翌日、時刻は午前を半ば過ぎた頃。
「ちょっと早く来ちゃったかな?」
「いや、男ならこれ位で丁度言い時間だ」
メインストリートにある噴水前で男二人――ケンとベルがベンチに腰を落ち着けていた。
落ち着き無くあどけない少年と、どこか老けて見える青年。ここに来る途中で買ったじゃが丸くんを食べているツーショットはなんとも絵にならない……。などとは口には出さないものの、ケンは苦笑しながら自分の分のじゃが丸くんを齧り……目を細めた。
「……小豆クリーム味。冒険するもんじゃないな」
「あ、アハハ……」
苦笑するベルに、ケンは眉をしかめながらじゃが丸くん小豆クリーム味をかじって行いく。
「二人ともお待たせ!」
そして最後の一欠けらを処理しきる頃に、待ち人のエイナ氏が――普段のギルドの制服ではなく、可憐な私服姿でやって来た。いつも掛けているメガネも外しており、心なしか顔立ちも違って見える。
唯一言える事は、
「……乙女だ」
どこの小熊だと、ケンは自身に突っ込みを入れ、ベルと一緒にそんなに待っていないとエイナ氏に返した。
「まぁ、ケン君は感想を言ってくれたから良いとして……。ベル君、私を見て何か感想は?」
「うん、すっごく若く見えます!」
「そうそう……って、普段の私は老けて見えるのかな? カナ?」
私はまだ十九だと、エイナ氏の自爆を聞かなかった事にしつつ、あらぶる彼女をドウドウと諌める。いや、馬ではないが……。
「ムゥ~」
プックリと膨らました怒り顔も可愛い。美人は、よほどの事がないと可愛い事に変わりがない様だ。周りのギャラリーも、ギルドの看板受け付け嬢とのデートに羨ましさと妬みを、そして普段は見れない彼女の一面にいいもの見れたとなんとも言えない視線を送る者。他にも色々とあるが、これ以上は不味いかなとケンは一つ提案する。
「エイナさん、後で甘いモノ奢りますから機嫌直してください」
「私、そんなに安っぽいかな?」
そう言ってそっぽを向くが、
「豊穣の女主人のスペシャルローズケーキ」
ポツリと言ったソレを、ベルも聞き逃す事はなかった。満面の笑みを浮かべながら、エイナ氏が注文したケーキをご馳走すると約束した。
「はぁ、そんなに約束しなくても……」
「エイナさんだから奢りたいんです!」
なんの躊躇もなく言ってみせるベルに、思わず赤面してみせるエイナ氏。周りからの嫉妬の視線が増したような気がしたが、ケンは気のせいだと無視し、二人はそんな事には気づかないようだった。
「っと、そう言えば二人とも、今日の軍資金はどのくらい?」
結構大事な事だと言うエイナ氏に、二人は素直に財布の中身を教える。
「えっと、ボクは九千八百ヴァリス」
「オレは……とりあえず五万だな」
「「えぇぇ!?」」
二人から驚かれたケンは、なにをそんなに驚いているんだと首を傾げた。嘘じゃないと、一万ヴァリスずつ入った五つの財布を見せるとなおの事驚かれてしまったが、
「いつの間にそんなに……」
「いや、貯まると思うが……」
なぜ貯まらないのかと不思議そうに言うケンに、ベルとエイナ氏が半ば呆れたようにして肩を落とす。それでも彼女は気を取り直すと、
「そ、それじゃ、二人とも行きましょう?」
「はい!」
……そう言えば、どこへ?
二人とも何処に行くか聞いていなかったがエイナ氏は、
「着いてからのお楽しみだよ?」
と言って詳しく教えてはくれない。
それから案内されたのは、オラリオの中心――バベルだった。
地下に広がるダンジョンを蓋するようにその上に築かれたこの塔には、天界から降りてきた神々が住んでいる。ただし、住んでいるのは上層部分であり、下層にはギルド関連の施設が。中層には各商業系ファミリアへと貸し出されている……と、エイナ氏が説明してくれた。
魔石の換金所や簡易食堂、シャワールームや医療施設と言ったモノが有るのは知っていたが――いつも利用者で溢れていて使う気にはなれなかったが、さらに上の階に冒険者向けの商店が有ったと言うのは初耳だった。
「うぁ……」
透明なシリンダー状の中を移動するエレベーターに驚くベル。確かに見た目こそファンタジーかSFチックなモノだが、文明の利器で溢れた世界から来たケンからすると驚く事なのかと疑問を抱いてしまう。
「ケン君って、こう言うの見ても全然驚かないんだね?」
「いや、それなりに驚いてるんだけどな……」
こういう技術品が在ると言う事にだったが、わざわざ口にする事でもないと彼は発言を飲み込む。代わりに、魔石でこういうモノが作れるのかと装置の方に興味を示した。コレか回転動力があれば、ファンタジー的な空飛ぶ乗り物も建造できるかもしれない。いや、いっその事作ってしまうのも……そう考えて、
「やっぱ、高いんだろうな……」
かかる費用に目を細め、
「そうね。中層でもこのオラリオの街を一瞥できる程の高さなの」
後で外の風景を見てみないかと、エイナ氏に誘われる。高いの意味が違うが、二人は彼女の意見に賛成した。
「っと、まだ目的の階は上なんだけど……」
この階のモノも参考の為に見ていこうか? そう言って降りた階に並んている武器や防具は、上級冒険者達御用達の一級品ばかり。どの品物にも――自分達がヘスティアに送ってもらった得物と同じヘファイストスの刻印が記されている。
ベルが、ヘファイストス・ファミリアで買い物なんてとあたふたしている。適当に値段を流し見てみるが、
「い、一千万ヴァリス、か……」
比較的安そうな武器の値段を見ながら、自分達に送られたプレゼントの値段に思わず黄昏てしまう。つまり、自分達に送られた獲物はおおよそコレほどの値段なんだぞと……。
いったいどんなムチャな金策をやったのだとケンが嘆いていると、
「いらっしゃいませ! 本日はどの様なモノをご所望でしょうか?」
背丈こそ低いが、ハキハキとした少女の店員が顔を出してきた。黒い髪を左右でお下げにした彼女は、いつもの薄手で超神秘的な紐と言ういでたちではなく、赤いヘファイストス・ファミリアの制服を身に着けて……。
「か、神様!?」
「べ、ベル君!? それにケン君も!?」
我らが紐神様ことヘスティア氏。どうやらじゃが丸くんの屋台だけではなく、ヘファイストス・ファミリアでもバイトを始めたようだった。
彼女が、ココでバイトをしている理由は何となく察せられる。ベルはみっともないからやめてくれと言うが、ヘスティアは君たちは何も見なかったんだと言って逃げた。それでもベルは食い下がるが、他の店員に呼ばれコレ幸いとヘスティアは逃げて行ってしまった。
「面白いお方ね?」
「神様~」
哀愁が漂うベルに、ケンは何とかほろおを入れようと考え……。結果、一つの言い訳が浮かんだ。
「ベル」
「ケン?」
「ヘスティア様って、ファミリアを作る前はかなりグウタラだったらしいじゃないか? で、今は追い出されたのが切欠とは言え自分で働いてファミリアまで持つようになった」
上手くまとめられず、ケンは一旦ここで切ると何とか搾り出すようにして続けた。
「え~っと、つまりだ。ヘスティア様は、いま働くって事に燃えてるんだ」
「そ、そうなのかな?」
「まぁ、手始めに色々とお世話になったヘファイストスに恩返ししてるんじゃないか?」
憶測だがと付け加えると、ベルは暫く悩んだが納得してくれた。
それから再びエレベーターに乗り、目的の階へと移動する。
「ここからの階層もヘファイストス・ファミリアなんだけど……」
値段を見てみてと言われ、棚に置かれたナイフの値段を確認する。そのお値段、ヘファイストス・ファミリアで売られているのに五千ヴァリス程度のモノだった。
「あ、安い」
「だな……」
この他にも、良心的な値段の剣や盾などが所狭しに並べられている。視野を広げてみれば、この階層は下の階層と比べて煌びやかこそ足りないが、多数の店員とココを利用している冒険者の熱に溢れていた。
「いや、熱って言うか……人が多いのか」
熱心に売り込みをしているのは、店員と言うか職人だろうか? それに冒険者の数も多い。
「――ヘファイストス・ファミリアの凄い所はね、一級の職人の作品じゃなくてもこんな風にどんどんお店に出しちゃうところなんだ。そうやって職人と冒険者の繋がりが――」
なるほどと、耳に入ったエイナ氏の説明に納得する。職人の自主性と成長を重視した経営方針に、修行時代から専属となってくれる冒険者探し。専属になった冒険者は、職人から専用に調整された武器や防具が安定して入手できる。それで冒険者が活躍すれば更に職人の知名度が上がり……と、好循環を生み出していく仕組みに感心した。
……まぁ、その和に入れない職人や、上に行けずに下がり続けてしまう職人も中には居るのだろう。そんな事を思いつつ、手にした鈍らと思われる剣を品定めしてみる。
「……コレならソードメイスとかの鈍器にした方がまだマシじゃないか?」
妙な重心と刃のつき方をした剣だと、ソレを棚に戻す。
「冒険者の方も、自分の装備をちゃんと見極める必要があるの。だからここでその目を養って行ったりもするのよ?」
確かにその技能――鑑定眼は冒険者にとって必須と言っていい。とは言ったものの、武器や防具を実際に選んだ事は生まれてこの方一度もない。ホームセンターで農具を選んだ事は無いわけではないが、元の世界で刃物の良し悪しを見分けるなんて技能は一般人には特に必要ないモノだった。
「まぁ、使って行きながら覚えるしかないか……」
ケンはそう呟くと、ベルと別れて武器や防具が雑多に置かれた店内を歩いていく。
正直に言って武器の類は【戦場遊戯(バトルフィールド)】で現状は十分だろう。試してはいないが、魔法を無力化する黒曜石のモンスター――およびソレに類する状況にも、ヘスティアマチェットのお陰で最悪対処できる様になった。……と言うより、その様な事態に成ったら逃げの一手を切る以外に選択肢は無いだろう。そうでなければ、ただ無様に犬死するだけだ。
「さて、必要なのは防具か……」
そう言いながら並べらた防具を見るが、彼が立ち寄ったコーナーが悪かったのか、どう見ても近接職用のフルプレートメイル系ばかりが陳列されていた。いや、そうではないのも在ったが、どう見ても女の子用の軽装鎧だ。
防御力が上がるならと、試しに適当な胴鎧を手に取ってみる。意外にも軽い事に驚きつつも、コレを着てファントムを使う自分を想像したが、
「まともに動けそうにないな……」
意外にと言っても、それなりに重量がある。関節部の自由度も、弓を使うのには不自由するかもしれない。何より、どうにもこの鎧はピンと来ないのだ。
鎧を元の場所に戻すと、彼がいつも着ている軽装の鎧が置かれているコーナーを探して歩き出す。
「……この辺りかな?」
ソレっぽい鎧……と言うより、パーツと言った方がいいのだろうか? 手甲だけだったり、脚甲だけだったりといった部位だけが置かれた棚の前に来ていた。ふと周りを見てみると、この棚の周囲には鎧の一部だけが置かれたコーナーに成っている。
「あれ? ケン君、こっちでよかったの?」
「エイナさん?」
突然声をかけられて驚いたが、声をかけてきた人物を見てホッとする。なんでホッとしたのかは分からないが……。
それでエイナ氏曰く、此方のコーナーは鎧の特定の部位だけを作る――または作れない職人達の作品専門らしく、初心者向けではないらしい。初心者は、一式でセットになっているモノを買った方が安全な買い物が出来るとエイナ氏は教えてくれた。
そんなエイナ氏だが、いかにも高級そうなエメラルド色の篭手を手にしている。
「あ、これ? ……ベル君にプレゼント。ホントはこんな事しちゃだめなんだけどね」
冒険者は死に易い。昨日まで、ほんのついさっきまで生きていたのになんて事は日常茶飯事だ。
だからなのか、誰も彼もが冒険者が居なくなった事に関心がない。
だが冒険者ギルドのアドバイザーは、担当している冒険者の死を誰よりも確実に知る事になる。その冒険者に深入りすればするほど、失った時の傷も大きく広がってしまう。
ソコまで聞いてケンは、
「絶対に帰って来いって言ったヤツが居たな」
「……ケン君?」
妖精時空から戦友の帰りを待つ男を思い浮かべ、
「勝手に死ぬなって言ったヤツが居たな」
どこまでも素直に成れなかった歴代最強のオペレーターを思い浮かべ、
「ベルは、きっと世界に愛されてんだろう。バカみたいに成長が早くて……だからなのかな? 祭りの時みたいに厄介事に巻き込まれたりもする」
世界に愛されてしまった飛行機バカ達を思い浮かべ、苦笑した。そんな愛は要らないよなとケンは内心毒を吐きつつ、上手く言いたい事をまとめようとするが……なかなかに難しい。
「……ああそうだ。
そんな面倒事を呼び寄せる厄介なモノより、エイナさんみたいにしてくれた方が何倍も助かる……と言うより、そっちの方がベルも喜ぶだろうな」
何せベルはハーレムを夢見ているから……。流石の彼も、ココでコレは口にはしなかった。だが、エイナ氏には通じたようだった。
「……そっか、うん。そうだね」
ありがとうと言って去って行くエイナ氏の背中を見ながら、ケンはオレのキャラじゃねぇと、天井を見ながら激しく後悔したのだった。