真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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63,桃園帰路 熊さんと狩人

 田豊殿が去った後、華琳は破片を集めてしっかりと袋を結び直してから黒陽へと預ける。そして何を思ったのか田豊殿が歩いていった方向を見つめ、呟いた。

「『操を捧げた』と言えば綺麗だけど、ようは今の年齢まで童貞を貫いたってことなのよね」

「姉者?!

 突然、何を口走っているんですか!?」

 華琳の言葉に素早く樟夏がツッコミを入れるが、言葉の内容におもわず俺も噴き出した。

 は、八十越えまで童貞って・・・ 六十越えまでは名称あるけど、まさかそこまで・・・

「兄者も何故むせているんですか?!

 笑いごととかじゃありませ・・・ 兄者には無縁すぎて笑いごとかもしれませんが」

 つい最近、無縁になることが確定した義弟がよく言えるなと思うが、俺は息を整えることに専念する。

「麗羽の祖母に恋をして、きっぱり振られてもめげずに直系を守ろうとする心意気はかうけれど・・・ その方と他の女性を比べたりしていたところはいただけないわ。

 巨乳派と宣言しているけれど、その基準もたった一人によって保たれていては巨乳派とは言えないでしょう」

 なんか派閥に属する者の正しさを語ってるけど、派閥に属さず全部が好きっていう華琳が語ると頷きかける不思議。

 というか正論っぽく言ってるせいか、一瞬話題が胸だっていうことを忘れかけるよな。

「姉者は節操なしで、美人が好きですからね。

 結婚間近の者が姉者に告白して来た時は、騒動になりかけましたから・・・」

「幸いなことに未遂で済んだわよ?

 綺麗な娘も、可愛い娘も好きだけれど、私は別に人の不幸を願っているわけではないもの」

 華琳・・・ あぁもう、華琳だなぁ・・・

「・・・こんな内容を話しているにもかかわらず、姉者を見る兄者の目に一切変わりがないことの方が驚きなのですが?」

「華琳だからなぁ・・・」

 華琳に俺だけを見てほしいなんて思ったことは一度もないし、そんな華琳は華琳じゃないとすら思う。

「華琳が俺をどう思おうと、俺は華琳を愛してることに一切変わりはないからいいんだよ」

「似た者夫婦でしたね。言った私が馬鹿でした」

 今度、白蓮殿が一緒に居る時に全く同じ言葉を言ってやることを固く心に誓いながら、俺は樟夏の頭を軽く小突いておく。

「そう、夫婦は似てしまうものなの。

 私とダァーリン、ご主人様がそうであるように。

 この魂の美しさは、似てしまうものなのよぉーーーん!」

「「!!??」」

 突然会話に乱入してきた存在に俺と樟夏が飛び退きつつ華琳の前に並ぶが、それが貂蝉であることを理解した俺はあっさりと警戒を解く。

 初対面の樟夏はまだ警戒している・・・ というか困惑してるっぽい。着ている物が褌一枚だけの鍛えられた体を露出してるのに武器は一切持ってないし、敵意とか向けてこないから当然と言えば当然だけどな。

「そう。

 それはよかったわね」

 華琳は樟夏とは真逆に普通に対応しているけど、見ようともしないのは何でだろう?

「そうなのよん。

 それに田豊おじーちゃんの、愛する人に操を捧げるという気持ちもわかるわぁー!

 私もダァーリンとご主人様が貰ってくれるその日まで、この操を守るって決・め・た・も・の♪」

「二人いる時点で操を捧げていませんし、一途でも何でもないような・・・」

「そうなのよー!

 二人ともとっても素敵で愛しているのだけど、とっても臆病で奥手なものだから私のことを抱いてくれないの・・・ 私はいつでも準備万端だっていうのに。

 あぁ! 早くこの身の純潔を奪ってほしい!!

 そして、初夜を迎えた朝、三人で朝日を見ながら愛を囁き合う・・・ なんてロマンチック!!! これこそが漢女の憧れであり、夢の集大成だわーーーん!!」

 腕を広げたり、胸に交差して置いたりと大袈裟な身振り手振りをしながら、貂蝉は華佗と多分北郷の事だろうと思われる惚気混じりの願望を告げてくる。

 これを普通の女の子が言っていたらと願わなくもないが、非常に愛に溢れた懐の大きい人だと思う。実際、医療技術は確かだし、気の扱い方に関しては凪以上と言っても過言ではない。見た目で人を判断しちゃいけないということを表しているのが彼・・・ 彼女と言ってもいいだろう。

「そう、よかったわね。

 それはそうと貂蝉、いい加減あなたが私達の前に現れた目的を言ってほしいのだけど?

 まさか恋人自慢をするために私の前に現れただとか、この連合に参加したとでも言うのかしら?」

「流石、曹操ちゃん。鋭いわねん。

 ダァーリンとご主人様と私の関係を誰かに自慢したいって気持ちも勿論あるけど、それだけじゃないわ。

 あの時を知ってる曹操ちゃんとそっちのご主人様・・・ いいえ、曹仁様に私の口から伝えたいことがあったの」

 さっきまでの笑みを消した貂蝉が俺達に向き直り、その場に流れる空気も温かなものから冷たいものに変わる。

 外史の管理者の一人である貂蝉から告げられる言葉に覚悟をしながら、俺はただ華琳と共に待った。

「でも、安心してほしいの。

 もうここに、外史の管理者をしていた貂蝉なんていないわん」

 貂蝉の口から紡がれた思わぬ言葉に俺が目を丸くすると、貂蝉は満面の笑みを俺へと向けて俺の心臓辺りを狙って親指と人差し指を直角に立てて、狙い撃つように上へと揚げる仕草をする。

「今、ここに居るのはこの大陸に愛を振りまき、多くの漢女達を正しい道へと誘う愛の伝道師・貂蝉よん♪

 そして、私はダァーリンとご主人様達と道を同じくするって決めたわ!」

 嬉しそうに、楽しそうに、何より・・・ 幸せそうに笑って、貂蝉は元気いっぱいに両腕をあげて、ポーズをとる。

「曹操ちゃん達を迎え撃ってあげるんだから♪」

 かかって来いと言わんばかりの貂蝉に対して、華琳の方を向いてみれば、貂蝉と同じように華琳も楽しそうに笑っていた。

「えぇ、その時を楽しみにしておくわ。

 劉備と白の遣い・・・ そして、あなた達全員と再び見えることが、私は楽しみでしょうがないのよ」

 向かい合う相手として非常に厄介な存在だというのに華琳はどこまでも楽しそうで、だけど華琳のその笑顔を見ていると、何故か俺までそんな気分になってくる。

 けれど、華琳が思っているのは『強い者と戦いたい』という霞や春蘭が考えるようなこととはまた違う。きっと華琳は、劉備殿の理想や行っていくだろうことすら気になってしょうがないのだろう。

「フフフ、曹操ちゃんらしいわね。曹仁様が惚れこむわけだわ。

 もう! なんだか妬けちゃう!!」

「いくら妬いてもかまわないけれど・・・」

 頭に拳を二つとも当てて体を振る貂蝉に華琳は特に視線を向けることはなく、俺の服の裾を軽く引いた。そうして視線を向けた俺の頭を固定して、まるで吸い込まれるように俺と華琳の顔の距離は零にな・・・ え?

 何の前触れもなく、俺は華琳に唇を奪われ、接吻を交わしていた。

「この雲は、私のものよ」

「わかってるわよん。

 もう、曹操ちゃんったら嫉妬深いわね!

 心配しなくても、私は曹仁様には手を出したりはしないわよん。曹仁様は私にとってアイドルのような存在なんだから☆」

「今はそうだとしても、敬愛や崇拝の想いは簡単に恋慕へと変化するものよ。

 牽制をすることに無意味なんてことはないもの」

「牽制することで煽られる子もいると思うけど?」

「当然、相手は選んでいるわ。

 あなたの場合、一途と言いつつ二人も欲している。三人目を欲してもなんらおかしなことはないもの」

「う・ふ・ふ・ふ、言うわねん。曹操ちゃん」

「当然でしょう?

 私は曹操、この大陸の覇王となる者よ」

 ちょっと突然すぎることが連続していたせいか、その場で硬直する俺を置き去りにして二人の会話は進んでいく。

 正直怖いが、華琳とこうした話を堂々と言い合う相手は袁紹殿以外初めて見るかもしれない。

「冬雲様」

「ん?」

 耳元で囁かれるような声に意識を向ければ、黒陽は姿を現さないまま、そのまま言葉を続けた。

「そのまま動かず、私が合図した後に華琳様の身をお引きください」

「・・・了解」

 俺が返事をしたとほぼ同時に黒陽は樟夏の足を影から掴んで転ばせ、俺が華琳の腰に手を回して身を引かせた瞬間

 

 つい先程まで貂蝉の頭があった場所を、鈍色の何かが通り過ぎて行った。

 

「んな?!」

「あら?」

「あらん?」

 一拍遅れて樟夏がすっ転び、腕の中に納まった華琳が驚いたように声をあげ、俺達と同じように後ろに下がることで避けた貂蝉が不思議そうな顔をして何かが飛んできた方向へと首を傾げながら視線を向ける。

「あの子、ね」

「だろうな・・・」

 視線を向けずとも誰かを理解し、俺は腕の中の華琳を解放し、飛来した物の回収へと向かう。

 一本の木を砕き、二本目の木でようやく勢いが衰えたらしい鉈は木の幹へと深く刺さっていた。

そう、鉈である。

「ごめんなさい。

 冬雲さんと華琳様のお傍に大柄の黒い存在がいたので、てっきり熊かと思ってしまって・・・」

 背後から聞こえる謝罪の言葉に振り返れば、もう一本の鉈を左手に持ったままの月殿と土や葉、花びらをあちこちにつけてボロボロにして粗い呼吸を繰り返す樹枝と詠殿が並んでいた。

「ひ、久し振りの外だからって、連日張り切りすぎよ・・・ 月・・・」

「兄上に精をつけさせるために、熊の生き胆とか・・・ 難易度を高いことを容易にやってのける月さんが恐ろしすぎる・・・」

 軍師にもかかわらず、月殿と樹枝についていくだけの体力がある詠殿に感心しつつ、黒陽が労をねぎらうように水筒を手渡していく。樟夏も同情の目を二人に送ってるし、俺は軽く手を挙げて挨拶するだけにして、月殿に鉈を手渡した。

「あ、ありがとうございます。冬雲さん」

「どういたしまして。

 でも、俺達だから良かったけど、貂蝉じゃなかったら避けられないから、本当に気を付けてくれよ?」

「いや、注意だけで留めていいような問題じゃないでしょう。兄者」

 樟夏から素早くツッコミが入るが幸い怪我人も出なかったし、この場に居る誰にとってもこれは非公式の場でのことあんまり言ってもしょうがない。

 それに今でこそ自由に動ける彼女も将の立場になることを選んだ以上、休日でもない限りは狩りなどで自由に外出するということも出来なくなる。今はそのための束の間の休息であり、気分転換の期間も含まれている。

「私もかまわないわん。

 だって、熊に間違われるということはそれほど私が愛らしいということでしょう?

 あぁ、遠目からでもわかってしまう肉体美。なんて罪深いのかしら?」

「ソウデスネー。

 (けだもの)畜生に誤認したってことなんですけどねー」

「樹枝・・・ 言葉の頭に『おぞましい』が足りてないわよ・・・

 正直、華琳と並んでるのが遠めに見えた時・・・ 僕は獅子と熊が睨みあってるかと思ったもの・・・」

 二人の余計な一言ともツッコミとも取れる言葉が聞こえるけど、月殿の謝罪に貂蝉がにこやかに答え、何故か精をつけるのに効率的な食材や料理の話になっているらしく、月殿と和やかに談笑していた。

「というか、月の鉈が外れるとこなんて・・・ 年単位で見てないわよ・・・」

「それ、どんだけですか・・・?」

「僕が初めて会った頃以来だから、六歳の頃以来・・・ かしら?」

「どんな正確な投擲ですか!?

 ていうか、その頃から鉈振るってるなんて怖すぎですから!!」

 疲れていてもツッコミを忘れないことと、会話からわずかに見える仲の良さと好意の片鱗に生暖かい目を送っておく。

 樟夏もそうだけど、樹枝も大概似た者夫婦だよなぁ。

「冬雲」

 華琳に呼ばれて傍に寄れば、俺と同じように華琳は樹枝達へと優しい目を向けている。

「あなたはあれを、どれぐらいで実ると予想するかしら?」

「そうだなぁ・・・

 どっちもお互いのことは鈍そうだし、結構時間がかかるだろうな」

 もしかしたら、前の俺達と同じくらいかかるかもしれない。まぁ、あの時の俺達の恋愛は言葉じゃ説明しにくいおかしな関係だったけどな。

 互いに好意を持ち、愛していたにもかかわらず『恋人』というのを避けていたというか、認めることを拒んでいたように今は思う。覚悟を決めて、向き合うことは時間が埋めてくれると思っていた矢先にあれだったし・・・

「当人達迷っている間に、牛金がどう動くかが見所ね」

「牛金も頭数に入れるあたり、姉者は鬼ですね」

 華琳の楽しそうな言葉に樟夏がげんなりとした様子で言葉を挟んでくるが、華琳の楽しそうな様子は変わることはなかった。

「可愛い配下達の恋愛であっても、他人事だもの。

 どうせ見ているだけなら、楽しめた方がいいでしょう?」

「まぁな」

「兄者も、あまり姉者の悪乗りに乗らないでください・・・」

 俺達がそうして会話している間に何故か月殿と貂蝉がしっかりと腕を組み、再び木々の中へと消えていく。貂蝉の荒々しい気から察するに、仲良くなった月殿と共に狩りでもするのかもしれない。

 そんな二人を再び追いかけ始める詠殿と樹枝の付き合いの良さに感心しつつ、緑陽が樹枝の影に居るかどうかの確認も忘れない。

「兄者? もしや、あの四人を放っておくのですか?!」

「戦力的にも問題ないし、緑陽がいるから万一の時は大丈夫だろ」

 それにもし仮に月殿が本気で狩りだけに熱中したら、詠殿も樹枝も追いつけないだろう。彼女の足はそれぐらい早いし、強さも圧倒的なもの。その上で投擲も斬り合いもこなしてくるのだから、末恐ろしい。

「で、ですが・・・」

 多分、樟夏の不安要素はおそらく貂蝉だろう。

 見た目と言動はあれだけど、考え方とかは結構まともでちゃんとした人なんだがなぁ・・・

「貂蝉という人物については、俺が保証する。

何かあった時の責任は俺が取るから、そんな心配そうな顔すんなって」

安心させるように樟夏の頭を掻き撫でてから、俺は先を歩く華琳へと小走りで駆け寄った。

「まだまだ、忙しいのが続きそうだな・・・」

「いいえ違うわ、冬雲。

 全て、ここからよ」

 いろいろな意味を込めた俺の溜息交じりの言葉に、華琳は首を振って否定した。

「管理者だろうと、世捨て人であろうと、英雄であろうと、この大陸に生きる全ての者を巻き込んで、新しい世が始まる。

 誰も傍観者であることを許さず、私の歩みを阻むものはなんであろうと越えてゆく。

 さぁ、この大陸に立つ者達よ。

 この戦乱の世で、私と共に舞いましょう」

 この大陸に居る全ての者へと向けられた静かな宣戦布告は桃園の中に吸い込まれ、俺は何も言わず、華琳が次の言葉を待っていた。

「冬雲。

 行くわよ」

「あぁ、行こう」

 日輪と共に浮かぶ雲のように。

 かつてとは違うこの距離から、俺は華琳と共に乱世へと歩み出した。 

 

 

 

 

「あの・・・ 山の方から獣の断末魔と樹枝と詠さんの悲鳴が聞こえるんですが・・・」

 




変態の『態』と、『熊』って似てますよね☆

これにて、約一年かかった『反董卓連合』編は終了でございます。
さぁ、次章は何が起こるのか。楽しみにしていてください。
来週の投稿は、本編を予定しています。

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