本当に偶然だった。
初めてその子を見た時、あの無垢な魂の色に引かれた。
最初は遠くで見ているだけで我慢していたけど、もう我慢できそうにない。
「だからね……」
ちいさな私を追いかけて――。
甘い声を、目の前の檻に捕らわれたモンスターに吹きかける。
あの少年の魂が、輝くのを見たい。どんな風に輝くのか、どんな風に煌くのか……。
「あぁ、そうね。邪魔が入らない様にもしないといけなかったわね」
あの無垢な子の隣に偶に居る、色あせて何の色なのか判らなくなった――どこにでも居そうで居ない、だけど一片の興味も湧かなかった魂の子が邪魔をしないように……。
数分後、異常に気が付いたガネーシャ・ファミリアのメンバーが駆けつけ、捕獲したモンスターが逃げ出した事を主神へと報告を上げたのだった。
*
普段よりも人の増えたオラリオの街並みで、ケンはなんでこうなったんだろうなと、じゃっかん頬を引きつらせながら自問した。
「楽しいですねケンさん!」
「あ、ああ……」
目の前で――何処かのファミリアが出していた出店で買った――ウサ耳をピョコピョコ揺らすシルにぎこちなく応対する。シルにそんなに緊張しなくても良いと言われたが、女の子と二人っきりで……所詮デートと呼ばれるモノに近い事をしていると意識しない訳にも行かない。とは言え、やる事といえば彼女のお財布代わりなのだが……。
振り回されて、買い物して、遊んで、特にエスコートするなどと言う事はしない。する必要もないと言うくらい、ケンは彼女に振り回されていた。
「ま、こう言うのも悪くないか?」
「美味しいですねコレ!」
ヨーグルトソースのかかったケバブをパクつきながら、噛み合っているようで噛み合っていない会話を成立させる。
ほんと、偶にはこういうのも……。
「――ん?」
遠くから、祭りの喧騒じゃない何かが聞こえて来た気がして思わず足を止めて辺りを見渡す。
「どうしたんですかケンさん?」
「いや、どうも妙な感じに騒がしくなったからな」
喧嘩でもあったのかもしれないと、ケンは不審がるシルに説明する。近づかなければ大丈夫だろうと、二人はそのまま祭りに戻ろうとすると、
「モ、モンスターだ!」
「――は?」
突然あがったその声に、彼は思わず呆けてしまう。
仮装とかSAN値直葬な容姿の人をモンスターと見間違ったんじゃないか? ほら、今日はお祭りだし? そうケンが考えていると、混乱しながらも人混みが左右に割れてその間から一匹の――どう見ても仮装とかじゃない――大型の人型モンスターが走ってくるのが見て取れた。
「おい、おい、マジかよ……!?」
真っ直ぐこっちに向かって来るモンスターを見て、咄嗟にシルの前に飛び出し背中に回していたSPASを腰ダメに構え……、
「っ!?」
撃てなかった。射線上には、モンスターだけじゃなく多数の祭りの参加者までいたのだ。こんな所でバックショット弾の鉄片をばら撒けばどんな事になるか……ココに来て武器の選択を間違っていた事に気づいた彼だが、件のモンスターはわき目も振らずに一直線に……目と鼻の先まで迫ってきていた。
ナイフに持ち替えるか? いや、正面から近接白兵戦を仕掛けて勝てる見込みが……、
「って、言ってる場合か!」
「ケンさん!?」
そう言って彼は、全力でSPASをモンスターに向けて振りぬいた。
次の瞬間、ドンッと言う破裂音が街中に響く。殴られたモンスターは、その音に驚いたのか後方に距離を取るように後ずさった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……」
対する彼は、殴った反動なのかSPASを手放して地面に倒れてしまっていた。
「――さん! しっかりしてください!」
ほら起きてと、シルに引っ張り上げられる。我に返ったケンは、大丈夫だと自分の足で立ち上がり……散弾が飛んでいったであろう方に目を向ける。幸いなのか、飛び散った散弾は、誰も居ない地面や屋台を一部を吹き飛ばすだけに留まっていた。
改めて確認するが、人的被害は……無い。
心臓に悪い。そう愚痴を零しながら、改めて目の前にいるモンスターへと目を向ける。禿げ上がった頭にのっぺりとした顔、苔生しったかのような緑色の肌をしてデップリと太った巨漢の様なモンスターだ。
10階層以降に出てくるオークとか言うモンスターか? 姿絵や資料でしか見た事がないが、おおよそその特徴が酷似していた。
「シル、この祭りでテイムするモンスターって、中層とか下層のヤツは……」
「そ、そこまではちょっと……」
そうだよなと呟くと、ケンは踵を返しシルを――俗に言うお姫様抱っこで抱え上げ一目散に走り出した。
「倒さないのかよ!? アンタ冒険者だろ!」
と言う無責任な声が聞こえた気がしたが、
「無茶言うな! こちとら駆け出しだ!」
全員逃げろ!! あらん限りの声で叫び、スモーク・グレネードをばら撒いた。
冒険者は冒険しない。似ているからと言ってアレが上層のオークなのか分からない。いや、例えオークだとしてもステータスがやっと三桁に成り始めた自分では真っ向からでは太刀打ちできない。
「ケ、ケンさん!? いったい何処に……」
「とにかく逃げるんだよ!」
困惑するシルに月並みな返事を返し、ケンは【戦場遊戯(バトルフィールド】の青いパネルを宙に浮かせた。選択するのは、バトルピックアップ。手元に現れず、地面にトランクに納められて出現したのは……大きな釣り針の様な物が付いた銃――アンカーガン。上に登るための通路を作る道具なのだが、下に降りるダンジョンではまず使わないと思っていた。だが、今回ばかりは役に立つ。
煙幕で隠れている隙にと、手ごろな屋根へとアンカーを打ち込み自動巻き上げ機でシルを抱き上げたまま屋上へと……、
「危ない!」
ついさっきまで足があった場所を、何かが物凄い勢いで通り抜けていくのが分かった。と言うより、すぐ下で倒壊していく家屋の壁とその中から這い出て来るモノを見て思わず生唾を飲んでしまう。
なんとか屋根の上に避難したのは良いが、恐怖で脚がもつれてしまっていた。
「こ、ここに上がれば暫くは安全か?」
「そ、そうですね?」
二人してそう確認しあうが……他人、ソレをフラグと言う。
下からバキバキと、何かを壊す音が聞こえてくる。なにかと言うか、具体的には狭い家の中を無理矢理進んできているような……。そう思っていると、突然屋根から緑色をした野太い腕が生えてきた。
「ヒッ!?」
「オイ、オイ、マジかよ? 逃げるぞ!」
そう言うや否や、ケンは足元に横に長い長方形の箱を設置し、再びシルを抱きかかえて屋根の上を走り始めた。
「なんで追いかけて来るんだよ!」
「知りません!」
「だよな!」
屋内から這い出て来たオークが、設置した箱から延びたワイヤーに触れる。次の瞬間、箱が破裂して無数の鉄球がオークへと殺到した。クレイモア――只の字で表現される事のある対人地雷。本来ならほぼ一撃で対象を沈黙させられる殺傷力が有るのだが……。
「グルル……」
分厚い脂肪に阻まれたのか、飛び散ったベアリング弾はオークの体表を僅かに削り取っただけに終わった。その事に舌打ちつつ、彼はシルを抱きかかえたまま屋根の上を全力で走る。
「ケンさん! お、追いかけてきます!」
「分かってる! ソレより、舌噛むなよ?」
足場は悪いが、ソレはアチラも同じ。いや、むしろオークの方が分が悪い。足場の屋根は斜めに傾斜のかかっているせいで走りにくく、しかも本来はオークのような重量物が追いかけっこ出きるようには作られていない。
ベキ、バキ、ベキと、時折オークの重さに耐え切れなくなった屋根を踏み抜きながら必死に追いかけてくる。アレだ。積もったばかりの雪の上を歩くような状態だ。
軽快に走る抜ける彼は、オークとの距離をドンドン離していく。
いつまで経っても追いつけない事に業を煮やしたのか、オークはその場で地団駄を――脚が嵌ったまま両腕で周囲を出鱈目に叩く。只でさえ踏み抜いてしまうほどなのにそんな事をすれば、
「グォ?!」
オークは片足どころか、屋根が抜けて全身が嵌ってしまった。
「頭カラッポで助かった!」
コレを好機と見て、シルの安全を確保する為に彼は全力でその場から退避する。
そして、
「ココまで来れば大丈夫だな?」
「はい、ココなら大丈夫です!」
屋根の上を必死に逃げ回り、二人がたどり着いたのは……豊穣の女主人だった。
「おやシル? もう帰ってきたのかい??」
男に抱きかかえられてと、呆れたようなからかう様な感じでミア女将が出迎えてくれた。
女将は、息が上がり肩で息をしている二人を見て、何か飲むかと聞く。
「お、お水を、ミアお母さん……!」
「と、とりあえず、冷たい飲み物を……!」
「あいよ、ちょっと待ってな。……っと、ソレよりも二人とも入り口でへたってちゃ他のお客さんに迷惑になっちまう」
ほら立った立ったと、ミア女将にはやし立てられて店の入り口でグッタリとへたり込んだ彼は、了解と応えて立ち上がる。勿論、シルを抱きかかえて。別にシルが足首を挫いたりなどしていた訳ではないが、ほぼ無意識で彼女を抱え上げて適当に空いている席へと座らせる。
「シルが男に抱きかかえられてるニャ」
「嫌がってないけど……」
「あんまり良い男じゃないね?」
「冴えない……」
「なにくっちゃべってんだいアンタら? 6番と9番のテーブルで客が待ってるよ!」
「は、はーい! ただいま!」
なにやらウェイトレスの女の子達がかしましいが、ミア女将の一喝でチリジリに散っていく。
「まったくあの娘達は……。はいよお待ちどうさん」
そう言って、グラスで水と黄色い飲み物を置いたミア女将は、
「で、二人ともどうしたんだい? そんなに泥だらけでボロボロになって……」
と、二人に質問してくる。出された飲み物を一気に喉に流し込んだ二人は、そろってお祭りで起きたアクシデントを話した。
「モンスターに追い掛け回されてきたんです!」
「闘技場から逃げ出して来たんじゃねぇかな? ありゃ」
屋根の上に逃げ。それでも追って来るオークから逃げ。屋根から飛び降りたり、路地の出っ張りを利用して別の屋根に上って。また飛び降りて……。スモークグレネードも、スタングレネードもありったけ撒きまくった。
「……で、やっとアイツを撒いて、ココに逃げ込んだんだ」
シルがココなら安全だと、ケンはミア女将にココまでのあらましを語る。で、聞き終えた女将はジトっとした目でシルを見ると。ハァとため息を付いた。
「ココは避難所じゃないんだけどねぇ……」
そう言うのは今度からギルドに頼りなと、シルに釘を刺すミア女将。でもと、シルは言うと、
「リューやミアお母さんなら、大抵のモンスターなんて倒せちゃうでしょ?」
「無茶を言うじゃないかい。あたしゃ引退したんだ。それに、リューがいつも居るとは限らないんだよ?」
そう言われてシルは店の中を見渡し、ホントだ居ないと、気まずそうに呟く。ケンは、引退したと言う女将の事も気にはなっただが、シルが頼りにしていたというリューと言う人の事も興味を示した。と言うよりこの店、冒険者やモンスターと普通に戦える(?)店員が居ると言う事になのだが……。
「あれ? あれって……」
モンスターじゃないか? 唐突に客の誰かがそう言った。ソレを聞いたケンは、まさかと思いつつ店の外へと顔を出して確認する。
「うげ……」
「おやまぁ」
しつこ過ぎるだろと、ケンは悪態をつきながらコレからどうするかと思案を巡らす。一緒に店の外に顔を出したミア女将は、頼りのリューと言う店員が居ないのにとても落ち着いていた。
「アレは、オークだね。坊やの実力は……」
「この前、ウォーシャドウ倒したばかりの駆け出しだ。
遠距離主体だから、近接系とのタイマンは遠慮したい。ついでに言うと、周りに人が居すぎて誤射しないように戦えそうに無い」
アサルトやサブマシンガン、カービンに軽機関銃と言った連射可能な火器は言わずもがな、一般人が逃げ惑う市街地では、スナイパーライフルの様な単発式ですら外すと不味い。恩恵を貰っていない一般人には、一発でもカスれば致命傷になりえる。
「状況さえ何とかなれば戦えるかもしれないんだが……」
いかんせん人が多いのが……。そう思っていると、肩を叩かれ周りを見るようにとミア女将に言われる。
「通行人なら、みんな避難したみだいだよ?」
モンスターが立つメインストリートには、ミア女将が言うように人っ子一人居ない。と言うより、みんな何処かしらの店や家屋の中へ――豊穣の女主人も例にもれず逃げ込んでいた。
「……流れ弾の心配をしなくて済みそうだな」
オークは何かを探しているのか、周囲を見渡しながら肩を怒らせ――何処からか調達したのか、家の柱と思われる太い角材を棍棒よろしく握っている。
恐らく……と言うより、憶測だが、どういう訳かあのモンスターは自分達に用があるようだ。
なら、このままこの店にいるとアイツが踏み込んでくるかもしれない。
「店に被害が出ると困るんだけどねぇ……。
修理代、払えるかい?」
「金額を想像したくないな……」
そう言って苦笑しながら、彼は【戦場遊戯(バトルフィールド)】を発動させる。
MBT(戦車)を呼べば問答無用で勝てるかもしれないが、主砲の砲撃での被害が酷すぎる。ならLAV(高機動戦闘車両)を……だがやはり、兵器はまだ秘匿しておきたい。銃火器よりも悪目立ちするうえ、ギルドで鉄の芋虫などと呼ばれて警戒されている。……と言うより、ココで出したら店が壊れてしまうだろう。
オークが、ノシノシとこちらに向かって歩いてくる。それも柱を振り回しながら……。あまり考えている時間も無いようだ。歩兵で運用可能な火器で応戦するしかない。使える手が多いのも困ったものだと、バトルピックアップを――何時でもソレを呼び出せるようにセットする。ファントム・ボウは……あのモンスターに効くかどうか分からないため却下した。
「っと、ミア女将」
「なんだい? やっぱり無理だったかね?」
アンタならやれるんじゃないかと言う女将に、彼は状況さえ揃えば可能と答えた。
「自分は、遠距離(シューター)だからね。格上相手に真っ向勝負仕掛けるのは得策じゃない。
……ところで、この店の屋根の上にはどうやって登ればいい?」
「屋根の上……。なら、裏口から梯子で登るっきゃないよ」
梯子は何処に置いたっけねぇと、仕舞った場所を思い出そうとするミア女将にケンは此方で何とかすると応えた。
とりあえず裏口から素早く外に出ると、アンカーガンを呼び出し、豊穣の女主人の屋根の上へとよじ登る。オークの位置が良く分からないが、ヘタに頭を出してオークに気づかれると不味い。MAVを呼び出し気づかれないように位置を探る。
オークは、ストリートの真ん中にいた。
条件は悪くない。が、とりあえずMAVをオークの前に飛ばす。
「ブモ?」
ソレに気を取られたオークが、対岸の店先に着地させたMAVへと近づいていく。上手くいった。
「あとは、それなりの装甲にも対応できて、弾をばら撒かず、射程が長く、それでも連射が出来る……」
【戦場遊戯(バトルフィールド)】を発動させ、足元にバトルピックアップの収められたトランクケースを出現させる。そしてその蓋を開き、そこに収められていたソレを持ち上げた。
M82A3――バレット・アンチマテリアルライフル。
50口径――12.7mm弾を使用し、1km先にいる人間を切断可能な対物狙撃銃。そして、通常の銃火器ではダメージを通す事の出来ない兵器の一部にも有効打を与える事の出来る武装だ。
ふぅと、ゆっくりと息を吐く。屋根の上から身体を――銃身を露出させ、バイポッドを展開。8倍率スコープの中に眼下のオークを捕らえさせる。
オークはMAVに夢中なのか、まだ此方には気づいていない。
0インは……必要なし。直接照準でいける。
レティクルの中心を頭部……ではなく、胴体で絞り込む。頭部を狙いたかったが、MAVを見ていてなのか胴体に隠れしまっていたのだ。
それに、初弾は確実に当てたい。
下手に外せば、オークは此方に向かって来る。
一撃で仕留められれば、御の字……。
「はぁ、ハァ、……ッ!」
息を止め、銃のブレを止める。そこでオークが此方に振り向き……。
ドン! 重い発砲音が響いた。