そして、再び感想返信が遅れ、日曜の午後か月曜の午前になると思います。
年の暮れ、何かと忙しい日々が続きますが、週一投稿だけは守りたいと思います!
「再び降り立ってくださいましたね。
おかえりなさい、今は曹子孝となった一刀さん」
確かに彼女の口から紡がれた言葉に、俺は馬鹿みたいに口を開けて呆気にとられてしまっていた。
「え・・・ だって、まさか・・・?」
俺はてっきり、記憶があるのは魏の将である皆だけだと思っていた。
俺と彼女が関わったのなんて本当に数回だけで・・・ いいや、下手すればちゃんと『会った』と言えるのは初めの街を案内した日ぐらいなのだ。
それ以降は俺が倒れるまでの間、警備のたびに顔を見せに行ってた程度であり、それだって俺が突然押しかけるようなことだったのに・・・
そんな俺の戸惑いを知ってか知らずか、劉協様は俺へと倒れるように抱き着いてくる。俺は彼女を抱きしめ返すことも出来ず、手は心の内を表すように行き場がわからず宙をさまよう。
「信じられないのも無理はありません。
私とあなたの縁は彼女達と比べてしまえばずっと細く、薄いものでした」
俺とは対照的に彼女の手は俺の腰へとしっかりと回され、強く服を握られていた。
「でも私は間違いなく、あの日あなたに救われた劉協です。
あなたの去った世を生き、あなた達のことを語り継ぎ、最後まで皇帝として生きることを選んだ存在です。
そして・・・ そして・・・!」
彼女の顔が俺の腹に押し付けられ、少しずつ湿っていく。
「あなたが再びこの地に降り立ってほしいという我儘を口にするような・・・ ただの
涙を零しながらも彼女は視線を上へと向けて、俺と目をあわせる。
そこに居たのは間違いなく、俺があの日に出会った女の子だった。
声を耐えながら涙だけを零し、少しずつでもはっきりと思いを吐露する姿。
自分を守って消えた命のことを考えて、守られてしまった自分を責めて、辛くて悲しいことすら覆い隠していた、悲しいほど強く優しい子。
「お願いですから・・・ もう、私を置いていかないでください・・・!」
零れ落ちていく涙は溶けゆく雪の結晶の様で、宙をさまよっていた俺の右手が涙を拭っていた。
白い肌と鮮やかな髪、季衣達と比べるとやや幼い顔立ち。秋や冬の空を想わせる色を瞳に宿して、その目は真っ直ぐ俺だけに向けられていた。
きっと、俺がいなくなった後もたくさん泣いただろう。
そして今も、たくさん悲しんだだろう。
それでもあの日のように姉を失わないように、大切な人達を守るように頑張っていたのだろう。
「ごめんな、千重」
左手を腰に回してそっと抱きしめ返しながら、初めて会った日も同じことをしたと思い出す。
「ただいま」
もっと言いたいことがある筈なのに俺が皆に向ける言葉はいつも同じで、誓うことも変わらない。
もう絶対に、俺はこの世界から消えたりなんかしない。
皆と共に生きるために、俺はここに帰ってきたんだ。
「約束するよ。
もう絶対に、君を置いていったりなんかしない。一人になんてしない」
彼女へとそう囁けば、あの日のように・・・ いいや、思い出なんかに負けないぐらい綺麗な、千重の笑顔が咲いた。
お互いの涙が消えるまでそうして抱き合っていると、俺はある疑問が浮上して周囲へと軽く視線を巡らせる。
「あれ?」
「どうかしましたか? かず・・・ いえ、別の名を名乗ってるということはこちらの名は呼んではいけませんね。今の名を聞いてもよろしいですか?」
別の名前を名乗ってるだけでそこまで察してくれる千重に驚きながら、俺は白陽が影に居ないことにも気づく。
ってことは、白陽が気を利かせてあの人を女学院に運んでくれたんだろうなぁ。
「あぁ、俺の真名は冬雲。冬の雲って書いて、『トウウン』だ。
こっちは覚えてるからって、突然真名で呼んでごめんな?」
「いいえ、謝ることなんてありません。むしろ嬉しかったぐらいです。
私があなたを忘れなかったように、あなたも私を覚えていてくれたんですから」
「それはむしろ俺の台詞なんだけどな・・・」
記憶があったこともだけど、身分的にはかけ離れすぎていた俺のことをよく覚えていてくれたものだ。ていうか冷静になると怖いもの知らず過ぎだろ、あの日の俺。
「私達、お揃いですね」
『お互い様』ではなく、あえて『お揃い』という言葉を使った千重はとても嬉しそうで、俺もつられて笑う。
「お揃いだな」
手を離して解放すると少しだけ寂しそうな顔をするが、それもほんの一瞬のことですぐに俺の左手に彼女の右手が重ねられた。
「いい、ですか?」
千重からの行動に少しだけ驚いたのがばれたのか、上目づかいで俺に問いかけてくる。これで駄目っていう奴がいたら、そいつはもう人間じゃない気がする。
「駄目なわけないだろ?」
「あなたならそう言ってくれると思っていました。冬雲さん」
互いに手を繋ぎながら女学院の門をくぐっていけば、まだ中はどたばたと慌ただしい状況が続いていた。
そんな中で軍との戦闘前に呂布殿と何かを話していた司馬微殿と思われる人物が俺の前に来て、軽く頭を下げる。
「英雄・曹子孝殿とお見受けします。私はここを任されている
すみませんが私は生徒達の混乱を治めるのに手一杯なので、そちらはそちらでご自由になさってください」
「・・・かまわないのでしょうか?」
彼女の自己紹介に若干の違和感を覚えたがそれはあえて触れず、自由に行動する権利を簡単に譲渡することに確認を取れば、彼女はあっさりと頷いた。
「かまいません。
宿泊する場合は、雛里達が使っていた現在は空き部屋となっている場所をお使いください。本館に比べれば小さいですが庭に離れもありますので、そちらをご利用になっても結構です。
本日中に出立する場合は、特に挨拶などは不要です。ですが後々、詳細等を文にして送っていただけると幸いです」
俺達が入ってきた入り口とは別にある中庭を指差しつつ、彼女はやや早口で言う。
「荀氏にも、曹操殿にも、そして曹仁殿に先程救っていただいたことも加味にすれば、我々はあなた方に大きな恩を受けています。協力できることは致しますので、何かあれば私に直接お声かけください。
それでは、私は一度失礼いたします」
必要事項と情報共有、俺がしそうになっていた更なる問いも全て封じて、彼女は足早にその場を離れて生徒達の元へ向かっていってしまった。
「まぁ、無理もないか・・・」
一度も軍が攻めてくることもなかった女学院に軍が攻めてきたのだ。生徒達を治めるのは彼女でなければ不可能だろう。むしろこの混乱状態の中で冷静に簡潔に俺と言葉を交わすことが出来るだけで、彼女がどれほど優秀なのかは理解出来た。
とりあえず、騒ぎの中央に更なる騒ぎになりそうな
「曹仁様」
掛けられた声に俺が声の主を求めて視線を彷徨わせていると、俺よりも先に気づいたらしい千重が手を引いて中庭を指差してくれた。
見れば黄忠殿によく似た少女と黄忠殿が中庭に座っており、俺が視線を向けると微笑みを浮かべながら立ち上がってくれた。
「あ、千重お姉ちゃん!」
「璃々ちゃん、お母さんと会えたんですね。よかった」
「うん!」
俺と黄忠殿が言葉を交わすよりも早く千重が少女と目線を合わせて話し、自分のことのように嬉しそうに笑っていた。
その光景が微笑ましくて、おもわず黄忠殿と共に目を細めてしまう。
「曹仁様、先程はありがとうございます。
おかげさまで、娘とも無事合流することが出来ました」
「いえいえ。
黄忠殿の援護があったからこそ早く終わりましたし、残ったのも私の個人的な事情ですので・・・ それに俺は、別に感謝されるようなことはしていませんよ」
それだけを黄忠殿に告げ、視線を下げて少女へと笑いかけると、どうしてか少女はきょとんとした顔をしてから首を傾げた。
「初めまして、俺は曹仁って言うんだ。
君のお母さんの協力があったからさっきも凄く助かったんだよ、ありがとう」
握手を求めて手を差し出せば、少女も握り返してくれるが、何故か母である黄忠殿と俺とを交互に見て、再び首を傾げてしまう。
「璃々、御挨拶は・・・」
「おとーさん?」
黄忠殿が挨拶を促そうとした直前、少女 ――― どうやら璃々ちゃんというらしい ――― が口にした言葉に黄忠殿が頬赤くして、焦りだしてしまう。
「こ、こら、璃々!
お父さんなんて・・・ 曹仁様に失礼でしょう」
当然俺も若干困惑しているが、それを悟らせないように璃々ちゃんを抱き上げ、なるべく明るい声で言う。
「ハハハ、俺は嬉しいけど、そんなことを言ったらお母さんが困っちゃうだろ?」
持ち上げた璃々ちゃんを肩より上にあげて高い高いをしてから、嬉しそうにはしゃぐ璃々ちゃんを腕に収める。
左隣に居る千重から羨望の視線と、黄忠殿が申し訳なさそうな顔をしているがそちらは気にせず、俺は璃々ちゃんを撫でて話を聞いてみることにした。
「どうしてそう思ったんだい?」
「うんっとね、お母さんがなんかとってもあったかいの」
「あったかい?」
「うん!」
子どもはただ言葉を知らないだけで、大人よりもずっと物事の真意を柔軟に受け取ることが出来る。人が纏う雰囲気や場の空気には敏感だし、知識の少なさ故に何かに影響されることもなく、素直に言葉にすることが出来る。
まぁ、あまりにも言葉が少ないし、子どもも本能的に感じているにすぎないため、うまく説明できないことがほとんどなんだが。
「お母さん、人がいっぱいいるところだとちょっといつもとちがってなんだかこわいけど・・・ お兄ちゃんといるとりりといる時と同じなの」
わからないなりに言葉にしようとする璃々ちゃんの頭を撫でつつ、いろいろと考えてみるがやはりよくわからない。
「黄忠殿は優しい人だからなぁ、誰にだってそうなんじゃないのかい?
友達とか、知り合いとかも一緒に居たことがあるだろう? そうした時とは違うのかい?」
確かあの頃は厳顔殿と知り合いだということは聞いたことがあった気がするし、さっき話していた時も二~三人は親しい人がいる口振りだった。
「でもね、それでもこういう感じにはならないの。
おそらく真名であろう名前がたくさん飛びだし、どの時にも当てはまらない事実を告げられるが俺にはよくわからない。
雰囲気が違うって言われても、俺が見ている限りは変わらないんだけどなぁ。
「そうなのかい?
だけど、初めて会った人をお父さんなんて言っちゃ駄目だろう? お母さんが困っちゃうし、周りの人も驚いちゃうからさ」
「お兄ちゃんはいいの?」
なるべく大きな声も、怒ってる様子も見せないようにすることが子どもにわからせる時の鉄則だ。怒鳴り声も、暴力も、『怖い』という想いばかりが先行して、子どもは何に怒られているかがよくわからなくなってしまう。
実際、俺は別に怒ってないし、わかってほしいだけだしな。
「むしろ、璃々ちゃんのお母さんみたいな美人さんの旦那さんって思われるなんて光栄だなぁ」
「こーえー?」
「凄く嬉しいってことだよ」
わからない言葉に首を傾げる璃々ちゃんに説明すれば、また嬉しそうに笑う。だから俺も再び高い高いをしてあげると、さらに嬉しそうに笑ってくれた。
ちりちりとかつてのことを思い出して胸が痛むが、何故か痛みと同時に沸き起こる期待が痛みを和らげてくれていた。
「曹仁様には御子はいらっしゃられないのですか?」
黄忠殿の突然の問いに、俺はゆっくりと首を振って否定する。
「恋人はいますが彼女達にもそれぞれ仕事がありますし、現状で子どもを作ることは出来ません。
それがどうかしましたか?」
「いえ・・・ なんだかとても慣れているように見えてしまったので」
俺の中にある父親の部分を言い当てる黄忠殿に内心で驚きつつも、今までの経験の全てを含めて
忘れることも、捨てることも出来ない。そして、後悔もしない。それだけは絶対にしてはならないのだから。
「街で子ども達の相手をしているから、少し慣れているだけですよ」
璃々ちゃんを黄忠殿へと渡しながら、遠くから木々の薙ぎ倒されるような音と聞き慣れた悲鳴が聞こえてくる。女学院に来ても平常運行なのは結構だけど、他の人達は慣れていないのだから場所を考えろと思ってしまうが仕方ない。どうせ何か樹枝が余計なことを言ったのか、何か説明する時に下手なことをしたんだろう。
「さて、俺の義弟が来るまでゆっくりしていま・・・」
「義弟が吹っ飛ばされたってわかってるなら、助けてくれたっていいじゃないですか!」
「おぉ、流石樹枝。
それで呂布殿達は今後どうするって?」
あんな音を響かせたにもかかわらず、すぐさま復活して俺の所に報告してくる余裕がある辺り、良くも悪くも慣れている。
「反董卓連合についての一件も、月さんについても詠さんが説明してくれましたし、とりあえず呂布さんを始めちびっ子二人組もここに留まるそうですよ。
華雄さんの所在については知っているようでしたけど、今はこっちにつく気もなければ、あっちにつく気もないそうで・・・」
俺が言葉の途中で脇を小突けば、樹枝の言葉は止まり、その視線は当然黄忠殿で止まる。俺が詳細を言わずに、あえてどうとでも取れるように質問したことまでは汲んでくれなかった。
「馬鹿義弟・・・」
そして、基本的に優秀にも拘らず、緊急時における周囲の観察不足は玉に傷だとつくづく思う。だが、黄忠殿の前で話題に触れた俺にも不備があったので、どうしたもんかと黄忠殿の対応へと頭を巡らせる。
「どうやら込み入った事情がおありのようですね」
「乱には常に、日に当たる場所とそうでない場所があるものですから」
互いに苦笑し、そんな俺達の空気に璃々ちゃんが不安にならないように千重が璃々ちゃんの手を引いて、中庭の中央へと遠ざけてくれた。
あんな風に優しい光景が、大陸に広くあればいい。
『だから、俺達は立ち上がる』なんて言って、戦いを正当化するつもりはない。
これは俺達の我儘で、俺達の意見でしかなくて、誰かにとって悪なんだとわかってる。
「曹仁様は、それでも進むと決めたのですね?」
「えぇ。
どんな道であっても、我が主と共に歩んでいくと決めました」
黄忠殿はそれ以上俺に問うことはなく、ただ俺を見定めるように見つめていた。
俺もまたそんな彼女から目を逸らすことはせず、視線を受け止めて見つめ返す。
全てを言葉にせずとも、状況を理解することがなくとも、もしかしたら彼女は経験から察しているのかもしれない。
そして、あえてそれを問い詰めることのない気遣いが心地いいとすら感じてしまう俺がいた。
「道半ばでこうして出会えたことは、何かの縁なのかしらね?」
視線が外され小さく囁かれた言葉を俺は聞き取ることが出来ず、俺も視線を外して改めて樹枝を見た。
が、そこに居た樹枝の驚愕な格好に俺は一度眉間に手を当てて、深く目を閉じ、深呼吸をしてから、再び視線を向け直した。
「なぁ、樹枝」
言葉には溜息が混じり、俺は改めて樹枝を上から下まで見直す。
「何でしょうか、兄上。
出来れば何も言わないで頂けると嬉しいんですが・・・」
「その恰好を何も言わないでいれるほど、俺はそれを見慣れていない」
一部の人達に酷く見慣れている光景らしいが、俺自身はあまり樹枝のこうした格好を見ることはほとんどなかった。
それに見て楽しいものでもないよな? これ。
「僕だって別に好きで慣れたわけじゃないですよ!」
樹枝の悲鳴混じりの反論を笑うことは出来ず、俺は反応に困りながら、その現実を突きつけた。
「お前、なんで女装してるんだよ・・・」
来週も本編を予定していますが、この時の樹枝の視点変更も書きたい衝動に駆られています。視点変更になったら諦めてください(なるべく本編と同時で書こうとするとは思いますが)
結局、男装の麗人の正体を明かすことは出来ませんでした! 申し訳ない!!
以降は登場した真名の由来などです。
ネタバレ等は一切ありませんので、興味のある方だけどうぞ。
【柾慈】
由来はスターチスの和名である『花浜匙』(はなはまさじ)。花言葉は『途絶えぬ記憶』『変わらぬ心』。誰の真名かはまだ秘密。
【緋扇】
由来は檜扇。花言葉は『誠意』『個性美』。誰の真名かは以下同文。
【彗扇】
由来は水仙。花言葉は多数あるが彼女の名に込められているのは『尊敬』。
また、名前が出た中で彼女のみが故人である。