この世界に雑兵が来たのは間違いだろうか?   作:風鳴刹影

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act1 牛は要らない

  これは、英雄ではなく雑兵の物語。

 

 

 ふと青年は考えてしまう。自分は、場違いなのではないかと……。

「――っ! そっちに一匹行った!」

 気をつけてと、白髪赤目の少年が叫ぶ。少年の脇を抜けて来るのは、一匹の……二足歩行をする犬――一般的にはコボルトと呼ばれる亜人タイプのモンスターだ。

「っ!」

 注意を促された青年は、鋭く舌打ちをすると手に持った機械弓の弦を引く。迫り来るコボルトへと照準を合わせ……、

「キャウン!?」

 打ち放たれた矢が、コボルトの胴を貫いて絶命させた。

「ナイス!」

「……ベル、まだ終わってないぞ?」

 少年――ベル・クラネルに褒められた事に嬉しさを感じるが、同時にまだ少年はもう一匹のコボルトを相手にしている現状に、青年はそんな余裕があるのかと呆れてしまう。更に言えば、視界の隅に敵――モンスターの影が映っていた。

 青年は、余計なことを考えている場合じゃなかったと頭を振って切り替える。手にした機械弓に矢を番え、前方で戦っているベルへと奇襲を仕掛けようとしたコボルトへ撃ち放った。

「ヒィ!?」

 放たれた矢は、コボルトの眉間を射抜いていた。射抜いてくれたのだが、その矢はベルの顔の直ぐ横を通過して突き刺さったのだ。その為か、ベルは小さく悲鳴を上げて青年に抗議の目を向ける。器用にも、コボルトと戦闘をしながらだ。

「……大丈夫だ。滅多に当たらない……はずだ」

「はずだって、もうちょっとズレてたら当たってたよね!?」

 再度当たっていたよねと抗議の声を上げるベルに、青年は余所見をしている余裕があるのかと呆れ……。再度やって来た増援のコボルトに、コントのように蹴り飛ばされたベルを見て考えるのを止めた。

 兎に角片付けよう。

 機械弓を引き絞り、追加されてくるモンスター達を順に射殺していく。

「やけにモンスターが多いな……」

 上層はモンスターの沸きが緩い筈なのだが、今日はどうにもダンジョンの機嫌が悪い様だ。

「うん、でもコボルトやゴブリンだけだから何とか……」

 だが、沸いて出てくるモンスターに慌てる事無く、二人は武器を振るう。

 矢の残りが半分を過ぎた辺りで、青年は青白い光と共に一抱えほどの鉄箱を足元に放り投げた。空に成りかけていた青年の矢筒に、何処からとも無く矢が補充される。矢の工面に苦労する冒険者が見たら目を疑うような光景を、青年は当たり前のように流して矢を番えて射続けた。

 暫くして、二人の周囲には無数のモンスターの死骸が転がるだけと成った。その場で動くモノは、二人以外に何もいない。

「こ、これで全部……?」

「……ああ、反応は消えた」

 今の所は安全だと青年がいうと、ベルは長い息を吐いて緊張を解く。次いで青年もその場にへたり込んだ。

 ベルは、冒険者としてダンジョンに潜ってもう直ぐ一ヶ月になる。それなりに慣れてきたと思っていたが、この様な長時間の連戦は通常避けており――つまり慣れない事をしたせいか普段よりも疲弊していた。なら、自分よりも冒険者としての日が浅い彼には、精神的にも肉体的にも堪えた事だろう。

 ……いや、モンスターを倒した数が自分よりも多いのも原因の一つだとベルは見ていた。転がるモンスターの死体は、ナイフで切られたものよりも、矢で射抜かれたものの方が圧倒的に多い。

「……とりあえず、魔石を回収するぞ」

 青年の提案に同意し、ベル達は疲れた身体に鞭を打ってモンスターから核となる魔石を抜き取りにかかる。日々の糧を得る為に、

「……まったく、小さすぎて見落としそうだ」

「でも、上の階層の魔石よりも大きいよ!」

 そう言ってベルは、比較対象となる魔石を取り出して見せてみる。だが、ソレを見た青年の脳裏にはドングリの背比べと言う単語が通り過ぎてしうまう。

「あ、あぁ……そうだな」

 思った事を口に出す前に飲み込み、歯切れ悪くテキトウに返事を返す青年。だが、青年のそんな態度に気分を悪くしたのか、ベルはちゃんと見てくれと言って怒り出す始末だ。ベルが本気では怒っていないのは分かるが、どう対処すればと青年は白髪混じりの黒髪を掻き毟って……魔石の切り出しに戻るのだった。

 そして――。

 そんなやり取りがあってからまだそう時間が経っていない頃、

「わあああああ!?」

「ついてねぇ……!」

 二人は、荒れ狂う牛人――ミノタウロスに追い掛け回されていた。

 

 

 なんでこんな事に成ったのかと、青年――ケンは仄暗いダンジョンの中を全力で走りながら考えていた。

 ……そうだ。自分をココに飛ばした神様(自称)とか言う“本”のせいだ。

「ケン、もっと早く逃げて!」

 あの“本”に、

『ボク達と契約して、君の人生をハッピーなモノに変えないかい?』

 などと、某魔法少女のマスコットキャラの皮を被った詐欺師紛いの提案に乗ってしまったからだ。あんな提案に乗ってしまったから、こんな事に成ってしまったのだ。

「ヤバイ、ヤバイ! 追いつかれる!」

 青白い閃光が僅かに灯る。青年は、手に持った円筒からピンを引き抜き、その場に投げ捨て……一拍を置いて閃光と爆音が背後から響いた。

「ぶもぉ!?」

 その閃光と爆音をモロに受けたミノタウロスが、悲鳴を上げながら床につんのめる様にして倒れた。すぐさま立ち上がろうとするも、前後左右の感覚が狂ったのか、よたよたと――それでもスゴイ速度で壁や床にぶつかって行った。

 その隙を逃す二人ではない。わき目も振らずに逃げていく……が、必死に逃げているベルと比べて彼の表情は何処か虚ろだ。いや、耳を澄ませば何かブツブツと呟いているのが判る。

「……刺激的な生活に憧れてなんて言うが、それを現実の世界に求めるのは良くないな」

 そう言うのは、茶の間で見る娯楽映画やゲームで満足しておけば良かった。

 いや、例え剣と魔法とダンジョンでファンタジックな世界だとしても、わざわざ命の危険と隣り合わせの冒険者――それもダンジョン探索専門になどなる必要なんて、

「うぁあぁぁぁぁ!」

 ソコまで考えて彼は頭を振った。飲食店、宿屋、雑貨屋、農家などなど、このオラリアの街でもそういった求人は確かにある。一瞬だが彼は、主神の神友が営んでいる青の薬屋で働いている自分を夢想する。だが、それは無いと改めて強く否定した。そんな事をしていたら、ストレスで胃に穴が開いていただろうと、彼は薄ら笑った。

 突然だが彼は、“本”と契約してこの世界にやって来る際に“特典(ギフト)”を貰った。貰ったといったが、“特典(ギフト)”の内容は不明。彼には選べない。“本”曰く、

『ギフトは、簡単に言うと運試し。これから行く世界に在る、魔導書(グリモア)と言う本と大体似たような事をするだけだ。

 大抵、一つか二つ程度。ソレが武器なのか、それとも魔法や特別なスキルなのか、はたまた君にとって有利な場所からの始まりなのか……君の運しだいだ』

 だから彼は、この世界で生きていく為の第一関門が――ファミリア探しが、ヘスティア・ファミリアのフォームに墜落すると言う形で“特典(ギフト)”が消化されたと考えた。

「分かれ道!? み、右に逃げるよ!」

 ベルの声に、彼は一瞬だけ現実逃避を止めてダンジョンの分かれ道を右折する。直ぐ後ろから、ミノタウロスが曲がりきれずに壁に激突した音がしたが確認している暇は無い。一目散に逃げ続ける。

「ったく、出口は何処だ!?」

「わかんないよ!」

「ブモォォォ!!」

 二人の悲鳴とミノタウロスの雄叫びが、薄暗いダンジョンの中を木霊していく。

 なんでこんな事にと、彼は再び現実逃避を始める。何処からだったか? ……そうだ。消化したと考えた所だったと一人肯く。ついでに足元にフラッシュ・バンを投げ落としておいた。

 ヘスティア・ファミリア唯一の団員だったベル・クラネル曰く、自分もヘスティア様と出会うまで幾つものファミリアを訪れ、その事如くファミリアへの入団を断られたそうだ。

 異世界へと放り出され、日銭にすら苦労する彼がそんな事になっていたらと考えるだけでゾッとした。しかも、彼はあまり人と接するのが得意ではない。

 コミュ症を自称しているが、人見知りとも言える。

 ハードルが高いだろと、ベルから聞かされた情報に黄昏ていた所、二人に誘われてしまった。

 ヘスティア・ファミリアに入らないか、と……。

 だから彼は、この道しか考えられなかった。

 だから彼は、冒険者になったのだ。

 ――それもダンジョン探索専門。

 幼女神の家族に。

 ……しかしだ。現代社会なら――例えファンタジーな世界であろうと、人々の営みや善悪がそう変わらないのなら色々と疑うべきではなかったのかとも言える。現に即答されたヘスティアも、念を推して確認したくらいだ。

『こんな右も左も判らない世界の、それもダンジョンの中や街中に放り出されるよりは何倍もマシだ』

 彼のこの答えにヘスティアはとても微妙な顔をしていたが、それはこの様な――某考古学者顔負けの逃走劇を幻視しての事だったのだろうか?

「何時まで逃げればいい!?」

「兎に角逃げてぇぇぇぇ!!」

 二人の悲鳴が、虚しくダンジョンの中を駆け巡る。道中で他の冒険者と出会わないのは、ある意味で幸いであり、ある意味で不運だった。

 ダンジョンの浅い階層に居る冒険者は、基本的にレベルの低い冒険者だ。高レベルの冒険者にとって上層部分は通路であり、都合よく何かしらの酔狂な理由で留まっているようなモノは居ない。よしんばこの状況で誰かと出会う事ができても、ソレは十中八九で低レベルの冒険者であり……現実問題として金銭的人命的その他もろもろのファミリア間や個人的私怨によるトラブルがドミノ倒し的に発生する事は想像に難かった。

 最善は、自力でこの状況を振り切ること。次点で、偶然にも救いのヒーローと出会うこと。最悪は、怪物進呈(パスパレード)になる。

 この状況をどうにか出来るだろう“力”はある……はず。ケンは、自身が今運用できる最大火力が何処まで通用するか不安を募らせるが、それ以前にミノタウロスがソレを使用させてくれるだけの隙を与えてくれるかが問題だった。

「ま、三十六計逃げるが勝ちと……」

 選択は、とりあえずは逃亡。問題解決の先送りだ。

 彼が右手に意識を集中させると、手の周囲に青白い光で出来たカードの様なモノ達が回りだした。

「落ち着け、落ち着け……」

 このような状況でミスをしでかさないよう、慎重に目的のカードを選択する。僅かな発光の後、彼の手の中には、先ほどまで投げていたフラッシュ・バンとはまた別の円筒が握られていた。

「ベル! 次の分かれ道で撒くぞ!」

「ど、どうやって!」

「兎に角走れ!」

 ベルに禄に説明もせず、タイミングよく前方に現れた十字路に向かって、彼は安全ピンを引き抜いた円筒を投擲する。カランッと言う地面に落ちた音の後、噴出音と共に十字路の中が白い煙で埋め尽くされた。

「突っ込め!」

 濃い煙幕の中へと駆け込み、更に円筒――スモーク・グレネードを追加で投げ落として左右にある枝道へと逃げ込んだ。

 息を潜め、床に伏せ、災厄が過ぎ去るのを待つ。最悪を想定し、先端に赤い物体のついた杖の様な物を取り出して肩に担いだ。

「……」

 ブモオオオオオオォォォォ………!

 完全に視界が切れたようで、ミノタウロスの声がドンドン遠くなっていく。視界の端にあるレーダーを確認し、ミノタウロスを示す赤点が離れていくのを確認する。

 一瞬、何か凄く早いモノが通過したのか、ソレの出す風に巻き込まれて煙幕が晴れてしまった。

 目をパチクリしながら、彼は辺りを見渡して、

「逃げ切れた、か?」

 そう発言して、こういう時にその様な発言はフラグだと慌てて口を噤んだ。彼はすぐに身体を起こすと、前後左右に武器を構え警戒する。だが、一向にミノタウロスどころかゴブリンの一体すら現れる気配がしない。レーダーを見るも、ソコにはもなんの影も映らない。どうにも大丈夫なようだと安堵して、彼はそこではじめて異常がある事に気がついた。

「ベル?」

 ベルが居ない。

 今彼が居る通路にも、反対側の通路にも見当たらない。

「まさか……」

 逃げそこなった。一番考えられうる事象に、彼は急いでミノタウロスが走り去っていった通路へと……今度はミノタウロスを追う形で走り始めた。

 そして、暫くダンジョンの中を進むと金色長髪の少女剣士が、

「あ、その……」

 物言わぬベルを抱きかかえていた。

 

 

 ソレを目に入れて一瞬、彼は自身の顔が強張ったのが分かった。

 次いで、地面に転がっているミノタウロスの死体から、彼女がここに居る理由も理解できた。

 礼を言うべきだろう。

 だが、今はそんな事をしている時間は無い。まだ間に合う。

「あの、君、この子の……」

 少女が何か言っているが、彼は聞き流す。スキルを発動させ、ソレを呼び出し、合掌する。

 僅かなチャージ音。

 ピィー……ピ、ピ!

 完了を報せる電子音が鳴るまでしっかりと溜め……事切れたベルへと押し当てた。

 ドクン!

「え?」

 ……それはまるで、使い古された物語の序章の様だったらしい。

 とても怖い場所に居たような気がすると、後にベルは語っていた。

 ミノタウロスに追われ、追い詰められ、気がついたらそのとても怖い場所に居たような気がして、気がついたら……。

 「……生きて、る?」

 彼女に抱きしめられていた。

 まるでソレは、ベルが求める英雄に助けられた女の子――配置が逆ではあったが、理想の構図だった。

「は、い……生きてま……」

 大丈夫だと答えようとして、ハッと気がついた。

 その娘は、とても美人だったのだ。精巧に作られたお人形さんみたいだと、そんな言葉がとても合いそうな女の子。その美少女に抱きかかえられている事に気がついたベルは、

「ホアァァァァァアア!?」

 血で濡れて真っ赤になった顔を更に赤くさせながら、奇声を上げて逃げていってしまった。

「あ、おいベル!」

 すぐ側にた彼も声をかけたが、ベルは止まる事無く走り去っていく。彼はため息を零すと、

「ありがとう、助かった」

 素っ気無く少女に言って、急ぎ足でその場を後にする。

「……???」

 後には、状況についていけず呆けてしまっている少女剣士が残されていた。

 ………………

 …………

 ……

 それからベルを追いかけ、ダンジョン内を走り始めた彼だが、

「……結局、ギルドにまで追いかけてきちまったぞ?」

 昼とも夕刻ともいえない中途半端な空の下、彼は深く息を吐きながら愚痴を零した。

 世界で唯一ダンジョンを抱える迷宮都市オラリオの主要通りを、血まみれなったベルをダンジョンから追いかけて来てたどり着いたのが、この街に在る重要施設の一つ、パルテノン神殿を思わせる建物――冒険者ギルドだった。

「エイナさーん! アイズ・ヴァレンシュタインさんの事を教えてください!!」

「あら、べ……ベル君!?」

 丁度表に出て来たギルドの人気受け付け嬢の一人、ハーフエルフのエイナ・チェール氏が、返り血などで赤黒く染まったベルを見て悲鳴を上げる。次いで、すぐさま彼女にお風呂へ行くように促されギルドの中へと二人が入っていった。

 ソレを遠目で確認した彼は、もう急いで走る必要はないとその場で足を止めて荒くなった呼吸を整えていく。他の通行人などが迷惑そうに彼を見るが、下手に冒険者(ゴロツキ)に関わると碌な事がないと距離を置く。それに気がついたのか、息が楽に成った彼はゆっくりとした足取りでギルドの方へと移動した。

「あれ? 今日はどうされました?」

 早いですねと、たまたまギルドから出て来た受け付け嬢――エイナ氏とよく一緒に見かける人に声をかけられた。名前は……生憎と覚えていない。

「あの……?」

「あ、ああ。さっき仲間のベルが……先に入って行って、な。血まみれで。だから……」

 もっと要領を得た話し方は出来ないのかと彼は憤るが、受け付け嬢の彼女はああと肯くと、

「では、此方でお待ちください。エイナも直ぐ戻ってくると思います」

 彼を適当な待合スペースへと案内した。

 暫くすると、和気藹々としたベルとエイナ氏がやって来て、

「あ」

 ヤバイ、と言う様な表情になるベル。対するケンは、ジト目で出されたお茶を啜りながら手をヒラヒラとさせていた。

 そんな二人を交互に見たエイナ氏は、事態を理解して目頭を押さえながら深いため息をつき、

「ベル君! ま、さ、か、だけど、パーティメンバーを忘れて一人で帰ってきた……なんて事は無いわよね?」

「ひゃ、ひゃい!?」

 情けない悲鳴を上げるベル。そんなベルを見て、エイナ氏はしょうがないなと肩を落としたのだった。

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