真・恋姫✝無双 魏国 再臨   作:無月

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この前に一話、投稿しています。




77,おかん

 城についた頃にはすっかり日も傾き、今日はもう屋敷の方に向かうことは断念することにした。

 まぁ、また日を改めていけばいいか。黒陽なら知ってるだろうし。

「ごめんなさいねぇ、何か用事があったんでしょう?」

「いえ、かまいませんよ。

 それに女性の頼みを断ることは出来ませんから」

「あらあら、お上手ねぇ」

 執務室へと向かいながら、女性との会話をしつつ、そういえば名乗ってないし名乗られてないことを思い出した。

「そういえばお名前は・・・」

「あっ、おばさんじゃないですか!」

「あら、この間の新米のお嬢ちゃん」

 華琳のいる執務室の方から駆けてきた流琉に言葉を遮られ、女性もまた駆けてきた流琉を受け止めながら嬉しそうに微笑んだ。

 その姿はまさに母と娘であり、見ているこちらも微笑ましくなってしまう。

「今日はどうかしたんですか?

 一般兵の差し入れは今日ではありませんでしたよね?」

「そうなんだけど、今日は別口で差し入れがあるのよ。

 今日の安売りでとっても良い物が手に入ってね」

「安売りですか。あの戦場の!」

 仲良く会話を繰り広げる二人に置いてきぼりにされた俺は、とりあえず二人の関係を聞くことにした。

「二人はどういう関係なんだ?」

「そうねぇ・・・ 人生の先輩かしら?」

 壮大な答えが返ってきました。

「今まで狩り以外ではお城の人に食材を買ってきてもらってったんですけど、この間自分で市場まで足をのばしたんですよ。その時に知り合ったんです。

 この方は凄いんですよ、兄様。

 値引きの仕方だったり、安売りに飛び込んでいって得物を無事取得したり、穴場についても凄く詳しいんです!」

 流琉、その年齢で主婦になるのはどうかと思うぞ。

 いや、嬉しいけど。

「この子にはまだ経験が足りないのよね。

 けど、将来とってもいいお嫁さんになると思うの」

「そ、そんな兄様のお嫁さんだなんて・・・」

 そうするつもりだけど、この場で言うのはどうなんだろうなぁ。あぁ、周りの兵達の視線が痛い。

「あらあら、式には呼んで頂戴ね」

「勿論です!」

 俺の知らないところで話が進んでいくけど、結婚式かぁ・・・

「皆、綺麗だろうなぁ」

「報告が終わって早々兄者の色惚け顔ですか・・・・

 世は無常だ・・・」

「白蓮殿と一緒になった挙句、早速逢引きしてきた樟夏にだけは言われたくない」

「いつ袁紹軍が攻めてくるかもわからない現状において周囲の把握は必須であり、近辺をうろついていた見慣れぬ兵の目撃情報の詳細を知ることは重要でしょう!」

 声に出かけた言葉を飲み込んだつもりだったが、おもいっきり声に出ていたらしい。

 建前を万全なものにしたようにしか聞こえないが、結局のところ当人達が否定しようが周囲がそう思ってしまえばそれは逢引きだと断定されるだろう。というか、否定してないし。

「大体、兄者こそなんです。

 休日だというのに執務室へと向かう廊下にいるなど、あなたは休みというものが何か理解しているんですか? しかも女性連れぇ?!」

 そこでようやく樟夏は俺の隣にいる女性を視認し、言葉の末尾が妙に高く上げられた。

「あ、あああぁぁぁーーーーー??!! ああああ、あなたがどうして城にいるんですか?!」

「あら、(ショウ)ちゃん。久し振り。

 たまには宿舎じゃなくて実家に帰ってきなさいね。皆、心配してるんだから」

「それは申し訳なく思いますけど、まず質問に答えてください!

 官職を姉者に譲ってからというもの、城に寄りつかなかったあなたが今更城に何の用ですか?!」

「それがもう・・・ 今回の安売りで二人によく似あうものがあったのよ。

けど、着せたくても二人ともなかなか帰ってきてくれないし、だからお母さん張り切っちゃってここまで来ちゃった」

 うん? お母さん? でも、亡くなったって言ってたよな?

 ということは、この人は後妻(あとづま)か? でも、それにしては似すぎてるような?

「誰がお母さんだーーーーーー!!!」

 廊下に樟夏の絶叫が響きわたり、あちこちの部屋から覗き見る者がいたが、声の主が樟夏だと知ればいつものことかと思って扉を閉じる者が多かった。

 だが、ここは執務室へと通じる廊下であり、俺達が向かっているのは華琳の元であった。つまり・・・

「まったく・・・ 樟夏、あなたは一体何を騒いでいるのかしら。

 私の執務室へと続く廊下で騒ぐなんて・・・ あぁん?」

 朝に見たばかりの華琳の般若の形相が再び降臨し、流琉が恐怖のあまり飛びあがり、俺の腰へとしがみついてきた。

 華琳は般若の形相のまま速足で駆け寄って来たかと思えば、駆け足のみを助走にして突然飛び上がる。

「「は?」」

 華琳の行動に俺と流琉が驚くが、綺麗に揃った足は真っ直ぐと女性へと向かっていた。そして、その足裏は見事女性へと命中し、その場に倒れ伏す。

「か、華琳・・・ 一体、何を?」

「何であなたがここに居るのかしら?」

 俺の疑問は答えられることはなく、華琳の視線も言葉も、目の前に倒れ伏す女性にのみ向けられていた。

「流石、華琳ちゃん。

 お父様が世界をとれると言っただけはあるわね」

「お祖父様はそんなつもりで言ったんじゃないわよ!!」

 蹴られたにもかかわらず女性は華琳を褒め称えるが、華琳はそんな女性へと噛みつくように怒鳴り返した。

「ふっ、ふふ・・・ ま、まさか、このようなことになるとは・・・

 本当に冬雲様の行動は私の想像を超えていて・・・ ふっ、ふふふふふ・・・」

 華琳が怒鳴り、穏やかではない状況が繰り広げられているにもかかわらず、黒陽は腹部に手を当て、壁を叩きながら爆笑していた。

 

 何、この状況。誰か説明をください。

 

 なんて心の中で叫んでも、誰も答えてはくれないだろう。

 ならこれまで通り、行動あるのみ。

「えっと・・・ 華琳。その人は結局、一体誰なんだ?

 華琳の近しい人だってことはわかるんだけど、一体どういう関係の?」

 俺の問いかけに対し、華琳は一度樟夏と目を合せ、二人は同時に溜息を吐いた。

「姉者、覚悟を決めましょう・・・」

「そうね・・・

 ここまでこれが来てしまった以上、いつまでも隠し通せるわけもないものね」

 何やらブツブツと姉弟同士でやり取りをしているが、流石に声が小さすぎて詳細までは聞こえなかった。

 そして、二人は同時に女性を指し示しながら、溜息を吐くようにして告げた。

「父よ」

「父です」

「「は()?」」

 再び俺と流琉が声を揃えて驚きを表現するが、そんな俺達にはかまわずに女性だと思っていた人は何事もなかったかのように立ち上がって俺と流琉の前へ歩む。

「二人とは初めましてとは少し違うけれど、改めてご挨拶するわね」

 悪戯っ子のように片目を閉じて、優しい微笑みを俺達に向けたまま姿勢を正す。

 姿勢を正した瞬間、そこに先程の女性らしい柔らかな雰囲気はなくなり、どこか硬い印象を受けるような雰囲気を纏う。

「私はそこにいる曹操と曹洪の父であり、四英雄の曹騰の実子である曹嵩と申します」

 そこで言葉を区切って曹嵩様は一礼し、もう一度顔を上げた時は先程変わらない女性らしい微笑みを向け、さらに言葉を繋げた。

媽媽(ママ)って呼んで♪」

「「呼ばせるかあぁぁぁぁーーーー!!!」」

 曹嵩様がおどけた瞬間、華琳と樟夏による渾身の一撃が曹嵩さんへと叩き込まれた。

 

 

 怒りと苛立ちを露わにする華琳と樟夏をどうにか宥めて、俺達は一度食堂へと場所を移した。

 尚、曹嵩さんの姿に親しげに挨拶をしていく兵達に華琳が睨みを利かせ次々と追い払って行き、加えて樟夏までもが声を荒げて兵達を散らしていく。当然、兵の多くが普段からは考えられない二人の様子に戸惑うが、俺と流琉が『大事な話があるから、退出してほしい』と説明すると何かを察した様子で次々と退出していった。

「もう、華琳ちゃんと樟ちゃんたら横暴なんだから~。

 普段からそんなことしちゃ、めっ! よ」

「あなたがどの口で・・・」

「言いますかねぇ?」

「よせ! 二人とも!!」

「どうしたんですか!? 普段はもっと落ち着いていらっしゃるじゃないですか。

 それにせっかくのお父さんが来たんですから・・・」

 華琳と樟夏がどこからか取りだした得物をゆらりと構えだすのを俺と流琉が必死に抑え、説得を試みるが、二人の苛立ちは収まる様子が見られない。

「こんな姿の父は認めない!」

「流琉さんだってこんな父親が来たら、困るでしょう!」

「その・・・ 私、両親は幼い頃に亡くなってしまって・・・」

「「ぬぐぅ!」」

 邪険にしている自覚はあったようで二人は流琉の言葉に苦しげな声をあげるが

「そうなの・・・

 だったら、私を媽媽って呼んでいいのよ」

 曹嵩様が火に油を注ぐ。やめてください。既に二人は怒りで真っ赤に燃え上っています。

 今度こそ無言で得物を構える二人から、笑いすぎて腹部を抱えて蹲っていた黒陽の手を借りて無事得物を取り上げることに成功し、笑いすぎておかしな痙攣をし始めた黒陽は青陽を呼んで医務室へと運んでもらった。

 そして、緩衝材として流琉に待機してもらい、俺は人数分のお茶とお茶菓子を準備したところで全員がようやく人心地ついた。

「・・・それで? 一体、城へと何をしに来たのかしら?

 公式に私と会う場合は、父親としての姿で現れると約束だったわよね? 父様」

「だって、今日来たのは公式の物じゃないもの~」

 あぁ、華琳の額に青筋が・・・

「では、何故?」

「もう樟ちゃんったら、せっかちね。

 そんなに急かさなくても樟ちゃんにもちゃんと買ってきてあげたから、ほら」

 樟夏の額にも十字によく似た怒り印がついているが、曹嵩様は特に気にしてないのか見えていないのか、背負っていた風呂敷を降ろしていくつかの衣服を取りだしていく。

「ほらっ、これが二人へのお土産よ~。

 今日の安売りの戦利品なの」

 一言話すごとに華琳と樟夏の怒気が高まり、物理的に空気が重くなっているように感じられる。

「私がそんなものを着るわけがないでしょう!」

「私も仕事着だけで十分です!!」

 二人の断りの言葉にめげる様子はなく、それどころか椅子から立ち上がり、近くにいた華琳の肩へと服を当てていく。

「ほらっ、華琳ちゃんピッタリ!」

 安売りの品とはいえ服飾関係で沙和が頑張ってくれていることもあり、安い素材を使用した中でも単純なつくりでありながら、色合いは華琳の瞳と同じの青のワンピース。あちこちに白の装飾がついていることもいいアクセントになっている。

「素晴らしい目利きだ」

「冬雲!!」

 華琳に咎められるが、素晴らしい目利きであることは間違いない。

「樟ちゃんも可愛い婚約者が出来たのなら、媽媽に紹介してくれないと・・・」

「あなたがそんな姿だから紹介できないんですが・・・」

「幽州から来た人達にいろいろと聞いてるけど、良い子みたいじゃない。

 媽媽もその内、お話しに行かないと」

「来るなよ!

 絶対来るなよ!!」

「それに我が家の味もしっかりと受け継いでもらわないと」

「そう言うのは母親の役目でしょう!」

「あら? 知らなかったの?

 うちのったら舌は確かだったけど料理はてんで駄目で、昔から私がやってたのよ」

「「母様ーーーー!?」」

 樟夏と白蓮殿の話からどんどん飛び火していき、挙句の果てに華琳達ですら知らない事実へと辿り着いてしまったようだ。

 なんていうか、知られざる曹家の秘密を垣間見てしまった気がする。

「そうそう、昔ね。

 普通の娘って、『大きくなったらお父さんのお嫁さんになる』っていうものらしいじゃない?」

「話を突然変えるな!!」

 火の粉がこちらにも降りかかる予感がしつつ、華琳の昔話は気になるので俺は曹嵩様の言葉に頷くことにした。

「華琳ちゃんってば昔から普通じゃなくて、『大きくなったら母様のことを妾にする』っていったのよ~」

華琳(様)(姉者)・・・・』

「私の母だもの! 妾にしたくなる美人だったのよ! 仕方ないじゃない!! 何か文句ある?!」

 流石にこの発言に俺達三人は揃って華琳を見るが、華琳もそんな俺達に対していつもの冷静な対処はどこへやら子どものようにむきになってなって叫ぶ。

 あぁでも・・・ そんな子どもっぽい表情なんてこれまで見たことがなかったから、凄く可愛い。

「何を笑ってるのよ!」

「いや、華琳があんまりにも可愛くてさ」

 曹嵩様がいるのはわかっていても、華琳の余りの可愛らしさにくらくらしそうだ。

 抱きしめるのを我慢して、髪から頬にかけてを優しく撫でれば、華琳は自分がついさっき露わにした感情を自覚したのらしく顔を真っ赤に染め上げる。

「いや、おかしい!

 この状況下で顔を真っ赤に染め上げるとか、おかしいですから!!」

「これが兄様ですから」

「あらあら、お熱いわね」

 周りの冷やかしの言葉は慣れているし、華琳はその程度の言葉で俺から離れることはない。

「それで、曹嵩様はどうして今のように女性らしくなられたんですか?」

 流琉がさらっとこれまで振られることのなかった話題へと触れれば、華琳と樟夏が微妙に嫌そうな顔をしたが、今度は話を断ち切ることも殺気を放出させることもなかった。多分、諦めたんだろうなぁ。

「少し違うわね、私は別に女らしくなりたかったわけじゃないのよ。

 妻が病で亡くなった時、多くの者が落ち込んだの。

 勿論、私も落ち込んでいたけど、この子達の落ち込みようは特に酷くて・・・ その時私は、母という存在の偉大さと重要性を思い知らされたものよ。

 七日七晩寝ずに考えた末、私は二人に言ったの」

 曹嵩様はわずかに顔を俯かせ、固く拳を握る。

 

「今日から私が二人のお父さんで、お母さんだ! って」

 

「・・・二人とも、よく受け入れたな」

「受け入れてなんかいないわよ。

 でも、あの時の父様の表情を見たら・・・」

「私達以上に落ち込んでいたにもかかわらず、私達のことを考えてくださったことはよくわかりましたからね・・・」

 曹嵩様には聞こえない程度の声でやり取りしながら、二人は何かを思い出すように遠くへと視線を向けた。

 どんな姿だったかは聞かないが、きっと・・・ いや、やめよう。これは誰であろうと踏み込んでいいところではない。ましてや俺に、口にする権限なんて持ち合わせてないだろう。

「それ以降、私は仕事場ではしっかりと、誰もが頼れるお父さん。家庭では優しく、包容力のあるお母さんの二人一役をこなすようになったのよ」

「それでは今、お父さんの役はどうなったんですか?」

 流琉の何気ない問いかけに曹嵩様は少し考え込むようにして腕を組んでから、楽しそうに笑う。

「私はそれまで太守の仕事をしてる時は『お父さん』をして、城から出てお買い物をしたり、家にいる時はずっと『お母さん』をしていたの。

 で、華琳ちゃんに仕事を譲ってからのことはあまり考えていなくてどうしようかって迷った時、私は『お父さん』より『お母さん』の方が性にあっていることに気づいちゃった」

「気づいちゃったじゃねぇ!!」

 曹嵩様の発言には樟夏は全部怒鳴って返すし、本当に今日は珍しい日だよなぁ。

「毎日の御夕飯を考えるのが楽しくて、家事を行うことも凄く充実感があった。

 でも、華琳ちゃんも、樟ちゃんも手を離れちゃって暇だったから、御屋敷を開放して身寄りのない子達や未婚の女性達が何気なく集まれるように改造したの」

「『改造したの』なんて軽く言うけれど、そうした活動は申請をしてもらわないと困るのだけど?

 冬雲も交えて、今夜はいろいろなことを話し合いましょうね。と・う・さ・ま?」

 懐かしそうに多くを語った曹嵩様の言葉に再び華琳が噛みつき、同時に華琳が慈善活動の内容を全く関知していなかったことを知る。

 まぁ、孤児院の活動をしていることを知っていたら、もう少し警備隊とかの配置やらで重要視されるだろうしなぁ。

「あらっ、私ったら・・・ 楽しすぎて口を滑らせすぎちゃったわね。あと、華琳ちゃん。媽媽と呼びなさい。

 さて、そろそろお暇しようかしら」

 そんな華琳から逃げるように曹嵩様も席を立ち、足早に入口へと向かって走り去ろうとしていく。

「じゃぁね、婿殿。

 また今度、日を改めてお会いしましょう」

「「逃がすかーーーー!!!」」

 俺が返事をする間もなく、父と子達は仲良く走り去っていってしまった。

「まぁ、華琳と樟夏なら捕まるのも時間の問題だろ」

「そうですね。

 兄様、これから食事でも一緒にどうですか?」

「勿論、喜んで」

 流琉の嬉しい誘いに頬が緩み、流琉の調理の音を聞きながら、料理が並ぶのを待った。

 




前話の前書きで三部作と言ったように、もう一話書きます。
その最後を飾る話は出来れば今日明日で書き上げたい・・・ ですが、出来ないかもしれないので、とりあえずこの二話を先に投稿しました。

また、月曜・火曜は不在なため、感想返信に遅れが出ます。
三部作の最後が書きあげられれば、来週は白かと思います。出来なければ、三部作のラストです。
頑張りますよー!

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