真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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書けましたー。


62,桃園にて 四英雄と

 白蓮殿達との話し合いから早数日が経過し、洛陽は街として機能するには十分なほどの復興を見せていた。

 俺達や劉備陣営等の比較的被害が少なく且つ余裕のある者達が動いている間に、連合に集っていた一部の諸侯は徐々に自分達の領地へと帰還し、俺達も洛陽で警邏隊が軌道に乗るまでの間の代役として警邏隊の数隊を残して明日には陳留へと帰還する予定である。

「白蓮殿と樟夏の件も順調だし、俺からも婚姻祝いに何か用意しておかなくちゃな・・・」

 寝間着やこれからの家財などは好みがあるため贈り物としてはイマイチだろうし、そうなると化粧品や食料、武具などの消耗品がいいかもしれない。

「樟夏には白蓮殿の陣営の色に合わせた馬具、白蓮殿には樟夏の色と合わせた武具でも贈るか」

 愛着もあるから使わない可能性もあるが、武器も馬具も予備があって損をすることはないだろう。

「うん、そうしよう!」

 そうと決まれば陳留に戻り次第、早速真桜に相談しなきゃな。

 白蓮殿が使ってる武器の詳細は風達から聞けばいいし、風達も彼女の身を守る術が増えることに反対することはないだろう。

 華琳にも詳細を話してもう少し詳細を詰めてもいいし、とにかく贈る物はこの路線で考えるとするかな。

 しいて問題点をあげるとしたら、謙虚な彼女が消耗品とはいえ特注品の武器を受け取ってくれるかという点だが・・・ 最悪の場合は、無理にでも押し付けよう。

「冬雲様、華琳様がこちらに向かっているようです」

「華琳が?」

 白陽の言葉に贈り物に関しての考えをまとめた書簡から顔をあげれば、いつものように頷かれた。

「黒陽姉様と樟夏殿を連れ、特に武装した様子もありません」

「樟夏?

 まぁ、まだ連合中だから武装することはないだろうけど、今日はこれと言って話し合いなんてない筈なんだけどな?」

 陳留帰還の旨は一刻ほど前にあった会議で全体へと伝えられているし、連合の長を務めていた袁紹殿への報告もすでに終わってる。夜に訪れるなら華琳は前もって告げてくるし、何より黒陽はともかく樟夏は連れてこないだろう。

「・・・・まぁ、いいか」

 珍しくはあるが華琳の事だ、何か考えあってのことだろう。

 白陽も俺と同じ結論に達したらしく、明日への帰還に向けて引き続き俺の荷物や書簡をまとめる作業へと戻っていった。

 

 

「冬雲、入るわよ」

「あぁ、どうぞ」

 白陽の言った通り、そう経たぬうちに華琳は樟夏達と共に俺の幕に訪れた。

 簡単な席を用意しようと動いた白陽を華琳が手で制し、そのことからすぐに終わることをなんとなく理解したが、俺が尋ねるよりも先に華琳が口を開く方が早かった。

「突然悪かったわね、冬雲」

「悪いことなんてないさ。

 華琳ならいつでも大歓迎だ」

 俺の言葉に華琳は嬉しそうに口角をあげ、まるで俺がそう言うことを待っていたかとでも言うかのように目元を緩ませていく。

「冬雲、今から私と桃園へ向かうわよ」

「え?!」

 想定外の華琳からの逢引きの誘いに腰を浮かして驚く俺に、華琳の表情は先程と少しも変わらない。

「えっと・・・・?」

 帰還の準備もあらかた終わったとはいえ俺達は未だ連合に参加中の身であり、何より一陣営を取り仕切る君主である華琳と『英雄』の名を背負った俺がこの状況下で逢引きをするというのは正直どうかと思うし、襲撃される可能性も秘めている。勿論、華琳は意地でも守るし、黒陽と白陽がそんなヘマをするとは思っていない。だけど、こちらで発足したばかりの警邏隊を疑うわけでもないが、まだまだ安全とは言い難い洛陽で逢引きするのは・・・

「兄者、思考の中から復活なさってください。

 いつもの姉者の冗談ですから」

 樟夏の声に我に返って思考の渦から這い上がれば、樟夏が視線のみで華琳を責めているが、それすら軽やかに無視して華琳は満足そうに笑っていた。

「華琳・・・ ったく」

 完全にからかわれたことを悟って溜息を零しつつも、そんな所すら可愛いというか愛おしいと思う俺も大概馬鹿だと思う。

「英雄と実弟を引き連れて、桃園に何しに行かれるのでしょうか。我らが覇王様?」

「連合の長を務めた袁紹。

 そして、その袁家に古くから仕える『四英雄』の一人・田豊との対談よ」

 俺が笑み混じり問えば、華琳も笑みを残したまま俺に目的を告げてくれる。

 が、そうなると何故会議で告げられなかったのかが気にかかったが、告げられずに華琳が突然現れたということは非公式の対談なのだろう。

「『四英雄』、か・・・」

 書物などで一応知識としては知っているが、まさか俺達が争う前に五胡が大陸に侵攻して、守りきった人達が居ることなんて考えてもいなかった。

 そして、その一角を担ったのが華琳のお祖父さんであり、あの子どものような姿をした人なんてな。

「心配することはないわ。

 お爺様とは世間話をする程度で、むしろそちらはおまけだもの」

 年長者を敬う傾向の強いこの国において、とんでもなく失礼なことを言いきる華琳に俺と樟夏は完全に苦笑いしてしまう。

「あちらから非公式に告げてきたものだもの。

 親しき中での礼は尽くしても、それ以上はかまうことじゃないでしょう?」

 なんていうか・・・ 本当に華琳らしい。

「じゃぁ、本来の目的は?」

 俺が再び目的を問いかければ、樟夏は額に手を当て、華琳の背後に立っていた黒陽が作りものの笑顔を本物に変えて微笑んでいた。

「勿論、あなたとの逢引きに決まっているでしょう?」

 座っていた俺に伸ばされた手を取りながら、華琳同様に俺も笑む。

 どんな状況であろうと楽しみ、自分の進みたい方向へと進む。

 一見は自分勝手と思われる行動の裏に、多くの感情を隠して立つ俺の大事な人。

 見るたびに、会話を交わすたびに、一つ一つの些細な行動ですら愛しさが溢れて止まらなくなる。

「星の光りを共にして、桃園見物にでも行くとしようか。華琳」

「ふふっ、即興にしては悪くない誘い文句だわ。

 行きましょうか、私の雲」

 横に並びつつ囁くように言葉を交わし、華琳と共に幕を出ていく。

「私達が居るにもかかわらず、すっかり二人の世界に入っていますね・・・」

「その言葉、そっくりそのまま公孫賛様と共に居る時の樟夏殿にお返しします」

「は・・・? それはどういう・・・・」

「このすっとぼけた方に冬雲様は任せられませんので姉さん、冬雲様をお願いします」

「えぇ。

 最愛なる主の連理の枝であり、妹の最愛の主であり想い人。

 それは私にとっても最愛の方であっても、仕方のないことでしょう?」

 そんな言葉が聞こえた気もするが、今は聞こえないフリをしておくとしよう。

 

 

 

 連合の陣からやや離れ、桃の香りと木々に囲まれた道を華琳と樟夏と共に歩いていく。

「懐かしいわね・・・ この道も」

「えぇ・・・

 お祖父様がなくなって以来になりますか」

 華琳と樟夏の感慨にふけるような言葉を聞きつつ、俺も美しく咲き誇る桃の花を眺めていく。

「二人はここに来たことがあるのか?」

「はい、兄者。お祖父様の友人である四英雄の方々はこの桃園にたびたび集まり、親交を深めていました。

 立場などもあり、全員が揃うということはまずありませんでしたが、幼い私達を連れてよくここを訪れていましたよ」

 俺が問えば、樟夏が目を細めて昔を思い出していた。

「月に一度、お祖父様はここを訪れては昔話をしてくれたわ。

 歴史に名を残す者達の英雄譚から、古くからの伝説やお伽噺・・・ たまにお祖父様自身が考えた作り話もあったわね。

 だからここ、は私の・・・ いいえ、私達の思い出の場所」

 華琳が俺を置いていくように少しだけ先を歩いて、こちらを振り返ってくる。

 そこには俺がまだ知らない過去を持った今の華琳がいて、けど、それを含めて華琳だと思うと感じかけた寂しさすら消え失せてしまう。

「だから、あなたと歩きたかったの」

 桃の花びらが舞う中で華琳が笑う。

 桃の色に金が映え、ほんのわずかに覗く青が色を添えてくれる。それはとても幻想的で、いつまでも見ていたいと思ってしまうような光景だった。

「それは・・・ 光栄だな」

 頭を掻くフリをしつつ、桃の枝に触れて、俺は華琳の傍へと歩き出す。

 そして、そっと華琳の髪へと桃の花を挿した。

「綺麗だよ、華琳」

 

 

「甘い、甘いのぅ。

 桃の花とて、この光景には胸焼けをするわい」

 

 

「!?」

「ふふっ、挨拶も無しでお邪魔虫をしてくださるなんて・・・

 田豊のお爺様にも麗羽の性悪が移ったのかしら?」

 驚く俺に対して、丁寧且つにこやかな表情で不満を言うが、田豊殿に悪びれる様子はない。

「非公式とはいえ、(四英雄)の誘いに堂々と遅れてくる者がこの大陸にどれほど居ることやら・・・ 

 まったく、胆が太いというか、自由気ままというか・・・ そう言う所は曹騰そっくりじゃ」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

「別に褒めとらんわい」

「それは残念」

 言われたことを少しも気にしていないのが丸わかりの華琳に、最早慣れた様子の田豊殿が俺へと視線を向けてきた。

 その視線はどう見ても『よく、こんな女を好きになったのぅ』と語っていたので、俺が華琳を抱き寄せてから笑みを向けると、顔をしかめて溜息を吐かれた。

「まぁ、よいわ。

 ここで話とするかのぅ・・・」

「四阿には行かれないのですか?」

「儂が先に行っていたんじゃが、そこにこんなものがあってのぅ」

 樟夏の言葉に田豊殿は持っていた袋を地面に置いてから開くと、そこにあったのは真っ二つになった塊と残骸となった陶器の破片だった。陶器の破片は俺には何かわからなかったが、華琳と樟夏は何かをすぐに理解したらしく、大きく目を開く。

「田豊お爺様」

 『変』の字が書かれた破片を持った華琳が田豊殿を見る・・・ いや、いっそ『睨む』という表現が適切なほど、その表情は厳しいものだった。

「あなたが割ったわけではありませんよね?」

「証明する物はないが、儂ではない。

 だが曹騰が亡き今、そしてこの戦に参加しなかった張任を除けば、ここのことを知っている者は本当に少ないからのぅ。儂だと疑われても仕方ないわい」

 華琳の真正面からの怒りを受け止めながら、目を見て告げられる言葉に嘘はないように感じられた。

 だが、彼自身が言うように証明する物は何もない。

「そして儂ではないのなら、これを割った者も、この玉璽らしきものを叩き斬った者も洛陽では限られてくるのぅ」

 それ以上は何も言わず、田豊殿は陶器の破片の中で『老』『動』『死』の文字が描かれた物を並べ、華琳の手から『変』の字を奪う。

「儂ら四人はあの時、大陸を守った。

 王允はまだ幼かった霊帝を支え、張任は戦場を飛び、曹騰が都と戦場を繋ぎ、儂が戦場の策を担う。

 未知ばかりの五胡から地形や戦術を考えた日々、張任の阿呆が理解できるように言葉を選び、時には戦場に立ち軍師でありながら将の役目すら担った。

 生涯最大と言っていいほどの戦いの中にあり、戦場でも、そこに居らずとも背を預けることのできる三人の戦友に恵まれた。軍師として、あれほど満ちていた時はなかったわい。

 じゃがだからこそ・・・ あの戦を終えて、儂は燃え尽きた」

 四英雄の一角である田豊殿自ら語る、四英雄のその後。

 その時に感じた一切の感情を見せることもなく、ただの過去として、過去の遺物として語っていく。

「だから、お爺様は都を離れたのかしら?」

「そうじゃ」

 華琳の問いに短く答え、田豊殿は『動』の字を見つめ、溜息を零す。

「戦を終え、既に遠い先へと見つめる王允。

守るべき伴侶を抱え、政に関わることを嫌って早々に都を飛びだした張任。

 王允と似ていながら、どこか別の先を見ていた曹騰。

 儂だけが日々、洛陽で自堕落に過ごしておった。

 だが、そんな日常の中で儂は伴侶にならずとも、生涯守り続けたいと思い、操を捧げたいと願った女性を見つけ、半ば逃げるように洛陽から飛び出していった。

 まぁ理由が理由じゃったからの・・・ 王允とは喧嘩別れをして、それっきりじゃ。

 曹騰は何度か儂らを会わせようと仕組んだ様じゃが、縁がなかったのか、互いに察知していたのか・・・ 結局、曹騰の葬儀ですら、顔を会わせることはなかったわい」

 破片の一つ一つを大切そうに見つめて、田豊殿は破片をそのままに立ち上がる。

「俗に塗れてもおかしくない場所に居りながら何物にも染まらぬ堅物、雅や風情とは名ばかりの集団の中で誰よりもそうした芸術を愛した男。

 曹騰とは違い、多くのことに不器用な男じゃったが・・・ まさか、ここまでとはのぅ」

 誰かはあえて示さず、独り言にも似た言葉は桃園の中に消えていく。

 いや、田豊殿自身この場に居る者から何か言葉を貰いたくて言葉を発しているわけではないのだろう。

 これはただの独り言であり、かつての戦友達のために紡がれている言葉でしかないのだ。

「華琳嬢、その破片は曹騰と墓の近くに埋めてくれんか」

「本来、田豊お爺様が持つべきではないかしら?」

「姉者に同意です。

 そうした方がお祖父様は・・・」

「友を捨て置き、都から離れた儂や張任にも、それを自らの手で割ったであろう王允にも、四英雄の盃を持つ権利など存在せぬわ。

 ならば、儂らの中でもっとも四英雄の名を愛し、輪を保とうとした曹騰こそが盃の所有者に相応しい」

 華琳と樟夏の反対意見を斬り捨て、田豊殿は歩き出す。

 が、何を思ったのか彼は立ち止まり、振り返ることなく最後に言葉を零していった。

「老いず、変わらず、動かず、死なぬ。

 だが儂らは老い、状況は変わり、時代は動き、英雄と呼ばれた一角は死んだ。

 この国に落ちた異端なる者の一角、曹子孝。お主は、どうするのじゃろうな?」

 

 




この後、続いて更新します。

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