薄暗いダンジョンの一階層。
ケンはただ一人、バリスティックシールドを構えながらゴブリンと対峙していた。
ベルとリリだが、今日は二人だけで潜ってもらっている。所詮、デート(探索)と言う状況に持っていったのだが……。ベルが何度も一緒に探索しようと誘ってくるのを、何とかリリと二人だけで潜って来いと何度も説得して……。最終的にケンは、自身のステータス不足を理由に個人修行の名目で押し通す事に成功。
「ま、がんばって良い所見せて来い」
「う、うん!」
ベルを説得するのには、本当に一苦労させられた。
「ケン君! ベル君とサポーター君だけで行動させるのは危険だ!」
ついでに荒ぶるヘスティアを静めるのにも苦労させられた。
ベルがダンジョンでデートと聞いて、何でケン君が一緒に居てくれないんだと責められてしまった。こちらも、ステータスを盾にしたが……。ヘスティアは、主神としての立場でお願いまでしてきた。
「神の勘がそう言っているんだ! だからケン君、ステータスが厳しいのは重々理解しているが……頼む!」
流石にソレはズルイと反論するも、ああも懇願されると断りきれない。折中案として、とりあえず一回だけ二人で潜らせるよう折れてもらった。
「だけど、もしその一回でナニか在ったら……」
「……その時は、ヘスティア様が身体を張って、ベルを染め直せば良いんでは?」
「ば、バカ言っちゃいけないよ! ボクはしょ、処女神なんだよ? その、ベル君と……でも……」
赤面しながらモジモジとするヘスティア。たわわに実った果実が、彼女のモジモジと共にグニグニと変形して目の遣り所に困る。
「あ、なら、発想を逆転しましょう」
「ぎゃ、逆転?」
そう、ヘスティアが処女を捧げるという発想だからダメなんだ。
「ベルが処女を捧げればいいですよ」
「は?」
ケンの発言に、意図がつかめないといったようにヘスティアは首を傾げる。
「いや、ベル君は男だ。捧げる処女は……」
「いや、男にも後ろに……」
「ケン君、それ以上はいけない」
「……了解(うい)」
ヘスティアは、何とも言えない迫力――神威を僅かに放出させてまでケンの発言を止めたのだった。
閑話休題。
バリスティックシールドを構え、一階層のゴブリン相手にサンドバッグを演じているのは、単順に一番ステータスの伸びが悪い耐久の強化の為。ココよりも下の階層の方が、良質な経験値を得られるだろう。だが、ステータスが――耐久が紙装甲しかないケンでは、ヘタに一撃でも食らえば致命傷になりかねない。
「……やっぱ、白兵戦は、苦手、だ!」
稼ぎこそ悪いものの、ケンは延々とゴブリン相手に防御のステータス上げを続ける。常に一対一を心がけ、別のゴブリンが絡んできたら、すぐに手元のショットガン――UTS-15で吹き飛ばしてリセットする。魔石の回収は忘れない。
水平二連チューブに散弾を補充し、辺りを見渡してモンスターが存在しない事を確認したケンは、水筒の水を煽って火照った身体を冷ます。
「キッツゥ……」
相手を倒すではなく、攻撃をひたすら受け続ける。まだ二・三時間程度しかやっていないが、精神的にはいつもよりも辛い。ついつい出会い頭に倒してしまう事もあれば、モンスターからの攻撃を受けられても、余裕を持って受け止められるのは精精一発二発の精一杯だ。
「これで、ステータス上がらなかったら、泣くぞ……」
誰にとも言わず、ケンは愚痴を零し続けながら修行を続ける。
正直、こんな事は――実戦よりも模擬戦とかでやるべきだったかと後悔していた。だが、ベルに付き合わせるわけにも行かない。
そして……ダンジョンから戻ったのは、街並みを夕焼けに染まる頃だった。
「……どうぞ」
ジャラッ……!
交換窓口から、ヴァリスの詰まった袋を持ち上げる。持ち上げた袋は、いつもと比べて自己主張が乏しいモノだったが、無いよりはマシ。いや、ケンと同程度の冒険者なら通常の稼ぎだ。
「特に買うものは……」
買わなければいけないモノは特に無かったはず。晩御飯は有り合わせで十分だろう。一旦路地裏へ行き、屋根へとアンカーガンで登る。ストーカーやスリ対策だ。わざわざ屋根の上を散歩するなんて……いや、チラホラソレをやっている冒険者が見えた。
迷惑になっていないだろうか?
自身の足元を見ながら、できるだけ静かに脚を進めていく。もっとも、そのままホームの廃教会へは行けないので、少々遠回りする必要があるが……。
「……ん?」
視界の隅に妙なものが映った。
フードを被った子供? そいつが荒くれ共に囲まれていて……アレはカツアゲか? 子供を投げ捨てて、奪った袋の中身――恐らくヴァリス金貨――をジャラジャラさせて下種に笑っていた。
「……」
不快だ。
何処までも、不快だった。
だが、オレにはどうする事もできない。
あの冒険者がどの程度の実力なのかは、駆け出しの自分には見た目だけじゃ分からない。もしレベル2以上だったら……いや、レベル1であろうと此方よりもステータスが高かったら? それに、下手したらファミリア同士の紛争になるかもしれない。
『誰かを助けるのに理由が要るのかい?』
……そんな事を平然と言えるほど、やれるほど、オレは力も心も強くない。
『コレは、オマエの物語だ』
誰もが、あんた等みたいに主人公に成れるわけじゃ……っ!
投げ飛ばされて横になった子供。フードが外れ、現れた顔は……リリルカ・アーデだった。いや、獣耳が無い。別人? 分からない。分からないが……。
ズシリ……。
右腕に、先ほどまでそこに無かったスナイパーライフル――サプレッサーが装着されたL115が握られていた。
呼び出した覚えは、無い。
だが、身体はソレが当たり前のように動き始める。
ジャ、キャンッ……! 撃鉄ボルトを引き、マガジンから初弾を流し込んだ。
……やろう。
【戦場遊戯(バトルフィールド)】を発動させる。取り出したのは、一枚の仮面。
『強盗がなんで覆面しているか知っているか?』
……自分が誰だか判らないから、何処までも残酷な事ができるようになる。
オレに今出来る事がどれだけあるかは分からない。
最善策もあったかもしれない。
だけど、
『引き金くらい、自分のエゴで引け!』
屋根越しに構え、スコープを覗く。目に付いたのは、奴らのエンブレム――酒を湛えるゴブレットだ。だが目標は……奴らが持つヴァリスが詰まった袋。照準倍率を絞り、照準一杯に袋を捕らえる。鼓動がいつにも増して激しい。だが、
「ッ!」
呼吸を止め、引き金を落とした。
「ギャァァ!?」
音を殺された弾丸は、寸分違わずヴァリス袋を打ち抜き、その中身を四散させ……至近距離に居た荒くれ共にその飛沫を浴びせた。
「はぁ、ハァ、ハァ……」
動悸が激しい。成功した事もそうだが、こういう事をしてしまったという事も一因となっていた。だが、このままじゃダメだ。今は混乱しているが、正気に戻ったアイツらがなにをするか……あの子供に八つ当たり位はするだろう。
なら、ここは見られているぞと警告するだけ。
ありったけのスモークグレネードを投げ込み、弾薬箱を置いて追加も用意する。得物もスナイパーライフルからサイレンサーを付けたカービンライフル――AK5Cへと持ち替えた。
いつでもアソコに突撃できる。
後は、あの子供がどうするか……。だが、そう時間をかけずに子供が煙幕の中から這い出て、その場を後にした。煙の中からは、未だに荒くれ共の悲鳴が聞こえてくる。
アレは……もういい。
よけいな装備を消し、ケンはその場から離れていく子供を追って行った。
……
…………
………………
「……ただいま」
「ど、どうしたんだいケン君!? そんなに落ち込んで……」
なんでもない。
「……嘘だね」
ああ、嘘だ。
「……話してくれないのかい?」
上手く、話せない。
「なら、ゆっくりでいいから、教えておくれよ。ボクは、君の……」
家族なんだから。
……それから、今日在った事を、やった事を彼女に打ち明けた。
できた事なんて結局何も無い。
お金を置いてきたのも、ただの自己満足だ。