「……と、言うわけなんだ」
「なるほどね……うん、事件はかなりややこしい方向に向かっているみたいだね?」
ギルドから戻ったケンは、ヘスティアにエイナ氏との相談結果を伝えた。一人で解決せず、年長者の知恵も借りる為に……。
「うんうん。年長者である僕にアドバイスを求めるなんて、いや~君は見込みがあるよ。
……ところでケン君、アドバイスをする前に一つ聞きたいんだ」
「?」
「ケン君は、リリをどうしたいんだい?」
コレはとても重要な事なんだと言うヘスティアの表情は、いつものソレと比べてとても真剣なモノに感じられた。
「オレ、が?」
「そう、ベル君がどうとかじゃなくて、ケン君自身がどうしたいかだ」
自分がどうしたいか……。ケンは改めて考えて、思わず口に手を当ててしまった。
何も無い。
思い当たるものが、特に何も無いのだ。
「……それが、君の答えみたいだね?」
どうしても助けたいと思っているわけでもない。
信じているとかそう言うのでもない。
ただ、そこに居ただけ。
……本当に?
リリ自身に思う事が何も……無いのか?
「ボクが君に出来る助言は、まず君がリリをどうしたいかを君自身が決める事だ」
ソレが何よりも必要な事だと、ヘスティアはケンに言った。
翌日、
「じゃ、一緒にダンジョンを探索しよう!」
「あ、あぁ……」
ぎこちなく返してしまったが、ベルは特に気にした様子もなくダンジョンへと潜って行く。後から来ていたリリは、そんなケンを見て一瞬いぶかしむ。だが、すぐにフードを深く被り直してベルの後を追っていった。
そんな後姿を見ながら、昨日のヘスティアの問いかけが思い出される。
「オレが、どうしたいか……か」
「? どうされたんですかケン様?」
振り返るリリになんでもないと返し、ファントムを持って二人の後に続いて行くケン。そのままリリを追い越し、ベルの隣に並んだら何時もの立ち位置だ。
「今日は何処まで潜る?」
「う~ん、またキラーアントかな? ケンには、あの階層のモンスターに慣れてもらいたいし」
そう言って蟻狩りを提案するベル。確かに俊敏なウォーシャドウと比べれば、キラーアントは射抜きやすい。厄介なのは仲間を呼ぶフェロモンだが、一つ一つ確実に始末していけば大丈夫だ。さらに火に弱いと言う特性から、インフェルノや炸裂ボルトを使えばまとめて倒せる。
「……よし、蟻狩りだ」
暫くダンジョンを進み、道中に出会ったモンスターを難なく倒していく。大した怪我も無く目的の階層まで下りたのは良いが、
「どうしたんですケン様?」
全然集中できていませんよと、リリが心配してくる。ケンは大丈夫と返すが、どうにもこうにも大丈夫には見えない。放った矢は半分以上が明後日の方向に飛んで行き、敵の接近にすら気づくのが遅れてしまっている。
チラチラと視界に入るリリを追って……尚且つ考えてしまう。
彼女を、オレはどうしたい?
スカっと、また放った矢が外れて虚しく地面や壁に突き刺さる。その事に鋭く舌打ちしながら次の矢を番え、
「ケ、ケン! か、数が!?」
どうにも、蟻を集めすぎたらしい。ワラワラと湧いてくるキラーアントを見て、思わず強く舌打ちしてしまう。
「ベル! 一気に燃やすぞ!」
インフェルノの安全ピンを引き抜き、固まっている場所目掛けて投げる。さらに、ファントムの矢を炸裂ボルトに変更して乱れ打つ。炎に巻かれてもがき苦しんでいるアリの群れは、炸裂ボルトの爆風に巻き込まれてドンドン粉々に成っていった。
「……魔石、回収できそうか?」
爆風でシッチャカメッチャカに成ってしまったが……リリの方を見れば、ちょっと目を見開き口元を引きつらせながら、
「大丈夫です! ……たぶん」
大丈夫とリリは言うが、後半部分が尻すぼみに小さく聞こえてしまった。
「うん、拾えるだけで良いよ」
「ああ、無理なく拾える分だけでいい」
ムリに全部回収しようとして時間を無駄にするより、別モンスターから魔石を回収したほうがいい。それによく見れば、まだ息のあるキラーアントもチラホラと確認できた。
「ベル、仲間を呼ばれる前に全部息の根止めるぞ!」
「うん!」
兎に角、少しでも動いているヤツを見かけたらマチェットを胴体部分に突き刺していく。反対側では、ベルとリリが一緒に瀕死のキラーアントを解体していた。
「……」
何だろうなと、ケンは自分の隣を見て、誰もいない事に思わずため息が零れてしまった。
何なんだろうな。コイツは……。
「……今日は本当に変だよ、ケン?」
「……すまん」
心配してくれるベルに、あんまりにも素っ気無い返事を返してしまう。ダメだなと頭を振り、一度肺の中の空気を全部吐き出す。
「大丈夫だ。調子が悪いなら、調子が悪いなりにやる」
そう、調子が悪かろうがやらなければならないなら、やれるだけやるだけだ。
そんなケンの姿を見て、ベルはどこかやるせなさそうに顔をしかめた。
そして夕刻、
「今日は……あんまり稼げなかったね?」
「いえいえベル様! 初日よりちょっと少ないくらいじゃないですか!」
残念そうに言うベルに、何を言っていやがると訂正するリリ。そんなやり取りを、ケンはやはりなんともいえない気持ちで見つめてしまう。これはこれで悪い感じではない、が……。
「もう、ケン様も笑っていないでベル様に言ってあげてください! おふた方は、一般的なの冒険者様方よりも、はるかに大金を稼いでいるんだって!」
笑っている……か、
「そうだな。不足していないんなら、十分稼げているんだ。
それに、冒険者の収入は出来高だろ? これ位の、多少のムラは在るさ」
「うん、だけど……」
ココにもっと沢山ヴァリスを乗っけてみたくない? と、どこかイタズラっぽく言うベル。その提案に、ケンは暫し顎に手を当てて、更に回りをチラッと見渡して……言いたい事が何となく分かった。リリも分かったようだが、口には出さずに少々ジトッとした目で明後日を見ている。
言っても良いんだぞ? ……いや、言えないか。サポーターと言うのは、どうにも周りを気にしなきゃいけないらしい。ケンは肩を竦めながら、ベルに言い聞かせる。
「ベル、お金ってのは矢鱈と見せびらかすもんじゃないぞ?」
ソレもこんなところでと、トントンとバベルの換金所近くに設置されたテーブルを叩く。この街には、冒険者のスリだっているし、強盗だっている。今この瞬間……は無いと思うが、帰る途中でスリやカツアゲに出くわす可能性だってある。
「う、うん……」
そう言って俯くベル。
しかし、なんでコイツは急にそんな事を……。あ、アレか? 自分は順調に成長してますってアピールしたいってヤツか?
「な、なんでソコで盛大にため息つくのさ!」
「いや、確かに稼ぎは一種のバロメーターに成るが……」
アピールする相手が、第一級冒険者の剣姫では……並大抵のものではダメだろう。気付いてもらえるようになるまで、いったいどれだけ金貨の山をココに築けばいいんだろうか? 下手をしたら、金を積み上げるのが目的になりかねない。ハーレムを築くと目標を掲げるベルはそうは成らないだろう。だが、長く低い場所で燻っているとそうだとは言い切れないのが恐ろしい。
「こんなんよりも、手っ取り早くレベルを上げた方が何倍も話題に成るぞ?」
「レベルアップ、か……」
なにやら考え出したベルに呆れつつ、適当に報酬を等分配して渡す。リリは、相も変わらず気まずそうにしているた。面倒なヤツだと、ケンはリリの頭を押さえつけると、
「な、なにをなさ……!」
「オマエさんは仕事をしたんだ。正当な報酬を貰って、何を遠慮してるんだ?」
「そ、そう言うわけじゃ……」
「だったら胸を張れ。コレは、お前の仕事の成果だ」
後ろめたい事も、疚しがる事も何も無いと言い聞かせる。
それからリリは、納得したのか最初に報酬を分配した時の様にバックパックに大事に仕舞い込んだ。
その後の帰り際、リリが明日は休ませて欲しいと言ってきた。
特に思う事も無く、それぞれに事情があるならそっちを優先してくれと……オレたちは彼女と分かれた。分かれてしまった。
異変に気がついたのは、たまたま道中で豊穣の女主人で働いている二人――リューとシルに出会った時。リューが、空になった鞘を指摘して初めて気がついた。
「た、大変だ!」
どこかに落としたのかもしれないと、ベルは顔を青くして元来た道を慌てて駆け戻る。ケンはと言うと、思わず空を仰いでしまっていた。
やってしまったと言うより、やられたと言うべきか……。
「……心当たりが、ありそうですね?」
ボソリと、リューに耳元で言われた。
「なんで、そう思うんで……」
そこまで言って口を閉じる。代わりに、
「……無い」
「……嘘が下手ですね?」
違う。確信が持てないだけ……だが、こういう時に嫌な勘は当たると相場が決まっていたりする。
「アナタも探さないんですか?」
「……オレは、オレの心当たりを探してみる」
そう言ってケンは、ベルとは別の方向へと走っていく。
……このスキル【戦場遊戯(バトルフィールド)】は、本当に便利なものだ。向かうべき場所は、彼女の居る場所はもう分かっていた。
その後、ケンがホームに帰ってきたのは夜もだいぶ更けてからだった。