真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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サブタイトルが何だかシンプルになってしまいました。

作者の諸事情により、来週の日曜まで投稿が出来なくなります。
その間、考えることは出来ますがおそらく書ける環境に居ませんので、次の投稿は遅れます。
誠に申し訳ございません。

文章中におかしな点がございましたら、感想等によろしくお願いします。



6,覚悟

「華琳、入るぞ」

 日は落ち、町は既に静まりかえっている時間、俺はいまだ灯りがともったままの華琳の部屋を訪れた。

「来ると思っていたわ、仁。

 さぁ、報告をしてもらいましょうか」

 書類を傍らに置きながら、おそらくは俺の要件がわかっていたのだろう春蘭と秋蘭も待機していた。

 そして、もう一人俺は始めて出会う女性がそこに居た。

 白陽と同じ青みを帯びた白い髪、その目元と口元は何が楽しいのか笑っているように見える。

「華琳、彼女は?」

「あぁ、仁は初めて会うのね。黒陽」

 華琳の言葉に彼女は俺の前へとふわりと立ち、恭しく頭を下げた。

「姓は司馬、名は朗、字は伯達。真名は黒陽(こくよう)と申します。

 黒陽とお呼びください」

 そう言って彼女は俺の手をとって、突然その場に跪いた。

「えっ?」

「妹を、白陽を救ってくださり・・・・ ありがとうございます。

 本当に、なんと感謝すればよいか・・・」

 戸惑う俺を置いて、彼女は俺の手へと顔を当てるようにして頭を下げていた。

 彼女の涙が俺の手を濡らし、それでも彼女は感謝の言葉を俺に告げた。

「救うなんて、思ったことを口にしただけで。

 それに俺がしたことなんて、大したことじゃないよ」

 彼女が今まで命を絶たずにいれたのは、涙を零すほど思ってくれた家族が居たからだろう。

 どれほど周りに否定されても、どれほど自分自身で嫌っても、それでも立っていられたのはきっと、最後の最後に彼女を現世に留めるものがあったからだ。

 そうでなければ彼女は、どんな反対があったとしても自ら命を絶っていただろう。

「あなたたち家族がいたから、彼女は生きていられたじゃないかな?

 それに比べれば、俺がしたことなんて最後の一押しくらいだよ」

 俺は彼女へと手拭いを渡しながら、その頭を撫でる。

 俺がしたことは、出会ったばかりの他人だからできたことでしかない。

 『彼女を否定しない』たったそれだけ。

 周りに否定され続けてきただろう彼女だからこそ、それがどれほどの喜びだったのだろう。

 否、むしろ家族以外のものから己を否定されるということはどれほど辛かっただろうか。

「変わった方ですね、あなたは」

「そうかな? 俺は思ったことを正直に言ってるだけだよ」

 涙を拭いて笑う彼女は、どことなく白陽と同じ陽のような温かさがあった。

「仁、黒陽、そろそろいいかしら?」

 苛立つ様子もなく、華琳は微笑んでいた。

 その目が語るのは俺への労い、俺はそれに対してわずかに笑って答えた。

「あぁ、華琳」

「はい、華琳様」

 黒陽はすぐさま後ろへと下がり、俺はその場で居住まいを正す。

 俺が来ている服はここに来た時のジーパンとシャツではなく、華琳が特注で用意してくれた礼服。

 全体は深い紫が包み、襟や手首などはおそらくはかつてのイメージが抜けなかったのだろう白が使われ、その白の上に赤の線が奔らされた意匠。そして、背中の内側には大きく『曹魏』の文字が刺繍されていた。しかも、これは華琳が自ら縫い込んだものらしく、魏の文字の下には小さく『華』と足されている。

 俺が支えたいと願ったことすら、お見通しだとでもいうような手際の良さが恐ろしく、同時にとても可愛らしく見えた。

 俺は華琳の前に立ち、跪いて手を伸ばした。

「華琳、この世界で最初に俺の真名を受け取ってくれないか?」

 それはまるで天で見た、愛する女性へと求婚する騎士のような姿勢。少し気障だったかもしれないと、内心で笑う。

「えぇ、仁。

 あなたの真名、誰よりも先に私が預かりましょう」

 そんな俺のことを笑いもせずに、華琳は俺の手に自分の手を乗せる。

「俺の真名は冬雲。

 白陽曰く『冬の空に優しげに浮かんでは、空を覆って日を隠す。大地を見下ろしては楽しげに風に舞う』そんな雲らしい」

 自分で言ってみても、過大評価だと感じる。

「俺は魏の空に浮かび、華琳(日輪)を包む雲となってみせるよ」

 『背負う』という言葉を使えないのが、実に俺らしい。意気地がない、ともいうかもしれない。

「良い名だわ、冬の雲。

 あなたにしっくりくる、素晴らしい名」

 だが、華琳はそうは思わなかったらしく満足そうに微笑んだ。

「確かに受け取ったわよ、冬雲。

 私の傍で、共に在りなさい。魏の雲、私の愛しい仁」

 そして、華琳が視線を春蘭、秋蘭、黒陽に向けると三人は察してすぐさま俺の元へ来た。

 俺は立ちあがり、三人をしっかりと見つめた。

「春蘭、秋蘭、黒陽」

「うむ!」

「あぁ」

「はい」

 本当にこの国に集まる人間は協調性がないよな、返事を合わせる気が全くないし。

 まぁ、だからこそ華琳によってまとまってるんだろうが。

「俺の真名は冬雲だ、受け取ってくれ。三人とも」

「確かに受け取ったぞ! 冬雲!!」

 俺がそう言って笑うと、まず春蘭から拳と共に気持ちの良い返事が返ってきた。

 俺は何とか春蘭の拳を掌で受け止めると、春蘭はさらに笑みを深めた。

「・・・・冬雲、か。華琳様の元に四季が揃ったな? 冬雲」

「建国の暁には、三人で『曹魏の四季』とでも名乗るか? 秋蘭」

 俺は秋蘭の言葉にそう返すと、秋蘭も満更でもなさそうに微笑みを浮かべてくれる。

「妹がつけた真名ですか、不思議なものです。

 出会ったばかりの私ですら、その名がしっくりくるなんて」

「そうなのか? 俺自身はもったいない名だと思うよ。

 華琳にもらった名と、白陽にもらったこの真名に恥じない生き方をしないとなぁ」

 俺は頭を掻きながらそんなことを言うと、四人が顔を見合わせて笑う。

「な、何だよ? 四人とも」

 俺はわけがわからず、首をひねったが四人の笑いは止まる様子はない。

「ハハハ、冬雲は本当に馬鹿だな!」

「知らぬは亭主ばかりなり、とはよく言ったものだな。黒陽」

「これで自覚まであったら大変よ、秋蘭。

 行く先々で彼と話した女性が皆、彼について来てしまうわ」

「大丈夫よ、冬雲は私の元へ帰って来るために居るのだから。

 自覚があったとしても、この雲はここでしか雲にはなれない」

 楽しげに話す四人を見ている。ただそれだけで、とても温かな気持ちになる。だが、ずっとそうしているわけにもいかないだろう。それに、もう夜も深い。

「そろそろ俺は行くぞ。

 華琳、白陽にいろいろと動いてもらうが、かまわないよな?

 それから明日の休みは少し町に出てくるよ」

 俺がそう言って扉の前に行くと、華琳は俺の言葉の真意を読み取ろうとしている気がした。

「・・・・・フゥン、何をする気? 冬雲」

「一つはお前がかつて望んだ戦を、もう一つは現状次第かな?」

 一つは出来ることがわかっている。願わくば、手遅れでないことを祈ろう。

 もう一つは情報が欲しい。白陽ならば実行は可能だが、あとは相手の判断次第と言ったところだ。

 彼女を救う利点はあるが、今後のことを考えれば非常に危険でもある。

 いや、それはどっちも同じか。

「欲しい情報は何?」

「海に住む大虎の生死」

 短く答えると華琳、秋蘭、黒陽は驚いたようだった。

 春蘭は意味がわからず首をかしげているが、真剣な空気を察して口を挟んではこない。

「危険ではないか? 冬雲」

 まず口を開いたのは秋蘭だった。

「どっちも安全ではない。それに先を考えれば、しない方がいいとは思う」

 その通り、けして安全ではない。俺の言葉を信じるかどうかもわからない。

 仮にうまくいったとしても、その先で大きな障害となって現れることだろう。

「ですが、恩を売っておいて損はないとも取れるわ」

 黒陽の言葉に俺は頷く。それも事実だ。

 いつ返されるかはわからないが、売れる恩は売っておきたい。

 二人の言葉を受けて、華琳を見た。

 最終的な判断は彼女のもの、俺がしたのは俺が出来る範囲でのことだ。俺が持ち得る力を使って、この二つを何とかすることが出来る。

 そして華琳は

 

 腕を組んで、心底楽しそうに笑んでいた。

 

「冬雲、あなたはどこまで私を喜ばせれば、気が済むのかしら?」

 言葉には隠すことのない歓喜に満ち、戦意が溢れ出てくるのが見えるようで、そんな彼女すら美しいと見惚れてしまう俺は、どれだけ彼女を愛してしまっているんだろう。

「どこまでも、だよ。お前のために雲はある。

 日輪の輝きを大陸に広めるために、時には影すら作ってその輝きの尊さを教えないとな?」

 俺の大好きな華琳の笑みを見ながら、俺も微笑む。

「思う存分、やりなさい。

 私はその全てを飲み込んで、先へ進むわ」

 許可は降りた。ならば俺も、迷うことなく行動するだけだ。

「あぁ、俺がやれる範囲でやるさ」

 そう言って部屋を後にした

 

 

 通路は月の明かりのおかげか、目が慣れるまでの時間も必要なかった。

「月、か・・・・」

 今宵は淡い白のような色をした満月、俺をこの世界から奪ったあの日と同じ色。

「・・・・白陽、いるか?」

「お傍に」

 すぐに返ってきた返事に、俺は驚くことはない。

 おそらくは華琳にとって黒陽がこんな存在なのだろうことも、予測がつく。

「話は聞いてただろ?」

 言葉は少なくていい。少ない言葉を彼女は理解してくれる。

「はっ。私が居ない間は妹たちがお傍に居りますので、いつでもお使いください」

「あぁ、ありがとうな。

 それから念のため二人ほど連れて行ってくれ。

 何もしてこないとは思うが、万が一にでも白陽を失うわけにはいかない」

 過保護かもしれない。だが、本能で生きる獣の勘は常人では測りきることは不可能だろう。

 俺もまだまだ経験不足、ここで自分の判断を過信して、間違えるわけにはいかない。

「承知いたしました」

 短い返事を背で聞きつつ、背後の気配が消えるのを感じていた。

「まず一手、か」

 おもわず溜息が零れるが、まだ安心はできない。

 白陽たちが無事に戻ってくるまで、この不安は拭われることはないだろう。

「ハハッ、今日から寝れるかな?」

 本当に心臓に悪い。だが、華琳を始め魏の軍師たちはこの思いを常に戦場で抱えてきた。

 たった一つの指示、たった一つの命ですらここまで重いというのに、幾千、幾万の命と真名を預けた多くの仲間たちの命を背負ってきた。

 己の軍を、将を、仲間を、民を信頼しなければそんなことは出来ない。

「凄いなぁ・・・・ みんな」

 桂花も、風も、稟もそんなことを顔にも出さずに、弱音すら吐かずに立ってきた。

 多くの死と、仲間の死の可能性を考えてなおも立ち向かっていた。

「俺は・・・・・ あの時、何も知らなかったんだな。

 天の知識だけ持って、何も出来ていなかった」

 力がないことを理由に部隊に指示を出し、ただしがみつくのに必死な毎日だった。

 置いていかれないように、必要なことを詰めこんで『命』など、他の視点なんて考える暇がなかった。

 だがそれも、今となってはただの言い訳でしかない。

「今更だけど、俺も背負うからな?

 全部を背負うなんて言えないのが不甲斐ないけどさ、その一端でも担ってみせる」

 誰も聞かない独白、誰が聞いていてもいいと思う。

 わかる者にはわかるし、わからない者には絶対にわからない言葉の羅列だと知っているから。

 

 あの時の俺は、みんなの力に頼り切っていた。

 ただ天の知識が多少持っていて、俺は体を鍛えてすらいなくて、人並み程度の腕っ節。

 責任も、まともに担えていたのは警邏隊ぐらいじゃないだろうか?

 立場上は同じか、上司ですらあったが俺は結局誰一人として同じ目線に立てていなかった。

 

「今度は同じ目線で、みんなの横に堂々と立ってみせる」

 意味もなく、月へと手を伸ばして握りしめる。

「えぇ、そうして頂戴。冬雲」

 背後から突然聞こえた声に、俺は思わず苦笑いした。

「あぁ、そうするよ。華琳」

 振り向くとやっぱりそこには華琳がいて、俺へと優しげに微笑んでいた。

「・・・・だけど、一つだけ間違っていたわよ。冬雲」

 そう言って華琳は俺の顔を掴んで自分へと向けさせる。

「あなたは自分を『何も出来ていなかった』と言ったけれど、そんな人材を私が手元に置いておくと思うの?」

 思いはしない。だが、俺は・・・・ 俺は結局、必死だっただけだった。

「あなたがどれほど否定しようと、あの時も、今も私たちを惹きつける何かがあなたにはあった。

 これは紛れもない事実よ。

 そして、これを否定することは、私たちを否定することだとわかっているかしら? 冬雲」

 その目はあまりにも真剣で、ほんの少しの怒りを混ぜていた。

「・・・・・わかったよ、華琳」

 本当にかなわない。

 俺の返事に華琳は離れ、俺もまた名残惜しみながらも離れた。そして、部屋の方へと足を向ける。

 あぁ、そうだ。一つだけ言い忘れていた。

「だけどな、そんな俺を惹きつけてやまなかったのはみんなだった。

 そして、そんなみんなを惹きつけたのは華琳、他の誰でもないお前だぞ?」

 俺はそう笑いながら言って振り向くと、いつの間にか華琳が俺の元へ来ていて・・・・

「当然じゃない。私を誰だと思っているの?

 あなたが仕えるべき唯一絶対の王、曹孟徳よ」

 まるで悪戯っ子のように微笑んで、俺にそう言ってくる彼女。

「あぁ、知ってるよ。

 誇り高き我らが覇王、全てを照らす魏の日輪。俺の大好きで、大切な女の子」

「フフッ、これは帰ってきた分の褒美よ。受け取りなさい、冬雲」

 俺の口元を柔らかな感触が支配する。

 それはどれほど振りか、懐かしい口づけ。

 正確な時のながれなど誰にもわからないほど離され続けた俺たちの、ここでの初めての口づけだった。

 

 かつては別れを告げさせられた月の下で、彼女たちと共に背負う覚悟を魂に刻む。

 そして同時に、この世界で生きることのできる喜びと、愛する者と共に居られる幸福を感じていた。

 




・・・・ストーリーが進むのが遅くて、申し訳ありません。
作者も早く全員と再会させたいのですが、考えれば考えるほど何故か先延ばしになってしまいます。

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