この世界に雑兵が来たのは間違いだろうか?   作:風鳴刹影

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act12 祭りの終わりに

「……地味、だったな」

 ボソリと呟いたソレが、喧騒に沸く酒場に埋もれて消える。

 時刻は夜。場所は、豊穣の女主人。そのカウンター席でケンは、一人酒と料理を煽っていた。

 豊穣の女主人では、今日のモンスター大脱走に関わったロキ・ファミリアのメンバーや他のファミリアのメンバーもかなり居て騒いでいる。賑わっている話題も、逃げ出したモンスターの事。特に、シルバーバックと言う大ザル相手に大立ち回りを演じて見せた白髪赤目の新米冒険者――ベルの活躍が良く聞こえてくる。

 いや、訂正する。剣姫達の活躍の方が多い様だ。何でも見たことも無い新種の植物系モンスターと戦ったとか……。

 そして、ケンの活躍だが……一切話題に上がらない。逃げ出したモンスターの一体がこの店の前まで来ていたという事は偶に聞こえてくるが、ソレを誰が倒したのかと言うと話題に上がらない。上がると上がったで色々と面倒なのだが、やった事が誰にも見つからないように狙撃をしただけだ。

 対するベルは、路地裏で格上のシルバーバック相手にタイマンのガチンコ勝負をして見せた。

 立ち回りゆえ仕方ないが、やはり比較してしまうのが人間の性だ。

「はぁ……」

「ほら、なにふて腐れてるんだい!」

 ゴトっと、目の前に追加の料理が置かれる。

「……アンタがオークを仕留めたのは、ちゃんと分かってるから安心おし」

 そしてミア女将は、ケンにだけ聞こえるように言うとカウンターの奥へと引っ込んでいった。

 変に話を広めないでくれと、ミア女将を含めてこの店の店員には言ってある。暇を持て余した神対策と言うヤツだ。その所為だけとは言えないが、面白いほど話題に上がらない。

「隣、失礼するで?」

「ん?」

 別に断らなくてもと、隣に座った人に目を向ける。そこに居たのは、体の線が良く見えるぴっちりとした服を来た短い赤毛の……、

「なんや兄ちゃん、辛気臭い雰囲気だしとるな? 酒はこう、パーッと楽しく飲まんと!」

「いや、これでも楽しんでるんだけどなぁ」

「嘘言うたらあかんで。ワイにはめっちゃ分かるんや。

 あ、こっちにエール二つ追加で!」

 ほらおごりやと、エールのジョッキを寄越される。

「あぁ、ありがとう兄ちゃん」

「お、ね、え、さ、ん、や! だれが男や、だれが!」

 今笑ったやつ後でシバクと、その女神――ロキは激をとばす。それに反応したのか、酒場のそこかしこで笑いが上がった。ロキが性別と胸で弄られるのは、ある種の予定調和なのだろう。

「ああ、すまん。どうにも男前だったからな」

 間違えたと、悪びれもせずに返すケン。酒が回ってるのか、顔も若干にやけていた。

「いい度胸しとるなワレ?」

 とは言え、ソレをロキが許すのは親しいモノだけ。それに許すと言ってもお仕置きが無くなる訳ではない。ちょっと手心加えようかと言う感じだ。

「生憎、小心者なんだ。いい度胸なんかしてない。

 ……それで、天下のロキ・ファミリアの主神が何用で?」

「……そやなぁ。ん、率直に聞くで?

 ドチビは、アルカナムをつこうてへんか?」

 神に嘘はつけへんでと、ロキはイツキに念を押す。だがケンは、ロキがどう言う了見でそんな質問をして来たのか分からないと首を傾げる。

「あ~、ミアお母さんから聞いたんやけどな……」

 そう言って前置きしたロキは、ケンにだけ聞こえるように聞いてきた。

「あんさんら、冒険者になってまだ一月やろ?

 せやけど二人とも、駆け出し冒険者が一人で相手するんのは辛いモンスター一人で倒したって聞いたからな?」

「あぁ……」

 なるほどと、ロキの懸念に肯く。確かに冒険者に成り立ての駆け出し二人が、単独でシルバーバックやオークといった十層以降に出現するモンスターを倒せたなど普通はありえない。……それこそ主神のヘスティアが、何かしらの不正――神の力=アルカナムを使用したのではないかとロキは疑っているのだ。

「……って、言ってもまぁ、白髪の坊主の方は死力尽くした上に、なんやエライ武器使ったから何とかなった見たいやけどな?

 アンサンは……」

 そう言って、ジロリとケンを見定めるロキ。確かにボロボロのベルと比べて、ケンはダメージらしいダメージは無い。しかも、格上を一撃で倒したとなると……コレは怪しいのではないかと言う話だ。

 ケンはエールを煽りながら考えると、

「ステータスは勿論、スキルや魔法の開示はする気は無いんだが……。まぁ、少々使いづらいがアレをどうにかできるだけの火力を出せる……いや、出せたモノを持っているだけだ」

 その応えに、ロキはフーンとだけ、まだ足りないと言うばかりに覗き込んでくる。

「言っておくが、オレの知る限りヘスティアはアルカナムを使っていないぞ?」

 これで満足かと、残ったエールを飲み干して追加を注文した。ソレを聞いたロキは、一瞬キョトンとしたが、すぐに納得したように肯いてミア女将に追加注文を出す。なぜか彼の分も含めて。

「いやぁ、気ぃ悪くさせてまったな。お詫びの印にチョイ奢ったる!」

 そういう訳にはとケンは断ろうとしたが、次いでロキは彼のスキル――普段使っている弓矢を取り出すソレなどについて聞いてきた。

「やっぱ気になるやん! 見せてぇな! な?」

「見世物じゃないんだが……」

 しょうがないと言って、ケンはロキにファントム・ボウを取り出したり仕舞ったりして見せる。

「はぁ~。ええなぁソレ。何処でも好きなだけ矢撃ち放題やん」

 これ女の子じゃないのが残念やんとか、なんでこの子今までウチの耳に入らんかったんやとか、ロキは心底残念そうに言う。

 しかし、もし女の子だったらどうだというのだろうか? ケンは疑問に思うが口にせず、只の手品――宴会芸程度だと言って酒を煽る。

 そして、喧しくも夜は更けて行った。

 

 

 怪物祭(モンスターフィリア)から数日、

「ベル! アリの追加、数三!」

「分かった!」

 ダンジョン7階層で、ケンとベルはキラーアントと戦っていた。

 呆れるほどの成長速度を見せてくれるベルに引っ張られ――半ば強引に連れられたケンは、この階層で探索をしている。本来はステータス不足の所為で彼はほぼ戦力外。ベルもステータスこそ高いが、従来の支給品ナイフではまともに戦えない……筈なのだが、

「インフェルノ、投げるぞ!」

 巻き込まれるなよと、ケンが投擲した円筒はキラーアント達の中で弾けた。弱点でもある強力な炎がキラーアントを纏めて焼いていき、

「ハア!」

 ベルの振るった黒塗りのナイフが、キラーアントの硬い甲殻を何の抵抗もなく易々と切り裂いていく。ダンジョンの壁から補充されたキラーアントには、ケンが炸裂ボルトを容赦なく撃ち込んでダメージを与える。爆発でボロボロに成ったキラーアント達は、ろくに動けない所にナタを突き立てられ――体内の魔石を“本体置いてけ”で引き抜かれて灰へと変えられた。

 漸くアリの沸きが収まった所で、二人は一息つきながら魔石をモンスターから回収していく。

「にしても、とんでもない切れ味だな?」

「うん! 神様、ありがとうございます!」

 二人が手に持った――刀身に神聖文字の浮かぶ得物。ベルのはヘスティアナイフ(神の短剣)。彼のはヘスティアマチェット(神の鉈)と言う銘で、それぞれにどこかで見た事のある赤い刻印がなされていた。

 どうやってコレを手に入れたんだと、ケンはプレゼントしてくれた時に驚きと呆れが混ざったような目を思わずヘスティアに向けてしまた。ソレに気づいたヘスティアは、

『いいかい? 君たちが気にする事なんて何一つないんだ!』

 と、更に念を推して詮索するなと説得された。まぁ、純粋に喜んでいるベルを見て、ヘタに水を挿すような事をする気も失せてしまったのも有るが……。とにもかくにも、新しい武器を手にした事もあってダンジョンの新層探索がはかどっている。

 前回は、この近くまで潜ってウォーシャドウ相手に死に物狂いで戦ったが、現在はそれほど――ベルはだが――苦戦せずに通過する事ができた。早いもんだと彼は感心したが、同時に大丈夫なのかと不安も感じている。主に防御力が、だ。

「キラーアントで七階層!?」

「ひゃい!?」

 まぁ、不安に感じる理由は他にも色々とあるが……。現在ケンは、冒険者ギルドの窓口で絶叫を上げるアドバイザーのエイナ氏からどんなお叱りを受けるかで憂鬱になっていた。

 前は、丸一日の説教と冒険者の心得と言うありがたい授業を受ける事になった。今回はどうなるかと、どこか他人事の様に黄昏ていると、

「コラ! ケン君も他人事の様にしてない!」

「ああ、すんません」

 平謝りではどうする事もできない。ベルがムチャをしない様に引き止めてくれと言われるが、ベルがそう言う事を聞くタマなのだろうか? いや、聞かない。単独で潜らなかっただけでも行幸だろう。そう説明するとエイナ氏は、頭を抱えながら呻ってしまう。たった一ヶ月程度とは言え、ベルの行動力――ムチャを毎日のように報告されれば……納得も出来るが認められないのだろう。

「で、でもエイナさん! ボク、最近ステータスの伸びが良くて……」

「伸びが良いって言っても、まだ君はどう見てもH程度。良くてG止まりでしょ?」

 ここで止せば良いのに、ベルは自身のステータスがEに成っていると言ってしまう。結果、

「は、恥ずかしいので……」

「う、うん。すぐ終わらせるね?」

 ステータスの確認がしたいと申し出たエイナ氏に、上半身裸で蹲っているベル。エイナ氏は、信じられないと言うように何度も何度もステータスを確認している。しかし、比較対象が居ない為にベルの成長速度が異常なのか……いや、ヘスティアの驚きようからしてかなりの伸びを見せているのだろう。

 そして、次にケンの方を確認したエイナ氏は――ベルとは別の意味で驚愕。それから、何度も何度も自身の目や頭が可笑しくなっていないか、ステイタスの書き間違えではないかと食い入るように確認してくる。妙にくすぐったいから止めて欲しいというケンの抗議に、もう大丈夫だからと慌てたようにして彼女は離れた。

「ベル君は分かったけど、ケン君は何で0……え、一ヶ月よね? どうして?」

 それからエイナ氏は何かを考えるようにした後、

「二人とも、明日は暇かな?」


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