真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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この後、すぐに後編を投稿します。


58,西涼の狼 前編

 月殿や詠殿達はとりあえず幕内にて復興作業に必要な書簡などの手伝いをすることが決まり、その他のこれからはとりあえず陳留に戻ってからとなった。

「戻ってからは、これまで以上に忙しくなるわ」

 その言葉に秘められた多くを察するように、その場にいた者達が嬉しそうに口角をあげていく。

 明言されずとも、俺達にはわかる。わかってしまう。

 この乱世に、鬼に委ねられた国がついに誕生しようとしている。

 華琳が統べ、俺達が守り支えていく愛しき魏国がこの乱世に築かれる。

「皆、頼りにしているわよ」

 信頼と期待がのせられた責任は重く、役目もまた重大。

 けれどこの場に居る誰もが、その重みでつぶれるような柔な存在じゃない。

おぅ(はっ・はい)!!』

 一つに揃った返事に華琳は満足げに笑って、手を振り上げた。

「では、解散。皆、各々の責務を果たしなさい。

 冬雲。あなたはさっき言った通り、この後は馬騰との面会よ。そちらもしっかりこなしてきなさい。

 それから樟夏、あなたと公孫賛の婚約の一件については夜にでも話を詰めるわ。

 それ以外にもう一件彼女から話があるとのことだから、樟夏以外に桂花と黒陽も同席なさい」

「はい、華琳様。

 あちらからは公孫賛が一人で来るのでしょうか?」

「いいえ、風が来るとのことよ」

 そのやり取りに俺はもういいだろう想い退席しようと背を向ければ、俺の頭に書簡が命中する。

「何、関係ありませんって顔で退席しようとしてんのよ。馬鹿」

 なんか久しぶりに桂花にこういう暴力振られた気がするなぁとか思ってにやけていると、樹枝が本気で俺の正気を疑うような目を向けてくる。

 だが、そんな視線を俺が気にするわけがない。むしろ、桂花に似ている詠殿を好きになったお前が言うのかとかいろいろ・・・ ハッ! こいつ(樹枝)の初恋ってまさか・・・

「冬雲、当然あなたにも夜の会議にも出席してもらうわよ。

 あなたは、樟夏の二重の意味で兄なのだから」

 え? ちょ、華琳さん?

 それを今ここで言うのって・・・ あの・・・

 真面目な顔をしているにもかかわらずわざとらしく告げられる華琳の言葉に、俺の表情は硬くなる。

「ふふっ、華琳様も可愛らしいですね。

 正妻は揺るぎそうにありませんけど・・・ その次ぐらいは狙ってもいいですよね?」

「はっ?!」

 位置的に俺の近くにいた月殿がそんなことを言い放つと周囲がざわめき、一部からは穏やかではない気が感じられ、何故か俺にも視線が集中していく。

「さっすが兄者、もってもてですねー。

 樟夏の野郎も僕が知らない間に婚約とかしやがったみたいですし・・・ 樟夏、あとで僕の幕の裏に来いや」

「かまいませんが、今の私はとても強いですよ?

何せ生涯をかけて愛し、守りたいと思った女性と両想いですから。

 洛陽の都で女装生活などという貴重な経験を積んだあなたの実力も、ついでに確認しましょうか?」

「あぁん?」

「やりますか?」

 樹枝は樹枝で樟夏と睨みあって、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めてしまいそうだ。

 ていうか樟夏、両想いで嬉しいからって随分強気だな?!

「ふふっ、その次の座も競争率は激しいわよ?」

「そのようですね」

 会話的にもその場に居づらくなった俺は少しずつ幕の出入り口へと近づき、その場から逃げるように幕を捲る。

「それじゃ、俺は馬騰殿を待たせるわけにはいかないからこれで!」

「えぇ、いってらっしゃい。

 季衣、護衛としてついていってあげなさい」

 不意をついたつもりだったにもかかわらず、華琳はいつも通りどころか護衛までつける準備の良さ。

 なんか本当に奥さんみたいだと思ってしまったが、この状況では混沌しか生まないので胸の奥に沈めておく。

 だけど俺の行動がみんなに読まれすぎてて、嬉しい反面たまに怖くなるんだよな・・・

 

 

 

 白陽と季衣と共に訪問用に用意された幕の準備を整え、馬騰殿を出迎えられるようにしておく。

「西涼太守・馬騰殿が参られました」

 聞き慣れた兵の声を聴き、俺が出迎えれば、数日前に会った馬騰殿が俺へと笑いかけてきた。

「ようこそ、馬騰殿。

 どうぞ、座ってくつろいでください」

「悪いね、連れが二人ほどいるんだが・・・ いいかい?」

 その言葉に視線を移せば、馬騰殿とよく似た二人の少女が立っており、おもわず首を傾げてしまう。

「あぁ、アタシの娘の馬超と姪の馬岱だ。

 英雄に見える機会なんて早々ないからね、勝手だとは思ったんだが連れてきたんだよ」

「いいえ、かまいませんよ。

 初めまして、馬超殿、馬岱殿」

 軽くお辞儀をしてくる後ろの二人に俺もお辞儀を返し、入るように促す。

 白陽も季衣もすぐさま席を用意してくれたので、視線でそれを労った。

「それで、本日はどのようなご用件で?」

 全員がその場に座り落ち着いたところで問えば、馬騰殿は肩をすくめた。

「ふふっ、あんたと軽い世間話がしたくてね。

 洛陽は焼け、悪の元凶とされた董卓は行方知れず、洛陽の復興は余力もあった曹操軍や劉備軍が行い、連合は解散にも等しい状況。

 しかも、復興と言っても街にほとんど民はなく、被害は家屋ばかりで支援が必須な民は本当に一握り。

 アタシ達をまとめる袁紹軍は、まるで肩すかしでもくらったように黙ったままだ」

 真剣にこちらを見つめる瞳は、ありのままに今の連合について語っていく。

 こちらから見た連合の様子自体は樟夏から軽く聞いてはいるが、それはあくまで俺達の陣営の事ばかりだったため、こうした情報は素直にありがたかった。

「そこで、アタシはあんたに聞きたいことがある。

 英雄、あんたはこれからどうするんだい?」

 飾ることのない言葉、真っ直ぐな問いかけに俺はおもわず苦笑してしまう。

 どうにも上に立つ者になればなるほど飾ることを嫌い、相手に対して真っ直ぐな対応が多い気がする。

「単刀直入ですね、馬騰殿」

「あんたに言葉を飾っても仕方がないだろ?

 それに、あんた達ならこの連合の裏を知っていそうだしねぇ」

 その言葉に馬騰殿の右に座していた馬超殿が目を向くが、左側に座する馬岱殿は何故か頭を抱えていた。

 後ろの対照的な反応も気にかかるが、今はそれ以上に馬騰殿の方へ集中することを心がける。

「この連合は袁家が中央を・・・ いいや、この大陸を家の権力を使って、手を伸ばそうとした茶番さ」

「それ、どういうことだよ?! 母さん!!」

「お姉様、落ち着いて!」

 馬騰殿の言葉に馬超殿が立ち上がり、そんな彼女へとすぐさま馬岱殿の注意が飛ぶが彼女は座ろうとはしなかった。

 だが、馬騰殿も自分の娘を相手にすることもなく、俺へと視線を向けたまま言葉を繋いでいく。

「袁家が何も言ってこないのも、大方お抱えの劉家の血をわずかでも持つ者でも用意しているんだろう。

 アタシ達は劉家に忠誠を誓い、劉家の命によって五胡から大陸を守る漢の防壁さ。

 そうある以上、劉家を蔑ろにしなければ何をしたってかまいやしない」

 遠回しに劉家の敵となった者に容赦をしないことを語りながら、馬騰殿は語り続ける。

 そして最後に俺を指差し、首を振る。

「けど、あんたは違う。

 天から降りてきた二つの星たるあんた達は、この国にも、皇帝にも縛られることはない。

 なぁ、赤の遣い殿よ。

 あんたはこの大陸に舞い降りて、何を成すんだい?」

 心臓を射ぬかれるような言葉、こちらを見透かすような内容。

 かつての俺なら動揺し、ありのままに語って飲まれていただろう。

 だが、今は違う。

 踏んだ場の数が、向かい合った人の数が、そして・・・ 王たる彼女を見てきた俺が動揺することはない。

 答えない俺に対して何故か嬉しそうに口角をあげ、馬騰殿はさらに言葉を続けていく。

「白の遣いと劉備殿は、その思想こそ幼いがしっかりと答えを出そうとしていることがわかる。

 だが、あんたは違う。

 いいや、正しくはあんたの主である曹操は違う。

 周囲に隠すこともない志を抱き、才ある者を集め、地盤を固めるがごとく、一つずつ確実に事を成し、挙句先の乱では側近から英雄すら生まれさせた。

 この軍がこの先において何もしないなんて、諸侯の誰も思っちゃいない。

 なぁ、英雄殿よ。

 一人の遣いは王として歩もうとしている中、あんたは何をするんだい」

 これが英雄・馬騰。かつて華琳が相見えることを願った、王たる存在。

 その気持ちが今、少しだけわかった気がする。

 俺が何をするか? そんなことは決まってる。

 降りてきたその日から・・・ その前から、俺が見たいものは一つだけ。

「私はただ、我が主・曹孟徳に従うのみ。

 この世に降りて彼女から名を貰ったその時から、私は何があろうとその背を支え、守ることを誓いました」

「へぇ・・・

 白が万民の幸福へと目を向けるのに対し、あんたはただ一人へと忠を尽くすってかい?」

 挑発するような馬騰殿に、後ろからは若干怒気を感じるがそれにかまわずに俺は頷いた。

「えぇ。

 万民の幸福も、この大陸の未来(さき)も・・・ そして私達の幸せも曹孟徳の歩みの先にある。

 私はそれを誰よりも・・・ 再びこの地へ舞い降りてしまうほど、見たかったんですよ」

 俺の言葉に馬騰殿が嬉しそうに笑ったが、その口が言葉を紡がれる前に大きな音が響く。

 

「何だよ! それ!!」

 

 それは馬超殿の怒鳴り声と、怒りによって振り上げられた拳に壊された机の発する音だった。

「母さんも! あんたも!

 袁家の企みも、全部わかってて参戦したっていうのかよ!!」

「お姉様、お願いだから落ち着いて!」

 怒りを露わにする馬超殿を宥めようと馬岱殿が立ち上がるが、彼女の怒りは先程まで言葉を交わしていた俺と馬騰殿へと向かっており、話を聞いてはくれないだろう。

「これ以上、黙ってられっか!

 袁家の茶番に振り回されて、いいように使われて! 自分達の保身のために動いて、罪のない董卓を殺したっていうのかよ!?」

 後ろに控える二人(白陽と季衣)に手出しは無用と合図を送りつつ、俺はただまっすぐな彼女の怒りを受け止めていく。

「あぁ」

「知らなかったのはあんたと、一部の馬鹿な諸侯ぐらいなもんさ。

 それと董卓は行方知れずってだけで、死んだなんて断定されていない。情報を自分の都合よく改竄するんじゃぁないよ」

「っんだよ・・・! それ!」

 俺達の肯定に対し、さらに怒りを露わにして彼女は拳を握りしめ、歯を食いしばっていく。

「だから母さんもあんたも、何もしなかったっていうのかよ!」

 『何もしなかった』

 そう、その通りだ。この連合で、俺は何も出来なかった。

 『英雄』という立場に縛られて、身動きもとれず、最後の最後に苦し紛れの賭けをした。

「何が英雄だ! 何が劉家への忠義だ!!

 そんな言葉を飾って、結局母さんもあんたも何も守りやしなかった!!

 何も変えようとも、何かを救おうともしないで! こんなところでこれからの話なんて欲をぶちまけて・・・・!!

 結局あんた達は自分のために袁家の茶番すら利用した、ただの悪党じゃないか!」

「あぁ、その通りだ」

 守りたい・救いたいと言って、全力を尽くすと言って、俺は何も出来なかった。

 だから俺は、彼女の言葉を受け止めるべきなのだ。

 愚直と言っていいほど真っ直ぐで、純粋な気持ちで言い放たれる言葉こそが民の思いの代弁だと感じたから。

「てめぇ・・・!」

「お姉様! 駄目!!」

 

 彼女の拳が俺に落ちるよりも早く、乾いた音が幕に響く。

 

「なっ・・・ 何すんだよ! 母さん!!」

 それは馬騰殿が馬超殿の頬を叩いた音であり、俺はただ静かに馬騰殿の背を見守る。

「じゃぁ、あんたは何か出来たのかい? 翠」

 俺に向けられていたものとは違う、冷たい声が重く響いていく。

「知ってて何もしようとしなかった母さんが言うのかよ!!」

「もう一度、わかりやすく言ってやるよ。

 何も知らないで槍を振るってただけのあんたに、英雄殿を責める権利があるのかい?」

「それは・・・!」

 怒気の孕んだ声に臆することもなく言い返していく馬超殿に対し、馬騰殿は変わらない。

「何でもかんでも饅頭みたいに二つに割れるわけじゃない。

 いい加減、それくらい覚えな」

「そんなことわかってる!」

「いいや、わかってないねぇ」

 拳が何かにぶつかる音がして、馬超殿がその場にうずくまり、頭を押さえているところから馬騰殿が彼女を殴ったことがわかった。

「いつまでも癇癪を起して喚く餓鬼のままでいるんだい、この馬鹿娘が」

「大人になるっつうことが全部を諦めることなら、こっちから願い下げだよ!」

 そう言って彼女は身を翻して、幕の出入り口へと向かう。

 が、何を思ったのか、その場で立ち止まり、まっすぐ俺を指差した。

「英雄、覚えとけ!

 あたしはあんたを認めない!!

 強い癖に、英雄の癖に、知っていたのに何もしなかったあんたを絶対に許さない!」

 いっそ心地よくすらある宣言を言い放った馬超殿は、俺の返事を待たずに幕を飛び出していく。

「お姉様!

 あぁもう! 叔母様ももっと言葉があったでしょ?!

 どうして、お姉様にだけあんなにきつくなっちゃうかなぁ!」

「・・・ふんっ、さっさと追いかけな。蒲公英。

 それは副官の役目さ」

「本来は叔母様がやるべきことじゃん!

 叔母様とお姉様、どっちかが素直になれば済む話だっていうのに、この親子はーーーー!!」

 ひとしきり怒鳴った馬岱殿は俺に気づいたらしく、その場に屈んだと思ったら、その姿勢は想定外のものだった。

 三角を作るように揃えた手の間を拳大ほどの間を開け、足は膝から下をべったりと地面につけてそのまま座る。そして、腰から上を先程揃えた手へとぴたりとくっつけるようにして深々と頭を下げる。

 そう、日本でも有名な土下座である。

 馬岱殿の思わぬ行動に、『あっ、こっちにも土下座ってあるんだ』とか阿呆なことを考えたのはひとまず置いておき、俺は彼女へと視線を向けておく。

「本当にすみませんでした! 英雄さん!!

 お姉様は馬鹿だけど、本当に馬鹿正直でまっすぐで考えなしですけど・・・ でも、悪い人じゃないんです! ただその・・・」

 ・・・別に俺、怒ってないんだけどなぁ。

「頭をあげてください、馬岱殿。私は全然怒ってませんから。

 それどころか、救われてすらいるんですよ」

「え・・・? 救われたって、どうしてですか?!

 だってお姉様、かなり言いたい放題言いましたし、もっと言うならこの場で斬られても・・・」

 流石に英雄にも領主の娘を斬る権利とかはないと思ったが、それもひとまずは置いておき、土下座する彼女の肩を叩いて俺は視線を合わせる。

「私は実際、『英雄』という立場に縛られて、何も出来ませんでしたから」

 理解しているからこそ、皆は俺を責めてはくれない。

 俺自身が納得していなくとも、今回の結果を上出来だと言ってくれる。

 でも俺は、誰かに面と向かって指摘してもらいたかったんだろうな。

「私は自分が何も出来なかったことを、誰かに責めてほしかったのかもしれません」

「英雄さん・・・」

「だから、馬岱殿が気にすることもありませんし、頭を下げる必要もないですよ」

 俺が告げれば、馬岱殿は何故か頬を赤らめてぼんやりと見つめた後、頭をぶんぶんと降って、頬を叩く。

「うっわ・・・ この人ヤバい。

 人としての器が違うっていうか、何なのこの安心感?!

 って! そんなこと考えてる場合じゃないーーーー!」

 何やら俺に聞こえないぐらい小さく且つ凄く早口で言われたので内容は理解できないが、焦ってることはよくわかった。

 だから、彼女の手を取って立ち上がらせ、わずかに埃のついた足元や手を払ってあげる。

「どうか、彼女を追いかけてあげてください。

 気持ちが荒れてる時、心許せる人が傍にいるだけで景色は全然違って見えるものですから」

「あ、ありがとうございます・・・」

 だから、なんで頬を染めるんだろうか?

 地面に強く押し付けてたわけじゃないと思うけど、馬騰殿と馬超殿に怒ってたからか?

「それじゃぁ私はこれで、失礼します!

 叔母様! 英雄さんに失礼のないようにね!」

 そう馬騰殿に言い残して去っていく馬岱殿を見送り、馬騰殿は溜息を零した。

 


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