来可愛らしい筈だというのに、さっきまでの話を浮かべると冷や汗が流れていく。

「擬態か何かですか? あれ」

「素よ! 大体、あんたは普段のあの子を知ってるでしょうが!!」

「知ってるからこそ、普段の様子と戦う時の姿が一致しなくて困惑してるんでしょうが!」

「だから今まで、僕が情報操作して隠してきたんでしょう!」

 平時なら顔を突き付けるようにして怒鳴りあう二人の姿を見守りたいところだが、今は会議中のため俺が樹枝の首根っこを掴んで遠ざけ、千里殿が賈詡殿の肩を掴んで後ろへと下げてくれる。

「そんなに顔を近づけたら、攸ちゃんと接吻しちゃうよ?」

「なっ! ばっ!! !?☆*%#%$!」

「今は会議中だから、怒らない怒らない。

 あと、最後らへん人語すら放棄してるよー? 詠」

 なんか千里殿はいらんこと言って、さらに賈詡殿を怒らせてる気もするけど、俺は気にしない。俺は、だけど。

「つまり、その子は元からそうだったということね?」

「そうよ。

 呂布や霞、徐庶達が仕官してくるまでは涼州も人手不足で、この子が前線に立って民を鼓舞してたの。そう言う意味じゃ人徳っていうのもまんざら嘘じゃないけど、この子の戦い方を見て『断頭姫』って言って恐れられてたのも事実。

 でも、洛陽を任される人物にそんな二つ名がついてたらどうなるかなんて、考えるまでもないでしょ?」

 賈詡殿の言葉にいろいろと納得し、俺も頷く。

 そんな二つ名と逸話が流れてしまえば今よりも早く董卓討伐があがり、董卓殿達が居たことによって十常侍の表立った行動が抑制されていたものがなくなり、大陸はより悲惨な道を辿っていただろう。

「その割には、あんたの考え方とかは常識人の範囲じゃない。

 さっき言ってた涼州人の気質に、あんた自身はまるで当てはまらないわ」

「そりゃ、僕は両親達が向こうに赴任したからついていっただけだもの。

 僕は最後まであそこには馴染めなかったし・・・ なのに、僕より後にやってきた霞とかは簡単に馴染んじゃったけど」

 桂花の指摘に賈詡殿は肩をすくめて肯定して、恨みがましく霞と千里殿を見るが本人達はまったく気にしない。

「あそこは詠に限らんと、文官には馴染めん土地やけどなー。

 まっ、武官にとっちゃええとこやで? 強いもんが偉いっちゅうんはわかりやすいし、刃向けてきた奴に容赦する必要あらへんもん」

 しかも、この言い草だしな。

「ていうか、よくそんな馴染めないところで出会った月さんと友人になりましたね。

 お二人の出会いは、どんなものだったんです?」

 本当に賈詡殿の表情を見ていたのかと問い詰めたくなるような樹枝の言葉に、俺が止めようとすれば、賈詡殿は諦めたように『止めなくていいわよ』と首を振ってくれる。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、彼女が止めなくていいというのだからいいのだろう。

「この子との出会いは忘れられないわよ・・・」

 やはりというか、賈詡殿は再び視線を遠くに彷徨わせて、空を泳ぐ雲を見つめていた。

「樹枝の馬鹿!

 お前のせいで賈詡殿がまた黄昏てるだろうが!!」

「えっ?! 僕の所為ですか!?」

 むしろどこをどう見れば、他の皆が原因になりえる?!

「庭でご両親を待っていた詠ちゃんが私を見て、突然気絶しちゃったんだよね。

 あの時は心配したなぁ、体が弱い子なんじゃないかって・・・」

「そりゃ同じ年頃の子が、自分の体より大きな熊の生首もって血塗れの状態だったら誰でも気絶するわよ!」

 董卓殿が昔を懐かしむように言えば、すぐさま賈詡殿によって事実が補正される。

 幼い子どもが自分より大きな熊を狩る。

 あれー・・・ そんなことをしてた子が身内に居た気がするんだけど、俺の記憶違いかな?

「子どもの頃に熊狩り?

 そんなこと、誰でも出来るだろう?」

「僕も出来るよー」

 春蘭と季衣の言葉に今度は俺が頭を抱え、賈詡殿は何故か樹枝を鋭く睨みつける。

「樹枝!

 あんたの身内もおかしなのばっかりじゃない!!」

「詠さんには言われたくありませんよ!

 っていうか! そんな出会いをした人と親友になってる詠さんだって負けず劣らず変人じゃないですか!」

「そんなことがどうだっていいって思えるくらい、月を好きになっちゃ悪い?!

 あんたなんてお供に女になりたい男なんて熱弁された癖に!」

 二人が再び怒鳴りあっているのを一部は生暖かい目で見守り、一部は別のことを思い出して噴き出す。

 そんな中、華琳もまた心底楽しそうに笑っていた。

「それで『断頭姫』、ね・・・」

 本当に・・・ こんなことでも笑って受け入れる華琳を大物と取るべきか、変り者と取るべきか迷う。

「あなたは本当に王だったのね」

 華琳の言葉に董卓殿は変わらずに微笑みを浮かべて頷くのみで、王ではない俺達にその真意はわからない。

 それでいいと思う反面、やっぱり羨ましいと感じてしまうのは俺が華琳を一番に知っていたいし、全ての感情を独占したいと思っているからだろう。

「では、改めてあなたの強さは知るのは城に戻った時にするとして・・・ その時は霞か、楽進達と仕合することで示してもらうわよ」

「はい。

 私は勿論かまいませ・・・」

「断固拒否や!

 ちゅうかそれ、ウチの凪がズタズタにされるやん!?」

 華琳と董卓殿が今後のことを話そうとすれば、割って入った霞に華琳は有無を言わさぬ目を向けて微笑む。

 そして霞、さらっと凪を自分の物にするな。凪は俺のだ。

「冬雲、そないないけずなこと思わんと共有しようや~」

「俺の考えてることはバレバレかよ・・・」

 おもわず肩をすくめて苦笑すれば、霞は自分の頬を指差して笑う。

「今度鏡でも貸したるわ、でっかく顔に書いてあるで~。

 ウチらはみーんな俺のもんやっちゅう、独占欲のたっかい気持ちがな」

 そりゃ、隠す気なんてないからな。

なんてことは流石に言えずに笑って誤魔化せば、場の空気を変えるように桂花が手を叩いて注目を集めさせる。

「あなたを雇うということがほぼ確定した以上、あなたには名が必要ね。

 何か希望はあるかしら?」

「曹操さん、私の終わりと始まりを見届けてくださるというのなら、あなたからその名を賜りたく思います。

 そして、ここに居る一人の者として持っている、ただ一つの名を皆さんに受け取っていただきたいです」

 名を重んじるこの大陸で、名を捨てるということがどれほどのことなのかは自ら名を捨てた俺にはわからない。

 けれど華琳は、天和達にそんな経験をしてほしくなかったから黒陽達にあの指示を出し、名を守った。

 本当なら華琳は、彼女にすら名を捨ててほしくなかったのだろう。

 だが、董卓殿はその事実すら受け止めて、前を向いていた。

「私の真名は、(ユエ)

 私が渡せる唯一のものを、どうぞお納めください」

「・・・確かに受け取ったわ。

 あなたも私を華琳と呼びなさい」

「はい、華琳様」

 月殿に続く形で詠殿と千里殿とも真名を交わし、華琳もまたそれをしっかりと受け止めていく。

 それにしても日輪と月輪、か。

 そこに陽があるわけでもないのに何故か眩しく感じて、俺はおもわず目を細めてしまった。

「月、あなたの名前なのだけど・・・」

「もうお考えになられたのですか?」

 華琳の言葉に驚いたのは月殿だけでなく、そこにいる全員が同じだった。

 いやだって、真名を預けられたのはついさっきだし、会ったのだってそんなに時間が経ってないだろう。

「えぇ。

 名がないのは不便でしょうし、全ての者に真名を明かして回るわけにはいかないでしょう?」

「は、はい」

 月殿の戸惑いはもっともだが、割って入れるような空気ではないので場は静まり返り、聞こえるのは華琳の言葉のみとなる。

「あなたの名は徐晃、徐公明よ。

 新たな将として迎え入れたあなたへと渡す祝儀の品、受け取ってくれるかしら? 月」

 華琳の言葉に俺はさらに目を開かされ、ただ驚くばかりだった。

 史実の話なんて秋蘭の一件以外華琳に話すことはなかったし、その名の意味を華琳はこれ以上語る気はないとでも言うように、ただ静かに彼女が受け取ってくれるのを待っている。

「確かに頂戴いたしました。

 ありがとうございます。華琳様」

 そしてこの瞬間から、彼女の名は徐晃となる。

 月殿は嬉しそうに微笑んで受け取り、詠殿は涙を流して喜び、千里殿はそんな二人を後ろから抱きしめた。そんな様子を見た霞が我慢できるわけもなく、千里殿の後ろから勢いをつけた状態で飛びこんでいった。

「危ないわよ! 霞の馬鹿!!」

 詠殿から文句が出るが、霞がそんな言葉を気にするはずがない。

「私以外の者の真名は、折を見て受け取りなさい。

 今この場で渡すには人数が多すぎるもの。ただ・・・ 曹仁」

「あぁ」

 久しぶりにそっちの名を華琳に呼ばれ、なんだかくすぐったい気持ちになりながら答えれば、華琳は月殿を指差した。

「あなたは先に真名を渡しておきなさい。

 会議後、西涼の馬騰があなたとの面会を希望しているから、渡している暇がないでしょうしね」

 初めて聞いた情報もあったが仕方ないと思い、俺は月殿へと向き直る。

「俺の姓は曹、名は仁。字は子孝。そして、真名は冬雲だ。

 改めて初めまして、月殿」

「はい♪ これからも末永くよろしくお願いします♪」

 俺が握手を求めて手を伸ばせばその手はしっかりと掴まれ、輝かんばかりの笑顔を向けられる。

 ん? 『末永く』?

「あんた、涼州人の気質の三つ目、もう忘れたなんてことはないわよね?」

 月殿にくっついたままの詠殿の言葉に、俺の背へと視線が集中しているのを感じ、嫌な汗が流れた。

「『いい男は物にしろ』

 馬騰さんともなんだかんだで交流あるみたいだし、気を付けたほうがいいよー? 冬雲さん?

 じゃないと、『西涼の女狼(めろう)』にかじられちゃうかもよ?」

「クックック、さっすがウチの冬雲。

 どこもかしこでも、もってもてやな」

 にやにやと笑って千里殿と霞に弄られながら、俺は今後のことを考えて溜息が一つ零れ落ちていった。

 


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