いろいろ忙しくあり、焦ったりもしていますが、頑張ります。
さぁ、再臨の紫苑さんをご覧ください。
「私の真名は紫苑、この名共々どうか私を貰ってくださいませんか?」
「じゃぁ、私とはこの後に子作りね!」
黄忠殿による決定的な言葉に続いたのは、何故か屑籠から飛び出してきた舞蓮。
連合の時もそうだったように神出鬼没なのはいい加減慣れてきたが、何故そんなところから出てきたのか。そして、何故俺へと飛びかかってこようとしているのかを一刻ほど問い詰めたい。
「
突然、入ってきたにもかかわらず、霞の偃月刀が舞い
「隊長には触れさせん!!」
凪の気弾が放たれ
「檻へ帰れ、発情虎」
陰から白陽の短剣が飛ぶ。
正直、俺だったら三回は確実に死ねるような同時攻撃を前にして、舞蓮は不敵に笑って見せる。
「うーん、良い子達ね。
けど、私の執念はそんなんじゃ止まらないわよ!」
舞蓮が着地する場所を狙った三人の攻撃は、舞蓮が足を突いた瞬間に何故か爆発でもしたかのような突風をおこし、舞蓮は何事もなかったのかのようにその場に着地してみせた。
「甘いわねぇ。
ウチの子達に比べたら動きはいいけど、私にはまだ届かないわよ」
舞い上がった埃の中から、そんな余裕ぶった舞蓮の声が響く。
「では、私の鉈は届きますか?」
が、そんな余裕を最早聞き慣れてしまった彼女の声と風切音が両断する。
「ちょっ?! その子はまずいわよ!?
でも、諦めないんだから!!」
埃の中から突然消えうせた舞蓮の影を探して視線を巡らせると、恐ろしい速度で四つん這いの何かがこちらへと向かってきていた。
いや、単刀直入に言おう。『何か』ではなく、舞蓮である。
俺の好意からこうなってるのはわかってるんだけど正直怖いし、人としての尊厳なくしすぎじゃないか? というか、街でそんなことしてないよな? なんだか普段の生活が心配になってくるんだけど?
「はい、そこまで」
俺へとあと数十センチという所まで迫ってきていた舞蓮と俺の間に絶が突き立ち、舞蓮が青い顔をして華琳を見る。
「危ないじゃない! 華琳!!
刺さったらどうするのよ!」
青い顔は一瞬にして真っ赤になり、文句を言いながら舞蓮は立ち上がる。
華琳にここまで堂々と不平不満を言う人間って、そう居ないと思う。そう言う意味じゃ、舞蓮も華琳の特別なのかもしれない。
「刺さらなかったからいいじゃない。
あなたがそれ以上に進んでいたら危なかったけど」
「進んでたら刺さってたわよね?! 絶対そのつもりで投げたわよね? だから、絶なのよね?! この鎌!!」
「そちらではなく、冬雲の後ろよ」
「後ろ?」
華琳の発言によって舞蓮が俺の後ろへと視線を向け俺も同様に振り向くと、そこにはいつの間にか矢を番えて狙いを定めている黄忠殿が居た。
「ちょっ?!
あんたまで何やろうとしてんのよ?! 紫苑!」
「何って先輩、旦那様につこうとしている悪い虫・・・ もとい悪い虎を退治しようとしていただけですよ?」
俺を挟んで言い合う二人の言葉に違和感を覚えつつ、俺は腕の中に居る璃々ちゃんがしっかり寝入ったことを確認しておく。
よかった・・・ 本当に寝ててよかった。
最後の舞蓮の動きなんて、下手すれば
「ん? 先輩ってどういう・・・?」
璃々ちゃんが起きないように声を押さえた俺の疑問を誰よりも早く樹枝が拾い、頷きながらも口を開く。
「どちらかというと黄忠殿の方が年上に見えるような・・・」
その言葉が聞こえたや否や樹枝の服の端を矢が貫き、瞬く間の内に虫の標本のように壁に射とめられた。
「・・・・どういう意味でしょうか?」
「黄忠殿の方が落ち着いた雰囲気があり、我が子に見せる表情はまさに母親らしい年相応に感じられるからです!
けして、けして老けて見えるとかそういうのではあぁぁぁーーー?!」
「手が滑りました」
その発言と同時に、樹枝の頬を矢が掠めていく。
「掠った! 今、掠ったあぁぁーーー!!」
いや、後半は絶対いらないだろ。そう言う所が自業自得だって言ってるんだよ。
というか、舞蓮の方が娘の年齢が明らかに上だろうに。
「ていうことは、私が若く見えるっていうことね!」
「いや、落ち着きがない子どものように見えるからです」
本当にこいつの正直なところは美徳だと思う。
けど、いつかこの正直さでこいつは死ぬと思う。
「ちょうどいい物があったわね。
これ、投ーっげよ」
「また掠った! 絶、掠った?!」
舞蓮がまるで
「でも、ちょっとしたことで照れて赤くなったり、璃々ちゃんの行動に慌てたりするとか、黄忠殿は結構可愛いところあるだろ」
「なっ?! 旦那様!?」
もう旦那様呼びで確定なのかとかはツッコまない。ツッコんだら負けだ。
「舞蓮はそりゃ落ち着きがなくて子どもっぽいけど、樹枝が思ってる以上にいろいろなことを考えてるぞ? 多分」
「なーに、言ってるのよ、冬雲。私なんて適当よー」
と言いながら、舞蓮は嬉しそうに俺に抱き着いてくる。
だけど、璃々ちゃんが起きない程度に加減してくる細やかな心遣いに『母』という彼女の一面を感じた。
「で、二人が顔見知りなのはわかったけど、本当にこれからどうするんだ?
舞蓮はもうあっちに帰っても平気だし、黄忠殿も探そうと思えばもっと安全なところがあると思うんだけど」
蓮華殿と流石にそこまで詳細のやり取りはしていないが、十常侍が全滅した今、舞蓮があちらに戻っても問題はない。
黄忠殿にしたって女学院が無理で、もわざわざ乱世の中央に立とうとしているここよりも安全な所なんてそれこそ星の数ほどあるだろう。
「酷い!
私の体に飽きたっていうのね!!」
「そもそも! 食わせてないわよ!!」
舞蓮のボケにすかさず桂花のツッコミが入り、俺も一応デコピンを当てておく。
「本気の話だよ、舞蓮。
好意を抱いてくれてるのはそりゃ嬉しいけど、向こうに戻る選択だって・・・」
言葉の途中で近くまで迫っていた舞蓮の額が、俺の額に触れる。
「バッカねー、冬雲は。
私は、最初から自分の我儘でここに来ることを選んだのよ?
今更家に戻るとか、どっかで名をあげるとか、華琳に反旗を翻すとか、するわけないでしょ?」
頬を摺り寄せるのと同じように左右に揺られながら、舞蓮は嬉しそうに目を細めていく。
「私は、愛した人とくどいくらいたくさんの思い出を作りたいのよ。
ね? 紫苑」
「そう、ですね・・・
いろいろと勝手だと思いますし、先輩がここに居る詳しい事情までは分かりませんがそれは同意です。
・・・・というか先輩、近いです」
黄忠殿へと同意を求めた舞蓮はあっさりと俺の拘束を解き、なおかつ腕の中から璃々ちゃんを奪いながら黄忠殿と入れ替わる。
舞蓮とは違う柔らかな印象を受ける体が俺を包みながら、先程まで弓矢を番えていた彼女の手が俺の顔を包むように捕らえた。
「曹仁様」
瑠璃色の眼が俺を射ぬき、俺もそれに答えるように見つめ返す。
「この乱れた大陸に、安全な所なんてどこにもありません。
何せ謎に包まれてきたあの水鏡女学院ですら、軍に襲われてしまう世の中です」
それは紛れもない事実だ。だが、何もそれはここじゃなくていい。
それこそ彼女が所属していた劉璋殿の所ならば山に隔絶されていることもあり、戦火を免れることは出来ずともしばらくの間は無縁でいられる。
「ですが黄忠殿、俺達の進もうとしている道を敏いあなたならわかるでしょう?
女学院での薦めがあったとはいえ、ここは隠居する場所に向いているとは思えません」
「確かに、水鏡女学院の方の薦めという理由もあります。
ですが、あなたのお傍に居たいということも、体を捧げたいという想いもまぎれもない本心です」
心を差し出すように、舞蓮と同じように俺と彼女の額は触れ合う。
何かの物語ではないのだから、記憶を共有することも、想いを通じあうことも出来ないけれど、彼女の温かな体温と吐息が伝わってくる。
「『一目惚れ』なんて言ってしまえば安っぽく聞こえてしまうかもしれません。
交わした言葉の数も、共に過ごした時間も、ここにいる方々と比べてしまったら本当にごくわずかでしょう。まして、弓を置こうとしている私が『横に並ぶ』などと口にすることも烏滸がましい」
どの言葉も相応しくないと言いながら、彼女の声に諦める様子はない。
「あなたと私の道が交わったこの奇跡を、私は共に歩むことで軌跡としたいのです」
至近距離から伝えられる彼女の想いは、俺だけに向けられた秘め事のように。
「もう一度、言います。
私の真名は紫苑、この名共々どうか私を貰ってくださいませんか?」
彼女の言葉に俺が答えられずにいると、思わぬところから声が降ってくる。
「冬雲、これで受け取らないなんて選択肢があるなんて思っていないでしょうね?」
「か、華琳・・・」
「あなたの道は私の道。
その道は一人増えた程度で変わる軌跡ではなく、出会えた奇跡の数々を祝福し、積み重なり強くなっていくものよ。
私が引き寄せたあなたとの出会いが、ここまで私達を強くした。
彼女もまた私達の強さとなる、それだけよ」
どんな騒ぎがあっても、くだらない笑いや恋愛事があっても、華琳は変わらない。
清々しいほど俺が好きになった彼女のままで、進むごとに彼女は強くなっていく。
あの時よりももっと貪欲に、何一つ諦めようとしない、全てを欲する我らが覇王。
「黄忠殿・・・ いいや、紫苑」
華琳の言葉に背を押され、俺も腹を決める。
「俺はまだ、皆にも明かしきれてない秘密を抱えている。だから今すぐにあなたを貰うとか、結婚するとかは出来ない。
だけど、俺は俺の意志であなたに俺の真名を・・・ 俺がこの世界で貰った宝物の一つを渡すよ」
さっき彼女がしてくれたように彼女の額に額を当てて、そっと彼女の顔を包み込む。
「俺の真名は冬雲。
日輪が照らす大陸の空に浮かぶ、冬の雲だ」
「さて、話がまとまったところで私達の現状を整理しましょうか」
将として入るわけではない紫苑殿には一度席を外してもらい、舞蓮も紫苑殿と積もる話もあるらしく大人しく席を外してくれた。念のために橙陽を護衛につけ、眠っている璃々ちゃんのことを考えて、早々に空き部屋などの手配もしておく。
「あなた達が留守の間に袁術軍の一部が攻めてきたわ。
もっともそれも、大した相手ではなかったけれど」
華琳の言葉に霞が得意げに笑い、月殿が静かに微笑んでいく。
それだけで誰が相手にしたのかがわかり、将を始めたばかりの二人の練習台になって消えたのだろう。
「それに加え、樟夏が幽州へと無事についたとの文も届いているわ。
その辺りは桂花、あなたから報告を」
「はい、華琳様」
華琳に促された桂花が立ち上がり、いくつかの書簡を手にして、それらを開いた。
「向こうとの連絡の取りあいも順調で、民の受け入れも今回袁術軍から奪った土地や治めていた土地に移ってもらうことで話は通っているわ。
職などについても警邏隊を始め、元々行っていた職についての情報もあちらから渡されているので心配することもないでしょ」
「へー。
僕が女装をしている間に義兄弟は婚約者といちゃつきですか、そーですか」
桂花の報告にやさぐれたような樹枝のつぶやきが漏れ、華琳は首を振って否定する。
「あら、そうかしら。
真面目な話を言うのなら、経済力と兵力だけは無駄にある袁家が攻めてくる。
それだけであの場所にいるのがどれほど危険かは一目瞭然であり、民の移動なども含めればやることは山積みでしょう」
「確かに・・・ それもそうですよね・・・
申し訳ありませんでした」
華琳の言葉に樹枝が真剣に頷こうとするが、華琳の言葉がこれだけで終わるわけがなかった。
「あの子達が居る中で新婚よろしくいちゃつきなんてしたら・・・ それはもう面白いことになっているでしょうね」
『あー・・・』
「風様もほとんど会えてないのー・・・」
「稟様はもう、まずないか?
ほっとんど会えてへんやろ?」
その場にいるかつての面子が納得し、一部にいたっては冷や汗まで流し始めている。そんな中黒陽の手から書簡が渡されると、春蘭や桂花までもが顔を青くする。
あれは見ちゃいけない。
見たが最後、俺はこの場から飛び出して幽州に向かいかねない。
「袁紹軍は今後、幽州のみならず周辺の諸侯を喰らってさらに大きくなって私達の前に立ちはだかることでしょう。
けれど、そんなことは関係ないわよね」
この大陸においてもっとも強大な勢力がさらに肥大化し迫りくるというのに、華琳は笑いながら『関係ない』と斬り捨てる。
「『打倒袁家』は私達にとって通過点であり、この中原に覇を唱えるためのただの足掛かりでしかないわ。
けれど、足がかりとは強大であり、難敵であればあるほどより高く登れるものよ」
玉座から立ち上がった華琳は、黒陽によって回収された絶を鋭く振るう。
「さぁ、全てを手に入れるとしましょうか」
華琳の言葉に彼女を侮るような言葉は一つとしてなく、袁紹殿を見下すような言葉もない。
それだけ彼女が華琳と並ぶにふさわしいということであり、油断してはいけないということ。
前回は勝った。けれど、今回もそうなるとは限らない。
なら、俺達も相応の覚悟と、礼と、誇りを持って、彼女を迎え撃つ。
次は視点変更を予定しています。
視点変更を終えたら、幽州へと移るのでまた視点変更を挟むかもですね・・・ その次辺りに本編(というか主人公視点)に行くと思います。
番外も書きたいですねー、お正月とかクリスマスとか。