真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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いつもよりやや遅れましたが、無事投稿出来ました。

さぁ、どうぞ。


74,幽州 合流

 会議が無事終わろうとしたその時、華琳の背後に立っていた黒陽が天井を仰ぎ、それと同時に白装束の隠密が床に着地した。

「会議中、失礼します」

「かまわないわ、橙陽。

 あなたがここに戻ったということは、麗羽が動いたのね?」

 深く頭を下げたままの橙陽の真意をくみ取りながら、華琳は話を促していく。

「はい。

 私と宝譿殿が偵察を行っていた際、袁紹軍の強襲部隊と思われる者達が幽州へと迫っていました」

「袁家が自らの領地で我慢することなく飛びだすことは承知の上、白蓮もそのために準備を行ってきた。

 けれど、宣戦布告なしでの強襲なんて、正々堂々と中央を突き進むのを好む麗羽らしくないわね」

 華琳はそこまで言った後、黒陽が用意した水を口にして盃を硬く握りしめる。

「あの子の進む道を汚すなんて、アレはどこまで私の邪魔をするのかしら」

 激しい怒りを見え隠れさせる華琳。

 だが、華琳と袁紹殿(彼女)との間は俺すらも入ることは許されない。その関係を華琳の口から語られた時、ようやく俺は発言権を得る。

「冬雲、戻ってきたばかりで申し訳ないのだけど、あなたには今夜にでも幽州へと向かってもらうことになりそうね」

 垣間見せた怒りを覆い隠すように華琳は俺に指示を飛ばしつつ視線で秋蘭に説明を促し、秋蘭は説明を開始した。

 予想していた事態とはいえ、この場にいる誰もが冷静に対処していく姿は素晴らしいの一言に尽きる。もっとも、そんな惚気を言っている暇なんて今はないのだが。

「樟夏達の迎えに相応の戦力と立場が必要になる以上、将の誰かが行くことは必然だろう。

 だが、下手に隊を動かせばそこを狙われ、袁紹軍に呑まれかねない」

「それなら霞さんでもいいんじゃないですか?」

 秋蘭の言葉に樹枝が言葉を挟めば、秋蘭は首を振った。

「確かに機動力という面を考えれば霞は適しているが、公孫越を除いた全員の顔見知りである冬雲が動いた方がいろいろと手間が省ける。

 かといって、弓を得物として使う私が単騎で向かった場合、強襲に対してあまりにも無力だ」

「いや、別に秋蘭様って主な得物が弓というだけで剣でもかなり強・・・」

 樹枝の言葉を隣に並んでいた詠殿が足を踏んで黙らせ、同時に顎を殴ったのか樹枝の絶叫が玉座に響くことはなかった。

 詠殿が樹枝の扱いに慣れ過ぎていることに驚かざるえないが、そこはもはや阿吽の呼吸なのかもしれない。邪推するなら、仲良きことは美しきかなだろうな。

「まっ、それだけやないけどなぁ。

 風達もそろそろいろんな意味で限界やろうし、風達が会いたい思うとるのはこの中の誰かなんて口にせんでもみーんなわかるわ」

 霞がやたら実感の籠った言葉を言いつつ頷きながら、俺の近くまで来て背中を強く叩く。

「自分んとこ失っていっちゃん辛いのは間違いなく領主の公孫賛やけど、未来の旦那っちゅう支えがおる。

 稟は真面目やし素直やないし、風なんて何考えてるかわからんけど、しんどいわけない。

 よーするにや」

 前へと回り込んで、霞は一瞬体が浮くほどの威力で俺の肩を叩く。

「冬雲が行かんで、他に誰が行くんや?」

 状況的にも俺が行くしかない。

 何より他でもない風達が辛い思いをしているのなら、俺は支えたい。

 さっき思ったばかりの飛んでいきたいという想いを、俺は任務という建前の元で実行に移すことが出来るなんて喜び以外の何があるんだろうな?

「他の誰にも譲ってなんかやらないさ。

 けど、珍しいな?

 こういう時、いつもの皆ならもう少し嫌がるもんだろ?」

「まっ、いつもならそうやな」

 俺の言葉に霞は笑って、肩をすくめる。

「乙女としては恋敵であり、好敵手である風達が傷心を理由にいちゃらぶすんのはもやもやするし、正直嫌やな。

 けどなぁ、それ以上にウチらは仲間なんよ」

 『恋敵』で『好敵手』で『仲間』か。

 そうだよな、思えば俺達ってずっとそうだったんだよな。

 王とか、筆頭軍師とか、将軍とか、御使いとか、部下とか、上司とか・・・  俺達にはそれぞれいろんな肩書きがあって、それが当たり前だった。

 だけど、上下関係があっても、多くの肩書きがあっても、俺達はずっと仲間で、家族だったんだ。

「それにあの二人からおっそろしい書簡も届いとったしなぁ。これで冬雲を迎えに行かせんかったら、あの二人にとんでもない仕返しされそうやし。

 ・・・風にも、稟にも、あの頃からいろんな我慢させてもうたし」

 笑う霞は一瞬だけ苦笑いをして、俺をまっすぐ見つめていた。

「頼んだで、冬雲。

 稟と風にはあんたが一番の特効薬で、ウチらの泣いてもえぇ場所は冬雲の胸ん中だけなんやからな」

 『俺はそんな大それたものじゃない』と言いそうになったけど、霞の手が俺の口を塞いでしまう。

「次、そないなこと言おうとしたら、唇で塞いだるわ。

 こんなとこでしたら、ウチかて無事には済まされんやろうけどな」

 楽しそうに笑いながら、霞は近づけた顔を遠ざけていき、自分の席へと戻っていく。

 あの頃からいろんな我慢、か・・・

 そのツケが一番多いのは、きっと俺なんだろうな。

「じゃ、ちょっと風達を迎えに行ってくるかな」

「行ってきなさい。

 あなた達の帰りを、私達は万全の準備をして待ちましょう」

 俺の言葉に華琳が答え、華琳は俺以外の全員へと視線を向ける。

「全員、自分のすべきことを成し遂げなさい。

 では、解散!」

 

 

 

 その後、かつての面子に激励やら伝言、保存食などを持ち、その晩に白陽と共に陳留を飛び出した。

 袁紹軍や他陣営に警戒されないように外套を被り、白陽が導くままに最短の道を突き進んでいく。

「冬雲様」

 俺が焦っていることをわかったのか、それ以上何も言わずに諌めてくれる。

「わかってるよ、白陽」

 急いでることも、焦ってることも、自覚している。

 でも急ぐ足を止めることも出来なければ、愛馬である夕雲も俺の気持ちを理解して足を速めてくれている。

「ご無理をし、もしもの時に動けない方が問題かと。

 ご休息を」

「・・・わかったよ、白陽」

 俺が敵わない相手を数えだしたらキリがないが、白陽は距離が近いこともあって華琳達に近い意味で敵わない面が多い。

 自分でも首を傾げてしまう時もあるが、かつての面子とは知らないことの方が少ないから納得できる。それに普通に接しているつもりでも、先日千里殿に指摘された通りどこか無意識に一枚壁を作っているのかもしれない。

 だが正直、白陽にはそれがない。

 出会った時からありのままの自分を晒し、俺に真名を授け、あの日の言葉通りに俺に仕えてくれる白陽。

「白陽」

 この世界での出会いの全てに俺は感謝してるし、尊いものだと思ってる。

 だけど、こんなわけのわからない存在である俺に忠を捧げ、献身的に尽くし、俺という存在の影を支えてくれる彼女との出会いはきっと砂漠で金を見つけるような奇跡だ。

「いつも、ありがとうな」

 言葉にすることの出来ないたくさんの想いを持って感謝を告げれば、白陽は一瞬の間だけ口元に笑みを浮かべ、いつものように返してくれた。

「もったいない御言葉です」

 

 

 

 無事に幽州に到着し、『最後に一目、幽州の街を見たい』という公孫賛殿の希望によって訪れた崖の上からは幽州の全てが見渡すことが出来ていると錯覚するような絶景だった。

 だが、その絶景も今は街のあちこちから煙があがり、家を崩し、遠くには軍隊が動く音が聞こえてくる。

「風はこの地を訪れた時から、こうなることをわかっていたのですよ」

 崖の縁に立ちながら、風は儚げに笑う。

「華琳様とお兄さんの所へ行くまでの代わりの巣・・・ 例えるなら郭公(カッコウ)の雛のように、いずれは帰るべき大空へと羽ばたく力を得るための場所にする筈だったのですよ」

 公孫賛殿と公孫越殿が目の前にいるにも拘らず、風は策を素直に口にする。

 いいや、違う。これは・・・

「風は幽州という街も、白蓮ちゃんという稀代のお人好しも、星ちゃんという一人の武人も、全てを利用するつもりでした。

 でも風は一つだけ、大きな間違いを犯してしまったのですよ。お兄さん」

 堰を切ったように溢れ出していく言葉は、風の想いという激流。

 そこには真名のように掴めない(フウ)はなく、感情という激しい色を宿す(カゼ)が吹き荒れていた。

「白蓮ちゃんと赤根ちゃん、稟ちゃんと星ちゃんと一緒に過ごして、この幽州という街を守るために連合に出たり献策をしたり、美味しいお菓子やご飯の店を知って、時には星ちゃんと悪ふざけをしながら白蓮ちゃんを困らせて、赤根ちゃんや稟ちゃんにお説教されることを楽しんで・・・ そんな全てが、気がついたら当たり前になっていたのです。

 そして風はそんな当たり前をくれたこの街を、どうしようもなく好きになってしまったのですよ」

 そう言いながら、風は赤く燃え盛る幽州の街へと再び視線を戻した。

 その背中は、泣いているようだった。

「いやー、こんなに辛いなんて思ってなかったのですよ」

 いつもと変わらないように振る舞っているその声が、俺には涙で震えているように聞こえてしまう。

「風・・・」

「お兄さん、悲しそうな声を出さないでください。そんな声を出されてしまったら、風が困ってしまうのですよ。

 むしろこれは、笑う所なのです」

 風はこちらを振り返らずに、いつもの明るい声で続ける。

「利用して壊れることをわかっていた風が、当たり前が壊れたことを悲しむなんて滑っけ・・・」

 それ以上言葉が続く前に、俺は背中から風を抱きしめていた。

 もう無理だった。

 一生懸命に演じ、明るく振る舞おうとする風の想いが俺にだって痛いほど伝わってきてしまったから。

「風、もういいんだ」

「お兄さん・・・?」

「風はもう、傷つかなくていい」

 その罪悪感の全ては、俺にこそ与えられるべきもの()だから。

 続く言葉は風にだけ聞こえるように囁いて、俺は風を抱いた手を苦しくない程度に加減しながらも固く抱きしめる。

「どんな成り行きだって、どんな狙いがあったって、この街は公孫賛殿達と一緒になって風達が作りあげた。黄巾兵から民を守って、異民族との友和を保つことで異国からこの土地を守り、民を逃がすために必死になってたことを俺や華琳はよく知ってる」

 そう言いながら俺は、風の頭をそっと撫でる。

「風が滑稽? そんなわけない。

 風はこの街の当り前を、好きになったこの街の全てを守りたかっただけだろ?」

 でも、公孫賛殿は勿論この場にいる誰もがそう出来ないことをよくわかっていた。

 山に囲まれ逃げ道は多いとは言えず、隣接している異民族に迷惑をかけないように配慮するという人の好さに付け込まれ、数に物を言わせた袁紹軍に敵うはずもない。

「そんなの罪でもなければ、強欲でも何でもない。

 だってそうだろ? 俺達が知ってるこの大陸で一番欲深い王様は、向かい合った者すら欲して、愛してやまないんだからな」

「はぁ・・・

 流琉ちゃんの方が格好いいのって、どーなんでしょうねぇ・・・」

 俺が空気を読まずにドヤ顔で風に告げれば、風は目を丸くした後で深い溜息を零す。

「ん? それってどういう・・・」

「なんでもありませんー。

 まったく、久し振りに空気の読めないお兄さんに戻ってしまったようですねぇ。そんなお兄さんには罰を与えるのですよ」

 言っている言葉の意味がわからずに問い返せば、風は体を反転させて俺の体に顔を強く押し付けてきた。

「お兄さんはしばらくの間、風の手拭いです。

 ただ静かに風を受け止めることが、手拭いのお仕事ですからねー」

 風はその言葉通り、罰として手拭いとなった俺の胸元を静かに濡らし続け、斜め後ろから感じる稟の優しい視線に俺は心を温かくしていた。

「稟ちゃんはいいんですかー?

 この手拭い、使い放題ですよー」

 俺の胸の中から顔をあげないまま、いつもの明るい声に戻った風が稟に声をかければ、稟は優しく微笑んだまま首を横に振った。

「いいえ、遠慮しておきますよ。

 この貸しは、今度冬雲殿と旅行をすることで清算するので気にしないでください」

「えー、それはずるくないですか? 稟ちゃん」

「思いきり抱擁する権利を譲っているんですから、これぐらいが妥当でしょう?

 それに私と冬雲殿は特に二人きりで過ごす機会がありませんでしたし、二~三日はそうしてゆっくり過ごしてみたいものです」

 鼻血を出すこともなく、しっとりと妄想にふける稟は初めて見たかもしれない。

 なんてどこかずれた感想は勿論口にすることはなく、俺は静かに手招きをしてみる。すると、稟はふらふらと一歩二歩と歩き出そうとするが、ハッと我に返って素早く首を振る。

「ほらほら、稟ちゃん。

 これは抗えないでしょう?」

「くっ・・・!

 風に貸しを作ろうとしているというのに、冬雲殿が私を招いてくれている。けれど、未来に描く甘美な日々のために・・・ ですが、これは・・・」

 腕の中の風と徐々に距離を詰めていく稟のやり取りに目元を緩ませながら、腕の中にある彼女の泣ける場所で在ることを誇りに思った。

 

 

「オイ待て、風! 稟!

 貴様ら、揃いもそろって傷心を理由に抜けがけをしただけではないか!!」

「させねーよ!」

「星お姉様、最後まで空気を読みましょう」

「は・な・せーーーーー!!!」

 ・・・その後方から聞こえた愉快なやり取りは、聞こえなかったことにしておこう。

 




次も本編になるかと思います。

いろいろ忙しくはありますが、週一投稿頑張りたいと思います。

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