塒の中でケンは、ヘスティアに膝枕をされながら……今日あった事を、自分がした事を静かに打ち明けた。
「……ケン君」
最後まで黙って聞き終えたヘスティアが、優しく呼びかけてくる。
「君は悪い子だよ。僕達に相談もしないで勝手に行動してさ」
ファミリア同士の闘争になったらどうする気だい? と、どこかイタズラっぽく笑う彼女は、怒っているようで、それでいてケンを優しくあやしてくれる。
「でも、もし君がそのままその子を見てみぬ振りをして帰ってきたのなら……」
君はもっと悪い子だったよ?
「……どっちも悪い子だな」
ヘスティアの言うことに苦笑するケン。どっちにしたって悪い子じゃないかと、困ったように抗議した。
「でも、君は自分で選んだんだ。自分の意思で」
「……どちらにせよ後悔する選択だった」
やっても、やらなくても。どちらを選んでも、結局は後悔する。自分で選んだから後悔しない? 嘘をつけ! 後悔するんだよ! 吐き出したい思いは、硬く口を噤んで……代わりにただただ彼の表情を曇らせた。
「それは違うよケン君。それは……受け止められるか、受け止められないかなんだ」
君は受け止められてない。ヘスティアの指摘に、どうにも返す言葉が無い。心が深く沈んでいくような錯覚を覚えてしまう。
「ケン君、君はまだまだ子供だ。
……あ、身体じゃなくて心がだよ? まぁ、僕達からすると君たち全員が子供になるんだけど……って、話が逸れたね」
「……大人になれって事を言いたいのか?」
「性急過ぎるよケン君! まったく、それは君の悪い癖だぞ?
僕が言いたいのは……成長するのを止めないでくれ。ただそれだけなんだ」
膝枕を解かれ、そのままうつ伏せに変えられる。ヘスティアは、ケンの上着を剥ぎ取るとそのまま背中に跨った。
「恩恵(ファルナ)はね、ただ君たちの腕っ節を強くするだけじゃない。
君達の……ありたいていに言うと、自身の在り方を、引き出してくれるモノなんだ」
憧れや希望、それに欲望などなど……。ベルのように英雄に憧れる者も居れば、ただただ金を得たいと欲望に無心する者も居る。娯楽に飢えた神々が望むように、そう言う子供が出て来やすい様な仕組みになっている。いや、恩恵がもたらす力がそうさせると言うべきなのか?
背中から光が溢れ、ファルナが更新されていく。
「ちょっとずつでいい。
僅かでもいい。
……でも、決して成長するのを諦めないでくれ!」
励ましてくれている。激励してくれている。ソレは理解できるのだが、グヌヌヌと、背中からヘスティアの難しい呻り声が聞こえてくるのはどういう事なのだろうか?
「だぁぁ!」
更新が終わったようだ。
いつもの様に紙にステータスを書き写したヘスティアだが、ソレをケンに渡す事無く細切れになるまでビリビリに破き去ってしまった。
ご乱心!? 神がご乱心とか洒落にならんぞ? とにかくなだめようと決めたが、ケンが起き上がるよりも先にヘスティアが背中に覆いかぶさるようにして抱きついてきた。
「もう、僕にはどうにもできそうにもないよ!」
「いや、いきなりそう言われても……」
なにがどうにも出来ないのかが分からない。とりあえず、背中でその凶器をバルンバルンさせるのをやめて欲しい……いや、もうちょっと堪能するか? そんな煩悩と脳内で格闘していると、
「神様? こっちにいたんで……」
「あ……」
「……」
塒を覗き込んだ姿勢で固まるベル、顔を赤くしたかと思うと失礼しましたと言って逃げて行った。それを見て慌ててケンの背中から飛び降りたヘスティアは、
「ご、誤解だベル君!」
と、同じく顔を赤らめながらベルの後を追って塒から出て行ってしまった。
……なんともまぁ、助かったといえば助かった。だが、
「この紙くず、誰が掃除するんだか……」
オレだよなと、ケンは深いため息を付きながら細切れの紙くずを拾い集めていく。
「しかし、諦めるなか……」
ケンが拾い集めた紙切れには、ゼロと言う数字が多く書かれていた。
*
「エイナさん、オレ……どうすれば良いと思いますか?」
「……ケン君、相談にせよ何にせよ、まずは要点を加えて話す所から始めましょうか?」
とりあえず個室行く? そう言うエイナ氏は、どこか疲れたような風に確認してきた。……まぁ、いかにも厄介事を持って来ましたと言う体でやって来れば、流石の彼女もそうなってしまうのは致し方ない。
彼女の提案に静かに肯き、ケンはそのまま誰も使っていない個室へと通された。
「で、何をしたの?」
正直に言いなさい。事としだいによっては……と言う風に、どこか刑事物の様な事を言うエイナ氏。その行動は、間違っていないが間違っている。
「何処から言うべきかなんだが……」
とりあえず、何をしたのかから訂正していこう。
「とりあえず、犯罪を犯したと言うわけじゃないんです」
「そ、そうなの? よかった~」
安堵したのか、一気に肩の力を抜くエイナ氏。そんなに何かやらかす様に見えたのだろうかと、思わずには居られないが……今回の用件の方が優先事項だ。
「それから……コレから相談する事、まだエイナさん個人の中に仕舞っておいてくれませんか?」
「それは……」
どういう意味なのかと、意図を測りかねるエイナ氏。こっちだって、どう言えば齟齬無く理解してもらえるかどうか必死に考えている。
「どうにも、オレもベルもメンドウな事に足を突っ込んでしまったみたいなんだ」
始まり……と言うより、中心か? 恐らくこの件の中心にいる人物――リリルカ・アーデ。そして、見覚えのあるゴブレットのエンブレム――ソーマ・ファミリアの三人。それに、前日に出くわした路地裏での騒動。一つ一つ上げながら、それぞれが繋がるように説明していく。上手く伝えられるように、絵も書いた。
「まだ、事件っていう事件には発展していないんだが……」
どうにもキナ臭い。
それも、起きたらもう手遅れとか、そんな感じで……。
エイナ氏は、口元に手を当てて難しそうに――ケンが描いたあまり上手くない関係図を見つめている。描かれているのは、中心に二人の――小人(パルーム)のリリルカ・アーデ(?)と、犬人(シアンスロープ)のリリルカ・アーデ。二人の間には?と=のマークが描いてある。彼女達の上には、ソーマ・ファミリアの荒くれ三人。下には、自分とベルのパーティ。小人の方のすぐ横に、路地裏であった冒険者の男……。そこに、エイナ氏は新たに子供のサポータを書き加えた。
「それは……?」
「最近……というより、結構前から上がってくるのよ」
フリーのサポータを入れたパーティが、金銭や魔石、装備を盗まれるって言う事件。被害にあった冒険者の証言は、種族も性別も全部バラバラ。でも、一つだけ共通しているのは、どれもそのサポーターが子供と言う事。
冒険者に成れなくて、仕方なくサポータをしている人は――子供は珍しくない。
「だから、一応冒険者とサポーター両方に注意は呼びかけてはいたけど……」
サポーター盗賊と小人リリの間に、?と=のマークが描かれる。なるほど、
「身体変化形、認識阻害の魔法かスキル。マジックアイテムの類でもいい。度合いによるが、そんなのを使えば誰にだって一瞬で変装できる」
「可能性としては高いわね。ちょっと、彼女について……特に種族と性別についてすぐ調べてくるわ」
そう言ってエイナ氏は席を立つ。幾許もせずに戻ってきた彼女は、いの一番でソーマ・ファミリアの所属しているリリルカ・アーデは小人の女性だったと教えてくれた。
そして、オレとエイナ氏の二人は頭を抱えてしまった。
「何処をどう突っつけばいいかは……簡単だ」
どうにも黒いリリを突けばいい。証拠は不十分だが、状況証拠から参考人か、事情聴取位には運べる。だがしかし、コレでリリをサポーター盗賊として捕まえたとしても……。
トントンと、上に描かれた荒くれ三人を指で叩く。
「どうみても、リリがトカゲの尻尾になる」
ケンの指摘に、エイナ氏は表情を曇らせた。
「彼らが、彼女にそう指示しているのか、そうせざるおえなくしているのか、それとも彼女の犯罪を知っていて……」
どうすれば一番ベスト……いや、ベターなんだろうか? この三人が更に尻尾で、本丸は未だゴブレットの中に隠れているとかなら、コレは本当に洒落にならない事態だ。
「ギルドは基本的に中立。冒険者同士のトラブルは、基本的に当事者の冒険者同士で解決するのが決まりなんだけど……」
今回のような場合はどうだったかと、頭を悩ませるエイナ氏。だがしかし、ケンにとって最大の問題は、リリがベルに気に入られているという事なのだ。
「とりあえず、リリの件について調べてくれてありがとうございます」
「えぇ……とりあえず、この件は私の方で一旦止めておくわね? 証拠が足りないし……」
一礼して個室を後にするケンに、残された関係図の紙を懐に仕舞うエイナ氏。今回の事件で、個人的に調べていたソーマ・ファミリアと言う共通点まで出て来てしまった。その事に彼女は、更に頭を痛ませるのだった。