真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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二つ目の投稿は、原作では鼻血軍師で有名な稟の視点となります。
風と彼女の考えの違いを出したことが、作者なりのこだわりです。
主人公との距離感がそれぞれ異なる彼女たちの考えの差。
今回連続投稿する彼女たちの考えの違いを楽しんでいただけたら、幸いです。


7,道中 【稟視点】

 一刀殿 ――― いえ、今は刃殿ですね ――― と再会し、別れてから早数日が経過しました。

 今は幽州へと向かう道の途中、ある宿にて休息を取っています。

 星は先ほど『町をぐるりと一周してくる。月が出るまでには戻る』と言って、外に行ってしまいました。

 もっとも酒と好物であるメンマの瓶も持って出て行ったので、月が出ても戻ってくる可能性は低いでしょう。

 私が昨日、宿に入る前に買った書物を数冊山にして読書に励む傍ら、風は空を眺めています。

「風、これからどうするつもりなのかしら?」

 私は視線をそのままに、風へと問いかける。

 多くの意味を含んだ問い、この言葉はどうとでも解釈できるようになっていますから、誰に聞かれても問題はありません。

「どうとは~?」

 風もまた視線を変えずに、私の問いを問いで返してきます。

「これからの道中よ。

 星は幽州へ行くみたいだけれど、私たちはどうしましょうか?」

 幽州、そこを治めるのは公孫賛。かつても、今も、目立った将こそいないが善政を敷いていることで有名。そして、その位置から他国からの者たちへの対応にも慣れている。

 華琳様の様な天才ではなく、努力によってそれらを補う秀才。かつては圧倒的な数で袁紹に倒されましたが、もし彼女の元に優秀な人材・・・・ そう例えるなら、関羽、張飛、そして孔明のような臣がいれば、間違いなく最後に残っていたのは彼女でしょうね。

「お馬さんが居るところですよね? 『白馬義従』、でしたっけー。

 稟ちゃんはお馬さんが好きですからねぇ」

「当然でしょう?

 あれほど雄々しく、速く、知性のある動物を私は知りません。馬とは乗り手次第で全てが変わってくるのです。また、接し方も重要項目の一つですからね」

 『馬』、そういえば、あの西涼に負けぬほどの技術も持っていましたね。

 霞さんだけではどうしても不足してしまっていた騎馬部隊、霞さん自身言葉での説明が苦手でした。あの時はほとんど霞さんが主戦力、私たち軍師の中で常にあった最悪の事態 ―― 霞さんが負傷、あるいは死亡した際の騎馬隊の指揮者がいないこと。

 幸いなことに必要に要することはありませんでしたし、そうさせぬための補佐もつけてきました。ですが、人材はあるに越したことはありません。

「馬の調教は難しいですからね。

 だというのに、それを軍にしてしまうなどとは凄い方もいたものですね。風」

「そうですねぇ、個の強さなら洛陽にいると聞く張遼殿は相当らしいですが、軍という規模となると他は西涼の騎馬民族くらいじゃないですかぁ?」

 風は立ち上がり、鞄の中から二本の水筒を取り出し、私の前へと腰かけました。

 眠そうな目が、今はどこか真剣みを帯びている気がします。差し出された水筒をもらいつつ、私は本から目を離しません。

「ですが、騎馬民族と並ぶほどとはよほど何かを教える事がうまいのですねぇ。

 幽州は善政を敷いているということでも有名ですし。生涯をのんびり過ごすなら、幽州も住みやすそうですねぇ」

 風も同じことを考えているようですね、ならばこの一件は決まりですね。

 私は落ちてきた眼鏡を中指で上へと押し上げ、次の本を手に取ります。

 大陸の地図として売られていた書物。これらは正しくもあり、正しくはない代物。正式な地図を持っている者は少ないのはわかっていますし、行商人たちにとって必要なのは『自分たちが安全に通れる道』ですから、それ以外の山道等は不要。ただどこかへ旅する分にはこれで事足りるのが事実、ですが軍略ではそうはいきません。その土地を知っている者こそ有利となる中で、相手の裏を突くのはほぼ不可能と言っていい。

 だが、それでは駄目でしょう。足りない部分を妥協するなど、軍師がしてはならない。軍師の策一つで、勝敗は決まるのならば可能な限りの下準備をすべき。

 地図もどうにかして手に入れたいものです。あるいは多くの地図が間違っていると知っている、正確な地図を見たことがある人材が欲しいですね。

 悔しいですが、これは現状ではどうしようもありません。

 ならば、不確定要素は二つと言ったところでしょう。

「話は変わりますが、噂に流れる『白き星の天の遣い』と『赤き星の天の遣い』は本当にいるのかしら?」

「何とも言えませんねぇ、所詮は占いで、根も葉もない噂のようなものですから。

 まぁ、娯楽の一つとしては上等の品かと。何でしたっけぇ? 後ろについていた言葉は」

 風は微笑みながら、机上にあった菓子へと手を伸ばして頬張る。

 そんな風を見ていると、肩の力が抜けていくのを感じる。頬が膨れてまるで栗鼠の様になっています、刃殿が見たらどんな表情をするでしょうね?

「稟ちゃんもどうです?

 さすがメンマ好きの星ちゃんがメンマ以外に目が留まって、買ってきたものですねぇ。美味しいのですよ」

 確かに、あの菓子も食事もメンマがあればいいとすら豪語する星がごく稀に買ってくる菓子は当たりばかり。一時期はメンマばかり食べている星に、ちゃんと味がわかるのかも疑い、偶然だろうと思っていましたが買ってくる菓子が毎回美味しければ彼女の舌の正しさを認めざる得ない。

「ありがとう、風。

 確か・・・・・『いまだ何も知らず、大器と深き情持ちし天の遣い』と『多くを知り、武と智をもってこの世に再び帰還せし天の遣い』だったかしら?」

 書物を置き、お菓子を口に運びつつ答える。

 このことから天の遣いが二人であることは明白、そして私たちは刃殿の事を覚えている。

 ならば、彼は『あの日戻って以降記憶を所持して、あちらで武と智を得て戻ってきた』と解釈するのが妥当でしょうね。

 ならば、もう一人は?

 あの日の彼の様に『何も知らないでこの世界に降り立った』とするなら、彼は誰に拾われた?

 そして、そのことがどんな不確定要素を広げていく?

 私は、私たちは、どうすれば彼を『何か』から奪われずに済む?

「稟ちゃん」

 不意に風が私の手に触れてきたので、私はいつの間にか下げていた視線を風へと合わせた。

「噂は噂ですよ、どうなるかはわかりませんが風たちはのんびり旅でも続けましょう。

 士官先も見つけなければならないのですし、それまでは手に入れられものはどんどん手に入れて、まだ見ぬ主へとお土産としましょう」

「風・・・・・」

 風、あなたはきっと私たちの中で誰よりも強い。

 あの時、全てを知っていて何も出来なかった無力感はどれほどだったの?

 何も知らずに彼を失った悲しみに暮れる私たちを支えたあなたは、どれほどの思いだったというの?

「そうね・・・・」

 私は、焦っていたのかもしれない。

 あの時、自分は策を出し続けた。その結果、劉備の伏兵にまで頭が回らず秋蘭殿を失いかけ、挙句彼がどうして消えてしまったかもわからずにいたことに。

「ありがとう、風」

 だが、焦ってどうなるというのだろうか?

 明日どうなるかわからないのは誰もが同じ、かつてとは異なるものが複数名いることなど当たり前。

 ならば、私が今からどうするかが問題であって、後悔などしている暇などない。

「郭奉孝殿と、程仲徳殿とお見受けいたします」

「「!?」」

 突然の声に私たちが振り返ると、そこには白髪で顔を隠した者が立っていました。

「ご安心を、お二人に危害を加えるつもりはありません。

 これをお読みください」

「まず、あなたは何者ですか? 一体どこから?」

 声から女性だとわかりましたが、いったい何者でしょう?

 風が差し出された書を受け取りはしますが、まだ開く様子はありません。

「日輪の使い、としか今は名乗ることが出来ません。

 そして、私の主は『あの二人ならばそれで伝わる』と言われておりますので」

 『日輪』、その言葉に私は瞬時に風を見ますが、風は・・・・・眠そうな顔をしていますね。

「疑うのは後からでも出来ますね。

 あなたの本当の名も、いずれわかるのでしょうか?」

 あの方の筆跡は脳裏に焼き付いたまま、書類仕事をおろそかにしていた一部の方々以外、あの方の筆跡を見間違える者などあの時の仲間にはきっといないでしょう。

「えぇ、私とあなた方が同じ日輪の下に集ったとき、私の名もお教えできるかと」

「・・・・ぐー」

「寝るな!」

 風から聞こえた声にほぼ反射的に怒鳴り、近くにいたので頭を軽くはたく。

「おぉぅ、あんまりにも真面目な空気が続いてしまったので、つい眠ってしまったのですよ」

 風・・・・ あなたという人は。

「クスクスッ、それではお二人とも、またお会いましょう」

「これの返事はどうすればいいのでしょうかぁ?」

「全てはその中に書かれております」

 風の問いに短く答えながら、彼女はその場から掻き消えていく。

 しかし、あの方の傍にいる隠密? 覚えがないですね。味方であるのが幸いですが、やはり情報が不足していますね。

「フフフフ、間違いなくあの方の筆跡ですねぇ。

 お兄さんも、この辺りは変わらないですねぇ」

 この上なく幸せそうな顔をして、風が口元を緩めているなんて珍しい。ということは、刃殿からも何かあるのですか。

「風、書には何と?」

 緩んだ顔の風に無言で書を渡され、それに目を通す。

『再会の言葉、現状の報告、多くをしたい事でしょうが、今は全てを省略する。

 あなた達が私の元に訪れるのを待ちきれず、こうして連絡を取る事に成功したわ。

 一刀との件、多くの疑問がある事でしょう。それは再会をした時にでも問い詰めなさい。

 あなた達が判断したこと、正しいと思ったことを成して私の元に来なさい。あなた達が何を連れてこようと、何を行ってから来ようとも私は受け止めましょう。

 あなた達と再会を心待ちにしているわ、私の愛しき者たち。

 追伸

 返事は、また使いを出したときにでも渡して頂戴』

 何と言うか、あの方らしい。短く、それでいて私たちが何かを成すことを見透かしていらっしゃる。

「あの方らしい」

 おもわず零れる笑み、これだけで私が為そうとすることに自信が持てる。

「風は二枚目を見ることをお勧めするのですよぉ、お兄さんからですね」

 やはり刃殿ですか。

 風がこれほど笑顔になる理由とは、何でしょうね?

『誰かに文を送るなんてしたことがないから、少し照れくさいなぁ。

 多くの言葉を伝えたいけれど、それは再会を果たしたとき面と向かって伝えたいからここには書かない。

 とりあえず、こちらでの一つの混乱を避けるため、俺の名が決まったんだ。

 姓は曹、名は仁、字は子孝、真名は冬雲。

 二人にもそう呼ばれたい、どうか俺の真名を受け取ってくれ。

 西涼、海の虎に関しては俺の方ですでに動いている。その件の詳細も再会を果たしたときに伝えたいと思う。

 追伸

 風、周りに気を使うだけじゃなく、自分を休めることを忘れるなよ?

 稟、一人で抱え込まずに周りを頼って、無理だけはするなよ?

 二人とも、くれぐれも無理はせずに、絶対に再会しような。それじゃ』

「まったく、あの方は・・・・」

 書を懐にしまいつつ頬が熱くなるのを感じ、水筒を額に当てる。

 直接的な言葉は何一つ入っていないというのに、文からすら感じる優しさは一体何なのでしょう?

 それに筆跡も随分変わりましたが、何と言うかその・・・ 華琳様とはまた違った美しい字、華琳様が思わず見惚れてしまうような芸術品のような物なら、この方の筆跡はもっと身近で、それでいて眺めているとほっと落ち着くような優しげな字。

「それにしても冬の雲、ですか。

 あの方にふさわしい、とても良い名です」

 空に浮かぶ白い雲、青い空に浮かぶ柔らかな雲。本当に彼自身を現した、真の名。

「まったくですねぇ。

 どの女性に留まらずに、あちこちに浮かんでは心にその姿を残していく種馬なお兄さんそのものです」

 風のその言葉に椅子ごと倒れかけるのを何とこらえ、ずれた眼鏡を苦笑交じりに押し上げた。

「クスクスッ、確かにそうとも取れますね。

 再会の時までに、一体どれほど冬雲殿を想う方が増えているのやら?」

 先程の方も、彼の傍にいる限りは避けられないでしょうね。あの方には華琳様とは似て非なる、人を引き付ける何かがある。

 人の心にそっと入り込み、その優しさでいつしか包まれている。しかし、それは押し付けられるようなものはなく、不快感などない。否、むしろその優しさを知った時点でこちらから触れていたい、触れて欲しいとすら思わせてくれる不思議な方。

「それにしてもこの名、あの方がつけたとするなら・・・・

 フフフ、あの方も随分と素直になられましたね」

「仁、ですからねぇ?」

 名につけられた思いを察し、私たちは微笑みあう。

 『刃』から『仁』とした理由、そして自身と同じ『曹』の姓。

 『仁』とは慈しみ、思いやり。あるいはその人物を指し示す語。

 この名が意味することは二つ、『曹操()の思いやり』、『曹操()の人』。

 そして、推測にしか過ぎない事ですが、『仁』の下には隠れているのだろうもう一字は『愛』。

 それを合わせ、意味するところは『曹操()の愛する人』。

 華琳様・・・・ あなたと言う方は。

「日輪と雲、そしてその下に集う私たち。

 そこで誰も欠けることなく、笑むこと。

 それこそ私たちがかつて望み、今成し遂げたい願い」

 私が掲げるように菓子を持つと、風も同様に菓子を持ち上げてくれた。それは祝いの席で杯を交わすように。

 私がお酒のないことを残念に思う日が来るなんて、考えもしなかったですよ。

「風は日輪を支え、雲を運びましょう。

 稟ちゃんはぶれる事のなく、華の支えとなってください」

「今度は風にだけ支えさせませんよ。

 日輪と雲に惹かれた者は、風だけでも、私たちだけではないのですからね」

 一瞬だけ風が驚いたように目を丸くして、私はそんな珍しい風の表情を見ながら菓子を口元に運ぶ。

「こいつぁ、一本取られたなぁ。風」

 宝譿のそんな言葉を聞きながら、風の顔を見ないようするために視線をそらす。私は輝く日輪と蒼き空、そこに浮かぶ白き雲を見上げた。

 




当初は『刃』をそのまま使う予定でしたが、史実の魏の四天王に合わせたことと上の意味を持たせたいがために『曹仁』となりました。

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