真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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書けましたー。


65,準備 陳留にて 【桂花視点】

「チッ」

 劉備からの親書を手にした華琳様は突然舌打ちをし、その場にいた私と春蘭がほぼ同時に駆け寄りながら、華琳様へと視線を向ける。

「華琳様?

 まさか劉備の手紙に何か無礼なことでも書かれていましたか?」

 流石に直筆且つ親書として出されたものを筆頭軍師であっても開けることは許されないと判断してそのまま華琳様へと手渡したのだが、まさか親書ですら礼儀をわきまえなかったわけじゃないでしょうね。

「いいえ。

 今後のことを見据えた民の受け入れの申し出と対価としてこちらに結構な額を渡すこと、そして最悪の事態に陥った場合はあの土地の権利すらこちらに譲渡するとまで言ってきているわ」

 華琳様から語られた親書の内容はあの劉備とは思えぬほどまともで、私は少し驚いたけれど華琳様の顔から残念そうな、無念そうな表情は消えることはない。

「華琳様、何か問題でも?」

 私は書簡を書いたのが劉備であることを疑うということ以外の問題点が見つからず、おもわず問いかけてしまう。

 親書の偽造は劉備以外の陣営からというのもあり得る上に、提示された条件で考えうる策は民の中に密偵を混ぜ、こちらの内情を探ること。他に考えられるとするなら、こちらに相応の額を払うことで私達が劉備(向こう)と繋がっていると公言する物にもなりかねない。最後の権利書に対して穿った見方をするなら、文書の内部にどうとでも取れるような表現を使ってだまし取るぐらいだろうか。

 劉備と白の遣いはわからないけれど、あの時の孔明を見ている以上油断は出来ないし、何か裏があるのではないかって考えるのは職業柄仕方ないことだとも思う。

「いいえ、ないわね。

 こちらに払う対価も、配慮も悪くない・・・ むしろ、満点の回答とも言っていいんじゃないかしら?」

 それでも華琳様の御顔は晴れない。

 内容に問題がないのなら、文面に支障があったのかと思い私が華琳様のお傍へと向かうとするよりも早く華琳様の後ろにいた黒陽が華琳様の手から書簡を奪い去ってしまう。

「・・・あぁ、そういうことね」

 黒陽は合点がいったらしく、優しい笑みを華琳様へと向けている。華琳様もまたそんな黒陽に対し、どこか不貞腐れたような表情を見せられていて、それがまたなんとも面白くない。

「華琳様、そのお心をこの桂花にもお教えください」

「ふふっ、桂花は素直で可愛いわね。

 あの時にはなかったあなたのそう言った面も、とても愛らしいわよ」

 あ、愛らしい?!

「ありがとうございます! 華琳様!」

 感動で震え、心が弾むのを感じて、私は華琳様のお傍へと駆け寄っていく。さっきの私と同じように、面白くないというのを表情に出した春蘭も私と一緒に華琳様のお傍へと駆け寄った。

 黒陽から書簡を受け取り、内容を確認してみてもおかしな所はなく、私が再び首を傾げている、華琳様は一つ大きな溜息をついてしまわれる。

 まさか、気づかなかった私に失望を?!

 一瞬、そんな焦りが脳裏に浮かぶが、華琳様は私と春蘭の頭を数度撫でてくださることでそんな不安が吹っ飛んでしまった。

 

「しかし、残念ね・・・

 こんなことをされたら、関羽を代わりに置いていけなんて言えないじゃない」

 

「華琳様?

 一体、何をおっしゃっているのですか?」

 が、その喜びは華琳様が口にした言葉によって吹っ飛び、私は生まれて初めて華琳様へと冷たい視線を向けることとなった。

「華琳様・・・」

 現に目の前にいる脳筋(春蘭)でさえ、微妙な顔をして華琳様を見上げていた。

「美髪公と称されるほどの長く艶やかな黒髪、『魔王の盾』と謳われた華雄を破った武、あの愚直なまでの忠義。白の遣いへと見せる清らかな乙女心と、劉備と並ぶ時に覗かせる使い分けられた二つの立場」

 私達からの微妙な視線に、華琳様は一切めげない。

 歌いあげられるように華琳様が口にする関羽への賛美、当然私達は面白くなく、表情は引き攣り、ただ一人華琳様の後ろに控える黒陽だけが私達を見て微笑んでいた。

 何であんたは笑ってられんのよ!

 と叫びたい思いに駆られるが、この子(黒陽)に叫んだところでのらりくらりと躱されるのが目に見えている。

「あの時のあの子は、容姿はさることながら将として申し分もなく、まさに理想的な子だったわ。でも、私はあの子自身すら知らない一面・・・ 女としての本能的な部分を曝け出したいとも思っていたのよ」

 『勿論、他の理由もあったけれど』と華琳様は付け足すが、恍惚とした表情とわずかに熱を帯びるような視線を彷徨わせつつ言っても白々しいだけです。華琳様。

「でも、今は違うわ。

 私がこの手で暴いてしまいたかった面を白の遣いが開かせ、乙女にしてしまった。そして、かつて欠陥とすら思われていた部分はもはやない。

 それは関羽個人だけではなく、劉備陣営全てに対して言えたことだけど」

 前回の連合において、大陸全土での違いはほぼ明らかになったと言ってもいい。

 私達がかつて知らなかった部分すら浮き彫りとなり、想定外の者達が多くいる中でも、劉備達の変化は人員だけであげるなら文官では法正と王平、武官としては関平と周倉、そして華佗と貂蝉。けれど、目に見えぬ変化はそれ以上に凄まじい。

 私は早い段階で劉備の智の片翼を奪い勢力の弱体化を図ったにもかかわらず、今もなお陣営を維持し、それどころか功績すらあげている。かつてもそうであったように劉備達はあまりにも危険すぎ、それ以上の改善を持ってこちらへと向かってくることはあまりにも厄介だった。

「素晴らしいと思わない? 厳しくすればするほど、あの子達は自分の道を探ろうとしていっている。

 そうさせたのは劉備の豪運? それとも天の遣いという存在? はたまた、他の要因?」

 けれど、華琳様は劉備を潰すことなく、あえて生かした。それどころか自ら成長を促し、厄介な存在になりつつある劉備達のさらなる成長に歓喜していた。

「桂花、春蘭。そう怖い顔をしないで頂戴。

 可愛い顔が台無しだわ」

「華琳様は何故、劉備を生かすのですか?」

 これは不敬だと、わかっている。

 かつての私ならこんなことを口走ることもなく、華琳様の言葉を盲目的に信じ、従っていただろう。けれど、あの陣営は・・・ 関羽は・・・!

「桂花、あなたの問いも、怒りももっともだわ。

 いいえ、きっとあなたのみならず、多くの子達があなたと同じ怒りを抱いているでしょう」

 冬雲の顔に刻まれた深い傷跡、偃月刀による刀傷。

 一度ならず二度までも、私達からあいつを奪おうとしたことが許せなかった。そして、その想いは私達将だけにとどまらず、冬雲の人となりを知っている民達の思いでもあった。

「私はあの子達に期待しているのよ。

 私と対峙するに足るだけの存在になるかもしれない劉備にも、冬雲とはどこか似た白の遣いにも、勿論関羽にも。

 けれど、それは『覇王』としての私の都合でしかなく、『女』としての私はあなた達と同じようにあの子達を殺してしまいたい思いも確かに存在している」

 華琳様はそこで言葉を一度区切り、今は空白の左側(冬雲の定位置)へと視線を移す。

 冬雲は現在、劉弁様・劉協様の安全を確保するために雛里と樹枝、詠の三名を連れて水鏡女学院へと向かっている。立場的にも華琳様がお二人を迎えに行くという案も出たが、いつ誰に攻められるかわからない現状において君主である華琳様が留守にすることも、護衛を連れるとはいえ少数での行動はすべきではないという判断の結果だった。

「あなた達の気持ちがわかる以上、私は関羽を許せとも、憎むなとも命令することは出来ない。

 そしてその上で、私は関羽を欲することをやめることは出来ない」

 どこまでも堂々と、華琳様は私達に告げる。

「全ての才の輝きが愛しく、美しい者を好み、手中に収める。

 あなた達も知っている通り、私はとても欲深いのよ」

 そう言って華琳様は右の(てのひら)を握りしめ、心底楽しそうに笑みを浮かべられる。

 向き合った相手も自分の手中に収め、全ての美女・美少女・美幼女は自分(華琳様)のもの。その欲深さこそが(曹操)であり、(華琳)だとでも語っているようだった。

「私の愛しき大剣」

「はっ!」

 華琳様の右にいた春蘭がすぐさま応え、華琳様は満足げに笑う。

「私の愛する王佐の才」

「はい!」

 返事をすれば、華琳様の手が私の顔を撫でてくださった。

「私の最愛なる影」

「はい」

 黒陽が返事をし、私達は恭しく華琳様へと頭を下げた。

「春蘭、月と霞の調練の様子はどうかしら?」

「はっ!

 月は圧倒的な武をもって調練に参加し、霞は一部隊を任されていただけもあって騎馬隊を扱うのが見事です!」

「実戦投入には、あとどれくらいかかるかしら?」

「隊を任せるのであれば、霞はすぐにでも。

 月に隊を任せるのは、あとひと月かかるかと」

 春蘭(脳筋)の珍しいまともな返答に華琳様は満足げに頷き、次に私へと視線を向ける。

「桂花、幽州への樟夏の派遣は予定通りに行ったわね?」

「はい! 今頃には幽州についているかと思われます。

 また、入れ替わりにやってくる幽州の民の受け入れも滞りなく行える準備は終えています」

「千里は?」

「現在は留守にしている雛里の替わりを担い、実行するだけの実力があります。

 さらに、戦場に立たせるならば霞と組ませるのがよろしいかと」

 冬雲達とほぼ同時期に樟夏もまた幽州へと向かい、三兄弟全てが陳留を留守にしている。そんな中で行われているのは、霞を始めとした元董卓軍所属の将兵達の実力を調べ、すぐに実戦へと導入できるような基礎の調練だった。

 幸いないことに順応能力も、実力も高かったため誰一人として遅れるようなことはなく、順調に行われている。

「黒陽、諸侯の動きは?」

「呉では袁術が玉璽をもってはしゃぎ、孫家が討伐へと動き出しているようです。

 袁術が長くないと判断した一部の将兵は、周囲の諸侯を手柄にするつもりなのか軍を整えています」

「他は?」

「西は変わらず、袁紹軍は読み通り。

 他に大きな動きは見られませんが、いずれも警戒態勢を敷いています」

 そこで華琳様は満足げに頷き、玉座から立ち上がられた。

「さぁ、出迎えの準備をしましょうか」

 『誰か』を断定することもなく、華琳様は歩み出す。

 出迎える相手が劉弁様達なのか、それとも民なのか、はたまた向かってくるだろう諸侯達なのか。

 否、華琳様は全てに対して口にし、向かってくる者に対等に向き合っていかれる。

「ねぇ、麗羽。

 まずはあなたとの決着をつけましょうか」

 華琳様が呟かれた小さな言葉を私達は聞き取ることはなく、華琳様の指示の元で私達はそれぞれの持ち場へと散って行く。

 

「けれど、寝取りもありね」

 

 去り際に華琳様が囁かれたその一言に、全てが台無しになった。

 




次の次ぐらいで冬雲の視点に戻れますが、次もまた別の視点を本編にて明かそうと思います。

さぁ、どんどん書いていきますよー。

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